スピキの知りうる限りで最も頭のよい人物、モナティウム市長のエレナは真正面から市長室にやって来たスピキに思わず苦笑いを浮かべた。
「いくら君が無害な存在とはいえ、素通りさせてしまうのはセキュリティとして問題だな。
あとで叱っておかなくては」
「イジメヌンデ……」
「やめてほしいって?
しかしだな……」
うるうるの瞳で見つめられること数秒、白旗を揚げたのはエレナだった。
「分かったよ、私の負けだ。
ただし、君も次からは受付でアポを取ってから尋ねて来たまえ」
「チョワヨ!」
「いい返事だ。
それで?今日は如何様かな」
「スピッキノ、ホバギ、ゲンキヌンデ」
「かぼちゃの元気がない?
あぁ、そうか、湿地帯にヴィヴィのやつが来てたんだったな。
ふーむ、君に義理立てする理由はないんだが……。
真っ先に私を頼ったのは評価しよう。
実にいい気分だ」
エレナはコーヒーを飲み干すと、手持ちのタブレットを操作してとある薬草の画像を見せた。
一見なんの変哲もない雑草に見えるその草は、よく見ると虹色の光を僅かに帯びている。
「我々も奴の害を無効化する研究をしていてね。
幸いここは魔法の世界、エーリアスだ。
お誂向きの薬草があったんだよ」
「エーウ!」
「喜ぶのはまだ早いぞ。
この薬草が生えている場所が問題なんだ。
精霊山の頂上付近まで行かなければ一本たりとも見つけられない。
君一人では無茶だ、教主をたよって……。
スピキ?」
エレナが顔を上げた時には、既にスピキの姿は無かった。
入れ替わるようにしてアメリアが市長室を覗き込む。
「何かありましたか?
スピキが決意に満ちた表情で走っていきましたが……」
「そそっかしいな。
仕方あるまい。アメリア、教主と……それからスピッキーに伝言を頼む」
エーリアスの住民は実に扱いにくいな、とぼやきつつもエレナはスピキのフォローに動く。
そんなエレナをアメリアは誇らしげに見ているのであった。
薬草への道はスピキの想像以上に過酷だった。
スピキの小さな身体では、大地を持ち上げる木々の根を越えるのも重労働である。
何より、野生動物はスピキにとって大きな脅威であった。
エルフィンに貰ったかぼちゃの形をしたホバギ巾着からビンの蓋を渡し、カラスの襲撃を防ぐ。
そして、茂みから現れた熊は地面を叩いて威嚇することで相手の威嚇を誘い、立ち上がった瞬間に股の間をすり抜けて逃げた。
疲労と恐怖により瞳からは涙が溢れる。
それでも、スピキは歩くのをやめなかった。
スピキはスピッキーから生まれたから、スピッキーの事を何となく知っている。
スピッキーが寂しがり屋なのも知っているし、スピキの事を疎ましく思っていることも分かっていた。
しかし、スピキはもう生まれてしまったのだ。
それゆえに、スピキは山頂に向かって歩く。
スピキはいつだって、スピッキーに楽しく過ごしてほしいのだ。
「ァ!」
山の山頂付近にて、薬草を探し回っていたスピキは崖の中腹にお目当ての物を見つけた。
太陽が沈みかけているなかでも、壁面に生えたその草は虹色に輝いている。
「スピキ!」
大急ぎで木々に纏わりついていたツタを引き剥がし、近くの岩に縛り付けると崖下に垂らす。
風の吹きすさぶ崖下を見て一瞬躊躇するも、スピキは勇気を振り絞った。
「デルゼバジヨ!!」
ぬいぐるみの軽い身体が有利に働いた。
ツタは風で揺れるも千切れることはなく、とうとうスピキは薬草を摘み、口に咥えて地上に戻ってきた。
達成感がスピキを包む。
スピキの脳裏に笑顔のスピッキーの姿が思い浮かんだ。
「スピ?」
スピキの笑顔に影がさす。
スピキが顔を上げると、そこには先ほど撒いたはずの熊が唸っていた。
「ウワァァァァ!?」
身体が斜めに伸びるほど驚いてから、スピキは後ろに逃げ出そうとする。
しかし、そこに地面はない。
「スピキヲイジメヌンデ……」
頑張ったんだけどな。
スピキはギュッと目をつむり、崖下に飛び降りようとする。
薬草だけは守りたい。
スピキが一歩後退する、その時だった。
「スピキに何をしてるんですかっ!!!」
山頂に怒号が響いた。
熊が振り返ると、そこには一人の幽霊が立っている。
邪魔されたことに激昂し突撃する熊を、スピッキーが魔法で生み出した大きなかぼちゃが吹き飛ばす。
落下した熊は地面に打ち付けられて、すっかり戦意を喪失してしまったようだった。
「逃げるなら今のうちですよ!」
スピッキーの剣幕にたじろいだ熊は、じりじりと後退すると、スピッキーの横をすり抜けて逃げ出していく。
スピッキーが自分を助けに来てくれた!
スピキは嬉しさでいっぱいになり、スピッキーに駆け寄った。
しかし、彼女はまだ怒った表情のままである。
首を傾げたスピキを、スピッキーは僅かに唇を震わせて叱った。
「スピッキーは知ってるんですよ!
崖から落ちたらネルにげんこつされるのと同じぐらい痛いんです!
誰も来てくれないから一人で帰らないといけないんです!
一人は寂しいんです!!!
かぼちゃだって、ここには生えてないんですからっ!!!」
スピキは泣きそうになったが、ぐっと我慢した。
スピッキーが自分の為に怒ってくれていることが、スピキには凄く嬉しかったのだ。
「チョワヨ……」
スピキはスピッキーに薬草を手渡すと、スピッキーの胸に飛び込む。
「チョワヨ!スピッキ!チョワヨ!」
「おバカさん。
もう無理しちゃダメなんですからね……」
わあわあと泣くスピキを、スピッキーは静かに抱きしめた。
スピキを胸に抱いて、スピッキーは山を下る。
疲れ果ててしまったのか、スピキは泥のように眠っていた。
スピ……スピ……と寝息を漏らしていたスピキがむにゃむにゃと話し始める。
「スピキネ、スピキネ……」
「なんですか?」
寝言だと知っていつつも、スピッキーは返事を返してみる。
「スピッキ、チョワヨ」
「スピッキーもですよ」
今ぐらいは素直でもいいだろう。
夢の中のスピッキーがどう答えたのかは、スピキの笑顔で一目瞭然だった。
数日後、沼地では元気になったかぼちゃと、一層元気なスピッキーそっくりのぬいぐるみが目撃されたのであった。
ブランセシナリオのスピッキーの優しさに触れ、どうもSNSで言われているようにスピッキーがスピキを憎むのではないかと言う定説は違うのではないかと思いこの話を書きました。
読んでくれた人、チョワヨ!