僕のヒーローアカデミア:自由への凱歌   作:鯖缶詰

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この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


第一幕:神野の再定義と絶望の秩序

第一章:神野の舌戦(象徴の解体)

 

神野の夜。かつてない破壊の跡地で、オールマイトは震える拳を握りしめていた。

立ち込める煙と血の匂いの中、対峙するオール・フォー・ワン(AFO)は、剥き出しの殺意ではなく、冷徹なまでの「慈愛」を含んだ笑みを浮かべていた。彼は、今この瞬間に世界を支配しているのは暴力ではなく、絶望であることを知っていた。

 

「……君は救ったつもりでいるのかい、八木俊典。この歪んだ個性の氾濫と、異形差別が渦巻く地獄を」

 

AFOの声は、中継カメラを通じて日本中に、そして絶望する人々の耳へと直接届くように響いた。

 

「志村転弧はどうだったかな? ヒーローを待ち続け、誰からも手を差し伸べられず、自らの手で家族を壊したあの子を。社会が彼を見捨てたのではない。君が作り上げた『誰かが救ってくれる』という甘い依存心が、隣人を助けるはずの手を縛ったんだ。君こそが、この無力な羊たちの飼い主であり、彼らを去勢した元凶なのだよ」

 

オールマイトの胸に、鋭い痛みが走る。救えなかった過去、目を背けてきた差別の歴史。AFOは一歩ずつ、平和の象徴の足元を崩していく。

「正義はもう限界だ。救われなかった者たちの怨嗟が、君の背後で今も鳴り響いている。……君が死んだ後、誰がこの混乱を引き受ける? 君にその責任が取れるのかね?」

 

この夜、オールマイトは勝利した。だが、彼が最後に掲げた拳は、同時に「平和の象徴」という時代の終わりを告げる弔鐘となった。

 

第二章:象徴の死と不安の種

 

「次は、君だ」

 

その言葉は、出久への継承であると同時に、世界に対する呪いとして機能し始めた。

オールマイトの引退。それは絶対的な安寧の消失を意味した。テレビ画面を見つめる人々は、勝利の歓喜に浸ったのも束の間、すぐに得体の知れない恐怖に支配された。

 

「明日から、誰がヴィランを止めてくれるんだ?」

「誰が、僕たちの安全を保証してくれる?」

 

街は暴動ではなく、極度の「決断拒否」によって静止した。

コンビニの棚が空になっても、人々は「誰かが補充してくれるはずだ」と待ち続け、電車が止まれば「誰かが指示を出すまで」ホームに立ち尽くした。依存先を失った大衆は、自由という名の荒野に放り出された迷子のように、新たな「象徴」を、あるいはもっと確実な「管理」を求め始めていた。不安という種は、人々の心の奥底に深く根を張り、静かに芽吹く時を待っていた。

 

第三章:死柄木弔の真実

 

漆黒の闇の中、志村転弧――死柄木弔は、自分の顔を掻きむしりながら、あの夜の記憶を反芻していた。

彼はかつて、自分が家族を消してしまったのは不可抗力の事故だと思っていた。だが、AFOの深層意識と同期する中で、彼はより残酷な「真実」に触れる。

 

あの日、瓦礫の中で血を流していた幼い自分を、通りがかりの大人たちは確かに「見て」いた。

「ヒーローが来るから大丈夫よ」

「誰かが助けるだろう」

そう言って目を逸らした隣人たちの視線。その無関心こそが、彼の個性を「崩壊」へと完成させたのだ。

 

「転弧。君はあの時、確かに『壊したい』と願った。自分を見捨てたすべてを、この手で無に帰したいと」

 

全一の教えは、死柄木の自我を「社会への復讐者」から「管理のための触媒」へと変質させていった。

「君の破壊衝動は、無秩序な自由が生んだバグだ。ならば、その破壊を使って、この世界から『選択』という苦しみを取り除いてあげよう」

 

死柄木は、自分の肉体が全一に侵食されていくのを、どこか遠い出来事のように感じていた。救われなかった自分。ならば、誰もが救われなくて済む「無の安寧」を。その歪んだ使命感が、彼の空虚な心を満たしていった。

 

第四章:新秩序(ニュー・オーダー)(演出:神の降臨)

 

混乱が極限に達し、政府機能が麻痺しかけたその時。

拘留中だったはずのAFOの意識が、死柄木の肉体を触媒にして、電磁波の海へと解き放たれた。

 

日本中のあらゆるスマートフォン、街頭ビジョン、家庭用テレビ。すべてのデバイスが一斉に、一つの顔を映し出した。

 

「市民の諸君。恐れることはない。私は君たちを、君たち自身から守ろう」

 

それは宣戦布告ではなく、「救済」の提案だった。

自らを「全一(ぜんいち)」と称した彼は、既存の国家機能を事実上無効化し、超法規的な「秩序局」の設立を宣言した。

「君たちが苦しむのは、自由があるからだ。選ぶという行為が、格差と争いを生む。私が、君たちの代わりにすべてを選ぼう。君たちのための、完璧な人生を」

 

混乱する警察機構や機能不全に陥ったヒーロー社会に絶望していた人々にとって、全一が提示した「完璧な計画」は、抗いがたいほどに美しく、そして容易な逃げ道だった。

 

第五章:役割の付与

 

秩序局の活動が始まると、街からは瞬く間に騒音が消えた。

全一の構築した個性分配システムが、市民一人ひとりに「最適な個性」と「適した役割」を割り当て始めたのだ。

 

不登校に悩み、自分の居場所を見失っていた少年には「精密作業に適した個性」と、それを行うための静かな工房が与えられた。

就職氷河期で社会を呪っていた青年には「怪力を活かした土木作業」と、確実な報酬が与えられた。

 

「君のその個性なら、この建設現場の補強作業が最も社会に貢献できる」

「君には、この事務作業を。思考を介さぬ単純作業が、君の精神を安定させる」

 

拒否権はなかった。だが、提示された通りに従えば、生活は保障され、治安は守られた。

「自分が何者であるか」を悩む必要がなくなったのだ。かつては個性の氾濫によって混沌としていた街が、全一のパズルのピースのように、ぴたりとはまり込んでいく。そこには、不気味なほどの静寂が広がっていた。

 

第六章:管理の甘い毒

 

ある住宅街に住む母親は、食卓に並ぶバランスの取れた食事を眺めながら、静かに涙を流していた。

かつて反抗期で、家を飛び出しては警察の世話になっていた息子が、今、全一から与えられた「警備」の仕事に就き、毎日定時に帰宅してくる。

 

息子の手首には、銀色の「管理タグ」が巻かれている。

「お母さん、今日の夕食の塩分濃度は秩序局の推奨値より0.2%高いよ。明日からは調整して」

 

息子の声には感情の起伏がない。だが、かつてのような怒声や暴力もない。

母親は、恐怖を感じていた。目の前にいるのは、愛する息子なのか、それとも秩序という名のプログラムを実行する機械なのか。

しかし、同時に彼女は、心の底で安堵していた。

 

「……いいのよ。これで、この子はもう事件に巻き込まれない。私も、夜中に電話が鳴るのを恐れなくていい。これで、いいの」

 

自分で考え、間違える自由を捨てることで得られる安らぎ。それは、人々をゆっくりと窒息させる、甘い、甘い毒だった。

神野でオールマイトが折れたあの瞬間、自由への凱歌は止んだ。

世界は今、全一という名の神が支配する、音のない「天国の檻」へと作り変えられていた。

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