武神祭、予選当日。 王都の喧騒を離れた路地裏で、シド・カゲノーは「究極の変装」を終えていた。 猫背、不健康そうな顔色、そして今にも折れそうな細い剣。どこからどう見ても、一回戦で無惨に散るモブ剣士――その名も「ジミナ・セーネン」だ。
「……フフフ、完璧だ。この弱そうな僕が、強豪たちをバッサバッサと『偶然』なぎ倒していく……。これこそが、実力者の醍醐味だよ」
「……相変わらず、その趣味の悪さには恐れ入るな、兄上」
背後から響く、重厚な声。 そこには、制服の上から黄金の甲冑を纏い、不遜に腕を組むギルガメッシュが立っていた。彼は『
「ギル。君も出るなら、せめて名前くらいは変えたらどうだい? そのままじゃ目立ちすぎて、僕の引き立て役にもならないよ」
「……フン、誰が貴様の引き立て役など。
ギルガメッシュは指先を鳴らし、蔵から一つの「仮面」を取り出した。それは黄金に輝く、威厳に満ちた意匠の面だ。
「
「……へぇ、買い取ったんだ。流石だね、黄金の王様」
二人は不敵な笑みを交わすと、それぞれの「舞台」へと向かっていった。
武神祭の会場、メインスタジアム。 そこには、ミドガル王国の重鎮や、招待された貴族たちが顔を揃えていた。その最前列、本来であれば王族しか座ることを許されない一等地に、一人の男が踏ん反り返っていた。
「……誰だ、あの男は? 黄金の髪、そしてあの不遜な態度は……」 「カゲノー家の特待生、ギルガメッシュだ。……アレクシア王女でさえ、彼には手出しできないと聞くが……」
周囲の貴族たちがヒソヒソと囁き合う中、ギルガメッシュは蔵から呼び出した「神代のワイングラス(中身は高級ブドウジュース)」を傾けていた。 彼の隣には、困惑した顔のアイリス・ミドガルが座らされている。
「……ギルガメッシュ。貴方、また勝手に席を設けて……。ここは王族の監視の場でもあるのですよ」
「……フン、小娘。王がどこに座ろうと、そこが中心だ。文句があるなら、貴様の父である王を連れてくるがいい。……もっとも、連れてきたところで、
アイリスは溜息をつき、視線を闘技場へと戻した。彼女には分かっていた。この男を力で従わせることは不可能であり、今は機嫌を損ねないのが最善だと。
「……それで。貴方が注目している選手はいるのですか?」
「……一人だけな。……間もなく出てくるぞ。この世で最も不格好で、しかし最も底知れぬ『病弱者』がな」
闘技場に、一人の男が入場してきた。 「……ジミナ・セーネン選手、入場です!」 実況の声と共に現れたのは、よろよろと歩き、今にも吐血しそうなジミナだった。
対戦相手は、王都でも名の知れた実力者。彼はジミナを一瞥し、鼻で笑った。 「……おいおい、死人を連れてきたのか? 棄権するなら今のうちだぞ、坊や」
ジミナはゆっくりと、しかし確かにその剣を抜く。
観客席からは失笑が漏れる。だが、その中で唯一、ギルガメッシュだけは愉快そうに喉を鳴らした。
「……ククッ、ハハハハハ! 見るがいい、王女よ! あの無様な演技を! 100点満点だ!」
「……え? 演技? 彼は本当にか弱そうに見えるのですが……」
「……フン、凡人の目にはそう映るか。……刮目せよ。真の『最強』が、これから雑種を屠る様をな」
試合開始の合図。 対戦相手が猛然と切り込む。だが、ジミナは首を傾げ、耳を掻くような動作をしながら、紙一重でその斬撃を避けた。 「……あ、あれ? 避けた?」 観客が首を傾げる。ジミナの剣が、まるで杖をつくような動作で相手の足元を突いた。
「グハッ!?」 相手は勝手に転び、そのまま場外へ。
「……しょ、勝者、ジミナ・セーネン!!」
会場に静寂が走る。偶然か、運か。誰もがそう疑う中、ギルガメッシュはグラスを高く掲げた。
「……良い。……あの『無駄のなさ』、我が宝物庫の財の数々にも匹敵する。……やはり兄上、貴様はを飽きさせない」
予選の合間。闘技場の通路の暗がりで、ジミナとギルガメッシュはすれ違った。
「……兄上。あの首の傾け方、少しオーバーだったぞ。次はもっと『偶然感』を出せ」
「……注文が厳しいなぁ、ギル。でも、観客のあのキョトンとした顔……最高だったよ」
ジミナは満足げに笑い、影に消えた。 ギルガメッシュもまた、不敵な笑みを浮かべて観覧席へと戻る。
教団の介入がない、純粋な武の祭典。 だが、そこには二人の「最強の変態」が紛れ込んでいる。 一人は地を這う病弱な最強として。 一人は天から全てを見下ろす黄金の王として。
武神祭の歴史に、かつてないほどの「勘違い」と「戦慄」が刻まれようとしていた。