ミドガル魔剣士学園の昼下がり。 学食の片隅で、シド・カゲノーは二人の友人、ヒョロとジャガを前に、人生最大の「試練」に直面していた。
「……負けたよ。僕の完敗だ」 シドは机に突っ伏し、絶望に打ちひしがれたフリをしていた。 トランプの勝負に負け、罰ゲームとして「学園一の高嶺の花」であるアレクシア・ミドガル王女に告白する。これこそ、モブが最もモブらしく、かつ「ありえない展開」として物語を彩る最高のスパイス。
(……ククク、完璧だ。これで僕は王女に袖にされ、学園中の失笑を買う『道化のモブ』という不動の地位を築ける……!)
「おい、シド! 本当にやるのかよ!」 「見ものだなぁ、カゲノー家の恥さらし!」 友人たちの野次を背に、シドは悲劇のヒーローを演じながら立ち上がった。
だが、その様子を中庭の特等席(蔵から出した黄金のソファ)で優雅に見下ろしている男がいた。 「……フン。雑種どもが、また下らぬ戯れを」 ギルガメッシュは、クリスタルのグラスに注がれた最高級の果実水を揺らしながら、赤紅の瞳を細めた。 シドが何を企んでいるのか、『
「兄上も物好きだな。王女という小娘を相手に、わざわざ泥を被りに行くか。……まあよい。その不格好な求愛、王の余興として見届けよう」
アレクシア王女が取り巻きを引き連れて廊下を歩いていると、一人の影が立ちはだかった。 シド・カゲノー。パッとしない顔、猫背気味の姿勢、どこからどう見ても「モブ」そのものの少年だ。
「あ、あの……! アレクシア様! ずっと前から……付き合ってください!!」
シドは渾身の「震える声」で叫んだ。 廊下が静まり返る。取り巻きの令嬢たちが失笑を漏らし、アレクシアが冷ややかな視線を送ろうとした――その時。
「――控えよ、雑種ども」
重厚な、空気を物理的に押し潰すような声が響き渡った。 廊下の突き当たりから、黄金の輝きを放つ男、ギルガメッシュが歩いてくる。 年齢偽装の宝具により、シドより年上の「完成された英雄」の姿をした彼は、アレクシアを無視してシドの前に立った。
「ギ、ギルガメッシュ『先輩』……!?」 シドが(計画を邪魔されるんじゃないかと)冷や汗を流しながら見上げる。
ギルガメッシュはシドの肩を叩き、不敵に笑った。 「兄上よ。王女などという小娘に跪く必要はない。貴様の望みが『女』であるなら、
周囲が「は!?」「何を言ってるのあの人!?」「肖像画を実体化って……神話の時代のアーティファクトか!?」と大パ騒ぎになる。
「い、いや! 僕は、アレクシア様じゃないとダメなんだ!」 シドは必死に食い下がった(モブの設定を守るために)。
「……ふむ。そこまでの執念か。ならばよかろう、この
ギルガメッシュの視線がアレクシアを射抜く。 アレクシアはギルガメッシュの傲慢さにイラつきながらも、ふとシドの目を見た。 (……こいつ、私のことを全く見ていない。……面白いわ)
アレクシアは、ギルガメッシュへの当てつけ、そして自分を縛る周囲への反抗として、ニヤリと笑った。 「……いいわ。付き合ってあげる」
「「「えええええええええ!?」」」 廊下に絶叫が響き渡った。
(……え? なんで? 振られるはずじゃ……!?) シドの脳内は大パニック。 (……フハハ! 面白い! さて兄上、この『幸運』という名の地獄、どう切り抜ける?) ギルガメッシュは愉快そうに喉を鳴らす。
それから、シドとアレクシアの「交際」が始まった。 といっても、中身はアレクシアの「婚約破棄」のためのダミーであり、シドはひたすら振り回されるだけだ。
ある日の放課後、学園の裏山。 二人が訓練をしているのを、ギルガメッシュは上空に浮かぶ黄金の船『ヴィマーナ』から見物していた。
「……下手な剣筋だな、小娘」 ヴィマーナから飛び降り、ギルガメッシュが二人の間に着地する。
「また貴方ね。……いい加減にして。これは私たちの『デート』よ」 アレクシアが不機嫌そうに剣を構える。
「デートだと? 笑わせるな。
ギルガメッシュが指先を鳴らすと、蔵から一本の「木刀」が飛び出した。 それは、木製でありながらオリハルコンを凌ぐ強度を持つ神代の練習用具だ。
「アレクシア。王女を名乗るなら、我が兄に土をつける程度の実力は見せよ。……さもなくば、その首、のコレクションの末席に加えてやる」
「……上等じゃない。やってやるわよ!」 アレクシアがシドに向かって踏み込む。 シドは「うわぁぁぁ!」と叫びながら、完璧なタイミングで「素人のコケ方」を披露した。
(……今のコケ方、魔力による衝撃吸収をミリ単位で行っているな。流石だ兄上。……だが、王女の方は、少し『混じって』いるか)
ギルガメッシュの『
夕暮れ時、シドがアレクシアに振り回されてヘトヘトになって帰宅する。 その道中、黄金のオーラを消したギルガメッシュが影の中から現れた。
「……兄上。あの小娘、教団の『ハエ』どもに狙われているぞ」
シドは「モブ」の仮面を脱ぎ、鋭い瞳で答えた。 「……知ってるよ、ギル。最近、つけ回されてる視線がいくつかある。……たぶん、近いうちに『事件』が起きる」
「我が蔵の全戦力で王都ごと焼き払ってやってもよいのだぞ?」
「それじゃ『陰の実力者』の出番がないだろ! 演出は計画的に、だよ。……ギル、君は王女が誘拐された後、僕が『犯人扱い』されて拷問されるシーンを見届けてよ。あのアドリブ、前からやりたかったんだ」
「……拷問を好むとは、つくづく悪趣味な男よ。……よかろう。
ギルガメッシュは黄金の杯を高く掲げ、沈みゆく夕日に重ねた。 「雑種どもが。王の庭で演じられるこの狂騒曲。……精々、を飽きさせぬことだ」
その数日後、王都を揺るがすニュースが飛び込んできた。 「アレクシア王女、行方不明!」
そして、王女の最後に一緒にいた人物として、シド・カゲノーが騎士団に拘束された。
牢獄の天井近く、認識阻害の宝具で姿を隠したギルガメッシュは、椅子に縛り付けられ、拷問官にニヤニヤと笑いかけるシドを見下ろしていた。
(……フハハ、いい面構えだ、兄上。……さて、これより始まるは『黄金』と『闇』の祝祭。教団のハエども、その命……我が蔵の肥やしにすらならぬと知れ)
黄金の王の瞳が、闇の中で紅く燃え上がった。