「それじゃあ、私はバイトだから先に帰るわね!」
夕暮れに染まるアビドス高等学校。茜色の空を背に、黒見セリカはいつものように、しかしどこか弾むような足取りで校門を抜けていった。それが、対策委員会のみんなが見たセリカの、最後のごくありふれた日常の姿だった。
異変が起きたのは、それからわずか数時間後のことだ。
「……あ、あの、先生! 柴関ラーメンの大将から連絡があったんですけど……セリカちゃん、まだ店に来てないみたいで!」
アヤネの焦った声が、静まり返った部室に響く。セリカは人一倍騙されやすく、妙なセールの勧誘に引っかかっては先生や仲間たちに弄られるのが常だった。だけど、どんな事情があろうとも、事前連絡なしにバイトを休むような不真面目な少女では断じてない。
「何かあったのかも……」
ノノミの言葉にみんなの空気が一気に凍りつく。そこからはなりふり構わぬ捜索の始まりだった。先生とアヤネは各学園の情報網に当たり、シロコは自転車で砂漠の隅々まで走り回り、ホシノとノノミは手分けして聞き込みを続けた。
しかし、無情にも時間は過ぎ去り捜索開始から丸二日が経過した。
「……ホシノ先輩。そちらにセリカちゃんの情報、何か見つかりましたか……?」
砂塵の舞う砂漠の境界線で、ノノミは震える手でスマートフォンを握りしめていた。返ってきたのは、風の音に混じった重い沈黙。
「……ううん。だめ。目撃情報も、なにもかもが……完全に途絶えてるみたい」
ホシノの声からは、いつもの余裕たっぷりな響きが消え、底知れない焦燥が滲んでいる。セリカの情報すら掴めないまま、対策委員会の絆に目に見えない亀裂のような不安が広がっていく。
そんな絶望的な閉塞感を、街の巨大モニターから流れる衝撃的なニュースが切り裂く。
『――緊急速報です! 現在、上空から突如現れた謎の人物が、ゲヘナ学園の自治区内で無差別な破壊活動を行っています! 付近にお住まいの方は、直ちに、今すぐ避難してください!!』
画面に映し出されたのは、パニックに陥るゲヘナの街並み。そして現場を中継する報道官のシノンが、珍しく余裕を失った表情で叫んでいる。その背後の空には、おぞましい赤黒い光を放つ亀裂が走っていた。
画面の隅には、瓦礫の山の中で奮戦する空崎ヒナの姿。そして、彼女と対峙する「フードを被った謎の人物」のシルエットが映し出される。その姿は逆光と砂塵に霞んでいるが、そのフードの隙間から見える顔はどこか見覚えのある……あまりにも嫌な予感を抱かせる雰囲気をしていた。
「……こんな時に、困ったね。セリカちゃんも心配だけど、ヒナちゃんの手助けに行こっか」
「分かりました! 私もシロコちゃん達に声をかけるので、先輩、絶対に一人で行かないでくださいね! 約束ですよ!」
「分かってるよ〜。おじさん、もう無茶はしないからさ」
いつものように気の抜けた調子で答えるホシノの声を確認し、ノノミは通話を切る。かつて一人ですべてを背負い、後輩たちを泣かせた前科のあるホシノは、通話が切れたスマートフォンの画面を見つめ、「おじさん、やっぱりそこら辺の信用はまだないみたいだね~」と自嘲気味に苦笑した。
ホシノは合流地点のメッセージを全員に一斉送信すると、砂塵を蹴って、戦火に包まれるゲヘナの戦場へと先行することにした。
指定された合流地点へ辿り着いた対策委員会の面々と先生の視界に飛び込んできたのは、平穏な日常を粉々に打ち砕くような、凄惨な戦いの痕跡だった。
かつてアビドスの砂漠でも幾度とその名を聞いた、ゲヘナ学園最強の象徴――。空崎ヒナの愛銃「終幕:ディストロイヤー」が砂に深く突き刺さり、立ち込める黒煙の中でヒナは力なく膝を突いている。キヴォトスでも指折りの実力者である彼女が、反撃の糸口すら掴めず、ただ息を切らし、屈辱に震えながら地面を見つめていた。
「くっ……っ……」
ヒナの視線の先に立ち塞がるのは、深くフードを被り、この世のものとは思えない禍々しい「色彩」の波動を纏った人影。その頭上に浮かぶヘイローは、まるで暴力的に打ち砕かれたかのように無惨にひび割れ、その亀裂からは赤黒いエネルギーが、周囲の空間を物理的に歪めながら噴出している。
「……これが『ゲヘナ最強』? 希望なんてぬるま湯に浸かってるやつの力なんてこんなものよね……笑わせないで」
「っ…」
フードの人物が、真っ黒に染まったARライフルの銃口を、抵抗する力さえ残っていないヒナへと向けた。その引き金に指がかけられ、絶望的なトドメが放たれようとした、その瞬間――。
「そこまで。それ以上やるなら、おじさんが相手になるよ」
砂塵を切り裂いて割り込んだのは、盾を構えたホシノだった。ホシノはヒナを後ろにひっぱり先生に乱暴に投げ渡す
「いたっ…」
「ヒナ、大丈夫!? 無茶しすぎだよ!」
ヒナを受け取った先生を対策委員会の仲間たちが盾の背後に割って入り、2人を守るように防衛線を構築する。しかし、フードの人物は気にせず凍りつくような動作でゆっくりと振り返り、フードの隙間から、全てを呪うような冷たい殺意を覗かせた。
「……遅かったわね、みんな」
ゆっくりとした手つきで、彼女がフードを脱ぎ捨てる。
そこにいたのは、2日間、全員が心から心配し、探し続けていた仲間の姿――黒見セリカだった。
けど、その姿はあまりにも無惨に変貌していた。汚れのない頬には抉られたような生々しい傷跡が走り、自慢だった艶やかな長髪は、まるで何かに引きちぎられたかのように短く不揃いに切り刻まれている。そして何より、感情に合わせて愛らしく動いていた猫耳の片方は、半分ほどに失われていた。
「セリカ……ちゃん……? 」
目の前の少女は、本来の彼女なら絶対に見せないような、底冷えのする眼差しでホシノたちを見下ろした。
「ふん……。本当に、ここは虫唾が走るほど幸せそうな世界よね……。どこかの世界では、私のように必死になって、ボロボロになりながら、それでもみんなを信じて帰ったのに……そこには誰もいない。居場所なんて最初から無かったかのようなそんな地獄のような世界があるっていうのに……」
彼女の背後に、異形の紋章を描く武装ドローンが幾重にも展開される。
「私のような悲しみ、憎しみ、辛さ……ぬるま湯に浸かっている貴方達に、到底理解なんてできるはずがないわ。だから私が教えてあげるの。この世界を、私のこの手で、跡形もなく――破壊してやるのよ!」
冷酷な眼差しは一転、全能感に酔いしれるような狂気的な悦びに歪み、一斉射撃の号令が下されようとした。
だが、極限まで高まった緊張感を、背後からの一言が容赦なく切り裂いた。
ホシノの影から、砂狼シロコがいつもの無表情のまま、トコトコと一歩前に踏み出したのだ。
「ふーん……。シロコ先輩一人が相手ってわけ? いいわ、まずは貴女から絶望の淵に――」
「セリカ、戦う前にひとついい?」
「なによ、遺言でも残そうっての? 優しい私が、ちゃーんと最期まで聞いてあげ――」
「ん……その下り、違う世界の私がもうやってる。二番煎じ。設定も脚本も被ってる」
「…………は?きゃく…ほん?違う世界の私…?」
勝ち誇ったようにニヤニヤしていたセリカの顔が、文字通り固まった。シロコはまるで「今日の夕飯、昨日と同じだよ」とでも言うような、少し疲れすら感じさせる平坦なトーンで言葉を被せる。
「闇堕ちして、絶望を語って、世界を壊そうとする。それ、もう1人の私が通った道。キャラ被りは良くない。だから、無理してそんなシリアスにしなくていい」
あまりにも直球すぎるメタ発言に、後ろで構えていた対策委員会のメンバーも、張り詰めていた空気が一気に抜けたような顔をした。
「シロコちゃん……それ、私達もちょっと思ってたけど……今言わないであげてよ」
ホシノが盾を降ろし、苦笑いを浮かべながら頭をかく。
「は……、え……?」
つい数秒前までは世界を終焉へと導く「恐怖」の象徴として君臨していたセリカは、その場に釘付けになった。視界の端でゆらゆらと揺れていた禍々しいオーラが、彼女の困惑に合わせるように弱々しく明滅する。シロコはそんな彼女の動揺など意に介さず、淡々と、まるで事務連絡でもするかのように言葉を重ねていった。
「ん……。さっきも言ったけど絶望して、世界を呪って、違う世界も全部壊そうとする。それ、もう一人の私が既に通り過ぎた道。同じ学園でキャラが被るのは良くないし、設定の渋滞が起きる。だから、無理してそんなシリアスにしなくていい。……後からキャラ被りが分かったら死ぬほど恥ずかしくなって、夜中に布団を蹴るような黒歴史になるだけだよ」
「なっ!? だ、誰が無理してるっていうのよ! 私の怒りを黒歴史って言うのやめなさいよ! 私は大真面目に……!それにもう1人の私って何よ!?」
あまりに急所に刺さる「黒歴史」というワードに、セリカは思わず素の反応で返してしまう。その瞬間、彼女の背後で空間を震わせていた巨大な破壊兵器と赤黒いエネルギーの奔流が、「ポフン」という間抜けな音を立てて霧散した。一気に緊張感が抜け戦場はいつもの放課後のようなしまりのない空気に支配されていく。
「まあまあ、セリカちゃん♪ そんなに怖い顔をしていたら、せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」
ノノミがひょいと横から顔を出し、まるであらかじめ準備していたかのように、黄金色に輝くダージリンの香りを漂わせた。
「そうですよ、セリカちゃん。貴女の長所は元気で明るくて、ちょっとだけ……いえ、かなり騙されやすいところなんですから。そんなセリカちゃんにシリアス担当みたいな真似、体に毒です」
アヤネまでもが、いつもなら「真面目にしてください!」と怒鳴るはずのその口調で、呆れたように眼鏡のブリッジを押し上げた。
「ちょっと二人とも! なんでそんなに呑気なのよ!? 私、今、世界を壊そうとしてたのよ!?ヒナさんも倒したのよ!?」
セリカの悲鳴のようなツッコミを他所に、事態はさらにシュールな方向へと加速する。
「お茶でも飲みませんか? スコーンもありますよ♪」
「お茶!?スコーン!? 今それどころじゃ――って、ホシノ先輩まで!!」
セリカが驚愕に目を見開いた先では、アビドス最高の戦力であるはずのホシノが、既にノノミから手渡されたカップを手に「ふぅー、ふぅー」と茶葉の香りを堪能していた。
「……んー、やっぱりノノミちゃんの淹れるお茶は最高だね〜。セリカちゃんも一旦お茶でも飲んで落ち着こうよ〜。闇堕ちなんて肩が凝るだけだしさ」
「いつの間にか当たり前のようにくつろいでる!? 先輩までおじさん全開に戻って……!!」
セリカはプルプルと体を震わせながら、あまりにもメタで、あまりにもマイペースなホシノたちの姿を絶望的な表情で見つめた。彼女が必死に構築した、悲劇のヒロインとしての舞台装置は、対策委員会の「日常」という濁流に飲み込まれ、見る影もなく押し流されていく。
「みんな、ゆっくりしすぎでしょ!? 私のせっかくのシリアスな空気、今すぐ返しなさいよ!!」
地面を震わせるようなセリカの怒りの叫び。しかし、お茶を啜り平和な午後のひとときを謳歌し始めた対策委員会の面々の耳には、もはやその怒声すら「いつもの元気なセリカちゃん」の鳴き声にしか聞こえていない
「もういい! 話にならないわ! 全員、この闇の炎で焼き尽くして――ッ!!」
誇りもシリアスもズタズタにされたセリカはついに怒りの頂点に達した。彼女が「色彩」の力を右腕に凝縮し文字通りこの場の全てを焼き払うための超高火力を解き放とうとしたその瞬間、天地を揺るがすような轟音が遠方で炸裂した。
視界の先に先程までなかった黒い空間が現れる。そこから現れたのは、漆黒の衣装を身に纏った砂狼シロコ*テラー(クロコ)だった。彼女はこの一帯で、自分と同じ「色彩」の異常な共鳴を感知し、戦慄と共に駆けつけたのだ。
「……何? このプレッシャー……。それに、この禍々しい色は……っ!?」
セリカの瞳に初めて恐怖が混じる。現れたクロコは周囲を一瞥して戦況を把握しようと努めた。困惑を隠せない先生、ボロボロの空崎ヒナ、そして何故か優雅にお茶のおかわりを要求しているいつもの対策委員会の面々――。あまりにも正反対な二つの空気が混在する異常事態。しかし、クロコの視線は、眼前に立つ凄惨な姿の少女に釘付けになった。
(シロコ先輩に似てる……けど、違う。私の知らない……いいえ、この力は……)
セリカは、自分を圧倒するような質量を持った「恐怖」の気配に飲まれまいと、必死にライフルを構え直した。
「今度は……ようやく真面目に殺し合ってくれそうな人が来たわね」
「……貴方は、だれ?セリカに似てるけど」
「貴方こそ誰よ! 私は貴方のような生徒なんて見たこともないわ!!」
「ん……私は砂狼シロコ」
「嘘つかないで! 貴方のすぐ後ろで、シロコ先輩は呑気にお茶を飲んでるじゃない!!」
セリカがイライラと指差した先では、いつものシロコが「ん、やっぱりお茶には塩味が足りない……」と呟きながら、どこからか取り出した干物を齧っていた。
(……なんで、ホシノ先輩たちはこの状況でお茶を飲んでいるの?)
クロコは一瞬遠い目になったが、すぐに目の前の少女が放つ「色彩」を見据えた。
「私より……セリカの状態の方が知りたい。どうして色彩の力を使えるの」
「貴方になんて理解できない苦痛を味わったからよ! 誘拐されて、地下で何ヶ月も……っ! 必死に帰ったのに、学校も、先生も、みんな死んで……誰もいなかった! そんな地獄、体験したことないでしょ!?」
それを聞いた瞬間、クロコは凍りついた。突きつけられた言葉は、彼女がかつて歩み、すべてを失った「あの道」そのものだった。
「……え?」
クロコは震える足取りで、改めてセリカを見つめる。ヘイローの傷、千切れた耳、憎しみに塗り潰された瞳
「……セリカ。ホシノ先輩を殺した時のこと……知ってる? アヤネが重体になって……あの絶望」
「っ!? な、なんで、アンタが……そんなこと……知ってるのよ!!」
セリカの声が震える。
この世界の住人が、自分だけが知るはずの惨劇の記憶を言い当てるはずがない。この世界のホシノは生きているしアヤネもピンピンしている。つまりは自分の世界で起こったあの事件は起きなかったと考えられる。それなのに、この黒い服の女は、自分がわざと隠した心の傷を正確に抉り抜いた。
「……やっぱり……貴方は……私の世界の、セリカ……。あの日、行方不明になって、二度と会えないと思っていた……」
クロコの瞳から大粒の涙が溢れ出し、彼女は武器を捨て無防備に両手を広げる。その戦闘を放棄する光景にセリカは困惑するしかなかった
「どう……いうことよ……」
「探した。ずっと、ずっと……会いたかった。ごめんね。助けてあげられなくて、見つけられなくて…ごめんね……」
その一言でようやく、セリカの思考が結びついた。目の前で泣きながら自分を肯定しようとしているこの女性は、死んだと思っていた――あるいは自分を見捨てたと思っていた、自分の世界のシロコ先輩本人なのだと
「本当に…シロコ先輩……なの? 嘘……そんな、嘘よ……っ!」
「ん。会えて……よかった。セリカがいなくなって、必死に探して……みんなが死んで…絶望した私も同じように色彩に触れてこっちに来たの」
「しろ……こ……先輩……うう……うわあああああああん!!!バカ!!怖かったんだからー!!!」
セリカは子供のように声を上げて泣き崩れ、クロコの胸に飛び込んだ。復讐心に燃えていた色彩の禍々しいオーラは、二人の再会を祝うような温かい涙に溶かされ、静かに、けれど確実に浄化されていった。
「ぐすっ……いい話ですねぇ……。おかわりいかがですか、ホシノ先輩……?」
「うん……。いい出汁が出てるよ、このお茶……」
「ん…それ先輩の涙…ぐすっ」
「良かったですね…セリカちゃん…」
感動の極致である再会シーンの背後で、ズルズルとお茶を啜り、鼻を鳴らす対策委員会の面々。
「……先生。これ、どういう状況?」
困惑するヒナが、先程まで世界を壊そうと暴れていたセリカの頭を撫でるクロコの方を指さす
「ホシノたちのせいで温度差が激しいけど、最高に感動的な場面なんだ。……あ、ヒナは…大丈夫そう?」
先生に声をかけられたヒナは、砂の上で完全に精根尽き果てた顔をしていた。突然襲われてボロボロにされた挙句に目の前では戦闘ひとつ行われず解決したのだからヒナの怒りはMAXに近かった
「……もう、どうでもいいわ。私はただ、三学園合同の戦力にも匹敵する違う世界のセリカを相手にボロボロにされて、最終的に身内の再会シーンの背景にされたってことよね……。帰る。寝る。明日から一ヶ月、ゲヘナの全業務を放り出してでも、私は休むから……」
「あ、あはは…1ヶ月はやめて欲しいけど…休暇申請だけは代わりにだしておくね…」
「先生も付き合って…」
沈みゆく夕日の下、砂漠の中央で、ヒナの深い深い溜息と、ようやく孤独から解放されたセリカの泣き声が、いつまでも響き渡っていた。
夕闇が本格的に砂漠を包み込み、星々がその冷徹な光を放ち始めた頃。感動的な再会を果たし、ようやく落ち着きを取り戻した「もう一人のセリカ(セリカテラー)」を囲んで、対策委員会の面々は腰を下ろしてお茶を飲んでいた。シロコテラーに頭を撫でられ、少し照れくさそうに鼻を啜る彼女の姿は、先ほどまでの世界の終焉を謳う破壊神とは程遠い、年相応の少女のそれだった。
そんな、どこか物悲しくも温かい静寂を破ったのは、ホシノの気の抜けた一言だった。
「……あ、そういえばさぁ。おじさん、何かすごーく大事なことを忘れてる気がするような~?」
その言葉に、それまで「いい話だったね」としみじみお茶の最後の一滴を飲み干していた面々の動きが、文字通り凍りついた。
「あっ」
アヤネが血の気が引いた顔で持っていたタブレットを落とし、シロコは手に持っていた干物を砂の上に落とす。ノノミの微笑みがピキリと固まり、先生は慌てて周囲を見渡した。そう、彼女たちが探しに来た「本来の目的」――この世界の、アビドスの黒見セリカがまだ見つかっていない。
1時間後。誘拐した本人のセリカテラーの案内で、かつてのアビドス市街地の地下深く、厚いコンクリートに囲まれた独房へと一行は辿り着いた。
「開けるわよ」
セリカテラーが重い鉄扉を蹴り開けると、そこにはパイプ椅子に縛り付けられ、暗闇の中でガタガタと震えていた本物の「この世界のセリカ」の姿があった。
「う、うわあああん! ホシノ先輩! 先生! 怖かったよぉ! 私に似た変な女の人に誘拐されて、いきなり髪を切られそうになるし、耳がどうとか怖いこと言って触わられるし……もうダメかと思ったんだからぁ!」
縄を解かれた瞬間、セリカは弾かれたように飛び出しホシノの胸へと泣きながら飛び込んだ。その様子をセリカテラーは腕を組みながら冷ややかな、けれどどこか楽しげな眼差しで見つめていた。
「……よかったわね。死ぬほど怖かったでしょ、独りで。絶望したでしょ?」
「当たり前でしょ!? もう、アンタが何者か知らないけど、本当にとんでもない目に遭ったんだから!」
セリカが涙目で抗議すると、セリカテラーはフッと口角を上げ、先ほど自分のシリアスな舞台を台無しにされた「仕返し」と言わんばかりに、残酷な真実を突きつけた。
「でも安心していいわよ。貴女の愛する先輩たちは、貴女がその暗い独房で恐怖とお腹を空かせて震えていたまさにその時……私の闇堕ちシーンを観賞しながら、貴女のことなんて綺麗さっぱり忘れて、呑気にお茶を飲んでたわよ。 美味しそうなスコーンまで食べてね」
一瞬、地下室に死のような沈黙が流れた。
「…………え?」
抱きついていたホシノの腕の中から、セリカがゆっくりと顔を上げる。その視線の先では、ホシノが露骨に目を逸らし、ノノミは空になったティーポットを必死に背中に隠し、アヤネはレンズが真っ白になり「あはは」と引きつった笑みを浮かべ、シロコは「ん、砂漠の夜は冷える」と独り言を呟いていた。
「…………ねえ、みんな? 今の話、この人の冗談……よね?私攫われてからご飯も食べられなかったけど…助けてくれる、心配してくれてるってみんなを信じてたのよ…?」
ホシノの腕の中から顔を上げ、肩を掴むセリカの問いかけに、地下室の空気は一瞬で氷点下まで凍りついた。
「ん……。そ、そんなことはない……。セリカのこと、一秒たりとも忘れたことなんて、ない……」
シロコは見たこともないほど露骨に目を逸らし、壁のシミを熱心に数え始めた。
「そ、そうですよー! セリカちゃん……あはは……」
アヤネは度を超えた動揺から、既に位置の合っているメガネを何度も指で押し上げている。
「せ、セリカちゃんが元気そうで、本当に良かったです……!」
ノノミも精一杯の笑顔を向けるが、その頬はピクピクと引きつり、背中に隠したティーカップのセットがカチャリと音を立てた。
「あ、あはは……。セリカちゃん、そんなことより柴関ラーメンに行こうか。おじさん、今日はおごっちゃうぞ~……なんて……ね?」
最後の一縷の望みを託されたホシノは、まるで悪事が見つかった子供のように人差し指をツンツンと合わせ、申し訳なさそうにセリカを見つめた。
その光景を見て、すべてを確信したセリカの顔が、みるみるうちに沸騰したヤカンのように真っ赤に染まっていく。
「……ホ、ホントに飲んでたのね!? 私が、私が暗いところでこんなに怖がって、一生懸命みんなを信じて待ってた時に! よりによって闇堕ちした私(?)と一緒にお茶してたっていうの!!?? なんでそんなに呑気なのよバカぁーーー!!!!」
「ん、セリカが怒った。逃げる」
「忘れられてたら誰でも怒りますよ!?」
「ほ、ホシノ先輩!あとは任せました〜♪」
「おじさん掴まれてるから逃げられ…痛たたた!?引っかかないでセリカちゃん!?」
漆黒の砂漠に、本家本元、アビドス名物「黒見セリカ」の魂の怒号が響き渡った。その怒鳴り声は、2日間の不安をすべて吹き飛ばすほど力強く、そしてあまりにも日常的だった。
それを聞いたセリカテラーとシロコテラーは、顔を見合わせ、この世界には二度と訪れないはずだった柔らかな笑みを、その唇に浮かべた
オマケ
Q。なぜふざけたのですか?
シロコ「ん、セリカに真面目になるのはなんか変だから」
ホシノ「セリカちゃんには明るくして欲しいからかな〜」
アヤネ「皆さんと同じですね…」
ノノミ「セリカちゃんにシリアスはあいませんしね♪」
Q.本当に忘れていたんですか?
シロコ「お茶が美味しいのとあのセリカがほとんど変わってないのが悪い」
ホシノ「いや〜?忘れてはなかったよー?ただ思い出せなかっただけで」
アヤネ「目の前のセリカちゃんが姿は変わってもいつものセリカちゃんらしくてつい…」
ノノミ「心配はしてたんですよー?」
Q後ろで怒ってますが皆様なにか一言お願いします
「セリカちゃんは可愛い」
セリカ「みんなのバーカ!!!」
ーーーーーー
行方不明なら…こうなる可能性も…?