プレ先時空のセリカがやってくるお話   作:気弱

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セリカテラーとアビドス保育園

澄み渡った青空から降り注ぐ真っ白な陽光が、アビドス高等学校の廊下を眩しく照らし出していた

 

セリカテラーは心なしか弾むような足取りで対策委員会室へと向かっていた。胸に抱えているのは丁寧に包装された紙袋。先日、久々に再開した新たなバイト先で、店長から「お近づきの印に」と持たせてもらった差し入れの焼き菓子だ

 

「ふふ、みんな喜んでくれるかな……久しぶりの接客で少し緊張したけど、あそこの店長さんも本当に優しい人で良かったわ」

 

かつての地獄のような砂漠では、見ず知らずの誰かから無償の厚意を受け取るなど、想像もできなかった。今の自分が享受しているこの「当たり前」の温かさを噛み締めながら彼女は仲間の笑顔を想像して、ふっと頬を緩む

 

だが、彼女が部室の扉に手をかけようとしたその瞬間、ぴくり、と黒い猫耳が敏感に震える

 

扉の向こうから漏れ聞こえてくるのは、いつもの穏やかな作戦会議の様子でも、昼寝中のホシノの長閑な寝息でもなかった。もっと高く、幼く、そして制御の効かない賑やかさを持った――明らかに「幼児」のものと思われる、無邪気で暴力的なまでに元気な叫び声だった

 

「……? なに、今の声。誰か親戚の子でも連れてきてるの?」

 

首を傾げ、嫌な予感を胸に秘めながらも、彼女は思い切って扉を開ける

 

視界に飛び込んできたのは、凄惨な戦場――ではなく、カオスという言葉すら生温い「幼稚園」と化した教室だった

 

「せ、セリカテラー! 来てくれて助かった……! お願いだ、助けてくれ!!」

 

部屋の真ん中で、幽霊のように青ざめた……というより、疲弊しきって顔色が真っ黒になっている先生が、悲鳴に近い声を上げる。ネクタイはあらぬ方向へ曲がり、シャツの袖は引きちぎられんばかりに引っ張られている

 

「先生!? その顔、一体どうしたっていうのよ……というより、この子たちは……!」

 

困惑するセリカテラーの足元で、執拗にスカートを引く小さな手。視線を落とした彼女の瞳に映ったのは、あまりにも現実味のない光景だった

 

「ねぇねぇ! おねーちゃんもあそぼー!」

 

サイズ違いの制服の襟元から首を出し、ずるずると裾を引きずっているツインテールの幼女がいた。ぴこぴこと動く三角形の猫耳、そして自分と同じ、気の強そうな中にも愛らしさのある瞳。それは、間違いなく五歳児ほどの姿に退行してしまった「この世界のセリカ」だった

 

視線をさらに巡らせれば、事態はより深刻さを増していく

 

傍らでは、自分よりも大きなクジラのぬいぐるみを必死に抱え込み、とろんとした眠たげな目で指を咥えている桃色の髪のホシノ

 

首に巻いたマフラーが長すぎて足に絡まりそうになりながらも、無表情にそれを握りしめている、どこか小動物めいたシロコ

 

さらには、どこから調達したのか色とりどりのキラキラしたシールを、あろうことかアヤネの眼鏡のレンズに隙間なく貼り付け、「わあ、綺麗です〜♪」と天真爛漫な笑みを浮かべているノノミ

 

そして、その横では肝心の眼鏡を奪われ、視界がぼやけているのか、今にも泣き出しそうな顔で鼻を啜っている小さなアヤネ

 

「も、もう一人の私!? それに、みんなまで……っ! 先生、これ一体どういうことなのよ!?」

 

セリカテラーの叫びに応えるようにようやく幼児たちの包囲網から脱出した先生が、幽霊のような足取りで這い寄ってくる。先生は震える手で、ポケットから一つの小瓶を取り出す。中にはカラフルで可愛らしい、一見すればただのキャンディにしか見えない粒が入っていた。だが、瓶のラベルには殴り書きで『危険・食べるな』という、物々しい警告文が記されていた

 

「じ、実はね……『ぼく様以外、みんな小さくしてやるんだー!』って暴走しかけた生徒から押収した特殊な薬だったんだけど……それをみんなが新作の飴だと勘違いして、一気に食べてしまって……この有様、というわけ。推定、精神年齢も身体能力も五歳児並みだよ……」

 

「みんな、警戒心っていう言葉をどこかに捨ててきたの!? 危機管理がなってなさすぎるわよ!!」

 

セリカテラーが絶叫するが、幼き対策委員会の面々には、その怒りすらも心地よい「遊び」の合図にしか聞こえなかった

 

「おねーちゃん、セリカに似てるー! ほんとのおねーちゃんなの?」

 

ぷにぷにとした柔らかそうな頬を膨らませ、幼いセリカが不思議そうに自分を見上げてくる。その小さな掌で裾をぎゅっと握りしめられる感覚に、セリカテラーの胸の中にあった怒りは、瞬く間に霧散してしまった。この純粋な瞳を向けられて、誰が怒り続けられるというのか

 

「えっと……説明が難しいわね……。でも、お姉ちゃんじゃないっていうか……」

 

たどたどしく答える彼女を置き去りにして、子供たちの要求は爆発的に膨れ上がっていく

 

「おなかすいたー!」

 

「ノノミ、お外いきたいです〜♪」

 

「アヤネ、めがね、ないの……ひっぐ……」

 

一斉に四方八方から寄せられる「お願い」の嵐に、セリカテラーの余裕は一秒ごとに削り取られていく

 

「ちょ、ちょっと、一気に喋らないで! 触らないで……っ! 先生、なんとかしなさいよ、この状況!」

 

「む、無理だよ……! 流石に僕も、精神と体力の限界だ……。それに、急いでシャーレに戻って解毒薬の手配をしなきゃいけないから……。あ、あとは、あとは頼んだよ、セリカテラー!!」

 

「ちょっと、先生!? 待ち……っ!」

 

先生は脱兎のごとく、部室から逃げ出していった。追いかけようとセリカテラーは手を伸ばすが、足元ではホシノとシロコが左右の脚に抱きつき、背中からはセリカが飛びつこうと構えている。がんじがらめにされた彼女は、遠ざかる先生の背中を、ただ絶望の眼差しで見送ることしかできなかった

 

セリカテラーは深く、肺の底にある空気をすべて吐き出すようなため息をつき、汗で額に張り付いた乱れた前髪を乱暴にかき上げる

 

「……はぁ。もう、分かったわよ! 私がやればいいんでしょ、私が!」

 

半ば自棄になった叫びが、アビドス対策委員会室の天井に虚しく響く。しかし、この時の彼女はまだ知らなかった。かつて逃げるために砂漠で数多の敵を屠ってきた自分であっても、理性を失った五歳児という名の「暴風」を相手にすることが、どれほど無謀な挑戦であるかを。彼女はどこかで、子供の体力を少し甘く見ていたのだ

 

「こら、シロコ先輩!? そんな所に登ったら危ないって言ってるでしょ!?」

 

「ん、大丈夫……シロコ、高いところ好き。景色いい……」

 

「好きとか景色の問題じゃないわよ! 降りてきなさい!?」

 

垂直に近い壁の僅かな凹凸に指をかけ、猿のような身軽さでスルスルと天井付近まで登っていく幼いシロコを、セリカテラーは心臓をバクバクさせながら無理やり引っぺがす。落とさないよう慎重に、かつ迅速に。ようやく地面に下ろして一息ついたかと思えば、今度は背後から鼓膜を突き刺すような「キャッキャ」という歓喜の声と、悲痛な号泣が響き渡った

 

「キラキラです〜♪ お星様みたいです〜!」

 

「わああーん!! アヤネのめがね返してぇー!」

 

「ノノミ先輩! アヤネちゃんを虐めないの! 返してあげて! 振り回したら壊れちゃうから、それ大事な物なんだから!」

 

「やー! これはノノミの見つけた宝物なのー!」

 

「おねーちゃん、助けてぇー! 前が見えないのぉー!」

 

アヤネの眼鏡をすっかり気に入ったらしいノノミは、それを魔法の杖か何かのようにブンブンと振り回し、キラキラシールでデコレーションを施そうと躍起になっている。一方のアヤネは、顔の一部とも言える眼鏡を奪われた恐怖と視界の不安から、溢れる涙も拭わずにセリカテラーの腰にしがみついてきた

 

「あーもう! ほら、ノノミ! それを返してくれたら……お、お菓子あげるから! ほら、これ!」

 

「わー! お菓子くれるなら、はい、アヤネちゃん♪」

 

「ほら、アヤネちゃんも……お菓子あげるから、ね? 泣き止んで?」

 

「……ん……ぐすっ。アヤネ、もう泣かない……お菓子、おいひい……」

 

持ってきたばかりの差し入れを「平和の対価」として差し出し、ノノミとアヤネをようやく椅子に座らせる。嵐が去ったかのように思えた一瞬、どこからか「うへ〜、空飛ぶホシノだよ〜」という、この世の恐怖を凝縮したような声が聞こえてきた

 

「なっ……!?」

 

セリカテラーが弾かれたように振り返ると、そこには机の上に仁王立ちになり、巨大なくじらのぬいぐるみを抱えたホシノの姿があった。彼女はあろうことか、そのぬいぐるみをクッションにして、自由落下を楽しもうと空中に身を躍らせていたのだ

 

「ちょ……!? 危ないってば!!」

 

疲れていてもセリカテラーの反射神経は健在だった。セリカテラーは床を蹴り、残像を残すほどの踏み込みで空間を詰めると、落下するホシノを地面に激突する寸前でキャッチする

 

「おねーちゃん、すごーい! 英雄さんだぁー! ……あれ? ……かたーい……」

 

「なんで今そこを触ってガッカリするのよ! 悪かったわね、シロコ(クロコ)先輩と違って成長してなくて!」

 

腕の中で無邪気に笑っていたホシノだったが、キャッチされた拍子に手がセリカテラーの胸元に触れると、何故かその瞳に哀れみと憐憫の光を宿した。その「無垢ゆえの残酷な視線」がセリカテラー唯一にして最大のコンプレックスを容赦なくえぐり取る。五歳児のホシノに何を叫んでも虚しいと分かっていながら、彼女は屈辱に顔を赤くして叫ばずにはいられなかった

 

すると、その騒がしい様子を「楽しそうな遊び」だと勘違いしたのか、ずっと後を追いかけていた幼いセリカが、嫉妬を露わにして頬をこれでもかと膨らませた

 

「むー! おねーちゃんばっかりズルい! セリカとも遊んでよー! おんぶー! おんぶしてー!」

 

「遊んでるんじゃないわよ!? ……もー! 仕方ないわね、一回だけよ!!」

 

怒鳴りながらも、自分を見上げる「小さな自分」の純粋な要求を拒絶できず、セリカテラーはホシノを抱えたまま、もう一人の自分を背中に乗せるために腰を屈めた

 

一人を背中におんぶし、一人を正面で抱っこし、残りの三人を全神経を研ぎ澄ませた視界の端に入れながら、セリカテラーは部室の中を嵐のように奔走していた。右へ左へと動くたびに、ぶかぶかの制服を着た幼子たちの重みが肩や腕に食い込む。かつて重火器を手に戦場を駆けていたときよりも、確実に体力の消耗が激しい

 

心の中では、自分をこの地獄のような「幼稚園」に放り投げ、脱兎のごとく逃げ出した先生への呪詛が、ダムの決壊寸前のように溜まっていた

 

(ちょっと、早く解毒薬を持ってきなさいよ、バカ先生!? あれから一体何時間経ったと思ってるのよ……って、ええっ!? まだ一時間も経ってないじゃない!?)

 

ふと壁の時計に目をやったセリカテラーは、あまりの時間の進みの遅さに絶望した。自分がここに来てから、まだ六十分すら経過していないという事実に、膝から崩れ落ちそうになる。しかし、幼くなった対策委員会のメンバーは彼女に休息を許さなかった。不意に、ノノミがとてとてと短い足取りで近づいてきて、セリカテラーの服の裾を小さな手で握った

 

「おねーちゃん、お腹すきましたぁー」

 

「ん……。シロコも、お腹ぺこぺこ」

 

「あ、アヤネも……。ふえぇ、ぐすっ」

 

「うへへ〜、お腹すいたね〜。なんか鳴ってるよ〜」

 

「セリカもご飯食べたい! おねーちゃん、何か作って!」

 

ノノミの愛らしい一言を皮切りに、シロコ、アヤネ、ホシノ、そして自分と同じ顔をしたセリカが合唱のように空腹を訴え始める

 

「もうそんな時間なの!? ……って、わ、私にご飯なんて作れっていうの!? この状況で台所に立てるわけないでしょ!」

 

セリカテラーは頭を抱えた。だが、かつて、一欠片のレーションすら手に入らなかったあの耐え難い空腹の辛さを、この中で一番深く、骨身に染みて知っているのは彼女自身だった。子供たちを飢えさせるわけにはいかない。その一心で、どうすればこの包囲網を維持したまま食事を用意できるのか、必死に脳細胞を回転させる

 

その時、扉がゆっくりと開き、救いの女神が現れた

 

「……貴方も、なかなか大変そうね」

 

紙袋をいくつか下げて入ってきたのは、ゲヘナの風紀委員長、ヒナだった

 

「ひ、ヒナさん……!」

 

「私と戦って、私を倒した時とは大違いの無様な姿ね……。何、その格好」

 

涙目で縋りつくような視線を送るセリカテラー。ヒナは呆れたように大きなため息を吐きながらも、持っていた袋の中から、温かい湯気が立ち上る数々のお弁当や軽食を取り出した

 

「先生から緊急の連絡があったのよ。『対策委員会が全滅寸前だから、大至急、栄養価の高いものを届けてくれ』って……まだ解毒薬の精製に時間がかかっているみたい」

 

「……ヒナさん……貴女、神様か何かなの……?」

 

「ちょっと、やめて……。ホシノたちを引き連れたまま抱きしめないで!? ……っていうか、そこ、翼に触らないで!」

 

救世主の出現に感極まったセリカテラーは、子供たちを「装備」したままヒナに抱きついた。冷静沈着なはずのヒナは、至近距離でセリカテラーに抱擁され、さらには彼女にまとわりつくホシノたちが興味津々といった様子で漆黒の翼をペタペタと触り始めたことに、顔を真っ赤にして狼狽している

 

「悪いけど、これを届けるのが精一杯よ。私だって、これから風紀委員会の仕事があるんだから。長居はできないわ」

 

「うう……。でも、ご飯が食べられるだけでもマシだわ。本当にありがとう、ヒナさん……。命の恩人よ」

 

「……せいぜい、頑張りなさいよ。それから、その……身体は大事にするのね」

 

どこか同情の色を滲ませながら、少しだけ申し訳なさそうに部室を後にするヒナ。残されたのは、いい匂いのする食事を前に目を輝かせる五人の幼児と、ようやく片手が空いたセリカテラーだった

 

「よし、みんな! いい子で座りなさい! 今からお昼ご飯にするわよ!」

 

彼女は再び気合を入れ直し、ヒナが運んできた食事を一人ひとりに食べさせるべく、配膳に取り掛かる

 

「おいひいね! これ、とっても甘いよ!」

 

「ん。もっと……あーん」

 

「ふえぇ……ノノミちゃん、アヤネのハンバーグ取らないでー!」

 

「えへへー、こっちのポテトと交換ですよ~♪ はい、どーぞ」

 

「ふへ~、お腹いっぱいだよ~……もう動けない~……」

 

ヒナが届けてくれた食事を囲み、部室には再び喧騒が戻った。口の周りをソースやクリームでべたべたにし、無邪気に笑いながら頬張る彼女たち。セリカテラーは、アヤネの涙を拭き、シロコの口元をハンカチで拭い、セリカの食べこぼしを拾い……そんな目まぐるしい立ち回りを演じながらも、ふとした瞬間に胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じていた

 

(……大変だけど……こういう騒がしいのも、案外悪くないわね)

 

かつて、誘拐され、終わりのない夜を独りで彷徨っていたあの日々を思えば

 

凍えるような静寂の中で、誰の名前を呼ぶことも許されず、ただ「砂の味」だけを噛み締めていた絶望を思えば

 

耳を劈くような子供たちの嬌声も、服を引っ張る小さな掌の感触も、すべてが奇跡のような、尊い「生」の証に思えてしまう

 

食後の片付けを終え、セリカテラーがようやく一息つこうと腰を上げた時、嵐が去った後のように、部室に急激な静寂が訪れた

 

「……すぅ、……すぅ……」

 

あんなにエネルギーの塊のように暴れ回っていた子供たちが、まるで電池が切れた玩具のように、ソファの上で重なり合って眠りに落ちていた

 

「ふぅ……体力には自信があったけど、これ、実戦より何倍も疲れるわね……」

 

セリカテラーは肩の力を抜き、崩れ落ちるようにソファの空いたスペースへと座り込んだ。

 

先ほどまでの騒乱が嘘のように、今はただ、ホシノたちのスヤスヤという小さく規則正しい寝息だけが、春の陽光のような穏やかさで響き渡っていた

 

「もう……しばらく、子供の相手はごめんだわ……」

 

独り言をこぼしながら、彼女は柔らかな髪を撫でるように整えていく

 

極限まで張り詰めていた緊張の糸が、安堵と共にぷつりと切れる。すると、堰を切ったように泥のような疲労が全身にのしかかり、瞼がまるで鉛の重りのようにゆっくりと落ちてくる

 

(……先生、早く帰ってきなさいよ。……私も、少しだけ……)

 

微睡みの中で、セリカテラーはホシノたちの寝息に合わせるように、深い、深い眠りへと沈んでいった

 

夕暮れ時、アビドス対策委員会の教室は、外の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

 

オレンジ色の西陽が窓から差し込み、埃が光の粒となってキラキラと舞っている。そんな穏やかな空気の中、ソファの一角で小さな変化が起きる

 

「ん……おねーちゃん……?」

 

重なり合って眠っていた子供たちの中から、幼いセリカがゆっくりと瞼を開けたのだ。まだ夢の欠片が意識の隅に残っているのか、彼女は眠い目を擦りながら、自分の「保護者」を探して辺りを見渡す。だが、つい先ほどまで自分たちを甲斐甲斐しく世話してくれていたセリカテラーの姿が、すぐ隣にはない。

 

ふと、少し離れた場所に視線を向けると、そこには疲れ果ててソファの端で丸くなっているセリカテラーの姿があった

 

「すぅ……すぅ……」

 

深い眠りに落ちている彼女の眉間には、無意識のうちにか、微かな切なさが滲んでいるように見えた。それはあちらの世界で独り、絶望の砂漠を歩み続けてきた者が無意識に漏らしてしまう、消えない「孤独」の残り香だったのかもしれない

 

子供特有の鋭い直感ゆえか、あるいは自分と同じ存在である彼女の心の震えを察したのか。幼いセリカはフラフラとした足取りで立ち上がると、愛おしそうにセリカテラーの元へ這い寄っていった

 

「……えへへ」

 

彼女を包み込むように、その小さな体でセリカテラーの腕に抱きつく。自分と同じ、けれどどこか寂しげな背中に自分の体温を分けるようにして寄り添うと、幼いセリカもまた、満足げに深い微睡みへと落ちていった

 

それから数分後

カチャリ、と静かに部室の扉が開く

 

「……ん。セリカ、薬持ってきた」

 

先生に頼まれ、完成したばかりの解毒薬を届けに来たクロコは、室内の異様な静けさに微かに眉をひそめる

 

「……みんな……どこ?」

 

警戒するように中に入り、辺りを見渡す。そして、部屋の奥にあるソファに目を向けた瞬間、クロコの瞳が驚きで大きく丸くなった

 

そこには子守りに疲れたのか泥のように眠るセリカテラーを囲むようにして、小さなホシノ、シロコ、ノノミ、アヤネ、そしてセリカが寄り添い、幸せそうに重なり合って眠っていたのだ

 

一人は彼女の腕を枕にし、一人は彼女の裾を握り、また一人は彼女の膝に額を預けている。まるで、厳しい冬を越える小動物たちが、唯一の暖炉の周りに集まって暖をとり合っているかのような、奇跡のように美しい光景だった

 

そして、その中心で眠るセリカテラーの表情は、春の陽だまりのように穏やかで慈愛に満ち笑顔を浮かべていた

 

「……ん。……可愛い」

 

クロコは無意識のうちに口元を綻ばせる

 

胸の奥から溢れ出す温かな感情を抑えきれず、彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、シャッター音が響かないよう細心の注意を払いながら、カシャリと一枚だけ、その幸福の結晶を切り取った

 

この優しい光景を、誰にも邪魔させたくない

 

そして、この世界でようやく手に入れた「救い」を、永遠に残しておきたい

 

クロコは自身の能力――空間移動の応用を使い、異空間から自分用の厚手で柔らかな毛布をそっと取り出した

 

音を立てないよう、最新の注意を払いながら歩み寄る。そして、セリカテラーと、彼女を慕って集まった小さな天使たちを丸ごと包み込むように、大きな布団をふわりと被せた

 

「……おやすみ、セリカ。みんな」

 

クロコは最後に、セリカテラーの頭を一度だけ、壊れ物を扱うように、そしてこれまでの彼女の労いを労うように優しく撫でたる

 

その寝顔を網膜に焼き付けるようにじっと見つめてから、彼女は満足げな笑みを浮かべ、静かに部室を後にした。夕暮れの光が落ちる部室には、重なり合う安らかな寝息と、絆の温もりだけが優しく満ちていた

 

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