転生博麗   作:ライダー☆

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第十話 博麗霊夢

俺は、目を覚ました。

いや、目を覚ましたというより、意識が戻ったという方が正しいかもしれない。感覚が曖昧だった。

 

「……ここは」

 

真っ黒な空間だった。

何もない。本当に、何もない。壁も、床も、天井も、何もかもが。

上も下もない。前も後ろもない。方向という概念すら、曖昧だった。

ただ、黒い。無限に広がる、黒い空間。深淵のような、終わりのない闇。

俺は、立っていた。

いや、立っているという感覚も曖昧だった。足元に地面があるのか、ないのか、わからない。

だが、確かに立っている。存在している。自分がここにいることだけは、確かだった。

 

「……レミリアに、やられた」

 

記憶が、蘇ってくる。断片的に、だが確実に。

レミリアとの戦い。圧倒的な力の差。

運命を操る能力。未来を見る能力。どんな攻撃も、すべて見透かされていた。

そして――

胸を貫かれた。心臓の近くを。深く、容赦なく。

あれで、死んだはずだ。確実に、死んだはずだ。

 

「なら、ここは……死後の世界か?……くそっ。」

 

俺は呟いた。声が、虚空に吸い込まれていく。

俺は歩き始めた。

どこに向かっているのか、わからない。だが、立ち止まっているよりは、マシだと思った。

足音が、しない。

呼吸音も、しない。

完全な静寂。

どれくらい歩いただろうか。

時間の感覚も、ない。

その時、声が、聞こえた。

少女の声が。

 

「ようやく、来たのね」

 

その声に、俺は立ち止まった。全身が、硬直した。

 

「誰だ?」

 

俺は訊いた。

返事は、なかった。

 

何かが、目の前を通り過ぎた。

小さな、蝶が。手のひらに乗るほどの、小さな蝶が。

虹色に輝く、美しい蝶が。

この真っ黒な空間で、唯一の色を持つ存在。

その蝶は、ゆっくりと飛んでいた。まるで、俺を導くかのように。

俺は、その蝶を目で追った。

蝶は、俺の横を通り過ぎ、後ろへと飛んでいく。

俺は、振り向いた。

絶句した。

そこには、一人の少女が立っていた。

赤と白の、巫女装束。

黒髪を、長く伸ばした少女。

そして、その顔は、俺が鏡で見る顔と、似ていた。

よく見ると、違う。双子のように似ているが、別人だった。

表情が、違う。雰囲気が、違う。

この少女は、俺よりも穏やかな顔をしていた。

俺が持っていない、何かを持っていた。

 

「……博麗霊夢」

 

俺は呟いた。確信を持って。

この身体の、本当の持ち主。

本物の、博麗霊夢。

少女は、微笑んだ。

 

「……こんにちは。」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

その頃。紅魔館跡。

美鈴は、走り続けていた。

濃密な霧の中を。視界が真っ赤に染まり、数メートル先すら霞んでいる。呼吸するたびに喉が焼けるように痛く、目に霧が染みて涙が止まらなかった。それでも、気でバリアを全身に張りながら前へ進み続けた。

 

「お嬢様!!!」

 

叫んだ。声が霧に吸い込まれていく。返事はない。

館が、見えてきた。いや、館の残骸が。もう、館の形をしていなかった。すべてが崩れ、瓦礫の山になっていた。何百年も幻想郷に立ち続けた紅魔館が、今はただの瓦礫だった。

 

「………いた……!!」

 

空中に、レミリアがいた。

暴れてはいなかった。叫んでもいなかった。ただ、うずくまるように両腕で自分を抱きしめながら、空中に浮いていた。その身体から、霧が音もなく溢れ続けていた。止まることなく、際限なく。まるで、泣いているかのように。

 

「お嬢様……」

 

美鈴は、立ち止まった。この光景に、言葉を失った。

叫んでいない。暴れていない。ただ、静かに霧が出続けている。その静けさが、かえって恐ろしかった。感情が爆発するより、この静けさの方が、ずっと。

霧が、どんどん濃くなっていく。空気が重くなり、呼吸がさらに苦しくなる。このままでは幻想郷全体が霧に飲み込まれる。この濃度では、妖怪でも影響が出始める。人間ならなおさらだ。美鈴は気でバリアを強めながら、慎重に前へ進んだ。

 

「お嬢様!」

 

再び叫んだ。だが、レミリアは反応しない。聞こえていないのか、それとも聞こえていても、もう何も届かないのか。

一歩、また一歩。

レミリアの周囲の霧を気で払いながら近づいていった時、瓦礫の中に倒れている人影が目に入った。白いメイド服を着た人影が。血に染まった、白いメイド服を着た人影が。

 

「咲夜さん!」

 

美鈴は駆け寄った。瓦礫を飛び越え、石を避け、一直線に。

 

「咲夜さん、大丈夫ですか!」

 

近づいた瞬間、美鈴は咲夜の気を感じようとした。

だが――

 

「……そんな……」

 

咲夜の気が、ない。完全に、ない。生命の気配が、消えている。

 

「咲夜さん……」

 

膝が、折れた。その場に膝をついて、全身が震えた。

視線を上げると、レミリアが見えた。霧の中に浮かんでいる。うずくまったまま、動かない。その足元に、咲夜の死体がある。

理解した。お嬢様が崩れている理由を。咲夜さんが死んだから。叫びもせず、暴れもせず、ただ霧を出し続けながら、内側から静かに崩れている。

美鈴は、しばらく動けなかった。涙が溢れてきた。

咲夜さんが、死んだ。お嬢様が、崩れている。幻想郷が、霧に飲み込まれていく。

何が起こったのか、まだわからない。だが、今それを考えている場合じゃない。

 

「……止めなければ」

 

涙を拭いて、前を向いた。

 

「お嬢様を、止めなければ」

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

「……俺は、お前に会うのは初めてだ」

 

俺は言った。声が、少し震えていた。

 

「そうね」

 

霊夢は頷いた。

 

「あなたは、初めてね。でも、私はずっと見ていたから」

「……見ていた?」

 

俺は聞き返した。

 

「ええ」

 

霊夢は答えた。

 

「あなたが、私の身体を使って生きているのを。この四日間、ずっと」

 

その言葉に、俺は息を呑んだ。

 

「……じゃあ」

 

俺は訊いた。恐る恐る。

 

「お前は、ずっと意識があったのか?この身体の中に?」

「えぇ。」

 

霊夢は答えた。

 

「ずっと、いたわ。あなたの中に。あなたが見ているものを、見ていた。あなたが聞いているものを、聞いていた」

 

霊夢は続けた。

 

「あなたが怖がっている時も、見ていた。ルーミアに襲われて、パニックになっていた時も。美鈴との戦いで、死にかけていた時も。あなたが必死に、力を掴もうとしていた時も」

 

そして、霊夢は少し俯いた。

 

「でも、あなたには届かなかった。私がどれだけ声をかけても」

「……」

 

俺は、何も言えなかった。

そうだったのか。

ずっと、霊夢はいたのか。

俺が戦っている時も、苦しんでいる時も、ずっと。

見えていたのに、聞こえていたのに、俺には届かなかった。

 

「ごめん」

 

俺は言った。

 

「お前の身体を勝手に使って。お前の人生を…」

「あなたのせいじゃないわ」

 

霊夢は言った。

穏やかに。だが、慰めるような口調ではなかった。ただ、事実として言っているような声だった。

 

「あなたも、望んでここに来たわけじゃない」

 

そして、霊夢は少し間を置いた。

 

「……一つだけ、訊いていいか」

 

俺は言った。

ずっと、聞けずにいたことを。

 

「なぜ、引きこもっていたんだ。魔理沙から聞いた。四年間、誰とも会わなかったって」

 

霊夢の表情が、わずかに変わった。

目が、伏せられた。

 

「……力が、怖かった」

 

霊夢は言った。小さな声で。

 

「私の霊力は、気づいたら制御できなくなっていた。感情が少し揺れるだけで、周りのものが壊れていく。眠っている間にも、勝手に溢れ出す」

 

霊夢は、自分の手を見た。

 

「誰かに相談した。でも、誰も解決できなかった。だから、誰も傷つけないように、引きこもった」

 

それだけだった。

長く語らなかった。

だが、その短さが、四年間の重さをそのまま伝えていた。

 

「……そうか」

 

俺は呟いた。

霊夢が怖かったのは、力ではなく、自分自身だったのか。

 

「あなたには、選択肢があるの」

 

霊夢は顔を上げた。声が、少し変わった。

 

「二つの、道が」

「……選択肢?」

「ええ」

 

霊夢は頷いた。

 

「一つは、このまま死ぬこと。あなたはレミリアに胸を貫かれた。心臓は外れているけど、このままでは死ぬ。冥界に留まることもできる」

 

霊夢は続けた。

 

「もう一つは、生き返ること。私の霊力を、あなたに渡す。そうすれば、傷が塞がる。戻れる」

「……お前は、どうなる」

 

俺は訊いた。すぐに。

霊夢は、少し黙った。

 

「消える」

 

静かに言った。

 

「私の霊力を渡せば、私はここにも居られなくなる」

「……それで、お前はいいのか」

 

俺は言った。

霊夢はすぐには答えなかった。

 

「……正直に言うと」

 

霊夢は言った。

 

「怖い。消えることが、怖くないわけじゃない」

 

その言葉が、俺には重かった。

全肯定されるより、ずっと重かった。

 

「でも」

 

霊夢は続けた。

 

「私の力は、私には使えなかった。四年間、誰も傷つけないことだけを考えて、何もしなかった。あなたは、その力を使って戦った。人を守ろうとした」

 

霊夢は、俺を見た。

 

「あなたなら、使える。私には使えなかったこの力を」

「……」

 

俺は、黙っていた。

受け取れない気がした。

霊夢に消えてもらって、俺が生き返る。

それは、俺が霊夢から奪い続けることの、最後の一つだ。

命まで、奪うのか。

 

「お前に消えてもらう必要はない」

 

俺は言った。

 

「俺が死んで、お前が戻ればいい。お前の身体なんだから」

 

霊夢は、首を横に振った。

 

「それはできない」

 

きっぱりと。

 

「私が戻っても、力は制御できないまま。また暴走する。また、誰かを傷つける。また、引きこもるだけ。それなら――」

 

霊夢の声が、わずかに震えた。

 

「あなたが、使った方がいい」

「……お前の人生を、また俺が使うことになる。」

 

俺は言った。

 

「一度奪っておいて、また奪うことに。」

 

霊夢は、俺を見た。

黙って、しばらく。

 

「奪うとは、思っていない」

 

霊夢は言った。

 

「あなたが私の力を使って、人を救うなら。それは私の力が、ちゃんと使われたということだから」

 

その言葉は、慰めではなかった。

諦めでもなかった。

霊夢が、本当にそう思っているということが、声から伝わってきた。

 

「……わかった」

 

俺は言った。

納得したわけじゃない。

これで罪悪感が消えたわけでもない。

霊夢に消えてもらうことへの重さは、消えない。

 

「でも、一つだけ約束する」

 

俺は言った。

 

「お前の名前を、ちゃんと使う。お前の力を、ちゃんと使う。お前が守りたかったものを、俺が守る」

 

霊夢は、微笑んだ。

さっきより、少しだけ自然な笑みで。

 

「それで、十分よ」

 

霊夢の身体が、光り始めた。

眩く。金色に。

 

「さようなら」

 

霊夢は言った。

 

「頑張って」

 

それだけだった。

長い言葉はなかった。

光が、俺を包んだ。

霊夢の姿が、消えていく。

ゆっくりと。穏やかに。

 

「……ああ」

 

俺は言った。

 

「行ってくる」

 

光が、さらに強くなった。

すべてが、真っ白になった。

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