転生博麗   作:ライダー☆

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第十一話 決着

光が、消えた。

真っ白だった世界が、色を取り戻した。音が戻り、感覚が戻り、すべてが戻ってきた。

俺は、目を開けた。

力が、満ちていた。

圧倒的な力が、身体の奥底から湧き上がってくる。霊力が全身を駆け巡る。血管を通り、筋肉を通り、骨を通り、細胞の一つ一つに浸透していく。

だが、暴走しない。制御できる。完璧に、制御できる。まるで呼吸するかのように自然に。

これが、霊夢の力だ。俺の中に溶け込んだ、霊夢の霊力だ。

胸の傷が、塞がっていく。

レミリアに貫かれた傷が、霊力で修復されていく。肉が再生し、血管が繋がり、神経が修復される。痛みが、嘘のように消えていく。

 

「……ありがとう、霊夢」

 

俺は呟いた。

返事は、来ない。もう、来ない。

だが、この力が答えだった。

俺は立ち上がった。

瓦礫の中から。周囲を見渡す。館は崩壊している。霧が濃い。視界が真っ赤だ。

そして――

魔理沙が、倒れていた。少し離れた場所に。動いていない。

 

「魔理沙!」

 

駆け寄る。手を当てて、脈を確かめる。

呼吸が、ある。弱いが、ある。

 

「よかった……」

 

俺は手を翳した。霊力を集中させ、魔理沙を光の結界で包む。霧からも、攻撃からも、守られる。

 

「待ってろ、魔理沙。すぐに終わらせる」

 

視線を上げた。

空中に、レミリアがいた。うずくまるように両腕で自分を抱きしめながら浮いている。その身体から霧が音もなく溢れ続けていた。止まることなく、際限なく。静かに。泣くように。

そして、瓦礫の中に白いメイド服が見えた。血に染まった、白いメイド服が。

 

「……咲夜」

 

近づいた。気を感じようとした。

だが、ない。完全に、ない。生命の気配が、消えている。

 

「……」

 

俺は、しばらくそこに立っていた。

咲夜は、穏やかな顔をしていた。苦しんでいない顔だった。

それから、レミリアを見た。

うずくまったまま、動かない。霧を出し続けている。静かに。

お前が、やったのか。

それとも、別の何かがあったのか。

今の俺には、わからない。

わからないが――

 

「お前のせいで、人里の人間が苦しんだ」

 

俺は呟いた。誰に言うでもなく。

 

「お前のせいで、咲夜が死んだ」

 

それが本当にレミリアのせいなのかどうか、俺はまだ知らない。だが、この異変がレミリアから始まったことは確かだ。

そして今、レミリアは咲夜を失って崩れている。

止めなければ、霧は出続ける。幻想郷が飲み込まれる。

 

「行くぞ」

 

俺は空へ跳んだ。地面を蹴り、一気に加速する。

霊力が、自然に足に集まる。制御する必要すら感じない。身体が、勝手に動く。霊夢の身体が、この力を使うことを知っている。

レミリアの前に到達した。

 

「レミリア!!」

 

拳を振るった。霊力を込めた、全力の一撃を。

だが――

 

「……!」

 

レミリアの腕が、俺の拳を受けていた。

防いだというより、身体が勝手に動いた、そんな受け方だった。意識してやった動作ではない。本能が、命の危機に反応した。それだけだった。

衝撃が走る。俺もレミリアも、同時に後ろに弾かれた。

 

「……」

 

レミリアが、俺を見た。

焦点が、定まっていない。俺を見ているのか、見ていないのか、わからない。

その顔は、戦う顔ではなかった。敵意も、殺意も、そこにはなかった。

ただ、痛みがあった。

言葉にならない痛みが、その顔に滲んでいた。

 

「レミリア。聞こえるか」

 

俺は言った。

返事は、なかった。

レミリアの口が、わずかに動いた。言葉にならない、何かが。

咲夜の名前だったかもしれない。

 

「……」

 

俺は、その顔を見ていた。

これが、異変の元凶か。

幻想郷全体に霧を放ち、人間を苦しめ、咲夜を失って崩れている。

戦うべき相手だ。止めなければならない相手だ。

だが、目の前にいるのは、誰かを失って壊れかけている存在だった。

それに対して怒りを向けることが、俺にはできなかった。

できなかったが、だからといって止めないわけにはいかない。

それが、博麗の巫女の仕事だから。

 

「……行くぞ」

 

俺はもう一度、踏み込んだ。

その瞬間、レミリアから弾幕が出現した。

意図してやったわけではなさそうだった。俺が動いた気配を感じて、本能が反応した、そんな出方だった。無数の紅い弾丸が、俺の周囲を埋め尽くす。

 

「くっ!」

 

避ける。身体を捻り、霊力を足に集中させ、隙間を縫うように動く。

弾幕が頬を掠める。肩を掠める。だが、当たらない。

この力なら、避けられる。

ルーミアの暗闇の中で、何も見えないまま戦った。

チルノの氷の嵐の中で、凍えながら逃げ回った。

美鈴の拳に骨を砕かれながら、それでも立った。

咲夜の時間停止の中で、死にかけながら動いた。

あの時の俺には、できなかったことが、今はできる。

霊夢の力を借りているからだけじゃない。あの戦いがなければ、今の俺はここにいない。

 

御札を投げた。霊力を込めて、複数枚を同時に。

レミリアに向かって飛んでいく金色の軌跡が、空に線を描く。

レミリアの身体が本能的に動いた。腕を払い、弾く。

だが、全部は防げなかった。一枚が、肩に当たる。

レミリアの身体が、わずかによろめいた。

それでも、目は焦点を結ばない。

俺を見ているようで、どこも見ていない。

 

「レミリア!!」

 

俺は叫んだ。届くかどうかわからなくても。

 

「咲夜は、自分の意志で戦った。お前のために、じゃなかった。自分のために!それを、わかってるか!!」

 

返事はなかった。

ただ、霧が溢れ続けていた。静かに。止まることなく。

届いていない。まだ、届いていない。

俺は攻撃を続けた。

御札を投げ、霊力を放ち、詰めて拳を振るう。

一撃一撃が重い。だが、レミリアは倒れない。本能で受け、本能で反撃し、よろめきながらも立ち続ける。

五百年生きた吸血鬼の身体は、意識を失っていても戦い続ける。

だが、俺も傷を負い始めていた。弾幕を完全には避けられない。腕に、脚に、掠り傷が増えていく。

それでも、止まれない。

 

「……なあ、レミリア」

 

俺は言った。攻撃しながら、それでも言った。

 

「咲夜は最後、お前の敵になったんだろう。俺たちを助けるために」

 

返事はない。

 

「でも、お前のことを憎んでたわけじゃないと思う。俺には、そう見える」

 

これは本当のことだ。

咲夜がレミリアに向けた言葉は、憎しみではなかった。失望だった。悲しみだった。

それでも戦ったのは、自分のためだった。人間として生きると決めたから。

 

「だから――」

 

俺は、霊力を両手に集め始めた。

 

「お前が咲夜のために壊れていくのを、見てられない。咲夜が、そんな終わりを望むと思えない」

 

その時、レミリアの全身から紅い光が溢れ出し始めた。

これまでとは桁違いの量が。大気が震える。地面が揺れる。

制御していない。見えていない。何をしているかも、わかっていない。

このまま放出すれば、自爆する。レミリア自身も、巻き込まれる。

 

「止めてやる」

 

俺は言った。

叫ばなかった。静かに、確かに言った。

両手に霊力を集中させた。すべてを、この一点に。圧縮し、密度を高める。限界まで。

 

「だああああああ!!!」

 

光が、放たれた。

極太の霊力の奔流が、レミリアに向かって直進する。

 

 

カッ――

 

 

レミリアの力が解放された。紅い光が爆発する。

だが、俺の光がそれを包んだ。虹色の光が紅い爆発を飲み込み、中和していく。

光が、レミリアを包んだ。

優しく、温かく。

光が、消えた。

レミリアが倒れていた。穏やかな顔で、気絶している。

霧が、薄くなり始めた。急速に、消えていく。

 

「……終わった」

 

俺は呟いた。

ゆっくりと降下した。地上に降り立つ。

美鈴が立っていた。

 

「……終わったんですか?」

「ああ」

 

俺は頷いた。身体が震えている。

 

「終わったよ」

 

美鈴は、大きく息を吐いた。肩の力が抜ける。

 

「お嬢様を止めてくれて……ありがとうございます」

 

俺は、咲夜の方を見た。

重い足取りで近づく。膝をついた。瓦礫の上に。

 

「……ごめん」

 

涙が、溢れてきた。

 

「守れなくて。助けられなくて。逆に、お前に守られたんだろうな……お前がいなかったら、俺と魔理沙は死んでたはずだ」

 

咲夜の顔は、穏やかだった。苦しんでいない顔だった。

それが、せめてもの救いだった。

 

「ありがとう。……安らかに」

 

俺は、咲夜の目を閉じさせようとした。優しく、丁寧に。

その時――

 

「……!?」

 

手が、止まった。

咲夜の気を、感じた。

消えていたはずの気が、ある。

わずかに、だが確実に。

 

「……え?」

 

咲夜の胸が、動いた。

わずかに、だが確実に。上下した。

呼吸している。

 

「咲夜……!?」

 

俺は呼びかけた。肩を揺すった。

咲夜の瞼が、ゆっくりと開いていく。

 

「……お………嬢……様?」

 

か細い声で、咲夜は呟いた。

 

「咲夜……!」

 

喜びが込み上げた。だが同時に、何かが引っかかった。

気が、消えていた。完全に、消えていた。美鈴も確認していた。生命の気配が、完全に途絶えていた。

それが、戻っている。

なぜ。

どうやって。

 

「……」

 

俺は、すぐに声を出せなかった。

咲夜は、確かに息をしている。確かに、生きている。

それは、嬉しい。間違いなく、嬉しい。

だが、ありえないことが起きている。その事実が、喜びと同時に存在していた。

 

「美鈴」

 

俺は、静かに呼んだ。

 

「咲夜が……息をしてる」

 

美鈴が振り返った。

駆け寄ってきた。咲夜の気を感じる。

美鈴の表情が、固まった。

 

「……本当だ」

 

美鈴は呟いた。喜びと、困惑が、同時に滲んでいた。

 

「なぜ……」

 

答えは、なかった。

ただ、咲夜は息をしていた。

俺は空を見上げた。

霧が、完全に晴れていた。普通の、白い月が輝いている。

 

「……ありがとう、霊夢」

 

俺は呟いた。

 

「異変を、終わらせた」

 

風が、吹いた。

優しい風が。温かい風が。

すべてが、終わった。

紅霧異変が、終わった。

だが、終わっていないことも、ある。

 

咲夜がなぜ生き返ったのか。

その答えは、まだ、どこにもなかった。

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