地面から立ち上がった。
全身が痛んだ。霊力を足に流して、無理やり膝を伸ばした。骨が軋んだが、動ける。
「魔理沙、大丈夫か」
「何とかな」
魔理沙が答えた。箒なしで空中に浮いていた。純粋な魔力だけで浮遊を保っていた。息が上がっていた。
フランドールは、空中に浮いていた。
「さあ、続きを」
無数の光弾が出現した。先ほどより多く、密度も高かった。
俺は動いた。横に跳んだ。光弾が地面を抉った。石畳が砕け、破片が顔をかすめた。
走りながら御札を投げた。魔理沙が側面から弾幕を放った。フランドールが手を握った。魔理沙の弾幕が消えた。
「何度やっても同じよ」
フランドールが言った。
その時、時間が止まった。
フランドールの動きが止まった。光弾が空中で静止した。
「これ以上の危害は加えさせません」
咲夜だった。
ナイフを何十本も、フランドールの急所に向けて投げた。時間が動いた。ナイフが迫った。
フランドールが手を握った。ナイフが消えた。
「時間停止にも、目がある」
フランドールが言った。咲夜を見ながら。
「概念にも現象にも、すべてに目がある。だから、私はそれも壊せる」
「…なんでもありですね」
咲夜は呟いた。それでも、諦めなかった。
ナイフを何千本も展開した。時間を止めながら、フランドールの周囲を完全に囲んだ。時間が動いた。ナイフが一斉に飛んだ。
フランドールが両手を握った。すべてのナイフが消えた。
そしてフランドールは、咲夜を見た。
「目障り。あなたも壊すわ」
手を握った。咲夜に向かって。虚空を。
咲夜の身体が、内側から光り始めた。
「咲夜!」
俺は叫んだ。
赤い影が動いた。
レミリアだった。満身創痍のまま、一瞬で咲夜の前に出た。咲夜を抱えて、爆発の外へ出た。空間が歪んだ。爆発が、咲夜がいた場所を抉った。
「お嬢様……」
咲夜がレミリアの腕の中で呟いた。
レミリアは血まみれだった。服は破れ、髪が乱れていた。それでも、咲夜を抱えたまま立っていた。
「フランに……再生能力を破壊されてる…だが、これぐらいは、まだ動ける」
レミリアが呟いた。
今だ。
俺は全力で飛んだ。霊力を足に集中させ、一気に加速した。フランドールの注意がレミリアと咲夜に向いている間に、距離を詰めた。
フランドールが気づいた。目を向けた。
間に合わなかった。
拳が、フランドールの腹に入った。霊力を一点に絞った、密度の高い打撃だった。
「——」
フランドールの身体がくの字に曲がった。息が止まった。
止まらなかった。霊力を右足に集め、脇腹を蹴った。フランドールが横に吹き飛んだ。空中で翼を広げて体勢を立て直した。
俺は追った。距離を詰めて、肘を振り下ろした。フランドールが地面に叩きつけられた。
鈍い音がした。土煙が上がった。
しばらく、動きがなかった。
煙が晴れた。
フランドールが、ゆっくりと起き上がっていた。
血が流れていた。額から、口から。赤い血が、服を汚していた。
「……痛い」
フランドールが呟いた。
その声は、さっきまでとまるで違った。楽しさも余裕も、何もかも抜け落ちていた。ただ、子供が痛みを覚えた時の声だった。
「これが、痛みなの」
自分の手を見た。血が滲んでいる手を。しばらく、それを見ていた。
「四百九十五年間、感じたことがなかった。誰にも、触れられたことがなかったから」
その言葉で、俺の足が止まった。
四百九十五年間、誰にも触れられなかった。殴られたことも、抱きしめられたことも、手を握られたことも、何もなかった。
この少女が初めて感じた他者の接触が、俺の拳だった。
「……悪い」
言っていた。思わず。
フランドールが俺を見た。不思議そうに。
「なんで謝るの。戦いで傷つけたのに」
「それでも」
言葉が続かなかった。うまく説明できなかった。
「お前が初めて感じた痛みが、俺の拳だったことは、すまないと思っている。もう少しましな感じ方があったはずだろ」
フランドールは、しばらく俺を見ていた。
「変な人間ね」
それから、笑った。
さっきまでの笑顔とは違った。無邪気でも狂気でもない、何か別のものが混じっていた。
「でも、もっと戦いましょう。痛みを感じながら戦うのも、悪くないかもしれない」
光弾が、再び出現し始めた。
だが、その笑顔の中に、俺はさっきまでとは違う何かを見ていた。
四百九十五年間、誰かに触れられることがなかった少女が、初めて誰かの存在を身体で感じた。その事実が、この少女の中で何かを変えていた。
痛みを知った、ということは。
誰かがいる、ということを知った、ということだ。