転生博麗   作:ライダー☆

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第十三話 悪魔の妹

紅魔館へと向かう道は、静かだった。不気味なほどに、静かだった。

空を飛びながら、俺は周囲を見渡した。霧は、完全に晴れていた。あれほど幻想郷を覆っていた紅い霧が、跡形もなく消えている。太陽が輝き、青空が広がっている。久しぶりの、本当の青空が。

だが、紅魔館の方角には、まだ不穏な気配が漂っていた。暴力的な、重苦しい気配が。

 

「……あれが、紅魔館か?」

 

魔理沙が呟いた。前方を指差しながら。声に、緊張が滲んでいる。

紅魔館が、見えてきた。湖の畔に佇む、洋館が。

 

「……ボロボロだな」

 

俺は呟いた。

館は、外観がボロボロだった。以前の美しさは、もうない。壁にはひびが入り、蜘蛛の巣のように亀裂が走っている。窓はいくつも割れ、ガラスが抜け落ちている。屋根の一部が崩れ、塔の先端が欠けている。美しかった外壁は、所々剥がれ落ち、赤煉瓦が無残に露出している。

レミリアとの戦いで、ダメージを受けたのだろう。あの時の激戦で。俺が放った霊力の奔流で。レミリアが暴走させた破壊の力で。だが、完全に崩壊しているわけではない。まだ、建物としての形は保っている。辛うじて、だが確かに。

 

「……でも、まだ立ってるな」

 

魔理沙が言った。安心したように。

 

「ああ。五百年の歴史は、伊達じゃないってことか」

 

二人は、館の前に降り立った。門の前に。立派な、だが傷ついた門の前に。門も、少しひび割れているが、まだ立っている。

門番である美鈴の姿は、ない。当たり前だ、重傷を負っているのだから。今は、治療を受けているはずだ。

 

「……来たぞ」

 

俺は呟いた。誰に言うでもなく。自分自身に言い聞かせるように。

 

「お待ちしておりました」

 

声が聞こえた。女性の、落ち着いた声が。完璧に訓練された、メイドの声が。

振り向く。

咲夜が、立っていた。メイド服を着た、咲夜が。一分の隙もない、完璧な姿で。いつの間にか、門の前に現れていた。音もなく、気配もなく。

 

「咲夜」

 

俺は言った。安堵しながら。

咲夜は、生きている。元気そうだ。あの時、死んだはずなのに。なぜか、生き返った。顔色も良く、動きもしっかりしている。まるで、何事もなかったかのように。だが、よく見ると、目の奥に深い疲労の色がある。

 

「よく来てくださいました、博麗の巫女」

 

咲夜は丁寧に頭を下げた。深く、敬意を込めて。

 

「そして、霧雨魔理沙、貴方も」

「よう、咲夜」

 

魔理沙が手を上げた。気軽に。いつものように。

 

「元気そうだな。あの後、大丈夫だったのか?死んでたって聞いたけど」

「はい」

 

咲夜は微笑んだ。だが、その笑顔は疲れていた。目の下に、わずかな隈がある。隠そうとしているが、隠しきれていない。

 

「おかげさまで。あの時は、本当にありがとうございました。あのまま死んでいれば、お嬢様を支えることもできませんでした」

「気にしないでくれ」

 

俺は言った。本心から。

 

「それより、美鈴は?手紙に、重傷を負ったと書いてあったが」

 

咲夜の表情が、曇った。眉を下げ、唇を引き結ぶ。メイドとしての完璧な表情が、一瞬崩れる。

 

「……パチュリー様が、今も治療を続けています。命に別状はありませんが、まだ意識が戻りません。妹様の一撃が、あまりにも強力で……美鈴の気の防御を、完全に無視して内臓を破壊しました」

 

言葉を切った。声が、わずかに震える。拳を、わずかに握りしめる。

 

「そうか……」

 

俺は拳を握りしめた。美鈴が、意識不明だと。あの強い美鈴が。気の達人である美鈴が。一撃で、倒された。

 

「こうして話している余裕はありません。急ぎましょう」

 

咲夜は言った。感情を押し殺して。

 

「お嬢様が、今も妹様と対峙しています。一刻の猶予もありません。こちらへ!」

 

咲夜は走り出した。館に向かって。全速力で。メイド服の裾を翻しながら。

俺と魔理沙も、すぐに後を追った。門をくぐり、荒れた庭を横切り、玄関に到達する。

玄関の扉は、開いていた。半分壊れて、開いたままだった。蝶番が外れ、ぶら下がっている。

館の中に入る。一歩、足を踏み入れる。

 

「……これは」

 

俺は思わず立ち止まった。

館の内部は、破壊されていた。ほぼ完全に、徹底的に。外観とは比べ物にならないほど、酷かった。

エントランスホールの床は割れ、無数の亀裂が走っている。美しい模様が描かれていた大理石のタイルが、原型を留めていない。壁には大きな穴が開き、構造が露出している。天井からはシャンデリアが落ちて粉々になっている。何百年も館を照らしてきたシャンデリアが、ただのガラスの破片になっている。かつては美しかったであろう階段は、手すりが折れ、木材が散乱している。赤い絨毯は破れ、焼け焦げている。

家具は倒れ、絵画は破れ、装飾品は砕けている。花瓶の破片が床を覆い、彫像は腕や頭が欠けている。何百年も集めてきたであろう調度品が、すべて破壊されている。歴史が、文化が、瓦礫になっている。

あれだけ美しかった館が、今は戦場の跡だ。

 

「妹様が暴れた跡です」

 

咲夜が言った。走りながら。息を切らしながら。

 

「急いでください!今も二階で戦闘が続いています!お嬢様の気配が、弱まっています!」

 

咲夜は階段を駆け上がる。崩れかけた階段を、驚異的な速度で。

俺と魔理沙も、後に続く。全速力で。霊力を使って、飛ぶように。

ドガン、という音が響いた。

爆発音だ。建物を揺らすほどの、爆発音。

館が、揺れた。地震のように。天井から、石が落ちてくる。壁が崩れ、床が揺れる。

 

「あちらです!」

 

咲夜が叫んだ。廊下を駆けながら。指を差しながら。

爆発音が、近づいてくる。連続で、響く。

大きな部屋の前に出た。扉が吹き飛んでいる部屋の前に。かつては広間だったのだろう。今は、ただの瓦礫の空間だが。

咲夜が、立ち止まった。部屋の入り口で。表情を引き締めて。だが、その目には恐怖がある。

俺と魔理沙も、立ち止まる。咲夜の横に並ぶ。

中を覗く。

 

「……あれが」

 

俺は息を呑んだ。

少女が、浮いていた。空中に。地面から数メートルの高さに。重力を無視して。

金色の髪を持つ、少女が。短い黄髪。赤い瞳を持つ、少女が。レミリアと同じ、深紅の瞳。だが、その瞳はレミリアよりも鋭く、知性と何か別のものが混ざり合っている。

赤いドレスを着た、少女が。フリルの多い、可愛らしいドレス。だが、所々破れ、裾が焼け焦げている。

見た目は、十歳くらいだろうか。小さな少女だ。可愛らしい、少女だ。だが、その存在感は圧倒的だった。部屋全体を支配している。

背中に、翼があった。虹色の、結晶のような翼が。七色に輝く、美しい翼が。プリズムのように、光を分解している。この世のものとは思えない、美しい翼。

だが、その美しさとは裏腹に、少女の周囲には無数の光弾が浮かんでいた。数え切れないほどの。まるで、星のように。一発一発が、強大な破壊力を秘めている。

 

「フランドール……」

 

俺は呟いた。

フランドール・スカーレット。レミリアの妹。四百九十五年間、閉じ込められていた少女。

少女は、レミリアと向き合っていた。レミリアを、見下ろしていた。

レミリアが、床に倒れていた。血まみれで。大量の血を流して。服は破れ、傷だらけで。

 

「お姉様の言葉は、理解できるわ」

 

フランドールが言った。子供の声だが、どこか醒めた響きがある。

 

「でも、理解と納得は別なの。四百九十五年間、私は考え続けたもの。なぜ閉じ込められているのか。なぜお姉様は会いに来てくれないのか。本を読んで、考えて、答えを探した。何千冊もの本を」

 

フランドールは続けた。だが、声の奥に何かが揺れていた。落ち着いて見えるが、揺れている。

 

「そして気づいたの。お姉様は、私が怖かったのね。私の力が。私という存在が」

 

フランドールが手を振った。小さな手を。子供の手を。

光弾が、放たれた。何十発も、同時に。

 

「まずいっ!!」

 

俺は見た。光弾の先を。その標的を。

レミリアが、いた。床に倒れている。血まみれで。

 

「レミリア!」

 

俺は叫んだ。

霊力を足に集中させ、一気に加速する。部屋に飛び込む。瓦礫を飛び越え、レミリアの前に到達する。一瞬で。

霊力を放出する。全身から、爆発的に。

光弾が、弾かれる。すべて。一つ残らず。

 

「……セーフ」

 

俺は呟いた。冷や汗が流れる。

レミリアを見る。振り返って。

レミリアは、意識があった。まだ、生きている。だが、傷だらけだった。全身が。血が、止まらない。

 

「……霊夢か?来て、くれたのね……」

 

レミリアが呟いた。弱々しく。かすれた声で。

 

「当たり前だ。手紙をもらったからな」

 

レミリアは、微笑んだ。だが、その笑顔は痛々しかった。血が、口の端から流れている。

 

「…なっ!?誰、あいつ……?」

 

フランドールが声を上げた。俺の突入に、初めて動揺を見せた。

レミリアが、身体を起こそうとした。傷だらけの身体を。血が流れる身体を。それでも、起き上がろうとする。

 

「フラン」

 

レミリアが言った。妹に向かって。声を振り絞って。

 

「私は、間違っていた。お前を閉じ込めたのは、間違いだった。取り返しのつかないことを、した」

 

フランドールは何も言わなかった。ただ、レミリアを見ていた。

 

「だから――」

 

レミリアは続けた。そして、言った。

 

「私を殺せ。お前の怒りが、それで収まるなら。私を殺して、終わりにしてくれ。他の者は傷つけないでくれ。咲夜も、パチュリーも、美鈴も、何も悪くない。だから、私を――」

「……」

 

フランドールは、しばらく黙っていた。

そして、笑った。

温かい笑みではなかった。悲しくも、呆れたような笑みだった。

 

「死ねばどうなるとでも思っているの?」

 

フランドールが言った。静かに、だが確かに。

 

「お姉様が死んで、私の四百九十五年が返ってくる?お姉様が死んで、私の寂しさが消える?」

 

レミリアは、答えられなかった。

口を開きかけて、閉じた。

 

「違うでしょう」

 

フランドールは続けた。声に、疲れが滲んでいた。

 

「お姉様はまた、逃げてるの。死という形で。向き合うのが怖いから、死を差し出せば済むと思ってる。私に、向き合うのが怖くて、会いに来なかった。今度は、死ねばいいと思ってる。」

 

レミリアは、黙っていた。

反論できなかった。

フランドールの言葉が、正確だったから。

俺も、黙って聞いていた。

咲夜への愛に気づいたレミリアが、今度は死を差し出している。変わったようで、変わっていない部分がある。気づいた、でも変われていない。それが、正直なところなんだろう。

人間でも、妖怪でも、吸血鬼でも、一度気づいただけで全部が変わるわけじゃない。

 

「レミリア」

 

俺は言った。レミリアに向かって。

 

「死ぬな」

 

レミリアが、俺を見た。

 

「死んでも、何も解決しない。フランドールが言った通りだ」

 

俺は続けた。

 

「生きて、向き合え。それしかない」

 

レミリアは、しばらく俺を見ていた。

そして、目を伏せた。

何かが、揺れているようだった。

俺は立ち上がり、フランドールの方を向いた。レミリアとフランドールの間に、立つ。

 

「で、あんた誰なの?」

 

フランドールが訊いた。警戒しながら。

 

「博麗の巫女、霊夢だ」

 

俺は答えた。

その名前が、自分の口から出た。霊夢の名前が。本物の霊夢ではない俺が、名乗った。いつものことだ。慣れてきているはずだ。

「お前の名前を、ちゃんと使う」と誓った。でも、その約束をした上で、こういう場面で名乗るたびに、わずかに引っかかる。この名前を、この子に向かって名乗っていいのか、という感覚が。

だが、今は前に進むしかない。霊夢の代わりに、ここに立っている。それが、俺のこれからの役割だから。

 

「お前を止めに来た」

「止める?」

 

フランドールは首を傾げた。

 

「私、別に悪いことしてないわよ?自由になっただけ。四百九十五年ぶりに、外に出ただけ。力を試してるだけ」

「館を破壊して、美鈴を傷つけて、レミリアを傷つけた」

 

俺は言った。明確に。

 

「それは、悪いことだ」

「……そう」

 

フランドールは少し考えた。本当に、考えている様子で。

 

「確かに、本で読んだ知識では、それは良くないことね。他者を傷つけること、財産を破壊すること、倫理的に問題がある。でも、私には実感がないの。四百九十五年間、誰とも関わってこなかったから。本でしか、学んでいないから」

 

フランドールの声が、わずかに揺れた。

 

「善悪って、他者との関係の中で学ぶものでしょう?誰かを傷つけて、その人が悲しむ顔を見て、初めて理解する。私には、それがなかった。ずっと、一人だったから」

 

最後の言葉だけが、他と違った。論理的な分析ではなく、本音だった。

 

「なら――」

 

俺は言った。フランドールを真っ直ぐに見ながら。

 

「これから、学べばいい」

 

その言葉に、フランドールは目を見開いた。驚いたように。

 

「へぇ……」

 

フランドールの表情が、変わった。驚きから、何か別のものへ。笑みのようなものが浮かぶ。だが、それは温かい笑みではなかった。

 

「面白いこと言うわね、人間のくせに。でも」

 

フランドールの瞳が、鋭くなった。

 

「私、まだ怒ってるの。四百九十五年分の怒りが、まだ残ってるの。頭では理解できる。心は、追いつかない」

 

無数の光弾が出現した。さらに多く、さらに強く。空間を埋め尽くすほどに。

 

「だから、もう少し暴れてもいい?あなたが相手してくれるなら」

 

俺は構えた。霊力を高め、気を巡らせる。全身に、力を満たす。

 

「魔理沙!」

「わかってる!」

 

魔理沙が箒を構えた。魔力を高めて。戦闘態勢で。

俺は、フランドールを見た。

十歳に見える少女が、四百九十五年分の怒りを抱えている。その怒りを、どうやって受け止めるか。どうやって、傷つけずに止めるか。

頭でわかっていても心は追いつかない、と言った。それは、俺にもわかる気がした。霊夢が消えたことが、頭ではわかっている。だが、胸がついていかないことが、まだある。

 

「行くぞ」

 

俺は言った。

フランドール・スカーレットと、戦うために。この少女を、止めるために。そして、救うために。

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