「はぁっ…!!」
光弾が、放たれた。
一斉に。何千発もの光弾が、同時に。まるで、夜空の星が落ちてくるかのように。
音を立てて、空気を切り裂いて、轟音を響かせながら。俺に向かって、魔理沙に向かって、レミリアに向かって、咲夜に向かって。すべてに向かって。容赦なく。区別なく。敵も味方も関係なく、弾幕が空間を埋め尽くす。逃げ場がないほどに。
「!!」
俺は動いた。反射的に、本能的に。考えるより先に、身体が動いた。霊力を解放し、金色の光を放つ。全身から、爆発的に。細胞の一つ一つから、力を絞り出すように。
光が、俺を中心に広がる。球状に、防御壁のように。
光弾が、弾かれる。何百発も。俺の霊力に触れた瞬間、軌道を逸らされ、消滅していく。虹色の光に飲み込まれ、存在を否定される。だが、まだ足りない。数が多すぎる。防ぎきれない。
さらに放つ。霊力を、限界まで。霊夢から受け継いだ力を、すべて解放する。
虹色の光が、さらに強く輝く。光弾が消える。消滅する。金色の光に飲み込まれ、跡形もなく消える。だが――
「まだまだ!」
フランドールが叫んだ。楽しそうに。心から楽しそうに。子供が新しいおもちゃを見つけたかのように。両手を大きく広げると、さらに光弾が出現する。先ほどの倍では済まない量が、空間を埋め尽くす。部屋全体が、紅い光で満たされる。
「ちっ……!」
俺は札を投げる。何十枚も。懐から取り出し、一気に。霊力を込めた金色に輝く札を。札が空中を舞う。まるで、桜吹雪のように。
札が光弾に当たり、爆発する。連鎖的に、次々と。一つが爆発すれば、隣も爆発し、さらに隣も爆発する。光が部屋を満たし、熱波が広がる。
だが、フランドールの光弾は止まらない。減らない。次から次へと、生み出され続ける。まるで、底のない泉から汲んでいるかのように。無限に、湧き出てくる。
「魔理沙!」
俺は叫んだ。助けを求めて。声を張り上げて。
「任せろ!」
魔理沙が箒を振るう。魔力を込めて。全身の魔力を、箒に集中させて。箒が光り始める。虹色に。
星型の弾幕が放たれる。何百発もの星型の弾幕が、空間を飛ぶ。軌道を描きながら、フランドールに向かって。フランドールの光弾と、魔理沙の弾幕がぶつかる。正面衝突する。空中で、激突する。
爆発が起こる。何度も、何度も。連続で。閃光が走る。ドガン、ドガン、ドガンと、連続して爆発音が響く。耳が痛くなるほどの音が。
部屋が、さらに破壊される。壁が崩れ、石材が落下する。天井が落ち、木材が折れる。床が割れ、大理石が砕ける。もう、原型を留めていない。かつて美しかった部屋は、完全に消えている。
「……強い。一筋縄じゃいかない」
俺は呟いた。フランドールの力を、肌で感じながら。圧倒的な力を。これは、レミリア以上だ。明らかに、上だ。制御されていない分、破壊力が桁違いだ。歯止めがない。リミッターが、外れている。
「うふふ!楽しい!久しぶりに、力を使える!こんなに思い切り、力を使えるなんて!!」
フランドールは、楽しんでいる。戦いを、楽しんでいる。力を使うことを、心から楽しんでいる。目が輝いている。笑顔が、絶えない。四百九十五年間、力を使えなかった反動で、すべてが溢れ出している。その笑顔の無邪気さと、放たれる力の破壊性の落差が、奇妙で、怖ろしかった。
俺は、判断した。瞬時に、冷静に。感情を殺して。このままでは、勝てない。いや、勝つことはできるかもしれないが、時間がかかる。長期戦になる。消耗戦になる。そして、時間がかかれば――館が崩壊する。レミリアが失血過多で死ぬ。美鈴も、意識が戻らないまま、命を落とすかもしれない。
「……そうだ」
俺は思い出した。霊夢の記憶を。霊夢が知っていた知識を。幻想郷で生きるための、知識を。
吸血鬼は、日光に弱い。完全に死ぬわけではないが、弱体化する。力が弱まる。動きが鈍る。再生力も、落ちる。
霊夢がここで戦っていれば、最初からそれを使っていただろう。俺はこうして霊夢の記憶に頼ることで、ようやくそれを思い出した。
「魔理沙……!」
俺は叫んだ。ベランダを小さく指さし、作戦を伝えて。
「わかったぜ」
魔理沙が頷く。理解して。すぐに。二人は、ベランダに向かって移動する。後退しながら、攻撃を続けながら。弾幕を放ちながら。フランドールを、外へと誘い出す。罠へと、誘い込む。
フランドールは、追ってくる。楽しそうに。疑いもせずに。警戒もせずに。
「逃げるの?つまらない!もっと戦いましょう!」
フランドールが言う。不満そうに。子供のように。
「逃げてない。作戦だ」
俺は答える。冷静に。感情を殺して。
ベランダに到達する。窓の前に。外との境界に。ガラスの破片を踏みながら。
「今だ!!」
俺は、ベランダに飛び出す。勢いよく。一気に。ベランダの手すりを飛び越え、空中へ。外へ。日光の下に。眩しい光の下に。太陽の下に。目が、眩む。だが、構わない。
フランドールも、追ってくる。躊躇なく。何の疑いもなく。罠だとも思わずに。ベランダから飛び出し、空中に。
日光が、フランドールを照らす。金色の光が、フランドールの身体を包む。肌を、髪を、服を。
これで――吸血鬼の弱点が、発動する。日光が、フランドールを弱らせる。力を、奪う。
はずだった。
「だめだ……フランの能力は、ありとあらゆるものを破壊できる!」
レミリアの叫び声が聞こえた。館の中から。遠くから。だが、はっきりと。必死の声が。警告の声が。絞り出すような声が。
「フランは自らの『弱点である身体』を破壊している!吸血鬼としての弱点を、すべて破壊したんだ!日光は通用しない!逃げろ!」
「……え?」
俺は驚いた。空中で。目を見開いた。理解が、追いつかない。弱点を、破壊?自分の弱点を、破壊できる?身体の一部を、破壊して、弱点をなくす?そんなこと、可能なのか?ありえるのか?
その瞬間――
フランドールの両手が、上に上がった。高く、頭上に。天を仰ぐように。組まれた。拳が、作られた。両手を組み合わせて。指を絡めて。ダブルスレッジハンマー。
「えいっ!」
フランドールの両手が、振り下ろされた。勢いよく、全力で。全体重を乗せて。俺の頭に。真上から。容赦なく。一切の躊躇なく。
俺は咄嗟に腕で防ぐ。両腕を、頭の上に。クロスさせて。霊力を集中させて。
だが――
「がっ……あぁ…!!」
衝撃が走る。凄まじい衝撃が。想像を絶する衝撃が。骨が軋む音がする。メキメキと。俺の身体が、下に叩き落とされる。重力を超えた力で。空中から、地面に。一気に。地面に激突する。館の外の地面に。庭に。石畳に。ドガン、という音。石が砕ける。ひび割れが広がる。クレーターができる。
「ぐ……!」
俺は受け身を取ろうとする。だが、間に合わない。衝撃が、強すぎる。
背中を強打する。息が、止まる。腕が、痛い。激しく、痛い。骨が、軋んでいる。ヒビが入っているかもしれない。折れているかもしれない。
その間に、魔理沙がフランドールに突撃していた。空中で。フランドールが俺を見下ろしている隙を突いて。
不意打ちに近い。絶好の機会を逃さず、チャンスを逃さない。箒に跨り、全速力で。魔力を限界まで高めて。身体が光るほどに。魔理沙の箒が、フランドールに迫る。後頭部を狙って。一撃で決めるつもりで。全力で。魔力が、箒の先端に集中する。凝縮される。一点に。
「遅い」
フランドールが言った。振り向きもせずに。空中で浮いたまま。余裕の声で。フランドールが、手を伸ばした。後ろに。魔理沙の方に。何もない空間に。手を、握った。ぎゅっと。何もない空間を。虚空を。
その瞬間――
パキン、という音が響いた。乾いた音が。何かが折れる音が。魔理沙の箒が、真っ二つに折れた。中央から、綺麗に。まるで、最初から二本だったかのように。
「いぃっ!!?」
魔理沙が驚愕する。空中で。信じられない、という顔で。目を見開き、口を開けて。箒が折れた。触れてもいないのに。フランドールの手が、箒に触れてもいないのに。距離がある。何メートルも、離れている。だが、折れた。破壊された。
「くそっ!」
魔理沙は、箒を捨てた。使えなくなった箒を。二本に折れた箒を。そして、魔力を集中させる。両手に。一瞬のうちに出せる限界まで。
「喰らえぇ!!」
魔理沙が叫んだ。空中で。必殺技を。最大の攻撃を。極大の弾幕が放たれる。直径何メートルもある光弾が。巨大な弾幕が、フランドールに向かって飛ぶ。避けられないほどの範囲で。逃げ場がないほどの大きさで。空気が焼ける。熱波が広がる。光が、すべてを飲み込む。
「…………」
フランドールは、手を前に出した。片手を。小さな手を。子供の手を。そして、握った。ぎゅっと。力を込めて。
その瞬間――
光線が、消えた。跡形もなく、消えた。まるで、最初から存在しなかったかのように。幻だったかのように。音もなく。光もなく。ただ、消えた。
「……嘘だろ」
魔理沙が呟いた。呆然としながら。力が抜けた声で。
「触れもせずに……破壊した?」
「そうよ」
フランドールが言った。空中で。微笑みながら。どこか嬉しそうに。誰かに話せることが、嬉しそうに。
「全ての物には『目』という最も緊張している部分があって、そこに力を加えるとあっけなく破壊することができるの。現実の世界で言えば鉱物の『劈開』に近いものよ。結晶構造の弱い部分を突けば、簡単に割れる。ダイヤモンドでさえ、特定の方向から力を加えれば割れる。それと同じ原理。私はその『目』を手の内に移動させて、爆発させることができる。どんなに頑丈なものでも、どんなに遠くにあるものでも、『目』さえ掴めれば握り潰せる」
フランドールは、楽しそうに説明した。まるで、ずっと誰かに話したかったことを、ようやく話せたとでもいうように。目が、輝いている。知識を誰かと共有できることが、純粋に嬉しいのだ。四百九十五年間、本の中だけにあった知識を。
「例えば――」
フランドールが言った。指を差しながら。右手を上げた。空に向かって。青空に向かって。白い雲が浮かぶ空に向かって。穏やかな空に向かって。手を、握った。ぐっと。力を込めて。小さな手を、握りしめた。
その瞬間――
雲が、消えた。一瞬で、消えた。音もなく。まるで、何事もなかったかのように。最初からなかったかのように。存在が、消滅した。跡形もなく。
「……」
俺は、言葉を失った。地面に倒れたまま。
何も、言えなかった。声が、出ない。魔理沙も、レミリアも、咲夜も、誰も何も言えなかった。沈黙が、支配する。
底が、見えない。雲でさえ、一握りで消せる。弱点も、自分で壊した。レミリア以上と聞いていたが、これほどとは思っていなかった。
「……どうやって、止めるんだ」
俺は呟いた。地面に倒れたまま、空を見ながら。
どこかに、道があるはずだ。傷つけずに止める道が。
霊夢なら、どうしたんだろう。
いや、霊夢はこの場面を経験していない。これは俺が、俺自身の判断で、突破口を開かなければならない。
「………ふふ……まだまだこれからよ?」
フランドールが、こちらを見た。楽しそうに。心から、楽しそうに。その目に、狂気と、四百九十五年分の何かが、混ざり合っていた。