俺たちは、空を飛んだ。
霊力を足に込め、大気を蹴り、重力に逆らって上昇する。魔理沙は箒に乗り、魔力を込めて加速し、俺は霊力だけで身体を浮かせ、推進力を得る。目的地は、決まっていない。ただ、異変の原因を探す。春が来ない理由を、手がかりを求めて。
雪が降り続ける空を、進む。白い世界を、切り裂くように。冷たい風が、顔を打つ。肌を刺すような冷気が、容赦なく襲ってくる。髪が、乱れる。視界が、雪で遮られる。だが、止まらない。前進を、続ける。
しばらく飛ぶと、妖精たちが現れた。氷の妖精たち。小さな身体で、俺たちに向かってくる。敵意を持って、攻撃してくる。光弾を放ち、氷の槍を投げ、冷気を撒き散らす。
「邪魔だ」
俺は札を投げる。霊力を込めた札を、何枚も。札が、妖精に当たる。爆発し、金色の光を放ち、妖精を吹き飛ばす。魔理沙も、弾幕を放つ。星型の弾幕が、空を飛ぶ。妖精たちが、当たり、消滅する。光の粒子になって、消える。
妖精は、次々と現れる。まるで、湧いて出るかのように。だが、俺たちは止まらない。拳で殴り、蹴りを放ち、札を投げ、弾幕を撃つ。妖精たちを、次々と倒していく。
その時、俺は気づいた。
魔理沙の攻撃が、以前より強い。明らかに、段違いに強い。レーザーの威力が増している。一撃で、複数の妖精を貫く。弾幕の密度が濃い。動きが、洗練されている。無駄がなく、効率的で、美しささえ感じる。
「お前、前よりも強くなってるか?」
俺は訊いた。妖精を蹴り飛ばしながら。
「ん?ああ」
魔理沙が答えた。笑いながら。嬉しそうに、得意げに。
「八卦炉を改造したんだぜ。より強いレーザーを撃てるようにな。魔力の変換効率を上げて、出力を三割増しにした!」
魔理沙が、八卦炉を構える。小型の炉のような装置を、両手で持ち上げて。手のひらに収まるサイズの、だが強力な魔法道具を、俺に見せつけるように。極太のレーザーが、放たれる。虹色に輝く光線が、空を貫く。一直線に、何もかもを焼き尽くしながら。妖精たちを、一掃する。数十体の妖精が、一瞬で消える。
「それだけじゃないぜ!」
魔理沙が続ける。興奮した声で。新しい星型弾幕を、放つ。今までとは違う、複雑な軌道を描く弾幕を。星が、螺旋を描きながら飛ぶ。分裂し、収束し、また分裂する。妖精たちが、避けきれない。次々と、当たる。逃げ場が、ない。
「魔法の応用も効かせたんだ!熱量操作、光屈折、エネルギー変換!いろいろな魔導書で学んでな。理論を理解すれば、魔法はもっと強くなる、もっと自由になる!」
魔理沙が叫ぶ。得意げに。誇らしげに。弾幕が、変化する。色が変わり、速度が変わり、軌道が変わる。魔理沙の思い通りに、動く。妖精たちは、なす術もない。圧倒的な力の差に、抗えない。次々と、倒されていく。
その時、青い髪の妖精が現れた。チルノだ。氷の妖精の中でも、特に強い妖精だ。自称、最強の妖精だ。
「あんたたち!何してるのよ!私の仲間をいじめて、許さないわ!」
チルノが叫んだ。怒った顔で。眉を吊り上げて、頬を膨らませて。氷弾を放つ。何十発もの、氷の弾を。
「邪魔だ!」
魔理沙が叫び返した。容赦なく。レーザーを、チルノに向けて放つ。極太の、虹色のレーザーを。回避不可能な速度で。
「きゃあっ!?」
チルノが、吹き飛ばされる。氷弾ごと、すべて消滅させられて。遠くに、消える。空の彼方に、飛んでいく。
「すごいな」
俺は言った。素直に、感心して。
「どうやって、そこまで強くなった?異変が解決してから、そんなに時間は経っていないはずだが」
「お前に言われるか。……まぁ、いろいろな魔導書で学んだんだ」
魔理沙が答えた。箒に乗りながら。バランスを取りながら、俺の方を見て。
「魔法の理論を深く理解して、自分の魔法に応用を利かせるようにした。基礎から、やり直したんだぜ。光とは何か、熱とは何か、エネルギーとは何か。そういう根本的なことを、一から学び直した。詳しく言うのは、どうせわからないだろうし端折るがな」
魔理沙は続ける。
「そうしたら、今まで使えなかった技が使えるようになった。今まで思いつかなかった応用が、できるようになった。魔法が、もっと自由になった」
「魔導書?」
俺は訊いた。疑問を、抱きながら。
「お前の家に、そんな貴重な魔導書があったんだな。」
「ああ、違うんだ。それは……」
魔理沙が、言葉を濁す。目を、逸らす。視線が、泳ぐ。
「……盗んできた」
小さな声で、呟く。
「は?」
俺は聞き返した。耳を疑って。
「盗んだって、どこから?まさか……」
「紅魔館の図書館」
魔理沙が答えた。さらっと。罪悪感なく。まるで、当然のことのように。
「パチュリーの図書館から、魔導書を何冊か拝借してきたんだ。あそこには、貴重な本がたくさんあるからな」
「何冊か?」
俺は訊いた。嫌な予感を、抱きながら。
「うん、まあ、結構な数だけど。十冊くらい?いや、二十冊かな?まあ、そのくらい」
「お前……」
俺は呆れた。ため息をつく。深く、長く。
「それ、完全に盗みだろう。しかも、大量に」
盗み。その言葉を口にしながら、俺は少し考えた。パチュリーとは、戦った。あの図書館で、死にかけた。魔理沙を助けようとして、パチュリーに立ちはだかられた。
それでも、パチュリーの本への愛着は本物だった。あの図書館は、パチュリーにとって命そのものだった。それを盗まれたら、どれだけ怒るか。
「借りただけだぜ。返すつもりだし」
「いつ返すんだ」
「いつかな」
魔理沙が答えた。曖昧に。
「お前、一回ちゃんと返しに行けよ」
俺は言った。呆れながら、それでも言った。このまま放置したら、また面倒なことになる。それは、なんとなくわかった。
「わかってる、わかってる」
魔理沙は言った。流すように。あまり、わかっていない口調で。
その時、俺の頬に何かが落ちた。
冷たくない。柔らかい。温かみさえ、感じる。俺は、手で触れた。指先で、掴む。優しく、潰さないように。
それは、桜の花びらだった。
桃色の、美しい花びらだった。繊細で、儚く、だが確かに春の象徴だった。
「これは……」
俺は呟いた。驚きながら。信じられない、という顔で。
霊夢の記憶の中に、この光景があった。桜が咲いた博麗神社の境内。花びらが舞い、風に乗って流れていく、あの光景。霊夢が好きだった季節だ。その記憶が、今の花びらと重なった。この幻想郷の春を、霊夢は知っていた。
上を見る。空を、見上げる。雪が降る空を。桜の花びらが、降ってきている。雪と混じって、降ってきている。白とピンクが、混ざり合っている。
「春?」
魔理沙が言った。同じように、驚いて。目を、見開いて。
「いや、違う。地上に春が来たんじゃない」
俺は言った。確信を持って。直感で、理解して。
「これは、上から降ってきている。どこかに、春がある。空の上に、春が存在している」
二人は、上を見上げた。雪と桜の花びらが混じる空を。矛盾した、だが美しい光景を。
春は、どこにあるのか。
「上に行くぞ」
俺は言った。
「ああ」
魔理沙も頷いた。
*****
その頃、紅魔館では。
紅魔館は、まだ修理中だった。紅霧異変、そしてフランドールとの戦いで、館は大きく損傷していた。壁が崩れ、屋根が落ち、窓が割れ、柱が傾き、床が抜け、天井が落ちていた。五百年の歴史を誇る館が、傷だらけになっていた。修理は進んでいる。だが、完全には終わっていない。まだ、時間がかかる。
パチュリーは、図書館にいた。
いつものように、本を読んでいた。だが、今日は違った。机の上に広げた本を見つめながら、その目に、静かな怒りが宿っていた。
美鈴が、図書館に入ってきた。
「パチュリー様、呼ばれましたか?」
美鈴が言った。緊張しながら。背筋を伸ばして。何かあったのだろうか、という予感が、顔に出ている。
「ええ」
パチュリーが答えた。本から目を上げずに。冷たい声で。
「美鈴、あなた、何をしていたの?」
パチュリーが訊いた。詰問するように。責めるように。
「異変解決後、紅魔館の修理をしている際に、門の上空を魔理沙に通られたでしょう?」
「はい、それは……」
美鈴が答えようとする。だが、パチュリーが手を上げて、遮る。
「そのまま、魔理沙が図書館へと侵入した。そして、大量の魔導書を奪い去ってしまった。私の大切な、かけがえのない魔導書を」
パチュリーの目が、美鈴を見た。鋭く、厳しく。責任を、問う目で。
「あなたは、門番でしょう?なぜ、止めなかったの?なぜ、侵入を許したの?それが、あなたの仕事ではないの?」
美鈴は、何も言えなかった。言い訳が、できなかった。反論が、できなかった。事実だった。すべて、事実だった。
異変解決後、美鈴は門番の仕事に戻っていた。修理の手伝いもしていたが、門番が本業だ。ちゃんと、門の前に立っていた。ただ、立っていただけだった。長い異変だった。フランドールとの戦いで、身体はボロボロだった。パチュリーの治療のおかげで命は取り留めたが、完全には回復していなかった。
それでも、仕事だから立っていた。立っていた、が。
気づいたら、眠っていた。
門の前で、直立したまま、眠っていた。どのくらい眠っていたのかは、わからない。気づいた時には、魔理沙はとっくに館の中に入っていた。図書館から出てきた魔理沙が、本を山ほど抱えて、にやりと笑いながら門を出て行くところだった。
「あっ」
美鈴が声を上げた時には、もう遅かった。魔理沙は、悠々と空に飛び去っていた。
「すみません……」
美鈴が呟いた。頭を、下げて。深く、深く。
「謝って済む問題ではないわ」
パチュリーが言った。厳しく。冷たく。
「あの魔導書たちは、貴重なものばかりだった。一冊一冊が、かけがえのないものだった。何百年もかけて集めた、私の宝物だった。それを、盗まれた」
パチュリーは続ける。怒りを、滲ませて。声が、わずかに震える。平静を、保とうとしているが、抑えきれていない。
「長年かけて手に入れた魔導書を、盗まれた。門番が気を抜いたせいで」
パチュリーの拳が、握られる。かすかに、震えている。
美鈴は、さらに頭を下げた。額が、床につきそうなほどに。申し訳ない。本当に、申し訳ない。弁解の、余地がない。
「取り戻してきなさい」
パチュリーが命じた。絶対的な口調で。拒絶を、許さない声で。
「魔理沙から、魔導書を取り戻してきなさい。すべて、一冊残らず。今すぐに」
「はいぃ!」
美鈴が答えた。決意を込めて。
「必ず、取り戻してきます!」
美鈴は、図書館を出た。走って、外に向かう。廊下を、駆け抜ける。修理中の廊下を。積み上げられた資材を、避けながら。
魔理沙を、探さなければ。どこにいるのか、わからないが。魔導書を、取り戻さなければ。パチュリーの信頼を、取り戻さなければ。門番としての、責任を果たさなければ。
美鈴は、紅魔館を飛び出した。雪が降る空に、飛び立った。冷たい空気が、全身を包む。上着を持ってくればよかった、と思ったが、今はそんなことを言っている場合じゃない。魔理沙を見つけるのが先だ。
どこにいるんだ、魔理沙。
美鈴は、空を駆けた。