転生博麗   作:ライダー☆

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第四話 本当の力

魔理沙の背中が、どんどん遠くなっていく。

いや、物理的な距離ではない。俺たちは並んで飛んでいる。だが、心理的な距離が、圧倒的に開いていた。

あの一撃。

あのマスタースパークという、規格外の攻撃。

俺の攻撃とは、次元が違う。

 

「……」

 

言葉が出なかった。

胸の中に、黒い感情が渦巻いている。嫉妬か、劣等感か、それとも絶望か。自分でもよくわからない。ただ、重苦しい何かが、心を押し潰そうとしていた。

俺は弱い。

それは理解していた。転生してたった四日だ。戦闘経験もない。弱くて当然だ。

だが――

それでも、異変を解決しなければならない。

博麗霊夢として。

この世界の巫女として。

………そうやって無理やりにでも自分を奮い立たせないと、いつ沈むかわかったものじゃない……

 

「見えてきたぞ。」

 

魔理沙の声が聞こえた。

顔を上げると――

霧の向こうに、巨大な影が浮かび上がっていた。

紅魔館。

西洋風の、荘厳な洋館。いや、洋館というより城だ。尖塔がそびえ立ち、威容を誇っている。石造りの壁は重厚で、まるで要塞のようだった。

紅い霧に包まれた姿は、まるで悪夢の中の城のようだった。不吉で、禍々しく、そして、圧倒的に巨大だった。

 

「でかい……」

 

思わず呟いた。

迫力があった。紅魔館、こうやって実際に目の前にすると、その巨大さに圧倒される。

あの中に、吸血鬼がいるんだろ。

異変の元凶が。

俺が倒さなければならない相手が。

 

「行くぞ」

 

魔理沙は箒の速度を上げた。

俺も慌てて霊力を増幅させ、加速する。

紅魔館が、どんどん近づいてくる。

巨大な門が見えてきた。鉄製の、重厚な門。閉ざされている。

その門の前――

 

「……誰かいる」

 

呟いた瞬間、門の前に立つ人影がはっきりと見えた。

一人の女性。

いや、少女、だろうか。年齢が判別しづらい。

長い赤色の髪を後ろで一つに結んでいる。中華風の服装。緑の上着に、白いズボン。そして、帽子を被っている。

女性は、俺たちを見ていた。

静かに、だが確かな敵意を込めて。

 

「門番か」

 

魔理沙が呟いた。

 

「紅美鈴。紅魔館の門番だ。」

 

紅美鈴。

その名前に、かすかな記憶があった。東方Project。三面のボス、だったっけ。

 

「ようこそ、紅魔館へ。」

 

美鈴は静かに言った。

低く、落ち着いた声。だが、その声には力があった。警告の響きがあった。

 

「申し訳ありませんが、お嬢様は今、お客様をお迎えする気分ではありません」

「悪いな。招待されてないけど、用事があるんだ。」

 

魔理沙は箒を構えた。

 

「通してもらうぜ」

「それは、できません」

 

美鈴は首を横に振った。

そして――両手を構えた。

武術の構え。中国拳法、だろうか。腰を落とし、重心を安定させ、両手を前に出す。

瞬間――

無数の光弾が出現した。

虹色の、美しい光弾。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。七色の光が、空中に浮かんでいた。

チルノの氷弾よりも多い。いや、数倍はある。

 

俺は身構えた。

また、弾幕だ。

また、あの地獄が始まる。

 

「霊夢、下がってろ」

 

魔理沙が前に出た。

 

「私が片付ける」

 

そう言って、八卦炉に手を伸ばそうとした瞬間――

 

「待て!」

 

俺は叫んでいた。

思考より先に、声が出ていた。

 

「……霊夢?」

 

魔理沙が不思議そうに振り返った。

俺は――何を考えているんだ。

自分でもわからなかった。

だが、言葉は勝手に口から出ていた。

 

「俺が、やる」

「は?」

 

魔理沙は目を丸くした。

 

「お前、何言って――」

「魔理沙は、先に行け」

 

俺は魔理沙を見た。

 

「お前の方が強い。それは、わかった」

 

チルノとの戦いで、嫌というほど思い知らされた。

俺と魔理沙では、格が違う。

 

「だからこそ、お前が紅魔館に入るべきだ」

「……」

 

魔理沙は黙った。

俺の意図を、理解したようだった。

 

「俺が、ここで時間を稼ぐ」

 

美鈴を見る。

門番の女性は、静かに俺たちを見ていた。その表情は、穏やかだった。だが、瞳には確かな意志があった。通さない、という意志が。

 

「その間に、お前が館に入れ」

「……本気か?」

 

魔理沙の声が、低くなった。

 

「あいつ、割と強いぞ。お前じゃ――」

「わかってる」

 

俺は頷いた。

 

「でも、やるしかない。」

 

魔理沙は、しばらく黙っていた。

そして――

 

「……わかった」

 

小さく呟いた。

 

「でも、無理すんなよ。やばくなったら、すぐ逃げろ」

「ああ。……そうするさ」

 

嘘だった。

逃げるつもりはなかった。時間を稼ぐ。それが俺の役割だ。

 

「行け!」

 

俺は美鈴に向かって飛んだ。

 

「はぁっ!」

 

美鈴は反応した。虹色の弾幕が、俺に向かって放たれる。

 

「くそっ!」

 

必死に避け続ける。

身体を捻り、霊力を調整し、限界まで機動する。

だが避けきれない。

弾丸が、肩に当たった。

 

「…ぐっ…」

 

痛い。

チルノの氷弾とは違う。熱い。いや、衝撃が強い。

また一発、脚に当たった。

 

「がっ……!」

 

墜落しそうになる。慌てて霊力を増幅させ、体勢を立て直す。

 

「まだまだ!」

 

美鈴の声が響いた。

さらに弾幕が増える。

さっきと同じだ。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。

七色の光が、空間を埋め尽くす。

 

「やばい……!」

 

連続で御札を投げる。

一枚、二枚、三枚。

札が光りながら飛んでいく。

だが、美鈴は避けた。

最小限の動きで、確実に。

そして――反撃してくる。

 

「ッ!」

 

弾幕が襲ってくる。

避ける。避ける。避ける。

だが、限界が近い。

身体が悲鳴を上げている。霊力も減ってきた。

 

「はぁ……はぁ……」

 

呼吸が荒い。

その時、魔理沙は通り抜けていた。

 

「悪いな、美鈴!後は任せたぜ、霊夢!」

 

魔理沙の声が遠ざかっていく。

門を抜け、紅魔館の敷地内に入っていく。その速度は、まるで流星のようだった。

よかった。

時間稼ぎは、成功したか。

そう思った瞬間――

 

「あの仲間の魔法使いのための、時間稼ぎは済んだかしら?」

 

美鈴の声が聞こえた。

 

「……え?」

 

俺は動きを止めた。

美鈴は、微笑んでいた。

穏やかな、だが何かを知っている者の微笑みだった。

 

「最初から、わかっていましたよ」

「……」

「あなたが時間を稼ぎ、仲間を館に入れる。その作戦、最初から見抜いていました」

 

美鈴は構えを解いた。

弾幕も、消えた。

 

「なら、なんで……」

「止めなかったのか、ですか?」

 

美鈴は首を傾げた。

 

「簡単です。止める必要がないからです」

「……どういう意味だ?」

「紅魔館には、私を超える者たちがいます」

 

美鈴は静かに言った。

 

「彼女は、気配からして結構腕の立つ人間……魔法使いだったみたいですけど」

 

魔理沙のことを言っているのか。

 

「本物の魔法使いに始末されて、終わりですよ」

「……本物の?」

「ええ。パチュリー・ノーレッジ。紅魔館の魔法使いです」

 

美鈴は微笑んだ。

 

「あなたの仲間では、勝てません。燃やされて実験材料にされて終わりですよ。」

「……」

 

俺は、黙って聞いていた。

反論できなかった。

魔理沙は強い。チルノを一撃で倒すほどに。

だが、それでも勝てない相手がいるのか。

 

「それに」

 

美鈴は続けた。

 

「仮にパチュリー様を倒せたとしても、その先には十六夜咲夜さんがいます」

「十六夜、咲夜……」

「紅魔館のメイド長です。そして、恐らくこの館で最も強い人間です」

 

美鈴の声に、尊敬の色が混じった。

 

「彼女には、私も勝てません」

「……」

「そして、最奥にはお嬢様がいらっしゃいます」

 

美鈴は紅魔館を見上げた。

 

「レミリア・スカーレット様。紅魔館の主、吸血鬼です」

 

吸血鬼。

異変の元凶。

名前は聞いて思い出した。確か、そういう名前の奴が、異変を起こしたんだったな。

 

「あなたの仲間が、そこまで辿り着けるかどうか」

 

美鈴は再び俺を見た。

 

「私には、疑問ですね」

「……」

 

俺は、ただ黙って聞いていた。

反論する言葉が、見つからなかった。脳が、思考を拒否していた。

魔理沙は、大丈夫だろうか。

本当に、あの館を突破できるのか。

パチュリー・ノーレッジ。十六夜咲夜。レミリア・スカーレット。

美鈴が口にした名前が、頭の中で反響する。どれも聞いたことがある。東方Projectの登場人物たち。強者たち……

不安が、胸を締め付けた。まるで氷の手が心臓を掴んでいるかのような、冷たく重い感覚。

そして――

その一瞬の隙を、美鈴は見逃さなかった。

 

「!?」

 

視界が、歪んだ。

いや、違う。歪んだのではない。

美鈴が、目の前にいた。

一瞬で距離を詰められていた。いつの間に。どうやって。思考が追いつかない。さっきまで数メートル離れていたはずなのに。

 

「甘いですよ」

 

美鈴の声が、耳元で囁かれた。

冷たく、静かな声。だが、そこには容赦のない響きがあった。

そして――

 

「ッッ!!」

 

腹部に、衝撃が走った。

鈍い音。肉を打つ音。骨が軋む音。

拳。

美鈴の拳が、俺の腹に深く、深く沈み込んでいた。まるで、身体を貫通するかのように。

 

「がっ……!」

 

声にならない悲鳴が漏れた。いや、声すら出なかった。息が、完全に止まった。

痛い。

痛いなんてものじゃない。

言葉で表現できないほどの痛み。内臓が、潰れたかのような感覚。胃が、肺が、肝臓が、すべてが圧縮されたかのような。胃液が逆流してくる。喉が焼ける。呼吸ができない。空気が入ってこない。

弾幕とは、比較にならない。

チルノの氷弾よりも、何倍も、何十倍も痛い。

骨が、数本折れた気がする。いや、折れている。確実に折れている。肋骨が、内側に曲がっている感覚がある。

 

「ぐ……あ……!」

 

身体が、くの字に折れ曲がった。

人形のように。糸が切れた操り人形のように。

そのまま、空中で吹き飛ばされた。

視界が回転する。空と地面が入れ替わる。何度も、何度も。

地面に叩きつけられる――いや、空中だった。霊力の制御が途切れて、落下していく。重力が、俺を引っ張る。

 

「ぐぐっ…」

 

慌てて霊力を展開する。意識を集中させ、足の裏から霊力を噴射する。

墜落する直前で、何とか浮遊を維持した。だが、身体が震えている。制御が不安定だ。

 

「まだまだ」

 

美鈴の声が、すぐ近くから聞こえた。

 

「え――」

 

視界の端に、美鈴の姿が映った。

追いついてきている。いや、そんな生易しいものじゃない。最初からそこにいたかのように、当然のように、そこにいた。

速い。

速すぎる。

人間の動きじゃない。

 

「私は、気を使えるの。」

「……………気…………?」

 

美鈴は両拳を構えた。

武術の構え。だが、さっきとは違う。何かが違う。

その拳が、淡く光っていた。

青白い光。まるでオーラのような、神秘的な輝き。月光のような、冷たく美しい光。

だが、その美しさは致命的な危険を秘めていた。

 

「空気を読むってわけじゃないわよ」

 

美鈴は微笑んだ。

その笑顔は、穏やかだった。だが、瞳は笑っていなかった。戦士の目だった。

 

「気を使えば、一撃一撃をもっと重いものにすることができる。一部分に凝縮して、何倍も、何倍も…」

 

拳の光が、強くなった。

凝縮されていく。濃密になっていく。エネルギーが、拳に集中していく。まるでブラックホールのように、周囲の力を吸い込んでいくかのように。

空気が、震えている。

霊圧、いや、気圧とでも言うべきものを感じる。

 

「こんな風に――ね!」

 

美鈴の拳が、俺に向かって放たれた。

まるで砲弾のように。いや、隕石のように。

 

「!!」

 

避けようとした。

霊力を噴射し、身体を横に移動させようとした。

だが、間に合わなかった。

速すぎる。反応できない。

 

「が………っ!」

 

顔面に直撃した。

頭蓋骨が、砕けるかと思った。

視界が真っ白になった。いや、星が飛んだ。無数の光点が視界を埋め尽くした。

鼻の骨が折れる音が聞こえた。ゴキリ、という嫌な音。確かに聞こえた。

血の味がした。鉄の味。口の中が血で満たされる。歯が折れたかもしれない。

 

「ぐ……!」

 

また吹き飛ばされる。

身体が、宙を舞う。制御できない。どこに飛ばされているのかもわからない。

だが、美鈴は追撃を止めなかった。

 

「はっ!」

 

腹に、再び。

さっきと同じ場所に。折れた肋骨が、さらに深く食い込む。

 

「せい!」

 

背中に。

脊椎に衝撃が走る。背骨が軋む音がした。

 

「とう!」

 

脚に。

骨が折れた。確実に折れた。鈍い音と共に、激痛が走った。

怒涛の攻撃。

一撃一撃が、重い。重すぎる。

まるで、ハンマーで殴られているかのような。いや、鉄球で殴打されているかのような。

人間の拳とは思えない。妖怪の攻撃だ。これは。

 

「が……ぐ……!」

 

身体が、悲鳴を上げている。

細胞の一つ一つが、苦痛を訴えている。

骨が軋む。筋肉が裂ける。皮膚が裂ける。

血が、口から溢れてくる。止まらない。咳き込むたびに、血の泡が弾ける。

視界が、霞んでくる。意識が、遠のいていく。

 

「くそ……!」

 

御札を取り出そうとした。

腰に差した札を掴もうと、手を伸ばす。

だが――

 

「させません」

 

美鈴の拳が、俺の手首を打った。

ピンポイントで。正確に。

 

「……うぁ…!?」

 

手首が、折れた。

いや、ひびが入った。骨にひびが入る感覚。ミシミシという音。激痛が走る。指が動かない。

御札が、手から滑り落ちた。

ひらひらと、紅い霧の中へ消えていく。

 

「あ……」

 

もう、何もできない。

両手は使えない。身体は満身創痍。霊力も底をつきかけている。

終わりだ。

 

「これで、終わりです!」

 

美鈴は両拳を構えた。

最後の構え。止めの構え。

気が、凝縮されていく。さっきよりも、遥かに強く。濃く。重く。

光が、眩しいほどに輝いている。もはや直視できないほどの輝き。太陽のような。

空気が震えている。ビリビリと、肌に伝わってくる。

 

「さようなら。」

 

美鈴の声は、悲しげだった。

本当に、悲しんでいるようだった。だが、手は止めない。

拳が、放たれた。

最後の一撃。

止めの一撃。

これを食らったら――死ぬ。

走馬灯が、脳裏を駆け巡った。

おぼろげな、前世の断片。都会の風景。ビルの谷間。喧騒。

死の記憶は、やはり何もない。ただの暗闇。

 

そして――

目を覚ました時の混乱。見知らぬ天井。細く白い手。

鏡の中の少女。

霊夢の顔。

俺の顔じゃない。

俺の身体じゃない。

でも、今の俺の、顔だ。

四年間、誰にも会わなかった霊夢。

魔理沙が訪ねてきても、会わなかった霊夢。

何があったのかも知らない。なぜ引きこもったのかも知らない。

ただ、確かに生きていた霊夢が、ここにいた。

その霊夢の代わりに、俺がここで死ぬのか。

 

「……ッ」

 

喉の奥から、何かが込み上げてきた。

怒りとも、悲しみとも、違う何かが。

霊夢の人生を借りておいて。

霊夢の力を使わせてもらっておいて。

何も成し遂げられずに、ここで終わるのか。

それだけは、嫌だった。

 

「うおおおおお!」

 

叫んだ。

魂の底から、叫んだ。

そして――

身体が、勝手に動いた。

無意識に。本能的に。思考を介さずに。

右拳を、振り下ろした。

霊力を、最大限にまで溜めて。

身体中の霊力を、すべて、すべて、残らず右拳に集中させて。

細胞の一つ一つから霊力を絞り出して。

魂そのものを、拳に込めて。

 

「――!」

 

拳が、光った。

金色の光。まるで太陽のような、眩い光。いや、太陽を超える輝き。

空間が、歪んだ。

霊力の密度が、現実を歪めていた。

 

美鈴の拳と、俺の拳が――

衝突した。

瞬間、

世界が、止まった。

音が消えた。

時間が止まった。

 

爆発した。

光と音が、世界を包み込んだ。

衝撃波が、空気を震わせた。いや、空間そのものを震わせた。

湖面が波立った。紅い霧が吹き飛んだ。地面が揺れた。

 

「ッ!?」

 

美鈴の声が聞こえた。

驚きと、痛みが混じった声。信じられない、という感情が滲んだ声。

そして――

美鈴の身体が、吹き飛んだ。

門の方へ。

まるで、砲弾のように。いや、隕石のように。

抵抗する間もなく。反応する間もなく。

 

「きゃあああ!」

 

美鈴の悲鳴が響いた。

初めて聞いた。美鈴の、本当の悲鳴を。

ドガン、と重い音がした。

金属が軋む音。石が砕ける音。それらが混ざった、重く、鈍い音。

美鈴が、門に叩きつけられた。

鉄の門が、歪んだ。頑丈な鉄製の門が、人の身体の衝撃で歪んだ。ひしゃげた。

 

「……え?」

 

俺は呆然とした。

何が、起こった?

勝った、のか。

美鈴の身体が、ゆっくりと地面に崩れ落ちた。

右腕が、不自然な角度に曲がっている。

折れている。完全に、折れている。

 

「う……あ……」

 

美鈴の呻き声が聞こえた。

苦痛に満ちた、か細い声。

意識は、まだあるようだった。だが、動けない。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

呼吸が荒い。

肺が焼けるように痛い。心臓が破裂しそうなほど激しく跳ねている。

身体中が痛い。満身創痍だ。

立っているのがやっとだ。いや、立ってすらいない。浮いているだけだ。霊力で、かろうじて。

考える余裕もない。頭が、痛みでまともに動かない。

ただ、わかることが一つあった。

さっきの一撃は、俺が意識してやったものじゃない。

身体が、勝手に動いた。

霊夢の身体が。

 

「……美鈴」

 

俺は地面に倒れている美鈴に近づいた。

ふらふらと。よろよよと。満身創痍のまま。

一歩進むたびに、激痛が走る。

美鈴は、まだ意識があった。

苦痛に顔を歪めながら、それでも俺を見ていた。

その瞳には、驚きがあった。そして――尊敬のような光が。

 

「お前、気を使えるんだろう?」

 

俺は美鈴の前にしゃがみ込んだ。

膝が崩れそうになる。何とか堪える。

 

「それでさぁ……」

 

息が苦しい。話すのも辛い。喉から血が込み上げてくる。

 

「俺の力を、最大限にすることは――できるか?」

 

美鈴は、目を見開いた。

驚愕の表情。信じられない、という表情。

 

「……何を、言って……」

「教えてくれ」

 

俺は真剣な顔で言った。

血まみれの顔で。ぼろぼろの身体で。

 

「俺には、力がある。でも、使い方がわからない」

 

美鈴は、黙っていた。

ただ、じっと俺を見ていた。

 

「お前なら、わかるだろ。今の一撃で」

「……」

「俺の中には、とんでもない力が眠ってる」

 

俺は拳を握った。

右手は動かない。左手で握った。震える手で。

 

「でも、それを引き出す方法が、わからない」

「……だから、私に?」

「ああ。無理かな。」

 

俺は頷いた。

 

「教えてくれ。気の使い方を」

「……なぜ、私が?」

 

美鈴は苦笑した。血が口の端から流れている。

 

「私は、あなたの敵です」

 

その言葉は、冷たかった。

だが、同時に悲しげでもあった。

 

「あなたは紅魔館に侵入しようとしている。私は門番として、それを阻止しなければならない」

「……」

「今は、こうして倒されてしまいましたが」

 

美鈴は自嘲するように笑った。

 

「それでも、私の立場は変わりません。私は、お嬢様に仕える門番です」

「……そうか」

 

俺は、その言葉を噛みしめた。

確かに、その通りだ。

俺たちは、敵同士だ。

美鈴は紅魔館を守る立場。俺は、紅魔館に侵入する立場。

 

「教える理由は、ありません」

 

美鈴ははっきりと言った。

 

「あなたに力の使い方を教えれば、あなたはさらに強くなる。そして、紅魔館の中へ入っていく」

「……」

「お嬢様と、戦うことになる」

 

美鈴の声が、震えた。

 

「それを、助けるわけにはいきません」

「だが――」

 

俺は言葉を探した。

何を言えばいい。

どう説得すればいい。

 

「でも、俺は思うんだ」

 

俺は美鈴を見た。

 

「お前は、この異変を本当に望んでるのか?」

 

美鈴の表情が、微かに変わった。

 

「この紅い霧。人間が苦しむこの状況を」

「……お嬢様が、望んだ世界ができるのなら、それでも。」

「お嬢様が、ね。……じゃあお前自身は?門番として、主人に従ってるだけだろ。」

 

俺は言った。

 

「……それに今の言い方…本心じゃないだろ、ある程度は分かるぞ。」

「……」

 

美鈴は、目を逸らした。

図星、だったようだ。

だが――

 

「それでも」

 

美鈴は、もう一度俺を見た。

 

「私には、立場があります」

 

その瞳は、揺れていた。

迷いがあった。葛藤があった。

だが、決意もあった。

 

「教えることは、できません」

「……そうか」

 

俺は、諦めるしかないのか。

このまま、満身創痍の身体で、館に入るのか。

魔理沙を追いかけるのか。

力の使い方もわからないまま。

 

「でも」

 

美鈴が、小さく呟いた。

 

「……ん?」

「私は、何も見ていません」

 

美鈴は目を閉じた。

 

「あなたが、どうやって力を引き出そうとしているか」

「……どういう、意味だ?」

「気というものは」

 

美鈴は静かに言った。

 

「身体の中を流れるエネルギーです。それを意識し、集中させ、爆発させる」

「……」

「方法は、人それぞれです」

 

美鈴は続けた。

 

「ある者は瞑想で。ある者は武術で。ある者は、死の淵で」

 

死の淵。

その言葉が、胸に響いた。

 

「あなたは、さっき死にかけた」

「……ああ」

「その時、無意識に気を爆発させた」

 

美鈴は目を開けた。

 

「ならば、もう一度やればいい」

「……もう一度?」

「死の淵に立てば」

 

美鈴は真剣な顔で言った。

 

「あなたの気は、また爆発するでしょう」

「……」

「ただし」

 

美鈴は警告するように言った。

 

「次は、死ぬかもしれません」

「……」

「それでも、やりますか?」

 

美鈴の問いかけに、俺は――

 

「やる」

 

即答していた。

 

「やるしかねぇ」

 

美鈴は、微笑んだ。

 

「……わかりました」

 

そして、小さく呟いた。

 

「私は、何も教えていません。」

「……ああ」

「ただ、あなたが勝手に」

 

美鈴は目を閉じた。

 

「力を引き出そうとしているだけです」

 

その声は、弱々しかった。

だが、確かな意志があった。

 

 

………行くか、紅魔館、その内部へ。

 

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