霊力が、全身を満たしていた。
細胞の一つ一つまで、血管の隅々まで、骨の髄まで。すべてが金色の光で満たされている。
金色の光が、俺の身体を包み込んでいる。まるで、太陽そのものになったかのように。眩く、温かく、そして圧倒的に力強い光。
これが、博麗霊夢の本来の力。
使い方を知らなかっただけの、圧倒的な霊力。
「さぁ……来い!」
俺は咲夜に向かって叫んだ。声に、自信が宿っていた。
咲夜は、一瞬躊躇した。
わずか一秒にも満たない、しかし確かな躊躇。
その表情に、明確な迷いが浮かんでいた。赤い瞳に、初めて見る何かが滲んでいた。
だが――
「……さっきのはまぐれよ。そのはず。…………消えなさい」
咲夜は呟いた。その声は、まだ冷たかった。だが、わずかに震えていた。
咲夜の姿が、消えた。
いや、消えたわけではない。時間が止まったのだ。
時間停止。
だが――
「見える」
俺には、見えた。はっきりと、鮮明に。
世界が静止する。音が消える。鳥の鳴き声も、風の音も、自分の心臓の鼓動すら。
空気が止まる。流れが途絶え、すべてが凍りついたかのように。
だが、俺の身体は動く。
自由に。制約なく。まるで、時間停止など存在しないかのように。
霊力が、時間停止の影響を完全に遮断している。時間停止の中で、俺は完全に自由に動ける。まるで、俺だけが別の時間軸にいるかのように。
咲夜が、動いている。
時間停止の世界で、彼女だけが自由に動いていた。
ナイフを配置している。
俺の周囲に。頭を狙う位置に。心臓を狙う位置に。正確に、計算して。逃げ場がないように。
「そこだ!」
俺は、咲夜に向かって跳んだ。
時間停止の世界の中で。何の制約もなく。
霊力を足に集中させ、地面を蹴る。空気を蹴る。
咲夜の目が、驚愕に見開かれた。
信じられない、という表情。ありえない、という表情。
「ッ!?」
咲夜は慌ててナイフを構えた。
防御の構え。だが、その動作には明らかな動揺が見える。手が震えている。
遅い。
あまりにも、遅い。
「遅い!」
俺の拳が、咲夜の腹に叩き込まれた。
霊力を込めた、渾身の一撃。全身の力を、この一点に集約した一撃。
気を集中させ、爆発させる。
「かっ!?」
咲夜の身体が、吹き飛んだ。
人形のように。糸が切れた操り人形のように。
壁に激突する。豪華な大理石の壁が、蜘蛛の巣状にひび割れる。破片が飛び散る。
時間が、動き出した。
世界に音が戻る。色が戻る。生命が戻る。
「はぁ……はぁ……」
咲夜は壁に背を預けたまま、俺を睨んだ。
その瞳に、初めて見る感情があった。完璧なメイドの仮面に、確かにヒビが入っている。
「なぜ……なぜ、私の時間停止が……なぜ、完全に無効化されているの……誰も、私の時間を超えられないはずなのに……」
「教えてやる必要はないな」
俺は御札を構えた。金色の光を纏った札を。
「まだ終わりじゃないぞ!」
咲夜は舌打ちした。
血が、口の端から流れている。内臓が傷ついているのかもしれない。
そして――再び時間を止めた。
だが、もう俺には通用しない。
霊力が、時間停止を完全に無効化している。時間が止まった世界で、俺だけが動ける。
「もう、その手は効かねぇぞ!」
俺は咲夜に向かって御札を投げた。
複数の札を、同時に。五枚、十枚。
札が光りながら飛んでいく。金色の軌跡を描いて、まるで流星のように。
咲夜は避けようとした。
横に跳ぶ。時間停止の世界で、懸命に身体を動かす。
「そらぁっ!」
札が、咲夜の肩に命中した。
一枚、また一枚。正確に、容赦なく。
「ッ……ぁあっ!!」
咲夜は苦痛に顔を歪めた。
霊力を込めた札は、肉体だけでなく霊的にもダメージを与える。魂そのものを傷つける。
時間が動き出す。
咲夜は膝をついた。白いメイド服が、血で汚れている。
「……」
咲夜は、俯いた。
銀色の長い髪が、顔を隠す。
しばらく沈黙が続いた。
そして――
「このままでは……」
咲夜は呟いた。か細い声で。
「お嬢様に、顔向けできない……」
それだけだった。
言葉は短かった。
だが、その短さの中に、すべてが込められているような気がした。
咲夜という存在の、核心のような何かが。
「……」
俺は、黙って聞いていた。
反論しなかった。
何かを言う言葉が、見つからなかった。
「純粋な力だけで、倒してやる!」
咲夜は顔を上げた。
その瞳は、さっきまでと違っていた。
冷たい計算が消え、代わりに剥き出しの何かがあった。
完璧な仮面が、崩れていた。
瞬間――
無数の弾丸が出現した。
丸い、光の弾丸。純粋なエネルギーの塊。
その数は、これまでとは比較にならない。
何千発。いや、何万発。
空間が、弾丸で埋め尽くされた。隙間がないほどに。
そして、それらが一斉に放たれた。
全方位から。上下左右、前後、すべての方向から。
逃げ場がない。完全に、逃げ場がない。
弾速は、これまでのナイフとは比較にならないほど速い。
「くそっ…」
俺は避け始めた。
身体を捻り、最小限の動きで弾丸を躱す。一ミリ、また一ミリ。
霊力を足に集中させ、限界まで加速する。
弾丸が、俺の身体を掠めていく。
頬を。髪を。服を。肌を。
わずか一ミリでもずれれば、直撃していた。
「はぁ……はぁ……」
息が荒い。酸素が足りない。
集中力が、限界だ。意識が途切れそうになる。視界が霞む。
だが――
「隙間が、ある!」
弾幕には、必ず隙間がある。
それがどんなに密度の高い弾幕でも、完全に埋め尽くすことは物理的に不可能だ。
その隙間を見つける。俺の目で。俺の本能で。
そして、縫うように進む。蛇のように。風のように。
咲夜に、近づく。
一歩、また一歩。確実に。着実に。
「なっ…!?」
俺は床に落ちていた咲夜のナイフを掴んだ。
銀色の、鋭利なナイフ。血に濡れた、冷たいナイフ。
そして、霊力を込めた。
全身の霊力を、このナイフに。すべてを、このナイフに。
金色の光が、ナイフを包む。輝きが増していく。どんどん、明るくなっていく。
「これで――」
俺は、ナイフを投げた。
咲夜に向かって。全力で。全霊を込めて。
ナイフが、光の軌跡を描いて飛んでいく。
「ぎ!?」
咲夜は避けようとした。
横に跳ぶ。時間を止めようとする。
だが、間に合わなかった。
速すぎた。距離が近すぎた。
ナイフが、咲夜の左腕に突き刺さった。
深く。肉を貫き、骨まで届くほど深く。
「ああああ!」
咲夜の悲鳴が響いた。
霊力を込めたナイフは、ただのナイフとは違う。
肉体だけでなく、霊的なダメージを与える。
咲夜は、脂汗を浮かべながらナイフを引き抜いた。
震える手で。歯を食いしばりながら。
血が流れる。真っ赤な血が。白いメイド服を汚していく。
咲夜は、そのナイフを投げ捨てた。
そして――
俺を見た。
その瞳に、疲弊があった。
「……殺してやる。」
その声は、静かだった。
叫ばなかった。
ただ、静かに言った。
それが、かえって重かった。
「お嬢様のために……絶対に……」
咲夜は捨て身の構えを取った。
死を恐れない構え。
残ったナイフを、すべて手に持つ。両手に、何十本も。
「来るか……」
俺も構えた。
御札を握りしめる。霊力を、最大限まで高める。
これが、最後の攻防だ。
咲夜が、駆け出した。
全速力で。限界を超えた速度で。
ナイフを構えて。
俺も、駆け出した。
御札を構えて。霊力を全開にして。
距離が、縮まる。
あと、五メートル。
四メートル。
三メートル。
互いの呼吸が聞こえるほど、近い。
その瞬間――
「えっ!?」
床が、爆発した。
いや、下から何かが突き破ってきた。
轟音と共に。地震のような振動と共に。館全体が揺れるほどの衝撃と共に。
大理石の床が砕け散り、破片が四方八方に飛び散る。粉塵が舞い上がり、視界を覆う。
そして、何かが、吹き飛んできた。
人間大の、何かが。いや、人間そのものが。
人、だった。
箒に乗った、人。ボロボロの姿の。
「ちょっ……待っ……!」
咲夜は、それに巻き込まれた。
正面から激突する。避ける暇もなく。
二人とも、壁に叩きつけられた。壁が砕け、ひび割れ、崩れていく。瓦礫が降り注ぐ。
「あ、ありゃ~……咲夜が……!ってか、誰だ?」
俺は、その人物を見た。
粉塵の中から、姿が見える。
金髪。乱れた金髪。血と埃で固まった金髪。
黒と白の服。ボロボロの服。あちこちが破れ、焦げている服。
とんがり帽子。潰れた帽子。先端が折れている帽子。
そして、箒。折れかけた箒。柄が真ん中で曲がっている箒。
「……魔理沙!」
魔理沙だった。
満身創痍の、魔理沙。
服はボロボロで、血に染まっている。
顔は血だらけで、左目が腫れている。青紫色に腫れ上がり、ほとんど開いていない。
鼻は折れているかもしれない。曲がっている。
腕は不自然な角度に曲がっている。骨が折れている。確実に、折れている。
脚も、引きずっている。片方が、ほとんど動いていない。
だが――生きている。
確かに、生きている。呼吸している。心臓が動いている。
「はぁ……はぁ……」
魔理沙は荒い息をしながら、俺を見た。
血走った目で。疲労困憊の目で。
そして、笑った。
血まみれの顔で。満身創痍の身体で。折れた歯を見せて。
「よう……霊夢……」
その声は、弱々しかった。かすれていた。だが、確かに魔理沙の声だった。生きている魔理沙の声だった。
「生きてたか、よかったぜ………」
よかったぜ、か。
俺も同じ気持ちだった。
だが、同時に、胸の奥に鈍い痛みがあった。
霊夢、と呼ばれた。
魔理沙は俺を霊夢だと思っている。
当然だ。この顔で、この身体で、この名前を名乗っている。
でも、この顔は俺の顔じゃない。
魔理沙が「よかった」と思っている相手は、本物の霊夢じゃない。
「……ああ」
それだけ返した。
それしか、言えなかった。
「悪い……遅くなった……。………魔理沙。」
「……ん?」
俺は訊いた。
魔理沙を見下ろしながら。満身創痍の魔理沙を。血まみれで、ボロボロで、それでも生きている魔理沙を。
「今の俺なら、お前をそこまで追い詰めたやつに勝てそうだ……あとは俺に任せてくれ。」
魔理沙は、驚いたように目を見開いた。
片方しか開いていない目で、俺を見つめた。
「お前……何か、変わったな……」
そして、笑った。血の混じった唾液を吐き出しながら。
「強くなってる……霊夢……さっきまでとは、別人みたいだ……」
別人みたい、か。
戦い方が力が、変わったことを言っているんだろう。
それはわかる。
でも、その言葉が妙に胸に残った。
別人みたい、と言われる理由が、魔理沙が思っている以上に本当のことだから。
「……まあな」
俺は短く答えた。
嘘はついていない。
本当のことも、言っていない。
それが精一杯だった。
「……どこだ」
「地下……図書館……」
魔理沙は呟いた。息も絶え絶えに。
「パチュリー・ノーレッジ……紫髪の魔法使い……あいつ、化け物だ……魔法の次元が違うやつ……」
「わかった。」
俺は、魔理沙の身体に手を置いた。
傷だらけの、血に濡れた身体に。
そして、霊力を送り込む。
傷口に霊力を集中させて、塞ぐ。さっき自分の身体でやったことと、同じ要領で。
完全に治すことはできないが、応急処置にはなる。
「……」
魔理沙は、わずかに顔を歪めた。
霊力が身体に流れ込む感覚は、心地よいものではないのだろう。
だが、すぐに血が止まった。完全ではないが、致命的な出血は防げる。
「ここで待ってろよ。すぐに片づける!」
俺は言った。
「すぐに戻る。絶対に、戻る」
「おい、霊夢……」
魔理沙は、俺の腕を掴んだ。
弱々しく。震える手で。だが、必死に。
「無理すんな……あいつ、本当に強いぜ……私の魔法が、全部見切られた……マスタースパークすら、効かなかった……」
マスタースパーク。
あの極太のレーザー。
それすら効かなかった相手か。
「大丈夫だ」
俺は言った。
「今の俺は、強い」
自信があった。根拠のない自信ではない。確かな手応えがあった。
だが、付け加えるべき言葉があった。
「……霊夢の身体が、強い」
魔理沙は、一瞬不思議そうな顔をした。
だが、俺はそれ以上説明しなかった。
説明できなかった。
「行ってくる」
俺は穴に飛び込んだ。
重力に身を任せ、落下する。
風が、顔を撫でる。
そして、地下の図書館に、着地した。
*****
地下の図書館は、静寂に満ちていた。
いや、静寂というより――死の気配が満ちていた。
魔理沙との戦闘の痕跡が、あちこちに残っている。生々しく、克明に。
焦げた本。ページが炭になり、灰になっている。何百年、何千年の知識が、灰になっている。
破壊された書架。木材が砕け、本が散乱している。
散乱した紙片。破れたページが、宙を舞っている。まるで、死んだ蝶のように。
一人の少女が、空中に浮いていた。
紫色の長い髪。艶やかで、絹のような髪。紫色のローブとスカート。魔法使いの装束。そして、手には分厚い本。古びた、魔導書。
パチュリー・ノーレッジ。
紅魔館の魔法使い。百年を生きる、真の魔法使い。
「……」
パチュリーは、じっと上を見続けていた。
天井を。いや、天井の向こうを。穴の向こうを。
魔理沙が吹き飛んでいった方向を。
その表情は、冷静だった。感情がなかった。まるで、すべてを計算しているかのような、冷徹な表情。
そして――
俺が降りてくるのを見ると、その瞳がわずかに動いた。紫色の瞳が、俺を捉えた。
「知らない顔ね。」
パチュリーは静かに言った。
感情のない声で。まるで、機械が喋っているかのような、冷たい声。
「どうせ、さっきの未熟な魔法使いの仲間でしょう」
本のページが、光り始めた。淡く、だが確実に。
「だったら――」
瞬間、
巨大な魔法陣が出現した。
パチュリーの前に。空中に。光を放ちながら。
複雑な幾何学模様。六芒星、五芒星、円、三角形、それらが重なり合っている。
無数の文字。古代語で書かれた、呪文。
輝く紋章。魔力が可視化されている。
そこから炎が放たれた。
巨大な、炎の弾丸。
いや、弾丸などという生易しいものではない。規模が違う。
炎の津波。炎の奔流。すべてを焼き尽くす、業火。
魔理沙が上に吹き飛んだ時から、ずっと溜め続けていたのだろう。時間をかけて、魔力を圧縮し続けていたのだろう。
圧倒的な魔力が、込められている。空気が歪んでいる。温度が急上昇している。
「………」
俺は、霊力を足に集中させた。
一点に。すべてを、一点に。
気を使う。意識し、集中させ、爆発させる準備をする。
そして――
跳んだ。
地面を蹴り、炎に向かって突進する。
「はっ!!」
アックスキックを放った。
足に込めた霊力を、一気に爆発させる。
踵が、炎の弾幕に激突した。
金色の光と、赤い炎が、ぶつかり合う。
瞬間――
炎が、跳ね返された。
弾幕が、逆流する。まるで、川の流れが逆になったかのように。
パチュリーに向かって、猛スピードで飛んでいく。
「……!!」
パチュリーは、驚いたように目を見開いた。
初めて見る、パチュリーの感情。冷静な仮面に、ヒビが入った。
だが、すぐに対応した。さすがは百年を生きる魔法使い。動揺を見せたのは一瞬だけだった。
本のページを捲る。素早く、正確に。
「プリンセスウンディネ」
詠唱と同時に、水のレーザーが出現した。
透明な、だが分厚い水のレーザー。
炎が、水に飲み込まれる。
ジュウウウ、という音。
蒸気が立ち上る。白い煙が、図書館を満たす。
相殺された。完璧に、計算されたように。
視界が、白く染まる。何も見えなくなる。
「……」
パチュリーは、警戒の眼差しで煙を見つめた。
本を構え、次の魔法の準備をしながら。
油断していた。
ほんの一瞬。煙が晴れるのを待とうとした、その一瞬。
その一瞬を、俺は見逃さなかった。
「そこだ!」
俺は煙の中から飛び出した。
全速力で。限界まで加速して。霊力を足に集中させ、人間を超えた速度で。
煙を突き破り、パチュリーに肉薄する。
パチュリーの目が、驚愕に見開かれる。紫色の瞳が、恐怖に染まる。
「…!?」
俺の蹴りが、パチュリーの腹部に叩き込まれた。
霊力を込めた、渾身の一撃。
「がぁっ!」
パチュリーの身体が、吹き飛んだ。
人形のように。軽々と。
書架に激突する。木材が砕ける。本が落ちる。何百冊という本が、雪崩のように落ちてくる。
「げほっ……げほっ……」
パチュリーは咳き込んだ。苦しそうに。
血が、口から流れる。鮮やかな赤い血が、紫のローブを汚す。
「あなた……」
「悪いな、油断してたから、思いっきりやらせてもらったぞ。それにお前、その様子じゃあ、相当身体は弱いみたいだな。」
パチュリーは、俺を睨んだ。
その瞳に、殺気が宿っていた。さっきまでの冷静さは、完全に消えていた。
怒り。憎悪。そして――恐怖。
人間らしい感情が、初めて露わになった。
「許さない……」
パチュリーは立ち上がった。
よろめきながら。腹を押さえながら。身体が震えている。
「私の図書館を、汚した罪……私の本を、傷つけた罪……」
本が、激しく光り始めた。
さっきとは比較にならないほど、強く。眩く。
「命で償いなさい!」
瞬間――
図書館中の本が、光り始めた。
無数の本が。何千冊、何万冊という本が。書架に並ぶすべての本が。
すべてが、魔力の源となる。パチュリーに力を与える。
「賢者の石」
パチュリーは詠唱した。
五色の光が、パチュリーを包む。まるで、オーロラのように。
赤。青。緑。黄。茶。
五つの元素。火、水、木、金、土。
それらが融合し、一つになる。渦を巻き、混ざり合い、新しい力を生み出す。
「これが、私の全力………」
パチュリーは宣言した。
「百年の知識。百年の研鑽。百年の魔法。そのすべてを」
光が、爆発した。
図書館全体が揺れた。空気が震えた。
「こいつは……かなりのものだな。」
「あなたを倒すために!」
無数の魔法弾が、俺に向かって飛んでくる。
すべての属性が、混ざり合っている。融合している。
数は、数万発を超えている。いや、数十万発かもしれない。
俺は避け始めた。
身体を捻り、霊力を駆使し、限界まで動く。
右に。左に。上に。下に。
弾幕を縫うように、隙間を見つけながら。
だが――
「……ん?」
俺は、違和感を覚えた。
パチュリーの攻撃に、ムラがある。
凄まじい攻撃が来る。はずなのに、時々途切れる。威力が落ちる瞬間がある。
パチュリーの表情を見た。
苦しそうだった。
呼吸が、乱れている。
肩で息をしている。胸が激しく上下している。
顔色が、悪い。青白い肌が、さらに青ざめている。
「……もしかして、喘息か?」
呟いた。
確かに、さっき腹部に一撃を入れた時も、相当弱っていた。
そして、この図書館は――埃っぽい。
古い本が並ぶ、密閉された空間。空気が淀んでいる。
喘息持ちには、最悪の環境だ。
「なら――」
俺は、標的を変えた。
パチュリーを狙おうとしていたが、それをやめた。
代わりに、周囲の壁を狙った。
「はっ!」
御札を投げる。
壁に向かって。老朽化した、石造りの壁に。
札が激突し、爆発する。
壁が崩れる。石の破片が飛び散る。
そして――埃が舞い上がる。
大量の埃が。何百年、何千年分の埃が。
「!?」
パチュリーの表情が、歪んだ。
「げほっ……げほっ……!」
咳き込み始めた。
激しく。苦しそうに。
「何を……!」
パチュリーは叫ぼうとしたが、また咳き込んだ。
俺は次の御札を投げた。
今度は、書架に向かって。
古い、埃まみれの書架に。
爆発。
本が落ちる。そして、さらに埃が舞い上がる。
「げほっ!げほっ!げほっ!」
パチュリーの咳が、止まらなくなった。
魔法弾が、明らかに減った。威力も落ちている。
パチュリーは呼吸困難に陥っている。
「悪いな」
俺は言った。本心から。
「気の毒だとは思う。だが――」
さらに攻撃する。
床を。天井を。埃のたまった場所を、片っ端から。
爆発が連鎖する。
埃の雲が、図書館を満たす。
「やめ……えほっ!やめなさい……げほっ!」
パチュリーは懇願するように言った。
だが、俺は止まらなかった。
これが、戦いだ。
弱点を突く。それが、戦術だ。
これで仕留める。
霊力を両手に集中させた。
全身の霊力を、両手に。
魔理沙がやっていた。
あの構え。八卦炉を両手で構えて、極太のレーザーを放った。
あれは、八卦炉という道具から放たれた技だ。
俺には八卦炉がない。
だが、霊力を同じように圧縮して放出することは、できるかもしれない。
いや、やるしかない。
「……試すぞ」
霊力が、両手の間に集まる。
金色の光が、球体を形成する。
どんどん、大きくなっていく。
これは俺の技だ。魔理沙の真似じゃない。
霊力を、一点に圧縮して、爆発させる。
ただそれだけの、原始的な力だ。
「喰らえ!」
極太のレーザーが、放たれた。
金色の、圧倒的な光の奔流。
魔理沙のものとは少し違う。虹色ではなく、金色だ。
威力は、わからない。
だが、行くしかない。
レーザーが、パチュリーを飲み込んだ。
「きゃああああああ!」
パチュリーの悲鳴が響いた。
そして――
レーザーが消えると、パチュリーは地面に倒れていた。
ローブは焦げ、髪は逆立ち、身体は煙を上げている。
「はぁ……はぁ……」
パチュリーは荒い息をしていた。
咳き込みながら。苦しそうに。
「……まだ」
パチュリーは呟いた。
「まだ、咲夜がいるわ……」
俺を睨む。憎悪と、諦めが混じった目で。
「力を持っていたところで……げほっ……あの娘は倒せない……あの娘は……げほっ……私よりも強いもの……」
「ああ、咲夜のことか」
俺は言った。
そして――天井を見上げた。
「ちょっと待ってろ」
俺は飛び上がった。
穴を通って、上の階へ。
気絶している咲夜を見つけた。
壁に寄りかかって、意識を失っている咲夜。魔理沙が突き破ってきた時に、巻き込まれて気絶したのだろう。
「悪いな。お前のもとに来る前に、倒してたんだ……多分、お前と魔理沙が戦っていた時に。」
俺は咲夜を抱え上げた。
そして、再び地下へ降りた。
パチュリーの前に、咲夜を置く。
「……え。」
パチュリーは、絶句した。
目を見開き、口を開けたまま、硬直している。
「咲夜が……倒されて……」
信じられない、という表情。
「そんな…」
「そんなって言われたって、倒しちゃったから……。」
俺は言った。
「お前たちは、負けた」
パチュリーは、しばらく黙っていた。
そして――
「……くそぉ」
小さく呟いた。
「これじゃあレミィに……申し訳が……立たない……」
涙が、目に浮かんでいた。
「百年生きて……こんな屈辱……初めて……」
そして――
「むきゅー……」
謎の言葉を発した。
何だ、今の。
口癖か?
それとも、魔法の呪文か?
わからないが、パチュリーは、そのまま気絶した。
力尽きたように。
「さて、魔理沙のもとに戻るか。」
これであとは、おそらく――
紅魔館の、主のみ。