転生博麗   作:ライダー☆

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第六話 圧倒

 四階への階段を上りながら、俺は霊力の状態を確認した。

 腹の傷は押さえられている。肩と腕のかすり傷は動作に支障がない。全身の霊力は、まだある。消耗しているが、底は見えていない。

 動ける。

 廊下の先に、扉があった。重厚な木の扉。鍵はかかっていなかった。押すと、軋みながら開いた。

 広い部屋だった。

 窓から紅い光が差し込んでいる。調度品は少なく、中央に古い長椅子が一脚。壁には武器の飾りと、何枚かの肖像画。吸血鬼らしき女性の絵が、こちらを見下ろしていた。

 部屋の奥に、扉がもう一つある。

 そこへ向かおうとした時、声がした。

 

「待ちなさい」

 

 咲夜だった。

 部屋の隅に、いつの間にかいた。姿勢が乱れていた。白いエプロンに、血の滲みがある。俺との戦いのものだ。それでも立っていた。背筋を伸ばして、俺を見ていた。

 

「おい、まだやるのか」

 

 俺は言った。

 

「あなたを通すと、言いました」

「ああ」

「ただ」

 

 咲夜は一歩、前に出た。

 

「私が言ったのは、お嬢様に判断を委ねるということです。あなたを無傷で通すとは言っていない」

「え」

 

 ナイフが一本、手の中に現れた。

 

「最後に、一合だけ」

 

 俺は構えた。御札を一枚、手に持った。

 

「お嬢様を守るために、私にできる最後のことです」

 

 咲夜の姿が消えた。

 霊力が反応した。世界が重くなる。音が遠くなる。

 俺は動いた。前に、踏み込んだ。

 時間が動き出した瞬間、咲夜のナイフが横薙ぎに走った。俺の動いた先を、正確に読んでいた。

 かわしきれなかった。

 頬を、刃が掠めた。鋭い痛みと、熱さが走った。血が滴る。

 だが俺の御札は、咲夜の胸元に届いていた。

 押しつけるような距離で。

 

「っ。」

 

 咲夜の身体が、後方に吹き飛んだ。壁まで届かず、床に膝をついた。

 しばらく、二人とも動かなかった。

 咲夜は膝をついたまま、頭を垂れた。銀色の髪が床に触れそうなほど、深く。

 

「……負けました」

 

 静かな声だった。

 

「お嬢様の元へ、どうぞ」

 

 俺は答えなかった。

 ただ、奥の扉へ向かって歩いた。通り過ぎる時、咲夜が小さく言った。

 

「強くなりましたね。先ほどまでとは、まるで別人のよう」

 

 俺は足を止めなかった。

 

「ありがとう」

 

 それだけ言って、扉を開けた。

 

 扉の先は、吹き抜けの踊り場になっていた。

 下を見ると、一階のホールが遥か下に見える。上を見ると、天窓がある。紅い霧に遮られた薄い光が差し込んでいた。

 踊り場の中央に、穴があった。

 床が、下から突き破られた穴だ。大理石の破片が周囲に散らばっている。縁が生々しく砕けていた。

 何かが、下から突き上がってきた痕跡だった。

 

「魔理沙」

 

 直感した。

 穴を覗き込んだ。下の階が見えた。その下の階も見えた。相当深くまで貫通している。

 

「魔理沙!」

 

 呼びかけながら穴に飛び込んだ。下へ向かって、霊力で速度を制御しながら降りていく。

 三階分ほど降りたところで、声が聞こえた。

 

「……霊夢?」

 

 踊り場の隅に、魔理沙がいた。

 壁に背を預け、片膝を立てて座っていた。箒は脇に置かれ、柄が曲がっていた。服のあちこちが焦げていた。左頬に打撲の痕があり、腫れていた。手の甲に裂傷があった。

 だが、意識はある。目が俺を捉えていた。

 

「…生きてたか」

 

 俺は魔理沙の隣に降り立った。

 

「お前こそ」

「こっちは、なんとか」

 

 魔理沙は苦笑した。

 

「パチュリーって奴がいたよ。強かった。近くまで行って勝ったと思ったんだけど、そこから油断してさ。魔法の応用で弾かれて、そこから大技を三発打ったけど、全部捌かれた。四発目で何とか一撃入れたが、それで限界だった」

「下まで吹き飛んだのか」

「反撃で吹き飛ばされた。穴ぶち抜きながら落ちてきた」

 

 魔理沙は肩をすくめた。しかめっ面だったが、諦めの色はなかった。

 

「お前は、どこまで行った」

「咲夜っていうメイドを抜けた。…今から、下の図書館に向かう」

「パチュリーが待ってる。あいつ、百年物の魔法使いだ。気をつけろ」

「わかった」

 

 俺は魔理沙の手に触れた。裂傷の箇所に、霊力を集中させる。傷口が塞がっていく感触があった。完全ではないが、急場しのぎにはなる。

 

「何をした」

「止血だ。もう少し持つはずだ。ここで待ってろ」

「待てっていう方が無理だろ」

「無理でも待て」

 

 魔理沙は何か言おうとして、俺の顔を見て、口を閉じた。

 

「……わかった」

 

 それだけ言った。珍しく素直だった。

 

「すぐ戻る」

「ああ。でも霊夢」

 

 魔理沙が、俺の腕を掴んだ。

 

「お前、変わったな。さっきまでより、だいぶ」

「そうか」

「強くなってるのはわかる。でも、それだけじゃなくて」

 

 魔理沙は言葉を探しているようだった。

 

「何か、腹が据わった感じ。昔のお前と……でも、ちょっと違う。うまく言えないけど」

 

 俺は答えなかった。

 

「行ってくる」

 

 穴に飛び込んだ。

 

 

****

 

 

 地下図書館は、戦闘の跡だった。

 焦げた本。崩れた書架。散乱した紙片。魔理沙とパチュリーが激しく戦った痕跡が、そこかしこに残っていた。

 パチュリーは空中に浮いていた。

 荒い息をしていた。肩が激しく上下していた。ローブに、焦げた痕があった。それでも、本を手に、俺を見ていた。

 

「知らない顔ね」

 

 静かな声だった。

 

「さっきの魔法使いの仲間、でしょう」

「博麗霊夢だ」

「巫女が、ここまで来た」

 

 パチュリーはページを一枚、捲った。

 

「目的は同じね。レミィに会いに来た」

「レミリアのことか。そうだ。異変を終わらせに来た」

「そう」

 

 パチュリーは本を閉じた。

 

「通すわけにはいかないわ」

 

 魔法陣が展開し始めた。複雑な幾何学模様が空中に浮かぶ。六芒星と円と三角形が重なり合い、古代語の呪文が光りながら刻まれていく。

 炎が生まれた。

 巨大な炎の塊ではなかった。密度の高い、小さな弾丸が、無数に生まれた。均等な速度で、均等な間隔で、規則正しく広がっていく。

 魔理沙の弾幕とは質が違った。魔理沙のそれは威力で押し切るものだった。パチュリーのそれは、精度で縫い止めるものだった。隙間が、計算されていた。

 俺は動き始めた。

 身体を捻り、弾幕の隙間を縫う。右に、左に。一発かすった。袖を焦がした。

 御札を投げた。パチュリーへ向かって、三枚。

 パチュリーは最小限の動作でかわした。本を盾にするように動かしながら。

 

「あなた、さっきの魔法使いより動きが読めない」

「そうか」

「でも」

 

 パチュリーはまたページを捲った。

 

「水のレーザーよ」

 

 透明な光線が走った。太く、速く、俺の正面を薙いだ。

 俺は上に跳んだ。レーザーが足元を掠める。

 霊力を御札に込めながら、上から角度をつけて投げた。パチュリーの頭上から落ちるように。

 

「——ぐっ」

 

 パチュリーの詠唱が一瞬、乱れた。回避に意識が向いた。

 俺はその間に距離を詰めた。

 

「ストームサイン」

 

 詠唱が再開された。風が発生した。渦を巻く強風が俺の動きを妨げる。御札が吹き飛んだ。前に進めない。

 押し返されながら、俺は霊力を足に集中させた。風圧に逆らって、一歩ずつ前に進む。

 パチュリーの表情が、わずかに変わった。

 

「力で押し切るつもり?」

「そうじゃない」

 

 俺は言いながら、御札を横に投げた。パチュリーではなく、横の書架に向かって。

 

「!」

 

 パチュリーの本が動いた。本を守る反射が、俺を狙うより先に働いた。詠唱が途切れた。風が止んだ。

 その瞬間に、踏み込んだ。

 霊力を両手に集中させた。これまで傷口の止血に使い、筋肉の補強に使い、時間停止の感知に使ってきた霊力を、今度は全部、掌に向けた。圧縮する。密度を高める。

 パチュリーの腹に、両掌を押し当てた。

 

「——」

 

 霊力が、放出された。爆発ではなく、押し出すような放出だった。

 パチュリーの身体が、後方に大きく吹き飛んだ。書架に背中から激突した。本が雪崩のように落ちてくる。

 

「げほっ……げほっ……」

 

 咳き込んでいた。激しく、苦しそうに。

 俺は御札をもう一枚、手に持った。

 パチュリーは咳き込みながらも、本を構え直そうとしていた。手が震えていた。呼吸が、まともにできていなかった。

 

「やめろ」

 

 俺は言った。

 

「もう終わりだ」

「……終わりじゃない」

 

 パチュリーは俺を睨んだ。紫色の瞳に、意地があった。

 

「まだ魔力は……げほっ……」

「俺が言ってるのは魔力の話じゃない」

 

 俺は御札を構えたまま、パチュリーを見た。

 

「お前の身体が、もう限界だ」

 

 パチュリーは黙った。

 

「この図書館の空気は、お前に悪い。魔理沙との戦闘でさらに悪化した。そこに俺との戦いが続いている。それにお前は、おそらく喘息を持ってるだろう。」

「……」

「戦い続けることはできる。だが、それはお前の身体を壊す」

「関係ない」

「そうか」

 

 俺は少し間を置いた。

 

「お前がそう言うなら、続けてもいい。ただ、続けても結果は変わらない。俺はレミリアに会いに行く」

「行かせない……」

「お前一人では、もう止められない」

 

 パチュリーは、言葉を返さなかった。

 長い沈黙があった。

 本が、光を失っていった。魔法陣が、ゆっくりと消えた。

 

「……くそぉ」

 

 パチュリーは呟いた。

 

「百年以上生きて……こんな形で負けるなんて……」

 

 声が、震えていた。

 

「レミィに……申し訳が……」

「レミリアの判断を、直接聞きに行く」

 

 俺は言った。

 

「それだけだ」

 

 パチュリーは答えなかった。ただ、本を胸に抱えて、目を閉じた。

 

「むきゅー……」

 

 力が抜けたような声だった。そのままずるずると、書架に寄りかかった。眠るように。

 

 俺は図書館を出た。

 魔理沙のいた踊り場まで戻ると、魔理沙はまだそこにいた。壁に背を預けて待っていた。

 

「どうだった。」

「片づいた」

「パチュリーを?」

「ああ。だけど生きてる。」

 

 魔理沙は少し目を細めた。

 

「次が、レミリアか」

「ああ」

「一緒に行く」

「無理をするな」

「無理じゃない」

 

 魔理沙は箒を持って立ち上がった。片膝が少し震えたが、立った。

 

「霊夢、お前一人に任せっぱなしは嫌だ」

「俺はいい」

「私は嫌なんだよ」

 

 魔理沙は俺を見た。

 

「そういう話だ」

 

 俺は少しの間、魔理沙を見た。

 

「……わかった」

 

 二人で、上へ向かった。

 最上階へ。

 異変の元凶へ。

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