転生博麗   作:ライダー☆

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第七話 別次元の存在

傷が、癒えていく。

完全ではない。まだ痛みは残っている。身体のあちこちに、鈍い痛みが走る。深部まで届いた打撲の痛み。裂けた筋肉の痛み。折れかけた骨の痛み。

だが、動ける。戦える。少なくとも、立って歩くことはできる。

俺は霊力で、自分の傷を癒した。魔理沙の傷も、可能な限り癒した。

気を使う。意識し、集中させ、治癒を促進する。細胞を活性化させ、血を止め、痛みを和らげる。

死にかけるたびに、少しずつ掴んできた技術。それを、実践する。

 

「……ありがとな、霊夢」

 

魔理沙は言った。

まだ顔色は悪い。青白く、汗が額に浮いている。服はボロボロで、血の痕が残っている。あちこちが破れ、焦げている。

だが、目には光が戻っていた。戦う意志が、宿っていた。諦めていない目。まだ戦える、という目。

 

「礼を言うのは、まだ早い」

 

俺は言った。冷静に、だが確かな決意を込めて。

 

「まだ、元凶が残ってる」

 

二人は、階段を上り始めた。

紅魔館の最上階へ。

異変の元凶がいる場所へ。

吸血鬼が待つ、場所へ。

階段は、長かった。

何階分も、上り続ける。一段、また一段。足を引きずりながら。

豪華な赤い絨毯が、階段に敷かれている。踏むたびに、柔らかい感触が足に伝わる。

足音だけが、静寂の中に響く。コツ、コツ、という規則的な音。

他に音はない。メイドもいない。使用人もいない。誰の気配も感じない。

すべてが、静まり返っていた。まるで、死者の館のように。

 

「……なあ、霊夢」

 

魔理沙が、口を開いた。

その声は、いつもより低かった。何かを言いたげな、重い声。

 

「ん?」

「お前、本当に強くなったな。」

 

その声には、驚きと、そして少しの寂しさが混じっていた。複雑な感情が、滲んでいた。

 

「本当に少し前までは、チルノ一人にも苦戦してたのに。氷の弾幕に追い詰められて、パニックになって」

「……そうだな」

 

俺は頷いた。

今日、この異変解決。

転生して、初めて戦った日。初めて、妖怪と対峙した日。

あの時の俺は、本当に弱かった。何もできなかった。何も知らなかった。

ただ、恐怖に支配されていた。

だが、今は違う。

 

「戦いの中で、学んだ」

 

俺は言った。

 

「死にかけるたびに、強くなった。ルーミアで、チルノで、美鈴で、咲夜で、パチュリーで」

 

すべての戦いが、俺を成長させた。

すべての敵が、俺に何かを教えてくれた。

 

「……まぁ。そうはいっても、美鈴戦が一番でかかったけどな」

「……そうか」

 

魔理沙は、複雑な表情を浮かべた。

眉を寄せ、口元を歪め、どこか寂しそうな顔。

 

「なんか、お前と一緒に戦ってきた気がしねぇな。私は地下で圧倒されてて、お前は次々と敵を倒してた」

「何言ってんだ」

 

俺は笑った。

 

「お前が時間を稼いでくれたから、俺はここにいる。それは本当のことだ」

 

それは、本心だった。嘘偽りのない、真実。

魔理沙がいたから、俺は前に進めた。

魔理沙が戦ってくれたから、俺は生きている。

 

「……ありがとな」

 

魔理沙は、小さく笑った。

照れくさそうに。だが、嬉しそうに。

 

「じゃあ、最後まで一緒に行こうぜ。相棒として!」

 

相棒。

その言葉が、胸に引っかかった。

魔理沙は俺を霊夢だと思っている。だから「相棒」と言っている。

本物の霊夢と、魔理沙の間にあったものを、俺は知らない。四年間会えなかったことは知っている。魔理沙が訪ねても、霊夢は会わなかった。

そんな霊夢と魔理沙が「相棒」だったのかどうかも、俺にはわからない。

ただ、魔理沙がその言葉を選んだことだけは、わかった。

 

「ああ」

 

俺は、答えた。

短く。それだけ。

二人は、階段を上り続けた。

そして、最上階に、到着した。

大きな扉が、目の前にあった。

豪華な、赤い扉。深紅の、血のような赤。金の装飾が施されている。蝙蝠の紋章。薔薇の意匠。

扉の向こうから、気配が感じられた。

強大な、圧倒的な気配。

これまで感じたことのないような、圧力。

まるで、太陽に近づいているかのような。いや、ブラックホールに近づいているかのような。

 

「……いるな」

 

俺は呟いた。喉が、渇いていた。

 

「ああ」

 

魔理沙も頷いた。その顔には、緊張が浮かんでいた。

 

「行くぞ」

 

俺は扉に手をかけた。

冷たい感触。金属の、冷たさ。

そして――押し開いた。

重い扉が、ゆっくりと開いていく。

扉の向こうは――

広大な部屋だった。

いや、部屋というより、謁見の間のような空間。王の間のような、荘厳な空間。

天井は高く、何十メートルもある。シャンデリアが吊るされている。巨大な、水晶のシャンデリア。何百本という蝋燭が、炎を揺らしている。

床には赤い絨毯が敷かれている。ビロードのような、高級な絨毯。

壁には絵画が飾られている。肖像画。風景画。どれも古く、価値のあるものだろう。

 

そして、部屋の奥には――

巨大な窓があった。

ステンドグラスの、美しい窓。だが、今は紅い霧に覆われている。

紅い霧に覆われた空が、見える。

月が、見える。

紅く染まった、満月が。

まるで、血のような月。不吉な、禍々しい月。

そして、窓の前に、一人の少女が立っていた。

いや、立っているというより、浮いていた。わずかに、地面から離れて。重力を無視して。

小柄な少女だった。

身長は、150センチもないだろう。子供のような体格。華奢で、脆そうな身体。

ピンク色のドレスを着ている。フリルのついた、可愛らしいドレス。

そして、頭には白の強いピンク色のナイトキャップを被っていた。リボンのついた、愛らしいナイトキャップ。まるで、寝室から出てきたかのような、リラックスした装い。

だが、その存在感は――圧倒的だった。

空気が、重い。呼吸するたびに、肺が圧迫される。

呼吸が、苦しい。酸素が薄いかのような。

まるで、深海にいるかのような圧力。いや、深海以上だ。

少女は、こちらに背を向けていた。

月を見上げながら。紅い月を。

 

「……」

 

俺と魔理沙は、黙って立っていた。

言葉が、出なかった。声が、出なかった。

この少女から感じる気配は、これまでの誰とも違った。

ルーミアとも、チルノとも、美鈴とも、咲夜とも、パチュリーとも。

格が、違う。

次元が、違う。

まるで、別の生き物のような。

 

「ようやく、来たのね」

 

少女は、静かに言った。

背を向けたまま。月を見上げたまま。

その声は、幼い。子供のような、高い声。可愛らしい声。

だが、同時に――威厳があった。

何百年も生きてきた者の、重みがあった。権力者の、貫禄があった。

 

「私の館を、ここまで荒らしてくれたのね」

 

少女は、ゆっくりと振り向いた。

その動作は、優雅だった。まるで、舞踏会で踊るかのような。

その顔が、見えた。

美しい顔だった。

人形のように整った、完璧な顔立ち。白い肌。滑らかな肌。

水色の混じった青い髪。サラサラとした、絹のような髪。

赤い瞳。血のような、真紅の瞳。深淵のような、底知れぬ瞳。

そして――

口元に、牙が見えた。

鋭い、肉食獣のような牙。獲物を引き裂くための、牙。

吸血鬼。

 

「レミリア・スカーレット」

 

少女は、自己紹介した。

名前を告げる。堂々と、誇らしげに。

 

「この紅魔館の主。そして――」

 

微笑んだ。

冷たく、残酷な微笑み。獲物を見つけた捕食者の、微笑み。

 

「この異変を起こした張本人よ」

「……やっぱり、お前か」

 

魔理沙が呟いた。

 

「紅い霧。太陽を遮る霧。吸血鬼なら、当然の発想か。」

「ええ」

 

レミリアは頷いた。

 

「太陽は、私たち吸血鬼の敵。灼熱の、憎むべき敵。だから、遮った。簡単なことよ」

 

その口調は、あまりにも軽かった。まるで、ゴミを捨てたかのような。

 

「簡単……だと?」

 

俺は言った。

怒りが込み上げてくる。胸の奥から、熱いものが湧き上がってくる。

 

「言ってくれる……お前のせいで、人里の人間が苦しんでるんだぞ!!」

「知ってるわ」

 

レミリアは平然と言った。

表情一つ変えずに。

 

「作物が育たない。寒くなる。病気が増える。餓死する者も出るでしょうね。」

「知ってて……!」

「ええ、知ってて」

 

レミリアは冷たく言った。

まるで、他人事のように。

 

「でも、それがどうしたの?」

 

その言葉に、俺は絶句した。

言葉が、出なかった。

 

「人間の苦しみなんて、私には関係ないわ」

 

レミリアは続けた。

その声には、一切の感情がなかった。共感も、罪悪感も、何もない。

 

「私は吸血鬼。人間とは、種族が違う。次元が違う」

 

赤い瞳が、俺たちを見る。

冷たく、無機質に。まるで、物を見るかのように。

 

「あなたたちは、家畜の苦しみを考える?食べる前に、牛や豚の気持ちを考える?」

「……それとは、違う……」

「同じよ」

 

レミリアは断言した。

「私にとって、人間は家畜。血を吸う対象。それ以上でも、それ以下でもない」

そして、首を傾げた。

 

「そうね、例えば――あなたは今まで食べてきたパンの枚数を覚えてるの?」

「……覚えてない」

「でしょう」

 

レミリアは言った。

「同じことよ。私も、今まで吸った人間の血の数なんて、覚えてない」

その言葉に、背筋が凍った。

 

「何人殺したかも、覚えてない。何百人か、何千人か。もしかしたら、万を超えてるかもしれない」

 

レミリアは平然と言った。

 

「でも、それがどうしたの?パンを何枚食べたか覚えてないのと、同じことよ」

「……」

 

俺は、黙って聞いていた。

反論しようとした。だが、言葉が出てこなかった。

論理として崩せない、という意味ではない。

ただ、この相手に言葉が通じる気がしなかった。

 

「……話が通じない。」

 

魔理沙が静かに言った。怒鳴らなかった。ただ、確認するように。

 

「ああ」

 

俺も頷いた。

 

「通じる必要はないわ」

 

レミリアは笑った。

楽しそうに。心から。

 

「私は、私のやりたいようにやる。それだけ。誰にも止められない。誰にも文句を言わせない」

 

そして、窓の外を見た。

紅い月を。血のような月を。

 

「こんなに月も紅いから――」

 

レミリアは呟いた。

その声に、愉悦が滲んでいた。歓喜が、滲んでいた。

 

「本気で殺すわよ」

 

振り向く。

赤い瞳が、殺意に染まる。純粋な、殺意に。

 

「楽しい夜になりそうね。久しぶりに、本気で戦える相手が来た!」

 

瞬間――

レミリアの姿が、消えた。

いや、消えたわけではない。動いたのだ。人間には見えない速度で。

 

「ッ!?」

 

俺は反射的に横に跳んだ。

本能が、危険を察知した。身体が、勝手に動いた。

直後、俺がいた場所を、レミリアの手が通過した。

鋭い爪が、空気を切り裂く。風が、頬を撫でる。

もし避けていなければ、首が飛んでいた。

 

「速い……!」

 

魔理沙が叫んだ。

そして、八卦炉を構える。両手で、しっかりと。

 

「はぁっ!!!」

 

レーザーが、レミリアに向かって放たれた。

虹色に輝く、圧倒的な光の奔流。

 

「遅いわ。」

 

レミリアは、レーザーを避けた。

ただ、身体を傾けただけ。最小限の動きで。余裕を持って。

レーザーは、明後日の方向に飛んでいった。壁を貫通し、しばらくして爆発した。

 

「くそっ!」

 

俺は御札を投げた。

複数の札を。十枚以上。レミリアに向かって。

霊力を込めた、光る札を。

 

「無駄よ」

 

レミリアは手を振った。

ただ、それだけ。片手を、軽く振っただけ。

札が、すべて弾かれた。

まるで、虫を払うかのように。紙切れを払うかのように。

札は床に落ち、光を失った。

 

「……くっ!」

 

魔理沙が呟いた。

信じられない、という顔で。

 

「避けられた……あんなに簡単に……」

「あなたたちは、確かに強いわ」

 

レミリアは言った。

認めるように。だが、同時に見下すように。

 

「咲夜を倒し、パチュリーを倒した。それは、評価する。彼女たちは優秀だもの」

「けど…私には、勝てない」

 

レミリアは断言した。

絶対的な自信を持って。

 

「私は、紅魔館の主。五百年以上の歳月を生きる、吸血鬼。スカーレット家の当主」

 

赤い瞳が、輝く。

 

「格が、違うのよ。次元が、違うのよ」

 

瞬間――レミリアが動いた。

光速で。いや、光速を超えて。

 

「はっ………」

 

俺は咄嗟に防御した。

霊力を展開し、バリアを張る。全身を覆う、虹色のバリア。

レミリアの拳が、バリアに激突した。

ドガン、という衝撃。

空気が爆発したかのような音。

 

「ぐっ……!!」

 

バリアが、砕けた。

霊力で作ったバリアが、一撃で砕けた。

そして、レミリアの拳が、俺の腹に叩き込まれた。

 

「がっ……!」

 

身体が、吹き飛んだ。

まるで、砲弾のように。

壁に激突する。石の壁が、ひび割れる。

 

「霊夢!」

 

魔理沙が叫んだ。

そして、レミリアに向かって突進する。箒を構えて。

だが――

 

「甘い」

 

レミリアは、魔理沙の攻撃を避けた。

紙一重で。余裕を持って。

そして――

反撃した。

 

「ぎゃっ!!」

 

魔理沙の身体が、天井に叩きつけられた。

石の天井が、砕ける。破片が降り注ぐ。

 

「くそ……」

 

俺は立ち上がった。

よろめきながら。

痛い。全身が、痛い。腹が、潰れたかと思った。

だが、戦わなければ。ここで倒れるわけにはいかない。

 

「二人がかりで来なさい」

 

レミリアは言った。

余裕の表情で。楽しそうに。

 

「それでも、勝てないでしょうけど。でも、せめて楽しませてちょうだい」

「……上等だ」

 

俺は構えた。

御札を握りしめる。

魔理沙も、立ち上がる。血を吐きながら。

 

「行くぞ、霊夢!」

「ああ!」

 

二人は、同時に動いた。

左右から、レミリアを挟み撃ちにする。

俺は右から。魔理沙は左から。

同時に、攻撃する。

 

「やっぱり、遅い」

 

レミリアは、両方の攻撃を避けた。

上に跳んで。軽々と。

 

「そぉれっ!」

 

空中で、二人を同時に蹴り飛ばした。

 

「ぐっ!」

「がっ!」

 

二人とも、吹き飛ぶ。

床を転がる。血が、床を汚す。

 

「これが、吸血鬼の力よ。」

 

レミリアは笑った。

愉快そうに。心から楽しそうに。

 

「楽しませてくれるかと思ったけど――」

 

失望したように、首を振る。

 

「期待外れね。もっと、強いと思ったのに。これじゃあ、弾幕を撃つ程度もない。」

「……まだだ」

 

俺は立ち上がった。

血を吐きながら。よろめきながら。

 

「まだ、終わってない」

「そうね」

 

レミリアは頷いた。

 

「まだ、死んでないものね」

 

そして――

 

「なら、殺してあげるわ。」

 

レミリアの姿が、消えた。

 

「…!」

 

俺は身構えた。

どこから来る。

上か。下か。左か。右か。

 

「――後ろよ」

 

声が、耳元で聞こえた。

 

「!!?」

 

振り向く暇もなかった。

レミリアの拳が、俺の背中に叩き込まれた。

 

「うっ!!」

 

身体が、前に吹き飛ぶ。

床に叩きつけられる。顔面を強打する。鼻が折れた。血が噴き出す。

 

「霊夢!」

 

魔理沙の叫び声が聞こえた。

だが、レミリアは止まらない。

 

「次!」

 

俺がまだ倒れている状態で、レミリアの足が俺の腹を踏みつけた。

 

「ぐぁぁぁっ!!」

 

内臓が圧迫される。胃液が逆流する。血を吐く。

 

「立ちなさい」

 

レミリアは命令した。

 

「まだ死んでないでしょう?もっと楽しませなさい」

「くそ……」

 

俺は立ち上がろうとした。

だが、身体が動かない。痛みで、動かない。

 

「……あの野郎……!霊夢からどけぇぇぇ!!」

「ん?」

 

魔理沙のレーザーが、レミリアに向かって飛んでくる。

 

「邪魔」

 

レミリアは、レーザーを手で掴んだ。

掴んで、捻じ曲げた。

レーザーが、明後日の方向に飛んでいく。

 

「……なっ……!そんな…!!」

 

魔理沙の声が、震えていた。

 

「素手で……捻じ曲げた………?」

「……力がずいぶん落ちてるみたいね。あなたたち、弱いわね。」

 

レミリアは失望したように言った。

 

「もっと、楽しめると思ったのに…」

 

そして――

彼女は言った。冷たく、それでいて全てを押しつぶすような声で。

 

「つまらない。本当に殺してしまいましょう。」

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