転生博麗   作:ライダー☆

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第七話 別次元の存在

階段を上りながら、魔理沙が口を開いた。

 

「お前、本当に強くなったな」

 

静かな声だった。感嘆でもなく、羨望でもなく、ただ事実を確認するような声だった。だからこそ、余計に重く響いた。

 

「チルノの弾幕に追い詰められてたのに」

「そうだな」

 

俺は頷いた。階段の一段一段が、思ったより脚に堪えていた。全身の傷が、上るたびに小さく主張してくる。

 

「戦うたびに、少しずつわかってきた」

「霊力の使い方か」

「それだけじゃない。自分の身体の使い方も」

 

魔理沙はしばらく黙って歩いた。赤い絨毯が、足音を吸っていた。二人分の足音のはずなのに、片方はどこか遠慮がちに、もう片方は迷いなく、その違いだけがやけにはっきり聞こえた。

 

「……なんか、お前と一緒に戦ってきた気がしないな」

 

その声に、わずかな苦さがあった。

 

「私は地下で圧倒されてた。お前は、次々と抜けてきた」

「お前が時間を稼いだから、俺はここにいる」

「……」

「本当のことだ」

 

魔理沙は答えなかった。ただ、少し歩幅が変わった。俺の隣に並ぶように。焼け焦げた左腕は、袖ごと黒く炭化し、肘から先が力なく垂れたままだった。指先すら動いている様子がない。右手だけで箒を持ち替え、階段の手すりに掴まりながら、一段ずつ確かめるように上っていた。

 

「最後まで一緒に行くぞ。」

 

魔理沙は言った。宣言ではなく、確認のように。

 

「……その腕で、か」

 

俺は言った。責めるつもりはなかった。ただ、事実を確かめたかった。

 

「利き腕は残ってる。それで十分だ」

 

魔理沙は前を見たまま答えた。取り繕う響きはなかった。ただ、それ以上聞くなという、静かな拒絶があった。

 

「ああ」

 

俺はそれ以上、何も言わなかった。

 

二人で、上へ向かった。

 

最上階の扉は、深紅だった。

 

金の装飾が施されていた。蝙蝠の紋章。薔薇の意匠。豪奢だが、重い。触れる前から、向こう側の気配が伝わってくる。皮膚の表面がざわつくような、そういう種類の圧だった。

 

これまでとは違う。

 

美鈴の気配は、鍛えられた武人のものだった。地に足のついた、鍛錬の積み重ねという実感があった。咲夜は研ぎ澄まされた刃のような気配だった。触れれば切れる、そういう鋭さだった。パチュリーは濃密な魔力の塊だった。空気そのものが重くなるような密度があった。

 

この扉の向こうにいるものは、それらのどれとも違った。

 

重さが、違う。それは強さの度合いという話ではなく、種類そのものが異なる何かだった。

 

俺は扉に手をかけた。冷たい金属の感触。押すと、低い軋みとともに開いた。

 

広い部屋だった。

 

天井は何十メートルもある吹き抜けで、巨大なシャンデリアが吊るされていた。何百本という蝋燭の炎が揺れ、部屋全体をぼんやりと照らしていた。炎の揺らめきに合わせて、壁の影も呼吸するように伸び縮みしている。床には深紅の絨毯。壁には古い肖像画が並んでいる。どの絵の中の人物も、こちらを見ている気がした。

 

正面に、大きなステンドグラスの窓があった。

 

紅い霧に覆われた夜空が見えた。その中央に、月があった。霧を透かして見える月は、血のように赤く染まっていた。

 

窓の前に、一人の少女がいた。

 

背を向けて、月を見上げていた。

 

小柄だった。百五十センチに届かない。フリルのついた淡いピンクのドレス。頭にはナイトキャップ。寝室から出てきたような装いだった。場違いなほど、無防備な格好だった。

 

だが、その背中から、部屋全体に圧が満ちていた。

 

呼吸が、重くなった。空気の密度が上がったように感じた。霊力が、自然と身体の中に引き込まれていくような感覚があった。まるで、この部屋そのものが、あの小さな背中を中心にして成立しているようだった。

 

「ようやく、来たのね」

 

少女は振り向いた。

 

白い肌。水色がかった紫の髪。そして赤い瞳。深く、澄んでいて、何百年分もの時間が沈んでいる瞳だった。その奥を覗き込もうとすると、こちらの方が先に呑み込まれそうになる、そんな深さだった。

 

口元に、わずかに牙が見えた。

 

その視線が、俺と魔理沙を一往復した。

 

「ずいぶんと、痛めつけられて来たのね」

「レミリア・スカーレット」

 

俺はその一言を無視して、名を呼んだ。

 

少女は名乗った通りだと言うように、小さく頷いた。名前を告げることへの恥も衒いもなかった。ただ事実として。

 

「この館の主。この異変を起こした者」

「知ってる」

 

俺は言った。声が、自分でも思ったより硬くなった。

 

「だから、ここまで来た」

「そう」

 

レミリアは俺と魔理沙を順番に見た。観察するように。急がない視線だった。値踏みするというより、既に答えを知っている者が確認のためだけに見る、そういう視線だった。

 

「咲夜もパチュリーも、美鈴も倒した。全員を倒してここまで来た」

「ああ」

「それは、認めるわ」

 

レミリアは窓に背を向け、部屋の中央へゆっくりと歩いてきた。歩くというより、漂うような動作だった。重力に完全には従っていない歩き方だった。足音すら、ほとんど聞こえなかった。

 

「でも、霧は止めない」

「なぜだ」

「私がそうしたいから」

 

それだけだった。理由はそれだけだった。

 

「太陽が邪魔だった。だから遮った。それだけのことよ」

「……その身勝手な行動で、人里の人間が大勢苦しんでいる」

「知ってる」

 

レミリアの声は変わらなかった。

 

「作物が育たない。病気が出る。死ぬ者もいるでしょう。全部、知ってるわ」

「知っていて……」

「知っていて、どうしたというの」

 

レミリアは首を傾けた。子供のような仕草だった。だが、その無邪気さの裏に、底の見えない冷たさがあった。

 

「あなたは今日、道を歩く虫を何匹踏んだか覚えてる?踏んで死なせた虫の数を、気にしたことがある?」

 

俺は答えなかった。答えられなかった。

 

「私にとって、人間がどういうものか。それを聞いているの」

「……」

「あなたたちは、私が異変を起こしたことを責めに来た。でも、私はただ、邪魔なものを退けた。それだけよ」

 

論理として、崩せなかった。

 

崩せないのではなく、この相手に言葉が通じるかどうかという問題だった。価値観の外にいる相手に、価値観の内側から投げた言葉は、届く前に形を失ってしまう。

 

魔理沙が、静かに口を開いた。

 

「話しても無駄だな」

「ああ」

 

二人の返答に、レミリアは少しだけ目を細めた。

 

「賢いわね。そう、話しても無駄よ。価値観が違うもの」

 

そして、初めて笑った。

 

残酷な笑みではなかった。純粋に、楽しそうな笑みだった。それが、かえって恐ろしかった。悪意のない笑みほど、防ぎようのないものはない。

 

「久しぶりに、本気で動けそうな夜ね」

 

レミリアの姿が、消えた。

 

間に合わなかった。

 

霊力が反応した。だが、それより速かった。

 

俺の右腕に、衝撃が走った。弾かれた、ではなく、掴まれた。レミリアの手が俺の腕を掴んで、そのまま床に叩きつけた。

 

「——っ!?」

 

石の床が、身体の下で軋んだ。衝撃が骨まで響いた。

 

「霊夢!」

 

魔理沙が箒を右手だけで操りながら、急いで位置を変えた。左腕が使えない分、体全体を大きく傾けてバランスを取っている。八卦炉を右手一本で構え、レーザーを放った。

 

普段の両手構えとは違う。狙いが、僅かにぶれた。それでも光は放たれ、レミリアの立っていた空間を貫いた。石床が焼け焦げ、白い煙が立ち昇った。

 

俺は立ち上がった。腕が痺れていた。霊力を流して感覚を取り戻しながら、御札を構える。

 

レミリアは俺を放して、真横に動いてそれをかわしていた。ドレスの裾が揺れていた。何事もなかったかのような、涼しい顔だった。

 

「もう一度」

 

俺と魔理沙は同時に動いた。

 

俺は正面から、御札を連続で投げながら距離を詰めた。魔理沙は側面から弾幕を展開しようとした。だが、右手だけで八卦炉を支えながらの弾幕は、密度も精度も、本来の半分にも届いていなかった。左手が添えられないことで、照準を保つための微調整ができない。挟み撃ちの形は取れていたが、片翼が明らかに弱かった。

 

レミリアは動かなかった。

 

御札が届く直前、レミリアの手が動いた。手のひらを向けただけだった。それだけで、御札が全部の軌道をそれた。霊力が、押し返された感覚があった。まるで見えない壁に、紙一枚をぶつけたような手応えのなさだった。

 

魔理沙の弾幕は、さらに呆気なく、レミリアの周囲で散った。

 

「攻撃が届かない……」

 

魔理沙が歯を食いしばりながら言った。声に、悔しさが滲んでいた。

 

「弾幕が、当たる前に弾かれてる。……くそ、片手じゃ、狙いが甘くなる」

「わかった」

 

俺は考えながら動き続けた。

 

美鈴の時は、御札の囮を使って近距離を取った。咲夜の時は、霊力で時間停止を感知した。パチュリーの時は、本を守る制約を突いた。

 

レミリアには、どう近づく。

 

弾幕が届かない。近接の速度が追いつかない。霊力の圧も、一方的に押し負ける。それに加えて、今この場にいる戦力は、実質的に俺一人と、片腕を失った魔理沙だけだ。

 

俺は御札を投げ続けながら、レミリアの動きを観察した。

 

速い。速度は圧倒的だった。だが、レミリアは俺たちの攻撃を「避けて」いなかった。

 

払っていた。

 

俺たちの攻撃を、避けるに足るものと判断していなかった。だから、最小限の動作で払うだけで事足りていた。それは、余裕とすら呼べない、もっと根本的な格の違いだった。

 

それは何を意味するか。

 

俺たちが本気で、全霊で攻撃した時、レミリアは初めて「避ける」必要が生じる。

 

「魔理沙」

 

俺は声をかけた。

 

「今持ってる力をすべて込めて、技を打て。全力で。照準は俺ごとレミリアに向けろ」 「は?」

「いいから打て。俺は動く」

「片手で全力なんて撃ったら、反動で肩が抜ける。」

 

魔理沙は言いながらも、既に右手一本で八卦炉を構え直していた。文句を言いながら、止まる気配はなかった。

 

「知ってる。それでも、やれ」

「……お前、私を便利に使いすぎだろ……」

 

魔理沙は苦笑した。だが、その目は真剣だった。焼け焦げた左腕が、微かに震えていた。それでも、狙いは揺るがなかった。

 

「……わかった。やるよ。覚悟はとっくにできてる…!」

 

俺はレミリアに向かって真っ直ぐ走った。御札を一枚ずつ、全力で霊力を込めながら投げ続ける。これまでより、明らかに強く。

 

レミリアは払い続けた。俺が近づくことを、まだ脅威と判断していなかった。その余裕そのものが、狙い目だった。

 

その瞬間、魔理沙がレーザーを放った。

 

右手一本で支えるには、あまりに大きすぎる反動だった。魔理沙の身体が、発射の勢いで大きく後方へ流された。箒が斜めに傾ぎ、体勢を崩しながらも、彼女は歯を食いしばって狙いを保ち続けた。

 

極太の光が、俺ごとレミリアに向かって走った。

 

レミリアが、初めて大きく動いた。

 

真上に跳んだ。

 

俺もそこに向かって跳んでいた。全身の力を脚に込めて、最後の一歩を踏み切った。

 

空中で、レミリアと目が合った。

 

一秒もない時間だった。だが、その一秒の中に、これまでの戦いの全部が凝縮されているような感覚があった。魔理沙が片腕を犠牲にしてまで作った、この一瞬だ。

 

俺は全身の霊力を右掌に集中させ、押しつけた。レミリアの胸に。

 

「…………」

 

音は小さかった。爆発ではなかった。ただ、密度の高い霊力が、直接ぶつかった音だった。乾いた、短い衝撃音。

 

レミリアの身体が、後方に流れた。壁まで届かず、空中で止まった。

 

俺は床に着地した。膝に、鈍い衝撃が走った。

 

沈黙があった。

 

レミリアは胸に触れた。触れた手のひらを見た。霊力の熱が残っていた。

 

「……当たった」

 

レミリアの声が、少し変わっていた。今までの、揺るぎない余裕の底に、初めて小さな亀裂が入ったような、そんな響きだった。

 

「ダメージはない。でも、当たった」

 

俺を見る目が、変わっていた。

 

侮りではなく、測る目になっていた。虫を見る目から、対等な相手を見定める目へ。その変化を、俺は肌で感じ取った。

 

「面白い……」

 

その言葉に、温度が戻っていた。

 

今度こそ、レミリアが本気で動くと、俺は感じた。

 

霊力を全身に巡らせながら、俺は構えた。

 

腹の傷が疼いた。腕が痺れていた。霊力の残量が、確実に減っていた。指先の感覚が、少しずつ遠くなっていくのがわかった。

 

背後で、魔理沙が肩を押さえて呻いているのが聞こえた。反動で、右肩も傷めたのだろう。それでも、彼女は箒から降りようとしなかった。

 

「魔理沙、大丈夫か」

「……上等だよ。片腕だろうが両腕だろうが、まだ立ってるうちは、私は戦力だ」

 

その声には、痛みを押し殺した強がりと、それでも折れない意地が同居していた。

 

「行くぞ!」

「ああ!」

 

二人は、構えた。片方は満身創痍の右腕一本で、もう片方は限界に近づいた霊力を絞り出しながら。

 

レミリアは月を背に、静かに浮いていた。その姿は、これまでのどんな相手とも違う、静かな重みを纏っていた。

 

部屋に、蝋燭の炎だけが揺れていた。

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