転生博麗   作:ライダー☆

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第七話 別次元の存在

階段を上りながら、魔理沙が口を開いた。

 

「お前、本当に強くなったな」

 

静かな声だった。感嘆でもなく、羨望でもなく、ただ事実を確認するような声だった。

 

「チルノの弾幕に追い詰められてたのに」

「そうだな」

 

俺は頷いた。

 

「戦うたびに、少しずつわかってきた」

「霊力の使い方か」

「それだけじゃない。自分の身体の使い方も」

 

魔理沙はしばらく黙って歩いた。赤い絨毯が、足音を吸っていた。

 

「……なんか、お前と一緒に戦ってきた気がしないな」

 

その声に、わずかな苦さがあった。

 

「私は地下で圧倒されてた。お前は、次々と抜けてきた。」

「お前が時間を稼いだから、俺はここにいる」

「……」

「本当のことだ」

 

魔理沙は答えなかった。ただ、少し歩幅が変わった。俺の隣に並ぶように。

 

「最後まで一緒に行くぞ」

 

魔理沙は言った。宣言ではなく、確認のように。

 

「ああ」

 

二人で、上へ向かった。

 

最上階の扉は、深紅だった。

金の装飾が施されていた。蝙蝠の紋章。薔薇の意匠。豪奢だが、重い。触れる前から、向こう側の気配が伝わってくる。

これまでとは違う。

美鈴の気配は、鍛えられた武人のものだった。咲夜は研ぎ澄まされた刃のような気配だった。パチュリーは濃密な魔力の塊だった。

この扉の向こうにいるものは、それらのどれとも違った。

重さが、違う。

俺は扉に手をかけた。冷たい金属の感触。押すと、低い軋みとともに開いた。

 

広い部屋だった。

天井は何十メートルもある吹き抜けで、巨大なシャンデリアが吊るされていた。何百本という蝋燭の炎が揺れ、部屋全体をぼんやりと照らしていた。床には深紅の絨毯。壁には古い肖像画が並んでいる。

正面に、大きなステンドグラスの窓があった。

紅い霧に覆われた夜空が見えた。その中央に、月があった。霧を透かして見える月は、血のように赤く染まっていた。

窓の前に、一人の少女がいた。

背を向けて、月を見上げていた。

小柄だった。百五十センチに届かない。フリルのついた淡いピンクのドレス。頭にはナイトキャップ。寝室から出てきたような装いだった。

だが、その背中から、部屋全体に圧が満ちていた。

呼吸が、重くなった。空気の密度が上がったように感じた。霊力が、自然と身体の中に引き込まれていくような感覚があった。

 

「ようやく、来たのね」

 

少女は振り向いた。

白い肌。水色がかった紫の髪。そして赤い瞳。深く、澄んでいて、何百年分もの時間が沈んでいる瞳だった。

口元に、わずかに牙が見えた。

 

「レミリア・スカーレット」

 

少女は名乗った。名前を告げることへの恥も衒いもなかった。ただ事実として。

 

「この館の主。この異変を起こした者」

「知ってる」

 

俺は言った。

 

「だから、ここまで来た。」

「そう」

 

レミリアは俺と魔理沙を順番に見た。観察するように。急がない視線だった。

 

「咲夜もパチュリーも、美鈴も倒した。全員を倒してここまで来た」

「ああ」

「それは、認めるわ」

 

レミリアは窓に背を向け、部屋の中央へゆっくりと歩いてきた。歩くというより、漂うような動作だった。重力に完全には従っていない歩き方だった。

 

「でも、霧は止めない」

「なぜだ」

「私がそうしたいから」

 

それだけだった。理由はそれだけだった。

 

「太陽が邪魔だった。だから遮った。それだけのことよ」

「……その身勝手な行動で、人里の人間が大勢苦しんでいる」

「知ってる」

 

レミリアの声は変わらなかった。

 

「作物が育たない。病気が出る。死ぬ者もいるでしょう。全部、知ってるわ」

「知っていて……」

「知っていて、どうしたというの」

 

レミリアは首を傾けた。子供のような仕草だった。

 

「あなたは今日、道を歩く虫を何匹踏んだか覚えてる?踏んで死なせた虫の数を、気にしたことがある?」

 

俺は答えなかった。

 

「私にとって、人間がどういうものか。それを聞いているの」

「……」

「あなたたちは、私が異変を起こしたことを責めに来た。でも、私はただ、邪魔なものを退けた。それだけよ」

 

論理として、崩せなかった。

崩せないのではなく、この相手に言葉が通じるかどうかという問題だった。

魔理沙が、静かに口を開いた。

 

「話しても無駄だな」

「ああ」

 

二人の返答に、レミリアは少しだけ目を細めた。

 

「賢いわね。そう、話しても無駄よ。価値観が違うもの。」

 

そして、初めて笑った。

残酷な笑みではなかった。純粋に、楽しそうな笑みだった。それが、かえって恐ろしかった。

 

「久しぶりに、本気で動けそうな夜ね」

 

レミリアの姿が、消えた。

 

間に合わなかった。

霊力が反応した。だが、それより速かった。

俺の右腕に、衝撃が走った。弾かれた、ではなく、掴まれた。レミリアの手が俺の腕を掴んで、そのまま床に叩きつけた。

 

「——っ!?」

 

石の床が、身体の下で軋んだ。

 

「霊夢!」

 

魔理沙が八卦炉を構えて、レーザーを放った。

レミリアは俺を放して、真横に動いた。レーザーが、レミリアのいた空間を貫いた。

俺は立ち上がった。腕が痺れていた。霊力を流して感覚を取り戻しながら、御札を構える。

レミリアは部屋の中央に浮いていた。ドレスの裾が揺れていた。

 

「もう一度」

 

俺と魔理沙は同時に動いた。

俺は正面から、御札を連続で投げながら距離を詰めた。魔理沙は側面から弾幕を展開した。挟み撃ちにする形だった。

レミリアは動かなかった。

御札が届く直前、レミリアの手が動いた。手のひらを向けただけだった。それだけで、御札が全部の軌道をそれた。霊力が、押し返された感覚があった。

魔理沙の弾幕は、レミリアの周囲で散った。

 

「攻撃が届かない…」

 

魔理沙が歯を食いしばりながら言った。

 

「弾幕が、当たる前に弾かれてる。」

「わかった」

 

俺は考えながら動き続けた。

美鈴の時は、御札の囮を使って近距離を取った。咲夜の時は、霊力で時間停止を感知した。パチュリーの時は、本を守る制約を突いた。

レミリアには、どう近づく。

弾幕が届かない。近接の速度が追いつかない。霊力の圧も、一方的に押し負ける。

俺は御札を投げ続けながら、レミリアの動きを観察した。

速い。速度は圧倒的だった。だが、レミリアは俺たちの攻撃を「避けて」いなかった。

払っていた。

俺たちの攻撃を、避けるに足るものと判断していなかった。だから、最小限の動作で払うだけで事足りていた。

それは何を意味するか。

俺たちが本気で、全霊で攻撃した時、レミリアは初めて「避ける」必要が生じる。

 

「魔理沙」

 

俺は声をかけた。

 

「今持ってる力をすべて込めて、技を打て。全力で。照準は俺ごとレミリアに向けろ」

「は?」

「いいから打て。俺は動く」

 

魔理沙は一瞬だけ俺を見た。それから、口を閉じて八卦炉を構えた。

 

「……わかった。」

 

俺はレミリアに向かって真っ直ぐ走った。御札を一枚ずつ、全力で霊力を込めながら投げ続ける。これまでより、明らかに強く。

レミリアは払い続けた。俺が近づくことを、まだ脅威と判断していなかった。

その瞬間、魔理沙がレーザーを放った。

極太の光が、俺ごとレミリアに向かって走った。

レミリアが、初めて大きく動いた。

真上に跳んだ。

俺もそこに向かって跳んでいた。

空中で、レミリアと目が合った。

一秒もない時間だった。

俺は全身の霊力を右掌に集中させ、押しつけた。レミリアの胸に。

 

「…………」

 

音は小さかった。爆発ではなかった。ただ、密度の高い霊力が、直接ぶつかった音だった。

レミリアの身体が、後方に流れた。壁まで届かず、空中で止まった。

俺は床に着地した。

沈黙があった。

レミリアは胸に触れた。触れた手のひらを見た。霊力の熱が残っていた。

 

「……当たった」

 

レミリアの声が、少し変わっていた。

 

「ダメージはない。でも、当たった。」

 

俺を見る目が、変わっていた。

侮りではなく、測る目になっていた。

 

「面白い…」

 

その言葉に、温度が戻っていた。

今度こそ、レミリアが本気で動くと、俺は感じた。

霊力を全身に巡らせながら、俺は構えた。

腹の傷が疼いた。腕が痺れていた。霊力の残量が、確実に減っていた。

それでも、動けた。

 

「魔理沙」

「ここにいる」

 

魔理沙の声は、俺の隣にあった。

 

「行くぞ!」

「ああ!」

 

二人は、構えた。

レミリアは月を背に、静かに浮いていた。

部屋に、蝋燭の炎だけが揺れていた。

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