転生博麗   作:ライダー☆

8 / 18
第八話 霧は晴れる

「行くわよ。」

 

レミリアが、動いた。

さっきまでとは違った。

俺が掌を押し当てた瞬間から、何かが変わっていた。払う、という余裕が消えた。代わりに、攻撃に確かな意図が生まれた。俺たちを「処理する」のではなく、「当てに来ている」。

御札を投げた。

届かなかった。

軌道が、わずかにずれた。俺が投げた軌道から、数センチ。だが確実に。まるで、俺の攻撃の到達点があらかじめ決まっていて、そこにレミリアが存在しないように。

二枚目を投げた。また外れた。

 

おかしい。

 

距離は十分だった。霊力の込め方も、さっきと変わらない。なのに、当たらない。

魔理沙のレーザーも同じだった。放たれた瞬間、レミリアが動く。レーザーが通る場所に、もういない。

 

「何で当たらない…?」

 

魔理沙が歯を食いしばりながら言った。

 

「私のレーザーまで避けた。ノーモーションで撃ったのに…!」

 

俺も同じことを考えていた。

美鈴の近接は、踏み込みの癖を読んで対応した。咲夜の時間停止は、霊力で予兆を感知した。パチュリーは本を守る制約を突いた。

だがレミリアの場合、攻撃が届く前に場所がない。回避の動作を見てから動いているのではなく、攻撃が来ることを知った上で、最初からそこにいない。

予知、あるいはそれに近い何かだ。

レミリアは俺たちを見ていた。急がない目だった。

 

「気づいたのね」

 

俺が考えていたことを、見透かしたように言った。

 

「当たらない理由」

「………ちょっとは。」

「あなたの攻撃が届く前に、あなたたちの動きが見える。だから、そこにいなければいい」

 

レミリアは平然と言った。

 

「未来が、見えるの。正確には、起こりうることの筋道が。あなたがどこを狙うか。どう動くか。だから、避けられる」

「……」

「運命を操るとでも言えばいいかしら。この力も、私が完全に理解しているわけじゃないけれど」

 

俺は、その言葉を頭の中に落とした。

完璧に理解していない、と言った。つまり、見えない筋道がある。

完璧ではない、と言った。

それは、見えない未来があるということだ。

 

「魔理沙」

 

俺は声をかけた。

 

「なんだ。」

 

魔理沙は側面から弾幕を展開しながら答えた。消耗が見えた。弾幕の密度が、最初より落ちていた。

 

「一つだけ試したいことがある」

「何だ」

「俺が決めずに動く。考えずに、身体だけで動く。運命を見るなら、俺自身が決めていない動きは読めないはずだ。」

 

魔理沙は少し間を置いた。

 

「……できるのか、そんなこと」

「わからない。だが、やる。やるしかない。」

 

俺は御札を全部手に持った。全部で八枚。残りのすべてだ。

考えるのをやめた。

次にどこへ動くか、決めなかった。レミリアのどこを狙うか、決めなかった。ただ、霊力を全身に巡らせて、身体の動くままに任せた。

この身体は霊夢のものだ。

霊夢の反射が、霊夢の本能が、この身体に染み込んでいる。俺の意思ではなく、霊夢の積み重ねが動く。

身体が、跳んだ。

右斜め前に。考えていなかった方向に。

御札が、手から離れた。俺が投げたというより、手が勝手に離した。

 

「——」

 

レミリアが、大きく動いた。

かわした。だが、かわすことに意識が向いた一瞬、魔理沙のレーザーが走った。

レミリアの右肩を、かすめた。

深くはない。だが、当たった。

沈黙があった。

レミリアは自分の肩を見た。焦げた布地。わずかな痛みがあったはずだった。

 

「よし……」

「……面白い」

 

今度の言葉には、温度があった。さっきまでとは違う、純粋な驚きが混じっていた。

 

「考えずに動いた。だから、見えなかった」

 

レミリアは俺を見た。

 

「あなたは、自分の身体を信頼したのね」

「霊夢の身体を、だ」

 

俺は答えた。

レミリアは少し間を置いてから、笑った。

 

「なるほど」

 

そして、手を上げた。

 

「だけど、それも限界があるわ」

 

無数の紅い槍が、空間に生まれた。

 

グングニル。

 

槍が飛んできた。俺は考えずに動いた。身体に任せた。一本をかわした。二本目が来た。かわした。だが、三本目が来た時、身体の反応が間に合わなかった。

脇腹をかすめた。深くはない。服が裂け、皮膚が切れた。

 

「…!」

「消耗が、限界に近いようね。」

 

レミリアは見抜いていた。

 

「身体の反応が、遅くなっている。霊力が、底をつきかけている。」

 

正確だった。

俺の霊力は、確実に減っていた。傷の止血に使い、筋肉の補強に使い、時間停止の感知に使い、霊力の放出に使い、ここまでの戦いで消耗し続けていた。

それでも、まだある。

 

「魔理沙!」

「わかってる!」

 

魔理沙が八卦炉を構えた。両手で、しっかりと。最後のマスタースパークを撃つ構えだった。

 

「もう一度だ。俺が前に出る。お前は後ろから撃て!」

 

魔理沙は一秒だけ俺を見た。

 

「……ああ」

 

俺は全速力で前に出た。

レミリアが槍を生成し始めた。俺の動きを読んで、俺の到達点に向けて。

だが俺は、到達点を決めていなかった。

身体に任せて、直前に向きを変えた。槍が、俺がいた場所を通過した。

レミリアのすぐ前に、出た。

 

「——」

 

その瞬間、魔理沙のレーザーが放たれた。

俺はレミリアの真横に跳んだ。レーザーがレミリアに向かって走る。

レミリアは上に動いた。

レーザーが脇をかすめた。完全には避けられなかった。光がレミリアのドレスの裾を焼いた。

俺は着地した。膝が折れそうになった。霊力で堪えた。

部屋に、沈黙があった。

魔理沙も動きを止めていた。三人とも、しばらくその場にいた。

レミリアは焼けた裾を見ていた。それから、俺を見た。

 

「二発、当てた」

 

静かな声だった。

 

「最初の掌と、今のレーザー。二回、私に届かせた」

「それでも、倒せてない………まだ遠い…!」

「ええ」

 

レミリアは頷いた。

 

「でも」

 

レミリアの表情が、少しだけ変わった。何かを考えているような間があった。

 

「……久しぶりに、当てられたわ。」

 

その言葉は、独り言のようだった。俺たちに向けたというより、自分自身に確認するような。

そして、手を上げた。

紅い光が集まり始めた。

 

(………まずいな。あれは避けられない…)

 

その時、扉の音がした。

 

咲夜が、そこにいた。

壁に手をついて立っていた。白いメイド服に血の滲みがある。左腕が動かせない様子だった。顔色が、俺や魔理沙の比ではなかった。唇に血の気がなく、呼吸するたびに胸が引きつるように上下していた。俺も喉に違和感があった。だが咲夜のそれは、次元が違った。

今日だけ霧を吸った俺たちと、霧が発生してからずっとこの空気の中にいた咲夜では、蓄積の量が違いすぎたのだろう。

 

「……起きたの」

 

レミリアは咲夜を見た。驚きが顔に出ていた。「こんなに早く」という驚きだった。

 

「ええ」

「ちょうどよかった。片付けを頼もうと思っていたところ」

 

咲夜は答えなかった。

部屋に入ってきた。倒れている俺と魔理沙の間を通り過ぎた。足元がわずかに乱れていた。それでも、まっすぐ歩いた。

レミリアの前まで来て、止まった。

 

「一つ、訊いてもいいですか」

「何?」

「霧を放つ前、なぜ私に何も言わなかったのですか。人間の身体には有害だと、分かっていたはずです。」

 

レミリアは間を置いた。一瞬だけ。

 

「……思いつかなかったわ」

 

その答えは短かった。隠してもいなかった。悪意もなかった。

ただ、思いつかなかった。

私の身体のことが、頭になかった。

 

「……そうですか」

 

咲夜は俯いた。

しばらく、何も言わなかった。

俺は床から、その様子を見ていた。立ち上がれなかった。霊力がほとんど残っていなかった。魔理沙も、咲夜の動きを黙って見ていた。

 

「咲夜、早く」

 

レミリアが促した。

 

「……できません」

「は?」

「もう、従いません」

 

咲夜は顔を上げた。

 

レミリアを、真っ直ぐに見た。俯かずに。視線を逸らさずに。

 

「この異変を止めてください」

「……咲夜」

 

レミリアの声のトーンが、落ちた。

 

「私に逆らうつもり?」

「逆らうのではありません」

 

咲夜は首を振った。

 

「ただ、もう従わないだけです。私はあなたの道具では、ありませんから」

 

レミリアは黙った。

部屋が静かになった。蝋燭の炎だけが揺れていた。

 

「いらないなら、他を探す」

 

レミリアは言った。静かに。怒鳴らなかった。

 

「それだけよ」

 

静かだったから、重かった。本気だった。代わりを探せばいい、と本当に思っている声だった。

 

「……そうですか」

 

咲夜はナイフを一本、取り出した。

 

「ならば、私はお嬢様と戦います」

「本気?」

「はい」

「私に、勝てると思って?」

「思っていません。こちらは満身創痍ですので。」

 

咲夜は答えた。

 

「ただ、この異変が終わるまで、立ちます」

 

レミリアはしばらく咲夜を見ていた。

それから、何かが変わった。

怒りではなかった。侮りでもなかった。

 

「……」

 

レミリアは手を下ろした。

紅い光が、消えた。

 

「わかったわ」

 

その声は、さっきまでと少し違った。

 

「異変は、止める」

 

部屋に、沈黙があった。

 

「……え?」

 

魔理沙が、声を漏らした。

 

「聞こえなかった?」

 

レミリアは繰り返した。

 

「異変は、止める。霧を晴らす」

「…な、なんで…急に…」

 

俺は聞いた。床から、かすれた声で。

 

「あなたたちが倒したからよ」

 

レミリアは俺を見た。

 

「咲夜もパチュリーも美鈴も倒した。私にも二発当てた。それで十分」

「十分、って」

「…本当はね、私はただ、退屈だったのよ」

 

レミリアは窓の外を見た。紅い月を見た。

 

「何百年も生きると、本気で動ける理由が減っていく。久しぶりに、誰かが私に触れた。それで十分よ」

「……そんな理由で、異変を起こしたのか」

「そんな理由よ」

 

レミリアはあっさりと言った。

 

「あなたたちからすれば、最低の理由でしょうね。でも、私にとってはそういうことよ」

 

俺は何か言おうとした。怒りが来なかったわけではない。人里の人間が苦しんでいた。それは事実だ。

だが、言葉が出る前に、別のことを考えていた。

咲夜が、主に逆らった。

それで、レミリアが止めた。

俺たちが二発当てたことも、理由の一つかもしれない。だが、咲夜が立ったことが、何かを動かした。

レミリアにとって、咲夜が逆らうことは「想定外」だったはずだ。運命を見ても、そこは見えなかったのかもしれない。

 

「咲夜」

 

俺は咲夜を見た。

 

「お前が立ったから、きっと終わった」

 

咲夜は俺を見た。しばらく黙っていた。

 

「……そうかもしれません」

 

その声は、静かだった。

レミリアは窓に向かって歩いた。ゆっくりと。

 

「咲夜」

 

レミリアは窓に向かって歩きながら、咲夜を一瞥した。その目が、一瞬だけ止まった。唇の青さ。引きつるような呼吸。霧が発生してからの日数を、レミリアは瞬時に計算したのだろう。

 

「下がっていなさい。霧は私が晴らす。」

 

それから、静かに付け加えた。

 

「霧が晴れたら、妖精メイドに竹林の医者を迎えに行かせるわ。あなたはそれまで動かないで。」

 

命令口調だった。だが、その言葉の向かう先は、咲夜の身体だった。

 

「……はい」

 

咲夜は答えた。従う声だった。だが、さっきまでとは少し違う従い方だった。

レミリアは窓の前に立った。手を上げた。

紅い霧が、ゆっくりと動き始めた。

窓の向こうで、霧が薄まっていく。

日が、少しずつ本来の色を取り戻していった。

 

俺は床に座ったまま、その様子を見ていた。

立ち上がれなかった。霊力が空に近かった。身体中に、戦いの痕跡が残っていた。

隣に、魔理沙が座ってきた。

 

「終わったな」

「ああ。……倒してはいないがな。」

 

魔理沙はしばらく黙っていた。

 

「お前、今日、初めて飛んだんだよな」

「そうだ。(…俺は何回、今日それを言われればいい?)」

「……それで、ここまで来たんだな」

「霊夢の身体が、来た」

「……お前は本当に、変なことを言うな」

 

魔理沙は笑った。笑いながら、少し痛そうに顔をしかめた。

 

「ふっ。」

 

俺は窓の外を見た。

陽光が、一気に差し込んでくる。紅く染まっていた世界が、本来の色を取り戻していった。見上げれば、真昼の青い空があった。霧がなければ、とうに昼を過ぎていたのだ。

 

「霊夢」

 

魔理沙が、また口を開いた。

 

「四年間、会えなかった。お前が引きこもってた間、何度か来たけど会えなかった」

「知ってる」

「……ちょくちょく神社に、邪魔するよ。いいかな。」

 

その言葉は、静かだった。確認するような声だった。

 

「ああ」

 

俺は答えた。

答えてから、少し胸が痛んだ。

魔理沙が来ることを望んでいるのは、本物の霊夢だ。俺ではない。俺が「ああ」と言っていいのかどうか、わからなかった。

でも、言った。

霊夢の代わりに、霊夢がそう思うだろうと思って、言った。

 

「……ありがとな」

 

魔理沙は小さく言った。

俺は答えなかった。

霧が、晴れていった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。