転生博麗   作:ライダー☆

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第九話 幸せ

「この異変を、止めます!!」

 

咲夜が、レミリアに向かって突進した。

ナイフを構えて。両手に、複数のナイフを握りしめて。震える身体で。満身創痍の、血まみれの身体で。だが、その目には決意が宿っていた。迷いがなかった。後悔もなかった。

レミリアは、ため息をついた。

深く、長く。

 

「……そう」

 

その声は、冷たかった。だが、どこか疲れていた。

 

「レッドマジック」

 

レミリアは宣言した。

その手が、赤く光る。血のように。いや、血以上に濃く、深く。禍々しく。

紅い光が、部屋を満たす。

壁が砕ける。天井が崩れる。床が割れる。

すべてを飲み込む光が、爆発した。

 

「ああああ!」

 

咲夜の悲鳴が、轟音に掻き消された。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

煙が晴れると、部屋はなくなっていた。

壁も、天井も、床も。すべてが、吹き飛んでいた。

外気が、吹き込んでくる。

夜の、冷たい空気が。紅い霧を含んだ、毒の空気が。

レミリアは、空中に浮いていた。

紅い月を背に。血のような、禍々しい満月を。

そして――

咲夜も、空中にいた。

ボロボロの身体で。血まみれの身体で。

だが、まだ生きていた。まだ、意識があった。

 

「……しぶといわね」

 

レミリアは言った。

その声に、複雑な感情が滲んでいた。

 

「でも、もう終わりよ」

 

レミリアが動いた。

咲夜に向かって。光速で。

咲夜は時間を止めた。

最後の力を振り絞って。

だが、無駄だった。

レミリアは動く。時間停止の世界で。運命を操る者は、時間すら超越する。

 

「はっ!」

 

レミリアの拳が、咲夜の腹に叩き込まれた。

 

「っ!」

 

咲夜の身体が、上に吹き飛んだ。

血が、空中に飛び散る。

レミリアが追いかける。

連続で攻撃した。

拳を。蹴りを。容赦なく。

 

「………ぁ……!………がぁ…ぁ……!!」

 

咲夜は、防御すらできなかった。

一撃一撃が、致命的な威力で。

 

「はっ!」

 

最後の一撃。

レミリアの蹴りが、咲夜の身体を下に叩き落とした。

咲夜の身体が、落下した。

瓦礫の山に。崩れた部屋の残骸に。

ドガン、という音。

 

「……」

 

咲夜は、もう動けなかった。

身体が、完全に限界だった。

血が、止まらず流れていた。

呼吸が、できなかった。肺が、もう機能していなかった。

意識が、遠のいていた。

 

「……終わりね」

 

レミリアは、ゆっくりと降下してきた。

咲夜の前に。

その瞳に、何かが揺れていた。

レミリア自身、気づいていない何かが。

 

「あなたの能力は、惜しいわ」

 

レミリアは言った。

本当に、惜しそうに。

 

「時間を止める力。代わりがいない力。もったいないわね」

 

そして、手を上げた。

紅い光が集まる。

 

「さようなら、咲夜」

 

その声は、冷たかった。

だが、わずかに震えていた。気づかないほど、わずかに。

それがなぜなのか、レミリア自身もわからなかった。

その手が、咲夜の胸を貫いた。

深く。躊躇なく。一瞬で。

 

「……」

 

咲夜の口から、血が溢れた。

声も出なかった。

だが、その目は穏やかだった。

後悔はなかった。

ただ、静かだった。

 

「お…じょ……さ……ま…」

 

咲夜は、最後に呟いた。

か細い声で。

 

「私は……間違……っで………い……な……た……」

 

レミリアは、何も言わなかった。

ただ、見ていた。咲夜の顔を。

手を、引き抜いた。

ゆっくりと。

咲夜の身体が、倒れた。

冷たい石の上に。

血が、流れ出した。

止まらなかった。

 

「……あなたは、優秀なメイドだった」

 

レミリアは言った。

その声は、静かだった。

 

「完璧だった。十数年、私に仕えてくれた」

 

咲夜の目は、もう焦点が合っていなかった。

そして、静かに閉じた。

 

「……」

 

レミリアは、しばらくそこに立っていた。

咲夜を見下ろしながら。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

レミリアは、歩き出した。

瓦礫を踏みながら。

霊夢と魔理沙に、近づいていく。

 

「次は、あの二人ね」

 

だが――

足が、止まった。

 

「……?」

 

なぜ、止まったのか。

自分でも、わからなかった。

振り返る。

咲夜の死体が、見えた。

冷たくなっていく、咲夜の死体が。

 

「さようなら、咲夜」

 

さっき、そう言った。

いつも通りに。他の者を殺す時と、同じように。

なぜか、胸が痛い。

五百年生きてきて、感じたことのない痛みが。

何だ、これは。

レミリアは、胸に手を当てた。

心臓の辺りを。

痛い。物理的な痛みではない。だが、確かに痛い。

何かが、締め付けている。

何かが、崩れていく感覚がある。

 

「……変ね」

 

レミリアは呟いた。

咲夜の死体を、また見た。

かつての場面が、脳裏をよぎった。

最初に会った夜のことを。

夜の街で。月のない、暗い夜に。

空っぽの目をした少女がいた。生きているのに、死んでいるような目をした少女が。

名前を与えた時、あの少女は泣いた。

嬉しくて、止まらなくて。声を上げて泣いた。

その涙を見た時――レミリアは何を感じたのか。

 

「……」

 

思い出そうとした。

だが、思い出せない。思い出したくない気がする。

なぜ。

ハンターが館を襲った時のことを。

咲夜が、杭を素手で掴んだ。

血まみれの手で。

その時、レミリアは叫んだ。

「咲夜!!」と。

その叫び声は、何だったのか。

恐怖か。

咲夜を失う恐怖か。

 

「……」

 

レミリアは、また歩き出そうとした。

霊夢と魔理沙に向かって。

だが、また足が止まった。

ある夜、レミリアが傷を負った時のことを。

吸血鬼ハンターとの戦いで、思いのほか深い傷を受けた夜。

咲夜は、ずっと側にいた。

傷が塞がるまで。一晩中、離れなかった。

レミリアが目を覚ますと、咲夜は眠っていた。椅子に座ったまま、疲れ果てて。

その顔が、泣き腫れていた。

自分のために泣いてくれる人間が、いた。

その時、嬉しかったのは事実だ。

 

いや。

嬉しかっただけか。

本当に、それだけか。

 

「……なぜ、私の足は止まるんだ」

 

レミリアは呟いた。

自分自身に問いかけるように。

答えは、わかっていた。

わかっていたから、認めたくなかった。

 

「……愛して、いた」

 

声に出してみると、胸の痛みが増した。

五百年生きてきて、初めて感じる痛みが。

咲夜を、愛していた。

能力ではない。道具としてではない。

咲夜という人間を、愛していた。

 

「……馬鹿みたいね、私は」

 

レミリアは呟いた。

涙が、出た。

五百年生きてきて、初めて流す涙が。一粒だけ、頬を伝った。

 

「気づいたのが、遅すぎた」

 

咲夜の死体を見た。

もう、動かない。

もう、笑わない。もう、話さない。

もう、「お嬢様、日が落ちましたよ」と声をかけてくれない。

永遠に。

 

「……ごめんなさい」

 

レミリアは、ただそれだけ言った。

叫ばなかった。

静かに、小さく、それだけ言った。

そして――

 

霧が、溢れ出し始めた。

レミリアの身体から。

制御できない霧が。感情が、力に変わって。

これまでの霧とは違う。意図して放ったものではない。

痛みが、力に変わっている。

後悔が、霧に変わっている。

止められない。

霧が、どんどん濃くなっていく。

館の残骸を覆い、外に溢れ出し、空に広がっていく。

 

「やめ……止まれ……」

 

レミリアは、自分の力を抑えようとした。

だが、できなかった。

感情が溢れている。制御できない感情が。

心が痛い。耐えられないほど痛い。

だが、叫ばなかった。

ただ、霧が出続けた。

静かに。泣くように。

 

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

 

門前。

美鈴は、感じた。

巨大な力を。圧倒的な力を。異常な力を。

館の方から。

だが、力だけではない。

感情を。激しい感情を。制御を失った感情を。

悲しみ。後悔。

そして――痛み。

 

「お嬢様……?」

 

美鈴は呟いた。

この力は、お嬢様のものだ。間違いない。

だが、おかしい。

制御されていない。暴走している。

何かが、起こった。

霧が、さらに濃くなった。

急激に。異常なほどに。

これまでとは、比較にならないほどに。

 

「!?」

 

美鈴は、目を見開いた。

霧が、視界を覆う。

喉が、焼けるように痛い。

美鈴は妖怪だ。霧程度では、普通は影響を受けない。

だが、この濃さは違う。

これほどの濃度になると、妖怪でも呼吸が苦しくなる。

 

「まずい……」

 

美鈴は理解した。

お嬢様が、暴走している。

感情が、力に変わっている。

このままでは――

幻想郷全体が、この霧に飲み込まれる。

館が、さらに崩れる音が聞こえた。

地面が、揺れている。

 

「……立場がどうのこうの言っている場合じゃない」

 

美鈴は走り出した。

館に向かって。お嬢様に向かって。

全速力で。気を足に集中させ、人間を超えた速度で。

霧の中を。濃密な霧の中を。

気で霧を払いながら。身体に入らないように、バリアを張りながら。

 

「お嬢様……!」

 

美鈴は叫んだ。

 

「今、行きます……!」

 

霧の中を、駆け抜けていく。

速く。確実に。

館に向かって。

暴走するお嬢様に向かって。

何が起こったのか、わからない。

だが、お嬢様が苦しんでいることは、わかる。

感じる。あの感情の波を。

だから、行く。

門番として、ではない。一人の妖怪として。

お嬢様の、側にいるために。

 

 

紅い月が、すべてを見下ろしていた。

冷たく。無情に。

泣くレミリアを。

霧の中を走る美鈴を。

瓦礫の中に倒れている霊夢と魔理沙を。

冷たくなった咲夜の死体を。

 

すべてを。

 

紅い霧が、さらに濃くなっていく。

幻想郷全体を、覆っていく。

異変は、さらに深刻になっていく。

 

だが、それを止める者は――まだ、いない。

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