序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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97.ささいな過ち

 この世界にはもう一つノイズがある。……いやノイズキャンセリングの話ではなく。

 エルフだ。

 ドワーフと並び、御伽噺の存在。実在さえも怪しまれるその存在は、確かにいる。

 

 一人はドリルパイル・バンカーバンカー。ふざけた名前だけど、どうやらこれは芸名……というか、後からつけた名前らしい。彼女は自身が生まれた年もわからなければ、自分の名前も、家族も、なにもかもが無い状態で、気付いた時にはあれくらいの姿……大人の女性だったらしく、それを不憫に思ったのか()()()【マギスケイオス】らがつけた名前だという。

 当時の。果たしてそれがいつの、であるのかは窺い知れない。アルカやエレオノーラはいなかったらしいが、他のメンバーについての言及はなかった。

 

 んで次。同じく【マギスケイオス】の魔導士、銀・結糸。彼女は紫輝歴61年という比較的若い生まれではあるけれど、知識の面や意識の部分で、どうやら生まれる前のことを知っているらしかった。

 普段は髪染めやウィービングをしているから気付き難いけれど、BBと容姿的特徴を一致させている。レッドメタリックの光沢ある銀髪に、エメラルドグリーンの瞳。

 そして……「見惚れるような」というより「浮世離れした」という印象を受ける美貌。

 後から気付いたことだけど、属性魔法を使わない、という点も彼女らエルフの特徴なのかもしれない。無論銀・結糸はエルフではなくハイエルフ……エルフらの王族なのだが。

 

 最後。本名は知らないが、チェルシー・シュトロハイムと名乗ったアイツ。上記二人と同一の特徴を持つ少女。

 絶縁の呪詛によりノアとして生まれ出でてからは出会っていないけれど、実際あの後からヘンリー君は彼女の姿を見ていないらしい。つまり、留学生としてやってきた、という記憶をあの場にいた子供+教師らの全員から消して、姿を晦ませたということだ。

 要注意人物ではあるが、まぁ、強烈な悪意は感じなかったので、ただのかまってちゃんだと思われる。

 

 以上がエルフ。俺が会ったことのある、エルフなる存在。

 そしてこれから出会う様々こそ──。

 

***

 

 雨が降っているけれど、雨の音はしない。

 波が打ち付けてきているけれど、波の音もしない。

 濃霧と霧雨の降頻る道を、トテトテと歩いていく人影が二つ。

 

「リュミ、離れないで。無主魔力の()()()がおかしい。魔物がいるかも」

「いたとしても、兄さまなら簡単にやっつけられるでしょう?」

「少しでも危険を減らしたいんだよ」

 

 二つは兄妹であるらしかった。赤い光沢のある銀髪に、エメラルドグリーンの瞳。どちらもが同じ特徴を持っている。

 真剣な様子の少年……兄の剣幕に、少ししょんぼりして、大人しく彼に近付く少女。

 

 華爛(カラン)胡崙(コロン)

 下駄の音が響く。石畳を打つその音は、やはり、二人が出すものよりも多い。

 強く雨が降りつける。風も酷い。

 ──気付けば、視界は真っ白だった。

 

「リュミ、僕の手を握ってくれるかい?」

「うん!」

 

 前後も左右も、上下さえも分からない。

 その割に殺気や食欲といった「感情」を感じない。そのことに少年は気を引き締める。

 マズイものに目を付けられたかもしれない、と。

 

「──おそなゐことば、畏み申す。天津降(アマツフ)りの御声(ミコエ)海原開(ウナバラヒラ)底潮(オコシオ)(イキ)、まろび()霧主(ムス)大御影(オオミカゲ)

 

 あれだけ騒いでいた風が、雨が、ぴたりと喧騒を治める。

 まるで少年の言葉に傾聴するかのように。──否、まさに、そうだ。

 大いなるものたちの視線が突き刺さって、少年の頬にたらりと汗が浮かぶ。

 清廉な魔力。静謐の音。

 ここには誰もいない。ここには誰もいない。

 

「──(チイ)さき(マモリ)()しらに一つ、(ワレ)らが(アユ)みの(ミチ)()(タマ)ヘ。(マド)ヒの(カゼ)()ぎて、まほらへの家路(イヘヂ)へと、たやすく(カヘ)らしめ(タマ)へ」

 

 ──(オオ)きな気配が立ち去っていく。

 許したのか、興味を失くしたのか。

 雨足は弱くなり、風は吹かなくなって、霧も晴れていく。

 

 再び顔を上げた二人の視界に入ったのは、林へ続く道であった。

 

「……あれ? 兄さま、こんなところに道なんてあったっけ?」

「僕の記憶には、無い。……参ったな。魔物に関しては赦してくれたみたいだけど、この奇妙な息吹からは逃がしてくれないのか」

 

 少年はその役職として「大自然と語らうためのすべ」を有している。だからこそわかる。

 これ以上()()を願えば、その時はさらにひどいことが起きる、と。

 つまりこれは、兄妹が乗り越えなければならない試練のようなものなのである、とも。

 

「リュミ、離れないでね」

「うん。大丈夫だよ、兄さま」

 

 妹の言葉に押されるように、少年は道の側面、林の中に現れたその(ミチ)へと歩を進める。

 

 

 いつ空気が変わったのか。

 それについてを二人は知覚できなかった。

 ただ、いつの間にか雨は止んでいたし、このあたりではまず見ることのできない碧空が見えている。

 露を纏う背の高い木々と、その枝葉に止まって歌う数羽の小鳥。

 

 平穏(なだ)らかな砂利道が続く先には、華爛華爛(カラカラ)と音を立てて回る水車が見える。

 (オオ)きな気配も、魔物の息遣いも、ここには近寄ることができない。

 

 知らず、少年は……ごく、と唾を飲み込んだ。

 

「兄さま、ここ……」

「……普段目にするミクマリやマクマリが……矮小にさえ感じられる。重く、厚い。……海の底みたいな気配」

「でも……空気がとっても美味しいよ。天光の樹の洞の中みたい」

 

 等しい。ここでは、すべての魔力に差が存在しない。

 何に由来する魔力でも、どんな属性の魔力でも、等しく一つに敬服しているかのように。

 

 妹の手を引き、少年が水車の方へ近付く。すると、その先……水車に隣接して、小さな小屋が建てられていることに気が付いた。

 足が止まる。足が竦む。

 これ以上先へ行ってはならない気がする。

 

「大丈夫だよ、兄さま。私がついているのだから」

 

 言葉が溶ける。

 守るべき存在に背を押され、ようやく、少年は……その一歩を踏み出した。

 今すぐにでも逃げたくなる己が身を律し、歩き、歩き、そこへと向かう。

 変哲もない門戸だ。木造の家。そこを、手の甲でこつこつ、と叩く。

 

「……ごめんください。誰か、いらっしゃいませんか」

 

 少年がそう口にした途端、周囲からあの圧倒的な気配が失われる。

 失われたのか。損なわれたのか。はたまた、鳴りを潜めたのか。

 とかくしやすくなった呼吸に安堵と警戒を抱きつつも、少年が黙して待つこと数十秒。

 

 門戸が、ゆっくりと開いた。

 開けたのは──。

 

「なんだ、ガキ二人か。……まさかとは思うが、客じゃねえだろうな?」

 

 身長0.02athlほどの、ちんまりとした老人だった。

 身体的特徴を言えば、少年たちの同胞というよりは精霊に近いか。

 

「わ……小さい! 私より小さなお爺さん!」

「リュミ、失礼だよ」

「あ、ごめんなさい」

 

 ハーフリング族であるのか、その背丈の小ささは目を引く。

 だとして初対面で言うべき言葉ではないだろうという判断だった。

 

「ふん、大の大人が言ってきてりゃ金槌でぺちゃんこにしてやったが、ガキの言うことなら目くじら立てねえよ。……客じゃねえんだな、お前ら」

「あ、はい。僕たちは外の濃霧から逃げてきて……ここに迷い込んでしまって」

「ああ……近頃どうにも妙だからな。正解だよ、ガキ。……外が落ち着くまで好きに過ごしていろ。必要なら風呂だの飯だのも食っていけ」

「そんな、そこまでしていただくわけには……」

 

 気の良い人柄なのだろう。けれど、先程感じ取れなくなった気配の方が気がかりで少年は肯首することができない。

 何者なのか。なぜこんな場所に住んでいるのか。

 

「いまいち信用しきれねえってカオだな」

「……申し訳ありません」

「いや、いいさ。むしろしっかりしていると褒めるべきところだ。……そうさな、なら、自己紹介ってもんをしておこう」

 

 老人は。

 

「オレの名はマヨヒガ。魔宵池(マヨイケ)であり魔除(マヨケ)であり繭蛾(マユガ)であり魔焼牙(マヤイガ)であり惑彼岸(マドヒガ)であるモノ。れっきとした妖怪さんよォ」

 

 そんなことを、のたまった。

 

***

 

 紫輝歴480年。

 魔王国での知りたいことは大体知れたので、示唆を受けていた通り、ふらりとこの場所へ来た。

 V・D連邦北東部に存在する、小さな小さな区画。一応どの国も属さないとされている──否、そもそも存在を疑われている霧の秘境。

 オールトヴァルト村。エルフが住まうとされる、その場所だ。

 

 ……流石にノー知識の場所で「──ですよね?」をやるのは難しい。だからとりあえず下調べフェーズかねーって感じで見て回っていたのだけど、この場所なんか……凄まじい。

 小さな面積に対し、無数の位相空間が折り重なっているから、実質ハンラム王国くらいの広さがある。

 魔力の滞留別に……レイヤー分けをして、それが一つの位相空間として認識される、とか。……確固たる属性環を認識していないと……その常識が住民全員に無いと、簡単に混ざってしまいそうなものだが。

 

「あー! 間に合ったぁ! ちょっとちょっと、行くなら言ってよね~。知らない仲でもないんだしぃ~♪」

 

 なんて言葉を吐きながら、位相空間の境界線をぶち破って現れたるは、金髪の少女。

 ……はぁ。この境界線は直しておくよ。迷惑だろうし。

 

「何用だ、銀・結糸」

「あ、素の迷い家クンは基本その口調なんだ? といってもあたしもあの十七日間のことはあとで読み取ったから実感はないんだケド」

「あんまり意思疎通ができないようなら押し寄せてくる白い泥以外なにも存在しない世界に魔力操作知覚奪った上で放置する刑に処すぞ」

「なにその恐ろしい刑罰。……もー、余裕が無いんだからぁ。てちょっとちょっと、ホントに空間系のアクセスしないでぇ!」

「……」

「エルフについて調べたりなんだりをしに行くんでしょ? その時、手の内を知っているっていうかぁ、何かあった時に全部の責任を押し付けられるかんわゆいハイエルフさんが隣にいると、便利だと思うケドな~?」

 

 余計なトラブルが生まれ、そして俺の「──ですよね?」が奪われる未来しか見えないが。

 

「何が目的だ」

「んー、大部分は知的好奇心カナ? あたしはハイエルフだけど、生まれは仙実国(シァンシーグァオ)なわけで。オールトヴァルト村のことは一応知ってはいたけど、入ったことなかったしさ~」

「大部分以外は?」

「キミがどういう理念、目的で動いているかは別として、キミが行く場所では、必ず何か凄いことが起きるんだよね! 一大スペクタクル! 人類が乗り越えなければならない試練! あたしもそういうのに巻き込まれてみたいし、抗ってみたい!」

 

 ……別に、必ずしも、というわけじゃなかったけどな。

 ケレンやアダン、ペイトランなんかの時は別に大したことなく終わったし、竜災だって別に世界を揺るがしかねないような案件ってわけでもないだろう。

 クィローだの『博士』だのの功績がたまたま悪目立ちしているだけにしか思えんが。

 

「案内人というわけでもないんだろう。……大人しくしておけよ。あまり目立つのは好ましくないからな」

「え~? 至るところに現れては技術をばら撒いてるキミがそれを言うの~?」

 

 確かに「──ですよね?」の下準備段階に入ったなら目立つ行動は必須になってくるけど、それよりも前の段階である今に目立つとその後がおじゃんだ。

 が……コイツが来た時点で、な部分もある。キャラづくりくらいはしておくか。

 

 手に取り出すは、一本の煙管。

 これにとある薬草を入れて燻り、その煙を吸い込めば。

 

「え……うそ、エルフになった!?」

「お前、BB、あともう一人。俺が会ったことのあるエルフはこの三人だけだが、三人いればサンプルは充分だ」

 

 レッドメタリックの光沢の入った銀髪、エメラルドグリーンの瞳、近代SFメタリックチックなつやつやの肌。

 

「エルフ。種族的に見れば、緑月(ろくつき)の精霊であり、極度の魔力依存生物である、というのが特徴だろう。その依存度は精霊を超える。魔力から発生するのが精霊であるのならば、魔力そのものがヒトガタを取っているのがエルフであると断言できる。それでいて肉体を有するのは、そうでもしなければ緑月で活動することなど到底無理だったからだ」

 

 魔族になるのはまだできない。けど、オーガ族にもハーフリング族にも精霊にもなれるのだから、エルフにだってなれる。

 この煙管は吸引によって俺自身の魔力依存率を向上させる効果を有していて、吸えば吸うほど極端な依存度に寄っていく。あんまりやると多分魔力になって分解するので見極めは必要だ。

 

「……それ、一本くれたりしない?」

「どうせ他の【マギスケイオス】なんかに吸わせてみてどうなるのか知りたい、みたいなくだらない思い付きだろう」

「ワオ理解(わか)られてるっ!」

「下手をすればその場で魔力にまで分解されかねん。毒物劇物通り越して殺傷剤の域だよ。そう易々とは渡せんさ」

「はー……さすがぁ。エルフにカモフラージュするためだけにそんな危険な橋を渡るとか。……命なんてどうでもいいから?」

「さてな。……ついてくることを止める気は無いが、邪魔するようなら排除する」

 

 歩きだす。いつまでもこいつに構ってられん。

 

 さて、オールトヴァルト村周辺は──。

 

「ああだから待ってよー! 歩くの早いヨー! 大人しくするから連れていってヨー!」

 

 ……という感じで、久方振りの同行者が発生した。

 

 

 さて、改めて。

 オールトヴァルト村自体は小ぢんまりとした村だ。民家が十数個あるくらいで、賑わいも無さそう。

 その周囲には無数の位相空間が混ざりあう渾沌とした空間があって、それら位相空間の隙間を縫うようにして道が存在し、道沿いに民家や作業場が点在している。

 恐ろしい、というか気を付けなければならないのは、この周辺では「振り返る」とか「来た道を戻る」をしてはいけない、という点か。

 一歩踏み出す、足を前に運ぶというキーをトリガーに位相空間がパタパタと組み変わるため、後ろに戻るということは観測していない空間に身を投げ出すことに他ならない。

 道は常に前にしかない、というのを体現している場所だ。

 

「さすがというかなんというか、んーっ、仙実国より過ごしやすいなぁ」

「そうなのか。何がだ? 空気が美味いとか?」

「空気は……別にどこも同じ味だと思うケド、単純に魔力の馴染みが良いっていうかサ。キミも今エルフなら、感じない? 魔力の通りが良い感じ~」

「通りはむしろ悪いだろう。他の場所と比べても魔力抵抗が比じゃない」

「そーじゃなくてっ、自分の身体を通り抜ける魔力のハナシ!」

 

 ああ……だから、なんだ。

 言い方はちょっとあれかもしらんが、通気性が良いというか。浸潤性が高いというか。

 ここに来るとエルフは自己境界を大気に委ねられるから、常時風呂に浸かっているみたいになるわけか。成程、それは心地いいかもしれない。

 

「今までここを訪れなかった理由はあるのか」

「無いよー。いつか行ってみたいと思いつつ、やりたいことの方がたくさんあったから行かなかったって感じ」

「ふぅん。……お前にとっての時間感覚がどうなっているかは知らんが、あれからBBとは自分たちの種族に関して何か話したのか?」

「ぜーんぜん。あたしの感覚だと『全開』ちゃんとは二百年近く会ってないしぃ、わざわざ集会所に会いに行こうとも思わないしね~」

 

 集会所。……アルカの言ってた【マギスケイオス】の本拠地のことかね。

 恐らく教戒院と同じような、時間流から離れた場所なんだろうけど……そもそも【マギスケイオス】ってなにを目的に作られた組織なんだろうね。

 

「お前は、生まれた時からハイエルフだったのか? それとも後天的?」

「後天的にエルフになれる例を見てたら、あたしさっきのであんなに驚かないと思うケド」

「だとすれば、大層気味悪がられただろう。凡そ生まれるべきではない遺伝情報のオンパレードだ」

「せーかい。気味悪がってあたしは捨てられちゃったんだー☆ まぁあたしはあたしで生まれる前から意識があったからなんとも思わなかったしどうとでもなったんだケド」

「つまり親の炯眼だな」

「エーヒドイーソンナコトイウナンテー!」

 

 彼女は……しかし、コロっと表情を変える。

 

「けどスゴーイ。その偽悪的なカンジが今回の迷い家クンなんだねー? あんまりにもシームレスに変わるから驚いちゃったけど、そっかそっか、人格ってこうやって作るんだぁ♪」

 

 うざ。あとやりづら。

 待望の目途が立ったら適当な場所に放流しようそうしよう。

 

 ──と。

 ぴょこぴょこ跳ねていた銀・結糸の首根を掴み、その場所に踏み出す前に止める。

 

「あぐっ!? ちょ、なに~?」

「なんだ、わかってないのか? 今お前があと一歩を踏み出していれば、取り込まれていたぞ」

「だから、なにに~……って、うわぁ!?」

 

 それは、雨だった。

 雨……巨大な楕円体の形をした雨。しとしとと降る雨が、そこに鎮座している。

 恐らくは雨という概念そのもの。生物や魔力依存生物とは根本からして違う、超自然的なナニカ。

 

「存在構成がエルフとほぼ同一だな。逆に言えば、エルフとは自然の化身であれるほどに魔力構造がそれらに近いということでもあるが」

「なんか……呼ばれている……ような……」

「そうか。それは勘違いだし良くない傾向だろう。意識をしっかり保て。恐らくオールトヴァルト村のエルフは対処法を産まれた時から叩き込まれているのだろうが、それの無いお前では一度取り込まれたが最後、戻ってこれんぞ」

「でも……懐かしい声……あっちに行った方が楽に……」

「──境界層(バウンダレイ)

 

 位相空間の壁で銀・結糸を包む。

 ぽやぁ~っとした顔の彼女は、そこから、次第に次第に、ゆっくりと我を取り戻していく。

 

「はれへろほにはに……。ざぁざぁ……あたしは赭地に降頻る涙……ざぁざぁ……あたしは歌い流る川のせせらぎ……」

 

 訂正、我を取り戻していくどころか、加速しているな。えーと? これどうすればいいんだ?

 

「──おそなゐことば、畏み申す。天津降(アマツフ)りの御手(ミテ)稲光(イナビカリ)()()(オサナ)きは(ソナ)への(シナ)(アラ)ず。ただ土怪(ツチミチ)(アユ)むひとつの井命(イノチ)。畏み畏み、(ナオ)(カサ)ねて(まを)す。どうか御憐(ミアハレ)()(タマ)へ」

 

 ……ノアでやっている歌唱魔法にも似た、音の震えに意味と刻印式を乗せているらしい技法。

 その祝詞が聞こえてきたかと思えば、するりと、銀・結糸にまとわりついていたナニカからの干渉が消えた。

 ……超自然的なものであって意思はないと踏んだんだけど、あったのか?

 声の方に視線をやれば……そこには、虚無僧らしき人影が一つ。……いや怖いよビジュアル。

 

「ふぁぁ……あれ? ……なんだかとーっても気持ちのいいものに包まれている感覚だったのに……」

「礼を言っておけ、銀。そこな山伏が言祝ぎをくれなければ、今頃お前は雨と一体化していたぞ」

「なにそれ。たとえ話にしてもよくわかんないんだけどー?」

 

 振り返り、目礼する。空間のことがあるからな、無暗に近寄れないが。

 

「──見ない顔だね、お二人さん。外からのお客人かい?」

 

 虚無僧笠の奥から聞こえてきたのは……なんだろうな、やり手の女主人、みたいな……肝の据わった力強い声だった。

 ……あと、微かにだけど『威圧』や『記録』の刻印魔法に似た挙動をする魔力が飛んでいる。……いや、だから……こっちが先か?

 

「ああ、そうだ。外に生まれたエルフではあるが、オールトヴァルト村のことは兼ねてより知っていてな。訪れてみたかったんだが……ついてそうそう連れが飲み込まれかけた」

「あっはは、心の守りをつけずにオールトヴァルト村に、だなんて自殺行為だよ。けど運が良かった。私が一緒にいれば『眼差し』も『飲み干し』もへっちゃらだからね」

 

 確かな足取りで俺達の隣に来る女性。

 位相空間の境界線を足場にしているのか。器用というかなんというか、最早曲芸だが。

 

「村まで同行を頼めるという認識でいいか?」

「勿論さ。外からの客人を、それも同胞を見捨てて、なんてことがあっちゃあ長老連中に何言われるかわかったもんじゃないしね」

「そうか。恩に着る。……そして、自己紹介をしておく。俺はワンデラー。このチビは銀・結糸だ」

「あーちょっと! 自己紹介なら自分でできるのにー!」

 

 こちらが名乗れば、虚無僧笠の女性は。

 

「ワンデラーとジェミィだね。よろしく。私はラソマラニハザ。マラニ、もしくはハザって呼んでくれ」

 

 そう名乗ったのだった。

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