序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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99.許しの乞食

 年齢とは、結局、その存在がこの世界に現れてからどれほど経っているか、という指針にしかならない。

 銀・結糸は常にそう考えている。

 年齢が上だからと言って凄いことは何も無い。年齢が上だからと言って誇れることは何も無い。年齢が上だからと言ってほめそやされることは何も無い。

 無論、常に死闘を繰り広げている地域である、とかであれば別だろう。そこにおける年齢とは、即ちどれほど生き延びたのか、という指針。転じてそれは強さや賢さに繋がる。

 けれど……今彼女の眼前に広がっているような、外敵もいなければ変化も訪れないような村で過ごした八十万年は、生まれたばかりと、どれほど違う意味を持っているのか。

 

 六千歳。八十万歳。ああ、確かに凄い。

 よくもまぁ、それほどの年月を、このような変化の乏しい空間に費やし続けられたものだ、と。

 

「成程、それは確かに言い得て妙でしょう。私もこのエルフという種の持つ長い寿命には疑問を抱いてきました。自然の化身であるという割には魔力だけでは生きていかれず、古代種族というだけあってその生き方は世界への順応が無い。このようにして自分たちに住みやすい……自分たちが住むに耐え得る空間を構築でもしないと、生きていかれない。──実に無様。醜悪ですらあります」

「そうそう! あたしもそう思うんだけどねー。──ところで、当然の顔をしてあたしの思考を呼んできて、さっきまで周囲にいた子供達をどっかにやっちゃったワルーイ子は、どこの誰なのかなー?」

 

 つい先ほどまで、ワンデラーに言われた通りの「内部からの情報収集」を行っていた銀・結糸である。

 だというのに、いつの間にか、さも当然の顔をして……今眼前にいる誰かと二人きりの空間に放り出されていた。

 警戒。

 

「ノン、そう怖がらないでください。私はあなたの探し人ですよ」

「……エルフの村の、最年少さん?」

「ええ、その通り。普段は"そういう存在がいる"ということしか意識できない仕組みになっているのですがね。あなたと、あなたの連れの方。どちらかがエルフではないから、私を意識することができた。そう睨んでいますが、どうでしょうか」

「んー、あたしはイチオーエルフだよ。ちゃんとしているかどうかはさておいて」

「そうですか。ではあちらの方が。……ふふ、随分と高齢であるような口ぶりでしたが、その実のところ、どれほどの方なのですかね」

 

 幻術ではない。位相空間ではない。夢幻ではない。加速意識空間でもない。

 属性系魔力の痕跡は無い。特殊干渉魔法の特徴は無い。認識系に……若干の反応あり。

 

「こっちに質問ばっかりじゃツマンナイよー。会話をしようよー。──あ、ごめんね? 引きこもりさんには難しかったカナ?」

「ふふふ、ええ、いいですよ。あなたからも問いかけがあって然るべきだ。答えますよ、正直に」

 

 結局会話になっていないな、と考えつつも、この相手が根の界……この地域に存在する超自然的な概念であった場合を考え、そこは追求しないことにする結糸。

 三黙則なるものを信じるのならば、「会話になった」時点でアウトだ。質疑応答である内はまだ大丈夫だろう。

 結糸は冷静に、とある魔法を使う。ワンデラーには見せていない魔法をたくさんたくさん有しているのが彼女である。

 

「じゃあまず、あなたのお名前を教えて?」

「テイア、と」

「男の子? 女の子?」

「おや、此度は私の番では? まぁいいでしょう。性別は、女性であることが多いですね」

「ふーん。じゃあいいよ。ワンデラーについて聞きたいであってる?」

「ええ、あの方はどのような存在なのか。私達の呼びかけに一切応えない、恐らくエルフではないのだろう存在」

「んー。人族とかエルフとか神とか、そういうのがどーでもいーなーってなっちゃうような人、かなぁ。ワンデラーの前には等しく些末ってカンジ」

 

 ソルスノメントゥム、迷い家の怪、名乗らじの怪。

 此度名乗ったワンデラーなる名前も含め、たくさんの名前と顔を、比喩ではないままに有している未知なる存在。

 最初は「この世界を遊びつくしたいだけの闖入者」程度にしか思っていなかった結糸だけど、あんなのを慕うアルカや、最大限に警戒しているハニー老なんかの態度を見て、考えを改めている。

 恐らく。

 言っていないだけで、何かとんでもないことを知っている……しようとしている存在。

 

「そんなにも高次の存在なのですか? それにしてはあなたを随分と気にかけていたように感じましたが」

「あの人は誰に対してもそーだよ。結局善人っていうか甘ちゃんだからねー。どうせずっとは面倒を見られないクセに、一度視界に収めただけで縁があると判断して、優しくしようとする……優しくしたり、親切にしようとする心が抑えられない。性質(タチ)が悪いのは、あたしを含めて、この世界の人々はみんな……そういう、誰かが差し伸べてくれる救いの手を待っているような……そういう境遇やスタンスの子が多いってこと。サイアクの噛み合いってヤツー?」

 

 あれの本質は遊び人だ。やりたいことだけをやる怪物。やりたいことのためならばどんな努力も辞さない化け物。

 銀・結糸やフラニー・ハニー・オーケストラと同じ、一度抱いた大望に身も心も焼かれ、それでも尚と前進し続ける火砕流。

 

 ただ……前者二人よりも遥かにできることの量が多くて、そして二人よりも実力と経験が兼ね備えられていた、というだけ。

 冒頭の年齢の話をするのならば、真実あのワンデラーは高齢者なのだろう。酸いも甘いも知っている。清濁併せ呑んできた。見渡す限り、端から端まで、すべてを嚥下した上で……あれは酷く軽薄に振る舞っている。何の責任感も持たないような若者のように、世界を知らない蛙のように。

 

「何かちょっかいかけようと思っているのなら、やめた方が良いよ。あれが世界で遊んでいるうちはそーっとしておいた方が良い。無理に追い出そうとしたり利用しようとしたりすれば、いつの間にか、あなたの首が落ちている。喉笛に噛みつかれるとか、手痛いしっぺ返しを食らうとか、そんなんじゃ済まないよ。善人で甘ちゃんだけど──邪魔だと認識したのなら、その直後には、排除に動ける程度の非道さを併せ持っているからね」

「語りますね。経験談ですか?」

「まっさか~。あたしはワンデラーの相棒のジェミィちゃんだしぃー? ……それより、なんであたしに接触してきたのか教えてよ。ワンデラーよりあたしの方が懐柔しやすそうだったから?」

 

 ──既に種は割れた。

 今、銀・結糸にかけられているこの魔法は、『湖面に映る』というモチーフから創り出された疑似位相空間──認識齟齬の檻による亜種結界。

 つまるところ今の銀は、自ら、何も聞きたくない、何も見たくないと塞ぎ込んでしまっているだけの状態。

 

「『なるようになるかもしれない』に賭けた、と言ったところでしょうかね。──『蓋然』、でしたか? ふふふ、これで私とも縁ができました。どう使うかは、あなたにお任せします」

「……意味わかんないけど、利用されたことだけは伝わったので、今度仕返しするからー」

 

 だから、今は目を覚まそう。

 

 目を、開けば。

 

「あ、起きた。ジェミィちゃん大丈夫? ごめんねぇ、魔力酔いするとは思わなくて」

「心配になるなぁ、外界のエルフはこんなにもよわっこいのか。これでは生きていけないだろうに……」

 

 無数の老人たちが、それはもう心配そうに結糸の顔を覗き込んでいる光景。

 だから彼女は、笑顔を作って、うとうとしているかのような甘い声を出して、「うみゃあ、おはよう~?」なんて何もわからないフリをする。

 

 聞こえるからだ。

 確実に近付いてきている──試練の足音が。

 夢にまで見た、波の音が!

 

***

 

 迷い家の怪であると名乗った小さな老人。

 その彼の出してきた、焼き魚と無萎草の一食を頂いて、少年はひと息を吐いた。

 驚くほどに平和だ。空恐ろしいほどに。

 妖怪。その知識は勿論有しているけれど、こうまで会話のできる存在ではなかった。存在、というか、事象といった方が正確性のある事柄で、だからこちらから「容赦」を願うことはあっても、意思疎通は、と。

 無論彼の役職は魈覡(しょうげき)、妹は巫和であるから、そういう仕事だろうと言われたら、確かにその通りなのだが。

 

「ちと妙だな。ミマクリが騒いでる。何か機嫌を損ねるよォなことでもしたか、坊主」

「いえ……最大限の敬意を払っています」

「だとすりゃ外的要因か。まったく、厄介事は勘弁願いたいんだがな。

「申し訳ございません、僕らもすぐにここを」

「ああそうじゃねえ、そうじゃねえよ。……あっちのガキを連れてミマクリ共の中を逃げるってのは厳しいだろう。別に雨宿りをする分にゃ問題ない。商売の邪魔になるわけでもないしな」

 

 マヨヒガの老人は、そう、何か商売をしているらしかった。二人が来た時にも客であるかと尋ねていたし。

 

「何をされているのか聞いても良いのでしょうか」

「ん、ああ、金練りってやつさ」

「それは……誰を相手に?」

「勿論他の妖怪よォ。エルフにはエルフの金練りがいるだろう?」

「根の界が、売買を行う、というのですか?」

「おうよ。と言っても人間の使うような金銭じゃあねえ、俺達は(ミチ)を売買すんのさ」

「土地を、ということですか?」

「どちらかというと、その土地で発生する縁の方だがね。……っとと、そう睨まないでくれ。こいつァ性分なんだ」

「え?」

 

 突然バツの悪そうな顔をして頬を掻き、容赦を願うマヨヒガ。

 明らかに少年に向けられたものではない。だから視線を辿って、少年が振り返ったそこには。

 

「おはよう、兄さま」

「リュミ。起きたのかい」

「うん。元気になったよ。──だから、帰りましょう。少しでも安堵した私が間違っていました」

 

 リュミ。彼の妹。

 けれど、ああ。彼女の発する雰囲気のなんと冷たいことか。

 生まれてからずっと一緒にいる少年にとっては、初めて見る顔だ。

 

「こりゃ手厳しい。だがよ、在り方ってモンを自分で変えられるのならば、俺達は自然の触覚を名乗っちゃいねえんだ」

「そうだね。だから同情するし、呆れかえっているだけ。──兄さま、ほら、そろそろ帰らないと、ハザやピアロが心配するよ」

「そうは言うけど、外はまだ……」

「大丈夫、兄さま。私がついてるから」

 

 少女は自分たちの草履を持ってきて、縁側に投げ出されていた少年の足元にそれを置く。

 少年は何度かマヨヒガと少女を見回して……そして、靴に足を通した。

 

「あの……お世話になりました」

「カカ、そう罪の意識を向けるこたねえよ。帰るべきものが帰るべきところに帰る。それだけさ。──いちおう、弁明というやつをするのならば、()()()()()()()んだ。外から来たあの大嵐は……酷く恐ろしいモンだからよ」

「変革は破滅ではないよ、道標さん」

「そうかい。──まぁ、迷いし仔らが、少しでも休めたのならば……雨宿りの家にも意味はあったんだろう。カカ、行け、行け。もう誰にも捕まらないように。もう誰の目にも留まらないように」

 

 お礼もままならないままに、少年は妹に手を引かれ、家路(イヘヂ)へと就く。

 

 あの老人から離れれば離れる程に──初めの頃に襲ってきていた、あの圧倒的な気配が蘇ってくる。

 

 あんなものと、並んで、言葉を交わしていた、だなんて。

 

「──声はかけるが、振り返らなくてもいい。忠告という名の餞別だ、坊主。湖面に気を付けろ。湖面に映る緑の月は、もはや、俺達の知るものではないかもしれないと──その心と耳に焼き付けなァ」

「どういう──」

 

 意味かと問いかえそうとした少年の眼前に、真っ白な景色が戻ってきた。

 まだミマクリが徘徊しているのだろう。やはり安全地帯に引き戻した方が良い。

 けれど、おかしな話だ。

 この道に側道など無い。分かれ道など無い。

 そんなこと、当然知っているはずなのに。

 

「兄さま、大丈夫。──足を踏み出して、帰ろう?」

 

 妹の声が背を押す。

 帰る。

 そうだ、そも、二人は……遠く離れたところにしか咲いていない薬草を摘むために外に出ていて、だから、二人の帰りを待つ人がいるのだ。

 

「……帰ろうか、リュミ」

「うん!」

 

 風が吹く、風が吹く。

 オールトヴァルト村に着くころには()()()()()マヨヒガのことを忘れていた少年と。

 外から来た客人というものに……些か以上の懐疑を向ける少女だったけど。

 

 あと少しで掛け違われるはずだったボタンが正しいところに嵌った以上、その埋め合わせをと手を伸ばすのは、至極当然なことだ。

 ──まさかそれが、「超自然に飲み込まれやすくなる」ような縁結びの呪詛を全身に刻み込んだ解析者であるなどと、誰が思おうか。

 

 

 そうして、まるで入れ替わるかのように、立ち替わるかのように。

 静かになったマヨヒガの眼前で、空間が裂けた。

 

 裂け目から手を伸ばし現れたのは、エルフの男性。

 

「……成程、暖かいのも頷けるし、手放したくなる気持ちもわからんでもないが……所詮は浅知恵だな」

「オウ、なんだい兄ちゃん。客かい?」

「ん? ……なんだ、お前は。……エルフでも精霊でもないな。自然とほぼ同一の……根の界の親玉と言ったところか?」

「まぁ、そんなところだな。間違っちゃいねえよ。別に従えているつもりはねえが」

 

 その手に煙の燻る管を持った青年。

 立ち昇る魔力は滑らかで清らかで、マヨヒガが思わず感嘆を吐きたくなるほどに静か。

 感情を有する生物、特に人間であるとは到底思えないほどに冷静なナニカ。

 

「……鍛冶屋か」

「おうよ、わかるのかい?」

「火の気配と、土の気配で、なんとなくはな。……それで? 食らったエルフたちは、もう材料になって帰ってこない、ってか」

「なんだァ、出会い頭にそれは不躾がすぎねえか?」

「チ、何万年と経っている場合流石に厳しいな。一応やるだけやってみるか?」

 

 話が通じない。否、故意に話を成り立たせなくしている。

 上手い。この青年は、マヨヒガらとの付き合い方を既に心得ている。

 

再生命(リバース)

 

 ……なんて感心しているのも束の間に、その魔法が呟かれた。

 

 極大。そう表現するほかない規模の魔力が動く。マヨヒガをして初めて見る規模だ。あるいは、緑月の使うそれにさえ匹敵するかもしれない。

 

 魔法は半透明の球形を描き、瞬きの後、四方八方へと細い線を伸ばしていく。

 

「……無駄さ。エルフは俺達と在り方が違うだけの同()。カカ、雨風を雨風に鍛ち直しただけだ。それをもう一度、違う雨風の形に作り直すなんざ、人間の領分でやっていいことじゃあねえ」

「それには同意するが、今の俺は人間ではないのでな。そして、明確な生命の死を迎えていないというのであれば──心置きなくやれる」

 

 少しずつ。また少しずつと。

 足の形が、膝の形が、腿の形が……という風に、「自然を構成する要素でしかないはずの粒」が、ヒトのカタチを取り戻していく。

 あり得ない光景だった。

 けれど──どこか懐かしい光景でもあった。

 

再構世(リフレイン)

 

 ──そうして、ここに。

 五人のエルフが……抽出された。

 

「たった五人か。……総勢は果たしてどれだけなのか知らんが、まぁ、道案内の礼としては充分かね」

「……お手上げだ。ここまでされちゃあな」

「そりゃよかった。所有権を主張されていたら、そのままお前を殺すしかなくなっていた。……お前、及びお前らマクマリは、エルフ隠しの主犯ではあるのだろうが、今ミクマリが暴れていることの犯人ではない。そうだな」

「カカカ! そうさ、よくわかったな」

「原因は……やはり緑月か」

「カカカ、そうさ、そうさ。ああ、お前の頭の中を覗いてみたい。俺との会話のどこからそれを見出した。いや、会話すらしていなかったというのに、面白い」

「この村には鏡というものが存在しない。これだけ境界線に対して畏敬を抱く村なのに、水鏡すらない。それは、湖面という空間が緑月の領地だから。……いや、あと僅かに残された最後の住処だから。……とすると、なんだ。緑月的にはここを手放したいのか? いや、不可抗力という可能性もあるが」

 

 相変わらず話をしない。会話をしようとしない。

 それでいい。「性分」で話しかけてしまうマヨヒガだが、マヨヒガと話し込めば、迷うことを心地よく思ってしまう。

 入り浸ってしまう。

 本来ここは、休んで疲れを取ったら、出ていかなければならない場所なのに。そうして入り浸って、マヨヒガの一部に溶け込んだエルフは、いつか、金練りの材料となり果てる。

 

 それでももてなしをしてしまうのは、それがマヨヒガという存在の在り方だから、だろう。

 

「さぁ、帰った帰った。ここは本来教え導く場所なれば、ガキ以外はお断りなのさ。ガキもお断りだがな」

 

 それはあるいは、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』、そしてエチェロエグズル教戒院のように。

 ここなるは元来、大人の迷い込んで良い場所ではないのだと。

 

「また来るときがあるのならば、その時はしっかり話してやる。──すべての対策を整えた上で、だが」

「はん、こちらから願い下げだね」

 

 言って……青年は、抽出したエルフらを連れ、姿を消した。

 痕跡も影響も、一切を残さないままに。なればあれは妖怪ではないのだろう。あれは──。

 

「さしずめ霊障、かね?」

 

 カカカ、と笑って。

 瞬きの後、小屋も水車も、晴れ亘るほどの青空も。

 

 すべてがノイズの向こうに消えていった。

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