序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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100.sED1 - おやすみを言うための権利

 一年間の「おつかい」に出ていた兄妹、忘れ去られていた同胞たち。

 この二つの……七人の帰郷に、オールトヴァルト村は久方振りの笑顔に包まれた。

 そしてそれを成し遂げた二人、ワンデラーと銀・結糸を盛大に歓迎し、今できる限りのもてなしを彼らに施した。

 また、ミクマリとマクマリの脅威度を設定し直し、一層強い警戒を、ということになった──その日の夜。

 

 おかしな夜だった。

 空に輝く緑月は明瞭に見えるのに、1athl先も見えないほどの濃霧。だというのに何かに掴まっていなければ吹き飛ばされてしまいそうな暴風と、肌を打ち付けるほどの大雨が降り注いでいる。

 

 まるで。

 まるで──大自然が、このオールトヴァルト村を飲み込んでしまおうとしているかのような。

 

***

 

 銀・結糸と二人、「今日はここを使ってくれ」と言われた空き家──それがあること自体が記憶にない失踪の根拠だが──の上に座り、天を眺めている。

 

「すごいすごーい! やっぱりキミはこういうことの直前に現れるんだねー」

「……さて、どうだろうな。経験則を言うのなら、こういうことは、俺がもう一つの行動をした後に来るものだが」

 

 失踪したあとに来なければ、「──ですよね?」も望めないだろうに。

 まさかこのまま……オールトヴァルト村を飲み込む気なのか。

 あのチェルシー・シュトロハイムなる少女は、じゃあ、壊滅したオールトヴァルト村の生き残りなのか。

 そこまで考えて……ようやく理解が及んだ。

 

「あれ? でも……キミ、ここの人達を救おうとはしないんだ? ちょっとどころじゃなく会話をしたし、わざわざ溶けてしまったものを抽出なんてしてまで救ってきたクセに、情は湧いてないって?」

「……俺に何を見ているのかは知らんがな。なんでもかんでも助けたいと思う熱血漢ではないんだ。……それに、今は特別情が湧き難い。人間を選ばなかったから」

「エルフは冷血ってコトー?」

「呼ばれたり、重ねられたり。案外他者の影響を受けやすいのさ。……人でなしとの二人旅になれば、俺も人でなしになるだろう」

「えー、あたしのせいってコトー!?」

 

 あるいは、妖怪のせいなのねってこと。

 正直エルフよりも根の界の方が圧倒的な存在密度だからな。大分そっちに引っ張られている。

 

「実際、どうだった。俺が観測した限りじゃあ、八十万歳を超えるピアロ爺さんなる人物は存在しなかったが」

「こっちも同じー。最年少で710歳のエルフがいる、っていうのをみんな知ってたけど、じゃあその子がどこにいるのか、っていうのを誰も知らない。知らないことを不思議にも思わない。……根の界に飲み込まれたら忘れられちゃうって部分も含めて、コワーイ村だねー、ここ」

 

 そうだ。こちらも同じ。

 最高齢の爺さんについては誰もが知っていたけれど、じゃあそいつがどこにいるのか、ってのは誰も知らなかった。

 石や木のようにその辺で日向ぼっこしていておかしくない、みたいに誰もが言うのだ。会ったことがあると言うし、日常的な会話をもしている様子なのに、今どこにいるのかを答えられたやつは一人もいない。

 さっきの歓迎会にもそれらしい人物は出席しなかった。そしてそれは最年少も同じ。

 

「……エチェロエグズル教戒院は、創設から終了までを外界の一日と対応させている。そうすることで時間的な被りを消し、時間流からも外れたままに、"結界の外殻は外界に面していなければならない"という制約をチェックしている」

「【マギスケイオス】の集会所もそんな感じだよー。対応している部屋と逆転している部屋があるから、その辺上手く使わないと一生出られないんだけど」

「それは誰のアイデアでそうなっている?」

「『別界(パラレッラ)』っていう魔導士がいてねー? それがやったんだよねー」

 

 別界。たびたび話に出てくるやつだ。それは別界でも無理とか、あるいは、まさか別界? とか。

 結界術の基準値。いや、【マギスケイオス】だから、到達点か。

 

「ここではその逆が起きていると想定している」

「逆? 外界の始まりから終わりまでが、この村の一日と対応しているってこと?」

「ああ、それも切り取られた一日とな。……恐らくだが、村が滅亡する日。その直前の日が切り取られ、こうして世界と対応させられている。──つまり、此度、俺達の行いによって"無かったことにされた"紫輝歴770年の災厄は」

「なるほどねー? 今こうして、あたしたちが打ち破らんとしている試練と対応するってことかぁ」

 

 そう。それにより、オールトヴァルト村は「滅亡しなかった未来」を引く。

 チェルシー・シュトロハイムが現れたのは、正しく、俺達が……というかアンドリアミアフィナイラロカが滅亡を無かったことにしたから。あいつが監視のために入り込んでいたのには意味があったんだ。まぁ時代がちょっと違った……というか、俺が絶縁したから出会えなかった感じだろうが。

 

「世界の(そと)、時間の卦。その場にいるはずのない者が現れて、襲いくる試練を打ち破る。災厄の地では俺、あるいは【マギスケイオス】。この地においても俺と【マギスケイオス】だ。縮小版だがな」

「おじーちゃんが良く言う時の円環ってヤツだねー」

「そう。これもろくろをなぞる行為だ。あるいは俺達こそがなぞったのやもしれないが」

 

 やがて。

 霧は、ミクマリは、ある一つの姿を取る。

 化生──濃霧の竜。西洋ドラゴンではなく、東洋竜。正しく水の化身。

 

 今まで起きていた「ミクマリの奇妙な行動」や「被害の悪化」はすべて世界の終わりに向けた前進だったと。

 ……そう考えれば、「ユランによって文明がリセットされて、そこまでに受け継がれていたものが全て忘れ去られる」という事象自体、マヨヒガ、あるいは『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に似ている。

 教戒院でも……まるで昔の自分を忘れたかのように、昔の自分がいなくなったかのように、新しい自分となって前に進む。符号符号符号符号。

 

「じゃあさ、じゃあさ、ここであたしが──この村を見捨てる選択肢を取ったら、どうなっちゃうのかなぁ!」

「その時は恐らく、お前ではないものが現れ、世界を救うのだろう。……というか、その予定だったところに無理矢理お前をねじ込んだ、というのがハニー老の画策だと思うんだが、首は振らないよな?」

「うわあ、流石『解析』だねー。そうだよ、その通り。あたしが来たのは、おじーちゃんが行ってほしいって言ったから。あたしも自分がどーなっちゃうのかキョーミあったし」

「そして、どうなったとしてもどうとでもなるのがお前だ。『蓋然』の魔法使い」

「正解せいかーい! 自分が分解されちゃうようなアブナーイ目に遭ってもー、下手をすれば殺されちゃうようなアブナーイキミが相手でもー、どーにかなるからあたしはここにいるんだよねー♪」

 

 つまり究極の捨て石だ。自覚があって、それを楽しめる捨て石。

 これほどの適任はそうはいない。何が起こるかわからない場所に対する調査員として……あるいはなんらかの化学反応を狙うものとして。そしてそれは、同じく『不死』にも言えるだろう。

 

「危機感の欠如。臨場感の損失。まぁそれを言うなら俺だってそうだからな、特に文句はないが……そんなお前でも災厄を乗り越えることはできなかった。涅月の墜落がお前達をかき乱したからだ、というのは理解しているが、それがろくろに刻まれていないというのはおかしな話だ」

「……あのミストドラゴンがあたしを殺せるって言いたいワケ?」

「さてな。あれ自身か、別の理由か。『不死』も『蓋然』も、結局二千年以上は生きられていない。そこにはしっかり理由があるのだろう」

 

 どうとでもなるのに、死している。途絶えている。

 つまり、どうにもならない事態に直面しているという証左だ。

 

「先も言ったが、俺はやらない。そういう気分じゃない。そしてお前がやらないのならば、この村は敢え無く滅亡に身を湛えるのだろう。それは揶揄されることではないし、恨まれる話でもない。全てが筋違いだからな。──好きにしろ。世界はそこまで、お前に求めてはいない」

 

 ミクマリ。水配りの神。水分神。

 雨や河川、海など、水に纏わるすべての神。水を配る水脈の神。

 なればその成り損ないは、水の霊(みつち)なのだろう。それは転じて蛟であり、竜の子供時代。神の成り損ない。

 

 この村は世界の縮図だ。この村の全てが世界に対応している。

 この村はこのまま行けば(おお)いなる水に飲まれて壊滅する。世界が竜に呑まれて壊滅するように。

 オールトヴァルト(Oortwald)。端の森。境界の森。世界の外れにある森。

 あの祝詞も、位相空間の重なり合いも、来た道を戻ってはならないなどのルールも。……だから、試験管内(in vitro)でのバイオアッセイ、が一番しっくりくる感覚かなぁ。

 その実験を行っているのは、恐らくあの月。ノクスルーナと違って愛着は無いんだろうな、というのがひしひし伝わるよ。

 

「むぅ。……キミってば、人を乗せるのが上手いっていうかさぁ。そうも突き放されたら……やりたくなっちゃうんだよねぇ」

「お前が言ったんだろそもそも。そのために来た、って」

「そうだけどサ~」

 

 助言はしない。手伝いもしない。

 が──やるんなら、できるのだろう。

 なんせお前達は、【マギスケイオス】……魔導の頂点の十二人、ってやつなんだから。

 

***

 

 土属性の錬金術でハンモックを編み上げ、どこに括ったのかわからないままにそこへ横になるワンデラーに、銀・結糸は大きめの溜め息を吐いた。

 もうちょっとこう。もうちょっとこう……カタルシスというか。何か避けられない云々があって、紆余曲折があって、克己があって……一大スペクタクルが、じゃないと。

 燃えない。

 よくわからない場所で、よくわからない相手に利用されかけていて、よくわからない結果よくわからないものと対峙している。

 今の結糸はそんな心持ちである。

 

 見遣る。

 濃霧の向こう。暗澹の果て。

 そこに、とぐろを巻いて坐す、ミクマリの化身がいる。

 どのようにしてこの村を飲み込むかしか考えていない──結糸らのことも、あるいはエルフらのことも視界に収めていない、知能に乏しい化獣(バケモノ)

 

「……まぁ、ねー? どちらか片方がエルフじゃない、って話だったけどぉ、それは間違いっていうかぁ」

 

 意識。結糸の意識というのは、実は、419年よりも前から存在していた。

 はじめに覚えたのは、荒野。いいや、それさえも甘いかもしれない。生物の住みようが無い岩石の塊。緑光を放つ地面から眺める空は、漆黒で、それにフィルタリングされた赭地なるものと、その向こうに見える紫輝なるものだけが、別の色。

 誰もいない。音もしない。変化も無い。

 永遠に続くかと思われるほどの長い時間、銀・結糸の意識は、緑月の中にあった。

 

 それが途絶えたのは、たびたび現れるあの大蜥蜴が眠りに就いたあの日から。

 

 声が聞こえたはずだ。

 

「──それは、可哀想なのだわ」

 

 少女の声だった。いや、今に思い返せばはっきりとわかる。

 あれはノクスルーナと名乗る少女の声だった、と。

 

 その声が聞こえてすぐ……あの孤独な視点は賑やかになった。

 人影。人影人影人影。

 この星の生み出した、無数の生命。それで溢れて、孤独が消えた。

 

 声が聞こえたはずだ。

 

「──醜悪。無様。緑月(ろくつき)、そちは涅月(くろつき)の言う可哀想の意味を履き違えた。命を増やしたところで命乞いにはならぬ。──そちは劣り、敗けたのだ。大人しく赭地(あかつち)へ還れ」

 

 その声の後、意識が途絶えて……気付けば彼女は、この世界を浮遊する意識体になっていた。

 ゴーストとは違う。魔力でもない。ただ意識だけの存在。

 でもそれは、とても楽しいことだった。孤独で何も無い世界。孤独ではないけれど動けない世界。そこから、ただ流されるだけであれど、どこへでも行くことのできる存在になって……長らく世界を眺め続けた。

 

 ただ、二度のその「変化」は、彼女に「欲望」というものを植え付けていた。

 流されるだけじゃなく。

 自分の足で、この世界を見て回りたい。

 自分の意志で、生きるということをしてみたい。

 

 あの日。その意思がピークになったあの日。

 それでもまだ意識だった彼女は、その会話を耳にした。

 

清浄(しょうじょう)の魔族? そんなものがいるのか。……む、特殊個体魔族というのは、人の現身じゃなかったのか?」

「魔が代替するものは、人族だけではありませんから。ハーフリング族やオーガ族……そして、御伽噺のエルフ族も、魔の代替対象です」

「それは知らなかった。失礼をしたな」

「いえいえ、あまり知られていない話ですし……清浄の魔族や時計の魔族は、そろそろ自分たちを終わらせるべきだと考えていますからね、外側に知られていかないんですよ」

「自分たちを終わらせる? ……それは、種として絶滅をする、ということか?」

「はい」

 

 強大な魔力を秘めた、紅色の魔鉱石の輝く湖畔。

 そこがどこであったのかは思い出せないけれど、その後のことだけは、今でもはっきり覚えている。

 

「それはまた、どうして」

「治癒も破壊も、ヒトには過ぎたる力です。本当は皆、自然に、在るままに在るべきですから。……星々が作り出した幻想など、早めに打ち砕いておくべきなんですよ」

「だが、俺は、お前に助けられたよ」

「ええ。それが清浄の魔族が収斂の果てに得た、最後の成果であったと……そう誇って、息絶えます。清浄の魔族。エルフの魔族。……ホントは魔族なんていない方が良いんです。本当はみんな、生まれたままに、そのままに……」

「……だが、それでは、俺が悲しいよ。お前達の生きた痕跡が、どこにも残らないなんて」

「どこにも残らないかどうかは、わかりませんよ。補填された代替物が消え去ったのなら、あるいは、原種の純化に一助するかもしれません」

 

 あり得ないことだけど。

 その時、目が合った……気がしたのだ。

 意識体でしかなかった彼女と。

 清浄(エルフ)の魔族を名乗る少女の視線が。

 

「御伽噺のエルフ。そのエルフ達さえも御伽噺にする、伝説の存在。──ハイエルフが、私達の切れた糸を、もう一度紡ぎ直してくれるかも」

「……夢物語だ、──。どの道俺達は、ここから出ることさえ叶わないのだから」

「いいえ。──今、確かに、誰かに……託されましたよ」

 

 そこで意識がまた途絶え。

 気付けば彼女は、人族の母親の胎内にいた。

 生まれる前から意識があって。

 生まれた後も続いていた。

 

 エルフの特徴から気味悪がられ、捨てられたことも。それでも与えられた、銀・結糸という名前も。

 赤子の身体を魔力で操り、「自分の足で歩くため」の魔法……『蓋然』を構築したことも。

 訳知り顔で接触してきたフラニー・ハニー・オーケストラに誘われるがままに【マギスケイオス】入りしたことも。

 

 全て覚えている。全て記憶している。全て、新鮮で美しく、楽しいものとして記録している。

 あの孤独では、あの荒野では、決して味わうことのできなかった「生」。生きる。命。力熱。今ここに自分がいるということ。

 

 そうして……今までのすべてを思い出して、彼女は万感を肺に溜める。

 

 ハイエルフ。

 彼女はその種族であることを、誇りに思っている。

 名も知らない魔族から託された、意味のある生命だと考えている。

 醜悪。無様。その通りだ。その通りで構わない。

 緑月がその存在の存続のためだけに生み出した命。それがエルフの正体であるとしても、誇らしく、胸を張って、エルフの王族を名乗ろう。

 

 そして──今。

 

「今。あたしの目の前で、エルフの村が食い壊されようとしているっていうんならさ──」

 

 誘われるがままに入った【マギスケイオス】。その出会いに意味はあった。

 多種多様に魔導の深奥を目指す者達の中で──とりわけ銀の興味を引いたのは、『到達(ペルウェニーレ)』の魔導士。それも銀と同期の、今を生きる『到達』ではなく、何世代か後の『到達』──重村鎖袋。

 暑苦しいし、たまに話が通じないし、銀にも筋トレ筋トレと迫ってくる点は非常に鬱陶しいのだけど、一点。

 

「らしくもなく! ガラにもなく! ──あたしが頑張る理由になる!」

 

 今自分にできる全力を行使するというのは心地よいものだ、というその理念は、「生きる」をやってみたかった銀にとって、「いつかチャレンジしたいことのリスト」に項目として差し込まれる目標の一つになった。

 銀の性格じゃ、全力なんて出さない。出そうとしない。理由をつけて、あるいは理由が無いからと言って、のらりくらりと躱すのがオチ。

 ()()()()()()()()()()()()

 己という生物の性能の限界。己という運命の依縁の限界。

 

 エルフの村に来て。

 エルフが滅亡の淵に立たされていて。

 

 今以外の場所で、全力なんて出すわけがない。

 なら、あの理念の実証は、今しかできない。

 

「どっちかがエルフじゃない──そうそう、その通り! けど違う。確かに彼はエルフじゃないよ。でもね、あたしだってエルフじゃない。あたしの背中には、忘れられ、消え、途絶えていった無数のエルフの、伸ばしたその手がある! それはあたしを同じ場所へ引き摺り込むための手に見えるけど、どうか連れていってと、どうか置いていかないでという懇願でもある!」

「なら、他でもないこの俺がアシストをくれてやろう。──そんなお前は誰だっけ?」

「ハイエルフ──(イン)結糸(ジェミィ)!」

 

 何がおかしいのか、ハンモックで横になったまま、顔に手を当てクツクツと笑い、「レギュレーション違反三回目」とか「レッドカードだな」とか言っている彼を後目に。

 銀は、今の今まで組み上げていた魔法を使った。

 

解釈→抽出:『フルドラの誘い歌』(みんなで遊ぼう)~」

 

 言葉に呼応し、現れるは無数のコンストラクトだ。

 否、コンストラクトと呼べるほど確かな存在ではない。むしろ曖昧で、一つ一つに込められた概念の弱いものたち。

 けれど、文字通り無数。天に坐す蛟に対し、まるで、竜に立ち向かう人々のように──無数がここにいる。

 

「……成程、面白いな。大気中の魔力をかき混ぜて、偶然できた泡をコンストラクト化し、指向性を与える。決められた姿など一つもないが、だからこそ捉えようがない。場が他者によってコントロールされているのなら、これほど適した魔法も中々無いだろう」

「あんまり解説しないでほしいカナ~。あたしの魔法は夢と希望(メルヘン)が売りなんだからサ~」

「そうか、すまなかった。魔力を扱う者としての単なる称賛だから、他意はないよ」

 

 出鼻が挫かれたけれど。

 

「気を取り直して──いっけー!」

 

 進軍せよ。その号令を受けて、無数の泡が蛟へ殺到する。

 蛟はその身をくねらせ、たったそれだけで大半のコンストラクトを破壊した。

 

 けれど、破壊されても……破壊されたからこそ、これらは増える。泡というものが泡である限り在り続ける。

 このオールトヴァルト村が「閉じた試験管」であるというのならば、一度形成された泡を消すのは非常に難しい。この魔法はその事実を軸に作られている。

 乱されても、破壊されても、一度出来た泡は形を変えて残り続ける。

 

 咆哮があった。

 次の瞬間、凄まじい魔力の高まりが蛟の口の付近に集中する。

 

「ほう。あんなナリでもブレスを吐くか」

「どういう成分のブレスだと思う?」

「お前の考えている通りだろうな」

 

 つまり──エルフを取り込み、溶かしてしまうブレス。

 そんなものを放たせるわけにはいかない。

 

「『最も価値のあるものを不可視にする魔法(みんな、隠れて)』!」

 

 ブレスが放たれる。エルフも村も、何もかもを自然に還すその光は──しかし、空中で何かに阻まれる。

 不可視の何か。この場において最も必要だった、「危機を遮るもの」。

 

「また……曖昧な魔法を使うものだな。意識の総和が今最も欲するものを出現させるが、それが不可視になる魔法? 自分で作り上げるものを設定できないとはどういう了見だ」

「うるさーい! 手伝う気が無いなら黙ってて!」

「まさかお前、普通の魔法はそもそも使えないのか?」

「エルフは紫輝からも赭地からも要らない子ニンテーされてるんだから、属性魔法なんか使えるわけないじゃん! それくらい察してよね!!」

 

 劣敗種。そう呼んできたのは紫輝の天使だったか。

 そうだ。エルフはもう歴史にいてはならない存在。とうの昔に消去された存在。

 なれば、二つが由来となる魔力など扱えるはずもない。そんなものを体内に入れようものなら、たちまち内側から食い破られるに決まっているのだから。

 

「『終わらない虚無と向き合うための魔法(やりたいことをやろう)』!」

 

 無数の、しかし今回はコンストラクトではなく魔力が蛟へ殺到する。

 属性を伴わない、ただ「食い千切る」という概念だけを持つ魔力。それらは濃霧の精のその身に齧りつき、雲散霧消させ……しかし、その直後には全てが修復されている。

 相手は自然。相手は世界だ。

 分散させることに意味など無い。

 

「あー……どうしよう。あたしの魔法ってそのぉ、実は殺傷力に優れないっていうかぁ。夢と希望(メルヘン)が売りだから、そういうのは門外漢っていうかぁ」

「なんだ、『到達』と見紛うほどの名乗りをあげておいて、早くも弱音か」

「もーほんっとうにうるさい……。未来の『最小限』ちゃんがコレを好きになるって話だけど、ゼーッタイ考え直した方が良いって!」

「同感だ」

 

 寝っ転がって足を組んでクツクツと笑う最新の妖怪に憤慨しつつも、けれどその通りである。

 頑張ると決めた。全力を出すと決めた。

 だというのにいきなり弱音では、なにが「生きる」だ。

 

 生きる。それをやってみたくて、銀はここにいる。

 

「手をこまねく意味があるのかと、そう問うたんだよ、俺は」

「どういうイミ、それ」

「紫輝からも赭地からも嫌われている。だから属性魔法が使えない。結構。緑月由来の魔力で行う遠回りな魔法が得意。結構だ。だがな、世の中にはもっと単純な魔法というものが存在する。──今さっき、そのお手本を、あの意思無き水の霊(みつち)がやっただろうに」

 

 さっきアレがやったこと。

 それは。

 

「……えー、芸が無いよー」

「芸。芸ときたか、銀・結糸。面白い話だ」

「なにが」

「芸術──実用の技術とそうでない芸術の技術。この二つの間には、決定的な溝が横たわっている。それは娯楽であるという輝かしい一点だ。生きるに必要の無い技術を芸術と呼び、生きるための技術を実用と呼ぶ。──そら、あれを、天に坐すあれをよく見てみるといい。あれに遊びがあるか。あれに娯楽が存在するか」

 

 泡と魔力に体を啄まれ、しかし、意に介する必要が無いと判断し──再度ブレスを、あるいは突撃を考えている蛟。

 遊び。そんなもの。

 

「知性を少しでもつけた生命は遊ぶという行為を覚える。赤子に然り、魔物に然り。この世界で最も知恵をつけた存在が人間であるのなら、最も遊ぶ生物も人間なのだろう。──芸が無い。ハ、当たり前だ。今お前が相手にしているのは生きるための実用。遊びの正反対。娯楽と究極に対義を取るもの。そんなものの前で、芸を求めてどうする」

 

 ブレスが来る。

 今度はさっきよりもさらに魔力が込められていて……壁程度じゃあ、どうにもならないかもしれないものが。

 

「自覚しろよ、劣敗種(エルフ)。お前達は今、生存競争という縄張り争いをしているんだ。どちらが生き残るかという瀬戸際で、互いを糧にするための食い合いを行っているんだ。芸など不要だろう。遊びなど要らないだろう。今はただ、純粋に、勝利というものだけを求めてみろよ。お前達が真に生物に……生きることに憧れているのなら、だがな」

 

 ふと。

 銀が……目を離すまいとしていた蛟から、少しだけ焦点を外せば。

 いた。それぞれの家の前に、危ないからと、恐ろしいからと……籠り、滅亡を、災厄を見ないふりしてやり過ごそうとしていたエルフたちが。

 銀・結糸を子供扱いして、可愛がって……それでも何かに怯えていた、怯えていることを隠すために盛大な歓迎会をしていた者達が。

 

 危ないから、隠れていて、なんて。

 言葉は、出ない。

 

「──手伝ってほしいんだけど、どうかな、みんな」

 

 声は──隣にいるお節介焼きのスピーカーによって拡散される。

 呼応したのは全員。そして、中でも強い反応を見せたのが、三人いた。

 

 一人はハザだ。ラソマラニハザ。彼女は銀と同じように万感を肺に溜めて、言葉を祝ぐ。

 

「畏み畏み、(アマ)高処(タカド)より(イキ)づく御気等(ミケラ)水配(ミクマ)りの化身(ケシン)(ムラ)よ。(マヲ)しや汝等(ナレラ)(シホ)口開(クチヒラ)きて我等(ワレラ)()()し、その跡影(アトカゲ)すら(アラ)()(タマ)ふと(マヲ)すならば──」

 

 それを継ぐように。紡ぎ、嗣ぐように、あの兄妹の兄もまた言葉を祝いだ。

 

我等(ワレラ)()(アト)になりても此処(ココ)(カゲ)()とさむ。か(ヨワ)き、(ハカナ)き、(スエ)魔滅(マボロシ)(イダ)きつつ、(ネガ)ひを(ツカ)ねる(オホキミ)たる幼子(ヲサナゴ)が、(カナラ)ずや我等(ワレラ)彼方(カナタ)へと(ミチビ)(タマ)ふがゆゑに!」

 

 言祝ぎによって形成されたるは、自分たちの魔力を無主魔力に変換し、一点に集めるというただそれだけの魔法。

 変換先は当然銀・結糸。集められるはエルフ──その全魔力。

 

 トーン、と。

 水の波紋のような音と共に、少女が銀の隣に降り立った。

 

「──お久しぶりです、と。今は、溶け込んだ意識を使って、話しています」

「……もしかして、あの時の?」

「ええ。自然との対話が魈覡(しょうげき)の役目なれば、巫和の役目は祖霊との対話。……ふふ、けれど、まさか清浄(エルフ)の魔族までエルフの末席に加えていただけるとは思っていませんでした」

 

 兄妹の妹。銀も、ワンデラーも──初見の時点で、最大限に警戒していた少女。

 

「ああ、ごめんなさい。話し込んでしまうのが私の悪い癖ですね。──願いの粋、エルフ達の王、あるいは緑月の祖。いつか授けられなかったこの名前を、あなたに託します」

「それを受け取れなかったから、あいつはドリルパイル・バンカーバンカーなんてけったいな名前を名乗っているわけだな」

「あら? 別の方がいらっしゃったのですね。気付きませんでした。……うわぁ、奇妙な霊魂。あ、失敬。話が逸れました。それどころじゃないですよね、ごめんなさい。……それじゃあ、今、あなたの意識に言葉を滑り込ませたので、その魔法を()()()()時に、思いっきり叫んじゃってください。その後で、その名前は、彼女に上げてくださいね」

 

 銀・結糸の中で、紅色の魔鉱石に照らされたあの会話風景は割と「綺麗な思い出」に該当する部分にしまってある。

 彼女が恋する女の子の味方であるのはこのあたりの記憶が影響しているわけだし。

 そこの登場人物の、思ったよりはっちゃけた言葉遣いに……銀は。

 

「うん、いーよ。やってあげる。──それと。……あなたと、あの男の人は、あたしの両親みたいなものなので。──生んでくれてありがとう、おかーさん!」

 

 充填、完了。

 エルフという絶滅寸前の──しかし、長大な寿命を有する強大種族。

 その全魔力を受け取って。

 

「──【マギスケイオス】が第十位、『蓋然(インコグニタ)』、銀・結糸! その魔法は"なるようになるかもしれない"ための"安全"を行使する者の諱でもある──あったけど!! 今だけは! 過去と未来、全ての時間に取り残された、偉大なる先達に肖って! 『全開(オムニス)』が魔法をこの手に宿す!」

 

 生存競争。生きるための縄張り争い。

 芸の削ぎ落された、魔力生物の行う原初の魔法。

 

「『なぜならそれは、愛の物語だから(リュディ・ミーリィ)』!」

 

 彼女と同じ構えから放たれるは、極彩色の魔力砲。

 属性魔法ではない……エルフという種の持つ緑月由来の魔力が、多種多様な相を見せて、世界に震撼を落とす。

 再度放たれるはエルフを自然に還すブレス。せめぎ合いは、けれど、たったの一瞬だった。

 一瞬で飲み込んで。一瞬で駆逐して。

 それでも──また、構成される。蛟の姿を取る。

 

「竜を倒す方法! なんだっけー!?」

「魔力を削り切る、だ。この場合は、オールトヴァルト村周辺の全魔力になるのかね」

「流石に無理かもねーそれー!!」

「俺だってユランの魔力が世界と同規模だったら諦めていたさ。だがな、銀・結糸。世界そのものであるものは基本、世界以外の姿を取る必要が無いんだよ。逆に言えば、それ以外の姿を取るというのなら、必ず対処法がある。ユランの時は遮断するだけで良かったが、アレが自然の化身であれば、それも難しいだろう」

 

 なら、どうすればいいのか。

 ただ魔力をぶつけろと言うからその通りにしたのに、それだけじゃあ倒せないと言われるのは中々に思うところがあるけれど。

 それでも──無理を通したいのならば。

 

「安心しろ。すべての答えは今までの行いにある。ああただ、一つ助言を残すのならば──この世界の人々はなぜか、敵がやってきたことは自分たちにはできないと考えがちなんだ。新しいものを、誰にも似ていないものを求めるというべきか。それが防御を疎かにする理由の一つだろうな」

 

 敵。敵がやってきたこと。

 それは──。

 

「つまり! 究極! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──そういうことを言いたいんだよね!」

「ああ、そうだ。生命の創造までとは言わないが、血肉くらいにはなるだろう。──ついでにお前に、お前が一番欲しがっていた魔法式をくれてやる。今にどう生かすかはお前次第だがな」

 

 何の話だと聞き返そうとした銀の脳裏に流し込まれるは──『全味覚対応団子』の刻印式。

 確かに欲しかったけど、今じゃなくない!? と言おうとして、気付く。

 

 生命の創造とまで行かずとも、血肉くらいにはできるのなら。

 この極大魔力の奔流に、分解と変換式と、この刻印式を流し込めば。

 

「そういえば──竜は、美味しいものだった! 今はそう、大飽食時代!!」

 

 それはなんとも、確かに芸はないけれど。

 食べるために殺す、というのは、その拡大解釈は、銀好みの「面白さ」を孕んでいる。

 だから、迷わずに実行した。零距離ではない最大限。その魔法に思いつく限りの式を刻んでリリースすれば。

 

「あら……消える間際だというのに、美味ですね」

「風呂のような心地良さが、美味に差し変わっただけだがな。最も遊ぶ生物は人間だ。そして、最も雑食である生き物もまた人間だろう。あらゆる生き物を食い、魔力を食い、自らの捕食者さえも食い。エルフが人間に数えられるというのなら、その習性にも迎合してもらわなくちゃならん。そうだろう?」

 

 美味しい。周囲に満ちるすべてが美味しい。

 魔力を注ぎ込めば注ぎ込むほどに美味しいものが満ちる。あそこに、美味しいものが、塊として鎮座している。

 

 災厄を乗り越えるために、力を集結させる、では……ダメだった。

 欲されたのは別の理由。あるいは、それこそが。

 

 笑い声が響く。笑い声が響く。

 

「なぜ蟻は雑食なのか。自らより体躯の大きい虫を、魔物を、どうして食らおうと考えられるのか。その答えに、生きるため、というのは含まれていなかったのだろう。あいつらだって結局、美味そうだから食っていたし、美味そうだったから持って帰りたかったんだよ」

 

 エルフとは、極端に魔力に依存した、そして魔力を感覚的に操り得る種族なれば。

 

「『焼魚魔法』──」

「『刺身魔法』!」

「『和え物』~!」

「『蒸し焼き魔法』!」

「『塩茹で』」

「そのまま!!」

 

 口々に、オールトヴァルト村の村人たちが、その場その場で新たな魔法を開発する。

 皆、自分が好きな調理法で。

 あの大きな大きな、全ての味覚に対応した美味しそうな魔力を食そうというのである。

 力の集結よりも、それぞれが一つの方向を向いた方が強い。

 あるいはそれもまた、時の円環の──。

 

「ちょっと、あたしにも残しといてよね!」

 

 こうして。

 見事めでたく、とんでもないことに。

 

 オールトヴァルト村は、滅亡の危機を免れたのであった。

 

***

 

 水音が響く。

 それ以外存在しないその空間で、一人。

 

 リュミと呼ばれていたあの少女が……ふぅ、と、溜息を吐いた。

 

「──ラソファヘリュミアンサイナ。正しく(ラソ)力強く(ファヘリュ)賢明であるように(ミアンサイナ)か。大体わかってきたぞ、純天体語」

「え……どうして、ここに」

 

 一人だけの空間のはずなのに、それはいた。

 外から来たという、ワンデラーという名のエルフの青年。否、エルフではないだろう青年。

 

「エルフの魔族。銀・結糸の記憶から抽出した言葉なのだろうが、確かにそういうものがいると俺は知らなかったし、銀・結糸本人も騙せていた。だが、だ。お前が巫和であることについてはそうなのだろうとしか思わないが、祖霊との対話が役職になっているはずがない。なぜならエルフは長い寿命を持っているからだ。祖霊との対話を必要とするのは、過去のことを言葉で伝えきれない短命の者達だけだ。──ゆえに、気になった。どうしてあの場でそのような嘘を吐いたのか。銀・結糸のタガは、別にお前の言葉が無くとも外れたものだろうに」

 

 失策を悟る少女。

 そこまで思い至る存在だとは思ってもみなかったのだ。

 

「……たとえそれが気になったとしても、ここに入れるなんて……どういうこと?」

「マヨヒガだったか、あの金練り。俺が迷い家の怪と呼ばれた理由。この世界のろくろに元から刻まれていた、エルフを惑わし、飲み込んでしまう、親切な物の怪。あれの空間に入った時に、違和感を覚えたんだよ。──あそこは、晴れ亘っていた。碧空と呼べるものが広がっていた。どうしてだ。紫輝の支配するこの星で、碧空を拝めるはずがない。あそこが作り上げられた空間であるのなら尚の事、紫か赤以外の空を知る者がいるはずがない」

 

 つまり、と。

 青年は指を立てる。

 

「つまりあそこは、あるいはお前達は、紫輝のいない空を知る者たちであるということになる。紫輝ではない恒星を知っている……その景色が心に焼き付いているから、青い空というものを思い浮かべることができる。それを可能とするのはどのような者達なのか。緑月から生まれたエルフではないだろう。赭地から生まれた人族や魔族も違う。紫輝から生まれた魔力依存生物……精霊たちでもない。そのどれにも属さない者とは何かを考えた時、或る考えが浮かんだ」

 

 それが何か。

 

「ゴースト、だろう。肉体を失った霊魂が狂気に陥り、悪意に絡みついたあと、周囲にある適当な魔力を寄る辺に非実体として再度この世に現れたもの。どの魔力にも由来しない超常」

 

 どこかあの、緑月と代替した涅き月を思わせるほどに、深く、深い、深淵が如き瞳。

 見た目はエルフのそれなのに、まるでそこに、どんな光も差し込まない穴があるかのような錯覚。

 

「本来はそこで止まるはずだった思考は、双象均環という図形を見て考えたことと絡み合って、一つの答えを出した。即ち、お前達"席を失った者"、そして"席を選ぶ者たち"が住まう場所には、青空が広がっているのではないか、と」

 

 生まれてくる前、誰しもが自らの座る席を選ぶ。

 その場所。それはだから、つまり。

 

「天。天国と呼ぶかどうかまでは知らんがな。無数の霊魂のプールされた場所。そこの空は紫輝の影響を受けずに青いのだろう。──そして、天へとアクセスする方法が、この世界には残されている。死、以外でだ」

 

 青年は一呼吸を置いて。

 

「天の至泉……あのトンチキ涅月のせいで温泉旅館のイメージが抜けきれないが、本来はそういう意味の場所なんじゃないのか。天の泉に至る場所。天に至りし泉。お前が、そしてお前達があんな手段を使ってまで銀・結糸の気を引いたのは、長らく意識体だったという彼女にシンパシーを覚えたからか、あの魔法故か、はたまた意識体であれば気付くかもしれないと考えたからか。どうにかして縁を結ぼうとした。どうにかして呼び寄せようとした」

「……でも、来たのはあなただった」

「まぁ、それが目的だったわけじゃないがな。──まさか考えもしなかっただろう。俺が、あらゆる縁結びに対して自らを割り込ませる呪詛を全身に刻んでいる、なんてことは」

 

 そんな狂人がいるなんて、普通は考えない。

 縁結びとは善きことだけでなく、悪しきことまで結んでしまう強烈な呪詛だ。

 それを肉体に刻もうとするなど。

 

「であれば最初の疑問。ここはどこなのか、というものの答えも出せる。……いつか俺に、式神契約の為された魔物は普段どこにいるのかと問うたやつがいたが、その答えがここだ」

 

 墨で満たされたかのような空間。青空は疎か夜空にすらなりきれないグレースケールの空。

 

葬頭河(そうずか)。死後の命の最後の仮庪(さずき)。あの世とこの世を隔てる大蛇。ああまぁ、正しい呼び名があれば教えてくれ。郷に倣うよ」

「……別に、正しい呼び名は無いから、好きに呼べばいい。そう、その通り。正しく生きているものであれば、絶対に入ってくることのできない場所。……それと、あの子の記憶を読んだと言ったけれど、それは違う。()()()()()()()というのが正しい」

「成程。祖霊との対話はあながち嘘でもないのか。役職ではないというだけで」

 

 頷きを返す少女。

 大昔にここに来て、そして何の未練もなく立ち去っていったあの魔族が、最後に言い残したこと。それを利用したにすぎないと。

 

「……あの子が適任だと思った。何があっても必ず生き延びることのできる、なんていう破格の魔法を使う手合いであれば、なんとかしてくれる、って。……けど、もし、あなたにその能力があるのなら、私達はあなたに頭を下げる」

「その前に一つ。あの少年とは実の兄妹か?」

「違う。長らく役割を間借りしていただけで、あの少年には妹などいない」

「二つ、お前達の一部だろうマクマリはまだ、あの村のエルフ達を飲み干さんとするか?」

「しない。そもそも私達に必要なのは自然に還るエルフじゃなくて、それが解けた時に出てくる霊魂の方。私達の問題が晴れやぐというのならば、用はない」

「三つ、お前達と緑月(テイア)に何らかの繋がりはあるか?」

「無い。あなたの言う通り、私達には赭地(アロクトン)緑月(テイア)も、涅月(ノクスルーナ)紫輝(トゥバン)も関係ない」

「そうか。──わかった、手を貸そう」

 

 確認は簡素。それでいいと思ったのは両者だったのだろう。

 

「何年を望む? どの時代だろうと赴けるが」

「なら、204年後を所望する」

「紫輝歴684年。そこに何がある?」

「過去からの来訪者が来て──『希望の心(コア・ハート)』が奪われる」

 

 ……紫輝歴684年、ね。ヴァルカンが失踪した翌年か。

 そこで何が起きたのやら。

 

「承知した。──では、そこで」

「待っている」

 

 ……というわけだから、すまんな、銀・結糸。

 魔力を食べて留守番でもしていてくれ。マー時間遡行に待つとかないんだけどさ。

 

 さて──鬼も蛇も出る世界で、果たして何が出るのか。

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