序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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幕間 - 紫輝歴680年浅紫の月某日 港湾国家ゼルパパム南東の島アーヴグイン 海洋研究所にて

 この世界には魔族の村、というのが点在している。

 栄華を極める人族の国の影。光の差さない秘境。とても人族の住めないような悪環境。

 魔王国だけが魔族の住居ではない。魔王国以外に住まう魔族は、皆、ひっそり、こっそりと生きているのだ。

 

 その男児が生まれたのは、そんな魔族の村だった。とある村。村自体に名前さえないような集落。

 毛深くない。丸耳。髭も無い。尾も無い。

 仮面の魔族なのではないかと思われた彼は、しかし。

 魔族と魔族の間に生まれた人族として……ハーフ魔族として、ただそれだけであると判断された。

 両親は互いの不貞を疑った。人族との繋がりを。

 しかし、そのような事実はなく。

 彼らは蟠りを抱えたまま、五年間、少年を育て続けた。

 

 少年の生誕から五年後──その困窮にさえある村に、魔竜が降臨するまでは。

 

 彼の物心はそこからがスタートだった。

 火属性のブレスを吐く魔竜。燃え盛る家々。戦士でなくとも魔族である村人たちが魔獣形態(オーバーウェルム)を行い、そして敢え無く散っていく姿。

 轟く咆哮が耳に響く。一人、また一人と名を知る相手が死んでいく。肌を焼く炎。肺を焦がす熱。

 

 その──巨大な瞳が、ぎょろりと少年を向いて。

 

「──灰土槍(ハイドランス)

「ゲェロ」

「氷影閃」

 

 それが凍り付き、無数に穴を開けられるところを見る。

 

「え? ……あら? エステルトじゃありませんの。こんなところで邂逅とは、流石に奇遇がすぎますわね」

「何者……え、ああ……姉さんか。ちょっとサラード、もしかして故意じゃないだろうね。……本当に偶然? それならいいけどさ」

 

 攻撃も声も別々の方向から来ていた。背後からは大きなカエルを肩に乗せた青年。魔竜の背後からは女性。

 連係あってのそれではなく、たまたま攻撃が重なっただけらしい。

 

 ぐじゅるという水音がして、凍てつき、穿たれた魔竜が再生を始める。

 

「……生存者は、彼だけらしい。魔竜を相手にするのは骨が折れるから、ここは彼を連れて撤退しよう」

「ですわね。……けれど、その前に──平引導(ブラインド)!」

 

 闇属性の魔力が魔竜の顔に絡みつく。その目隠しを以て、女性が少年を担ぎ上げ、そうして離脱が成功する。

 三人は乗を越え山を越え、充分な距離を稼いで。

 

「ここまでくれば大丈夫でしょう。……あなた、名前は?」

「ドレン。……だと、思います」

「思います?」

「呼ばれたことが……無いから。おとなたちが、僕についてを会話をしてるのを聞いて……判断しました」

「姉さん。この子はね、魔族と魔族の間に生まれたハーフ魔族だという話なんだ。私もその報告を受けて様子を見にきた次第なのだけど……どうやら紫輝的にこの少年にはいてほしくないようだね」

 

 女性は、少年の前に屈み込み、視線を合わせる。

 

「あなたはこれからどうしたいとか、展望はありますの?」

「……わかりません。ただ、これ以上他者に迷惑をかける前に、どこか静かなところで、死ぬべきだと思っています」

「それは……どうして? あなた、他者に迷惑などかけていますの?」

「皆、言いました。お前のせいで引き裂かれたと。お前が生まれさえしなければ厄難とて起こらなかったと。僕が生まれ、生き、存在することこそが罪なのだと」

 

 五歳の少年。幼子と言っていい年齢の子供から、その言葉が出る。

 身体的な虐待の痕跡は無い。あるいは治癒魔法で回復させたあとなのかもしれない。

 だが、もう、子供にこれを言わせることが。

 

「ゲェロ」

「わかっているよ。……少年。いや、ドレン。君が存在してはいけないと言われていたのは、君が弱かったからさ」

「弱い……?」

「エステルト? なにを……」

「力をつけるといい。生きるための力も、敵を倒すための力も、強さの一種だよ。弱いから生きてはいけなかったのなら、強くなれば、誰も文句を言ってくることはない」

 

 その思想は些か極端ではあったけれど。

 それでも、少年に生きようとする心を与えるには充分だったのかもしれない。

 

「どうすれば……強くなれますか? 僕は……不要とされるのは、嫌です」

「魔法か、剣か。世界にはいくらでも強くなる方法があるけれど、まずはその二択を選ぼう。剣は私が教えられる。魔法は姉さんかな? 私でも良いけれど」

「本気で言ってますの? あなた忙しいでしょうに」

「ゲェロ」

「自分の世話もできていないくせに、って……酷いな。これでも魔王としては優秀なつもりだけど?」

 

 魔王。その言葉に目を見開く少年。

 オレンジ髪の青年。茶髪の女性。どちらも人族であるように見えるのに。

 

「私はね、世界に不要とされた相手へはどこまでも優しくなれるんだ」

「……ならば、僕が力をつけたら……嫌われてしまいますか?」

「ゲェロ」

「脇が甘いって……君は本当にうるさいな。……そして、安心したまえ。君が私より強くなることは無いよ。なんせ私は誰よりも強いからね」

 

 ──咆哮が響き渡る。

 西の空。巨竜が、その目を血走らせて……一直線にこちらへ向かってきているのが見えた。

 

「……退避距離が足りませんでしたか」

「あるいは……『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』と同じくらい芳醇であるのかも」

「ただのハーフ魔族が?」

「魔族と魔族から生まれたハーフ魔族が、だよ、姉さん」

 

 びし、と扇子を手に叩きつけ、それを開く女性。

 虚空から禍々しい剣を出す青年。

 

「……おっと、まだ答えを聞いていなかったね。どうするんだい、ドレン君。君は生きるために、強くなるために、どちらの手を取る?」

「二人ともでは、ダメですか」

「ゲェロ」

「へえ、欲張りだな。じゃあこれも聞くべきだ。──君は何を求め、私達の手を取るのかな」

 

 再度響く咆哮に、負けじと劣らじと声を張れ。

 少年、君は、新たな一歩を踏み出すのだから。

 

「家族に……なってほしい。僕の、兄と、姉に……なってくれませんか」

「ははっ、だそうだけれど、一応家長は姉さんだよね。どうする? 認めてくれるのかな」

「はぁ。……あなた、成長したというかなんというか、色々思い切りがよくなりましたわね。……いえ、元からあったものが別方向に行っただけですか。……ええ、いいですわよ。あなたを弟として迎え入れましょう。──改めまして。私の名はエレン・"オーラ"・マイズライト。魔導の最奥を追求する十二人の魔導士ら【マギスケイオス】が『財宝(アバンダンス)』。そして……あなた達二人の姉となる者です」

「私の名前はエステルト・"ヴァーン"・マイズライト。魔王国第二十二代魔王にして、紫輝の愛し子。選ばれなかった代替品(オルタナティブ)を纏め、その先にカンテラを掲げる者。そして、姉さんの弟で、君の兄になる者だ。──さぁ、今の君が何者か、名乗ってくれるかい?」

 

 巨竜が降りてくる。砂埃を巻き上げ、地を揺らし。

 けれど二人は、その全てが些事とでもいうように少年を見続ける。彼の言葉を待っている。

 

「僕の名前は……ドレン・マイズライト。今は何者よりも弱いが故に不要である存在。だけどいつか……二人を守れるほど、強い存在にならんとする者! 兄さんと姉さんの弟である者!」

 

 よく言った、と。紡がれたその言葉は、直後発露された魔力によって押しのけられる。

 

「──魔獣形態(オーバーウェルム)

 

 波の音が響く。

 首が痛くなるほどに見上げねばならぬ巨竜を相手に、赤ら顔の獅子が対峙する。

 ぼよーんと跳ねたカエルがその獅子の頭の上に乗っかって。

 

「……理性を残して使えるようになりましたのね」

「ああ、そうか。暴走状態でない姿を見せるのは初めてか。うん、もうあのような無様は見せないよ」

 

 まるで紫輝から直接魔力を注がれているような、人間が有していていいものではない、極めて純粋な魔力の奔騰。

 それは目の前の巨竜が持つものさえも凌駕する……魔なる王。魔なる者たちの王の本気。

 

「なら、私も少しばかり本気を見せましょう。『収蔵(コレクティブ)』:取り出し:紫輝歴530年の星の雫(スタードロップ)

 

 エレンもまた魔法を使う。

 彼女の構築した魔法。万象を収容できるその魔法に保管されていたのは、紫輝歴530年にモゴイ丘陵付近で観測されたというある現象。

 星の雫(スタードロップ)。別の言い方をするのならば。

 

「──滅天扇(メテオ)

 

 彼方より飛来した岩石が巨竜の脳天を捉える。

 頭蓋を貫通し、しかし胴体部分に阻まれ停止する岩石。それでも充分なダメージだった。

 

 ぐらりと倒れる長い首と頭。それが再生を始める前に、獅子が、エステルトが前に出て、それに食らいつく。

 食らいついて。

 

「ブレスは君達の専売特許ではないんだよ。──そら、消え尽きることない魔力の炎に内側から灼き滅ぼされるといい」

 

 紫色をした魔力。否、小さな紫輝とでもいうべきものが、魔竜の体内に現出する。

 再生よりも強く大きく、早く確実に。魔竜の魔力を削り切る最短距離で。

 

「……これが、強さ」

 

 少年に、二人の背中を焼き付けたのである。

 

 

 その三年後。紫輝歴628年。

 魔王国のとある医療研究院で、ある結論が出された。

 

「『多系統先天性キメリズム』……ドレンさんの身体はこれと、そして『先天性魔力親和不全』が起きているものと思われますね」

「後者はたまに耳にするね。確か、私達が無意識に行っている、自身に満ちる魔力と大気中の魔力との波長、その同調(チューニング)。それが上手くできない症状だったかな」

「はい。これの患者は五十万人に一人と言われるほどには希少な病ですが、過去に症例が無いわけではありませんので、薬でどうにかなるでしょう。ただ、前者は……」

 

 どういうことか、というのを目で問いかけるエステルトに、研究員の魔族が図説を始める。

 

「非常に珍しいケースです。普通、命というのは一つの魂につき一つの肉体を持って生まれてきます。ところが今回のようなケースでは、母体にいる間に複数の肉体が融合し、一人の赤子を形成したと考えられます。その結果、ドレンさんの体内には、紫輝、涅月だけでなく、人族の王族によく見られる魔力、無主魔力など、複数の系統の魔力、及びそれらに適合した肉体が混在している状態になります。いわば母体の中で五つ子か六つ子が融合し、一人となった、といった感じでしょうか」

「それは……健康的な害はあるのかな」

「いえ、必ずしもあるわけではないですね。本来忌避し合う魔力らはドレンさんの中で住み分けができているようですし、ドレンさんが意識的に使えるのは紫輝の魔力だけで、他は干渉しないようですし。……ただ、一部食事に気を付ける必要があるのと、治癒魔法が弾かれる部位が発生する、ということでもあるため、その辺りは注意が必要でしょう。……ですが、その、健康上の被害よりももっと危険なことがあります」

 

 魔族はそこで一度区切って、また話し始める。

 

「魔力依存生物……我々魔族もまたそうですが、とりわけ魔力への依存度の高い精霊や竜にとっては、ドレンさんは……言葉を選ばないのならば、馳走に見えるでしょう。彼らが本能的に『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の血を求めるのは、含まれる魔力純度の高さと、魔力抵抗の低さ、そして霊魂にまで作用する涅月との契約が故である、というのを聞いたことがあります。このうち、涅月との契約こそドレンさんは有していませんが、生きていく中での一分一秒ごとに純化していく紫輝以外の魔力と、無主魔力にチューニングされない魔力……抵抗の低い魔力は、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の血にこそ劣るものの、似た味を感じられる甘美となるのです」

「……成程ね。ここ数年の間の竜災が多いのはそういう理由か」

「全てが全てというわけではないでしょうが、原因の一つでしょう」

「うーん。……対策としては、何が挙げられるのかな」

 

 問われ、用意していたのだろう、何枚かの資料をエステルトに渡す魔族。

 魔王国周辺域の地図だ。その幾つかの場所に、魔力油で作ったものと思われる絵具による五芒星のマークがついている。

 

「これは?」

「『ロストランド生態系図鑑』はご存知でしょうか」

「勿論。子供の頃に全て読んだよ」

「あの作者である探検家アダンは、『ロストランド生態系図鑑』以外にも幾つかのデータを魔王国に納めています。その内の一つがこれ、魔力濃度変動・分布図です。地上1,500athlから見た地形に対し、魔力濃度がどう変動し、分布しているか、というのを視覚的に判別することができます。元データは勿論ロストランドのものですが、この視点は得難いものであったために、他の場所でも使われるようになりました」

 

 言われてからエステルトがもう一度それを見てみれば、成程、バリムケラスやアルクトゥニタなど、魔族の多く集まる場所にマークが集中している。

 その他、神のいる付近や強大な魔物の縄張りなどにも集中が見られた。

 

「今魔王様が見ているものは、紫輝歴624年の変動分布図。そして二枚目が、紫輝歴625年……魔王様がドレンさんを連れてきた年のものになります」

 

 促されるままにそちらを見れば、五芒星のマークの密集度が極端に上がっているのがわかった。

 

「……ドレンがいるから、であると?」

「恐らくは、です。まだデータが足りません。検証するには、半年ほどドレンさんに魔王国より離れていただくなどしなければなりませんし。……そして、三枚目が竜災の被害地分布図、及び発生日を記録したものです」

 

 三枚目を見れば、成程。

 二枚目の変動・分布図と、あまりにも重なっている。

 

「これもまたドレンが竜を呼び寄せるということを言いたいだけ、かな」

「あ、いえ、違います。一枚目、端の方をご覧ください」

 

 少々落胆しかけたエステルトだったけど、その言葉に気を取り直す。

 一枚目、ドレンが魔王国に来る前の図。

 

「南東方向にあるのがドレンさんが昔住んでいたという村の位置です。目のマークのついているところ」

「ああ、これか。……おや? そこまで魔力濃度が高くないような」

「はい、その通りなんです。……こっちの冊子に綴じてあるのは、ドレンさんの生まれた紫輝歴620年からの変動分布図ですが、やはりこれを見ても、彼のいた村の魔力濃度は高くなっていません」

「あの村に、ドレンの体質を抑え込めるだけの何かがあった、ということかい?」

「はい。正確に言うと、魔王国だけがそれを持たない、というべきです。我々魔族の持つ魔力は人族のそれとは根本から違います。……これは差別的発言ではなく、個人の感想になりますが、人族の持つ魔力はどこか閉塞感があるというか、息苦しいというか、それこそ魔力親和性が低いように感じられるのです。申し訳ありません、科学者がこのような体感を話してしまって」

「いや、いいよ。続けてくれ」

「……一応、何の根拠もなし、というわけではありません。戦争直後で……あ、いえ、魔王様を批判するわけではないのですが、……その、人族からサンプルを、というのができなかったので、ハーフ魔族の方々から採取させていただいたサンプルのもと解析を行ったところ、彼らの持つ魔力はやはり他者の魔力を阻害する……阻害は言葉が強いですね。抵抗する、というような魔力であることがわかりました。魔族同士であれば行える共鳴……何も言わずとも魔力の雰囲気を感じ取って機嫌を図ることができる、というようなあれそれが、この魔力に遮られるとできなくなるのです。……そして、魔王国以外の場所。人族の吐き出した魔力が充満している場所においては」

「ドレンの特殊体質を覆い隠してくれる幻霧になる、ということだね」

「そうです。……そのため、そうですね。違いますと言っておいて結局、と捉えられるかもしれませんが……ドレンさんの安全を想えば、彼には魔王国ではなく人族の国で暮らしてもらうのがベストであると、そう結論せざるを得ません」

 

 この医療研究院はあくまで研究機関。病院ではない。

 だから出すのは治療方針ではなく、対処法になる。

 

「さっき言っていた『先天性魔力親和不全』をどうにかする薬、というのは、どこでも作れるものなのかな」

「いえ、少々特殊なハーブが必要です。が、それを育てられる場所であれば、どこでも大丈夫ですね」

「……わかった。しばらく分の調合とハーブの株分けをお願いするよ。私はドレンと話をしてくるからね」

「承知いたしました」

 

 ……これが、ドレン・マイズライトの身に降りかかった悲しい出来事の一つだ。

 折角できた家族と離れ離れになること。でも、それでも、兄も姉も、彼を想ってくれているとわかるから。

 

 そう信じて、苦渋の想いで人族の国へ向かったドレン・マイズライトは。

 彼が無事に新天地へ辿り着いたという旨の手紙を兄と姉に出した数日後……人族同士の戦争により、行方不明となるのである。

 

***

 

 ……というのがその姉弟の経緯(いきさつ)だ。

 そして、そうでありながら、紫輝歴680年。今日、此度。

 

「……ああ、ドレン。……本当に会いたかった。心配していましたのよ」

「え……姉さん? ……そんな、嘘だ。……本当に? 本当に……姉さん、なの?」

「ええ、私ですわ。……背、伸びましたわね。筋肉もついて……」

 

 五十二年ぶりの再会。抱きしめ合い、涙を流すその姿に。

 

「……リチャードあんた、最近ほんと涙もろいわね。歳?」

「ぶん殴りますよ、レベッカさん……」

「血は繋がっていない、みたい。正直エレオノーラより年上にみえる」

「まーカリアンも時たまレベッカの弟みたいに見えるしなー」

「良かったねードレンさん」

 

 旅の同行者たちも、笑顔でそれを見守った。

 

 

 して。

 

「初めまして、皆さん。僕の名前はドレン。ドレン・マイズライト。姉さんとは血の繋がらぬ姉弟ですが、そうである家族よりも愛し合っていると思っています」

 

 海洋研究所の制服に身を包む青年がお辞儀をする。

 不思議な雰囲気の青年だ。浮世離れしているような、近寄ったら霞のように消えてしまいそうな。

 

 冒険隊、メギスがそれぞれに自己紹介をして、一息。

 

「えっと……これ聞いていいかわかんないんだけど……その、何歳?」

 

 というレベッカの問いに。

 

「僕ですか? 今年で六十歳ですよ」

「ろくっ……!?」

 

 なんて真面目に答えるものだから、エレオノーラが咄嗟に訂正する。

 

「十六歳ですわ。まったく、いつになったら数字の言い間違えが治りますの? 身体は大きくなっても、勉強はそこまでしてこなかったのかしら」

「あ、あー。だ、だよな。びっくりした」

「エレオノーラって何歳だっけ?」

「エレオノーラ……?」

「今年で……ええと、二十五ですわ、って……アルジオ? 女性に年齢を聞くな、というの、直ったはずでは?」

「いやだってもう仲間だし良いだろ別に」

「親しき中にも礼儀あり、ですわ!」

 

 そのやり取りは、ドレンへの注目を逸らすためのベイト行為だったのだけど。

 ここに、空気の読めないあんぽんたん、だけど能力だけは高い、という女性が存在してしまった。

 

「え、でもエレオノーラさんって加齢を止めている、よね? というより、本来負うべき老化という負債をどこかに逃がしている感じ~? アルカも、成長してないって思ったけど、どっちかっていうと時間が止まってる感じだし。ドレンさんが六十歳なのは海洋研究所のみんなが知ってるし~」

「あ、はい。皆さん驚かれましたが、周知の事実ですよ。……それより、姉さん。どうして本名を隠しているのですか? 仲間……なのでしょう? 姉さんの、今の」

「うっ……純粋な目……」

「おっと、そういうことでしたか。いやぁ、ふふ、流石はレスベンスト冒険隊の一員ですね、エレオノーラ。正体を偽っていたり、名前を偽っていたり。最早慣れましたよ」

「まずいぞヴィクニ! エレオノーラもおれたちと同じ隠れ"特に特別なものとか持ってない組"だったのに、まさかの偽名だ……!」

「ね……これはいよいよ古の古代人族レスベンスト族の末裔を名乗るしか……」

 

 特別な血筋とか、魔力とか、生い立ちとか。

 そういうのが一切無いアルジオとヴィクニに茶化される中で。

 

「……はぁ。そうですわね、丁度いいでしょう。……今更ですが、改めまして。私の本当の名前は、エレン・"オーラ"・マイズライト。ちょっとした事情があって、エレオノーラと名乗っていた、一般魔法使いさんですわ」

「"天に愛されて(オーラ)"?」

「"天を欺きし(オーラ)"~?」

「一般魔法使い、って……姉さんは【マギスケイオス】なのですから、姉さんが一般人を名乗っては、僕達普通の魔法使いが木っ端になってしまうよ」

「はぁ!? え……は!? エレオノーラ!? ど、どういうこと? 【マギスケイオス】って……え、でも会ったことない、よね?」

「うぎゃあ、正体盛りだくさんだ……でもこうなってくるとただただクォーター精霊なだけのユリウスが一番おれたちに近いか……?」

「悪かったねただただクォーター精霊なだけで」

「……故あって、集会所では会わないようにしていましたからね。……ただ、【マギスケイオス】になった時、お祝いは送りましたのよ」

「ってことは……『財宝(アバンダンス)』! ……そうなんだ、知らなかった……え、じゃあ、【マギスケイオス】フリークなのって嘘?」

「いつの話ですかいつの。あの後から一切話してないでしょうそんな話。……ま、その程度ですわ。これ以上掘ってもなにも出ませんわよ。……ああ、けど、だから、まぁ肉体の加齢状況はともかく、生まれ自体は紫輝歴521年。……159歳のお婆ちゃんですわ」

 

 うんうんとしたり顔で頷いているドレン。あんぐりと口を開けたままのアルジオ、アルカ。成程、それで、と何か得心のいった様子のリチャードなど、三者三様の姿が展開された。

 そして……だから、気になったのだろう。

 

 ヴィクニが、問いをかける。

 

「……エレオノーラの理由は理解した。けど……ドレンさんは、その年齢で、そこまで若々しいのは。……まさか、魔族?」

 

 一瞬にして空気が凍る。

 誰も武器へ手をかけたりはしないけれど、一触即発であるとはわかる。

 

「ハーフ魔族、です。それも海洋研究所の皆さんは知っていますよ」

「あ、もしかして魔族になんか偏見ある感じ~? 魔族って言ってもぶっちゃけ人族とそう変わんないからそういう偏見は捨ててほしいかなー」

「……」

「……それは、アマナさん。……あんたも魔族に与してる、って……ことなのか」

「与してる、ってどういうこと? もしかして魔族のこと一つの組織だと思ってる~?」

「違う……の? だって、人族の国に来る魔族は皆魔王の手先じゃない」

「別にそうじゃない魔族なんてたくさんいるよ~? 生まれた瞬間に魔族が魔王軍に属するなんてことあるはずないでしょ。人族、ハーフリング族、オーガ族、精霊族。そこに並んで魔族っていう種族があるだけ。ま、感覚は理解できるけどね~。私も教戒院で学ぶまでは魔族は全員悪くて人族を害することしか考えてない、って思ってたし」

 

 時代だ。まだ、この時代の、特にゼルパパムは……魔族への排斥傾向が強い。

 そうでなくとも、レスベンスト冒険隊にとって魔王は怨敵であり、魔族は仇敵である。命の取り合いをしてきた彼らとは、和解が成った試しがないし、……するつもりもなかった。

 

「たまたまだよ、アルジオくん。たまたまあなたたちの歩みを妨害する敵に魔族が多かっただけ。人族だって全員が軍人じゃないし、全員が犯罪者じゃない。けど、軍人に滅ぼされた魔族の村で生まれた子供は、人族とは全員その軍人たちのように血も涙もない冷血存在だーって認識するだろーね~。でもさ、それって結局、世界が狭いだけ、って思わない?」

「けど……けど、魔族は、レベッカを長年苦しめたし、ゼルパパムじゅうの魔物を操って人族を殺そうとしたし、他にもたくさん……」

「だから、その魔族が悪かっただけだよ。悪かったかどうかも定かじゃないかな~。魔王軍のその時の方針だっただけ。……たとえば、さっき。海でさ、シーホーンが出たじゃん。アルジオくんが一瞬で対処してくれたやつ。でもでも、あのシーホーンに家族がいたら? 子供か親か、兄妹か。あのシーホーンの家族にとってアルジオくんは悪だし、大抵の人族は航路を邪魔するシーホーンを退治するから、シーホーンにとっては大抵の人族が悪だね~。年に二、三回行われるシーホーン討伐会とかも、シーホーンにとってはとんでもない悪辣な計画だし、海は彼らの住処なのに、わざわざ出張ってきてさ。今は禁止されてるけど、昔は毒を海に流して魔物を全滅させよう、みたいなことした人もいるらしいから、最悪かも。人族全体サイアクだ~。そんなことをする人族は全滅した方がいいね~」

「それは……そんなこと考えた奴が悪かっただけじゃないか」

「そうだよ。でもアルジオくんにとって魔族は全員が全員同じ罪を共有し、一人の過ちは全体が償わなければならない、っていうんでしょ」

 

 魔族は悪だ。魔族は敵だ。

 魔族は長年ゼルパパムに潜み、人々を脅かさんと画策している。

 

 それが差別であると、アマナは突き付ける。

 

「人攫いをする人族は絶えないよね。中には魔族の子供を攫って売るのもいるらしいよ。研究のためにそれを購入する研究者もいるんだって。人族が魔族に負けないようにするために、人族をより良くするために、魔族をかどわかして、薬物を使ったり魔法をかけたりして、どういう反応をするか見て。……果たしてこの人攫いと研究者は善人かな? 悪人かな? どっちもサイアクだから死ぬべきかな? じゃあ人類みーんな死ぬべきかな? ああ、あと、君達と仲良くしている精霊やオーガ族は、人族に与していることになるのかな。じゃあその人達も殺しちゃおう! だってみんなサイアクだもんね!」

「……おれは。……難しいよ。魔族は……いいや、おれたちが対峙してきた魔族は、みんな……おれたちを殺そうとしてきた。……アマナさんの言いたいことは、理解できる。今こうして……平和に、仲良く話しているドレンさんに……少しでも殺気を向けたこと。言葉を間違えたこと。おれの中に、魔族は悪しきものだって感情があること。……それが、ダメだ、って言うのは……わかった。わかったけど」

「申し訳ありません、アマナさん。私達レスベンスト冒険隊は、その眼前で大切な方を魔族に殺されているのです。彼らは幼き時分に。その憎しみが先行してしまうことは、それ自体……その感情の変化自体は、悪しきことではないと考えます。価値観とは、世界観とは、経験則から組み立てられるもの。善き魔族、あるいは自分たちを脅かさない魔族に出会いでもしない限り、彼らの認識は変わらないでしょう。……それは、言葉でどう詰めたところで、無理矢理変えられるものでもありません」

 

 リチャードのフォローは、しかし。

 

「そうかな。少なくとも私は変わったよ。……それと、良い魔族に出会ったことがないから魔族は全部悪い、って考え自体が狭いって言ってるんだけどな。……あと、キミもハーフ魔族でしょ? もしかして自覚無いの?」

「え?」

「え……」

「さっき戦ってるとこチラっと見たけど、あれってハーフ魔族版の二元操作でしょ? 体内で紫輝と涅月の魔力を使い分けて、それを利用して身体強化をしながら拳に魔法を纏わせる、ってやつ。昔、ハーフ精霊が開発した技術の応用じゃんね~」

「……そう、いえ、確かにこれはそういう技術ですが……私にこれが宿っていたのは……。……いえ、であるならば……父母のどちらかが魔族である、と?」

「多分ね~。身体的特徴のあまり出てない魔族だったんじゃない? あとは特殊な魔族かな? ……あ、そう、これならクリアじゃない? 害がなくて、自分たちを脅かさない良い魔族! ハーフだけど!」

 

 言われ、リチャードを見る冒険隊。

 彼が魔族だとわかって。

 じゃあ、今から、彼と敵対しましょう、とは。

 

「……ほんとだ。リチャードが半分魔族だって聞かされても……殺意が湧いてこない。警戒すべきだと思えない」

「いえまぁ、私は初めレベッカさんを殺すためにきていましたから、害が無かったかというと微妙なような」

「なんであんたが反論するのよ。……はぁ、そうね。……今更よね。リチャードが半分魔族だったからって……リチャードが魔王に情報を流している、とか。ナイナイ」

「それに、私達の敵は、たまに人族。盗賊とか、山賊とか。……それを考えれば、魔族が一枚岩であるはずが、なかった。疑いをかけた。謝罪する」

「二人ともすごいね。いや僕だってリチャードを敵だと思え、ってのは無理だけど、魔族には……やっぱり偏見があるよ。けどそれは、今の僕を形作るパーツの一つだから、消すのは無理。……でも、新しい偏見を持つことはできるよ。たとえば、大抵の魔族は耳が四つある、とかね。そういう……なんていうんだろ、平和な偏見をたくさん持って、そうして均していくしかないんじゃないかな」

「ボクら精霊からしたら人族も魔族もオーガ族もハーフリング族も等しく"そんな薄い魔力で大丈夫なのかな"だからねー♪ そういう意味でいうと、ドレンさんはちょっとだけ美味しそうだけどー♪ ……あ、いや、食べないよ? 食べないからそのこわーい目をやめてね、エレオノーラ♪」

 

 一歩。

 話題の渦中にあったドレンが、アルジオに歩み寄る。

 

「申し訳ありません、アルジオさん。というより、アマナさんが擁護してくれましたが、正直言って人族の住処にハーフ魔族がいること自体があまり良くないことでしょう。私はたまたま見た目が人族に近いのでなんとかなっていますが、そうではないハーフ魔族も沢山います。そういう彼らは魔王国で平和に暮らしている場合がほとんどですから、私もそれに倣うべきでした。……ですが、海洋研究所の方々は私が魔族であると知っても温かく迎えてくれましたし、体質上の理由で魔王国に戻ることもできないでいます。そういう理由……言い訳で、私はいまここにいる。……ですから、姉の仲間であるというあなたに対しても、"良い言い訳"を見つけられるよう努力します。今はそれで、許していただけませんか」

「ドレン……」

「う、あー。……やめてくれ。今おれの中で……色々折り合いをつけてる真最中なんだから。……そういう言い方をされると、おれが怒ってるみたいだろ。……あ、いや、だから、与しているとかって……言葉が、そう聞こえたんだよな。そりゃそう聞こえるか。……言葉選びが悪いし、事実、あの時まではそういうことを考えた。……けど、だから……その」

 

 未だ十九歳。たくさんのことを経験してきたけれど、それでもまだまだ子供である彼は、頬をポリポリと掻いて……ドレンに向き直る。

 

「ごめん、ユリウスと同じで、おれはまだ……魔族への偏見を捨てきれていない。警戒する心を抑えられない。けど、決して迫害したいってわけじゃないし、今のドレンさんを脅かしたいとも思わない。……だから、なんだろうな。おれからは……その、語弊を生むというか、絶対間違ってると思ってる上で……一個、言っていいか」

「どうぞ」

 

 誰も見えなかった。誰も反応できなかった。

 アマナも、エレオノーラも、アルカも、向けられたドレンでさえも。

 

 いつ抜いたのかわからぬほどの速度で抜剣し、その剣先をドレンに向けるアルジオ。

 走る緊張は。

 

「すまん! 警戒は解かない。解けない。解けるまで待つしかない。……から、だから! ……おれの目の届くところでなんか悪いことしてたら、躊躇せずにぶった切りにいくと思うけど……そうじゃない間は、友達になろう。笑い合い、語り合い、共に難敵を討ち果たし、共に難題を解決し。……おれは、改めて考えてみたけど……もしリチャードが……というか、冒険隊の皆が、何か裏で悪いことをやっていたのなら、仲間であると思っていても……剣を抜けるらしい。その命を奪う覚悟があるらしいんだ。自分の事なのに、他人事みたいにわかる。……だから、おれにそれをさせないでほしい。多分おれは、我慢できない。悪しきには全力を以て敵対する。その悪しきとは、おれが思う基準に反するか否かの悪しきだ。けど、それをしない限りは、友達とか、仲間の弟とか、なんでもいいけど……普通に接することができると思うから」

 

 並べられる言葉に、ドレンへの心配と思わず発動しそうになった魔法を解体しながら、エレオノーラは……エレンは考える。

 共にいながら感じていたこと。レスベンスト冒険隊が時折見せる、システムが如き自身の制御。

 仲間であるとわかっていても剣を抜ける。その命を奪える。

 悪しきには全力を以て敵対する。

 

 ──英雄、だ。

 人間よりも怪物に寄った者達。人間のために力を揮う怪物。

 もしこれが、何の制御も道徳観も無く、燻り、あるいは暴発していたのなら……あの頃のゼルパパムはどうなっていたのか。

 目に付く悪人すべてを血祭りにあげ、人々を害する魔物を絶滅にまで追い込み、果ては魔王国にまで来て、非戦闘員の魔族を根絶やしにしていたのではないだろうか。

 

 その制御を。首輪、リードという道徳観を植え付け、正しい方向に持っていったのは、やはり()だ。

 エレンは知っている。アルカがしきりにそれを気にしていたことを。

 どうして()は国立大の教授という立場を捨て、彼らの元にやってきたのか。あの研究熱心な、研究に割く時間が減るのならば万象を些事と見るような人間が、どうして子供達の面倒を見始めたのか。彼ら冒険隊に何があるというのか。

 

「ごめん、上手く言えない。伝わったかな」

「……伝わったよ。ありがとう、アルジオさん。……けど」

「ばかアルジオ。剣を抜くのは、やりすぎ」

「そうよ。アマナさんも、あとあっちで様子を窺ってる所員さんたちもみんな臨戦態勢になっちゃってるじゃない」

「え、あ、いや! これはおれの覚悟という意味で……すまん、そういう気はないんだ、ごめんほんとごめんなさい!!」

 

 力を持て余す怪物を人間に引き戻し、自らは時代にそぐわぬ怪物として追及を受け討伐される。『不死(センピテルナ)』はあれを、「時代の産婆現象(プロドロモス)」とも呼んでいたか。

 あれを個人と見るか現象と見るかは議論が尽きないが、『不死(センピテルナ)』は気になることを言っていた。

 

 ──個人であるか現象であるかに関係なく、そういう業を背負い、そういう現象を巻き起こす特性を持った者が、偶さか力を持っていた、と見るべきかもしれんのぅ。

 

 彼と呼べるのかどうかすら定かではないが、あれ自身の好悪や趣味、望みに関係なく、あれは試練を呼び、苦難と絡み合い、そして英雄と結びつき、果ては災厄までもを引き寄せる。

 レスベンスト冒険隊も、【マギスケイオス】も、魔族も、魔王……エステルトも。

 誰が誰の試練となり、どれがどれにとっての英雄であるかなど、誰にもわかりはしないけれど。

 あれがいなければ、彼らはそれぞれ、ただただ「突き出た杭」として片付けられていたはずだ。

 

「どうしましたか、エレオノーラ。難しい顔をして」

「……いえ。ドレンが……成長したことを喜ぶ反面で、彼を一人きりにしてしまった時間があまりにも長いものですから、それを……。……それに、ゼルパパムにいた、だなんて。もっともっと……念入りに探していれば、と思うと」

「ふむ。それで、あなたたちの寿命はどれくらいなのですか? 彼、六十歳とのことですが、もうお爺さんなのでしょうか」

「いえ、恐らくですが彼は二百年ほどは生きると思いますわよ。だから、あなたもそれの前後な可能性がありますわね」

「ならまぁ、失った五十数年は多かれど、あと百五十年を愛してあげたらいいでしょう。孤独は成長痛ですが、必要な痛みですよ」

 

 その慰めに、思わず破顔するエレン。

 この不器用な男は、なんというか、理詰めよりも感情に頼って生きた方が生きやすいだろうに、と。

 

「ええ、そうですわね。……あなたもご家族、大事になさってくださいな。まだいいと思って会いにいかなかったらいつの間にか亡くなっていた、なんて……そのような過ち、許しませんわよ?」

「……なるほど。確かに、今はまぁ良いかと考えていましたね、私も。……数日冒険隊から離れて里帰りでもしてみますか」

「アルジオたちならついていくと言いそうですけれど。……というか、あら? そもそも私達、なんのために行動していたのでしたっけ」

 

 その言葉は、丁度会話の切れ目になっていた場にトーンと響いた。

 

「あっ、そうだ! ドレンさん、ケレン・マイズライトって知らないか? おれたちその子を探してるんだった!」

「ケレン……? え、でも、姉さん。マイズライト姓は僕と兄さんと姉さんしかいないのでは?」

「やっぱりあなたもその認識ですわよね。……『復元師(ケリュニーワ)』。ドレンはこの名前、聞き覚えありませんこと? 私は聞いた覚えがあるのですけれど、出てこなくて」

「ケリュニーワなら、覚えていますよ。あまり楽しそうな思い出ではなかったので、話すのは憚られるのですが」

 

 そう、そういえばそうだった、と目的を思い出す皆々。

 ドレンとアマナに軽く事情を説明する。探し人の話を。

 

「どんなことでも構いませんわ」

「……ケリュニーワは、姉さんと兄さんがいたっていうマイズライト旅団……その残党が名乗ろうとしていた名前、だと……姉さんが吐き捨てていたように思うよ。マイズライト旅団の名を悪用しようとしていた者達ではなく、新たな旅団としてやっていこうとしていた人々。それが名乗った名前、って」

 

 話を聞いて、エレンの中にあった……忘却の彼方に収蔵していた記憶が掘り起こされる。

 

「そう、そうですわ! 自分たちから商談を持ちかけておいて、撤回して内部事情を探るというやり方も、まさにあれらそのもの! ……え、けれど……マイズライト旅団が解散したのは155年も前のことですのよ? それに、あの時のケリュニーワは……全滅したはずですわ」

「でも、ケレンくんを襲ったのがそいつらだっていうんなら、話はシンプルだよね。何らかの形で現代にまで生き残っていたケリュニーワ旅団が、エレオノーラたちでもないのにマイズライト姓を名乗るケレンくんに興味を持って接触し、そこで何かがあって襲撃にまで発展した。これが真相じゃない?」

「なぜ、ケレンという少年は、マイズライト姓を名乗った? 本名はケレン・ゼンノーティだと聞いた」

 

 なぜ。その疑問は付き纏う。

 そこで声を発したのは──ドレンだ。

 

「突飛な発想ですが、呼びよせるため、であるというのはどうでしょうか」

「呼び寄せる……ケリュニーワ旅団を、ですか」

「はい。僕が姉さんに話を聞いた時、ケリュニーワがやっていた悪事というのは、美術品の偽造に関することでした。ケレンという少年がハンラムの存在であるのなら、なんらかのきっかけでケリュニーワの存在を知って、彼らがマイズライト姓に固執していることも知って……ということもあり得るのでは?」

「ふむふむ。──よーし、ここは私が一肌脱いであげよう!」

 

 その話を聞いて、アマナがそう声を発する。

 彼女はとんでもない俊敏性で己のデスクに行って何かを取って帰ってきた。

 彼女の手にあったのは。

 

「……なんだそれ。花の匂いがする壺?」

「お香、かしら?」

「正解! エチェロエグズル教戒院にいる時にね、友達になった仙実国の子から、簡単な占いを教えてもらったんだー」

「いや占いって……。素人が見様見真似でやって効果が期待できるわけ」

「まーまー見ててって! 手持ちの情報が増えれば増えるほど成功率は上がるものだからね~」

 

 全員が──ドレンでさえも──懐疑的な目線を彼女に向ける……のだが。

 アルカやエレンでも舌を巻くレベルの膨大な魔力と、知るはずのない情報をバチバチに言い当てるアマナに段々と視線も抑えつけられ、そしてその後、ケリュニーワの現在地を言い当てたアマナを信じ、現地へ向かった冒険隊&メギスが本当にケリュニーワと遭遇し、それはもうとんでもない激戦を繰り広げるのだが、それは別のお話ということにさせていただこう。

 これは幕間の物語。これは隙間の物語。

 一部始終は語られない。見えるのは見開きの二ページ分だけ、であったとか。

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