序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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102.(あま)い雨を()目雨(めざめ)

 定道。姓は存在せず、強いていえば定道・アスミカタ。

 紫輝歴500年……当時十五歳の時分にアスミカタの殿の役職に就き、紫輝歴514年までの十四年間をアスミカタ帝国の……一応帝王、皇帝? として務めたけど、統治していたかというと正直怪しい。

 侍とも忍者とも両手を繋いでいたっぽいし、誇りを重んじる忍者をけしかけて争いを起こそうとする外道であったようだし。

 その果てが、アスミカタ帝国の存在意義……腹ペコ竜の晩餐会(サレナスズナ・クリロノミア)を人為的に起こすことであったと言われたらマー納得できなくもないんだけど、本人の趣味も幾らか入ってんだろって思っちゃうな。

 

 で、此度それが時を超えて跳んできて、あの少女を奪取する、と。

 それをされるとゴーストたちが困ると。

 

「確認するが、ディナティ・桟明厘(サンメイリン)は敵ではないのか?」

「……困った奴ではあるが、敵かというと首を傾げるな。ワンデラー。貴様の知識にあるかはわからぬが、スモーキー・蔕紅杭(ヘダクレグイ)がそうであるように、人類に対して甘言を弄して甘い罠と試練を与え、それを乗り越えさせようとする存在に近い」

「あー……。まぁ、成程。にしては悪意に満ち満ちていたように思うが」

「おまえの目の前にいるのも悪意に溢れつつやっていることは善行ばかりであろう。似たようなものだ」

 

 ……成程。確かに。

 悪意っつーかこいつは悪ぶってるだけだけど、言葉ややりたいことと、実際にやってることが別、ってのは……なんだ、神々は面倒臭いのばっかりなのか。

 

「貴様が気にしているのはディナティが敵に情報などを流していないか、ということであろう。そして、そこについては気にする必要がない。神はそれぞれに他の神に負けぬ力を有している。その中で、未来を読む力はスモーキーにしか宿っていない。その上で……未来へ送る力においてはディナティに分があろうが、既に時空を超えているものを……超えている只中にある者をどうこうしたり、情報を与えたりすることはできない」

「既に未来への跳躍を行っている定道に干渉することは、飛ばした本神でさえできない、ということか」

「然り。ただしそれは、貴様でさえもその出現前に妨害ができない、ということでもある。大方定道なる者がこの時代を跳躍先に選んだのは、エステルトの守りが無くなる時代であると見定めたが故だろう」

 

 ……。

 それは、なんとも──それが狙いに見えるけれど。

 

「定道は何が狙いで『希望の心(コア・ハート)』を狙う?」

「ラソファヘリュミアンサイナ、話してやると良い。おまえたちが観測してきた奴の行動を」

「承知した。……アレは初めから彼女を狙っていた。紫輝歴514年頃、あなたらしき気配がアスミカタ帝国周辺にあった。あれはあなたで合っている?」

「俺自身かと言うと微妙なところだが、知識は有しているよ」

「そう。なら覚えていると思う。定道と、そして人族のある研究者たちが、征武乱禍の大蛇に対して封印と実験を行っていたことを」

 

 ……ああ、覚えている。

 俺のコンストラクトにいち早く気付いた研究員風の男。高度な刻印魔法の使い手。

 

「あの実験の目的は主に二つ。一つは征武乱禍の大蛇……不完全な状態で現れたその魔竜を鹵獲し、その生態を研究すると共に、孵化時期を早めること。もう一つは、魔竜の霊魂に繋がっている『竜の核心(コア・ハート)』に干渉し、その制御権を奪い取ること」

「……つまり、式神の逆探知か。成程確かに理論上できなくはない。……というか、災厄竜に対しても同じアプローチで……赭地を引き摺り出すことまでできたやもしれないな」

 

 ……ということは、紫輝の持つ『災厄の行使権利』から放たれる魔竜も……式神と同じシステムにあるんじゃないか?

 いや、だから……定道の手法を掠め取れば、『災厄の行使権利』も奪い取れる?

 

「果たして実験は、二つの結果を一つに統合する。無用な刺激により目を覚ました『竜の核心(コア・ハート)』は、アスミカタ帝国という罪人の国の民に起こされたことに機嫌を損ね、征武乱禍の大蛇の拘束を解き放ち、暴れるように命じる。それにより孵化時期は格段に早まった。本来紫輝歴515年に起きるはずだった魔竜はその場での覚醒を果たし、後は知っての通り。偶さか居合わせた数人の鬼族がかの魔竜の生き埋めを図ったけれど、その程度で死ぬるわけがない。その後のことは魔力の奔流により観測しきれていないけれど、我々の溜まる在の空間に届くほどの何かがあったはず」

「成程。その時点から定道のやつは魔竜を従えようとしていたわけだ。……あるいは、今の状況を鑑みれば、従えられるのは魔竜だけではない。そうだな」

「その通り。我々ゴーストもまた『希望の心(コア・ハート)』に隷属する関係性にある。──もし、仮に、一個人が魔竜とゴーストを従えるようなことがあれば、魔王も英雄も形無しだと思う」

 

 ……そうかなぁ。エステルト少年の魔獣形態(オーバーウェルム)ならあの子一人で全滅までもっていけそうなもんだけど。

 少年期は暴走してしまっていたのだろうけど、モーガンの時は意識して使えるようになっていたわけだし。

 ついでに英雄を嘗めすぎでは? レスベンスト冒険隊……は流石に歳かもしれんが、カズラ君に始まって魔晶石加工武器を持ってる冒険者も多少は増えただろうし、(ルン)壮澗(ヂュンジェン)とかまだ存命だろうし。リュオン、キアステン、実狼(シーラン)とかもいるし、刻黒山組、【マギスケイオス】、その他諸々……。

 あれらがただただ強いだけの力に平伏するとは、とてもとても。

 

「リュミ。その実験内容は、お前が外から観測した結果から推察しているものだな?」

「そうだけれど、何か差異があった?」

「ああ。奴らは何か『特殊な血液』というものを征武乱禍の大蛇に対して試しているらしかった。寄生する血液。内側から食い破ることで対象そのものに成り代わる、というもの。竜自体には効果がないだろうが、その抜け殻に寄生させることもできる、と言っていたかな」

 

 ……自分で言っていて思ったけど、これ……まるでハウルの恵蓼剤じゃないか?

 食い破りはしないけど、成り代わって、組織の代替になる……。あの時俺も、何かをなぞっていたのか?

 

「ワンデラー。おまえの言うその実験……その行使者は、特殊な強化付与(エンチャント)を使わなかっただろうか」

「なんだ、心当たりがあるのか、トライギル・括石」

「フルネームで呼ぶ必要は無い。トライギルだけで良い。……おまえも知っているだろうが、アウノルド村で起きた『魔鉱石抽出実験』という世にも恐ろしき実験。あれの行使者の中に、魔道具や村人に対して特殊な強化付与を行う者がいたと、憤慨したボガードが話していた。……ただただ人族の行った凄惨な実験というだけの繋がりだが、もしや、と考えたのだ」

「……いや、あり得ない話じゃないだろうな。『魔鉱石抽出実験』というの、俺も当該の時代に行って多少調べたが、当時のV・D連邦の人間が思いついたとは到底考えられないんだ。なんせ連邦では当時そこまでたくさんの魔道具は使われていなかった。ガルズ王国のように魔導兵器の域まで手を出している国がやるなら理解できなくもないが、外道を外道と知りてまで、莫大な費用をかけてまで、わざわざ魔族から魔鉱石を抽出しようと発想する、というのが些か考え難い。魔王国の隣にある連邦で、魔王国内の村に行う、というところ含めて、リスクヘッジがあまりにもできていない。さらにはオールトヴァルト村まで標的にしようとしていた、というのが……妙だ」

 

 オールトヴァルト村自体、あるとはわかっていても認識できない、というような結界構成になっていた。

 馬鹿にしている……というか、事実として、紫輝歴618年の連邦の人間が、あの結界を突破できるとは思えないんだよな。アウノルド村の実験も、魔王国の国境警備隊をすり抜けて行っていたし、リサンフィビアの神が気付くまで周囲に一切気付かれていなかったっぽかったし。

 付け加えるなら、レベッカに巣食っていた魔族の毒もそっちなんじゃないかと考えている。

 歴史の裏で。歴史の闇で。

 何か……そういう、力あるものたちに技術を提供し、新たな知識を与え、それらを意のままに操らんとする者達がいる、というような。……陰謀論ではある。これは俺にファンタジー世界暗躍カルト組織ありまくりテンプレートがあるからなのかなぁと思ったり、けど実際になんか妙なんだよなぁと思ったり。

 

「お前達神は何も把握していないのか?」

「してはいないが、表皮を撫でる蛆のような何かがいる感覚は赭地より受け取っている。ああ、安心しろ。貴様のことではない」

「いや俺だとは思っていないが。……赭地(アロクトン)はそうもお前達に言葉を届けるものなのか」

「いいや、我らも赭地(アロクトン)の声を聞いたのは遥か昔のことだ。特にサラード以外は己の位相空間に閉じこもっているから、意思を受け取ることも少ない。その点サラードは比較的外にいることが多いから、我らでは知り得ぬことまで受け取っているのだろう」

「であるにしても感覚的なものでしかない。意思と呼べるほどはっきりしたものではない。……赭地(アロクトン)は己に住まう万物を愛し、育てる者。多少力を持つからと言って、我らだけに愛を注ごうとはしない。ク、平等と言えば聞こえはいいが、万物を均等に見ようとするあまり、()()()()()()()()というべきだがな」

 

 ……理解はできるよ。

 万物に目を通そうとすると、命とか善悪とか全て些事に見えてくる。それを「視力が悪くなった」と表現する。

 もっと鮮明に物事を見た方が楽しめると、わかっているはずなのにな。

 

「話を戻そう。つまり、此度『希望の心(コア・ハート)』を狙ってくる定道への警戒、及び対処を行いつつ、暗躍する何者かが"その瞬間"を狙ってこないかにも注意しなければならない。リュミ、お前が俺に願う守護とは、定道を殺すことで正しいか? それとも何物にも脅かされぬ、が正しいか?」

「望むのならば後者。けれどそれが高望みであることは、」

「気にするな。今俺が聞いているのはお前の望みだ、ラソファヘリュミアンサイナ。俺を呼びつけ、俺に何をしてほしかったのか。すべての望みは叶わないと知っているなどと言っていたが、それは俺という存在を過小評価しすぎだ。──とりあえず、言え。どれを叶えるかは俺が決めるが、お前に願いを出し渋る権利は無い」

 

 初めから諦めた声で、諦めた目で。

 全てを救うつもりのない気分なのはその通りだが、「これは言っても無駄だろう」みたいな声は正直ムカつくんだよ。

 

 既に、お前は、俺に頭を下げたんだぞ。

 俺に頼み、俺に願い、俺を助けを乞うた。たとえはじめ、そのつもりがなかろうと。銀・結糸にするつもりだったのだろうと。

 

 お前が選んだんだ。俺を使うということを。

 赭地にも紫輝にも蛇蝎の如く嫌われているこの外部ツールを使うと決めたんだから──やりたいことを我慢するな。

 

「クク──それは神の視座だぞ、ワンデラー」

「知るか。仮にそうだとしても、神の視座ではなく俺の視座だ。偶さかお前達神が、俺の視座を持っていたというだけだろう」

「……相変わらず邪気の一切を発さぬ者だな。人族魔族問わず、ヒトはしばしば善意を正しい縦道に、悪意を間違った横筋に例えがちであるが、我ら神の視座を言うのならば、己の欲求以外はすべて(よこしま)である。それが善行である悪行であるに関係なく、だ」

「トライギル……貴様こそ相変わらずだな。この男は無論に己が大望に沿った動きをしようが、その軸には確かな善意があろうに。貴様がこの者を見て邪気がないと言うのであれば、貴様こそ善意を縦に、悪意を横に見ている証左だろうよ」

「サラード、おまえは人界に浸かりすぎただけだ。それが()しことだとは言わぬが、もう少し──」

「──」

「……?」

「結局言い合いをしていてうるさいから二者間だけにしか音を届かなくさせた。今はお前の番だからな、ラソファヘリュミアンサイナ」

「……適切」

 

 他のを入れると煩いから、って言ってたのにお前達まで煩いんじゃ敵わん敵わん。道徳観と善悪観の違いについてとか、やる分には構わないけど他所でやってくれ。

 

「改めて問おう。お前は俺に、何を願う」

「……本当に望みを言うのならば。……我々としては、あの子の解放が望み、だけど。……私個人の感情を言うのならば、あの子に、新たな席を与えてほしい」

「死者。……いや、賢者が隠した席を取り戻したい、と」

「今は奪われてしまっているけれど、私の席を使ってもいい。罪を憎むことしか知らない幼子に……どうかもう一度、世界を見せてあげてほしい」

「その果てに憎しみを煮詰めるだけであっても?」

「その果てに自ら死を願うのであっても。私は……それを、願います」

「お前に何の得がある」

「我々ゴーストは、生前に得た感情の一つが狂気と怨念によって増幅され、その一側面だけを持つ者として地上を彷徨い闊歩する。──私、ラソファヘリュミアンサイナと名乗るこの魂は、子を失った母親だった──その嘆きから生まれたゴーストだから」

「あの少女が蘇生を望まず、それを願ったお前を憎んだとしても?」

「憎まれ、恨まれ、蔑まれ、この霊魂を痛めつけるようにと願われたとしても。……私というゴーストの持つ、唯一の感情が、それだから。……この地に再び足を下ろすあの子を見て、満足をして、本当の眠りに就きたい」

 

 ぴょーん、と。

 俺とリュミの間に跳ねてくるカエル。……仕方ないので音声遮断を外してやる。

 

「ようやく己の願いを言ったな、亡霊。──さて、ここからは交渉だ、ワンデラー」

「おい、それは俺への願いだと言ったはずだが」

「我の手には丁度良く"ある一人を死の運命から解放する権利"がある。苦心し、身銭を払って紫輝から買い取ったものだ」

「賭けに勝っただけだろう。しかもお前目線ほとんど出来レースの」

「負けるようにと願っていた賭けに勝ってしまったのだ。十二分の身銭であろう?」

 

 ……はぁ。

 まぁ、なんとなくこうなるんじゃないかって予感はあったよ。封印の前にいるお前を見た時から。

 

「『希望の心(コア・ハート)』を一人の人間にする役割をお前が担う代わりに、お前のやってほしいことを俺にやらせる。そんなところか?」

「そうだ。……ああ、なに、エステルトを助けにいけ、などとは言わぬさ」

「言われたとて聞かないが。……リュミが心の殻を打ち払ってまで吐き出した大望だ。だから、それを叶えるついでに他の諸々を解決しようと思っていたんだ、別にお前が噛む必要は無いぞ、サラード・懈星(ダルオホス)

「ならば我からも貴様に()()()。ク、それともなんだ。貴様は願いを掛ける相手を選り好みするか?」

「するね。気に入ったやつにしか心を砕かないよ、俺は」

「貴様がコーヒーを振る舞うに足る神は、気に入らなかったか?」

「……はぁ。わかったわかった。良いよ、その交渉を受け付けよう。リュミも、それで構わないか?」

「わからない。私の願いは、それを叶える対象が変わることに、どんな損失を被るのか、判断できない」

「紫輝公認になるか、非公認になるかの違いだな。前者がサラードで、後者が俺」

「……ならば、公認の方が良い……と、感じてしまう」

 

 わかったわかった。願いの主もそちらを選ぶのならば、それが最良なんだろうよ。

 

「じゃあそこはそれで行こう。で、サラード。俺にやってほしいこととはなんだ」

「この亡霊にも幸福を与えろ、ワンデラー」

「……」

「子を亡くした嘆きの塊であるから、たとえ恨まれてでも幼子に命を与え、己は満足して眠りに就く。この亡霊はそう言った。だが、亡霊の行く先に安寧の泥など存在しない。満足はしようが、行き着く先にあるのは、己を狂乱の渦に落とし込む涯無き怨嗟だけである。──我はその"終わり方"を美しいとは考えぬ」

「たかだか一つの霊魂に、どうしてそうも心を砕く。大雨の前には等しく無害──お前の前では魔王も霊魂も、罪を憎むことしか知らぬ幼子も、すべて等しい命だろうに」

「霊魂とは天に還るモノ。空の彼方、時の彼方。劫白の国へと還り、今生の思い出を語り合い、笑い合い、再会を喜びて涙し、そしてまた新たな椅子を選びに行く。──我は、雨である。雨の神。雨の化身。なれば、(あめ)に帰るその手前で道を見失った幼子に、傘と、泥に足を取られぬ道を指し示してやることに、どんな妨げがあろうか」

「だとしたら、悲しき境遇にある命など無数にいようさ。その全てに目を向けてやらないのか、中立神」

「残念ながら、我には二つの瞳と一本の舌しかないゆえな。巻き取れるモノも大して多くはなかろうよ」

 

 一息、煙管を吸う。

 身体の魔力依存率を上げて。

 

「いいよ、交渉成立だ。代わりに、"死の運命より逃がす"を遂行しろよ。守護に関して手を抜くつもりはないが、俺の万一をお前が埋めろ。俺の捧げたコーヒーという供物への対価はたったそれだけでいい。お前の小さな体躯には難しいのならば、トライギルやスモーキー、ボガードにも助力を請えば良いさ」

 

 さて。

 それじゃあ、動き始めよう。

 

 あ、だけど。

 

「守護……という点について、一つ共有をしておきたい」

「どうした?」

「俺達は今、定道が現れる前提で動いている。事実現れ、『希望の心(コア・ハート)』が奪われたという"ろくろの溝"を見たからリュミが願いに現れたのだろうが……あるいはここの守りを固めた場合、定道が現れない、という可能性もあるという話だ」

「それはあり得ない。時間跳躍の出口を故意に変更することはできない。そしてあなたの言う通り、私はそれを見たから」

「もし、出口に、出口と定める場所に、ディナティ・桟明厘の時間跳躍程度ではこじ開けることのできないほどに堅固な結界があった場合──定道は、どうなると思う?」

 

 この時代のどこかに現れるのだろう定道。アスミカタか、はたまた天の至泉に直接か。

 しかし、もし。その現れる場所に、何者も現出できない空間固定があったら、あれはどうなるのか。

 

「……まさか、時の円環から脱却する、と?」

「可能性の話だ。だが、現時点で奴はこの世界にいない。死していないのににも拘わらずこの世界から消えることに成功している。時間流の外にいる。……初めに話を聞いた時、この可能性に思い至った。それくらい思いつきやすい事、ということだ」

「……『希望の心(コア・ハート)』の奪取が、あなたを呼びつけるための呼び水だというの?」

「俺目当てだったかは知らん。だが、俺ではないものが来たとしても、守護と聞けばまずアレの周囲の空間を固めることに苦心するだろう。──そして、仮にこの予想が正しかった場合、『希望の心(コア・ハート)』の安全は確保されども、別の問題が発生する」

「……保険をかけるのならば、結界をより堅固にさせるために、尖兵を出す可能性がある……ということか」

 

 そう。

 先に竜だのなんだの、魔物だのをけしかけておけば、ここにいる術者はこの空間の守りを更なるものへと強化するだろう。

 神の干渉程度では出口が開けぬほど強固に。望み通り弾かれるように。

 

「……今すぐに『希望の心(コア・ハート)』に命を与えて、ここから撤収すれば、すべての目論見が叶わなくなる」

「ふぅ……音の魔力を用いた呪詛結界など、まったく、むつかしいものを作るものだ。──して、サラード、ワンデラー。雑談の時間は無いようだぞ」

 

 ずっと声を発せないでいたトライギルがそんなことを言う。

 彼が顎……というか顔をくいっとやって促した方向を見れば──結界の中からでもわかる量の怪鳥たちがこの浮島を取り囲んでいた。

 おーおー。雲の上にまで来ることができるあたり、こいつらさては人造魔物だな?

 だってこの浮島……天の至泉に魔物の痕跡無いもんね。どの種もこの大気には適合できなかった証拠だろう。植物はあるにせよ。

 それを、興味だけで飛んでくる、なんてことができるとは到底思えん。

 

「守らないと……」

「まぁ待て、任せろ。その後の交渉がどうであれ、初めの願いだって聞き届けるさ」

「ク──同じ言葉を返そう、ワンデラー。貴様にとってその亡霊は赤の他人であるはずだ。なぜそうも気に掛け、その願いに応えようとするのか」

 

 なぜ、って?

 そりゃもうとっても簡単だ。

 

「俺の弟子が。俺の客が。俺の育てた幼子たちが。育ちの一部を見送った皆々が、今、遠き地にて"頑張って"いる。その善悪も勝敗も興味は無いが──世界のどこかにいる誰かを思い浮かべているのなら、それが、そのあたりで遊び惚けている、なんて事実を残すべきではないだろう」

 

 エステルト少年は、討たれるつもりなのだと、こいつは言った。

 つまるところ、この紫輝歴684年が……魔王討伐の年、なのだろう。

 時の円環からの脱却が失敗した時を考えるのなら、メインプランであるこっちの成功率も上げたいはず。つまりエステルト少年がかかり切りになる……勇者たる彼らを迎え入れる日をXデーに選ぶはず。

 なれば今日こそが魔王討伐の日で、この怪鳥やその後に続く尖兵を打ち払い、定道が出てくるタイミングこそが、彼の討たれる時であると予測できる。

 

 せめても、だ。

 畜生エンジョイ勢でも、スーパー悲しみ生産機でもさ。

 せめて──ひとつの時代が終わるその時くらいは、遊び惚けていないでいたい、っていう……どこまでも自分本位のエゴ。

 それが今の俺の原動力だよ。

 

「……驚いた。おまえはまだ、ヒトなのだな」

「好きに呼んでくれたらいいさ。──さぁ、命を守る戦いをしよう。景気よく救いを齎した上で、な」

 

 めくるめく存亡の食い合いの始まりだ。

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