序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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幕間 - 紫輝歴684年緋の月20日 魔王国王都バリムケラス 魔王城にて

 世界は混沌に覆われている。

 あるべきものがそこに無く、あるべきでないものが蔓延っている。

 何を理由にすれば、他者を犠牲にして成果を掴んで良いのか。

 何も犠牲にしない道は、それよりも多くのものを救えるのか。

 犠牲の上での勝利こそが至上であると、少ない犠牲を払ってでも進まなければならない現実こそが至上であると。

 そこにどんな正当性があるのか。

 

「静かになってしまったね」

 

 誰もいない城で、そう、彼は呟いた。

 エステルト・"ヴァーン"・マイズライト。

 ()()()()()()()を危惧し、強くなりすぎようとする人族の芽のすべてを片端から摘み取り続けた魔王。

 

 魔王国一つに対し、他全ての地域が人族の国。オーガ族やハーフリング族、精霊族も多少はいるけれど、世界の人魔の比率は、大きく人族に傾いている。

 だから、人族の英雄はたくさん生まれる。ガルズ王国。ハンラム王国。港湾国家ゼルパパム。ヴァグス・ドランシア連邦。エリスフィア帝国。キロス自治領。アスミカタ帝国。仙実国。

 強き者。英雄。導きの松明となるもの。

 けれど、どうしたことか。魔王国には……魔族には、エステルトが生まれて以降、それに数えられる者は一人も生まれていない。

 仮面の魔族で、紫輝の愛し子で、歴代最高の魔獣形態と、並外れた剣術・魔法理解のあるエステルト以降、誰も。

 もう少し精確な言葉を使うのならば、魔王国に味方をする魔族は、というべきか。そうではない魔族であれば、数人生まれたから。

 

 まるで、バランスを取るかのように、だ。

 エステルトが……少し、強く生まれすぎてしまったから。力をつけすぎたから。

 だから、魔王国側の戦力はこれで充分とされて、人族に対し、それに見合うだけの強化が入った。

 そう感じられて仕方がないと、彼は溜息を吐く。

 

 なれば、こうして後から考えれば……「人間同士」の潰し合いを防ぐためにと特記戦力を殺して回ったのは。

 己という器を測り間違えたエステルトの……狂気でしか、無かったのだろう。

 

「エステルト殿。決戦を前に、少し失礼するぞい」

「……ああ、『時渡(フェイルセーフ)』か。どうしたんだい、私に何か用かな」

 

 静寂を割って現れたのは勇者たち……ではなく、一人の精霊だった。

 ハニー=ロウ。魔王国と盟約を結ぶ精霊国ファウンタウンの最高権力府である法霊院の長を長らく務める、最古の精霊にして最優の精霊。

 

 自己への埋没を中断し、応対をするエステルト。

 敵対者でない精霊を相手にはその苛烈な気配を向けることなどない。

 

「確認を取ろうと思っての。──本当に良いのか、という確認を」

「……」

 

 本当に良いのか。

 主語の無いその言葉は、けれど、彼には充分伝わる。

 

「うん。これは、私が決めたことだからね」

「……そうか。はぁ、じゃあ……特大の恨みをぶつけられに行ってくるかの~」

「迷惑をかけるね、ハニー老」

「すべてを背負いきったお主の言葉なぞ、儂には届きもせんわい。……心残りの無いようにの」

「ありがとう」

 

 そう言って……ハニー老はこの場を去っていった。

 

 また、静寂が満ちる。

 

 玉座に座り、背を預け。

 エステルトはふと、目を瞑った。

 

 瞼の裏に見えてくるのはやはり、最愛の姉の……怒る顔。次点で親友の、なんとも言えない表情。

 沢山の人々に迷惑をかけてきた。魔族はもちろん、人族も。己の信じた正しさを証明するために、ずっとずっと。

 殺した者の顔と名前は全て覚えている。誰も忘れていない。

 救った命については、まぁ、少し、覚えていないかもしれない。魔王として多くを救いはしたけれど、印象に残る出会いは実は、ほとんどしてこなかったから。

 だから……そういう意味では、もう一人の家族……ドレンのあの優しく見守るような、遠い顔が、彼の覚えている唯一の救った命なのだろう。

 

 記憶を掘り返していく。サラード・懈星。羽澤。アルフレッド。

 かつての……魔王になる前の師団にいた者達。ミヨ。エイヴォン。メレッグアヴィス。

 

 そしてあの日、己で壊してしまったすべてと。

 その後で見た、現実味の無い戦い。

 ──使いこなしてもいない力で他者に干渉しようとすれば、己も他者も、周囲も巻き込み、迷惑をかける。それを学びましたか?

 ──ただまぁ、時折、コーヒーの味でも思い出して、一息吐いてくださいね。

 

 わかっている。あれは幻などではない。

 エステルト・"ヴァーン"・マイズライトという残像は、確かにあそこで……元の位置にまで戻されたのだ。

 

 あれから、どれだけ探しても、彼の姿は見つけ出せなかった。

 殺してしまったのかと問えば、サラードも羽澤も首を振った。

 逃げてしまったのかと考えれば、姉の抱擁があった。

 

 お礼は、言いそびれてしまった。

 

「まぁ、後のことは……姉さんに任せようか。君も……」

 

 ふと、肩に呼び掛けて……そこにあの尊大な神がいないことを思い出す。

 彼は別の場所の守護に回ってもらった。

 いつものように……肩に乗せていて。

 諦めても良いとか、逃げても良いとか……そういう言葉をかけられて、自分の心が揺らぐのが、怖かったからだ。

 

 やるべきことをやってきた。

 だけど、そのやるべきことは、報いを受けなければならないことでもあったから。

 

「……来たね」

 

 その集団を感じ取る。

 勇者。魔王を討伐せんがために編まれた、勇ましき者たち。

 ハンラム王国、ガルズ王国、エリスフィア帝国、マリト・マフィアなど、複数の国・組織が出資し、その精鋭をして勇者と呼称し。

 

 今日、この時に、エステルトを討ちに現れる。

 

 無駄な犠牲を避けるために、部下の全てを退避させた。どの道もう戦える部下は残っていなかった。それでもと名乗り出た数名の部下たちが勝手に陣を取り、彼らの仲間の数人を足止めしてくれているようだけど……合流は時間の問題だろう。

 

 謁見の間。その大きな鉄扉がゆっくりと開かれる。

 そこにいたのは、数人の少年少女。

 

「魔王エステルト……だな」

「そうだよ。それで、不躾な君の名前は?」

「おれの名前は、カズラ・リアナ。魔王を討伐するために旅をしていて……今、その終点に辿り着いた者だ」

「終点? ふふ、それは勘違いというものだよ。私を殺したとしても、君達の旅や戦いは続いていく。そうだろう? ──ならば、この場所のことは、中間地点とでも言うべきだ」

「言わない。覚悟を持ち、義を知って、それでも己を貫き通した魔なる王。あなたの坐すこの場を、おれは、終着点以外の言葉では言い表したくない」

「そうかい。……それは、律義なことだね」

 

 彼の肩に担がれているのは、武骨な大剣。それそのものは量産品でさえある剣なのに、柄の部分に嵌っている赤黒い輝きが、その剣を魔剣の領域にまで押し上げている。

 その加工を行ったのが、シュライン・ゼンノーティ。刺客を差し向け……しかし、己が身を犠牲にした行動により、四天王の一角を殺してしまった特記戦力。

 散々に特記戦力を殺して回り、人族の出鼻を挫いて回ったエステルトからしても、消沈気味にあった人類に再度火をつけたのは、やはりシュラインの武具加工だったと言える。

 ようやく魔力が人族の味方についたのだと……彼らは息を吹き返すように戦意を取り戻したのだと。

 

 その最たる例が、今、エステルトの前にいる青年だ。

 カズラ・リアナ。その仲間のフィノ・ルンテーニ。ジルベルト・ノノフ。ハナカラ・リンヤン。メギス=ヘカトン。

 名乗られずとも覚えている。当然だ。最も警戒していたパーティなのだから。

 

 そして、彼らの隣にいる……まだ幼さを残す、獅子の魔族。

 

「リュオン。……やはり君は、そちらについたんだね」

「ああ。おれの目指すところは、あんたのほしい未来とは、やっぱり、ちょっと違ったよ。……過去に人族がどれほど酷いことをやってきたのかはわかったし、それを見ないふりするつもりもない。けど……やっぱりおれは、人族と……人間同士が手を取り合える世界を好ましいと思うから」

「うん。君は、それでいいと思うよ」

 

 食い合いを阻止するために、芽を摘む、のではなく。

 食い合わず、手を取り合い、良き隣人になる。その理想を完遂する。

 第七師団師団長リュオン・"ハルカウオン"・マイヤー。彼に追随するは、第二師団師団長ジョット・"ゼヌジオ"・ロマンスオーン。第七師団副師団長アイン・ロフトヘッド。

 

 そして、最後。

 

「……君たちとは、初めましてだね」

「そうね。……その名前を知った時から……思うところがないといったら、嘘になるけど」

「初めまして。縁も縁もないけれど、彼らを死なせるわけにはいかないから、来ました」

 

 特記戦力にして、最優先抹消対象──『最小限(シンプレクス)』アルカ・ダヴィドウィッチ。そして、特記戦力であっても殺害対象には含まれていなかった、『慈癒の担い手』(ルン)実狼(シーラン)

 終ぞその機会に恵まれることなく、こうして決戦の時となった。

 片やあのモーガン・カルストラの愛弟子にして、混沌を乗り越え彼方に辿り着いた者。

 片やあの禄・玄妙と崙・壮澗の愛弟子にして、その名を上げた後から、対魔族戦闘における人族の死亡率を10%も軽減した者。

 

 最高の魔法使いと、最高の癒し手が……この戦力についている、というわけだ。

 

「──まずは小手調べと行こうか。魔法も魔獣形態も無しで……剣だけで遊んであげるから、かかってくるといい。もちろん、本気を出す前に負けたって文句は言わないからね」

「そうですか。随分と私達を嘗めて──、っ!?」

「へえ、避けるか。君も中々やるね」

 

 一閃。

 いつの間に玉座から離れたのか。いつ立ち上がったのか。

 誰も反応できない速度で、フィノの顔を真横に割断しかけたその剣。踏み込みも予備動作も全く見えないそれは、既のことで殺気に気付き、半歩さがることができた。

 それをしていなければ──ただの一撃で犠牲者が出ていたかもしれない。

 

 しゃなりと、特殊な形をした悍ましい気配の魔剣が振られる。

 魔王エステルト。己で作り上げた魔導図書館に蔵書されているすべての本の内容を覚えていることや、魔法というものへの圧倒的な理解度、だけが彼の強みではない。

 蓄えた魔剣・聖剣。そしてそれに見合う剣士になろうと努力し続けた幼少。仮面の魔族であり紫輝の愛し子であるという種族特性。

 

 誰かが生唾を飲むけど、それは正しい反応だ。

 

「油断するなよ、人類。今君達の目の前にいるのは、紛れもなく魔王なのだから」

 

 剣においても──達人。

 次の瞬間、転がっているのは──誰の、首か。

 

 熾烈な戦いが幕を開けた。

 

***

 

 同じ頃、魔王城の裏門近くでその邂逅が起きていた。

 

「……そこを退きなさい、ハニー=ロウ」

「それはできない相談じゃなぁ」

「『不死(センピテルナ)』……その起源を同一とする別存在、『時渡(フェイルセーフ)』。どうして君が、僕らの邪魔をするのかな」

 

 魔王城を守るような立ち位置にいるのは、精霊王ハニー=ロウ。

 そこに辿り着かんとしているのは、エレン・"オーラ"・マイズライト。羽澤蛙。

 

「魔王とは、選ばれなかった代替物(オルタナティブ)の、祝福されぬ不必要(フュートル)の代弁者でなくてはならぬ。此度の決戦は、"誰からも望まれた勇者たち"と、"誰にも望まれぬ魔王"の戦い。……あの者を必要に思うお主らは、少なくとも今回の戦いに参加してはならぬのじゃ」

「知りませんわ、そんなこと。──退かないのであれば、力尽くで押し通ります。死んでも知りませんわよ」

「ほっほっほ、大きく出たものじゃな、『財宝(アバンダンス)』。強大な力を収蔵して気でも大きくなったか」

「エレン、油断をしてはいけない。相手は精霊王だ。涅月歴0年から……いや、それよりももっともっと前から生き続けている正真正銘の怪物。不死性はともかくとして、戦闘能力で言えば、『不死(センピテルナ)』よりも強いと考えるべきだからね」

「言われずともわかっていますわ、そんなこと。……それでも、あの子を独りぼっちにしておくわけにはいかないでしょう。──『収蔵(コレクティブ)』:取り出し:我が二十年の魔力」

 

 立ち昇るは純粋な魔力の奔騰。ローレンス医師のやっていた「平時に不要な魔力をプールする」というやり方を、彼女なりの魔法で再現したもの。

 それは即ち、魔族における魔獣形態(オーバーウェルム)の模倣でもある。

 

「……そうだね。様子見をしていていい相手ではないから、妥当だ。──魔獣形態(オーバーウェルム)

 

 個人で有するには大きすぎる魔力を迸らせるエレンと、悲愴の表情をした獅子へと姿を変える羽澤。

 人魔の本気。愛する者のハイエンド。涅月歴328年より生死の境目で存在し続ける特殊魔族。

 

 なれば。

 

「こちらも相応の形にならねば、礼を欠くというものかの。──すまぬな、人族の儂。しばしの間、窮屈な思いをさせるぞ」

 

 その。二十年分のプール魔力と、魔獣形態の羽澤の魔力が……ちっぽけに思えるほどの、天災を思わせるほどの魔力が動く。

 いつか、レベッカを癒すためにローレンスが使った魔力に似ている。いつか、遠くで観察していた、モーガンの『万能』という魔法に似ている。

 違う。あれらがコレに似ているのだ。

 精霊王──精霊という種が魔力の化身であるのならば、その頂点とは、魔力を隷従させる者である。

 

「──役割として、魔王に勝るとは言わぬよ。……じゃが、儂も王。精霊王。──死んでも知らぬと言ったがの、『財宝(アバンダンス)』。同じ言葉を返そう。──出し惜しみしているようでは、瞬きの間に死しても知らぬぞ人間共!」

 

 果たして愛は、大義に勝てるのか。

 

 その戦いもまた、幕を開けた。

 

***

 

 しゃらん、しゃらんと、見えるのは剣の閃きだけだった。

 その微かな光を頼りに、皆、決死の回避を続けている。

 

「どうしたというのかな──先程から避けてばかりで、攻撃の気配が無いよ?」

「クソ……迅すぎる! だってのになんだ、この──」

 

 ジルベルトの持つ大剣が動き、ギリギリ、その攻撃への防御が間に合った。

 真正面からのまっすぐな振り下ろし。見るからに細腕。身体強化の魔力も微かにしか感じられない。

 だというのに、重い。果てしなく──巨大な魔物の一撃を受けたと錯覚するほどに。

 

「攻撃が重すぎるっ! ハナカラ!」

「わかってるってー♪ ほら、組み上がったよ! ──縛引導(バインド)!」

 

 バフやデバフが得意なハナカラから放たれる、足止めの呪詛を孕んだその魔法。

 大型の魔物さえ十五秒は動けなくさせるその呪詛は、エステルトに届く──その直前で、はらりと切り伏せられた。

 

 魔力を切断する技術。カンナやカリアンが得意とする技術の一つだ。

 

「あちゃー♪ 単純な魔法は効かないかもね? みんながもっと意識を逸らさないと♪」

「カズラ、合わせなさい!」

「ああ!」

 

 ハナカラの言葉が終わる前に、弾かれるように動きだすは二人。

 その右拳に握り込まれるは闇属性の魔力。その左拳に握り込まれるは氷属性の魔力。

 

「二元操作……古くは『峡谷の(きざはし)』という精霊だけのパーティのリーダーが使っていた技術だね」

「お詳しそうですが、書面だけの知識ではどうともなりませんよ──貫槌衝!」

「凝集加工・閻魔石獄炎──」

 

 フィノの拳とカズラの斬撃。

 対しエステルトは、虚空より取り出した二本目の魔剣でフィノの拳を防ぎ、また、元々有していた魔剣の姿をさらにおどろおどろしくして、魔晶石加工武器の一撃を防ぎ切る。

 

「な──」

「まったく……この規模の力を、誰でも使えるようにするとか、頭がおかしいとしか思えない。おかげで魔剣一つを過剰駆動させるに至ってしまったじゃないか」

 

 剣と拳、剣と剣。互いにせめぎ合う両者を蹴りで弾き返し、効果を失った魔剣を虚空へ放り込んだあと、頭頂より飛来する爪に剣を合わせて対処するエステルト。

 爪──それは、リュオンだ。

 

「随分と息が合っているね、リュオン。私を裏切り、敵に寝返ったこの数年間は、さぞ素晴らしいものだったのだろう」

「裏切った覚えも寝返った覚えもないさ! ずっと言ってただろ──おれは魔王を倒して魔王になる、って! 入軍から今の今までに、その言葉を変えた覚えは無い!」

「そうだね。君はそういう子だった。……であればこの言葉は、君達に向けるべきかな。ジョット、そしてアイン」

 

 ゆらりと煌めく剣。波のような剣戟。

 型の見えないその剣は、しかし、柄に攻撃を合わせられて停止する。

 

「……魔族とは、記録をする生き物。人族の記録を壊し尽くすあなたは、魔族そのものの裏切り者」

 

 ──咄嗟の防御。皮肉を返そうとしたエステルトのその一瞬、呼気を吐き始めた瞬間を狙ったその一撃は、僅かに、彼のその顔に痛みを滲ませる。

 

「っ……無理か!」

「いやいや……師団長ではない、副師団長とはいえ、ただの団員が……良くやるものだよ。アイン・ロフトヘッド。君はこの場で頭一つ抜けて強いね。好機を見極める目も、凄まじい膂力も、何よりその容赦の無さも」

「お褒めに与り光栄ですけど……俺は、()()()()なんで!」

 

 先程の防御は本気の域にあったけれど。

 その気配に、エステルトは、余裕を捨てた全力の回避行動を取る。リュオンからの攻撃を受け止めたままに、身体を捩って避ける。避けなければならない。

 

「──烙花星(ラフスタラ)鋭利(スリフス)

 

 砲撃魔法。その改良。

 腕一本分の範囲にまで凝縮された、炎属性最大のその魔法は、破壊力・貫通力共に最高の域にある。

 事実、エステルトの後ろにあった玉座も、壁も、その後ろの何もかもが溶け落ち……否、消滅にまで至っているではないか。

 

「こら! 君ね、作戦をバラさないの!」

「ひ、す、すんません!!」

 

 特記戦力……【マギスケイオス】が第九位、『最小限(シンプレクス)』がアルカ・ダヴィドウィッチ。

 あれだけの威力が出ていながら、あれだけの魔力が込められていながら、魔法名の詠唱に入るその直前まで、魔力の起こりに気付くことができなかった。

 つまりそれだけ速いということだ。通常状態から魔法攻撃に至るまでのラグが、一切感じ取れぬほどに存在しない。

 

「凝集加工・閻魔石獄炎──」

「──極花霜(キフロス)

 

 蹴り飛ばしたはずのカズラ。その背後にいて、彼の背を押しながら治癒魔法をかけているのは実狼だ。

 そしてもう一つ、アルカ・ダヴィドウィッチほどではないにせよ、憂慮しなければならない火力の使い手──メギス=ヘカトンによる魔法が飛来する。

 リュオンはまだ弾き返せていない。ジョット、アインも近くにいる。

 

「起きるんだ、魔剣エルガリチア」

 

 万事休すかに思われたその直後、彼の持っていた魔剣から、威力の伴わない衝撃波のようなものが放たれる。

 咄嗟に回避を選択したフィノと実狼だけはそれから逃れたけれど、他の皆は当たってしまった。

 当たって……そのまま、メギス、リュオン、ジョット、アインが崩れ落ちる。

 

「なんだ!?」

「私は魔剣ナードでね。説明をしてあげよう。……魔剣エルガリチア。精霊とオーガ族のハーフだったエルガリチアの鍛造した魔剣だ。その効果は一定範囲内の魔力素の停止。無効化や分断の力を持たないこれだけど、魔力に依存する生物にとっては呼吸ができなくなるに同じだよ」

 

 説明を聞いて、即座にメギスたちに縄のようなものを投げ、その身体を範囲外にまで引っ張るフィノ。

 英断だ。そうしなければ、そのまま死に至っていた可能性まであったから。

 すぐに実狼が治療に取り掛かる……が。

 

「なにこれ……治癒魔法が効かない……?」

「あくまで等しいだけで、実際に呼吸ができなくなったわけじゃない。魔力が通らなくなったんだ。治癒魔法が魔力を由来とするのならば、それも通らないのは当然だろう?」

「……あなただって魔族でしょ。どうして普通にしていられるの?」

「ふふ、あまり魔族には詳しくないようだね。……仮面の魔族は、仮面をかぶるまではほとんど人族なんだ。その人族度合いは、精霊や神々でさえ騙してしまえるほどでね。今の状態の私は、体内の魔鉱石すらその力を隠して眠っている。君達が普通に動けているように、私もエルガリチアの影響を受けないというわけさ。」

 

 絶望的な言葉だった。

 あの膂力も、スピードも……魔族だから、という理由であったわけではないと。

 身体強化。つまり、カズラたちと同じステージで、圧倒的な強さをしていたと。

 

「それと、公平を期すために言っておこう。エルガリチアの効果範囲は剣から半径3.42athlととっても狭いんだ。外から範囲内に向けた魔法は悉くが停止するけれど、その近くを通る分には問題ない。つまり、エルガリチアから私を引き離してしまえば、またいつも通り戦えるようになるよ」

「……敵の言葉に鼓舞されるってのは釈然としねえが、つまり純粋な膂力勝負でテメェに勝てってわけだな!」

「オーガ族は話が早くて良いね。──ただ、単純な膂力勝負では」

 

 ガン、と。大きな音がした。

 いつの間にかジルベルトがそこにいなくて。

 いつの間にか音のした方で……壁に叩きつけられている。

 

「君程度じゃ、勝てないよ」

「ジル!」

「負傷者は全員私に任せて! 誰も死なせないから!」

「っ……ああ、頼んだぞ実狼!」

 

 ここには彼女がいる。慈癒の担い手の名は伊達ではない。

 

「大口を叩くね。魔力依存生物の四人に対しては、何のアプローチも見つけていないだろうに」

「悪いけど、絶対に諦めないのが私だから。助けると決めたら、絶対に助けるの」

 

 言うが早いか、彼女は背負っていた槍を取り出し、その場に突く。

 瞬間、エルガリチアと同じような半球状の空間が形成された。

 

 聖槍『碧鳰一癒』。妖獣ルーの鍛造した槍であり、その効果は、実狼の魔力のみを増幅し、治癒魔法の効果を跳ね上げる、というもの。

 否、元はそれだけだったこの槍を、ある高名な武具加工細工師が再度誂え直し、半径3.5athl以内の全生物の治癒を行う空間を作り上げる、という加工が足されている。

 

「……初めて見る効果だ。君を倒せば、それをもらってもいいのかな」

「私以外には使えないと思うけど……倒せたのなら、好きにすればいい」

「それもそうだね。──さて、オーガ族でもあのザマだけど、それでも向かってくるのかな」

「当然だ!」

 

 武具加工の機能しない状態でのカズラの一撃。

 それは──エステルトに、防御をさせるにすら至らない。

 

「な──」

「驚くことはないよ。だって君、武具加工が無かったらただの人族だろう。パーティメンバーの誰よりも劣る──何もできない案山子と同じ」

 

 蹴り。それを腹に受けて、カズラもまた壁に叩きつけられる。

 

「脆いね。外付けの力で強くなった存在は、それを失くしたらああやって右往左往するしかない。──君も、そう思うだろう? ハナカラ・リンヤン」

「どうかなー♪ でも、本当にそうだったら、僕らはカズラについてきてないんじゃないかな♪」

「涙の出る仲間意識だね。──そら、君も沈むといい」

 

 新たに取り出された魔剣──エルガリチアによって効果は封じられているが──の一撃がハナカラを。

 

 捉えない。

 

「……へえ」

「へへへ、これでもハーフリング族だからさ。素の回避性能は高いんだよ。……普段カズラとジルベルトに防御は任せきりだからさ──こういう時くらいは、活躍しないとね♪」

「そうか、そうだったね。けれど、避けてばかりの者に私が付き合う意味は無い。攻撃に重みが無いのなら、私は悠々と他の者を殺しにいけばいい」

 

 それは正しかったけれど。

 そこでようやく、エステルトは、その違和感に気が付いた。

 

 一人、いない。最も忘れてはならない相手が──どこにも。

 

「──仮想刻印子配置完了。起動、『されど、世界に芽生えは来ない(Attamen, nulli novelli in mundo apparent.)』。『最小限(シンプレクス)』がアルカ・ダヴィドウィッチが命ずる。()()()()()()起動、『"或いは、手を伸ばした私の、吐き出した言葉とは"』」

 

 認識に干渉する隠蔽結界の中から、その魔力が形を作る。

 魔剣エルガリチアの効果範囲──そのギリギリの円形に沿って作られる、特殊な空間の壁。位相結界の層。

 結界の厚みは無限。見えている距離と進む距離の相関が破綻し、尚も開き続ける。

 

「創作刻印……と、そう言ったかい、今」

「そう。私の……奥の手の一つ」

「つまり君は、力を持つ言語を一つ……新たに作り上げたと? 古代魔族語、精霊語、羅詞源語、継詞基語、あるいは純天体語……そのどれにも属さない、全く新しい言葉を? ──それは、一つの時代を作るに等しいことだよ、魔導士」

「当然でしょ。私は【マギスケイオス】。大半のメンバーにとってそれは、魔導の深奥を追求する混沌の魔法を意味する言葉だけど……私、『不死(センピテルナ)』、『蓋然(インコグニタ)』にとっては違う。即ち混沌(chaos)乗り越えた(magis)者。雑然とし、判然としない、この混沌に覆われた世界から抜け出した者」

 

 Magi's chaosが魔導の深奥を求めるものならば。

 Magis chaosは世界の真相を求めるものである。

 

「──あなたが祝福されない不必要(フュートル)の代弁者を名乗るのなら、私達は望まれた最後尾(エクスペクト)でなければならない。──この戦いには、勿論、私個人の恨みもあるけれど……この戦いは、世界にとって、最も意味のある戦いになると、知っているから」

「そうか。……礼を欠いたのは、こっちだったか」

「出し惜しみはしないよ。──私はあなたを、許さないから」

 

 魔導と魔王。

 その戦いは。

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