序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

12 / 100
12.gED1 - 未来(せまり)くる余韻

 去り際の言葉は一つ。

 

「知るに値せず。今後一切吾輩の名を口にするな。──弱者に価値は無いのだから」

 

 ……一息で言い切ったけど一言ではなかったな、っていう反省。

 

***

 

 その後、魔都デイフォニアから今度は西に3,000kathlくらい行った場所で新たな道場を開いた。

 ルヴグ村とそう変わらない寒村ではあるけれど、雪山みたいな悪立地ではなく緑が豊富。というか緑という名の大自然に今にも飲み込まれてしまいそうな村、って感じだった。名前はラハドケ。そろそろ地名も覚えられなくなりそう。

 人口だけで言えばルヴグ村の1.5倍はあるけれど、内訳は退役軍人と子供しかいないから、あっちとほぼ同じ。この世界魔族人間問わず成人が十五歳であるため、早々にみーんな都会へ出ていっちゃって、定年迎えた老人だけが残されるわけだな。定年という概念は無いっぽいが。

 割とはっきり戦力外通告されるし送られる先が基本寒村なあたり厳しいように聞こえるけれど、大して功績も上げていない者でも最終的に穏やかな生活を送れると考えたらまぁワースか。娯楽無いのがキビぃ。なまじっか身体能力が高いせいか、人間の方にはあったサーカスだの雑技団だのといった娯楽がこっちじゃ成立しないからな。

 それでいて映像技術もまだ生まれておらず、絵画文化もそこまで発展していない。ハンラムが侵略対象に入っているっぽいので成功すれば芸術文化が流れ込んでくる可能性もあるけど、激しい抵抗に遭っていて撤退を考え中……とか、ヒューガの下にいた時聞いた覚えがある。

 

 俺の魔鉱石加工のおかげ……も、まぁ多少はあるのかもしれないけど、この世界の人族と魔族は割と拮抗していて、時代によってはどっちか一方の力が増すことはあるけど、侵略されきる、全滅する、みたいなことは今までの歴史の中で一度も起きていないっぽい。魔王も英雄も互いに討滅し合ってそれでも歴史は続いていく、みたいな。

 ただ……直近。五十年前だかの戦争で、人間側が「よほど酷いこと」をしたみたいで、今の魔族はやる気多目。子供にまで反人教育をして戦争意欲を高めてるって感じ。

 ちなみに人魔を分けて述べているけれど、ぶっちゃけ両者の違いは体質の違いくらいしか感じていない。別に魔族が生きていくうえで人族に有害な何かを発するということもなければ、人族の生活折々が魔族を害するということもない。より物質寄りな人族とより魔力寄りな魔族、って感じ。戦争が無かった頃は良き隣人だったんじゃないかな。

 俺達の共通認識でいうところの獣人って感じだ、魔族は。人ではないし、人より排他的ではあるけれど、魔物と区別するほどの相手でもない。

 まー異形は異形だからな。戦争が無くとも排斥を考える人族は出ていたと思う。それはもうサダメっつーか常だから。

 

 さて、世界情勢の話はこれくらいにして、本題に移ろう。

  

 この道場で行うのは前回の道場と同じく潜在能力開花である。

 あの時ティンと来て行った失踪重ねであるが、その後ちゃんと調べもした。

 ガジール、ロノマ、フルエ。俺の道場出身者となったこの三人は既に魔王軍でメキメキと頭角を現していて、あれほどの兵、ないしは将が同時期に出てくるなんて……! みたいな噂になっているという。

 さらに調べればヒューガの兵士も他と比べて屈強になっていて、これは何かあるんじゃないか、と調べた記者がいたらしい。魔族にもいるからね、そういうの。

 そうして辿り着くヴァルカンの存在。フルプレートアーマーを着た謎の指導官。その謎の指導法によって彼らはフルスペックの戦力を得た、と。つまり、意図せずして「そこまでの情報通でなくとも知っている、という程に顔と名前が売れなきゃいけない。ただし情報収集をしないタイプの若者には一切伝わらない程度を目指す必要がある」を達成したわけだ。ありがとう記者の方。ありがとうブン屋。

 同じく「齎す技術が誰にでも真似できるものだといけない。同じ役割をする存在が他にいると驚きが薄れるし、機会損失も大きいだろう」も達成している。勿論その辺は意識して行っているから真似できるものではないのは当然なんだけど、「これは真似できないぞ……!」ってことが知られないことには意味が無い。ハンラムではそれが少し足りなかったなと反省している。

 

 つまり二度の失踪を経て、ようやく万全なのだ。ようやく人事を尽くせた状態。あとはウェルカム天命。

 

 マハネら子供達を置いてきてしまったことは心が痛むが、あのチャンスを逃していたら俺はもっともっと後悔していた。

 サンショウウオの神にも応援された夢である。やはり一直線に叶えなくては。ちなみに名前はもう忘れた。トライアルククルカンみたいな名前だったと思う。アヨーッ。

 

 上述の記者くんが頑張り過ぎて証言からの人相書きみたいなものを作ってしまったので結構がっつり鎧の形を変えて、今。

 道場、盛況。大丈夫、俺の指導はぶっちゃけ最初の適性診断で終わりみたいなところあるから、初心を忘れずに伸ばしていけばパーペキになるわ! 泣かないで!

 

 さて……あとは、何年かかるか、だな。ちなみにこの辺に守り神とかいないらしい。希少生物なんだろうな、神。

 

 

 そう構えた半年後のことである。

 

「師匠! おれ、夢があるんだ!」

「夢か。それはどのようなものだ?」

 

 うちの道場で一番の元気っこ。ヒューガと同じ種族らしい獅子の魔族、リュオン。男子。鬣があるとわかりやすくていいよね。

 その子が、一緒に月見しながら団子食ってる時に、そんな話をしてきた。

 

「魔王になるんだ、おれ!」

「……ほう。理由は、なんだ」

 

 ひと繋ぎっぽい発言。でもこの年頃はそれくらいでいいよ。あんまり具体的に言われると困っちゃうしね。

 

「へへ、やっぱ師匠すきだ、おれ。なれっこないって言わねーから!」

「当然である。子の持つ未来は無限。そして魔王というのは誰でもなれる。誰でも、どんなことが得意でも。王とは統べるものであるが、慕われるものでもあるのだから」

「難しいことはまだわかんねーけどさ。おれ……人間と仲良くしたいって思うんだ」

「そうか。魔族は人族と仲が悪い。王になりて、それを変えたいのだな」

「うん。おれさ、もっとちっちゃい頃、川でおぼれたことがあるんだ。そのまま流されて……気付けば、人間の村にいた。とーちゃんもじーちゃんたちも人間は魔族を食べる野蛮なやつらだって言ってたから怖くてさ、おれは……暴れた。逃げだそうとした。でも怪我が酷くて、無理そうでさ。……そんなおれを、人間たちは治療してくれて、食べ物までくれたんだ」

 

 へえ。人間側でも魔族は不俱戴天の仇みたいな扱いになってんのに……子供は別枠扱いできるやつがいたのか。

 それが良いことか悪いことかはわからんけどな。この子……リュオンはこういう考えになってくれたからいいけど、んなこた知らねえ覚えてねえで、その時殺さなかったやつがその村を滅ぼしにくる可能性だってある。

 助けるとは未来を断たないということであり、原因を潰さないということだ。それを理解していない内から他者を助けるのは……お人好しか、滅私か、向こう見ずか。

 少なくとも此度は良い結果を招いたようだが。

 

「ただ、やっぱ嫌われてるっていうかさ、仲が良くないのはほんとみたいで、見つからないようにっていって、人間の兵隊が来た時は、隠れていなさいって……怪我が治ったあとも、早めに村を離れなさい、って。……おれ、結局ちゃんとしたお礼ができてないんだ。お礼は言ったけど、言葉だけじゃ……おれの気が済まねえ! おれは獅子の魔族だから、王になりたい。師匠の言う通り、慕われる王になるんだから、人間からだって慕われないとうそだ!」

 

 ちょっと声が大きすぎたので多少音の魔力を絞らせてもらったけど、良いことだと思う。

 いばらの道だ。困難の道だ。

 だが──。

 

「他者が何を言おうと、理解されなかろうと。夢とは、突き進むもので、寄り道をしないもので、達成に甘えないものである。秘する時は秘していい。繕う時は偽ってもいい。だが、大望と名を刻んだ夢であれば、いついかなる時も忘れるな。そして機会をふいにするな。実現の欠片を見逃すな。魔王になることも、ヒトと仲良くすることも、それを声を大にして言うことも、すべてがはるかな壁としてお主の前に立ちはだかるであろう」

 

 それでも。

 腕を上げ、リュオンに見えるように涅月を掌中に収める。

 

「魔王とは全てを手中に収め、全てを統べ、そして全ての王として皆に認められるものを言う。──踏み抜き、蹴り割り、言ってやれ。その程度がなんだと、その程度がお主の歩みを止めるものであるかと、世界に宣言するのである」

「おう! おれは絶対魔王になる! ……へへ、そうなったらさ、師匠はおれの副官な! おれの見る国。おれの作る国を、おれの隣で眺めてくれ。おれがなんか間違えそうになったら、ちゃんと叩いて止めてくれ」

「確約はせぬ。吾輩、基本的に一つの場所にとどまることをあまりせぬ性質(たち)故」

「えぇーっ! そこは嘘でも頷いてくれよー! 師匠って素直すぎて時々空気読めないのなんなんだよーっ!」

「空気とは読んだうえで敢えて読まないものである。……さ、今日のところはもう帰れ。流石にそろそろ親御さんが心配する」

「へへ、んじゃまた明日な! 明日こそは……閻魔斬空幽谷剣成功させてやるから!!」

 

 そんな一日。

 ちなみにフラグっぽく聞こえるかもしれないけど、その後村が襲われたとか一日にして一族郎党絶滅したとかそんなことはなく、あくる日もまた元気っこは元気でした。

 

***

 

 二年後。

 成人の儀を経たリュオン・"ハルカウオン"・マイヤーは魔王軍にいた。

 門戸を叩いたのは二か月ほど前の事で、入隊は既に済んでいる。

 逆に何が済んでいないのかと言えば。

 

「……リュオン。入団希望の師団を書けと言ったはずだが……なんだ、これは」

「なにって、入団希望だよ。あ、ですよ」

「敬語は良い。そういう上下関係はあまり気にしないからな。……入団希望:魔王というのは、なんだ。どういうことだ」

「おれは魔王になるんだ。だから、どこの師団にも入らねえ! って意思表示!」

「そうかそうか。夢は大きく。良いことだと思うぞー。で、入団希望は?」

「えー。じゃあ……よく知らねえけど、一番強いとこ!」

「第四だな。了解した」

 

 という、些か……彼の師が彼の夢を否定しな過ぎたことで生まれた意思疎通の難しい化け物チックなムーブが、悉くの書類手続きを遅延させているのである。

 普通に問題児なので矯正の必要があるな、と手続きを受けている魔族はそんなことを考えつつ、既視感にも襲われる。

 似たようなやり取りを数年前にしていたのだ。

 

「第五師団の方にお前さんとよく似たガジールってやつがいる。多分お前さんとは仲良くなれるよ」

「え、じゃあ第五にする!」

「……普通は各師団の師団長に憧れて入隊してくるものなんだがなァ。こうもコロコロ変えるのは……。まぁいい、第五だな。もう変更はないな?」

「後出しで魅力的な提案してくるあんちゃんが悪いよ。それが無かったら変えなかったもんおれ」

「そうだな、私が悪いな。ちなみに私はねえちゃんだな」

「え! あ、そうなのか、すまん姉ちゃん!」

 

 ──そんなやり取りがあって、さらに五か月後。

 

 

 硬質な音を立てて短剣が長剣に払われる。

 

「っ()ぅ!?」

「……さっきから聞いていれば、魔王になるだの争いをなくすだのと……綺麗ごとの理想論ばかり。だというのに力が無い……! 僕はそういうやつが一番嫌いだ。己が強くなったと驕り果て、自分ならば大切な人に言葉を届けられると手を伸ばし、敗北する……。ここは魔王軍! ここは魔族の国! 力無き弱者は言葉も番えられない! 立ちなよ、リュオン。剣を拾え。君を見ていると……昔の自分が重なって、とても苛立つんだ。──その憂さ晴らしに、君を嬲らせてもらう」

「へへっ……確かに強ぇーし、平時なら気も合いそうだが、後悔の炎が揺らめいている今じゃ、無理だな! まずはこの火を消さねえと、誰の言葉も耳に入らねえだろ……! 憂さ晴らし? 嬲る? 馬鹿言ってんじゃねえ! おれの名はリュオン・マイヤー! おれは全てを受け入れ、全てを背負う魔王……になる予定!! 先輩、あんた一人救い上げられなくて、王の一つも語れないだろ! 言ってやるよ──その程度がなんだ、ってな!」

 

 時に、暗い炎と対峙し。

 

「……君がリュオン・マイヤーか。噂は聞いているよ。……君は僕の渇きを埋められるかな」

 

 擦り切れた影と対峙し。

 

「く、そ……こんなに……こんなに遠いのか、師団長で……!」

「若いね。まだまだ強くなる。だけど今はまだ無理だ。力をつけなよ、リュオン。弱者には何の権限も無いんだ。強くならなければ捨てられる。捨てる側に回るのが君の夢だというのなら、強くならなくちゃ」

「おれの夢を……王になることを、捨てる側(そんな言葉)で穢すなァァア!!」

 

 時にはぐしゃぐしゃになるまで叩きつけられ。

 

「こ……れ、は……?」

「リュオン。君がいつも言っている、人間と仲良くしたい、という言葉。……結構だけれどね。戦いに対して消極的な私がそれでも侵略を止めないことには、理由があるんだ。……見えるかい、これが。理解できるかい、これが、なんであるのか」

「……村、ひとつに……見える」

「そうだ。──さてリュオン。魔鉱石というものの生成プロセスを知っているかな。魔力を持つ魔物の体内で組織片が結晶化、析出物として形となって魔力を吐き出すための道具になるそれを。──この村は、人工的に魔鉱石を作ろうとした愚か者が産み出した、その末路になる。その研究者は一人ではなく、複数の人間。否──国だった」

 

 時には精神を引き裂かれるほどの事実と直面し。

 

「……なぁ、君。名前は……なんていうんだ」

「へへっ……んだよ、敵に聞くことかよ、それ」

「おれの名前は、カズラ。カズラ・リアナ。君は敵だけど、あの竜から子供たちを守ってくれた。その事実だけは変わらない。だから……次遭う時、殺し合う仲になっていても、もしくは背を預ける仲になっていても、名前を呼びたいから……教えてほしいんだ」

「……リュオン。リュオン・"ハルカウオン"・マイヤー」

「ハルカウオン……夢続きの王者(ハルカウオン)か。良い名前を持っているな」

「ん……なんだ、古代魔族語がわかんのか? 世間知らずっぽいのに、物知りだな」

 

 少し年上の奇縁と出会い。

 

「えー。……これからおれの故郷に向かうわけだが、その……なんだ、失礼のないように!」

「師団長がそれ言うんですか?」

「常日頃本人目前魔王様打倒連呼弩失礼獅子頭のくせに」

「世話んなった相手なの! おれの人格形成の全部を担っているって言ってもおかしくない相手なの!」

「それ失礼すぎるんで言うのやめた方が良いですよ。師団長の弩失礼人格を作ったって……可哀想に」

「お前達は本当におれの扱いが悪いね!?」

 

 すべてを受け入れ、背負い、立ち向かい。

 そうしてここに、戻ってきた。

 

 

 リュオンが出ていってから既に五年の月日が経っている。ラハドケ村はどんどん自然に飲み込まれていってしまって、今は御伽噺のエルフも真っ青な樹上生活を送っている者までいる始末だ。

 いつか、そう遠くない内に、村の面影は消えてしまうのかもしれない。

 

 リュオンは頭を振るう。今から師匠に会うというのに暗い考えはナシだ、と。

 だから──元気いっぱいに、言う。扉を開けて。

 

「師匠、ただいま!!」

「む、良く帰ったなリュオン。だが今は門下生一同昼餉の時間よ。まずは実家に顔を出して昼餉に与ってくるがよい。ああ大所帯なら……そうであるな。食事処『浦成』はもうやっていないから……」

「リュオン兄ちゃんおひさー」

「だれ?」

「道場の一番弟子らしいよ? 私もよく知らないけど」

「おうお前ら久しぶり! 初めましてのやつは初めまして! で……え、ウラナリ食堂潰れちゃったの!? おれあそこのヤシノコ尽くしセット大好きだったのに」

「うむ。まぁ、店主が良い歳である。客も減った今、続けるのは難しいのであろう」

「おひさーリュオンのにーちゃん。で、あそう、ウラナリのじーちゃんに言えば、大人数用のご飯くらい作ってくれるよ。子供っち連れていくといつもメシ出してくれるし」

「ふむ。まぁ久方の帰郷である。店主も悪い顔はすまい。お世話になってくるとよい」

「はーい!」

 

 扉を閉める。

 そして。

 

「とりあえず飯食いにいくぞ!」

「ウチら別に携帯食でもいいですけど」

「ヤシノコってなんですか?」

「師団長、俺感動したッスよ……師団長に対してあんな普通に接してくれる人、ガジールさんとフルエさん以外にいたんスね……こんないっぱい……しかもなんだかあったか家族って感じで……俺、俺……っ!」

「扱い酷いっていうかなんか可哀想なやつだと思われてない? おれ」

 

 ……とりあえず、腹ごしらえ、である。

 

 

 そうして、改めて。

 リュオンは団員たちと共に道場の裏手にある小屋を訪れた。

 

「師匠、五年ぶりか。……久しぶりだ!」

「うむ。背も伸びたし、体格も大人になったな。吾輩は誇らしく思うぞ」

「へへっ、あんがと! あ、で……紹介するよ。こいつらはおれの団員なんだ。右から、ハリウ、スルクト、トノマタ、アイン、ジョット。ジョットだけは団員っていうか客卿になるんだけど」

 

 彼の紹介に対し、ほう、という息が漏れる。

 

「団員ということは、まさか」

「おう! まだ魔王にはなってねーんだけど、とりあえず、師団長までは上り詰めたぜ!」

「無論その夢の実現を疑ってはおらなんだが、五年は早いな。努力の結実である。吾輩は嬉しく思うぞ、リュオン」

「まだまだ頑張るけど……師匠にそう言ってもらえると、へへ……ちょっと、なんか、すげーとこまで来た気分、あんな」

 

 年相応の子供のように。

 リュオン……牙王リュオン。第七師団師団長にして、今最も魔王に近しいとされる男。

 それが、こうも。

 

 否。

 ()()()()()

 

「ああそうだ、師匠の紹介がまだだったか。お前ら、さっき話してた……おれの師匠だ。名前は……あ、おれ師匠の名前知らねーかも。ずっと師匠って呼んできたから」

「いやどんだけなんスか。っぱ師団長は師団長スね……これじゃあ、師匠さんも苦労が絶えなかったんじゃないスか?」

「否、リュオンは素直で良い子だぞ。少し……向こう見ずというか、猪突猛進なきらいがあるだけで」

「すごい柔らかく言った!?」

 

 盛り上がる第七師団の面々。その陰でジョットという女性兵が「フルプレートに強者の師、そして道場……いえ、まさかね……」と零したのを、当然聞き逃さなかったやつがいる。

 だからこれを単なる帰郷に済ませないよう動くのだ。

 

「師団長か。……ならばリュオン、吾輩と稽古をしよう。否、試合と言った方が良いか。団員方々も無論参戦してくれて良い。五年。その歳月で培った全てを吾輩に見せてほしい」

「え……やるやる! あ、でも流石に六対一は……」

「いえ、リュオン。六対一で挑ませてもらいましょう。私は客卿ではありますが、あなたの動きに合わせられるつもりです。──手加減は無用でしょう。それほどの実力者です」

 

 努めて冷静にジョットが言う。彼女の実力は第七師団の全員が知るところだ。なんせ彼女も。

 そんな彼女の本気の警戒を目にすれば、どれほど気を抜いている団員であっても臨戦態勢へと移行する。第七師団。彼ら全体を指す蔑称として、こんなものがある。

 

 戦闘狂師団(ジャンキーパーティ)。魔王軍が有する師団のなかで、もっとも好戦的な師団。

 ……なおリュオンの名誉のために言っておくと、実は第七師団から仕掛けた回数というのはほとんどなかったりする。大体が「リュオンが相手の気に障ることを朗らかに述べたがための」争いばかりだ。だからこその名前でもあるのだが。

 

「ふむ。無手で相手をしてやろうと思っていたが、気が変わった。吾輩も武器を使わせてもらおう」

「師匠が……武器? 剣を教わったことはあるけど……」

「基本は素手で充分ゆえな、使いはしないのだが、──吾輩は本来、こういう得物を()る」

 

 虚空より現れたるは武骨なハルバード。

 華美な装飾やおどろおどろしい血の臭いは一切しないにもかかわらず、その場にいた全員が察する。──あれは魔王の有する無数の魔剣にも劣らない……一つ上のステージの魔剣である、と。

 

「多少、手加減ができなくなるが……強くなったというのなら、問題はないであろう?」

「師団長、師匠さん。せめて場所を移しましょう。道場も小屋も巻き込みかねません」

「んー、その心配はないし、そんな余裕もないと思うぜ」

 

 いつの間に抜いていたのか、魔王から貸与された魔剣・オーラージガスを抜き放ち、そしていつの間にか振り下ろされていたハルバードを防ぐリュオン。

 互いに自然体。互いに意識の隙。彼が気付いていなければ文字通り「話にもならなかった」可能性が高い。

 

「師匠、五分だ! 五分で一太刀入れられたらおれたちの勝ち! できなきゃおれたちの負け!」

「幼き頃より同じ戯れか。よかろう、受けて立つ! だが気を付けよ。吾輩の一撃は、食らえばただでは済まぬぞ──!」

 

 これより五分間、嵐とも呼称される暴虐がラハドケ村のはずれに落ちる。

 戦闘狂師団(ジャンキーパーティ)が相手にするのは憤聖。豪快にして苛烈。繊細にして鮮烈。すべてが"最大"の越えるべき師。

 それを正眼に定め、そして。

 

 

「──ぬあーっ、負けたー!!」

 

 勝てなかった。

 

「十分に延長してもらったのに一太刀も入れられなかったァ!」

「いやいや……強すぎでしょ……」

「つーっかれた……攻撃重すぎ……」

「絶対七十回くらい死んだ……師団長の師匠パねえ……ス……」

 

 全力。しかし届かず。

 それでも……恐らく、結成以来の初の全力戦闘に、全員が満足しているらしかった。

 

「ふむ。リュオンはスピードをもう少し伸ばすが良い。お主の思考速度に肉体が置いていかれている。勿体ないと言わざるを得ぬ。ハリウ、お主はリュオンに合わせようとしすぎである。お主のペースを十二分に確保した上で武器を使え。そこまで心配せずとも大丈夫だ。スルクト、よく全体を俯瞰できているし、足りない箇所への思いやりも素晴らしい。だが、そのために己の回避が疎かになってしまっては意味が無い。トノマタ、お主の長所は魔力コントロールの精微さであろう? そういう放出や固定に特化した魔法より、精微なコントロールと複雑な式の求められる魔法を使ってみると良い。戦場においてそこまで考えていられないから、と使っていないのだろうが、案外複雑なことの方が思考をクリアにして使えるであろう。アイン、お主は恐らく他の者より頭一つ抜けて強いな。だが自信が足りない。自身が強き者であるという根拠を見つけよ。さすればリュオンにも迫る実力者となろう。そしてジョット。お主は普通に師団長クラスだな。いや、魔王の四天王にもなれそうな勢いであるが……魔力におかしな枷があるな。不都合なければ吾輩がそれを外してやってもよいが、どうする」

 

 一息に。息継ぎせずに。

 そしてこの十分の打ち合いですべてを把握しきったらしい彼がそう言葉を吐く。

 リュオンの目は輝くばかりだけど、他の団員は。

 

「す……すげー! 師匠さん、いや師匠すげー!」

「私達の課題……見抜かれましたね」

「複雑な魔法式……」

「俺の師匠にもなってくださいス!!」

 

 なんだかんだいって、リュオンの団員である。

 だいたい同じような性格の持ち主であるらしかった。

 

 ただ、一人。

 

「……これではっきりしました。身の丈を超えるハルバードを手足のように操り、魔法や剣士以外の技術にも精通した知識の持ち主。そしてなにより他者の得手不得手を一目で見極め、教え導く指導官としての眼力。──かつて、第四師団にてその力を遺憾なく発揮し、練兵した兵を全員一端の将へと導いた伝説の指導官。あなたは憤聖ヴァルカン──ですよね」

「え……」

「え、あの!?」

「その後赴いたルヴグ村という村にて、第一師団師団長ガジール、第三師団師団長フルエ、第八師団魔導長ロノマの三人を輩出した道場を開き、続く屈強な子供達をも育てたと言われていたあなたです。長らく行方不明とされていましたが……第七師団師団長、リュオン・マイヤーを育て上げることができたあたり、腕が鈍って、志が翳っての失踪、というわけではなかったのですね」

 

 ジョットの言葉に、彼は……ヴァルカンは、万感の思いを落ち着かせるようにして溜息を吐く。

 

「そうだな。吾輩は……そういう男で、間違いない。それで、」

「ちょい待ち!!」

 

 割って入るはリュオンである。

 

「ごめんジョット、なんかあるのかもしれないし、師匠がどんな過去を持っているとか、確かに聞かなかったおれも悪いかもしれないけど、別に連れ帰ろうとか思ってないよな?」

「え? はい。私は事実確認がしたかっただけですから。ここでのどかにくらしているのであればそれに何を言うこともありません。あなたを探している魔族が大勢いますが、見つけられないのは彼らが弱いからに他なりませんし、強者が正義のこの国で同情を説くほど愚かでもないつもりです」

「おれが言うとおまえが言うなって言われるからあんま言わないけどさ、ジョットも割と勘違いされやすいから! さっきの言葉だと、聞きようによっては糾弾しているようにさえ聞こえた。その意図はないんだよな?」

「あ……はい。本当にありません。申し訳ありません、そう聞こえたのであれば、謝ります」

 

 リュオン・マイヤー。確かに彼自身も空気の読めないところがあるが、それは「読んでいる上で敢えて読まないものだ」を実践しているからであって、実は読めるし感情の機微には聡い方である。だから険悪になりかけた空気を払拭した。

 もしこの場にガジールやサミハラデがいたら、無言のもと拍手を送るしかなかっただろう。

 

「……毒気を抜かれたな。まぁ、吾輩はそういう男であるが、今は軍とは関わりのない者よ。……リュオン、仲を取り持ってくれたことを感謝しよう」

「へへ、だっておれのすきな相手同士で争うのとかみたくないからな!」

 

 ぽ、と。

 表情はほとんど変わっていないが──ジョットの頬に紅が差した、気がする。

 そしてそれを見逃さない男もいる。

 

「ふむ。ふむふむ。そうかそうか、リュオンも中々。……では、先程告げた魔力の枷。意図したものでないのなら、この場で外してやろう。こういうのは早い方が良いだろうからな」

「師匠、それってさ、呪いのことであってるか?」

「呪い? ……まぁ取りようによっては呪いか。成程?」

「ヴァルカン老。確かに私は十年ほどまえに呪いをかけられた。それ以来、魔力を高めすぎると自身の意図に関わらず魔獣形態(オーバーウェルム)になってしまうようになっている。これを……解呪できるというのか」

「うむ。まぁあんまり吾輩がこういうことをするべきではない気もするが、リュオンの祝いでもあるからな。そら、解いてやったぞ」

「ではお願いす──ん?」

 

 師団の中では一つ頭を抜けて強い。そう言われたアインは見た。

 瞬きの間で、ヴァルカンの手から無数の魔力の糸が伸び、ジョットの魔力の「ナニカ」を弄ったその瞬間を。見間違いだと思うレベルに速く、そして身体は一切動かしていない。

 理解する。

 この男の最たる部分はこれだ。身の丈を超えるハルバードや他者の準備中・発射後の魔法を奪って支配下に置く技術などは「手品のようなもの」でしかない。

 

「解いてやったって……師匠マジか!? すげー! いつも思うけどすげー!」

「い、いや、そんな簡単に解かれるものでは……!」

「ならば魔力を練ってみるが良い。なに、ここには吾輩とリュオンがいる。意図せず魔獣形態(オーバーウェルム)になったとして、瞬時に止めてやれるぞ」

 

 賑わう仲間の中で、壮絶な顔をしているアインに──顔を向けることなく、先程見た細い糸で文字を編むヴァルカン。

 ──よくぞ気付いた。初見でこれに気付いたのは、雨の神と、魔導図書館の司書の男に続き、そなただけである。このことは他の者には明かさず、気付くまで待ってやってほしい、という文章を。

 

 生唾を飲み込むアイン。なんせ魔導図書館の司書を務める者といえば、彼の頭に浮かぶはただ一人……魔王その人だけなのだから。

 

 さて。

 紆余曲折、あるいは喜怒哀楽があったのやもしれないが、リュオン・マイヤーの帰郷はこのあたりで終了だ。

 この後彼は魔王軍へと戻り、やがて師団員や第二師団師団長ジョット、そして一部の人間と協力して魔王と対峙する。

 

 その物語がどこで描かれるのかについては──大満足エンジョイ勢のみぞ知ること、かもしれない。

 少なくとも万感を味わった彼は、いつのまにか、今度は誰も気付かないうちに、そしてリュオン宛の書置きまで残して……いなくなっていた、とか。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。