序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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107.的を落とす狩人

 セイラとソーマ。

 ハーフリング族であるこの二人は、紫輝歴650年生まれであり、現在130歳くらいと、ハーフリング族からしてもそこそこには高齢である……のだが。

 

「あ、ほら、あっちあっち! ナタリーっぽい魔力のケハイ!」

「いや……仮にそうだったとしても、残滓なんかあるわけないだろ……ちょわ、引っ張るなって!」

 

 肉体が若いと精神も若い、といえばいいのかね。

 教戒院に来た頃からあまり変わっていないように見える。

 

 さて、よろしくと言っても、あの二人に俺が同行するって話ではない。冒険者側も依頼主に付き纏われたら面倒臭いだろうしな。

 だから今は、遥か上空から二人のそのやりとりを眺めているだけ……なんだけど。

 なにもわかっていない割には確かな足取りで進んでいくセイラと、彼女の行動に引きつつも重要証拠を見逃さないソーマ。

 うーんいつも通り。信頼できる。あれは早くて一日で見つけてきそうだな。……ソーマがナタリーを苦手に思っていた印象が強いが、『院長』視点で言わせてもらえばナタリーこそこの二人を苦手に思っていたように思う。

 何事も思い通りにいかない──その極地。カオス理論の権化。必ず想定外を引き起こし、その何かを期待している時はスンと規格通りに収まる。

 ナタリー(あいつ)はコントロールしたがりな部分があるからな。天敵だろうさ。

 

 ……で。

 ここまで探そうとして思ったことが一つある。いや、初めに考えるべきではあった。

 

 ──あいつ、越竜にいる可能性無い?

 そんで……俺の大望を理解しているのか、ってのは知らんけどさ、もしや俺の眼前で……セイラとソーマに「──ですよね?」をキメられる、ってシチュエーションを狙ってんじゃないか、って。

 

 あり得る。あいつなら。

 

 ということで、学園の外ばかりを探していた目を内側に向けることにした。ヘンリーの監視下でそう大層なことはできないと思いたいが、底知れなさで言えば天体に並ぶからなぁあいつ。

 

 じゃあどっから探しにいくかなー、とか考えながら、浮遊魔法を切って落下し、屋上へ降り立つ……立とうとした。

 

「きゃあ!? ひ、人!?」

 

 ……完全に油断していた。まぁいるわなそりゃ。この高さから落ちても問題ない連中しかいない学園の屋上なんて。

 見たことのない少女……いや、言うほど見たことなくはないか。80年入学組の子だ。あの日の竜災でチラっと見た覚えがある。

 

 ここは先手必勝か。

 

「やぁ、驚かせたね。腰を抜かした……というわけではなさそうだし、僕はこれで失礼するよ」

「えっ、あ、は、はい」

 

 人はどんなに混乱していても、目の前で常識的な振る舞いをされるとつい乗っかってしまうものである。

 というかこんなんで驚いてちゃやっていけないぞ。放課後突然校舎が爆発したかと思ったら、模擬戦中のクラスメイト二人が瓦礫を押しのけて出てくる、とかザラにあるからな。

 そうでなくとも驚きは寿命を縮める。なんせ思考停止のその間、魔竜は待ってくれないのだから。

 

 ──言い訳、完了。

 

「──あ、あの! 待ってください!」

「それはできない相談だね。なんせ僕はこれからトイレにいくという遂行な任務をこなさなければならない」

「う、それは、止められな──」

 

 そう、生理現象は仕方ない。それを押して引き留められるやつなんか、この世には。

 

「いえ、こっちの用事の方が大事です! 止まってください!」

 

 ……いるんだ。世界は自分を中心に回っている系の人かい? いいね、夢追い人に向いているよ。

 とはいえ俺は学んでいる。別学年の女生徒に関わると大抵「──ですよね?」とは関係ない方向に進むことを。

 

 そら、あまりにもベストタイミングに君と同学年の男子ーズが上がってきたよ。俺はもうアレだね、にこやかとも圧とも取れる笑顔で彼らとすれ違うだけでいいやつだねコレ。全員ゴッ倒す!! のアレね。

 制止の一切を無視して階段を降りていこうとする俺と男子ーズがすれ違い終えたあたりで……背後、件の女生徒が追いついてきて、階段へ繋がるドア枠に手を掛け、そして振り絞るように。

 

「『二重歌唱(デュアルスコア)』のノア・ヘドクイスト先輩、ですよねっ!? 楽団ミュテスに歌を提供してて、自分で楽器を作ることもある……ううん、それより、私達を絶望の淵から掬い出してくれた人──ですよね!?」

 

 なん……だと……!?

 ──確かに主人公パーティっぽい男子ーズがこの場にいて。

 ──声を振り絞るために目を細めていて。

 ──そして、しっかり今回の俺の功績、ノア・ヘドクイストの功績を対象にした「──ですよね?」、だと。

 

 なんと……別学年の女生徒に関わると大抵関係ない方向に進む、は。

 ならば、間違いだったのか。これは津吊花札以来の知見……!!

 

 男子ーズも「え、あの?」とか、「あの時の……!」ってなってるし。唐突なこと以外パーフェクト……いやパーフェクテストだよ! 素晴らしくmarkedな表現!

 

 そんな俺の肩が、ガシっと掴まれる。

 優男風味の男子。弓を持っていた子だね。

 

「待ちなよ。目の端に涙まで溜めている女の子を無視するのは、男のやることじゃないさ」

 

 おっと珍しい。この世界そういうジェンダー系のあれこれがそこまで気にされない世界だったはずだけど。

 ……いや、文明レベルが上がってきたから、そういうのを気にする余裕のある常識を持つ人が増えてきたのかね。

 この辺の問題は文明レベルに直結するからニャー。詳細は伏す。

 

 いやー、この毎回毎回「──ですよね?」をしてくれた子が悪者になる展開はどうにかした方が良いとは思ってるんだけど、中々ネー。

 だからここは特段言い返しをせずに去るのが一番だろう。一番の悪者が俺になればいいってスンポー。

 

怠預度(破堤愚)

 

 小さく呟くは暗示。意味は疲労。俺の肩を掴む手が疲れたと錯覚するだけのもの。

 

「っ……?」

 

 さらさらと手を振ってその場を後にする。

 久方振りの"味"を噛みしめることで忙しいのでね。

 

「──だから、『止まってってば』!」

「ちょ、穂波、それはマズいよ!」

 

 後にできなかった。

 今度は……女生徒のその言葉で、身体が硬直したから。

 

 これは。

 

へぇ(解体)君も使えるんだ(引用、呪詛返し)。不意打ちだったとはいえ僕を止められたのは相当に凄い事だから、誇っていいよ」

 

 謎の強キャラムーブ……!

 上質な「──ですよね?」を食べる前だとこういう味付けはノイズになっちゃうからやらないんだけど、直後なら良いでしょう。

 

 それじゃーねー、と今度こそその場を立ち去る。その金縛りは一分もしたら解除されるから安心してね~。

 

 

「ということがあったんだよ」

「マリーライト先輩だけじゃなく、今度は後輩にまでかぁ。流石じゃない、ノア」

「しかも今度は治癒魔法のファンじゃなく、歌唱魔法のファンで、その上彼女自身も使えるっていうね。将来有望だよ」

「ホントに思ってるのかー♪ 最初はレイナの言葉、意味わかんなかったけど♭ ノアが力をセーブしている感じがするっていうのは♪ 最近ちょっとわかるようになってきたからなー#」

「リッドもそう思う? ね、こいつの褒め言葉、本気感ぜんっぜん伝わらないでしょ」

「むしろちょっと馬鹿にしてる感じさえするよなー♪」

「酷いなぁみんな寄ってたかって。どう思う、ドレンくん。この一部始終を聞いて僕が悪いって言える?」

「全体の善悪はともかく、屋上にて無断で浮遊系の魔法を使っていた時点で、校則的には君が悪いと思いますよ」

 

 ぐぅの音も出ませんそれは。

 緊急時や許可証携帯時を除き、基本学園敷地内で魔法を使うのは禁止である。

 

「後輩で思い出したけど、みんなって兄妹姉弟はいないの? あ、ドレン君の事情は知ってるけど」

「あー……ノア、それちょっとデリカシー無いかも」

 

 え。

 って、ああ、そうか。

 

「ごめん。そっか、そうだったね」

 

 兄妹姉弟や家族を喪ったが故に越竜学園へ来て力を付けようと思った、って子が大半の場所で、何を聞いてるのかって話。

 こーれは100%俺が悪い。

 

「そういうあんたは、そういえばそういう話聞いたこと無いわね」

「え、この話続けるんだ。僕はまぁ一人っ子だからね。一応なに、憧れ? みたいなのあるよ、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか」

「へぇ~、意外。っていうかノアん家の両親って……あたし会ったことあったっけ?」

「君と会った時には亡くなってたから会いようが無いかなー」

「……竜災?」

「ううん、魔物との戦いでね。どっちも冒険者だったから」

 

 ちなみにこの二人はコンストラクト……というか、運貴名(うきな)グループの代表と同じ感じで、つまり一人三役……荒枝方舟も入れたら一人四役である。

 ヘンリーを欺くために出生からやる、つったって誰かの席に割って入るほど外道なつもりはないし、子の設けられないはずだった二人の間になら、みたいな考えも持ってない。

 でも一人四役は厳しすぎるので、両親役は早期にドロップアウトさせた。竜災で死ぬ、でも良かったんだけど、それだとノア・ヘドクイストに憎悪が足りなすぎるのでね。

 

「まぁ……そうよね。魔物は竜だけじゃないし。そういうこともあるかぁ」

「この話題、つらい想いをするひとが多そうなので早めに切り上げませんか」

「うーん、もうちょい。ドレンのお姉さんはあの理事長なんでしょ。よく話に出てくるお兄さんの方はどんな人なの?」

「すげーなレイナ♭ 流石に日和るかと思ったぞ♪」

「毎度毎度こういう空気になるなら、聞けるときに聞いといた方がいいじゃない」

 

 スーパーポジティブシンキングだね。敬服するよ。

 

「兄さんか。兄さんの方は、なんて言えば良いのでしょうね。過保護なのは姉さんとあまり変わらないけど、その上で僕の成長まで考えてくれるから、多少、突き放すような言動の多い人……って感じですかね?」

「へえ。強いの?」

「とんでもなく、ですね。伝え聞いた話だと、昔『悪党たちの豪華な催し(ガラ・デア・ユーベルテーター)』なんて言われるほどに悪人の集っていた連邦、エリスフィア、キロスから、悪人という悪人を一人残らず斬り伏せて、三国の犯罪率を著しく下げたって話ですよ」

 

 誇張……はあるものの、細部は間違っていない、のか? トムさんの腕を斬り落としたのは間違いなくエステルト少年だろうし。……本当に斬り落としたのはレインだけど。

 っていうか、そうじゃんな。エステルト少年……ヴァルカンで会ってた時はどーもなよっとしてて、魔法はめっちゃ使えるんだろうけど剣はそこまでもないんじゃ、みたいな感じだったし、帯剣もしてなかったけど……普通にヒューガとも、ヴァルカンとも、普通に打ち合えるくらい剣を使えたんだろうなって。

 ……ワンデラーからノアに戻る前に書庫へアクセスしたのはデカかったな。ヒューガね。うんうん。顔の記載が無かったから顔は全然思い出せないけど、どうせ獅子の魔族顔だろ。……リュオンと並ばれて、どっちがどっちか、とか見分けつくかな。

 

「そうですよ。お察しの通り、僕の剣術は全て兄さんに教わったものです」

「ああ、納得カモ。でもドレンの戦い方とは合ってない剣術よね、ショージキ。どっちかというとリッドとかニコ、ベンガットみたいなバリバリ前線張るタイプの剣って感じ」

「兄さん以外師匠がいなかったですからね……。でも、それがあったから今まで生きてこれたって、本気で思いますよ」

「家族仲はいいのかい♪ まぁ悪くちゃそんな話しぶりにはならないだろうけど♭」

「良かったですよ。──兄さんとは、最後まで、良かった記憶で止まっています」

 

 いやいや、知らんかったリッドはともかく、何バツの悪そうな顔してんのレイナ。

 こーなることは目に見えていたでしょーがよ。原因が竜災じゃないとはいえ。

 

「あー……ごめん。亡くなってたか#」

「わかりません。……紫輝歴684年、戦闘後だったのでしょう、ボロボロになった服と、削り切られた魔力。そして泣き腫らした顔のまま、姉が帰ってきました。……それだけで僕は、察してしまったから……今まで、その続きを聞けていないんです」

 

 マー。

 流石に……なぁ。

 

「その時に決めました。今日からは僕が姉さんを泣かせないよう立ち回ろう、って。……まぁ、決意に反して、たびたび泣かせてしまっているのですが」

「凄いお兄さんだったのね」

「はい。間違いなく。……一つの時代を作り、己の信じる道を突き進んだ……憧れの人です」

「辿り着けるでしょ、あんたなら。ね、ノア。……ノア?」

 

 ふと、考えた。

 確かに俺は……情報を意図的に仕入れないようにしているけれど。

 

 こうも多角的な視点から話を聞いて、尚もエステルト少年の生死がわからない、なんてことあるのか?

 ……あれだけエステルト少年を溺愛していたエレオノーラが……エステルト少年と相対したのだろう存在をそのまま生かしておく、というのもちょっと考えられないんだよな、ってのもある。

 

 気になるのは今の話。

 泣き腫らした目や戦闘の痕跡は理解できるけど……なんだ、削り切られた魔力、って。

 何に魔力を使った? 魔法? それも……『収蔵』?

 

 まさか──『収蔵』、してない、だろうな。

 

「ノア。……どうしたのよ、そんな怖い顔して」

「……。……ドレン君。理事長、今どこにいるか知ってる? 忙しいっていうのは理解した上で」

「一応、ゼルパパムにいるとは聞いていますよ。……あ、ちょっと、ノアくん?」

 

 疑わないと決めた。けど、愛ゆえの過ちというのは……エレオノーラならば在り得るんじゃないかって思ってしまう。

 別に。

 別に、もし彼女が……そこまで堕ちていたとて。俺に何の関係があるのか、という話は。

 

 あるとも。

 アルカやリチャード、レスベンスト冒険隊と同じく……あいつだって「一度面倒を見た者」の一人だ。本人にその気が無くとも。

 コーヒーを振る舞った相手でもあるし、暗示をかけた相手でもある。

 

「ごめん、また長期休暇になるかもってナウラー先生に言っといて。ああ、あと、セイソラーマ……ハーフリング族の冒険者二人が僕を訪ねにきたら、ゼルパパムにいるって伝えてほしい」

「『セイソラーマ』って、もしかして『竜殺し』のことか♪」

「待ちなよノア。──ソレ、ドレンを放っておいて進む話?」

 

 ……。

 ……レイナの言いたいことはわかる。家族を差し置いてお前が行く意味はあるのか。そういうことだ。

 

「僕のただの杞憂かもしれない。その場合、なんでもなくことが終わるよ」

「杞憂じゃなかったら? あんたが何を危惧しているのか知らないけど、あんたほどの頭があって、けど場当たり的な行動をするってことは、相当なコトなんでしょ。もし、杞憂じゃなかったら。あんたの危惧通りの何かをマイズライト理事長がしていたら。そういう目に遭っていたら。──あんた、唯一の家族のドレンのいないとこで、何ができるの?」

 

 ドレン君をみる。

 その目に浮かぶは、不安。……だよな。自分のした話が……何か姉にとって、不利な方向に働いたんじゃないか、って。

 いや、違うか。

 単純に……姉がまた、隠れて悲しんでいないか。それが心配なんだ。

 

「──さて。たまたま通りがかった、生徒の体調管理に関する書類を持った私であるが……なにかね? 今日明日、さらに明後日くらいまで、ヘドクイストとマイズライトが体調不良のため自宅療養、とでも書けば良いのであるのかね?」

「おお、ユーモアがわかるじゃん、さっすがナウ先」

「教師としては見過ごすべきではない仮病であるが、家族の話を引き合いに出されては弱い。──ノア・ヘドクイスト。今まさに飛び立とうとしているその様に思うところがないわけではないが……一つ。"今どうしたいのか"、というのも大事であるが、"それを為したあと、己にどういう感情が去来するのか"、というところにも考えてみた方が良いぞ」

「……」

「マイズライトを連れていかずに"何事か"が進行してしまった際に、きみは、もう一度マイズライトの友を名乗り得るのか。エカスベア学園長と対等の視点を持つというきみに、教師の私が言える言葉は、たったこれだけである」

 

 ……。

 もし。杞憂が当たって。俺が──「そのやり方は許せない」になったとしたら。

 そうなった時、彼女の前で手を伸ばし、彼女を庇うポジションに彼を立たせなかったことを。

 たとえその後、俺が、ドレン・マイズライト()()()()エレオノーラのそれを暴いくことになるとわかっていたとしても。

 

 俺は──彼の墓前で、彼の死骸の前で、あるいは……再び学び舎で、何事もなかったかのような顔で。

 その名を柔らかく、呼べるのか。

 

「──ついてくる気はあるかい、ドレン君」

「……君が僕を、邪魔に思わないのならば」

 

 邪魔には思うさ。それは、勿論。

 だが……権利の有するところは、確実に彼の方が大きい、か。

 

「『ワイ(『ララ)ディカ(『ハイン)シフサリトル(『エルゴンドラ)』』』(』』』)

 

 少しオーバーパワーすぎるので使っていなかった加速詠唱という技術を使う。

 それにより風を纏い、浮き上がるドレン君の身体。

 

「むぅ……帰ってきたらその魔法を報告書に上げるように」

「今……何重で喋ったんだ♪」

「ほーらやっぱりセーブしてた。そういうところが気に食わないって言ってんの。──いってらっしゃい。あんたに難しい顔も怖い顔も似合わないから、帰ってきた時は思わず笑っちゃyような顔になっていないことを願うわ」

 

 杞憂であれば良いが。

 ……どうにも、な。

 

 

 陸路で四時間、空泳船を使っても二時間かかると言われている二国間を十分足らずで飛び越え、関所の上空で一度停止する。

 

「ノアくん、どうしたのですか」

「ゼルパパムにいるとわかっても、ゼルパパムは広い。だから必ず通るこの関所から、彼女の足取りを辿る」

 

 ──構築。引用、ヘンリー・エカスベア。

 結界球・道標・波紋。

 検索、採用。粉と散りて、俺を導け。

 

「それは……」

「魔力素粉。魔力素の大きさレベルで固形化した魔力。これを自然の風と魔法の風に乗せて、特定魔力が今どこにいるのかを割り出す」

 

 広域隠蔽。連続作用魔法陣展開。

 港湾国家ゼルパパムの形状取得。──スキャン、開始。

 

 ──該当魔力発見。迎撃魔法察知……ん。

 

「ドレン君、耳を塞いで。──水飛沫(スプラッシュ)

 

 放った水属性魔法と炎属性の砲撃魔法が衝突し、相殺される。

 ……なんだ。

 

 庇うのか、お前。

 

「ノアく……、っ……!? 君は本当に──」

「こっちにその気は無いんだけどね。これはあくまで確認──ああ、思い込みが激しいところが君の欠点だよ、ダヴィド先生」

 

 蒸気を貫いて現れた氷の槍を掌で逸らして逃がし、言葉を吐きながら別の音用に喉を震わせ、さらにそれを記録した音の魔力を周囲に配置していく。

 次は風の砲弾。しかしそれは、俺達に辿り着く前に治癒魔法に変わった。続く雷の槍も水の刃も、全て治癒魔法に置き換えられていく。

 

 次に来たものは、治癒魔法の魔力を密度集中させて作り上げられた刃、だった。

 

「読みやすいことこの上無いね。もう少し撹乱することを覚えようよ、ダヴィド先生」

 

 それを、手で掴んで。

 叩き落とし返す──。

 

 また、治癒魔法の刃に隠れて降下し、その場へと降り立てば。

 

「ッ、降りてきた! 早く逃げて、エレオノーラ!」

「あなたの魔法を悉く無効化する相手など、どこへ逃げても同じでしょう。……というか」

 

 エレオノーラに振り返っていてこちらを見ていないアルカに近付き──その額の前で中指をセット。

 

「……もしかして、私を探すあのとんでもない魔法を使ったの、あなたでしたの?」

「へ? 誰に話しかけて──って、ぎゃん!?」

 

 ピン! と弾く。デコを。

 ついでに足を払い、風の魔力で斬り揉み回転させて、デコピン方向に彼女をぶっ飛ばす。ぶっ飛ばしたかのような演出にする。

 

「ちょ──ノアくん、やりすぎ、やりすぎです!」

「見た目ほど痛くないから大丈夫だよ」

「……どうして、ドレンがここに。何の目的で連れまわしていますの、あなた」

 

 さて……今の俺は、ノア・ヘドクイストなのか。

 それとも別の誰かなのか。

 

 お節介なのはわかっている。今更どんな口出しの権利があるというのはその通りだ。意図的に見ないようにしておいて、今更、何をする気だ、と。

 

 一応アルカも含めた上で、遮音結界を張る。

 

「……凄まじい練度の結界。先程の探査魔法といい、あなたはどれほどの隠し玉を……」

「エレン・"オーラ"・マイズライト。──君の家族。ドレン君の兄の名前は、エステルト・"ヴァーン"・マイズライトで合っているよね」

「……いきなり、なんですの」

「ごめん、姉さん、僕が兄さんのことを話したばっかりに……。……でも、兄さんの名前、知っていたんだね、ノアくん」

「第二十二代魔王、エステルト・"ヴァーン"・マイズライトで正しいかと聞いているよ、エレン・"オーラ"・マイズライト」

 

 本来。

 それ自体に指向性やエネルギーなどは存在しないはずだけど。

 俺とエレオノーラの殺気らしきものが……互いにぶつかりあうような現象が起きる。

 

「あの子をフルネームで、しかも魔王と呼ぶ手合いで、マトモな方に出会ったことがありませんの。残念ですわ。あなたがそちら側の人間であったことが」

「討たれたはずだね。なんせその後、第二十三代魔王、リュオン・"ハルカウオン"・マイヤーが魔王の座についている。彼とエステルト・"ヴァーン"・マイズライトの方向性は違いすぎるから、譲渡が起きたとは考え難い。──パーティ、『深炎の牙』、第七師団。そのあたりが結託し、エステルト・"ヴァーン"・マイズライトは討たれた。僕はそう見ていた」

「仮にも家族の前で討たれた討たれたと……その神経を疑いますわ」

「にしては、君が怒り狂っていない。最愛の弟を殺されて、どうしてそうも平気でいられる? 僕が手にしている君のパーソナリティに関する情報は少ないけれど、それでも、その愛情の深さは本物だ。何をしたんだい、エレン・"オーラ"・マイズライト。何をすれば……たかだか百年で、そこまで立ち直れる?」

 

 見つめる。エレン・"オーラ"・マイズライトを。

 お前は……頼むから、そういう狂気には手を染めないでいてくれ、と。

 

 ……ヘンリー。お前が俺に紫輝を見に行くなと言った時、似た気持ちだったのかね。

 

「『収蔵』したから、ですわ」

「……何を?」

「──感情を、だよ。ノアくん」

 

 復帰してきたアルカが言う。

 感情を。なるほど、アルカの絶望もしまっていたらしいからな。それも可能なのだろう。

 

 だが。

 

「前にも聞いたね。万物万象、事象のすべてを『収蔵』し得る破格の魔法。さすがは【マギスケイオス】だと褒めたいところだけど、嘘はいけない」

「嘘じゃ──」

「嘘だよ。少なくともエレン・"オーラ"・マイズライトという人間は、悲しい感情をその場でしまって味わえなくして、あとでゆっくり咀嚼すればいい、なんて……そんな逃げに走る人物じゃない」

「……あなたが私の何を知っていると言うのですか?」

「じゃあ、聞こうか。親愛なる唯一の家族に。──ドレン君、君のお姉さんは」

 

 彼は。

 

「……はい。姉さんは……悲しい時は、全て自分で抱えきってしまう人ですが……それを……後回しにする、なんて……しない、と思います。前、マイズライト旅団の話を聞いた時も、彼らを手ずから葬り、その死体の前で慟哭して、泣いて、それらを罵って……それでも受け止めて、兄さんを連れて手を引こうとしてくれた、と。他ならぬ兄さんが話していましたから」

 

 そうだ。こいつは強い。とんでもなく。

 だから、悲しみを、それを覚えた対象のいないところで飲み干す、なんて不義理は……絶対にしない。

 幼き頃のアルカのようにどうしようもなかった場合を除外し、エレン・"オーラ"・マイズライトという女性は、エレオノーラという少女は、誇り高く生きていると知っている。

 

「ノアくん。……君が言いたいことは、よくわかりましたよ。……だから、僕が問います。姉さん」

「……」

「兄さんの死体を……いや、あるいは……死ぬ前の、その直前の兄さんを──『収蔵』したのでは、ないですか」

「……」

 

 誰の話にもその最期が出なかった。

 怒り狂うはずの存在がそうなっていない。その死体がどこに行ったのかさえ誰も話さない。

 

 なんでもしまえる魔法は。

 それも、成し得るのではないか、と。

 

「……ドレン。それを聞いてあなたは、何をしたいのですか?」

「兄さんを見送りたい」

「……」

「ノアくんがここまで怒っている理由、僕にも理解できます。姉さんの気持ちも痛いほどにわかるけれど……それでもそれは……やってはいけないことだと、思います」

「……そんなことは、ありませんわ。いるはずですのよ。瀕死者を……たとえどのような状態にある者であろうとも……劫白の国の入り口から、こちらへ連れ帰ることのできる者が」

「姉さん、それはあり得ない幻想だよ」

「そんなことはありません。そんなことはないのです。……もう亡くなってしまいましたが、ゼルパパムには、ローレンスという医師がいました。彼が見せたあの技術があれば、エステルトは助かります。彼本人が居らずとも、彼はその技術を別所にて学んできたというではありませんか。なら……同じ技術を持った方が、必ず現れます。私はそれまで待ち続け、生き続けますの」

 

 可能性は勿論ゼロではない。

 教戒院卒で医者を目指し、魔力マニピュレータを修めた者ならば、あるいは。

 彼女の魔法は永遠ではないとしても……恐らく意地で待ち続けるのだろう。俺が見せてしまった残照を追い続けるのだろう。

 

 だが。

 

「それは、自白だね。──エレン・"オーラ"・マイズライト。君は破ってはならない禁忌に足を踏み入れつつある。君の魔法は生き物の生死を収蔵してはいけない。君の魔法は生き物そのものを収蔵してはいけない。老いは許されても、最期は許されない。──それは過分だ。ヒトの手にかけていい領域じゃあない」

「先程から……あなたは何様……いえ、何者のつもりですの? この世の法則の番人とでも?」

「そういうことを行いかけた人族を、そういう段階に達しかけた人族を、彼が屠り続けたことを。己の狂気と向き合いながらも、己の信ずることを行い続けた彼の生き様を──君だけは、忘れてはならない」

 

 無視して言葉を紡ぎ、視線を向ける。

 未だに彼女の隣に立つアルカに。

 

「ダヴィド先生。あなたはわかっているはずだよね」

「……さぁ。でも、私はエレオノーラの親友のクセに……彼と事を構えた一人だから。その罪滅ぼしに、彼女のやりたいことを一つくらい手伝わなきゃ、嘘でしょう」

「罪滅ぼしに親友が過つところを助長する、だって? ははっ! 【マギスケイオス】が聞いて呆れたね。刻印を小さな範囲に敷き詰める、だっけ? そんなくだらないことに命をかけるだけあって、良識も倫理も失くしてしまったらしい」

「挑発は好きなだけしていいよ。エレオノーラが間違った道を歩いていることなんて、私はとっくのとうに知っている。その上で私は、私の人生を支えてくれた彼女のために、その目を覚まさせること以外の全てをやると決めているの」

 

 頑固者め。

 ……その目を覚まさせることは、家族の役目、とでも言いたいのだろうが……お前が味方に付くだけでオーバーパワーなんだよ。

 

「ドレン君。やるべきことは、わかるよね?」

「はい。……ノアくん。連れてきてくれたこと、本当にお礼を言います。……その上で、僕からも聞きたい。君は……兄さんのことさえも知っているかのような口ぶりだった。けど、君の歳を考えるとそれはあり得ない。……どのようにして知ったのですか?」

 

 あー。

 ……じゃあ、もう、そうしてしまうか。ヘンリーを抱き込めたから、余計な詮索はされないだろうし。

 

「ノア・ヘドクイスト。……ヘドクイストは旧姓……というか、別の読みでね。本当は僕、ノア・ノードワッドっていうんだ。だから──聞いているよ。マイズライト姉弟のことは、何度も何度も」

「……まさか、あなたは」

「おや、盗み聞きとは悪い人だね、エレン・"オーラ"・マイズライト。ただまぁ、お話は後にしようよ。──互いに動けなくなるまでやりあってからじゃないと、要らない感情が前に出すぎるからさ」

 

 こういう「──ですよね?」は好きじゃないし、おかしなノイズになるから嫌ではあるけれど。

 君達姉弟がそれでも覚えていてくれるのならば、俺も、少しくらいは変わろう。

 

 だからその前の前哨戦と行こうじゃないか、魔導士。

 

「──ヘンリーが認めた天才。()に間違われるほどの実力を前に、油断も様子見をする気も無いよ。『最小限(シンプレクス)』・『万能(マスターキー)』」

 

 虚空より取り出される杖。同時、彼女の『万能』が周囲を覆い尽くし、黒色のドームが出来上がる。

 

 それを。

 

 右拳で叩いて、()()()()

 

「な──」

「何を驚いているんだい、ダヴィド先生。それとも何かな。こんな構成の甘いものが、ここまで介入しやすく間口を作ってあるものが──君の奥義だとでも言うつもりかい?」

 

 俺の『万能』は、事象に対する『万能』でしかなく、無敵、というわけではない。

 そして『万能』であるということはつまり、逆探知できる経路が無数にあるということでもある。

 

 セキュリティをしっかりやってない『万能』など、こうして簡単に解除できるんだよ。

 

「ッ、『最小限』アルカ・ダヴィドウィッチが命ずる! 逆巻く水よ、さんざめく風よ、小さき者を覆い隠し、」

「殺傷力の低い魔法を選択しようとして言葉が多くなるとか、刻印魔法使いとしてあるまじきだと思うけれど」

 

 肉薄する。彼女の持つ杖に対し、蹴りを入れる……直前で。

 

"岐える取捨(シュニ)"、堅牢なる檻を形成せよ!」

「へえ、中断詠唱! 中々やるじゃないか。──意味無いけどね」

 

 詠唱の間に別の魔法……刻印魔法を挟むやり方、中断詠唱。

 それにより現れた『別離』を意味する魔力のニュアンスが、俺とアルカを強制的に引き剥がす。

 直後詠唱魔法が完成し、水属性と風属性による鳥籠のようなものが俺の周囲に出来上がった。

 

 それを。知った上で。

 一歩、また一歩と、踏み出す。当然に傷ついていく身体を……すべて無視して。

 

「……ダメだよ、それ、怪我が」

「彼女の目を覚まさせる以外の全てをするんだろう、アルカ・ダヴィドウィッチ。──僕を殺すかもしれないくらい、何だって言うんだよ」

「手加減は、してないから……傷だけじゃ、済まないよ、ノアくん。……折れちゃうよ、そのままだと」

 

 格子に腕を叩きつける。

 ゴキッという硬く乾いた音が鳴った。

 

「──!」

「だから、それがなんだっていうんだよ。もしかして怪我の一つもしないつもりで僕がマイズライト理事長を咎めにきたとでも思っているのかい? そんなふざけた奴だってアピールした覚えは無いんだけどな」

「それでも、私は……教師だから」

「今、敵か、味方か。それしかないはずだ。それしかなかったと、知っているはずだ。──あるいは、その覚悟も持てないのなら、誰かのために何かをするなんて大層な言葉を吐くなよ。世界がいつまでも君に優しいと思ったら大間違いだ。──本気で来なよ、アルカ・ダヴィドウィッチ」

 

 折れた腕を、治癒魔法で修復する。

 風に巻き込まれてぐちゃぐちゃになっていた肌も、水に切り裂かれて内側の露出していた箇所も。

 すべて修復し、前に進む。

 全てを斬り刻む檻がなんだ。組み上げられつつある灼火がなんだ。

 

 エレオノーラ。お前の『収蔵』という魔法を──俺は、解除しにいくぞ。

 それをされたくないのなら、本気で阻めよ『最小限』。

 

 教え子が外道に落ちてほしくない、なんて、俺のこの、たったそれだけのエゴを通すためならば。

 

 俺は、俺のためならば。

 なんでもするって、決めているからな。

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