序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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109.()()愛されて(欺きし)

 この星の表面を滑り流れるようにして移動している魔力の話を覚えているだろうか。

 世界のどこかにあるのだろう魔力浮点(フロートポイント)と、ロストランドという場所そのものである魔力沈点(シンクポイント)

 紫輝由来だろうが赭地由来だろうが涅月由来だろうが、すべての魔力はこの魔力浮点(フロートポイント)から魔力沈点(シンクポイント)に向かって流れている。

 この魔力は綺麗にこの星全体を包んでいるようなのだが、その流速に地域差というものが無いこともわかっている。最短距離だろうが最も遠回りをしていようが一定のスピードでしか流れない。

 

 この事実を利用した機構、というのも世界には存在する。

 その一つがこれ、時計である。

 

「見えますか? 環状になったガラスの管の中に、虹色をした液体が入っているのが」

「うん。……これは、魔力油と……珊瑚のようなものに見える」

「おお、素晴らしいですね。流石は勲章授与者。その通りです。魔力により精製した油と、セプウルクルム洋の一部海域に生息するインヴィジビリスアンソゾアという珊瑚の死骸を粉末状にしたものを混ぜ合わせると、こちらのフラスコに入っている液体のように、灰褐色且つキラキラとした粒の混じる液体になります」

 

 ここは『ブラウム時計工房』。エリスフィア帝国にある時計工房だ。

 そこで工場見学、ってわけじゃないけど、セイラとソーマの人探しの件で進展があったとかで呼び出しをうけたついでに紹介を受けている最中。あの二人、自分たちでここを指定したくせに遅刻だとさ。俺が寛容な依頼主で良かったな。

 

 この人は時計職人のお弟子さんで、名前はフェムさん。五年前に竜災に遭ったところをあの二人に助けられ、そこからの縁、なんだとか。

 

「ノアさん。この液体を見て、観察して、何かわかることはありますか?」

「……酷く繊細な物質だね。多少の魔力で組成が変わってしまう感じがする」

「その通りです。この液体は、このようにして」

 

 言いながら、その手に僅かな身体強化の魔力を込め、滲ませるフェムさん。

 途端、触れられているところからじんわりと、そして瞬く間に水色っぽい色が広がって、あっという間に灰褐色は消えてしまった。

 

「魔力への反応が非常に高い。この『魔力検知式時計』はこの性質を利用したものです。特殊な加工を施したガラス管内部に注入された液体は、空気に触れることがないよう密封されます。そしてこの環状ガラス管をこの箱の上の取っ手に引っ掛けると」

 

 角を取った長方形なガラス管。それが箱の上部にあるフックにかけられると……ずずず、ずずずと、中にある液体の虹色が蠢くようにして進む。

 

「……成程。魔力強度スペクトルか。特殊な加工っていうのは圧力反射のことで、地表を撫でる魔力流の方向と同じ方向を向いたこのリング内上半分の魔力油は、進行方向へ常に圧がかけられ続ける。実際の中身はリングの下半分を通って元の位置に戻るし、密封されているから途切れることがない。目算……二十五分に一目盛りずつ属性が変わるから、それを箱の下に敷いてある属性検知板が検知して、定められた刻限を返す。そんな感じかな?」

「本当に素晴らしいですね。あるいは、越竜学園の勉強というものがそれほどまでに優れているのかもしれませんが。……ええ、その通りです。多少読むのに慣れが必要ですし、扱いも繊細なので移動させるには不向きですが、この時計は遥か昔から人々と共にある時計なんですよ」

 

 常に一定の速度で流れる魔力だ。確かに使い道はたくさんありそうだな。

 その辺の発掘は俺には手の出ん分野だしなー。

 

「……セイラさんたちはまだのようですから、もう一つご紹介してもよろしいでしょうか」

「お願いします」

 

 ちなみに「できるかぎり敬語は使わないでほしい」と言われているからこの口調だけど、この世界にもそういう人やっぱいるんだなぁ、って。

 

 さて、フェムさんが次に持ってきたのは……スノードームみたいなものだった。

 中は半透明な液体が二種類で、球体表面に目盛りが刻まれている。

 

「『涅月面球』、または『涅月境界指面時計』と呼ばれるものです」

「……まさかとは思うけど、この液体の面の先に涅月があるの?」

「おお……よくわかりましたね」

「涅月の場所は常に計算できるようにしてるから……。この液体は?」

「世界には真っ黒な植物というのが何種類か存在します。特にコクリュウノヒゲと呼ばれる植物とアカヒガロノメと呼ばれる植物は強く涅月の影響を受けているとされ、その二つの植物から抽出した液体は互いに決して混ざり合わないにもかかわらず、全く同一の挙動を見せるのです」

 

 それがこの球体の内部にある液体。

 二種の液体が作る境界面は、少しずつ少しずつ回転しているのがわかる。ちなみにコクリュウノヒゲは刻黒山にも多数生えていた植物だ。

 アカヒガロノメは知らんけど、確かアカヒガロっていう真っ赤な絨毯みたいな植物がいたはずだから、そこに紅一点ならぬ黒一点で生えるとかなんかな。

 

「涅月に向かう……植物自体も涅月に向かって伸びますし、抽出液も同じように涅月へ手を伸ばします。この球体内部では二種の液体が常に我先にと涅月を目指すため、結果としてこういう境界面が出来上がり、この境界面がどこにあるかを読む……球体表面に掘られた目盛りを読むことで、時計とする、という仕組みです」

「同一の挙動を見せる別々の物質……」

 

 というのは、科学的な観点から言うとあり得ないと思う。同位体もちゃんと違いがあるから同位体なのだし。

 代替前と代替後なのでは、とも思ったけど、文明のリセットと共にぱっきり全種変わるっぽいからこうして同時に存在することはあり得ない。

 可能性として考えられるのは、計測機器が未発達であるが故に違いが判っていないだけ、という説。これが一番濃度は高いだろう。

 次に何か魔法的・儀式的に意味があるものである、という可能性。涅月側の用意した何かしらであるのならば、ニコイチである、というのが……真実味を帯びなくもなくもなくも……。

 

「その抽出液って見せてもらうことできます……ああ、できる?」

「はい。と言っても特別なことはなにもしていないので、野生のものでも同じ結果が得られると思いますが……」

 

 なんて言いながら風の魔力を使い、バックヤードの方から植物二種と瓶入りの液体二つを持ってくるフェムさん。……魔力の扱いがかなり上手いな。風の魔力を特に扱いなれている感じだ。

 

「これ、貴重だったりする? いくらくらいで売ってくれるかな」

「いえ、お金なんて要りませんよ。本当にそのあたりに生えているものです。まぁアカヒガロノメの方は群生地を見つけないといけないので目にしたことがないのかもしれませんが……」

「じゃあ、一瓶百五十万ストレイルで」

「そんなものを売ってそんなストレイルを受け取ったら師匠に怒られてしまいますよ。稼ぐなら時計で稼げ、って。……本当にお金は不要です。ただ、何をするのか教えてくださいませんか?」

「少し分離してみたいんだ。あと、様々な検証もしたい」

「それは何か、専門の魔道具を使用するのですか?」

「いや、魔力だけでできるよ」

「では、その検査の見学代を二つの液体の代金にしましょう」

 

 ……そう来たか。

 それなら断れない。

 

「わかった。じゃあ、この場でやろうか」

「メモやスケッチを取っても構いませんか?」

「うん。サービスで、ゆっくりやってあげるよ」

 

 こういう時魔力は本当に偉大だ。

 精密な機械が無いとできない検査がなんだってできる。高速液体クロマトグラフィーも質量分析も手の中で完結する。

 さらに魔力子構造・官能基の違いを調べ、密度・年度・屈折率・熱分析など物性の差を探し、魔力素分析・同位体比で微かな違いまで調べ上げ……。あと、植物由来だからメタボローム解析とかDNA解析とかもできるな。いくつかはまだ基準が定まっていないから地球基準で調べることになるけど。

 また、界面に関しても調べて、調べ尽くして──。

 

「……あり得ない。何で混ざらないんだ、この二つ」

 

 結果として、違うのは色味、その他すべてが同一である、というのがわかった。

 全く同一の液体が別々の植物の中にあり、色素だけが異なっている。溶媒も魔力素間に働く力も何もかも同じで、……色素が界面活性剤になってる、とかでもない。

 水と油のようでいるのに、ここまで……。

 

 いや、待てよ?

 あるじゃないか身近に、決して混ざり合わない性質を持つものが。

 

「この二つの植物、涅月の影響を受けているとされている、って言ってたけど、根拠はあるの?」

「いえ、二つとも涅月の方向へ花弁を向けることと、黒いことが理由だと思います」

「つまりそうっぽいってだけだよね。なら」

 

 涅月に接続し、涅月の魔力を手に滲ませる。

 違いは明白だった。

 

 コクリュウノヒゲの方は俺の手に吸着したがるような挙動を見せ、逆にアカヒガロノメは逃げるように反発する。

 

「これは……」

「涅月の魔力の波長に自身の魔力を似せてみたら、こうなった。つまり本当に涅月由来なのはコクリュウノヒゲの方だけで、アカヒガロノメは紫輝、ないしはこの星に由来する魔力を有している。二つの魔力が決して混ざりあわないように、紫輝の魔力に曝されている間は二つとも混ざりあわないのだろうけど、これを」

 

 応用、『万能』の際に生成される結界刻印の壁を用いて二つの液体を囲み、紫輝の魔力を遮断。

 直後、界面を作っていた二つの液体は両者に歩み寄り、振ったりなんだりをせずとも混ざり合っていく。そしてこれは、アカヒガロノメよりも強く涅月の魔力から逃げようとしていることがわかった。

 

 ついでに見えなければ騒がれんだろということで一瞬紫輝の魔力を強奪し実験。案の定裂かれる肌や肉をフェムさんの視界に入る前に修復し、実験終了。……赭地(アロクトン)の魔力はどーやってアクセスしたらいいかわからんから一旦保留で。わかっても触らせてくんなそーではある。

 

「結論、コクリュウノヒゲは正しく涅月由来の魔力を身に蓄えた植物で、涅月に向かって伸びている、というのも本当だと思うけど、アカヒガロノメは恐らくこの星由来の植物だ。抽出液がこうも涅月の魔力から逃げることを考えるに、実は"涅月に向かって伸びている"のではなく、"涅月からの魔力を最小限に抑える方法"がそれだった、というのが考えられる」

「……成程、アカヒガロノメの考える最も照面積の少ない形がそれであると。確かにアカヒガロノメは葉をほとんどつけない植物ですから、無い話ではないですね。ですがそれならばこの『涅月境界指面時計』内の二種は、コクリュウノヒゲが涅月に近い半球に、アカヒガロノメが涅月より遠い半球に位置されるのではないですか?」

「これ以上は植物学者か化学者に投げたいところだけど、正確に言うなら涅月に向かって伸びている・逃げているのは植物ではなくこの抽出液の方だ、ということが原因だね。そして紫輝の魔力を遮断した時にだけ生まれた混合液の逃げ具合から察するに、二種の液体の界面に発生する不混和液こそが『涅月境界指面時計』の正体だ。これが涅月の魔力からの投射面積を限りなく減らそうとすると、涅月の魔力軸に対して平行方向の面を作らざるを得ない。だから『涅月境界指面時計』の境界面は涅月の方向を向き続ける」

 

 つまり植物がそういう戦略をとっているというよりは、抽出液自体がそういう振る舞いをする……たとえそれが抽出される前であっても、って感じ。

 覚えはある。

 ハウルの時に身体に入れた、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の魔力。あれも魔力自体が意思を持っている感じだった。涅月そのものの魔力とは勝手が違う。

 

 しかし……この二つ、なんなんだろうな。

 片方は元から生えていた植物なんだろう感はあるが、もう片方はもう片方に寄せてつくられた植物……いや、対抗して……?

 歴で言えば赭地の方が当然長いわけだし、アカヒガロノメが最初にあって、って言われた方がしっくりは来るが、あのトンチキノクスルーナが元の植物に似せて何かを作る、みたいなことをするとは思えない。

 完全な偏見だけで言えば、そういうことをやりそうなのは緑月(テイア)だ。そこまで接したことがあるわけでもないから完全なレッテルで話してるけどさ。

 あるいは……もともと緑月に向かって伸びる植物だったのが、緑月が涅月に挿げ替えられたことで依存先を変更する進化を遂げた……もしくはそのままだと枯れそうだったのを見かねてノクスルーナが自分に向けさせた、は、ありそう。

 

「これ、いつからある時計なの?」

「いつから……と言われると、難しいですね。でも、少なくとも千年前より昔からはありますよ。魔王国の方々が共有してくださったのですが、涅月歴770年の初め、災厄によって何もかもを失った当時の人々の家から全く同様の構造を持つ時計が見つかったそうですから」

 

 ……ガラスをこうも球状にするのが難しいから「文明破壊」の対象になりそうなものだけど、って思ったけど、地属性の魔力でガラスを作れば球体は割とセンスで行ける。

 だからユラン、ないしは『災晶』判定で原始的に見えたんかな。ガラスの容器に植物の絞り汁を入れているだけだもんな、これ。

 つまり……ともすれば、とんでもないレベルの遥か古代から使われている『涅月境界指面時計』があっておかしくない。ガラスの劣化についてはこれも魔力でどうとでもできるし。

 

「こちらも興味深い実験を見せてもらったことですし、……あとセイラさんたちまだ来ませんし。少し行ったところにある時計博物館、見ていかれませんか? 私達の工房が経営しているんです」

「それは是非とも見学させてもらいたいな。……博物館か。キロスで行ったきりだね」

「ああ……キロス美芸博物館ですか。歴史の長さだけは認めますが……その……何も無くないですか、あそこ」

「何も無かったね。驚くほどに」

 

 口に出してから気付いたけど前行ったの三百年近く前になるんだから閉館してる恐れも全然あったわアブネ。

 普通に大エリスフィア博物館の方を引き合いに出せばよかった。あっちはまだあるし一週間を通して混んでるくらいだから。

 

 というわけでフェムさんについていって時計博物館を見学。フェムさんをあまり長く拘束するのも悪いので、一人で中を見て回ることに。

 といっても取り分けて興味深いものがあったとかそういうことはなかったけど、お目当てのものは見つかった。

 

 機能を停止した最古と思しき『涅月境界指面時計』、そのフレーム。

 これに対しあらゆる情報から過去を幻影として作り出す例のアレを実行し、刻まれていた文字を読めば。

 

「『涅月境界指面時計』……まぁ、そうだよね」

 

 いつだか涅月にだいたい何歳くらいなのかを聞いたことがあって、その時一億は越えないくらいだ、とか言ってた覚えがある。

 つまり数千万歳だ。地球における人類の歴史よりこっちの人類の歴史の方が長いだろうからあんまし参考にはならんが、最古の石器が260万年前のものとかだったかな?

 だからってわけじゃないけど、古代人も古代人で別に昔からあるものを使い続ける意味は無かっただろうし、こんな簡単に作れるなら歴史的価値とか興味無いだろうし。

 

 ……いやでも、『王貴の決定』やあれのある空間に同じような時計があれば、あるいは、くらいか? 魔族は記録を大事にするから、そういうのは残してそう。

 

「残念ながら、魔王国に存在する古物でも最も古いもので約五千万年前のものが限界でしたねぇ。驚くことに使用者当人たちはそれが歴史的価値のあるものだと認識せずに使っているものですから、見つけた時はかなりぞっとしましたよ」

「それってろくろだったりする?」

「はい、正解です。無論本来の用途のろくろ、ですがね。何にも比喩されていないもの」

 

 隣を見れば、ハンチング帽を被り、カラメル色の眼鏡で目元を隠した、黒と茶色でシックに染め上げたファッションスタイルの女性が一人。

 今の俺よりかなり高い身長を持っている。……もともとのコイツはチビだったけど、そういやソレイラも高身長気味だったな。そういうに憧れでもあるのか?

 

「今の名前は?」

「あるにはあったんですけど、お探しの名前がナタリア・アークライトでしたから、それでいいですよ」

「今までどこにいたの?」

「ある個人的な儀式をしていたのと、観光ですかね? 災厄によって切り替わらない紫輝歴770年後の世界なんて初めてなので、嬉しくて」

「そう。それで、セイラとソーマに大人しく見つけられる気になった理由は?」

「色々ありますけど、一番はノア君に会いたかったからですよ。……おっと、うすら寒い殺気が。まぁ本当のところを言うと、私も背負っているのが疲れたので、そろそろ本格的に荷を下ろしたい、というのが本音です。そのためならば、悪魔の手だって借りますよ」

 

 誰が悪魔だ。

 むしろお前だろ悪魔的なのは。

 ナタリー・"オーラ"・ゼンノーティ。……久方振りの再会、だな。

 

「とりあえず僕の十万ストレイル返してくれる?」

「えぇ~。余計なことをしてほしいっていうからしてあげたのにぃ」

「別に悪いことだったとまでは断じないけどね。……あれからアレクにはあったの?」

「何度か顔を変えていきましたけど、相変わらず魔力感知が下手というか、全然気付かれませんでしたねぇ」

「君の心臓を受け取っていて気付かないなんてことあるんだ」

「私もそう思うんですけど……よくあれで生き残ってこれたな、って」

「そんな今の君には心臓があるみたいだね。それも代替物ではない」

「きゃあ、勝手に見ないでください、ヘンタイ。……いやあの、無言で首の周りに刃を生成するとか物騒すぎませんか? なんていうか、私にだけ当たり強すぎませんか?」

 

 勝手に妹を名乗り出た時点で扱いは決定しているんだよ。

 

「まぁ、あなたにわかりやすいように説明するのなら、私、二千年周期で心臓と記憶が増えるんです」

「……君は以前、二千年生きて……未来で生まれてくる自分に会いたいと言っていたっけ」

「ええ、あれはまぁ、半分嘘というか。実はもう何度も何度も会っています。……いえ、会っているとは言えませんね。会う前に吸収されちゃうので」

 

 つまり。

 

「二千年周期で生まれ出でるナタリーという席を食らい続ける過去。それが君か」

「過去のナタリー、あるいはそうでない名を持つ同じ役割をする者も吸収しちゃうので、未来と過去の私という席を無限に食らい続ける現在、という表現が正しいでしょう」

「それは故意……ではないんだね。背負わされた運命か」

「はい、そうです。アレクさんに渡した心臓は、そうやって待っていれば簡単に手に入る心臓の内の一つ。アレクさんが死ぬことでそれに紐づけられた私の席と記憶も死にますが、私全体からしてみれば微々たるもの。だから簡単に譲り渡したんですよ」

 

 その席に座り続け……劫白の国へは決して赴けない者、か。

 なんともまぁ、性格に見合わない悲しい性質というか……いや、この性格だからこそ、発狂せずに済んでいると見るべきか。

 

「だから、私の中には、中天にて輝く月がまだ緑だった頃の記憶もあるんです」

「……その頃のこの時計の名前は?」

「お察しの通り、『緑月境界指面時計』でした」

「歩く生き字引、か。……じゃあエチェロエグズル教戒院のことはさぞかし奇異に映っただろうね」

「奇異ではありましたけど、非常にワクワクしましたね。私はできるだけ同じことの繰り返しにならないよう行動しているつもりでしたが、それでも過去の既視感からは逃げられない日々でした。だというのに今回は明らかに違った。いつの間にか湧いて出てきた幻の楽園の存在と、本来私に接触するはずの無かったマヨヒガという概念体。この二つが未来への展望をより良いものにしました」

「今回。つまり君には、意識の始点と終点があるのかい?」

「無いから意識して作っています。睡眠が不要だからと言って一日という区切りをつけないと時間感覚があやふやになるでしょう? そういうことです」

 

 それは例えが上手いな。わかりやすい。

 して、成程。同じ日……同じ一日を繰り返し続けるだけだった人生が、ある時から唐突に違う色味を見せ始めたら……嬉しかっただろうな。

 教戒院に来る目的でわざと遭難したところで辿り着けるわけではないから、遭難したこと自体は偶然だったのだろうが……。

 

 紫輝の視線を遮断する結界が張られる。

 

「もう古代魔族語と精霊語の関係性は知っていますね? そして……"オーラ"についても」

「……うん。たまたま耳にしてしまった、というだけだけど……知っているよ。君がネイトアリスなんて名前を名乗ってまでエレンにその名を託したことも」

「はい。紫輝は実に数多くのものを代替してきました。席についてだけでなく、物質や現象、そして言葉まで。精霊語は精霊自身でさえ公用語としないほど廃れた言語になってしまっていています」

 

 確かに、そういえばそうだな。精霊語と名がついているくせに、精霊たちが喋っているのは羅詞源語と継詞基語だ。

 メレッグアヴィス、だったか。古代魔族語を日用的に使う魔族がいるのに、この差はやはり。

 

「天体たちの言葉である純天体語はこの世界に魔力というものが現れる前から使われていた言葉であり、言ってしまえばただの言語です。力など持っていません。ですが、その後に発生した精霊語は魔力語と名を変えても良いくらいの力を有しています。これは、魔力があって当然になった世界で作られた言語であるから、というのと、紫輝が作り上げた言語だから、というところに起因します」

「紫輝が?」

「はい。紫輝が音を決め、紫輝が文法を作り、紫輝が言葉を作った言語。そのため、紫輝の代替前である皓庚(しろがね)、赭地の代替前である滄淵(あおふち)にはトゥバン、アロクトンに該当するような名前がありません。純天体語の名前はあるようですが、私は知りませんね」

「……その皓庚(しろがね)滄淵(あおふち)というの、初耳なんだけど」

「おや、まだでしたか。まぁ普通にしていては調べようが無いのでこの程度のネタバレは許容してください」

 

 ……まぁ、話が進まなくなるなら、良いけどさ。

 成程なー。つまり最初は白と青と緑だった……いや、緑は後から作られたはずだから、最初は白と青だったのか。

 ……マヨヒガの空間の青空、あの時は地球ベースなんじゃないかって疑ったけど、滄淵(あおふち)という星が青空を持っていた節はありそう。太陽だって色味で言えば実は白っぽい黄色というかほとんど白だから、地球と太陽と同じようなレイリー散乱で青空になる説は普通にあるな。

 

「それにしては……普通の精霊語と天体の名前は、随分と響きが違うように感じるけれど」

「そうですか? ああ、意味の方ではなく読みの方ですよ」

「わかってるよ。それでもさ」

 

 ノクスルーナはラテン語っぽくて、アロクトンは多分ギリシャ語系で、トゥバンはアラビア語だったはず。

 全部こっちにあるわけじゃないからあくまで対応する音は、って話だけど、ラテン語とギリシャ語の響きはマー似てなくも無くも無くも無くもって感じだけど、アラビア語は全然違う。

 ナタリーの言う意味ではなく読みの方というのはつまり"大通りの朝日(パリガハズス)"の「パリガハズス」の方って話だけど、こっちはこっちで完全に異世界語……それこそ精霊語独自の響きがあるように思う。

 純天体語とも違う響きだから……ぶっちゃけ一番近いのは羅詞源語なんだよね。

 

「……もしかしたら、羅詞源語と継詞基語を公用語とする際、精霊語の影を消すためにこっちに合わせたのかも」

「ああ、それはあるかもしれない。君の生き字引にも載っていないか、その辺は」

「古い記憶であればあるほど掘り返すのが難しいんです。それに私は、昔からすべての事を知っていた、というわけではないので……こういう穴は結構ありますよ」

「そうかい。……話を戻そう。どうして紫輝は自身の作り上げた言語を消しにかかっているの?」

「自身の作り上げた言語だと、自身に対して比類なき効果を発揮するから、だと思われます。羅詞源語や継詞基語、あるいは純天体語で"紫輝を滅ぼす"みたいな言葉を作ったところで、それが実現されることはないでしょう。しかし、精霊語は強い力を持っていますから、精霊語が公用語の世界ではそういうことが起きかねない。だから紫輝は精霊語を消し去り、同音異義語の古代魔族語だけを残した。古代魔族語の方に造語するという概念はありませんからね。既存の言葉を組み合わせることしかできません」

 

 確かに、言語は生き物だ。

 会話の中で新たな語句が生まれることなどザラにあり得る。その状態で魔力を込めれば簡単に実現する状況にあったら……怖いか。

 

「かつては、精霊語を名前に持つ集団がいました。魔族の予知名とは違い、力を持つ星詠みなどに与えてもらう名前です」

 

 ……洗礼名みたいなものってこと?

 

「彼らが目指していたのは、天体という席を手に入れるというあまりにも大それた、そして無謀な目的。自身らが天に等しくなろうとした集団」

「……それが紫輝を害そうとしたから、紫輝は精霊語を根絶しにかかった?」

「その通りです。少なくとも言語に関しては人類が招いたこと、というわけですね」

「それで……その名を君がエレンに渡した理由は? 君が保有していても良かったように思うけれど」

「彼女は特別ですから。……【マギスケイオス】というのが何のために発足した集団か、というところについてはご存知ですか?」

「まだだね」

「ではそれが判明してからで。ま、それが判明した時点で理解するとは思いますが」

 

 ふぅん。

 言われたから動いたようで癪だけど、じゃあ今回は……【マギスケイオス】について、ちゃんと調べてみるか。

 

「この後どこかに行く予定は?」

「特には決まっていませんが……なんですか? 私とソウイウこと、したいんですか、兄さん?」

「六年後、()()()()()()エコーという少女が越竜学園の傘下組織、対竜(タルス)学園に入園する。その子はなんというか、少しばかり癇癪持ちというかヒステリックというか、取り分けて罪あるモノに苛烈な感情を抱きがちでね」

「嫌な予感がしますね」

「君、その子の幼馴染として通ってあげてくれないかな。結局教戒院でもろくすっぽ授業受けてなかったみたいだし、体感云千万年ぶり、下手すれば億を超える単位ぶりの学校生活になるんじゃない?」

 

 エコーの魂が罪人嫌いなのは何も変わっていない。竜やゴーストを操るすべが無くなったことと何も相関しない。

 その恨み憎しみが「実はもうそこまででもない」というのは天の至泉にてわかったことだけど、本人の趣味嗜好はまた別の話ということだ。

 そして……彼女は、俺によって紫輝がどうこうなった後、路頭に迷う竜たちを殺す以外の方法で迎え入れたい、とも言っていた。多少は愛着があるのだそうで。そのために対竜や越竜で知識を得たいのだと。

 

 元はリュミの席であり、罪悪感はあるが、リュミの両親の元に生まれる。席に座ったら自動的にそうなるというか、俺が母体の中にあった赤子に魂を縫い付けた、とかそういう話じゃない。そんな外道のつもりはない。畜生ではあるが。

 

「六年間はフリー期間ですか?」

「そうしたいならそれでもいいけど、僕の隣にいたほうがきっと騒がしいよ」

「きゃあ、もしかして告白ですか?」

「ああ、それはいいかも。六年でいなくなってもらいはするけど、それまで僕の恋人になる? 僕も面倒臭かったんだよね、恋人は作らないのか聞かれたり、レイナとはそういう関係じゃないのかって聞かれたりするの」

 

 妹ムーブでこられるより扱いやすいし。レイナとか根掘り葉掘り聞いてくるだろうけどコイツなら多分やり過ごせるし。

 

「う、うわぁ。私が聞いておいてなんですけどあまりにもシステマチックな恋人関係に若干引いてます……」

「僕はもう一人を愛し終えた後でね。君に注ぐ愛なんか欠片も無いんだけど、まぁ、僕と一緒に行動する理由にはなるだろう。僕が今二年生だから、八年生になったら適当に死ぬか行方不明になるようにして、エコーのお守をお願いするよ」

「もしかしないでも今までもそうしてきたんですか?」

「というと?」

「いえだから、目的を終えたら死ぬのが一番後腐れ無いから、って理由で死んで、別の時間に顔を出すことを」

「え、うん。だって攫われたり生存を仄めかして行方不明になったりすると、その後周りのみんなが探したり偲んだり想ったりで大変じゃん。人間関係をすっぱり切断するなら死ぬのが一番だよ」

「うーん成程。既に指摘され済みだと思いますが、あなた側から未接続な感情の線がこれでもかとあるのはそのせいですね……」

「君は違うっていうのかい?」

「私は基本ちゃんと寿命まで生きますから。ソレイラは特殊ですよ。あなたが死ねっていうから死んだようなもので」

「偉いね。千年の中の五十年って結構長いじゃないか」

「別に同時代に二人以上存在するのも苦じゃないんでしょう、あなた。なら居てあげればいいのに」

「目的を達した後の場に居続ける意味が無いからなぁ」

 

 俺はあくまで「──ですよね?」を狙ってこの世界に生の根を下ろしている。それが確実に狙えないとわかった場所に何十年も居続けるのは無駄でしかない。

 ノア……今回に関しては約束をしたからいることを決定しただけだし、アダンや玄妙の時はやりたいことがあったからだし。

 ……それは俺のコンストラクトも同じ考えのはずなので、一個人として分離した『院長』や涅月組はわからんでもないんだけど、『博士の博士』がマージで意味わからん。なんで『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』解体後もエリスフィアに残ったのやら。

 

「それで、返事は?」

「ふむ。まぁ、良いですよ。六年ですね。……六年後、私の死ぬその直前に、以前教えてくださらなかったあなたの目的を教えてください。あ、聞いた後はちゃんとその……エコーちゃん? のために戻ってきますから、ご安心を」

「別に今でもいいけど」

「それだと私の心が散ってしまいそうなので。その秘密を聞きだすためにあなたに矢印を向けている、という状態の方がカップル感出るでしょう?」

「だとしたら僕から君にも向けないと。君何か面白そうな秘密持ってないの?」

「うーん。紫輝を害そうとした集団と私の関係性、とか?」

「大体想像つくけどそれでいいや。じゃあそろそろ結界解いてくれる? セイラとソーマとフェムさんがべったり張り付いてこっちを見てるよ。音は聞こえないだろうから沢山邪推しているね。全て本当にしてしまおう」

「……あなた、その目的や生態以前にそもそも畜生ですね?」

 

 無論。ニツァ=ハルティヤのスーパー悲しみ生産機という表現は正鵠を射ている。あれだけ明確に書込みされてたあたり気に入ったんだろうな。

 フルスタイル畜生エンジョイ勢──最近人情に寄り添いすぎているから、ここらで名誉返上して汚名挽回しなければ。なーにが優しいだ。

 

 結界が解かれる。

 途端駆け寄ってくるはセイラだ。

 

「先帰ってたんだ! 言ってよナタリー! それで、なになになになになになになになに! なんかイイ雰囲気だったじゃんね!? めっちゃ! 超!!」

「まぁね。流石の私も、彼氏に遭えば機嫌も良くなるよ」

「へぁ? ……え、ごめん、聞き間違い? 彼氏……って言った? それって、恋人? ナーたんの好きピ!?」

 

 あ、そういう恋人に関するスラングこっちにもあるんだ。

 便利だなぁ羅詞源語と継詞基語。

 

「あんまりからかわないでよ、セイラ」

「いやいやいやいや。……何歳差だよナタリー」

「えー? 今の私が十八歳だからぁ。あれ、ノアって何歳だっけ?」

「今年で十五だね。だから、歳の差はそこまででもないですよ、ソーマさん。僕がとりわけ年少に見える、と言うのはあると思いますが」

「あ、い、いや! そういう意味で言ったわけじゃなくて……すんません、ほんと、むしろ年の割に落ち着いて見えるから、全然、その」

「めっずらし~。ソーマが依頼主に失言とか、何百年ぶりじゃない? ふふん、これで私にはもう強く言えないね!」

「言えるわお前の失言と比べたら微々たるもんだわ」

 

 まぁ言うてお前らも年齢感合わないじゃん。

 実年齢差で言ったら俺が飛び抜けちゃうからいーのいーの。

 

「フェムさん、ありがとうございます。欲しい情報があって、とても助かりま……助かったよ」

「それは良かったです。……それと、先程の界面に関する話を師匠にしたら、知り合いの植物学者や化学者、地質学者などに連絡を取ると言い出して……もしかしたら凄い発見をしたかもしれませんよ、ノアさん」

「そうなの? まぁ、その辺は全部丸投げさせてもらうよ。僕専門家じゃないからさ」

「あれだけの検査をして専門家じゃない、は無理があるように思いますが……確かにあくまで越竜学園の生徒が本分ですものね。承知いたしました」

 

 ……これ、それこそ六年後とかに「──ですよね?」の種になりそう。

 わーい棚から牡丹餅とはまさに、だな。

 

「そろそろ帰るよ。ありがとう、フェムさん」

「はい。またのお越しをお待ちしております」

「そして、セイラさん、ソーマさん」

「どうしたの?」

「なんスか?」

「まずこれ、二人の絵です」

 

 魔力マニピュレータではなく、アダンの頃のタッチで、けれど写実的ではない絵。

 セイラがソーマの手を引いて、どこかへ行こうと笑いながら言っている……みたいな絵を渡す。

 

「わ! わー!! わー……すごい! かわいい!!」

「おお……っとに絵、上手いスね。これで画家じゃないんだから、多才ですね、本当に……」

「そして、依頼料の五百万ストレイル」

「へ? いや依頼料は絵で充分ですって。つかオレたちが払うって話だったような──」

 

 有無を言わさずカバンから出した麻袋をソーマに押し付ける。

 

 ストレイル金貨の上に、実はストレイル青銀貨、ストレイル白金貨という二つが存在する。それぞれ一万ストレイル、十万ストレイルの価値がある。一般にお目にかかることはほとんど無いし用もないこの金貨たちだけど、ナタリーの話を聞いたあとだと滄淵(あおふち)皓庚(しろがね)、なる天体を意識して誰かが名前に残したがったのかなぁ、なんて思う。

 ストレイル金貨は紫の縁取りだし、ストレイル銀貨は橙色の縁取り、ストレイル銅貨は印字にわざわざ黒色が使われている、という共通点があるから……気付けよ俺、って言われたら、ぐぅ。

 今回の報酬は白金貨五十枚。デカいし重いので持ち歩くべきものじゃないんだけど、五百万枚のストレイル金貨の方が持ち歩きに不便なのでね……。

 

「いやいや防犯意識防犯意識。なんでこんな大金持ち歩いてんスか……」

「どうだろ? 下手な銀行よりノアの方が安全だと思うけどー」

「確かに! これからは私達も自分でお金持とうよソーマ!」

「いーやお前は絶対に落とすからダメだ! んでオレも……大金が入ってるポケットとかカバンを意識しちゃって戦闘に集中できないからナシ!」

「その上で、ここから越竜学園までの帰りを五十万ストレイルずつでお願いしたくて」

「ナーたんいれば大丈夫だと思うけど……ナーたんいいの? 好きピの散財だよこれ!」

「セイラからそういう指摘を受けるとは思ってなかったけど、久しぶりに会ったし私達も色々お話したいから、護衛頼んじゃおっかな」

「うきゃあ、大金持ち! もしかしないでもこれノアくんも大金持ちっぽいから……」

「いーや、それは受け取らないス! 護衛はするけど。なぜってこれはもともとその絵の代金をオレたちが払うって話だったんで! 一応S級冒険者としてこれ以上の譲歩は無いです! つか五百万ストレイルとか普通に突き返したい! 今回マジでちょろっと歩いてちょろっと竜倒しただけで終わっててなんもしてない!!」

 

 いやいや人探しって大変な依頼だからこれくらいは受け取って……って。

 ん?

 

「え、ソーマさん……今竜を倒したと言いましたか?」

 

 同じところが気になったらしいフェムさんが、恐る恐る、といった風に問う。

 

「ああ、ちっさいのですけどね。ナタリーの痕跡を追ってる最中に遭遇したんで……」

「あの矮翼魔竜(ワイバーン)とかいうのが邪魔だったけど、これくらいじゃあセイソラーマの歩みは止まらない! ふっふっふ、これでも私は『竜殺し』という二つ名を持っているのであーる!」

「偶さか受けた依頼に七回くらい連続して魔竜が出てきただけですけどね……」

 

 何が偶さかなんですか?

 いや遭遇率は確かに偶さかかもしれないが。

 

「"今回"はこういう子がたくさんいるから、本当に楽しいんですよ、ノア」

「成程これは悪影響……」

 

 紫輝も赭地もこーれは目くじら立てますわ。

 いいぞやったれやったれ。

 

「それじゃ、暗くなる前に出発しましょうか。アーフェムス、またな」

「はい、また。皆さまに言う事ではないでしょうが、道中お気をつけて」

「じゃあね、フェムっち!」

 

 そんな感じで。

 結構長居した『ブラウム時計工房』を去る俺達であった。

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