序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
返答は。
「不遜……不敬……! その程度の熱を遮断したところで、良い気になるなよ人族!」
「わかります。やっぱり封印し続けるよりきれいさっぱりの方が心地いいですよね。──それでは、長き生の終わりに、良い夢を」
ワーラスたちへの稽古で使っていた弓……ではなく、その手前の弓袋に入れてカモフラージュしていた直剣を取り出す。
見た目は何の変哲もない剣。なんなら所々が欠けているし、見る人が見れば不純物混じりであることもわかるだろうそれに──瞬きとしない間に三十六字の刻印を施し、振り下ろす。
「大凰嘯!!」
非実体・不定形・高魔力依存生物に対しての特効を施したその一撃は、その一切に当てはまらない花婿によって阻止された。同じく直剣に。
……特効が乗らないつったって充分に威力は出ているはずなんだがな。
「お、重っも……!? ちょ、オニーサン! 逸りすぎ! 巨凰の君も悪かったけど、オニーサンの言い方も悪かったって!」
「こちらは殺されかけたのですが? これはただの反撃でしょう」
「いやほんとにね! 巨凰の君が悪いのはそう! だけどオニーサンはここの結界問題を解決しようとしてくれてるんでショ! 噴火させたくないだけなんでショ! だから落ち着いて!」
「どけ、ネイファン。余計なことをする必要はない。
「巨凰の君もちょっとは空気を読んで!! っていうかよく見て!! 霊質が危険だけどそれ以外はそうでもないとか言ったけど、違うでショ! どーみてもオレより! 巨凰の君より! このオニーサン強いヨ!! つか竜とか神クラスダヨ!! それ以上カモネ!!」
「何を馬鹿なことを……」
「良いからちゃんと見ろォ!! 人族とかいう偏見捨てて! 霊魂の格が涅月とか紫輝と一緒のとこにあるのくらいわかるデショ!!!」
……なに?
こいつ……。
──力を込めて、ネイファンを弾き飛ばす。
いや、弾き飛ばしたつもりだった。けれど、彼は足元で火属性の魔力を噴かせて弾かれんとしてきた。
「ウソウソウソ、片手剣同士のぶつかり合いから弾くだけで骨折寸前まで行く!? どういう原理!? オレ側が無理矢理な力込めたわけでもないのにこーなるって、まさか今の微動にも満たない力の発揮だけでオレの腕折っちゃえるの!? 怖すぎるヨー!!」
「……道化に振る舞いこそすれど、そして高潔さを差し引いても……単独S級到達者の名は伊達ではない、と。……先程の言葉、訂正しましょう。結界の修復や強化も、火の精霊まるごと山を消してしまうのも大した労力ではありませんが、あなたをねじ伏せるのだけは苦労しそうだ」
「いやいやいやいや何言ってんの何言ってんのオレなんか巨凰の君の足元にも及ばないっていうか矮小なる人族っていうか」
ヘンリーに気取られないように、「少年にできる範囲」を目指したノア・ヘドクイストのスペックではない。
インスタントな「──ですよね?」を目指し、とりあえず強者になれるポテンシャルを詰め込んだ朝切橋・モルダロットのスペックで……好敵手。
単純な戦闘力で見るのなら、恐らく最盛期のエステルト君……魔王エステルトと同格。流石に魔剣やらなにやらでエステルト君の方に軍配が上がりそう……いや、どうだろうな。こいつ多分天才肌で、それがこの山中に閉じ込められているからこの程度で済んでいるだけで……もっとたくさんを学んだら、ワンデラーと良い戦いをするくらいにまで行けそう。
寿命の関係で紫輝歴618年から684年までの間にいなかっただけの、文句なしの特記戦力。しかもこれで……どの天体の加護がある、ってわけでもないんだから、相当だ。魔力面は巨凰の花婿とかいう契約がブーストしているだろうけど、戦闘センスにまで干渉できるものじゃあないだろう。
直剣へ施した刻印を消し去り、後方宙返りをして距離を取る。
「"
「成程、霊質が読めるのだから刻印も読める。道理ですね。これで刻印魔法を習っていないのですから驚きですが」
「いやまぁ戦闘に必要な分程度の知識はあるよ、ってェ! ちょわっ、い、いつ踏み込んできた!? 怖っ!?」
「事もなげに対処しておいて、いちいちオーバーですねぇ」
「違うヨ!? ギリッギリで防御が間に合っただけだヨ!?」
いーや違うね。自分の武器がこの一撃を受け止められないことを理解し、下手な強化ではなく魔力抵抗を上げるために武器へと己の魔力を流し、それだけでぶつかってきた。
ちゃんと見えている証拠だよ。
それと、今俺の魔力の質へ入り込んできた呪詛をポイッと捨てる。
「ぬあ!?」
「器用ですね。身体強化の魔力を使っていないがゆえにできることですが、頭の中が良く混乱しないものです。今の、他者の魔力の質に入り込んで勝手に魔力を消費する、という呪いでしょう。単純明快ですが、魔力に依存してそうな手合いにはもってこいですか」
「マッズーイ! オレの奥の手まで潰されちったァ! ……巨凰の君! 答え出たァ!? そろそろオレ殺されちゃうYO!」
「うるさい。そなたの声はコアにまで響く。静かにせよ」
「えっ、この流れでそれ怒られるんだオレ」
問答無用。さぁ、これはどう受け流すかな、S級冒険者。
「……ネイファン」
「はいほいさいはい! どう、気は変わった巨凰の君!」
「ああ、どうにも我やそなたでも敵いそうにない、というのは理解した。我には高いプライドがあるわけでもないし、花婿を殺されるととても困る。同じく、我が殺されるのも。ゆえに首を垂れるべきである、というのも理解できる」
「オオオオオ!? いつになく理解が早い! しかもねじ曲がってない!! やればできるジャン!!」
「──が。……すまぬな、ネイファン」
「エ?」
「どうやら
ほう。
そう来たか。それは……それは、良いな。
好感が持てるよ。残念ながらモルダロットの精神性では命乞いにはならないんだけど。
「正直に言うと、結構ヤだ」
「む。そうか……」
「オレまだ若いし! 未来は広いし!! ──が! 愛した女の頼みとあらば、再び灼烙の翼を広げるのも良いってモンでショ。──ってなわけだ、オニーサン! 今から行うオレたちの無駄死に、ちゃんと受け止めてくれると嬉しい!!」
直剣が左手に持ち直される。すう、はぁ、という短い呼吸のあと。
──その髪が、業火の燃え広がるかのように、鮮烈な紅蓮を迸らせ始めた。
……属性とは魔力強度スペクトルの段階の話でしかない、というのは前にしたと思う。光の波長と同じように、魔力における「ある段階」の強度が偶さか人類に扱えているだけ。その中に十段階があるというだけ。
だから、魔力というのは「どこからどこまでの範囲が使いやすい」、「属性で言えば三属性くらいが得意」みたいなことはあっても、どれか一種類しか使えない、ということにはなり難い。すぐ隣に別の属性がいる場合がほとんどだから。氷と光は隣り合う魔力が少ないから単一化しやすいんだけど。
けど……ここまで。
炎と火属性。隣の闇・治癒に一切振らない、極めて純粋なその二属性だけを発揮するというのは……まさしく天賦の才でしかあり得ない。
「……改めて名乗らせてほしい。オレの名は、ネイファン。元S級冒険者『翼灼』、現巨凰の花婿……ネイファン・ロ・ガーリアード」
「ロ。確か……ドランシア共和国のギルドマスターもそんなミドルネームを持っていたような」
「ああ、弟だ。オレとも巨凰の君とも関係ないから、そのつもりで」
知っているのはそれくらいだ。ファミリーネームに聞き覚えもないし、称号にも心当たりがない。
──つまり、俺の世界なんてものは、それだけ狭いってことなんだろうな。
いるんだ、探せば。こういう手合いが。
「ネイファン。我の声を受け入れよ」
「いつだって受け入れているよ、巨凰の君」
その身に。
精霊に依る刻印……否、鍛造が施されていく。
それこそ……魔剣でも作るかのように。
「──この時!! 我が剣、我が霊魂は、巨凰の君の一部とならん! 我が霊質、
振り被り──と、踏み込みがほぼ同時!
しかもなんて速度で──。いや、それよりも、その逆算方法は、『万能』の!?
「──
それは竜巻内部のようで。それは降り注ぐ隕石のようで。
否、それは──火山の噴火にほど近い勢いで。
身に収まりきらなかった、制御の零れた属性魔力が後方に一対の翼を作り上げる。『翼灼』。なるほど、これは──壮観なり。
この肉体では剣が間に合わない。高めに設定したスペックだけど、ああ、この高速世界において、なんと鈍重なことか。
"その場で刻印を刻み直す"という小技のなんと矮小なことか。
鳳凰の
「──っ!? うそ、だろ!?」
赤熱する剣を止めたのは──額。
鳥のつつきには、頭突きで対応しよう。
「教えたはずです。私の体表僅かのところまでには、結界が張ってあると」
「だからって、後退の一つもしないのかよ!!」
「ええ、まぁ。少なくとも今生においてはしたことがないので」
間違いなく最高の一撃だった。間違いなく至高の一撃だった。
……かつて『災晶』のビームを前に精霊王が展開した障壁。あれくらいなら叩き割って術者までぶった切れるレベルの一撃だった。
けど、ちょっと、結界の知識が足りない。
この山の位相結界には鍵が無ければ入ることができないように、単純な威力をどれだけ積み重ねたって「空間が違う」ということには対応できない。
「──ならば智と力を授けよう。ネイファン、そなたに知識を直接灼きつける。少しばかり痛いぞ」
「構うなそんなモン!! 今更だろうが!!」
魔力が……火属性の魔力が、ネイファンの脳を覆う。
……焼き付ける、って、まさか。
「──ギ」
「……人族は精霊とは構造が違います。そんなことをすれば、廃人になるだけですよ」
「そうかもしれない。だが、そうではないことも、少しくらいは、残されている」
脳裏に刻むとか、記憶に焼き付けるとか、そういうの比喩表現だ。
実際に脳へ焼き付けを行ったって、殺してしまうだけだろうに。
「……あァ。……最悪な気分」
「驚きましたね。言語を失っていませんか。……いえ、その脊椎の刻印と同じく……その結果を齎すためなら過程がどうなろうと構わない、という、ある種の空想実現能力ですか。世界の真相にほど近い精霊ならではの力業ですね」
今のネイファンに、結界という知識、そしてそれの破り方を、火属性の魔力を使って教え込む。生命を阻害することなく、廃人にさせることなく、この「方法」と「結果」だけを確実に成立させる。
そのためならば過程で何が起きてもいい。あるいはネイファンが死に、生き返ったとしても、別に良いのだろう。結果的に健康で、知識が増えていれば。
生死が曖昧な精霊の視点だな。
「もう一撃、行けそうですか?」
「……待っててくれるんだなァ、オニーサン。オレや巨凰の君をどうしても殺したいってワケじゃないのか。……なァ、お願いがあるんだがよ」
「ええ、良いですよ。そっちは叶えてあげます。だから──どうぞ、今のあなたの最高をください」
「……なーんも言ってないんだけドネー。……んじゃ、全魔力、全体力を使い果たして……サクっと死にますか」
大きく後退するネイファン。その剣がまた、恐らく我流だろう動きで振り上げられ──。
直後、認識さえ間に合わないままに俺の結界が焼き砕かれ、そのまま首を刎ねられ──ない。
……後から追い付いてきたすべての事象が世界に焼き痕を刻み付けていくけれど、俺の背後の放射線状だけは無傷のままだ。
今度は額でなく。
首で、止まった。首の皮一枚を切り裂いて……そこで。
「……血管も、別の結界……なんかよ」
「ええ。神経も血管も筋肉も、果ては細胞の一片一片までも。私の体は隔てられたるすべてのものが、結界で強化・隔離されています」
「そりゃァ……化け物ダロ。……ちぇ。愛した女にカッコイイとこ見せられると思ったんだが……二人の最大最強がどっちも止められちゃあ立つ瀬がない。──サクっと殺してくれ」
「いいでしょう。──さようなら、強き者」
「ああ──じゃあな、変人」
その身を。
さて。
本題である。
「……
「今あなたを殺したら位相空間の要が消えて噴火コースですよ。まぁそれでも抑え込めはしますが、ビジュアルが良くない」
噴火した光景じたいは見えちゃうだろうしなぁ。
あと地鳴りも届く。それはちょっと面倒臭い。
して……取り出したるは、ペイトランの時に作った『コア修復バッジ』。それを──巨凰の君のコアに向けてスローイン!
ぺたり、と貼り付いたそれは、焼き焦がされるということもなく……ズズズ、と、そのコアから不純物を出して、元の状態へと修復していく。
「こ、れは……」
「ネイファンさんはわかっていませんでしたが、位相結界が
「なんだ……この、心地よさは。全てが……癒えていく」
「生の終わりに心地よさを堪能してくれたようで何よりですね。──さて、ここまで安定させてしまえば大丈夫でしょう。ヴァルウド山が噴火した事実そのものの精霊であるあなたを殺し、噴火問題を鎮静します」
剣を振り被り。
「何か、言い残すことは?」
「……ネイファンもだが。空に緑の月があった頃から
良い辞世の句だ。
──じゃ、さいならさん。
***
喧騒。ざわめき。
安寧と柔らかさ……人肌の温もりを覚えながら、彼はふわぁ、と大きくあくびをした。
随分と長く眠っていた気がする。今まで何をしていたのかはよく思い出せない。
「なんという快眠……なんという目覚め……ここ二十五年間で最高の……。……ん?」
ぐ、と伸びを一つ。そうして上体を起こしてみれば、どうやらここはどこかの浜辺であるらしかった。
浜辺。山暮らしが板についてきてからは、終ぞ聞かなくなった言葉だけど。
「おわ!? おっかぁ、おっとぉ! 起きてるだよ水死体が!! アンデッドかも!!」
「だぁれが水死体だァ! ……と、ん? ……オレの足に絡みついているこの肌色でふわふわしたものは……まさかこっちがアンデッぎゃあああ!」
がぶ、と。それなりの強さで噛みつかれ、悲鳴を上げる青年。悲しきかな、彼の人生はここで終わり。あとはめくるめくアンデッド生へ。
「アンデッド生……アンデッド死……?」
「また……そなたは、くだらん言葉遊びを」
「うわぁ水死体が喋ったァ!?」
「うわぁ男女のアンデッドが叫んでるだぁよ!?」
「だから誰がアンデッドだァ! オレは生きてるよ!! オレはね!!」
「ヌェニス、何を叫んでいるの? ……なんだ、美男子と美女が浜に流れ着いているだけじゃない。そんな驚かなくても」
「ちゃんと非日常だよ、母さん。……うん、アンデッドじゃなさそうだ。ヌェニス、家から毛皮を持ってきてやりなさい。いつまでも裸では風邪を引いてしまうからね」
男性が一人、青年に近付いてくる。優しい目をした──ちゃんと優しい目をした男性だ。
「立てるかい? そちらのお嬢さんは、毛皮が来るまではそのままでも構わないけれど……海の水からは離れた方が良い」
「お嬢さん? あらやだもう、オレってばそんな美女にミ・エ・ル? 髪が長いからって──痛い痛い痛い痛い!?」
「どう考えても
ネイファン。そう、青年の名前はネイファンだ。
そして……彼の足をガジガジ噛んでいる美女は、じゃあ。
「え、もしかして巨凰の君だったりする?」
「……」
「大丈夫かい? 今……」
「持ってきただよおっとぉ! ついでに師匠に教わった、冷えた身体をあったかくするキノコも持ってきただぁよ!」
「あらあら、モルさんに師事してから、どんどん気の利く男前になっちゃって……。これは村の女の子たちが放っておかないわねっ♪」
「う、うん。子供の成長は喜ばしいけれど、今は要救助者を視界に入れようね?」
「要救助者? ……あらやだ、私ったら。ちょっと失礼、脈を測らせてもらうわよ」
「あーいや、お嬢さんも素敵な人だけど、既婚者だから……脈無しかあだだだだだだだっ!?」
「話が進まぬから黙れと言った」
「……二人とも衰弱しているわね。でも、大丈夫。村に帰って、温かくして、たくさん食べれば元気になるわ」
「ふふ、驚いたかい? 彼女はね、ヴァグス公国の救護院にいたことがあるんだ。……だから大丈夫、二人とも、必ず元気になるよ」
話が進んでいく。時折茶々を入れようとするネイファンの口を美女が物理的に塞いだり噛みついたりして黙らせ、そうして……。
パチパチと、暖炉の火が燃えている。
今ここにいるのは二人だけ。保護してくれた家族が「二人だけで話したいこともあるだろう」と気を利かせてくれたのだ。
久しく浴びていなかった他者の優しさに涙し、そして久しく食べていなかった調理された食事に号泣した後、ネイファンは美女へと向き直った。
村の衣装……お世辞にも質が良いとは言えない、ヴァグス公国で着ていたら警備隊を呼ばれかねない最低限の布しかないその服に身を包む女性に。
「改めて聞くけど。……巨凰の君なの? 本気?」
「……そうだ。我は巨凰の君と呼ばれていた存在であっている」
「いやー……あんれまぁ……その、なんか小さくなっちゃって……精霊でもなくない? そんなことある??」
「……恐らくは、あの男の仕業だろうな。我のコアを修復し、そのコアから霊魂を剥がし、別の肉体に貼り付けた。この肉体は……ニンゲンの言葉で言うと、コンストラクトのようなもの。肉体という感触はするし、体温というものも持っているが、本質的には精霊とあまり変わらない」
「あの男?」
「……なんだ、記憶が混乱しているのか? なら灼き付けを……ということも、できぬか。この身はそう多くの魔力を操れぬらしいな」
「……。え、あれ? つかオレ……なんで生きてんの? あ、もしかしてここが劫白の国だったりする?」
「少しは現実を見ろ、莫迦者」
ネイファン……彼の身体に傷は無い。冒険者時代に刻まれた古傷さえも無い。
「死んだ……よな、オレ。生き返ったってこと? ウワー! やっぱりアンデッドだァ!」
「殺していなかった、が正しいのだろうな。我の目から見てもそなたは死したように見えたが……幻術か、結界か。……未知なる事象で……そなたを生かし、我を剥がし。あの山から我らを……"巨凰の君"と"巨凰の花婿"という
「……ってことは、もう巨凰の君はあの山にいなくていいし、花婿も生まれない、ってこと? オレも……愛した女をどこの誰とも知れないヤロウに任せて死ぬ、なんてことをしなくていいってこと?」
「愛した女、などと。……もうそなたは花婿ではないのだから、いつも言っている見目麗しい美女とやらとの番いになりに行けばよいだろうに」
「え、ヤだけど。オレが好きなのはアンタだし」
あっけらかんと……そして、堂々と、真正面から。
「いやまー男として? 可愛い子を見たら可愛いって言っちゃうよ。美しかったら美しいって言っちゃう。それは……なんだろ、美味しいものを食べて、美味しい! っていうのと同じなんだよ。だけど、美味しいものが全部好きってことはないだろ。や、そういう人もいるかもしれないけど、少なくともオレは違う。オレの霊質は
「……そなたは、もう、自由なのだぞ」
「忘れたん? 忘れちゃったんかな? オレが巨凰の花婿になった経緯。──オレはアンタに一目惚れして、自らこの席に立候補した男だぜ? 姿形が変わったからって愛想尽かすモンかよ」
「違うだろう。そなたは……冒険者になりたいと言っていた花婿候補を憐れんで、己の身を差し出しただけであろう」
「ちょいちょいちょい! なに!? どうしたの!? こんだけ愛情表現してて何も伝わらないって本気!? 好きだっつってんじゃん! 愛してんの! 全然、もう一回……いや、何度だってあのオニーサンに立ち向かってもいいよ。アンタのためなら何億回だって死んでやる。花婿とか関係なく、だ。……ま、何億回も試行回数があんなら、一回か二回くらいは勝ちたいけど。勝てるかなーアレ。霊魂の格の話をしたけど、多分本気で人間が天体に挑んで勝てますか、って話な気がするんだよな~~~」
これ以上の言葉は──不要だろう。
巨凰の君は、安堵の溜め息を吐く。吐いてからそれが安堵であると……ほっとした時に出るものなのだと理解した。
巨凰の花婿は今までに何人もいたけれど。
恐らくは、ネイファンだけが──。
「あと、扉の前にいる奥さん! その手にあるものはお食事ですかお薬ですか!」
「あらあら、気付かれちゃった。……そのまま男女の営みをするものだと思って気を利かせていたのだけれど」
「シナイヨ!? え、とんでもないこと言うね!?」
「だって……海で遭難しても、二人抱き合って同じところに流れ着いた男女が……その無事と愛情を確かめ合ったあとにやることなんて、一つに決まっているじゃない。やだ、もう、なんてことを言わせるのよっ♪」
「この人怖い!? ちょ、ラギスさん! 奥さん暴走してます助けて! ヌェニス君でも可!!」
残念ながら、この肉体には生殖能力がないだろうな、と……美女、巨凰の君は己の身体を見る。
前の体にも無かったもの。だから、何を欲せばいいのかもわからない。
精霊で考えるのならば、感情の線が繋がった両者の間に、いつか勝手に発生するものだ。
……発生した我が子を抱き、彼を慌てふためかせるのも良いかも知れない。
「……名前を、考えてほしい」
「子供の!? 気が早いにも程がない!? というか多分その身体じゃ子供はできないよ!?」
「違う、我のだ。いつまでも巨凰の君、ではわからぬだろう。もう巨凰の君でもないのだしな」
「アッ、エッ……エー。……霊質名じゃダメ?」
「他の精霊は、それをファミリーネームとするようだ。それともそれを名前にし、ガーリアードを貰うか?」
「……歴代の花婿からも、一回もつけられなかったの?」
「覚えておらぬが、名付けをされた覚えは無いな」
「じゃあ……オレがつけたい。……一日考えさせて」
「ならぬ。今言え。すまぬ、そなた……まだ名前は覚えておらぬのだが」
「いえいえうふふ、わかっているわ。滋養強壮のお薬は部屋の前に置いておくから、ふふふ、後はお若いふたりでしっぽりと、ね?」
「だから違うよ!? ……怖ェ、外界怖ェ~~……」
「それで?」
「……うぅ。……じゃあ」
その名前を。
さて、流石に騒ぎ過ぎたからか、あるいは戦闘の疲労か、もしくは肩の荷が下りたからか。
泥のような眠りに就いたネイファンを後目に……彼女は一人、宛がわれた二人部屋を抜け出す。大量の魔力は使えずとも、精霊の頃の「結果から魔法を編む」感覚は消えていないから、余程の規模でなければ──それはただ「壁をすり抜けるために霊体化する」だとか──行使できる。
その一端を使って部屋から、そして家から抜け出したのだ。
そうして彼女は、何かに誘われるように村を出る。村を出て、森を進んで……とある泉へと辿り着いた。
「……ここは」
「なんだ、無意識か。何か意図があって来たのかと身構えてしまっただろう」
「誰だ」
響く声は──ざばぁ、と。泉よりその肢体を起こした黒い影から響いている。
魔蛇。否、それよりもずっと高位の──。
「……涅月に連なるもの、か」
「『ベルヌアヴァスの
「ならばネロと呼ぼう。……しかし、先の言動から察するに、そなたが我を呼んだ、というわけではなかったのか」
「誰がわざわざ呼びつけるものか厄介事め。……まぁ、丁度良くはあるが」
「丁度良い?」
泉より現れた巨体は……ぐるり、ととぐろを巻いて、そのまま彼女へ──首を垂れた。
「……ニンゲン式の謝罪で申し訳ないが、これを謝罪と受け取ってほしい」
「謝罪? 何を、だ?」
「……。……あの男。『ヴァグスの輝ける風』をヴァルウド山に向かわせたのは、我であるからな。その迷惑を最も多く被ったのは貴様らであろう」
「そうか。……いや、良い。そなたはただ、迫りくる天災の方向を変えた、というだけであろう。偶さかそのルートにあの山があっただけだ」
「ど……どうした、貴様。丸くなったにも程が……」
「む? 以前の我を知っているのか? ……いや待て、ネロ。……その名前、聞き覚えがあるな。……確か、数十年前にあの山に……前代の花婿のいた時期に位相空間の中にまで入ってきて、"己では問題解決ができなかった。申し訳ない"などというよくわからん謝罪をしてきた『
どこかの山の向こうで「ヘンソクアシュ」という言葉が呟かれた可能性もあるが、風に乗って消えた。
「ほぼすべて覚えているではないか……」
「しかしそなた、あの時は……今のネイファンの半分にも満たない背丈の少女であっただろう。……何がどうしてそうなった」
「フン。貴様がそうしてコンストラクトとしての器を得たように、こちらにも色々あるのだ。あー、なんだ。……そう、そうだ。貴様が半ば無意識的にこの泉にやってきた理由は、この泉の底に溜まっている魔鉱石が原因やもしれん。我は必要としないし、いくらか食っていけ。ニンゲンの食事では満足できぬだろう。これがせめてもの詫びと知れ」
「だから、良いと言っているだろうに。……だが、ありがたく頂こう。生まれてこの方火と炎属性の魔鉱石以外を口にしたことがないから、水属性のは楽しみだ」
二つは……ふと、そして同時に、あの山の方を見た。
噴火の気配など欠片も無いヴァルウド山を。
「……あの男はなんだ、ネロ」
「かつては異物であった。紫輝と赭地が毛嫌い、一刻も早く追い出そうとするものだった。『ヴァグスの輝ける風』、英雄……そんなものはアレの落した影にすぎない。……だが、今となっては、恐らくこの世界に必要不可欠であるもの、だ」
「何を知る。何を視た、ネロ」
「我は一応、『
涅滝は、大きく天上を見上げる。
晴れ渡る空。涅く輝く還るべき場所を。
「……なぜ、涅月が……あの異物の現れた当初から、あれに入れ込んでいたのか。……我らが涅き月は、あの存在に何を視たのか。……そして、我らは……未来に、何を遺せるのか」
「魔物となってもそなたは杞憂と後悔ばかりか」
「我との邂逅などあの一瞬だけだろうに、知ったような口を利く。……そうだ、巨凰の。貴様、名を得たのだろう? 霊質からでは読み取れんから、教えてくれ」
「なぜ知っている……」
「名は"個人という存在の席"の次に獲得する結界だ。名があるか否かなど、見ればわかる」
「はぁ。……二百年と生きていない若造が、それこそ知ったような口を利く、だ」
「よいから教えろ。通常の繁殖のできぬその精霊の身では、名をもらうここそ何よりもの情事であろう?」
「また、妙に気色の悪い言い方をする。……名は」
一拍、置いて。
「ヴィスマーク。だから、ヴィスマーク=ルフトライゼになるか? ヴィスマークは綺麗な川とか、そういう意味だそうだ。なぜ
「ほう。……
「もったいぶらずに言え、ブラックワーム」
「"相反する場所を繋げて読む際は、後ろに読む方を魔物に例える"、だ。つまり、ヴィスマーク=ルフトライゼは"小川の岸辺に降り立った小鳥"という意味になる」
「……まぁ、あいつがつけそうな名前だが。それがそこまで面白いか、黒ミミズ」
「
それを聞いて──ヴィスマークは。
「……さて、魔蛇の調理法でも考えるか」
「クククク、照れるな照れるな! あそこまでまっすぐな霊魂というのにも早々出会えまい。大切にしろよ、小鳥」
「囀るな黒ミミズめ。……村の者たちに伝えて、こんな泉埋めてもらうとしよう」
「残念、我はあの村でも割と人気者だ」
「己で言うな、そんなこと。……あと見下ろすな。不敬であるぞ」
「今は我のうろこ数枚分の背丈しか持たぬ貴様に何を言われてもな。……そら、そろそろあの者が起きるぞ。騒ぎになる前に帰ってやれ」
「……そなた、まさかここにいながらあの村の様子を感知できるのか? ……ならば我の名も知っておったな」
「すまーぬ我ただの黒ミミズなのでコンストラクト語はわからーぬ。さらーば我は泉に沈んで寝るとしよう。では、壮健でな」
「待て、まだ魔鉱石をもらっていない」
「……案外がめついのだな、貴様。ほら。……それではな」
器用な髭に持ち上げられて水の魔鉱石がいくつか投げられる。一応結構な危険物であるのだが、魔蛇もコンストラクトもそんなことは気にしないらしく。
受け止めた魔鉱石の内の一つを……大口を開けて呑み込んで。
「……ほう。美味い。これは……美味いな。火の魔鉱石よりムラが少なく、それでいて口当たりも良い。……これは全ての魔鉱石を食べたくなってくるなぁ」
なんて言いながら、彼女は彼のもとに帰る。
涅滝に言われた言葉は、ちゃんと受け止めて。だから……彼の名付けも、ちゃんと理解して。
彼女が愛を返すということを覚えるまでに、あと数年。隠居したって良いだろうに、二人が旅をするまで、またさらに数年。
その足取りは、ゼルパパムで途絶えることになるけれど。
その後がどうなったのかについては、少なくとも、必ず幸福な終わりなのだろう。
彼が彼女を幸福にしないわけがないのだから。