序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
ローンドランド川周辺に現れた中型魔竜。仮称『アルルバズ・アザル』を前に、帝国軍の兵士たちは腐った木を折るかの如く摘み取られていっていた。
対竜技術を積み上げているのは越竜の子供達だけではない。屈強堅固、不撓不屈と謳われたエリスフィア帝国兵とて強さを得続けている。竜災による被害を減らそうと努力を重ねている。
それでも帝国兵の主な敵は他国の人間であり、比率としてはやはり対人戦闘技能が多くを占める。その残り数割を使っての戦闘なれば、圧されていくのもまた必然か。
学術の分野ばかりに天才が集中し、武において覇を成す将がいないのであれば。
「はぁ。まぁギャンブル大国に比べて悦びの質が低いのは当然だが、ちょいと陰気すぎねぇか、この国」
「はは、私の故国なのですがね。容赦いただけませんか」
「別に怒っちゃいねぇよ。……おーおー、暴れてら暴れてら。どうする、助けねえのか?」
「面白いことを仰いますね。私にもあなたにも、あれをどうにかする力なんてないでしょう」
「一緒にするなよアルピニスト。一応おじさんはこういうことならできる。おおっと手が滑ったらしい。幸か不幸か魔竜の一撃は獲物を捉えられなかった!」
遠く。至近距離ではないとはいえ、危険な位置にいる民間人が、わざとらしい演技で「驚いたような素振り」を見せる。
直後、不思議なことが起こった。あわやその前足の振り下ろしによって命が摘み取られる寸前にあった帝国兵士。その真横へ腕が振り下ろされたのである。
運良く。たまたま、助かった。
「まぁこれで運良くたまたま魔竜が死滅してくれりゃァ文句はないんだが、そこまでの強制力はない。運勢なんてそんなもんさ」
「そこまでのことができていたら、ザミザイフェスが全壊一歩手前、なんて状況にはならなかったでしょうね」
「そーいうこと。おおいそこの兄ちゃん! 幸運はモノにしないとだぜ! 運良く助かったんだ、早いとこ逃げな!」
「──それはこちらの台詞だ! 君達はもっと遠くへ退避しなさい! その距離でも魔竜は襲い掛かってくる!!」
言い返されて、素っ頓狂な顔をする民間人。
まるで予想していなかったことを言われた、とでも言わんばかりの顔だが、兵らにそれを問い質す余力はない。
今はただ、一人でも民間人が被害に遭わないよう、徹底抗戦を仕掛けるのみ。
「……陰気な国、っつーのは訂正するよ。ここもまた英雄の国なんだろうさ。運は無かったのかもしれないがな」
「私の若い頃はひとかどの存在がたくさんいたのですが、あるいはそれらと鉢合わせないように云々という話は本当だったのでしょうね」
「あーあー知らねえ知らねえ。そういう話はそういう視座の奴だけに任せりゃいい。俺達人間は当事者目線で生きていくのが一番だよ、ザイカ」
「わかっていますよ。……それと、運もあったのかもしれません」
「あン?」
彼方──天星雨が如き勢いで魔竜に突っ込んできたのは、とても小柄な少年。
兵士に食い付こうとしていた魔竜の鼻っ柱を蹴り飛ばし、大きくバックジャンプして空中に留まり、不可思議なる歌と共にとんでもない規模の魔力を操り始めたではないか。
「あー……。なんだアリャ。史上稀に見るクラスの不運の塊なのに、それを物ともしてねえ。次の瞬間には偶然心臓が止まったっておかしくねえくらい運勢に嫌われてんのに……すげえな」
「お、彼の胸元のバッヂは、越竜学園のバッヂですよ。アルカさんやエレンさんが教師をしているという場所です。私としても縁深い方の子孫が学園長をされていますからね」
「おじさんの視力はそこまで良くねぇんだよ。テメェの『遠見』はさぞかし便利なんだろうがな」
「習います?」
「誰が」
既に魔竜の眼中に帝国兵は入っていない。
闖入者──あの少年を狩るべき獲物と、否、警戒すべき敵と見定めている。
咆哮。そして集中していく魔力は、ブレスの兆候だ。
集まりゆく魔力スペクトルは薄紫。氷属性のブレス。
当たれば人体など一瞬で凍結させて破砕するそれが放たれた。一直線。
絶死の攻撃をしかし、少年は避けるでも防ぐでもなく、巻き取るようにして支配下においていく。
「ほー。なるほど、音の魔力で対象魔力を包み込み、弾くことで保存しているわけですか。しかし音の魔力そのものに干渉している様子は無いので、純然たる歌唱のみでこれを成し遂げているようですね」
「化けモンかよ。じゃあなんだ、喉を酷使する疲弊以外では疲れないわけか、あのガキは」
「まぁそれがとんでもない疲弊のようですが。肺活量も必要でしょうし。おや……私の耳がおかしくなっていないのなら、歌声が二重に聞こえるような?」
「うへぇ、並列で幾つ組み立ててンのか知らねえが、アルカかよ。いや、この緻密さはどっちかっつーとドブロガクの奴を思い出させるな」
「懐かしい名前ですねえ」
氷の魔力を使って行っているのは、どうやら天候干渉であるらしかった。
大気が冷え、雲が形成され、しばらくすれば雨が降り始める。
少年と魔竜の周囲にだけ、だ。民間人二人のいるところは快晴のままなれば。
「……うわ。え、うわ」
「ンだよ。テメェだけで楽しんでないで、目の悪い中年にも何が起きてるのか教えろ」
「あの雨……一粒一粒が別々の反射をするみたいで……各種雨粒の位置、濡れた箇所、重なった総数などを起点に無数の刻印を描いているみたいですね。器用を通り越して恐ろしいですよ。人間に知覚できて良い情報量じゃないです」
「そりゃまた、気味の悪いこったな。歌声だけでどこまでやるつもりだよ」
「原理上は私達にもできなくはないですよ。結糸さんも似たようなことはしています。彼女の場合は偶然を採用しているので、あそこまでマニュアルじゃないですけど」
そして、目に見える変化が始まる。
魔竜の周囲15athl四方に落ちる雨粒は現在、推定約204,000,000粒。そこに刻まれた全て指定の反射角によって作られるのは無数の刻印と魔法陣。一秒間に68万の粒を使って形成されるそれは、形成された直後と六秒ごとに別々の効果を発揮し、中心の魔竜に少なくないダメージを与えていく。
刻印自体はそう難しい単語ではないが、切れ目に余剰魔力の無い素晴らしい刻印行使。残念ながらここにいる民間人二人は刻印魔法に然程詳しくないが、それが芸術的であることは理解していた。
「むむ。これ以上観察を続けると私の脳が破裂してしまいそうです」
「普通に光景として処理すりゃいいだろうが。なんでもかんでも記録しようとすんじゃねえ。『先見』のアホみてぇになっちまうぞ」
「それは嬉しくはあるのですが、今は控えておきましょう」
時間にして五分も無かっただろう歌唱であるが、やはり喉の酷使をしているのだろう。
歌が終わり……ふらふらと地面に落ちていく少年。
魔竜は──あと一押し、というところだが、未だに健在。
咆哮。よくもやってくれたな、と言わんばかりのソレと共に口元へ集まるは、またもブレス。
余程怒っているのか、それとも死に物狂いなのか、生命維持に必要な魔力さえもブレスに詰め込んで──。
「悲しいかな、無理が祟ったらしい。足が滑って照準はあらぬ方向へ」
「手を貸すのですか? 意外ですね」
「うんにゃ、俺の魔法研究の一環だよ、こいつは。今魔竜側に不運を与えたが──」
立っていることさえできなくなった魔竜がずしゃあと足を折り、氷のブレスが明後日の方向へ放たれる。
そこまでならば、幸運を掴み取ったようにみえるだろう。しかし、ブレスの先にいたのは、怪我人を連れて退避しようとしていた帝国兵の──。
「チ、そっちの運が巻き込まれるか! ザイカ!」
「いやいや、割り込みとか無理ですって。それに、必要ないみたいですよ」
少年の登場と同じく、彼方より飛来するは勝気な笑みの少女。
その少女の拳がブレスへと突き刺さり──拮抗し、否、割砕する。
何事かを叫ぶ少女に合わせ、陣風が吹いた。聞こえたのは瓦礫を踏み割る軽い音のみ。直後、魔竜の全身が細切れになる。
「なんっ……」
「上です。魔竜に何百回という斬撃を与えたあと、上に跳んだようですね」
「……ハーフリング族か。いやだが、あの速さは……」
踏み込み。誰も見えなかった。最後の再生をしようとする魔竜の懐、顎の下に踏み込んだのは、勝気な笑みの少女。
その拳に集約するは、魔竜のブレスに等しき魔力。
一撃は──魔竜も、その背後にあった暗雲の残りも、何もかもを纏めて消し飛ばし……。
もう、あの魔竜が再生することはなかった。
***
雨上がりの空を見上げる。……まぁ、なんとかなった、か。
背後……息を呑む声。
「あ……あの、もしかしないでも……『
き……き……。
いや。
ギャー!!
「ぷ……あはははは! なっつかしい名前! 久しぶりに聞いたわソレ!」
「おー♪ なんだ、ノアにはそういう二つ名があったのかー# かっこいいじゃないかー♭」
「……一応功労者なんだけどね僕。遅すぎだよ君達」
背後の声は、多分まぁ対竜からつけてきていた少女のものなんだけど。
今割といい気分だったのにさぁ~~!
「あははっ、まぁ良いじゃない。そうよ、こいつが『
「は、はい! あ、私は来年越竜学園に入園予定のアズキ・ノンヴァって言います! その、二年前に見た『
「そーよ。っていうか騎士様って、なに、騎士のことも好きなの?」
「あの劇の役者さんは全員好きです!! ……え、ってことは、お隣の方はまさかお姫様役の……」
「ボクは対竜学園の生徒じゃないから、人違いだなー♪ あとボク男だし♭」
「それで言うならあたしは女だけど騎士役やったわけで。……んー、ハーフリング族ならワンチャン姫もあり、って思ったけど、アンタちょっと男っぽすぎるからダメね」
「昨今はジェンダーフリーだよレイナ。……よいしょ。……ふう」
魔力は問題ないけど、喉を使いすぎた。というか張り切りすぎた。
今は魔声で声を出しているけど、しばらくは喉に治癒魔法を使いつつ、だなー。
で……長い茶髪と真っ青な瞳の女の子。で、ノンヴァ姓。なるほどね?
「それで、どうする? 目の前に憧れの先輩がいるわけだけど。キスとかする?」
「き、キ!?」
「あのね、レイナ。君ダメだよそういうことを身内以外に言うの。セクハラだよ」
「憧れのせんぱぁい~、だったんなら、いいじゃないキスくらい」
「ボクもドン引きだぞ♪ レイナ♭」
「えぇ? ……妙に身持ちの堅い野郎共よね、越竜生って。……じゃあなに、サインだけで済ませる? ハグくらいはする?」
「あ、え、えと、でしたらこの魔法剣にサインをお願いしたくて……そ、その! ハグは結構です!!」
「ちぇ。目の前での浮気をナタリアちゃんに報告できると思ったのに」
やっぱりそういうことかコイツ。
別にお互い気にしないけど、そういう攻め方をしてくるならそろそろ俺も反撃に出るぞ。
「レイナは放置するとして。で、えーと。魔法剣にサインとは、あまりに聞きなれない文化だね。っていうかその歳で魔法剣を携帯しているって、もしかして結構な実力者かい?」
「へ、ど……どうなんでしょう」
「確かに。越竜は魔法剣持ち沢山いるけど、対竜の頃からっていうのは珍しいわね」
「将来有望だな♪」
まったくだ。こうやって英雄がぽこじゃか増えていくのなら、ヘンリーも学園を作った甲斐があるってもので。
では魔法剣の指定された場所に「Noah Hedquist」の羅詞源語を刻む。刻印の邪魔にならないように、間違っても干渉しないように。
「わ、わぁ……!」
「折角だし何か刻んであげたら? 魔法剣を阻害しない範囲で追加刻印くらいできるでしょ、アンタ」
「……まぁできるけど。……なんならこの魔法剣の裏面に第二ソケットを作って切り替え可能に、とかもできるよ」
「なんだそれ♪ ふつーに学会発表レベルだぞ♭」
「単純に火力が上がるわけじゃなく、戦術の幅が広がるだけだけどね。……こっちで好きに決めていいなら、実用性の高いものを刻むけど」
「え、えっと……じゃあ、ヘドクイストくんの……じゃない、ヘドクイスト先輩の、一番好きな刻印でお願いします!!」
好きと来ましたか。
一番好きな英語は? 一番好きな日本語は? みたいな話。アレいや別にそんなのないけど、って人がほとんどだと思うんだよね、なんて話はどうでもよくって。
俺が一番好きな刻印か。うーん、なんだろうな。"
ふーむ。古代魔族語としても精霊語としても良い目の意味で、間違っても呪いにならないものがいいよなぁ、とか考えちゃうけど……好きなの、だと。
「"
古代魔族語では「結末へ至る」、精霊語では「誰にも読まれぬ物語」を意味する刻印。
何か意図があって消去した『博士の博士』関連の記憶の内の一つに引っかかるようにして残っていた言葉でもある。加えて英語の発音とほぼ同一な珍しい古代魔族語であり、何かと思い入れがある。
それを、魔法剣の範囲に干渉しないように刻み込む。……奇しくも初めての……シュラインとしての生を含めても初めての、銘入り武器、になったかもな。
ま、ファンサービスってことで。
「わぁ……。大切にします! 一生!!」
「魔法剣だから、使わずに死蔵、とかはやめてね。ちゃんと使えば一生使えるものだからさ」
「はい! 先輩も、『
「うん、ありがとうね。……さて、そろそろ現実を見た方が良い。君の背後から、怒り一色に染まった教師が追いかけてきているよ」
「え。……わ、わぁ~」
……こうまで純粋な応援なら、まぁ、良いか。受け取っても。
あとは頑張れ。まだ危険のある竜災戦場に近付いた、なんて……こっから小一時間くらいは搾られるだろうけど、君なら英雄になれるよ。
さて。
「ちょっとそこのおじさんたち、話を聞きたいんだけど?」
「おっと気付かれていたか。どうするよ、ザイカ。このままトンズラも手だと思うがな。若いのに囲まれちゃあやっていけないだろ、俺達おじさんは」
「そうですか? 若く溌溂とした世代は見ていて得られるものがあると思いますが」
「テメェはもうジジイなんだよな言動がよ」
さっきの魔竜と戦っている時、不自然な機運への作用が何度かあった。探査系の魔法も飛んできていたし。
一応援護っぽかったから遮断しないでいたけど、最後のとか結構危なかったってわかってるのかね。
「ここらじゃ見ない顔ね。……あれ、そっちの人は、どっかで見たことあるような」
「思い違いじゃないなら、皇帝府の絵に描かれてる人に顔が似てる気がするなー♪」
「え、懐かしい。アレまだ飾られているんですか?」
皇帝府の絵。
……ってことは、歴代皇帝の縁者?
「あ、では、改めまして自己紹介を。私、【マギスケイオス】の『
「俺はクイン・ジェック・カイン。【マギスケイオス】の『
……ちょくちょく話には出てたけど……会うのは初めて、っていうか。
え、『皇帝』? 君……なんか、ちゃんと老けたね。いや、ん? にしたって君紫輝歴560年の生まれとかじゃなかった? シンプル220歳?
「【マギスケイオス】、ねえ。……言うほど強そうには見えないけど」
「それは失礼だろー♪ レイナ♭」
「いえいえ、仰る通りで。私達は【マギスケイオス】の中でも有数の戦闘力無い組。本来同じ立ち位置にいるはずの『
「『
ただの魔法大好きクラブのはずなのにねぇ、という同情をしかけたけど、重村鎖袋曰くあいつが一番弱いらしいじゃん? こいつらもなんか隠し玉あるだろ絶対。『先見』のオンドウとかかなり評価してるけど。……『皇帝』も、あのまま順当に魔法だのなんだのを収めたんなら多少の強さは得ていそうだけどな。
「ふーん。それで、【マギスケイオス】の非戦闘員が何用なわけ? 所用って、人には言えない事?」
「いや、ただの人探しさ。『
「アルカ?」
「ん、お前ら越竜の学生だろ? アルカのやつは、そこで教師をしていると聞いたが」
「アルカ……なんて先生いたっけ?」
「いないと思うけど♪ 教わっている学科が違うとかならわからないな♭」
「では『財宝』……エレンさんの方はどうでしょうか」
「エレン・"オーラ"・マイズライト理事長のことで合ってる?」
「おう、そいつだ」
「それならすぐに取り次げるわ。というか、危なかったかも。明日にはどこか出張に行くみたいな話をしていたから」
「そいつァ運が良いな。そのままの勢いでアルカも見つけられそうな運の良さだ」
ふむ。……【マギスケイオス】って集会所があるんじゃなかったっけ?
そこを使わないのはなんでなんだろう。それとも使えない理由がある?
スムーズに進んでいく話を眺めて、喉の治癒に徹する。
……しかし、【マギスケイオス】コレクションも残すところあと一人になったわけだな、これ。
第11位、『
意識してコンプリートしているつもりはないけど、ここまで来たら全員に遭っておきたくはある。『別界』と結界談義もしてみたいし。
「しっかし、っとにドコにいンだよあいつら。『遠見』で見つけられねえって相当だぞ」
「この星のどこにもいないとなると、やはり位相空間ですかねえ」
……。
あ、いた。涅月にいんじゃん。……これ教えてあげた方が良いのかな。
ああでもトラッドがいるし……なんかの工作中だと悪いから、やめとくか。
とりあえずアルカとエレオノーラとの再会シーンでも見ますかね~。