序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

139 / 143
125.放る灰燼

 全員の意識が浮上する。

 ここは。

 

「……エリスフィア帝国、ですの?」

「そのようですね。……おや、エレンさん。背、伸びましたか?」

「はぁ? ……え、……あなた」

「んだ、このガキンちょは。……つか待て、これが幻術だと? 位相空間に飛ばされたとかじゃねえだろうな」

「私も最初はそう思ったよー。よく出来すぎだよね、この幻術。元の技術は迷い家産で、それを夢妄の魔族が使いやすくアレンジして、さらにそれをあの子が再現したって感じみたい」

「ほー、夢妄の魔族ね。それなら納得だ」

 

 ふむ。こうなったか。

 俺、アルカ、エレオノーラ、カイン、そして。

 

「おお……懐かしいですね、この体。私の若い頃……子供の頃ですよ」

「子供の頃の記憶だからね、そうなっちゃったみたいだ。魔法や知識は消えていないはずだよ」

「ええ、そのようです。……ふふ、奇妙な感覚です。この頃の私は……本当に頭でっかちというか、口先に反して中身の伴っていない子供でしたから……この時の私はまさか、自身が【マギスケイオス】に入るだなんて夢にも思っていないでしょうね」

 

 俺からしても『皇帝』が【マギスケイオス】入りしたのはびっくりだよ。『博士の博士』として覚えていないのはあの時『剣士』にさよならして以降の記憶だから、『剣士』、『助手』、『皇帝』のことは実はそこそこ覚えているんだ。だからこその意外ね。

 と、俺達に近付いてくる足音があった。

 

「──失礼。そこの集団……そこで何をしているのか聞いても?」

「え。……私達のことを認識できますの?」

「何を訳の分からないことを……。……身分を証明するものなどはあるか? 今エリスフィア帝国は少し緊張状態にある。外国の旅行客はできれば今来てほしくない程度にはな」

「あ、彼らはエカスベア魔導博士のお客さんですよ。モリスンさん、私のことまで忘れてしまったんですか?」

「む? ……ああ、アーウィング君か。いや、すまない。確かにどうして認識できていなかったのか。……成程、エカスベア魔導博士のお客さんというのなら何を言うことはない。無礼な口を利いてすまなかった。アーウィング君がいるのなら説明するまでもないだろうが、魔導研究所はあちらだ。……先の話の通り、少し緊張状態にある。だからできれば軍部施設や政治的な施設の近くには行かないでくれると嬉しい。それでは」

 

 去っていく険しい顔をした軍人。

 何のことかと背後を見れば。

 

「ああ……そういえば、越竜学園はエリスフィア帝国軍の資産の一つであった研究所を解体して作ったもの、でしたわね。幻術に入った時と位置関係が変わらないのなら、確かに一般人……怪しい一般人が研究施設の近くで騒いでいる、ということになりますわ」

「移動しよっか。しながら現状の理解もしよう。ノア君、ここって幻術空間であってるんだよね? 過去に飛んだ、とかじゃないよね?」

「僕じゃ時間渡航は無理だからその線はないよ。ただコントロールできていないのは事実というか、あくまでザイカさんの記憶探索が目的だから、彼の記憶の中にある過去のエリスフィアを忠実に再現しているだけなんだ。だから……まぁ、ここで殺人だの破壊だのを行っても現実に響く、ってことはないけど、殺人や破壊の記憶はザイカさんに刻まれてしまう。事実としてその相手が死していなくとも、死した幻視が現れるようになるかも、ってこと」

「成程、未来の知識を活かして荒稼ぎなんてことも……やろうと思えばできるが、ザイカが困る、ってか。いやまてよ? この頃もいるだろう俺に会いに行って運勢勝負をしかけてボロ勝ちするくらいならザイカの負担には……」

「エリスフィア帝国しか再現してないから無理だね。ザミザイフェスなんて遠い国まで実装したら、消費魔力が今の五倍くらいはかかるよ」

 

 ナタリーの魔力量を考えればそれでもいけるんだろうけど、この幻術は俺側のディティールを演算補助に使っているからなぁ。ザミザイフェスみたいな行ったことない国は難しい。

 だからエリスフィア帝国だけで、敷地外に出ようとすると戻される仕様にしてみた。

 

 さて、また注意される前に移動する。

 

「あら……『放浪鐘楼』がありますわ」

「わ、ほんとだ。竜災で壊されちゃったんだよね、あれ。お昼と夕方くらいに鳴るよね、確か」

「この頃はまだ内部が建設途中だったはずですから、鐘の音が聞こえることは無いと思いますよ」

「ほー。成程、竜災で破壊された過去の諸々もここでなら発掘できるわけだ。チ、現実世界に持っていけねえのが惜しいな。好事家だの骨董品趣味だのに売れば大金が……」

「私の財産に比べれば端金にしかなりませんわ」

「うるせぇ、お前のはロマンがねえんだよロマンが」

 

 確かに懐かしい景観だ。昔の……『博士』、『博士の博士』で過ごしていた頃のエリスフィア。

 とはいえ俺は専ら『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中にいたから、人がいることが逆に違和感だったりするんだけど。

 

「しかし、気を付けてください。このパーティにおいて、ノア君だけが子供。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は子供を呑み込む世界ですから、万一もあり得ます」

「記憶の中でもその性質が維持されていますの? というか、ノア・ヘドクイストの幻術の中でノア・ヘドクイストを忘れる、ってどういう状況ですのよ、それ」

「んー、可能性だけで言えば有り得るのが幻術の怖いところ……」

「最悪僕が肉体側から幻術からの離脱をさせるから大丈夫だよ。ヘンリーとの会話のおかげで『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に現れていた黒靄(ダークミスト)の正体もわかっているしね」

「ああ、コンストラクトだった、ってやつでしょ。私もヘンリーから聞かされた。ハウル・ハーシェルって昔の学者が解き明かしたんだって~」

 

 その辺はちゃんと事前知識にあるか。良いことだな。

 

 ──遠くで悲鳴が上がる。

 

「何事かしら」

「少し遠見で見てみましょうか。……おや、魔物……黒靄(ダークミスト)ですね。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の外に現れるタイプのようです。この頃はそういうのが頻繁にありましたから」

「殺人や破壊がどうのって話だったが、たとえばここで死ぬ運命にあったやつを救っちまったら、どういう影響が出るんだ?」

「当然、死んだはずの人間が生きているかのような錯覚に陥るね」

「成程、憐れであっても容易に手を出すべきじゃねえと」

「とはいえ……この時代って要するに二百年前のエリスフィアなわけで。その時代の人がここで死のうが生きようが、寿命で死んでいるのはほぼ確定だから、生きているかのよう錯覚は単純に思い出話をするときとかに没年を少し間違える程度のものになるかな」

「ほう? んじゃ手ぇ出してもいいか、ザイカ。流石に見て見ぬふりは寝覚めが悪い」

「ええ、お好きになさってください。そも、【マギスケイオス】に人助けをするな、と言う方が無理でしょう」

「【マギスケイオス】ってそんな人助け集団なの?」

「そんなことはないけど、比較的善人寄りの人が集まるかなー。悪人が【マギスケイオス】にいたことがあるのは初代くらいっておじーちゃんが言ってた気がする」

「まぁ『四毒』や『蓋然』は半ば悪人に思いますけれど」

 

 たかにし。

 ……いやほんと、羽澤はなんであそこから『四毒』なんて呼ばれるに至ったんだか。

 銀・結糸は……人間賛歌側だけど思考はフツーに悪だろ。

 

 遠くのストリートで女性に襲い掛かろうとしていた黒靄が足を滑らせ、壁に激突する。時間稼ぎにはもってこいの魔法だなぁ。

 しかもそれを、こともなげに。

 

「時代は紫輝歴571年だから、特殊な事情がある人を除外すれば、ほとんどの殺人・救命はザイカさんに影響を与えないと思うよ」

「紫輝歴571年っつーと、ちょうど代替わりの時期だよなァ。おじさんが生まれたのが紫輝歴608年なわけでよ」

「え、ジェックさんって私より年下だったんですか?」

「見た目は確かに若いですけど、色々な部分が中年すぎてわかりませんわよね」

「うるせぇババア」

「ローズが紫輝歴618年生まれだっけ? この時期は確か、『到達』と『解体』がずーっと後継者探しをしてたって聞いたことある気がするけど」

「ええ、そうですわ。先代の『解体』は『骸体』というのですけれど、その方と『到達』はまず同じ思想を持つ弟子に出会い、そのピーキーな魔法を伝授する、ということをしなければなりませんから、後継者探しが難しいらしいですの。結局『骸体』も『到達』も存命中に後継者を見つけることはできず、一時的に空席となったあと、後年になって『解体』の席と『到達』の席をそれぞれ埋める者が現れた、という少々特殊なのケースですわ」

 

 あー……。成程、昔は人体の不思議を調べる『解体』じゃなく、どー聞いてもネクロマンシー的な『骸体』って魔法使いだったのね。

 あれでもナタリーの話では、最初の【マギスケイオス】に『解体』っていた気がする。……称号は割とフレキシブルに変わるのか?

 

「みんなにはそれぞれお師匠さんがいる、ってことだよね。マイズライト理事長の師匠がネイトアリスなのは知ってるけど」

「おうよ。おじさんの場合は師匠っつぅか家庭教師だったけどな」

「家庭教師?」

「こう見えておじさん割と良いトコの坊ちゃんなわけさ。んでその俺についた家庭教師の奴が、まー、おじさんの後の奥さんって話でな」

「え、既婚者だったのカイン」

「あ? んだ、知らなかったのか? もうとっくにそいつは寿命で死んでるが、【マギスケイオス】であり俺の家庭教師であり、俺の妻だった奴から『業運』の魔法を受け継いで、今おじさんがここにいる、と。あァ、ガキはいねぇがな」

「へぇ~……。あ、私の場合はドブロガク・ゼンノーティって人が師匠だったよ。今皆が使ってる魔法陣って形式はその人が編み出したの」

「私の場合は『先見』のオンドウという方が師です。……『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』解決に関する事件でお世話になり、その後……その人の使っていた魔法を再現しようと頑張っていたら、いつしか弟子認定され、そのまま継ぎました」

 

 ……ちょっと面白い昔話だった。そっか、みんなそういう経緯で。

 オンドウはなんで『皇帝』を弟子にしようと思ったんだろうなぁ。

 

「その良いトコのお坊ちゃんが、どうして今ギャンブル中毒のおじさんになっているのでしょうね」

「うるせぇなぁ、いちいち突っかかってくんじゃねえよエレン。そんなもん俺が妻に金を貢ぎ過ぎて、妻の死を機に一族郎党から追放されて根無し草の無一文になったから、教わった魔法を使ってザミザイフェスで一山当ててやろうと一念発起したからに決まってンだろーが」

 

 ああ、ダメ人間という前評価はマジでその通りなんだ。

 ……でも、悪ぶってはいるけど……この感じ、その奥さんが病になったとかそういう系で、死ぬ直前まで医療費を継ぎ込み続けていた、みたいなそういう話と見た。

 やり方が極端すぎるだけの善人、かな。

 

「お、見えてきましたよ。エカスベア魔導研究所が」

「……ここが」

 

 おー。

 ……俺にとってのここの印象は、巨大黒靄(ダークミスト)にプチっと潰された、ってものだけだけど。

 立派じゃんなんか。

 

 ここが……居心地よくて、コンストラクトの俺は病死までの数年間を生きたんだっけ?

 

 勝手知ったる、という感じで、ザイカ……というか今はもう見た目がモロだからそう呼ぶけど、『皇帝』によってドアホンが鳴らされる。……へぇ、ヘンリックの作った魔道具って感じか? もう少し効率化できる要素はあるが、良い出来じゃないか。

 

「"xxxx!! 今緊急事態だ! 誰だか知らねえが帰れこのxxxx!!"」

 

 ドアホン越しに聞こえたのは、女性の……まぁ、描写するのも憚られるレベルのスラング。そのままブチっと切られた。

 な、懐かしい。声もだけど、その口の悪さが。

 

「ふふ、この声はメッテさんですね。エカスベア魔導博士と結婚をする前の」

「メッテ? ……ああなんだっけ、ヘンリーが見つけた方が良いって言われてる人だっけ」

「メッテ・イェルネ准将。十年前に同じく『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』呑み込まれるも、『博士の博士』の手を借りて生還した方です。肩書き通り、帝国軍の将校様です。最終階級は中将」

「軍人か。良い思い出は無ェなぁ」

「あなたはどちらかというと追われる身ですものね」

「うるせぇっつってんだろ若作りババア」

「あら、先程の方と気が合うのではなくて? 口の汚さが同レベルですわ」

 

 ちなみにメッテの方が汚い。というかヤバい。俺が説明するにはあまりにもなスラングを使っているから。

 

「それで、どうするの? 緊急事態とか言ってたけど」

「恐らくですが、私、『剣士』、『助手』が『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に飲み込まれた直後であるのだと思います。だからメッテさんはこんなに焦っている」

「ん……『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』っつーのは確か、飲み込まれたガキのことを大人は忘れるとか言ってなかったか」

「ええ、そうです。けど、忘れるのは名前と関連する記憶だけ。だからたとえば、"毎日『助手』にお茶を淹れてもらっている"という記憶から消えるのは、『助手』のパーソナリティーのみ。『助手』にお茶を淹れてもらっている、という事実、及び役割が持つ仕事に関しての記憶は消えません。これを利用し、エカスベア魔導博士は私達にあだ名をつけていたんです。私は『皇帝』、レドミランは『剣士』、ブリジットは『助手』……というように」

 

 微かに言葉に詰まったな。

 俺も……消えているから覚えていないけど、もう一人の子……多分『魔女』と呼ばれる子に関してがなんかあったはずなんだよな。でもヘンリックが引き取った子供に『魔女』なんてあだ名つけるかなぁ。いじめられていた子、とかならなおさらに、もう少し可愛い名前に変えそうなものだけど。

 

 もう一度ドアホンが押される。

 

「"うるせぇつってんだろこのxxxx!!"」

 

 音の魔力を介して聞こえてきたのはそんな返答……だけど。

 

「お話があってきました。エカスベア魔導博士、私のことを覚えていますか」

「"だから今は──"」

「"待って、その声は……『皇帝』? 良かった、黒靄(ダークミスト)に飲み込まれたわけじゃなかったのか!"」

「"……喜ぶのは少し早いわ。ドアの外に……その子以外もいるみたい。一人は、魔族と酷似した魔力をしている"」

 

 魔族。……俺じゃない。エレオノーラも人族だよな? で、『皇帝』でもアルカでもないのなら。

 

「おおぅ、ここでバレんのか。ま、そうだよ。じゃなきゃ寿命がおかしいだろ」

「ハーフ魔族かなにかでしたの?」

「おじさんもよくわからねえんだけどな。先祖返りってやつらしい。そもそも魔族は毎度毎度先祖返りをするらしいんだが、人族と交わった場合はその限りではないらしくてな。ハーフ魔族なのか魔族なのか、魔族らしい特徴が何もでないままに魔族だ。『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』ってのもそういう特徴があるらしいが、奴さんの血には興奮作用みてぇなのがあるんだろ? 俺の血は普通なんで、違うだろう」

「……ドレンの症状にそっくりですわね」

 

 確かに。ドレン君もハーフ魔族みたいだけど、特に身体的特徴が出ているわけではないんだよな。

 カール・ナルツォーラ君とか、後から発覚したことだけどジュノさんもクォーター魔族、ないしはワンエイス魔族だったっぽいから見た目に現れない、っていうのは別に成立するっぽいんだけど……ハーフ魔族や先祖返りなら、特徴が色濃く出ていておかしくはないのに。

 

 ドアが開く。

 

「やっぱり、『皇帝』だ! ああ、覚えている……忘れかけたけど、覚えているよ!」

「バカヘンリック、あぶねえかもってキアステンが言ったの聞こえなかったのか!」

「あなたのその突然視野が狭くなる悪癖まだ直ってなかったのね」

 

 出てきたのはやっぱり懐かしい三人だ。キアステンはまぁその後何度か出会っているから別にだけど。

 

 メッテ。……大人になったなぁ。ヘンリックはなんか子供のヘンリックの身長を伸ばしただけ、って感じだけど。

 っていうかホントにヘンリーに似てるなぁ。

 

「うわ、そっくり……」

「生き写し、というのは本当のようですわね」

「──で、てめェら、何だ。このガキを送り返しにきた連中ってことならあたしが謝礼くらい出してやる。後でな」

「気を付けて、メッテ、ヘンリック。この人達……隠しているけれど、とんでもない……今の私達じゃ太刀打ちできないクラスの魔導士だわ」

「警戒はテメェがしときゃあいい。あたしにゃちゃんと聞く義務がある。軍人としてな」

 

 ふむ。さて、どう説明したものか。

 ……まぁ、じゃあ、一番簡単なヤツで行こう。

 

「初めまして、アーウィング君の保護者さん、で合ってるんですよね?」

「ああ、うん。僕が『皇帝』……アーウィングの保護者だよ」

「僕、ノア・ヘドクイストって言います。彼とは『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中で出会ったんです。すぐに救助隊に助けられたんですけど……でも、身元を示すものを何も持っていなかったので、一時的に僕の家で保護しました。このダメ人間っぽいのが僕のお父さんで、こっちのお嬢様然とした人がお母さんです。こっちはお姉ちゃん」

 

 ドス、という音が響きそうなほどに強い視線が背中に突き刺さる。「あとで覚えておけよ」という文字が背骨に刻まれたのかと錯覚するレベルだ。

 ちなみにお姉ちゃんと呼ばれたアルカは途端に気分を良くした感じだった。背が小さいからか、そういうの憧れてたよね昔から。

 

「ん……そうか。そういう事情なら……凄んで悪かった」

「いえ、お気になさらず。……ただ、アーウィング君が言うには、他に『剣士』、『助手』、さらにもう一人の子供がいたはずである、と。だから僕たちは、アーウィング君を返すついでに、そのことについて何か知らないかと尋ねに来たんです」

「……うん、確かに『剣士』、『助手』という子はこの研究所にたはずだね。そして……もう一人いたはず、というのは、それもなんとなく……覚えている、気がする。いなくなったのは多分もっと前のことだと思うけど」

「すげぇな、魔導博士ってのは。父親として情けねぇ限りだが、ノアが『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に飲み込まれてから一切気にすることなく日常生活を送っていた。ダメ親父ってやつさ。……んで、そっちのすんげぇ怖い目で睨んできてる嬢ちゃんがいるから明かしておくと、俺はハーフ魔族ってやつさ。魔族に与する気はねぇから安心しな」

「……成程、ハーフ。それなら……納得だわ」

「気に病むこたねぇよ。エリスフィアは今はどこも、誰しもがそんなもんだからな」

 

 へえ、行けるじゃんエチュード。

 そして偉いぞアルカ。よく黙っていたな。自分がボロを出しやすいと評価できていなければできない所業だ。

 

「博士、どうにかして『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中にいく、ってことはできないんですか? 『剣士』と『助手』が……今も『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中にいると思うと、居ても立っても居られないんです」

「それは……」

「『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中に行く技術はあるが、テメェを連れていくワケにゃいかねーんだ。……安心しろ、っつーのは違うが、救助隊は一日に三十隊出るし、あたしら軍も近々『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に対して徹底解明を行うつもりでいる。……ガキはしっかり指を咥えて外側にいやがれ。無力を感じるのなら、力をつけて軍人になるか、知識をつけて学者になれ。いいな?」

 

 おおー。

 メッテが大人だぁ!

 お、面白い。これは単純に面白い。

 

「アンタら家族もだ。このガキをここへ送り届けてくれたことには感謝するが、一般人をむざむざ死地に送り込むわけにもいかねえ。エリスフィア帝国軍は不撓不屈の軍なれば、どうかその背に祈りをぶつけ、温かく見守っていてほしい」

 

 真摯に。こっちは国民……大人向けの説明、って感じだな。

 へ~……それはちょっと、嬉しいなぁ。

 あのメッテが……へぇ~。

 

「そうしたいのは山々なんだけどね。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中で、ある人からお土産をもらってきててさ」

「……ある人? ……って、まさか」

 

 なんのこっちゃ、という視線はアルカたちからも突き刺さっているけれど、ここで繋がりを切られるわけにはいかない。

 だから、多少強引にでも話を進めさせてもらう。

 

 忘れがちだけど幻術内なのでどうとでもなる物質生成を行って作り出すは、関係者にとっては見覚えのあるだろう白い箱。

 

「……やっぱり!!」

「……ああ、クソ、あのxx野郎、まだそんな慈善事業してんのか。……察するにこいつらから話を聞いて、『剣士』と『助手』を探しに行って……その間の守護としてソレを持たせたとかそういう感じだろ」

「君、ノア君。それ、良く見せてくれるかい? あ、破壊することはしないよ、約束する」

「うん。これを渡してくれたヒョロヒョロの男の人曰く、魔道具らしくてさ。僕にはわからないから、わかる人に見せようと思ってたんだ」

 

 渡す。結構重量のあるソレを。

 

「……となると、このガキにも何らかの役割を持たせている可能性があんな。……ヘンリック、そいつの解析はどれくらいで済みそうだ」

「結構な……規模の魔道具だね。全てを解明するには流石に二日くらいは欲しい」

「そうか。……ヘドクイスト家、で良いか? アンタらは」

「ええ、正しくってよ」

「ここに住所をくれ。名前のスペルも。後日、追って軍の方から協力要請を出す可能性がある。それまではできれば遠出せずに、自宅付近で待機していてほしい。まぁ必要になるとしたらそのガキだけだろうが」

「仕事で遠出があってもダメ、ってか」

「ああ、軍事最優先だ。ただし、それでなんらかの損失が出るのなら気兼ねなく言え。全額補填する」

 

 ……ま、この辺が引き時か。

 記憶の中とはいえ、ザイカさんに影響が出る以上、これ以上の強制は難しい。

 

 こっち組の視界にだけ映るように文字を書き込む。

 内容は明快、「今日は引き上げよう。これ仮の住所と仮の身分ね」。という文字で、エリスフィア帝国内に確保していたむかーしのセーフハウス……『博士』が使っていたものの中から結局誰にも発見されずに終わったものをピックアップ。その住所と、仮の身分証を幻術として無理矢理に発行し、映し出す。

 

 そうしてメモに委細が書かれる。あとは。

 

「それじゃ、私達はこれで、一度帰らせていただきますわ」

「軍人さんは怖いって印象があったンだが、勝手な偏見だったな。謝るよ、軍人さん」

「いや、最初に声を荒げたあたしからは何も言えねえ。だが信頼についちゃ、行動で示すさ」

「アーット……ジャ、ジャアネ、アーウィング君! 君トノオハナシ、面白カッタヨ!!」

 

 最後に何かを言わなければならない雰囲気を──勝手に──察したのだろう。アルカは後から『皇帝』が捏造思い出を話さなければならなくなる余計なことを凄まじいカタコトで言い放ち、ロボットみたいな動きで手を振って、足早に去っていった。

 ……えー、演技力、マイナスとさせていただいて。

 

「またね、アーウィング君。……ううん、『皇帝』!」

「はい、また。ノア……もとい、『橋守』」

 

 彼の視界にだけ今後の予定や俺達の捏造関係に関する知識を表示して、一度別れる。

 幻術空間だから一時停止もできるにはできるんだけど、他人の記憶内であんまり無法はしたくない。物質生成した奴が何をって、ハハハのハ。

 

 

 

 研究所から離れて。ちゃんと家に向かいながら。

 

「ノア・ヘドクイスト。この情報表示の魔法、凄まじく有用ですわ。できること技能リストに記載するように」

「実際に光属性に干渉して文字を出してるんじゃなく、暗示と幻術で個々人の視界にだけ文字が映るように……虚空を文字として認識するようにしてる、って感じだね。すごい、確かにこうすれば……やろうと思えば遠隔での通信手段、みたいなのもできるかも?」

「それよか、クククっ! お、俺とエレンが夫婦って……クハハハっ、ぜ、ぜったい無くておもしれぇ……」

「私もあなたなんて願い下げですの。……ただ、護衛のつもりか調査のつもりか、一定距離に軍人がついてきていますわ。怪しまれるような言動は慎みなさい」

「ん? おわ、ホントじゃねえか。抜け目ねぇなあの嬢ちゃん」

 

 これを遠隔通信技術に、ねえ。

 ……ナシだなぁ。ちょっと技術が進み過ぎる。やるとしてもヘンリー限定とかじゃないと……「遠くの誰かに言葉を届けることができる」って基本的に危険オブ危険だからなぁ。

 

「これについては本当に現実じゃ無理だよ。幻術空間だからできること」

「む。……あとでヘンリーに確認を取りますわ」

「また嘘かもだし。……っていうかノア君咄嗟に嘘吐くの上手すぎでしょ! 二人も、ザイカおじさんもだけど」

「あなたが下手すぎるだけですわ。なんですの最後のやつ。『観察者』が後からあなたとどういう話をしたのかと聞かれ、答えに困る結果しか起こさないじゃありませんの」

「え゛」

「継詞基語と羅詞源語を忘れたんじゃねえかってくらいカタコトだったしな。あれを怪しんで今監視がつけられているに一票」

「賛成票入れますわ」

「僕も、百枚くらい入れようかな」

「不正だよそれはただの!」

 

 歩いて、そう遠くない家につく。

 既にここで俺達が生活していた痕跡は作成済み。頑張って調べてくれ帝国軍。

 

 先陣を切って中へ入る。

 

「……この家は?」

「空き家を我が家に改造してみた。生活感が出まくっているけど、それはカムフラージュのためであって、誰かが住んでいたのを追い出した、とかではないよ」

「へえ、良い家じゃねーの。……つかよ、家まで用意するって、もしや泊まるつもりか? 俺は良いが、エレンとアルカはなんか用事あんじゃねえのか」

「ああ、大丈夫。その辺加速してあるから。ここを出る時、現実じゃ一時間も経ってないはずだよ。ザイカさんの記憶の読み取りと書き出し速度に倍率は依存するから個人差があるけど、その辺は僕もちゃんと把握した上でやってるから」

「ほー。便利そうだが、色々制約のありそうな魔法だな。……んじゃおじさんはこの一階の書斎っぽい部屋をもらうぜぃ。運が良けりゃここに絶版本や発禁本があるかもしれねぇし」

「成程、目的の情報を知るまではこの過去のエリスフィアで過ごすしかない、と。……いいですわ。焦っても仕方ないのなら、久方振りに予定の詰め込まれていない一日、というのを楽しみましょう」

「えーっ、じゃあさ、自分の部屋決めたらさ、ショッピングとか行ってみない? 最近そういう旅行とかしてなかったしさ!」

「越竜学園のお膝元のエリスフィアに旅行もなにも、という気はしますけれど……過去のエリスフィア、というのは、確かに面白そうですわね」

 

 ああ、思い思いに過ごしてくれたら良い。あくまで目的は『魔女』という子についてだし。

 

 だから──憂いは、俺が全部引き受けてやらんでもないさ。

 

 

 

 高台。作りかけの『放浪鐘楼』の屋根の上。

 

「……あなた、何者? こんなところにまで私を誘き寄せて……どういうつもり?」

「酷いな。誘き寄せるもなにも、僕はここがお気に入りだからここにいるだけだよ。君が僕を尾行していることはわかっていたから、こんな場所にまでついてくるのか確かめたかった、ってのもあるけど」

 

 キアステン、である。

 どうにも……あの時の説明で納得しきれなかったのか、俺達を、というか俺を尾行してきていたのだ。

 

「彼ら……ヘドクイスト家の面々は、あなたのお姉さんが一番とんでもなくて、次点で父親、その次に母親が危険、という印象だった」

「家族ヒエラルキーの話なら、まぁ正しいね」

「例えるならお腹を空かせた大型魔物三匹、という感じ。……けれどあなたを主眼におくと、まるですでにあなたのお腹の中にいるかのような錯覚を受ける。危険という尺度を超過し、絶望という反響さえも飛び越えて……もし関わるのなら、世界が潰えることさえ覚悟しなければならない、という類の気配」

「ふぅん。でも君はそんな危険物に接触してきたわけだ。どうして?」

「私にはヘンリックとメッテを守る義務があるもの。ヘンリックは今や私なんかよりずっと賢くなったし、メッテも私なんかよりずっと強くなった。そして二人とも、たくさんたくさん他者を助けて生きてきた。……けど、私にはそんな輝かしいものはない。お世話になった人も欺いて、この十年を流されるままに生きて……今ここにいる。だったら、二人が感知できないような危険なものを、捨て身覚悟で劫白の国にまで持っていけたら、ようやく私もあの二人に並べそうでしょ」

 

 成程なぁ。

 ヘンリックもメッテも立派になったから……コンプレックスが生まれてしまっているわけだ。

 そのつり合いをとるために、決死の覚悟で世界を救わんと、って。

 

 なんかまだまだ子供って感じがしてイイネ!!

 ハウルで接していた時は、結構大人になったって感じがしていたけれど、今は未だ清濁併せ呑むのも難しいってわけだ。

 

「……僕のお父さん。ハーフ魔族だ、って。そう言ってたでしょ」

「ええ、そうね。でもあなたが有している気配はクォーター魔族だからと言って出せるものじゃあないわ」

「僕はお父さんよりさらに色濃く先祖返りが出ていてね。なんと魔王の記憶まで持ってる」

「……そんなこと。……いえ、まさか、記憶を保持したまま新たな席についた、というの?」

 

 魔族の宗教だ。魔族は輪廻転生が宗教にあるから、こういう話は信じやすい。

 

「僕の前世は、ダグマイヤー・ロンクラッシュというらしいよ。涅月歴402年から499年まで魔王であり続けた第八代魔王」

「……流石に知らない話だけど……魔王というのなら、少しは納得できるかも。それ、家族には?」

「伝えてないよ。伝えられるわけがない。連邦よりかは少ないとはいえ、エリスフィアも魔王国とたびたび戦争をする仲だ。そこへ……前世が魔王ですてへへ、なんて。言えない言えない。ただでさえお父さんは自分がハーフ魔族なことを気にしているからね、自分のせいで息子に良くないものが取り付いた、みたいな風に考えかねない」

「正しい選択だと思うわ。つらいかもしれないけど……ハーフ魔族や先祖返りの問題は少し複雑だから、安易に開示しなかったのは褒められるべきことよ。……ごめんなさい、色々勘違いしていたみたいね」

「正体を隠して君達に接した僕が悪い。……そして、これは魔王の感覚としてわかってしまうんだけど……君も結構レア体質、だよね」

「ふふ、私達のことをそんな陳腐な言葉で言い表されたのは初めてよ。……でもそうね、私は魔族のレア体質。あなたも人族のレア体質、ね」

「そういうこと。……だから僕はお姉ちゃんを尊敬しているんだ。レア体質じゃない純粋な人族なのに、魔竜さえも退ける実力を持っているんだよ」

「え、魔竜を? 単身で、ってこと?」

「ううん、まぎすなんとかすって仲間がいるんだって。お姉ちゃんはそこのメンバーなんだ」

「……それって、【マギスケイオス】? ……だとしたら高位魔物っぽさにも納得がいくわね」

 

 よし。

 自分の知らないところで自分の逸話が増えていく恐怖、これで体感してくれるだろう。

 こういうのは食らわないと覚えないからな。

 

「僕、ここに来るのが好きなんだ。……君も、また来てくれる? あ、っていうか僕君の名前知らないや」

「キアステンよ。キアステン・ゲーゼ。それと……魔族だからこんな見た目だけど、私はあなたより幾つも上のお姉さんだからね?」

「あ、そうだったの? ……ごめんなさい、生意気な口を利いて」

「慣れてるし、子供みたいな見た目の私が悪いから、構わないわ。……背を伸ばす魔法とか、大人になる魔法とかあったらいいのに」

 

 ……ふむ。

 ザイカさんには多少の我慢を強いることになるけど……メッテとヘンリックの「大人っぽさ」を体感したせいで抑えきれなくなりつつある好奇心を優先するのはアリか?

 つまり、大人キアステン計画──!!

 現代でもキアステンは子供の姿のままだ。……大人にしたら、どんな感じになるのか、単純に興味がある。

 

「魔王としての記憶の中に、変装魔法っていうのがあってさ。その中に……大人が子供に、子供が大人に化ける、っていうのがあるんだけど、覚えてみる気、ある?」

「ある! 教えて、お願い! 死ぬ気で覚えるわなんなら今日中に!! 夢だったの、幾度夢に見たことか高身長の私!! メッテやヘンリックと並んで絵画にしてもらう時とか、毎回毎回屈んでもらうのがなんとなく嫌で……それがあれば長年の悩みが解決するわ!!」

「わ、わかったら落ち着いて。一応ここ超高所のさほど平坦ではない屋根の上だから、そう馬乗りになられると落ちる落ちる」

「落ちても助けてあげるから教えて!!」

「わかった、わかったよ、教えるからね」

 

 おお、剣幕剣幕。すんぎょい食い付き。ぎょぎょっ!

 

 ……よーし。

 本物の過去じゃないことを良いことに、ちょっとお遊び要素付け足しちゃうぞー!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。