序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
記憶の中のエリスフィア帝国一日目、夜。
そこそこの時間をかけて、キアステンは変装魔法を習得した。
余程高身長に憧れがあったのか、身長1athlほど。腰まで届く黒髪に、すらりと伸びた足。普段履くことはほぼないというストレートパンツでスラっと感を増して、上はエリスフィアでよく見るサテン生地のトップスでシンプルに。
この頃に使えるかどうかは知らんけどやろうと思えば亜空間くらい編めるだろうに、わざわざバッグなんて持って。
出してあげた鏡の役割をする魔法に向かって「うん……」、「うんうんうんうん……」、「うん……!」と何度も唸っているキアステンである。キャラクリに時間かけすぎな。そんなんじゃ「──ですよね?」を逃すぞ。「──ですよね?」は待ってくれないのだから。
「良い……! しかも……ちゃんと肉体の刺激があるのが良いっていうか……結界とコンストラクトを身体に継ぎ足して、暗示でそれを自分に誤認させる、とか……発想が現代チックじゃない……まさに涅月歴の魔王の魔法って感じね……!」
……あのそれ、言外に俺の作る魔法が古いって言ってますか?
確かに……確かにそうなんだよね。俺の魔法ってなんか古いらしいんだよね。流行に乗っていないというか。だから珍しがられる部分は結構あったり。
でも俺に流行りを理解しろってのは無理だよ。その時代を生きていないと流行に乗るのは難しい。
「僕なりに効率化とかアレンジしてあるから長持ちもするし、結界で全身を覆っているようなものだから副次的に防御力も上がる。弱点や欠点はそれこそ結界が有するそれだけど、キアステンさんは結界の習熟度が高いっぽいし、説明は要らないよね」
「ええ、結界については人より知っているつもり。……だけどこの使い方は思いつきもしなかった。……いつか旅に出るようなことがあったら、涅月歴の遺跡とかないか探してみようかしら」
あったとしてもユランにバチボコに破壊されてそう。
「さて、それじゃあそろそろ互いの家に帰ろうか。お姉さんなキアステンさんと僕がこの時間まで外にいるのはちょっと事案だからね」
「確かに。ふふ、今までそんなこと気にしたことなかったのに……。面白いわ。……っていうか、早くメッテとヘンリックに見せたい!」
「い、いや今日は止めといた方が良いと思うよ……。『剣士』と『助手』ともう一人を発見してから……だといつになるかわからないからアレだけど、せめてあの魔道具の解析が終わってからの方が……」
自分でやっておいてなんですけどね。流石に喧嘩になりそう。というか『博士』の頃から思ってたけど、キアステンって多分ナチュラル強大種族思考なんだよな。どんな状況になっても何とでもなると思ってる。『博士』が三人を外へ送り返したきっかけはあくまでヘンリックが限界だったからだし。メッテも口には出さないけどギリギリだった。
でも、キアステンは多分あのまま十年あそこにいてもおかしくはなってなかったんだろうな、とは思う。長命種ゆえというか、『王様』と同じで本当に追い詰められた時はもう少しどうにかなる、どうにかできるって意識がある感じ。
だから今回の子供達のことに関しても、温度感がちょっと合わない。そういうのは見えちゃうよね、どうしても。
「どの道明日には集まるし、そこで見せることにはなりそう」
「……僕は止めたからね。それじゃ、また」
ゆらり、と『放浪鐘楼』の屋根から落ちて、大気中魔力を氷属性に固めて歩いて帰る。
さて、【マギスケイオス】たちはこの状況をどう過ごしているのかな。
セーフティハウスに入ると、なんだかいい匂いが鼻孔をくすぐった。
チーズの匂いだ。
「あら、お帰りなさい。遅かったですわね」
「ただいま、理事長……それともお母さんって呼ぶべき?」
「その頭蓋をカチ割られたくなかったら普通に呼びなさい。軍人の監視下では後者でも構いませんけれど」
「わかった、そうするよ。……それで、この匂いは? ダヴィド先生が料理してるの?」
「いえ、作っているのはあのギャンブル中毒ですわ。あの男、妙にこういう家庭料理が得意なんですわよね」
へえ。グラタンとかそういう系の匂い。家庭料理か。
なるほど、やっぱり女性に貢ぎまくった、っていうのは、ダメ人間的なエピソードではなさそうだな。
「曰く、料理は運。だから『業運』の俺はウマイ料理ができるべきなんだわな、と」
「一気に不安になったね」
まぁそういうキャラづくりというか、無駄につっつかれないための方便って感じがするけれど。
「アルカは面白そうな論文を見つけた、とかでそれを読むのに夢中、『観察者』からの連絡は特にはありませんわ」
「ん、ありがとう。理事長はどう、楽しめた? 楽しむのが目的じゃないとはいえさ」
「ええ、ご心配なさらずとも、それなりにリラックスできましたわ。ストレイルをいくら使っても現実に響かない、というのは中々ない感覚でしたけれど、同時に稼ぐこともできないのは勿体なさが勝りますわね」
「でも、知識は消えないわけだからさ。たとえば竜災で亡くなってしまった伝統陶芸の技法を持ち帰る、なんてこともできなくはないよ」
「それでお金儲けを、というのでしたらお断りですの。……あなたに私が説く、というのは奇妙ですけれど……消えてしまった文化や伝統には、続かなかったという価値がありますのよ。それを善意や第三者の意思で続けさせるのは、少し違う話ですわ」
……。
……そうか。それなら俺は、もう何も言わないよ。
「あなたは何をしていましたの? というか、いつまでも玄関で話していないで、リビングへ行きましょうか」
「僕はとりあえず新しいお友達を作ったよ」
「まぁ、流石ですわね。ちなみにどなたですの?」
「キアステンさん。理事長とアルカさんが表情の一切を変えずに驚いていたのと、キアステンさん側も僕らを怪しんでいたから、偽装ついでに嘘と厳密には嘘じゃないことを言って丸め込んでおいたんだ。あ、その上で友達だよ」
「……あなたこそこう……リラックスすべきですわ。実利や損得を考えずに、一日くらい子供らしくしてもいいのですわよ」
さもありなん。ノア・ヘドクイストは学友といる時くらいしか子供っぽくはならないんだわな。
「私達が反応したのは、キアステン・ゲーゼさんを知っていたから、ですの。というかあなたも会っているでしょう。第24代魔王キアステン・バリムケラスさん。彼女の旧姓がゲーゼですわ」
「ああ、そうだったんだ。正直あの人魔族って感じがしないからちゃんと記憶してなかったや」
「確かに魔族的特徴はありませんわね。ドレンと同じタイプのハーフ魔族か、ギャンブル中毒と同じ先祖返りか、あるいは噂に聞く『
「魔族の種族ってカジュアルに聞いていい話題なのか悩むよね。特殊個体魔族とかだと隠さなきゃいけないとかあるらしいし、『
「ま、初対面で聞く話題ではない、ということなのでしょう。その辺はもう少し仲良くなってから、ですわ」
至言だな。特に今は──この時代は違うけど──魔族と人族の和睦条約が成立した多様性の時代なわけだしね。
「……別に告げ口とかする気は無いけど、この時代に魔族が人族のふりをしているのって」
「まぁ、確実に火種ですわね。魔王国が再現されていないというのなら戦争にはならないのでしょうが、『観察者』の記憶に余計な混乱を引き起こすのでやめておくべきでしょう」
そうね。やる気は無いから大丈夫だけど。
……その後。
フライパンで作られた家庭料理感溢れるグラタンに舌鼓を打ち、一日が終わる。なんというか、ハッとする美味しさ、ってよりかはほんわかする和やかな家庭の味って感じ。この感じも良いよなぁ。
家庭料理系のお店……現代のエリスフィアでそういうのを巡るのもしてみようか? 竜肉以外の好物も見つけたいところだし。
翌日である。
軍人さんが来て、今日中に呼び出すことはない、という旨が伝えられた。いいね、そういうの先に教えてくれるのは好感が持てる。
あの魔道具はヘンリー基準十秒はかかるものにしてある。あれを本当に二日で紐解けるなら、ヘンリックは相当凄い魔道具職人になったってことになるから、それはそれで楽しみだ。
……とはいえ暇なんだよなぁ、というのが実際のところ。
越竜学園があるわけでもなし、軍事施設に行けるわけでもなし。皇帝府に行ってもダメだし、みだりに『
思考する、というのはアリではある。
何についてかって、『皇帝』についてだ。直前までヘンリックに忘れられていた『皇帝』が、新しく来た『皇帝』を目にした瞬間記憶が戻った。
アレがどういう挙動なのか。
子供が『
記憶の中の『皇帝』は今もなお『
……『
精霊のやることだから、と後回しにしていた部分……というか、恐らく『博士の博士』はその辺全部理解した上で記憶消去を選んでいるんだよな。多分ネタバレになるから、みたいな配慮で。
つまり俺にとって解読し甲斐のある、楽しめるコンテンツが広がっているってことだ。
さすがに『
とはいえできれば目の前に実物があってほしい。だから子供を攫う直前の『
子供達と遊びながら情報収集と思考が一番かな。そうしていればいずれ──。
「お、いたいた坊主。今日出かける予定とかあるか?」
「え。まぁ、無いけど」
「じゃあちょっとおじさんのショッピングに付き合ってくれない?」
「え。……いいけど、理事長たちは?」
「エレンとアルカは二人でどっか行くそうだ。ずりぃよな~、遠出すんなって言われてんのにさ」
「そう……わかった、付き合うよ」
中々上手く行かないものである。
……ま、『
というわけで、やってきたのはエリスフィア帝国が首都エリスフィアにある常時開催蚤の市であるロペル、という屋台&座敷通り。
エリスフィアは国土が小さいため、資源はやりくりが基本である。だからこういうリサイクルの概念が根付いているんだわなぁ。
「お、へえ? このガントレット……わずかだが、刻印があった痕跡がある、よぉな?」
「どれどれ……。……いや、多分誰かの銘だね、これ。魔物の攻撃を受けた衝撃で抉れちゃってるけど」
「あー……刻印としての効果は?」
「ゼロ。そもそも魔道具じゃないよ。前衛として戦いながら使える魔道具なんて無いでしょ、この頃」
「そうか、そういやそうだったな……」
魔法剣がそういうのの先駆けなわけで。一応あったらしいけどね、鎧に刻印刻んだマジックアイテム自体は。けど、本格的な効果というものを有するに至ったのはやっぱり魔法剣のブレイクスルーを経た後からだ。
あとは天然物……つまり精霊が鍛造した聖剣や聖杖の亜種で、聖鎧みたいなのはあったらしい。実物を見たことが無いんだけど。
「坊主的にここでの掘り出し物とかなんかあるか?」
「僕的に言えば……これとか」
「これは……グラス? なんだ、なんか特別なのか?」
「もう抜けきってるけど、魔力結晶体で作られてたグラスっぽいね。水属性と氷属性を微かに感じる。これを作った職人さんはさぞかし魔力操作が上手だったんだろう」
「あー……価値は?」
「単純に工芸品として綺麗。ああでも、コンセプトとしては破綻してるかなー。普通に常に冷やす・温める系にすればいいのに、いつでもどこでも水が湧きだしてくるグラス、というものにしようとして、なんともならずに終わった、みたいな感じだ」
「つまりガラクタか」
「蚤の市なんてそんなものでしょ」
「ハ、まァその通りだけどよ」
QJK……カインさんだのジェックさんだの呼ばれ方が揺れまくるこの人と、蚤の市を冷やかしながら歩く。
鑑識眼は無いのか、それっぽいものを見つける度に鑑識をお願いしてくるんだけど……その悉くがガラクタである。
果たして『業運』とはなんだったのか。時折フツーに良さそうな古物まで見逃しているので、もしかして日常生活においては不運であることで操作できる天運を増やしている、とかなんかな。
「ちなみに欲しいものとかあるの?」
「んー。まぁ、これと言ってはない。どっちみち持って帰れねえなら意味ねぇし。ただまぁ、ケンブンを広げる、的な? ここで色々見て、良さそうなモンがありゃ誰かへの土産になるだろう」
「確かにね。後で買おう、ってなるし。誰か、っていうのは、誰が想定?」
「まー【マギスケイオス】の誰かにはなるわな。長生きだと知り合いがそういうのに偏っていくわけさ。あんま良くないことだとはわかってんだけどな」
「別れが寂しい?」
「おじさんにそういうセンチメンタルな感情は無ぇよ。俺が求めているのは誰かに土産をやった時に得られる刹那的な快楽だけだ」
「骨の髄までギャンブル中毒なんだね」
「うっせ」
ヘドニアってやつだ。持続的な幸福より刹那的なものを求める。そりゃカジノに嵌るわけだ。
しかし、根は善人なんだろうな、は伝わってくるね。「誰かに贈り物をすると自分まで嬉しくなる」を刹那的な快楽として受け取るのはまた面白い感性だけど。
「【マギスケイオス】だと、誰が一番仲いいの?」
「仲の良さってお前……やることなすことトンデモねぇのに質問がガキだなぁオイ」
「しょうがないでしょ。僕おじさんのことよく知らないし。最もとっつきやすくて最も無難で、最も時間を潰すのに適した話題選択だと思うよ」
「あー、訂正。ガキの思考で出てくる選択肢じゃねぇわ。もっとテキトーに生きやがれガキ」
お前さんのテキトーさには負けるかもしれんが、俺もそこそこテキトー人間のつもりではあるぞ。
畜生エンジョイ勢だし。
「……一番仲良いのは……つっても【マギスケイオス】って結構代替わりするからなァ。先代の『先見』……オンドウのやつとはソリが合わなかったが、ザイカの奴とはそこそこ仲良しな自覚がある。が、ザイカ自身誰とでも仲良くなれる奴だから、おじさんが特別ってこたねェだろ。エレンとは見ての通りで、アルカとはそこそこ? あいつがガキの頃から面倒見てたっちゃ見てたし」
「『到達』みたいな話通じない系は苦手そうだよね」
「なんだ、会ったことあんのか。ま、そうだな。歴代の『到達』……会ったことあるのは三人だけだが、どいつもこいつも話が通じねえ。まぁ重村の馬鹿は割と繊細で気遣いできるやつだったから嫌いじゃなかったが。フラニーの爺さんと銀は、なんか妙に馴れ馴れしいっつか、銀のやつ俺に『波動を感じる……!』とか言って何かと行動を共にしたがるんだよなぁ。俺に気でもあんのかね」
そういやアイツ、アルカの恋路に対しても色々言ってたっけ。ラブの波動に敏感タイプか。だからこいつの……言動では悪ぶっているクセに一途、っていうのが刺さるのかね。
「『
「なんだ、この話の流れだと、"つまりおじさんぼっち?"って聞くものだと準備してたのに」
「なんつーかなー、場に秩序を持たせたいタイプ……エレンとかBB……もといリュディとかとは合わねえんだけど、その辺テキトーで良いタイプとはよろしくやれるんだわな」
委員長タイプが苦手ってことね。
リュディ・ミーリィも確かに殻を破るタイプではあるけど、常にしっかりしなさいとか言ってきそうではある。
「奥さんはテキトータイプだったの?」
「いや、秩序タイプだった。あいつが『業運』の諱を背負っていたのは、"できることを全てやって準備したとしても、天運の気分次第ではどうにもならないこともある"、というのが気に入らなくて、だったからな」
「……へえ。かっこいい人だったんだ」
「お、わかるか。そうさ、かっこいい奴だったよ。正直おじさんには見合わない奴だった。釣り合わない。ああ勿論俺が下な。……エレンの性格で、リュディみたいな特異体質で、志は『到達』って感じの人物像さ。超生真面目タイプ。生きるのが難しそうだろ?」
「うん、大変そう。だけど誠実そう。……そして、無理をしそう」
「まさにその通り。あいつが死んだのは、無理が祟って病にかかったから、なんて憐れな末路だった。天運をどうにかしようと研究を重ねた人生の最期が、運悪く病に罹る、なんてのは……ほとほとくだらねえ。運命というものが真に存在するのなら、悪趣味と下種の集合体みてぇなツラをしているんだろう」
病気はなぁ。どうしようもないからなぁ。
気を付けていたって罹るものは罹る。生体というのはその実非常に不安定で超精密なパーツで成り立っているから、簡単に壊れる。
自己修復機能がしっかりしているから大抵はなんとかなるけど、その自己修復機能を揺るがすような病だと、途端に抗えなくなる。
少し、思い出す。
俺も──。……いや、これはノア・ヘドクイストの思考じゃないな。
「話に出てきてないのは、あと『解体』かな」
「ん。……『解体』は、うーん。仲が良いか、っつぅと微妙だが、悪いわけでも無い。が、先代の『骸体』も当代……ローズの奴も、"医療に運を絡ませてはいけない"って信念があったから、あんまし関わってない、が事実だ」
「あーね。最後の最後で運任せ、とか。ヒーラー的には嫌だからね」
「そうなのか。やっぱり自分の力で全部治したいのか?」
「万事万物を、ってほどの傲りはないけど、目の前で死に瀕する命があれば、持てる力の全てを尽くしたいよ。そして……奥さんと同じで、最後の最後に天運の気分を伺わないといけない、っていうのは納得できないから、運をどうにかするんじゃなくて自分にできることを増やす、に辿り着いたかな、僕は」
「それであの戦闘力なら言う事ねえなぁ」
本当はこんなに何でもできる子供にするつもりは無かったんだけど。
思ったより……必要そうだから。
「んー、粗方見たが、めぼしいモンはねえなぁ」
「蚤の市らしいといえばらしいけど。どうする? 普通の市場も見ておく?」
「その前に、一つ言っておかなくちゃならねえことがある」
「なにさ、改まって」
ロペルを抜けきって……人通りの少なくなった道で。
「──オマエ、実はガキじゃねぇだろ。何者だ?」
「……」
危ない。ギリギリだった。
武陽リバー知恵者……探偵さ。みたいな名乗りをするところだった。
いやそうなんだよ。「──ですよね?」ってこっちに逸れる危険性も孕んでいるんだよ実は。ちなみに探偵やってる時ならこっちでもアリです。亜種「──ですよね?」と認めます。できれば主人公パーティがいてほしかったけど、記憶の中じゃあそりゃ無理だ。
「どんな説明なら納得してくれるのかな」
「たとえば、前世が魔王だった、とかか?」
「へえ、聞いてたの? 周囲に使い魔の類はいないと思ってたんだけどな」
「あァ、おじさんの魔法はちょいと特殊でな。本来聞こえない距離だろうと、完全に秘されていようと、偶然、たまたま、音がどこぞかに反射し続けて、本当に意図なく俺の耳に入る、ってなことも引き起こせる。生命活動に直接作用させるのは得意じゃねえが、こういう偶然ならお手の物さ」
……へえ。成程、それは計算外。
操れるのは機運だけじゃない……そういう天運にも作用させられるのか。あるいは奥さんを救えなかったことで研究範囲を広げたか?
「んで、それ嘘だろう。おじさんも嘘吐きだからな、わかる。コッチは直感だ」
「いやいや、本当だよ。ダグマイヤー・ロンクラッシュが僕の前世さ」
「じゃあ、いいよ。それはそうなのかもしれねえが、それは本質じゃねえ。ダグマイヤー・ロンクラッシュの時ですら前世があっただろう。オマエの根底はソッチだ」
「じゃあそこも、仮にそうだとして、何者、っていうのは? 魔王……本質は魔族だ、ってことを言い当てたいわけじゃないのなら、君は僕に何を見出しているのかな」
「神。事象。件の迷い家とかいうのもそうだが、そういう概念に類する何か。少なくとも人間じゃねえ。ヒトの思考をしていない。ノア・ヘドクイストっつーガキが考えるべきは何か、言動として振る舞うべきは何か、っつぅのを毎秒考えて捻出しているだけだ。あるいは人間としての経験値だけで言えば、一生という一回しか過ごせねえやつの云百万倍、云千万、数えきれないほどの倍数分の蓄積があるんだろうが……今を生きようとする熱が足りねえ。『業運』は今を生きようとする煮え滾る
道理で。こいつから時折感じていた『到達』っぽさ……重村鎖袋っぽさはそれか。
性格も趣味もまるで似ていないし、本人もソリが合わないと言っている割に、どこか似ている。
……今を生きようとする熱。生存のために編み出された魔法。
アルカの先代、師匠、ドブロガク・ゼンノーティが編み出した『最小限』。あれに嫉妬した時と同じだ。
俺は、それが出せない。だから演技が云々に関係なく……自身の生を必死で生きようとするやつには、それが露見する。
レイナ、3-CAのやつら。それに……別角度だけど、ヘンリーもかな。
困窮した時代、荒廃した運命においてそれでもと前を向き続ける者にとって、俺は酷く冷たく、体温の無いものに映るのだろう。
「参ったな。なんて返せばいいのかわからないや」
「俺から記憶を消去し、幻術から排出する、くらいはできるだろ。この幻術はオマエのもの。オマエが王なんだからよ」
「やらないよそんなこと」
「なんでだ。正体を隠しているんだ、その露見はリスクだろ」
「なんでも思い通りにできたら楽しくないでしょ」
結局そこだ。俺の原動力は。
やろうと思えばできる。できてしまう。
そも──全力というものは、限りのある知的生命体にしか備わらない。限りが無くなった時点で全力を出せなくなる。
ヒトガタを外れ、天体の生滅も宇宙の創世も可能である存在に、全力の熱なんて概念は存在しない。
だから縛る。努めてヒトガタでいようとする。人間に収まろうとする。初見を楽しみ、未知を楽しみ、成果を楽しむ。
「おめでとう。見抜いたのは君で三人目だ。国立ソノヴァキア魔導兵器研究所で働く彼女と、越竜学園の学園長に次いで、三人目。言い当てたことは褒められるべきことだよ。……で、どうするの? ダヴィド先生やマイズライト理事長にそれを告げて回る?」
「はぁ? しねぇよそんなつまらねぇことは。何が楽しいんだソレ」
「……じゃあなんで僕の正体に言及したのさ」
「『業運』が効かなかったからだ。あの魔竜退治の時も、ここに来てからも。あの家の蔵書物に対して、ロペルのガラクタに対しての『業運』はしっかり効果があった。偶然欲しくもなんともない品だけが俺の手に取る品になったし、たまたま読みたかった本があの書棚にあった。だが、オマエに作用させる全ての魔法が弾かれた。いや、弾かれたってより、対象にできなかった、が正しいな。初見の印象通り、次の瞬間には心臓発作で死んでもおかしくないほどの不運が絡みついているあたり、天体、あるいは世界ってスケールから呪われているのは確実だが、そのスケールじゃないとオマエを捉えられねえんだろう」
彼は、指をピン、と一本立てる。
そこに、背後から飛んできたナイフが跳ねて着地した。伸ばした指先に、持ち手を下にして直立するナイフ。
反対の手を柔らかく開けば、またもどこぞから飛んできた果実が一つ、すっぽりと収まる。
指先のナイフを弾いて上に飛ばし、回転するナイフに向けて果実を投げ……やがて落ちてきた果実からは皮が剥かれて無くなっていて、食べやすいサイズに切られていて、その内の一つにナイフが刺さっていた。
「俺とあいつで完成させた『業運』。まだまだ余地はあるが、万物に作用し得る魔法……【マギスケイオス】の名に相応しき魔法が、たかだか魔王が前世なだけのクソガキに無効にされてちゃ話にならねえ。だが、オマエが前世が魔王なだけのクソガキじゃねえってんなら話は別だ。天体や世界が全力で呪い殺そうとしても死なない相手なら、『業運』ですら手も足も出ないってのは納得がいく。それを確認したかっただけさ。言うなれば半ば願望なんだよ」
「……そう。ちなみにその理論でいくと、ヘンリーも怪物だったりしない?」
「いや、あのにーちゃんは違う。俺の『業運』を無意識下で観測した瞬間、全く同一の魔法を編んで対抗してるだけだ。幸運には同量の幸運を、不運には同量の不運を。決して世界の法則から逃れてのらりくらりとしてるってわけじゃねえ」
「僕もそんなことをしているつもりはないけどね。……できれば、この会話の内容は誰にも言わないでくれると嬉しいかな」
「あぁ、言わねえよ。心配なら誓約を結んだって良い。こいつは俺の納得の為だけの深入りだ。不快にさせたってんなら現実に帰った後なんか買ってやるよ。埋め合わせにな」
「さっき僕の事ガキって言ってたけど、君自身ガキと接するのに慣れてないでしょ、さては」
「そりゃそうだ。ガキをこさえる前に嫁が死んだんだから」
「ここで気まずくなっていたら、僕はまだそっち側にいられたのかもね」
「別に神だの化け物だのだって今の会話は気まずくなんだろ。これは単純にオマエのパーソナリティがひねくれてるってだけだ」
……良いな。
気に入った。この気分は……ヘンリーとのやり取りさえも越えて、久しぶりだ。
「実に運が良いね、お兄さん。友達になってよ」
「おう、『業運』のクイン・ジェック・カインだ。親友にはクインと呼ばせてる。オマエもそう呼べ、ガキ」
「よろしくね、クイン。……ちなみに他に親友っているの?」
「……誰にもバラすなよ。……リュディだよ」
「え! ……そっかそっか、実は秩序タイプが好きなんだもんね?」
「そうじゃねえしウザってぇ絡み方すんじゃねえ。……オマエのことは、まぁ、気が向いたらノアって呼んでやるよ。どうせ本名……本来の名前なんか無いだろ。霊質が名前ってわけでもねぇだろうし」
「ああうん、好きに呼んでくれていいよ。そして、その推測もその通り。幾つも名前はあるけど、本質を表す名前とは言い難い。"ガキ"か"畜生"が一番合ってるかな」
「おじさんは一応おじさんなんだよ。ガキを畜生呼ばわりした日にゃ、エレンの奴にぶっ殺されるっつぅの」
というわけで。
記憶の中のエリスフィアで、新しい友達ができました。