序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
ヨツハ・ラストピース。
人族のようには見える。そして……命が無いようにも見える。既に死者たるものが、『
その姓であるラストピースは、以前俺が挙げた最も好きな刻印の一つ。古代魔族語で「結末へ至る」。そして精霊語では「誰にも読まれぬ物語」を意味するそれを冠するとは、まさに、ということなのだろうか。
「聞いていた、とは? どういうことですの?」
「それをお話しする前に、恒例行事をしましょう」
「恒例行事?」
「ああ……あだ名決め、ですね?」
「ええ、そうよ。大人の『皇帝』はよく分かっているわね。まず、私が『魔女』。そして大人になった『皇帝』は、変わらず『皇帝』でいいかしら?」
「構いません。……そうですねぇ、私の独断と偏見で決めると……まず、彼女。豪華なアクセサリや衣服で着飾っている彼女は、『蔵番』。同じくアクセサリをつけていますが『蔵番』よりも趣味の悪いチョイスをしているこの男性が、『山賊』」
「オイちょっとコラてめェザイカ俺の事そんな風に思ってたのか」
「お似合いですわ。私は……まぁ、蔵番といえば蔵番ですし、良いでしょう」
ああ……成程。
なんで俺アンキアのことを『王様』ってあだ名で呼んでいるのか気になってたんだけど、ここが発祥なのか。つまり『探偵』と『庭師』も……なるほどなぁ。
「こちらの全体的に赤を基調とした女性は、『若人』でどうでしょう」
「いいえ、その子には『船長』っていう素晴らしいあだ名があるって聞いているわ」
「えっ、あ……まぁ、そうだね。私は……昔、『船長』って呼ばれてたかな」
アルカの目に一抹の期待が宿る。
……これは、情報源が俺……つまり『教授』なんじゃないかと考えた目だな。
けど多分違うと思うぞ。
「そして、あなたが『橋守』」
「そうだよ。僕が『橋守』だ」
「それ、どういう意味なの? あの時唐突に付けた感じだったけど。前々から打ち合わせとかしてなかったよね?」
「聞くべきはまず聞いていたという言葉の真意ですわ。そしてここがどこなのかについても」
「話が進まないから、出てきてくれないかな」
言えば──コツ、というステッキの音が鳴り響く。
恐らくここはそういう空間だ。会いたいと思った相手が目の前に現れ、会いたくないと思った相手とは一生会えない。
「──やあ、お久しぶり、という面子が多いように思うね」
「うおっ……『先見』か、てめェ。集会所以外で会うのはおかしな感覚だが」
「おや……オンドウさん。お久しぶりです……と言って、伝わるのでしょうか」
「勿論。君達がどういう経緯を辿ってここまで来たのかについては、君達がこの世界に現れた瞬間、『先に見て』おいたからね。さしもの私も単一個人の記憶の中、なんて場所で自我を取り戻すとは思ってもみなかったけれど、勝手がわかれば『先見』の魔法は働く。もう少し正確に言うと、今の私が自由に魔法を使えるように、そとの私が予め我が弟子……『観察者』に仕込んでいたものが発動した、と言う方が正しいかな。記憶体が記憶にない行動を取る唯一の方法がそれだからね」
仕込み。先に見て、仕込んでおく、という、ただそれだけのこと。
「お久しぶりですわね、『先見』。相変わらずの胡散臭さですわ」
「わー、話には聞いていたけど、会うのは初めてだね」
「ああ、初めまして。といっても私は幼い頃の君を知っているのだけどね。ドブロガクとは仲が良かったから。……なんて、積もる話もあるけれど、少し場所を変えようか。『魔女』、構わないかい?」
「ええ、勿論。お客様をおもてなしするには、やっぱりお城でないとね」
と、彼女がそう言った瞬間、眼前に巨大な城が現れる。
……この世界に対する強制力を有するか。霊魂のみの存在であればこそだな。城自体は元々あったのだろうけど。
「む。……『魔女』に、『探偵』。……そして、その大所帯ということは」
「ええ、その通り。予見されていた終わりの日。そして、残りの人生のはじまりの日よ」
「そうか。……自己紹介をしておこう。オレは『王様』と呼ばれている者だ。見ての通り魔族だが、人間への害意は存在しない。あまり邪険に扱ってくれるな」
「……あぁ、そういえば。"実際に経験したわけではないが、極めて特異な人族たちと三年ほどを共に過ごした記憶がある"と……エステルトから又聞きで聞いていましたけれど。ここのことだったんですのね」
「オレに縁のある者か? だが、すまない。聞かされているかはわからないが、今のオレは六十にも満たないガキだ。貴様らが未来から来たというのは聞いているが、そのあたりの記憶があるわけではない」
「大丈夫ですわ。元より私自身とあなたの関係性はそこまで濃いものではありませんでしたから。……私の弟が……未来で、あなたと親友になりますのよ。だから知っていたのですわ」
「なんと。弟は人族か?」
「いいえ、仮面の魔族ですわ」
「……貴様は人族に見える。……いや、そうか。……種族に囚われずに家族になる……そういうことも、できるのか」
俺に書き込まれている情報は非常に断片的だ。必要な情報はあるけど、たとえばこういう「この頃のアンキアは思春期くらいの少年だった」みたいなのは無い。情報として紫輝歴514年生まれだったとか、一応貴族である、とかは知っているけれど、こういうパーソナルな部分の情報は圧縮されがちだからな。
「積もる話はそこまでにしてほしいかな、『王様』。私達だって我慢をしているのだから、ね?」
「ああ、すまない。可能性に目を光らせてしまった。……予め先回りしておくと、『庭師』は竜退治に出ている。以上だ」
「ありがとう。……さて。『魔女』の言う"聞いていた"というのがそのままの意味であることは、君達に説明するまでもないね?」
「ええ……『先見』。現時点から、過去も未来も全てを見通すことのできる魔法。『観察者』には悪いですけれど、『先見』こそが歴代の第四位の中で、最も優れ、そして極めて異例であったと……『不死』も評していましたわ」
「悪いだなんてそんな。私こそ師の異質さは理解していますよ。……しかし、一つだけ気になるとすれば……あなたが私を弟子に取った理由、ですかね」
「──この仕込みをするために、君を私の弟子にしたのではないか、という懸念……かな?」
「はい。そうだとしても構いませんが、日々の会話まで打算だったのかと思うと、少しばかり悲しいので」
「それについては半分だけ正解だよ。結局のところ私も定命の存在だ。仕込みきれる数にも限度がある。だから、私を未来へ持っていってくれる存在が必要だったのは認めよう。それがたまたま君になっただけで、君がそういう運命を辿らなかったのならば、たとえば『船長』に仕込みを入れていたかもしれない。ドブロガクに許可を取った上で、ね」
「そこは私じゃないんだ……。【マギスケイオス】特有の倫理観の無さが出てるよ……」
言うほど特有だろうか。むしろこいつら倫理観ガチガチって印象だったが。
「君を弟子に取り、魔法を教えたこと。その会話の全てが打算であった、ということは決してないけれど、打算が欠片も含まれていなかったというと嘘になる。これで満足かな?」
「はい。……ただ、あなたは知らないやもしれませんが、師の第一声は"やぁ、君が未来の『観察者』だね?"でした。あの頃は『先見』で見ていたものと判断していましたが、もしやここでのあれこれを予見していたから、というのはあるのかもしれませんね」
フ、それについては知っている。『博士の博士』からの追記……「『先見』に対し、未来では『遠見』の魔法を使う『観察者』が云々という話をしてしまったけレド、なんとか誤魔化しておくよウニ」という記述があった。
丸投げわい!
「さて……それじゃあ、そろそろ、それこそ未来の話をしよう。どうして『魔女』と君達は出会わなければならなかったのか」
「結論から言ってくれるかな、『探偵』さん。君の話は少しばかり長いからね」
「堪え性のない若者だねぇ。……いいよ、結論から言おう。『魔女』。この存在は、時の円環における反対側に対応している。秘境と言えるほどに奥まった場所。魔法も何もかも上手く働かない場所にいる、この世界に詳しき案内人。本来『
時の円環の反対側。
……紫輝歴500年前後に生まれた人物が「理由もなく世界を救おうとする」の話のことか。涅月歴500年に「世界を救おうとするために」滅んだ時計の魔族に対応して。
対応する場所。つまり……涅月歴570年に、「奥まった秘境」から出てきた者、など。
「対応する者の名は、アダン。アダン・ゼンノーティ。探検家アダン……あるいは『ロストランド生態系図鑑』の著者、と言えば、ピンとくるかな」
「……ええ、知っていますわ。魔王国では……涅月歴770年の災厄さえも潜り抜けた伝説的著書。人族の国で紙が流通し始めるずっと前から存在した、世界最古の本」
「私がそれに対応する、って言われるのは、面映ゆいのだけれどね。……この三年間で、私が見聞きした『
……キアステンや俺よりも……『
この『魔女』と、『庭師』ニツァ=ハルティヤ。けれど『博士の博士』が全存在から記憶を奪ったことで、ニツァ=ハルティヤさえも『
そんなに大事だったのか。ここの内部情報。
……ペイトラン=アスクリプスが『調整体屋』を開いたのが涅月歴775年のこと。
ツェルニが越竜学園に来たのが紫輝歴773年で、ノアが778年。ここも対応だったりするのか?
なら……イリアちゃん関連の話は、もしやかなり重要なんじゃ。
「本来、その訪れは紫輝歴937年前後になるはずだった。対応する涅月歴の出来事通り、君達の時代から見て二百年後くらいにね。……けれど、『魔女』の記録が隠されたことと、災厄竜ユランに自我が芽生えたこと、そして災厄が無かったことになったことで、それは百五十年前倒しに発生する。紫輝歴787年。かつて『
「あと……七年後?」
「そう。
……。
正しい、のだろう。なんせ俺が見たあの虚無も。
それに、わかっていたことだ。俺が……大望のためにと見つけている、「主人公パーティ」、あるいは「主人公」という存在に、本当に共通点があった、なんてことは。
時折……アルジオたちのように身体的特徴にまでそれが出る場合もあったけど、成程、赭地の風格。……主人公属性をそう呼ぶのか。
緑月の性格も、成程な、ではある。確かにそれが
激しい嫉妬と嫌悪。それを持ちながら、あの位置にいるのは。……でも聞いた感じ、俺のせいも多大にあるっぽいなぁ、これ。
関わるか関わるまいか、とか考えてたけど……俺のせいで滅ぶ、というのなら、本腰入れる理由にはなるなぁ。……ユランに自我が云々は俺のせいではないと思いたいけど。
「私はこの事象、あるいは壁を、『
誰も言葉を発さない。呑まれている。まるで経験してきたことのように……まるで、見てきたことのように話す『探偵』に。
「形を変えながら歪に発光する二天体の残骸は、その衝突点……中心地にて、極高温・高圧環境を作り上げる。岩石の星である緑月と、魔力結晶体である涅月は、やがて、念願かなって親の性質でも獲得したのかな。そこに、ある魔晶石を作り上げたんだ。
それが、俺の見た虚無だろう。
紫輝はあったけど、元の軌道になく、大きなダメージを負っていた。混沌バーストによるダメージか、涅月が無くなったことで魔力のコントロールが上手く行かなくなった結果か、というのは判別しきれなかったけど……少なくとも、赭地も、涅月も、緑月も……完全に無くなっていた。
「……七年後。……かぁ。どういう魔法を組めばいいのかなー」
「有益な情報ですわね。帰ったらすぐにヘンリーと対策会議ですわ」
「あら……ふふ、すごいわ。……誰も、絶望しないのね」
もし。
もし……紫輝と赭地が、この消滅を察知していて……だからあまりにも理不尽な試練を課し続けた、というのなら。
あるいはここにいるのは、その成果物なのだろう。けれど、だ。
「良いじゃねェか。竜災よりもとびっきりの不運だ。崩し甲斐がある」
「ええ、【マギスケイオス】にとって困難は絶望ではありません。強いて言えば、課題、でしょうかね」
「……安心した。オレでも……何をすべきかと、途方に暮れていたが。未来の人族……否、人間は、逞しく生きているらしい」
まぁ言葉ではどうとでもなるけど。
実際に起きたら、だよなぁ。
人類滅亡……の方は、なぜそうも……紫輝が固執してそれを起こそうとしているのか、というのを考えたことがあったけれど。
このどうしようもない滅びの前に、せめて苦しむことなく滅んでおけ、的な話だったりする? あの不器用そうな奴なら在り得るんだよなぁ。
そして……【真のマギスケイオス】の話じゃないけど、そうなった場合に最高の魔法として機能しそうなのは、やっぱりエレオノーラの『財宝』だ。事象を魔力情報に、魔力情報を事象に変換・再変換できる魔法は、究極滅びもストックできるのだろう。
「──お気楽な魔導士連中とは違って、そこの子供は難しい顔してるじゃねーですか。こういう時こそそいつに話を聞くべきなのでは?」
声。精霊特有のガラス片の混じるような声だ。
振り返れば、そこに精霊の少女がいた。アンニュイな感じの、長い髪を三つ編みにした……でも服装はカジュアルな少女。エリスフィア基準のカジュアルというより、なんなら地球の現代カジュアルチックですらある。
「あら、『庭師』。お帰りなさい」
「ええ、ただいまです。……この空間じゃうちも形無しですけど、人族の中じゃ粒揃いなのはわかります。そんで、それらが木っ端に見えるくらい異常なのがそいつですけど。……霊質は普通だし、絡んでいる感情の線も特におかしさが無い。肉体も霊格も人族の子供のそれだってのに……底知れない恐怖がある。間違いなく場所や状況が違えば、世界を壊す側のヤツ」
「もう、『庭師』? ダメよ、初めましてなら礼儀正しくしなきゃ」
「止めねーでください『魔女』。つーかこのおかしな空間作ってるのもこいつでしょ多分。他人の記憶から過去の世界を幻術と暗示で再現する? 馬鹿言ってんじゃねーですよ。世界ってものにどんだけの法則が走ってると思ってんですか。単純に空間を区切る結界とはワケが違う。誰の主観においても現実と寸分違わぬ空間で、さらにそこに住まう存在がその人格通りの振る舞いをするとか、魔法ナメすぎでしょ。うち含めて、なんで"誰かの記憶のなかのうち"に、誰にも話していない記憶や思い出が存在するんですか」
「それが君の思い出である保証は無いけどね。そういう思い出を持ってそう、というところから作られたものかもしれない」
「だからそれがナメすぎだっつってんですよ。記憶も人格も、そう簡単な仕組みじゃねーんですよ。あるいはそれを簡単な仕組みだと言い張るんなら、あんたはうちらなんかよりはるかに進んだ知識を持っているってことになる」
「そう見えるかい?」
「見えねー。少なくともうちみたいな木っ端精霊じゃ、たとえ現実でもアンタを見透かすとか無理ですね。お手上げです。ま、そっちの人族たちは諸手を上げて喜ぶべきだし、感謝すべきですよ。人間の味方でいてくれてありがとう、って。それくらいの奴ですよ、こいつ」
おー。流石精霊。記録によれば、『
そしてノア・ヘドクイストの完成度もわかったね。精霊から見ても霊質が普通に見えるんならOKだ。根源的恐怖の方は知らん。どうしようもない。
「それについちゃおじさんも同意見だ。『蔵番』とか、『橋守』に厳しくあたりまくってたが、どうすんだよ、こいつが越竜をやめて竜と一緒に世界を滅ぼそう、みたいに方向転換したら。秒と保たずに終わるだろ世界」
「『山賊』、そっちに話を持っていかれると僕がやりづらくなるよそれ」
「……私は生徒の能力で生徒の扱いに差はつけませんわ。だから……厳しくしすぎていたことは謝りますけれど、生徒でいることを喜んだり感謝したりはしませんのよ」
「ああうん、そっちの方がありがたいからそれで。……で、話が逸れたけど。たとえばさ」
構築する。幻術の中の『
構築したのは──今、『先見』が述べた光景だ。
「うわ、さも当然のように幻術内幻術を……」
「仮に、一度目の衝突……『
夜空を赤茶色に染める不気味な星雲。その距離のそれがあるというおかしさもさることながら、雲、あるいは煙と表現すべきそれは光を発しながら形を変え、そしてその中心部にとんでもないエネルギーを凝縮させていく。
丁度いい、と、それをどうにかする魔法を組み始めた【マギスケイオス】たちだったけど、時が経つにつれ……呆けたように空を見上げる回数が増える。
「……無理だな。現時点で」
零したのは『王様』だ。
「精霊王でも無理ですね、あれは」
「……恐ろしい力を感じるわ」
加速度的。指数関数的。無限階級的に増幅・凝縮されていく魔力。
ユラン一体分の魔力量など優に超えるし、涅月の総魔力量さえも超える。
「誇張はないよ。──さて、希望を見出した【マギスケイオス】は、これをどうやって乗り越えるって言うんだい。あるいは理事長……『蔵番』の魔法であれを収集してみせるのかな」
「……無理ですわ。私の『財宝』には幾つかの条件がありますの。……あれは、そのどれにも収まらない」
「この規模の……魔力を扱える人を、私は……知らない、かな。……『教授』でも多分無理だよ」
「すげぇな。俺の操り得るどの幸運を以てしても、アレは……無理だ。ははっ、研究し甲斐があるが……七年は、厳しいか?」
意識を切り替えるために指を鳴らし、幻術を消す。
空には真っ白な紫輝があがり、他は暗い……元の『
「この件に関しては、あまり希望観測的な言葉を吐くべきじゃないかな。本気で焦るべき課題だし、本気で取り組むべき問題だよ」
「君は、私から概要を聞いた段階で全てを計算しきって一人絶望していた、ということかな? それにしては絶望の感情が伝わってこないけれど」
「ああそれ、学園長にも言われたな。感情が伝わってこない、って。もし今の言葉を吐いて僕自身は楽観している、とかなら流石に情緒不安定がすぎるよ。ちゃんと絶望してる。けど……それと同じくらい、考えている」
「『橋守』の君は、何を考えるのかな」
「……そういえば、その話題を聞きそびれましたわね。あなたはなぜ『橋守』を名乗ったのか」
「普通に、僕が『橋守』だからだよ。それ以上でもそれ以下でもない。少なくとも今考えるべきことじゃない」
あるいは奈河の。
「……そういう……秘密主義な部分があるから疑われるのですわ」
「そうだね。改善のために善処はするよ。──さて、『先見』のオンドウ。君が見た未来は確定したものではないね。無論、未来に確定という言葉は存在しないんだけど、僕が聞きたいのは円環に刻まれた現象ではないよね、ということだ」
「無論だよ、『橋守』クン。円環に刻まれているのは"紫輝、赭地、涅月、緑月、混沌の力が一堂に会し、全てが消えてなくなる"という部分だけ。千年前……涅月歴のそれですらペイトラン=アスクリプスという精霊が"すべて消えてなくなる"ことを防いでいる。なればこちらも防ぐ、あるいは未然に解消することができるやもしれない」
そうだ。結局テロは起きなかったのだから。
……考えるべきは緑月だな。今これに手を出す、ということは、果たしてできるのか。
境界面に存在する緑月。手を出すこと自体はできる。別にどこにいようが……二次元平面や一次元点上に存在しようが俺は干渉できる。が、必ず円環がなぞられるのならば、原因を緑月に固定していた方が楽だ。他の何かになられるよりは。
つまりタイミングだな。ザイラ=マルスクリアスに該当する存在が現れた後すぐに解消すればいいってことだろ。別にザイラちゃんは緑月への対応はない……いや、
だとすると……エコーがナタリーと共に……紫輝の規格と赭地の風格を持つ者と接触すること自体がトリガー?
その場合そこで防ぐのは難しいな。だが、紫輝歴787年の緋の月25日……誰の作為かノア・ヘドクイストの誕生日の夜というのが知らされているのなら、その日一日だけ周辺宙域を掌握しておく、とかでも防げそうだが。
それとも……これさえも俺は関わるな、みたいな話になってたりする?
「っと、忘れるところだった。それで……この破局を前に、君の知識が役に立つ、ということだよね、『魔女』」
「ええ、私に自覚は無いけれど」
そうだ。そのために会いに来た……来させられたんだ。
「『探偵』曰く、外の私は劫白の国の手前で、ゴーストに道案内をする、ということをやっているそうなの。リュミという人を泣いている子のもとへ案内した実績があるらしいわ。そしてそれをしていなければ、人類滅亡に至っていた、とか?」
……エコーの気を鎮めたリュミの、その道案内を。
確かに……リュミが俺を天の至泉へ導かなければ起きていたことが幾つもある。そのリュミがエコーのことを知るきっかけが、『魔女』を外に出した理由。エコーが怨念に飲み込まれなかった理由でもある。
「君達は隠してくれたし、『王様』も努めて知らないふりをしてくれたけれど、円滑な話し合いのために言おう。『王様』は人魔戦争を引き起こした本人だ。そして彼に、この地で得た人族への敬意が無ければ、人魔戦争は五十年にまで及び、人族も魔族も互いに疲弊して共倒れをしていた」
「……確かに。彼に……その中道の心が無ければ、あの戦争は……それくらいにはなっていたかもしれませんわ」
「己の成果を誇示するようであまりしたくはないのだけどね。この『
「察するに、『王様』ルートが、人魔戦争による相打ち、共倒れ。『庭師』ルートが『
「素晴らしい! その通りだよ。私が『先見』によって視た人類滅亡のルートはその四つだった。私の人生とは、凡そ八割がそれをどうにかするためにあったといって過言ではない。そして残りの二割で宇宙滅亡を見た。まぁ、絶望したよ」
だとすれば、やはり紛れもなく善性の【マギスケイオス】だ。救世主も良いところすぎる。
それ以外にも……トラッドの時だったり災厄地だったりで、要所要所に仕込みを入れているというのなら。
定命の存在で、あっぱれと。そう言うほかないな。
「宇宙滅亡のシナリオは、幾つあるのかな」
「三つ。ただしこの三つは起きることまでしか『先見』できなかった。起きたことの後はわからない。……一つ目のルートは、
成程。……一つ目は俺がやるかやるまいか迷っていたことで、二つ目はヘンリーが考えついていそうなこと。
しかし……「何者かが紫輝を挿げ替えたことで」は無いのか。つまりそれをやっても滅びはしないと。
「なんとも脆い世界なんだね、この世界は」
「ははは、まったくだ。けれどここに逆転の一手がある。『魔女』、君はそれを知っているね」
「昨日言われたことの話よね?」
「そうだよ。彼らに告げてあげるといい」
彼女が口を開く。そこから紡がれたのは。
「その……外の世界でできる保証はないけれど、少なくともこの世界でなら……私は、魔力から竜を生み出すことができるわ。手懐けることは、できてないんだけど」
「……あ、そっか! 征封心の逆の魔法陣を組めばいいんだ! ……そのためには『財宝』の仕組みも欲しいかもだけど」
俺が口に出す前に、アルカが辿り着いた。
そうだ。自然に溶け込んでいた魔力からエルフを抽出できたように。赭地の魔力が渦巻いて竜が形成されるように。
莫大な魔力を、竜というカタチに直してしまえばいい。変換式には最上のスピードが求められるし、生成した最強クラスの竜をどうするか、という問題は出てくるけれど。
ただ、俺だって魔力を凝縮させて……赭地の魔力の動きを模倣して竜を生み出そうとしたことがあったってのに、それはできなかった。それを……この少女が行えるというのか。あるいは、俺だからできないのか? 俺が魔族になれないのと同じで。
残念ながら征封心の逆転の魔法を組んだって竜を作るには至らない。けど、外でもできるというのなら……試す価値はある。
ある……が。
「どうやって彼女を外へ連れていくつもりかな」
「君の中に住まわせればいい。君自身に適性があるかどうかはわからないけれど」
「死者を僕の内にとどめて、外で魔法を使わせろ、って? ──嫌だね」
エレオノーラとアルカは「あっ」という顔をしている。
俺がそういうのを嫌うって知ってるからな。
「……おや。予想だにしなかったな。こんなところに……弊害があったとは」
「君は記憶体だけど、死者だ。死者はその時点でそこから先の情報を取り入れるべきじゃない。余程の奇跡でも起きない限りはね」
「……ああ。だから君は、『橋守』なのか」
そうだ。だから──。
「あ、じゃあ私の中に住まわせてください。元より私が求めた記憶で、この世界もまた私の記憶の世界ですから。『橋守』、私が私の記憶を保持し、私が私の記憶から『魔女』の振る舞いをするコンストラクトを作り上げることに、何か異論はありますか?」
……。
……ああ……そういうことか。
じゃあ、もう、こう言うしかない。
「無いけど──僕はもう、協力しなくなるよ」
「はい、問題ありません」
俺が手を出しちゃいけない、じゃない。
俺が俺であろうとする限り、この問題からは手を引かなければならなくなる。
……誰が描いたシナリオかは知らないが、これは。
「……『橋守』。オレもどちらかといえば、死者は死者として眠らせておけ、と思う派閥にいる。だが、これは必要なことなのだろう」
「そんなことが必要になる人類なんて滅んでしまえ、とは思うけれどね。……この記憶幻術を出た後から、僕はそっちの話題に触れない。今まで通り越竜学園の生徒だしヘンリーの話し相手はするけれど、宇宙滅亡に関しては君達だけで乗り越えるんだ。『魔女』を連れていくのなら、ね」
「随分と自分を高く評価していますのね、『橋守』。先程の圧倒的な力を前にして、あなた一人の有無が何を変えると言いますの?」
「いやぁ……? 単純にさっきの幻術を七年間参考にできるってだけでも大きく違うだろ。夢妄の魔族じゃこれを完璧に再現できるとは限らねえわけで。それ以外にも『橋守』がいるのといないのとでは雲泥の差みてぇな事象が山ほどありそうだが」
「ってことは、『山賊』は『魔女』を外に連れ出さない派ってこと? 『魔女』の言う魔力の竜変換式を自分たちだけで導きだす?」
「まぁ、『橋守』を失うよりかはそっちの方が良いように思うぜ、おじさんは」
クインは……俺の正体を加味しての食い下がりだろうな。
エレオノーラは微妙な顔をしている。ドレン君にこれを見せたら、とか考えているのかな。
「さて。それじゃあ、このもう一つの物語を進める時間だよ。どちらにせよ決定権は弟子……『皇帝』にある。彼がやると言うのならやって、『
「あ、待ってください。どうせですから、あなたたち全員持っていきますよ」
「……なに?」
「師も亡くなってしまいましたし、『王様』さんも……私の知る人と相違なければ亡くなっています。『庭師』さんはお会いしたことがないのでわかりませんが、『
「それは……とっても嬉しいけれど……でも」
「大丈夫ですよ。私は『観察者』。自我を究極に薄め、世界を観測し、保有することに適した魔導士です。『魔女』さん。あなたが今懸念しているような、記憶と人格による私の塗り潰し、なんてことは起きません」
……。
……残念だよ、『皇帝』。お前は……根本から、そうなんだな。
クインも何かを察したらしい。それ以上を反論しなくなった。
「好意は嬉しいが──断る。オレが死んでいるというのなら、なおさらに」
「少々欲張りに育ちすぎたようだね」
「死んでもお断りです。別に『魔女』とお別れしたいってわけじゃねーですけど、閉じ込められる場所が『
「ええ、そう。そうね。……『皇帝』、お話はありがたいのだけど……みんなを連れていくことは、できないわ」
「そうですか。……ふむ。妙案だと思ったのですがね。まぁ『魔女』さんが良いなら良いにしましょうか。どんどん表情が消えていっている『橋守』くんも怖いと言えば怖いですし」
お前とは……相容れない。
本当に、残念だ。
「……話はまとまったかな。じゃ、壊すよ、この世界」
「ええ。師よ、『魔女』を私に」
「……師としては……些か不安になる結末だけれど。上手くやってくれることを願うよ」
内側から穴をあける。……いや、開けようとした瞬間だった。
穴が開く。外側から……穿つように。
そしてそこから伸びてくるのは、無数の魔力線。
「え、これ、魔力マニピュレータ!? ってことは、あの穴をあけたのってもしかして……!」
それらが掴むは、アルカ、エレオノーラ、クイン、『皇帝』。『魔女』は今しがた『皇帝』の中に移植された。
魔力マニピュレータは──俺には、伸びてこない。
そのまま……事態に気付いたアルカとクインが焦った顔をするけれど、間に合うことなく……現代の【マギスケイオス】たちは『
満ちるのは静寂。消えていないのは『王様』、『庭師』、『探偵』。そして俺。
「……なにかな、それ。どういう嫌がらせ?」
「キミは出すべきじゃないト判断しただけダヨ。他のメンバーには外に出てもらッテ、キミが出るまでのアイダ、少しばかり混乱の極致に遭ってもラウ。ボクたち……というか、メッテたちを謀った代償ニネ」
おかしなしゃくりの声。
自身の骨を通して聞かないその声は、まぁ、新鮮だ。
「ヤァ、ハジメマシテが多いネ。尤も、ハジメマシテではなかったのやもしれないケド。ボクは『博士』、あるいは『博士の博士』と呼ばれている人間ダヨ」
「ほう、貴様がか」
「……なんですか。もう終わりって聞いてたんですけど」
「嬉しいね。……私の『先見』を超えてきたか、『博士の博士』」
別に、初めてではない。自分と話す、など。
けれど……最新を見て生きることを諦めなかった過去は初めてだし、況してやそれが対話を望んでくる状況は類を見ない。
少し……わくわくしている自分が、いる。
俺の過去。過去の俺。残響。そして……今やもう、別の誰か。
お前は、俺に何を言いたくて、この場を作り上げたんだ。
「お話をネ。しようじゃあナイカ」
世界の存亡に関する、ちょっとした雑談ヲネ、なんて。
彼は、そう茶目っ気たっぷりに言い放った。