序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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129.残された油は心許なく

 結界から排出されることがわかった瞬間、クインはある魔法を使った。それとほぼ同時、アルカもまた魔法を構築した。

 結果は同じだ。クインは「運悪く」結界から出ることができなかった、という運勢を掴み取ろうとしたし、アルカは今いる場所はまだ結界内である、ということにしようとして──二人専用の例外処理を食らい、通常通り吐き出される。

 

「っ、想定されて──」

「この精度、やっぱり『教授』……でも、ちょっと違う……?」

 

 既に『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の外殻は見えなくなっている。どれだけ探査を走らせても、影も形も掴めない。

 子供だけを呑み込む異界。であるのならば、ここにいる面々は皆大人だった。

 

「オイ」

「あァ!? なんだ、後にしろ! 今は緊急事態なんだよ!!」

「へえ──そいつは、軍隊一個を前にして言える言葉か?」

 

 声に、クインが振り返れば。

 

 そこには、臨戦態勢のエリスフィア帝国軍の姿が。

 

「──ああ、そうだよ。てめぇらなんざ相手にしている暇はねえ。仲間が一人取り残されてる状況で、我が身可愛さに行動を止められるんなら俺は【マギスケイオス】になってねえ」

 

 臆することなく。悪びれることもなく。

 まっすぐに言い放つクインのその様子に……声をかけてきた者、メッテは、ガジガジと後頭部を掻いた。

 

「そうか、野暮なことを聞いたな。……だが、どっちみちこっちからはどうもできねえよ。『博士』が本気で閉じこもったってんなら、あんたらがどんだけ凄い魔法使いでも無理だ」

「……やっぱり、『博士』って人なんだね。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』をこじ開けて、ノア君だけを取り残したのは」

「そうだ。やりてぇことがあるんだとよ。それは害のあるものじゃねえから、とりあえず安心しろ」

「何の保証がある。俺達に無断でこういうことやるやつだ、という情報しかねえぞ、こっちは」

「十年以上『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中で子供を救助し続けるような奴だ。その善性をこれ以上問う理由があるか?」

 

 対立は──。

 

「引き下がってください、『山賊』……いえ、ジェックさん。それに、『博士の博士』……もとい『博士』は迷い家現象の出身者です。技術力など推して知るべしでしょう」

「……チ。腰抜けが」

 

 ケッと悪態を吐いて、そのままそこを離れようとするクイン。

 

「お待ちなさい。どこへ行くつもりですの?」

「調べる。色々とな。……この世界が維持されているってことは……。……ア? 待て……これは、何の話だ?」

「アナタの言動が不審なのはいつものことですけれど、世界の維持とは? いったい何の話をしていますの?」

「だから、どっちも話を聞け。その症状は典型的な『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』のソレだ。仲間がどうのって言ってたあたり、連れのガキが飲み込まれてんだろ。多分『博士』はそいつを助けるために結界に入ったとかそんなんだろうから、あんま敵視すんな」

 

 記憶が巻き取られていく。「整合」されていく。

 この異常な状況下で、納得できる形に認識がすり替えられていく。

 

「落ち着いたかよ、未来人共」

「未来人……。……そうだ、ったか? ザイカの……記憶を埋めるために、俺達は……過去へ、来た……んだったか?」

「どうやって時間遡行したのかが思い出せないから、その子供の力なのかな。【マギスケイオス】で時間遡行できるのっておじーちゃんと結糸くらいだよね?」

「できたとしても他人をどうこうするのには大きな労力が必要だったはずですわ。……ふむ、噂には聞いていましたが……『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』。本当に何も思い出せませんわね」

「『観察者』としては悔しい限りですね。……そして、私が『皇帝』を……子供の頃の自分自身を騙っていた、という事実は、メッテさんたちにも理解されているようで」

「あァ、もう割れてる。……けど、特にどうこうするって気はねえよ。……『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』はコアを失った。まだ存在はあるみてぇだが、直に崩れるってのが『博士』とヘンリックの見解だ。仲間のガキとやらは『博士』が保護しているだろうから、少しばかり待ちの時間ってもんを過ごしてくれ」

 

 そうなのであれば、【マギスケイオス】たちも頷くほか無い。

 

 ──こうして、過去のエリスフィア帝国三日目へと突入するのである。

 

***

 

 枯れ枝のような指がピンと立てられる。

 

「マズ。立ち話もなんだカラ、椅子とテーブルが欲しいカナ」

「それは、ほら。君達が存在を疑わなければ、既に用意されているよ」

 

 オンドウがそう言った途端、椅子とテーブルが出現する。俺たちは既に座っていたことになっている。

 ……成程。会いたいと思えば会えることの応用か。

 

「これハ便利ダネ。……サテ、話を円滑に進めるたメノ秘策を一つ講じヨウ。『橋守』クン」

「……なにかな」

「この空間ハ如何なるコトがあってモ外へは出ナイ。『皇帝』の記憶にさえ刻まれない秘密裡の事象ダ。その点を充分考慮シテ、彼らにキミの記憶を上書きしてほシイ」

「はぁ? なに勝手なこと言ってんですか。断固お断りです」

「キミトハ……そもそもそこまで縁深くなさそうダシ、いいかな感はアルネ」

 

 ……。

 過去の亡霊に、未来の記憶を植え付ける。

 つまり……ある程度事情を理解したこいつらと話がしたい、ってことか?

 

 ……『書庫』の人物録を暗示幻術にフォーマットし、それをヘンリーのアウトプット魔法で取り出し、スフィア状のそれを『王様』と『探偵』の前に置く。実際、『庭師』の情報はほぼ更新されてないしな。

 

「開封するかどうかは君達次第だよ。強制上書きなんてしない」

「ふむ。……元よりこの身は影法師。良いだろう、開けてやる」

「私はある程度の未来の情報は手に入れているつもりだけど、こんなに更新分があるのか。意外だね」

 

 なんて言ってそれを開封した二人は、がうんっ、と弾かれたように仰け反って……そして。

 

「な……んというか、面映ゆいし……気恥ずかしい、が……暖かい……な。そうか。オレが……ゲーゼと」

「ああ、へえ、成程。災厄地に……『悪意ある大賢者(オブスキュラ)』。……面白い話だね」

「えぇ……なんか『王様』に至っては声の落ち着きまで変わってますし。どんだけ濃い情報を詰め込まれたんですか」

「む……ふむ。魔王として……人魔戦争を引き起こした記憶……V・D連邦でテロと遭遇した記憶。ある人族と……冒険者パーティを組んで、それなりの年数共にいた記憶。名を受け取り、尊敬に値する者を看取り、そして……最愛の人と結ばれ、歩み、死した記憶」

「うわぁ。それが今の一瞬で? こーわ。自分のアイデンティティ全部崩壊しそうですけど」

「衝撃はあったが、オレの記憶だと断言できる。……『橋守』。お前は……他者の人生、いや、過去という時間を丸ごと保存しているのだな。それは……平等な視点であると同時、……人の視座ではないと、そう告げておく」

「ハハハ、なんでもできるよウニなると、誰しもそうなるんダヨ。ボクは彼を反面教師にすると決めたゾウ」

「いや君がやれって言ったんじゃん」

 

 で? この状態にして、何がしたいんだ。

 

「さて、ジャア、役者は揃ったということデ。──マズはっきりと言っておコウ。このママいけバ、現実の時間軸の七年後、人類は潰滅すルヨ」

「聞いてたの?」

「アア、この空間の情報を取得した時ニネ。その上デ、この記憶世界の外側ヲ『皇帝』の存在を媒介に観察シ、現状を把握してみたンダ。──ノア・ヘドクイスト。キミが出している結論と全く同ジ。人類は様々に手を尽クシ、方々と協力シ、その時代におケル最高の力を発揮シ──粉々に砕かレル」

 

 ……ま、そうだろうな。

 無理だ。たとえ【マギスケイオス】が百人いようが、『魔女』の竜変換がどれだけ広く多くに普及しようが、最終エネルギー量はそんな話を小指でぶっ飛ばせるほどにデカイ。

 多分だけど……ここを出て、それをヘンリーに相談したところで……彼も匙を投げる。彼は天才だから、わかる。

 今まで人類が培ってきたすべてを結集しても、あと七年ではどうしようもない、ということに。

 

 否──だから、こういう発想になるはずだ。

 

「スベテのテンサイ、あるいは智者識者学者は、こういう結論を出すだロウ。──この星から、出ていくしかナイ、と」

 

 そうだ。

 宇宙船を構築し、限られた人間だけを連れ出す、という方が、まだ現実的だ。

 

「ケレド、恐らく紫輝と赭地ハ、ソレを許さなイ。──どうシテ緑月にも涅月にも生物が住み得ないノカ。あれほど切望しているのなら与えてやればいいノニ。……それハ、この星から生物を出さないよウニするタメ……ではなク、ボクたち人類が、赭地の外では生きられないカラ、だろウネ」

 

 それも正しいだろう。

 恐らくこの星の生物は、この星以外で生きる設計になっていない。

 魔力素が生物を構成する粒子に深く入り込んでいる。宇宙を飛ぶ混沌よりは薄く、そして調整された魔力素。

 ロストランドは好例だろう。魔力のある地上にはガラパゴス化した魔物の生態系が築かれていたけれど、地裂の底には僅かな苔類と菌糸類しか繁殖し得なかった。天敵の少なさを考えれば、鼠だの虫だのの魔物がもう少しいてもいいだろうに。

 それでいながら『魔力の受け皿(ソーサリーソーサー)』の付近には、あれほどの危険地帯でありながら、水場には魚類が、洞窟内には虫や蛇などの魔物が住み着いていた。

 

 無理なのだ。この星の生物は既に魔力の無い空間では……魔力流の存在しない空間では生きられないし、濃度の高すぎる魔力の中でも生きてはいけない。

 どうにかして宇宙船に赭地・紫輝・涅月間の魔力流を再現できれば話は違うかもだけど、それはもう赭地を削って宇宙船を作る勢いだ。

 七年では厳しい。いや、竜災のある現状ではどうしようもない。

 

 ──ま……てよ?

 紫輝が……『災厄の行使権利』を奪ったのは、そっちの択が無理だということをわからせるためか? ……それでいながら、諸悪の根源になろうとした……と?

 

「最悪の場合──紫輝を殺シテ、竜災を消シテ、人類は外へと踏み出シ……ソシテ、紫輝の魔力圏内から出た瞬間、死滅していく人類を見テ、その時の指導者ハ、母なる赭地を見て嘆くカ、大いなる紫輝に憎悪を向けルカ、最後まで奮闘しようとシタ涅月に畏敬の念を抱くカ」

「"最悪の場合"を想定するんだ、『博士の博士』。貴様は"理想の場合"も想定できているな?」

「フフ、キミはポジティブだネ。……そうダネ、"理想の場合"と"最高効率"が想定できてイル」

「……最高効率は、『橋守』クンの協力を得ること、だったんじゃないかな?」

「正解ダヨ『探偵』クン。彼はボクより賢いみたいだシ、できることも多いみたいだカラネ。『皇帝』や『蔵番』がどこまでを理解していたのカ、というのハわからないケド、自ら『橋守』の手を振りほどいたという情報を取得した時ハ耳を疑っタヨ」

「別に結界内の情報の取得は耳で聞いてるわけじゃねーと思いますけど。……ま、同意見ですね。どう考えてもそいつは必要なツールです。ぶっちゃけ『魔女』の有用さは刹那的なもの。長期的、恒久的に考えたらそいつを有効活用しない手なんて無いのに……なぜか『魔女』を重視した。理解できねーです」

 

 随分買ってくれているらしい。『博士』はわかっているからだとしても、『庭師』からもそういう評価を受けるのか。

 ……脅威だからこそ、ってこと?

 

「ああ……僕をこっちの世界に閉じ込めたのは、もう一度考えさせるため、だったりする?」

「ワオ、見抜くカ。流石だネ」

「成程。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は取り込んだ子供に関する記憶を大人達から消す。本当に『橋守』がいない場合を……手段にさえ考えることができない、という状況を構築するにはうってつけだ。察するに、外の記憶空間は数日で解けた風になって、元の時代のエリスフィア帝国……を、模した幻術に切り替わる。そんな感じかな?」

「ソウダヨ。あ、でもボク未来のエリスフィア帝国を知らないカラ、『橋守』、キミがやってくれるカナ」

「また丸投げ? 君、前もだったからね。それ悪癖になってるよ」

「ハハハ、気を付けヨウ」

「……? 初対面だったんじゃねーんですか?」

「色々あるんだよこっちにも」

 

 そういう……故意に俺を求めさせる、みたいなの。あんまり好ましくないんだけど。たとえ心改めたとしても、俺はもう手を貸すつもりは無いわけだし。……焦らせる、という点では有効か、一応。

 っていうかこの幻術だとちょっと容量が足りないから、ナタリーに意思を投げてヘンリーに接続してもらうかなー。ヘンリーが事情を理解すれば、記憶の中のヘンリーのディティールも上がるし。

 

 その辺の仕込みをして、と。

 

「じゃ、コッチの話の続きダ。まず……『庭師』」

「へ。あ、うちですか。はい。なんですか?」

「『探偵』が述べていたよウニ、キミは人類滅亡の一手を担う可能性のあった存在ダ。その視座から言って、世界を呑み込み、内外を逆転させた『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』ハ、さっきの破滅に対し、シェルターとしての機能を発揮できそうカナ?」

「え、無理でしょうフツーに。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は確かに流動的な結界ですけど、外殻はちゃんと存在するわけで。地形情報なんかは外部情報を取得して底上げしてますし、外部が無くなった状態じゃどーしようもありませんよ」

 

 既に『庭師』が『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の黒幕である、というのは前提事項になっている。

 そして……成程、災厄を乗り越えたヘンリーの魔道具を、本物の『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』でやろう、という話か。

 ……けど、うん、無理だろうな。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』が迷い家の性質を有しているのなら、やはりいつかは卒業せねばならない場所だ。永遠にはいることができない。だから、【マギスケイオス】の集会場やエチェロエグズル教戒院などに逃げても同じ。外殻の存在がある以上は厳しい。

 

「ならば、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』で涅月と緑月を覆い隠す、というのはどうだ」

「どうだ、って……。……うーん。多少の時間稼ぎにはなるかもしれねーですけど、うちのこの埒外の力は『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の血が由来なわけで。当然涅月の魔力の前にはやられちまうわけですよ。『復古共滅(バウンスクラッシュ)』が涅月と緑月の衝突によるものであるのならば、内側から弾けたって何もおかしくないですね」

「そうか。……そうか」

「ま、そう落ち込む必要はないだろう。それこそ『博士の博士』クンは、もう一つのケース……"理想の場合"も想定できているのだからね」

「アア、そっちは単純ニ、事前に緑月をどうにかしてしまオウ、という話ダヨ。……ケレド、未然に防ぐ、ができているのナラ、そもそも『先見』の魔法はそれを滅亡には数えナイ。だから"理想"でしかないわケダ」

「……私の魔法についてよく知っているようでなにより。そして……困ったね、それは」

 

 本当にな。

 どうするかね。いや、俺はもう関わらんのだけど。

 

「実際のところ、アンタが本気でどうにかしようと思ったら、どうにかなる話なんですか?」

「ん、……まぁ、どうにかなるよ。境界面にいる緑月を殺すでも、『復古共滅(バウンスクラッシュ)』による衝撃を完全に防ぐシールドを構築するでも、混沌そのものだけじゃなくこの世界そのものを作り直すでも、いくらでも手段はある」

「はぁ? ……ん、え、いやぶっ飛んだ存在だとは思ってましたけど……もしかして想像の何万倍もマズいやつの手を振りほどいた可能性ありますねこれ」

「そういう意味でも『橋守』なんだろうね、君は。彼岸と此岸、人間と怪物の間に流れる川。そこに架かる橋を守る番人」

「だからコソ、彼の手を振り払うというノハ、自分たちだけで成長できルト宣言することに他ならナイ。紫輝と赭地はそうしてほしいみたいだケド、今ここにいる『人族最高の智者』、『高位精霊』、『魔族の王』から見テ……今の人類は"子供時代"を終えていると言えるだろウカ?」

 

 問いに。

 

「答えは否だよ、『博士の博士』クン」

「残念ながら……まだ、だろうな」

「人類滅亡シナリオとやらに『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』が世界を呑み込む、なんてのがある時点でまだでしょう」

 

 そうして……胡乱な目をこちらに向けてくる『博士』。

 

「キミはもう、手伝わないつもりダネ。完全に袂を分かった。この先で世界が滅亡しよウト、縁の深い存在が命を乞うてこよウト、もう手は出さナイ。そう決めてイル」

「まぁ、そうだよ。死者の助けが無いと先に進めない人類なんて、終わった方がまだ建設的だ。その主義主張を変えるつもりはない」

「──ナラ、死者じゃなかっタラ──どうカナ」

 

 ……なに?

 何を言っている。お前だって……俺と同じ主張のはずだが。

 

「キミを閉じ込めて、キミの重要性をわからセル。そんなことのためだけに行動を起こすやつじゃあナイヨ、ボクは。──今から言うコトを、周囲の一切の被害を考えないで良いトキに、キミにぶつけてみたかったンダ」

「……言ってみなよ」

「ボクは、この世界の時間構造を逆手に取リ、時間という概念を失くそうと考えてイル」

 

 ──それは。

 

「この世界が始まって以来の全存在を──痕跡ではなくし、今を生きる存在として確立させようと、そういうことを言っているのかな」

「そウダ。この世界における時間移動とは地点移動にすぎナイ。平面の世界であるというのナラ、"過去も未来もすべて現在"という暴論が成り立ツ」

 

 確かに、決戦のために波を集結させていた。

 ビーコンの話もある。何かを察している造物たちもいる。

 それでも──過去をあれだけ鮮烈に生きた者達のその軌跡を、たかだか滅亡打破のためだけに、潰す、と。

 

 本気で言っているのか。

 

「ハハハ。やっぱりネ。……今のボクには、子供達への愛情がアル。指導者だカラ。でも今のキミにはそれがナイ。──サァ、勝負と行こうか、未来(賢者)ヨ。愛こそが最も強き力だと知る者ヨ。──愛無きキミを、力で捻じ伏せ、屈服して納得さセル。わかっていたことだロウ? ボクとキミが顔を合わせたら、これが起きる、だなンテことはサ」

 

 消滅させる。

 

「おっと、ご挨拶ダネ。けど、幻術空間であることを理由とした横暴はもう使えないヨ。言ったダロ、この『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』を取得したッテ。もうこの世界はキミの支配下にないんダヨ」

「おやおや、いきなり始まってしまったね。これは……ふむ。ま、私達は遠巻きに眺めていようか。破滅に対する策でも構築しながら、ね」

「う、うわぁ。ほんとにうちらを埃でも吹くくらいの気軽さでどうにかできる化け物だったみたいですね……。こーわ、関わらないようにします」

「超常の人族同士の戦い、か。心情的には『橋守』についてやりたいが……その行動は雑音になる。控えるとしよう」

「エ! アレレ! そこはボクについてくれるンジャ!?」

「基本的にオレは『橋守』側の考えだ。死者の眠りを妨げるべきではない。そして、頼ることができるからといって、単一個人に重責を押し付けるべきではない」

「ウワア真面目!! もう少しテキトーに生きるといいよボクみたイニ!!」

 

 既に克ち合いは千を超え、万に至ろうとしている。

 俺と過去の俺による干渉合戦。存在の消滅と定義の書き換え合戦。

 

 次の瞬間に雌雄が決してもおかしくはないし、このまま何百万年と続いてもおかしくは無い。

 

 これは愛情の奪い合いだ。

 今を生きる人々に向けた愛情と、人間というものへ向けた賛歌と。

 

 証明してみせろ、過去(愚者)。

 たかだか一年と少しばかりを共にしただけの子供達に、どれほどの愛を注ぎ、抱えているのかを。

 

***

 

 過去のエリスフィア帝国三日目。

 クインはそこ……『放浪鐘楼』の上で、何事かを思案していた。

 

「……クソ。思い出せねえ。……『業運』が対象にとれねぇほどのものか、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』ってのは……」

 

 高いところにいるのは自身にふりかかる機運を少しでも減らすためだ。

 その上で天運に干渉し、忘れてしまった仲間というのを偶然にも思い出さないか試している。試して、失敗している。

 

「それが嫌で……この魔法を作ったんだろ。サリア、手を貸してくれ」

 

 亡くなった妻の名を呼び、再度魔力に働きかける。

 この時点でも既に「仲間が一人いない」という概念が抜け落ち始めている。というより、どうしてその子供をこの【マギスケイオス】集団が仲間と認識していたのかがわからなくなっていっているのだ。

 子供、など。長命存在が基本の【マギスケイオス】には、縁の無い物であるはずなのに。

 

「っ、うるせぇ。仲間じゃねえならダチでもいい。テキトーに生きてるおじさんだろぅが、そういう自分ルールは大事にすんだよ……!」

 

 わからない。掴めない。

 仲間も、ダチも、子供も。

 どうしてこんなに必死になっているのかさえ──わからなくなっていく。

 

 本来であれば、すっきりさっぱり忘れるものだ。現にエレン、アルカ、ザイカはもうなにも覚えていない。今は滅亡についての対策を講じている最中で、その……誰かのことを、最早気にも留めていない。

 偶然、クインだけが、ギリギリのところで保っているだけで……今何をしようとしていたのかさえ、定かではない。

 

 どうして『放浪鐘楼』の屋根の上なんかにいるのか。

 

「──……あ? なんだ……俺は、何を」

「よくずり落ちないで立っていられるわね」

「どわっ!? っとととと……っぶねぇ!!」

 

 突然声をかけられて、フツーに『放浪鐘楼』から落ちそうになって、運良く引っかかるクイン。

 これは一言文句を言ってやらねば気が済まないとそちらを見てみれば──腰にまで届く艶やかな黒髪を持つ美女が、そこにいた。

 

「……おお。なんだこれは夢か。ここまで頑張ってきたおじさんへのご褒美か? 稀に見る美女だ。結婚してくれ」

「はいはい、感情が一切籠っていない下心をありがと。あなた既婚者でしょ。そういうのはもう少し心の籠められる人が言うものよ」

「いや美女なのは間違いないが、偶然にも知ってたんだよ。アンタが変装魔法を使っているって」

「……そう。それは、どうやって知ったのかしら?」

「あァ、おじさんの魔法はちょいと特殊でな。本来聞こえない距離だろうと、完全に秘されていようと、偶然、たまたま、音がどこぞかに反射し続けて、本当に意図なく俺の耳に入る、ってなことも引き起こせる。生命活動に直接作用させるのは得意じゃねえが、こういう偶然ならお手の物さ。……あ? この説明……つい最近、誰かにしたような」

 

 黒髪の女性は……はぁ、と溜息を吐いて。

 

「想定通り、全てを見届けるために。そしてあなただけは忘れないように、思い出すところから始めましょうか」

「……?」

 

 彼女が、口を開く──。

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