序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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131.壁画から輝きが零れている

 そうして、その時がやってくる。紫輝歴788年緋の月25日深夜。

 どこか──彼方、境界面。天体と天体、時の円環の虚像の結ばれるところから、それが現出する。

 妖しく緑に輝く星。魔力結晶体ではなく岩石の星。復活を目論見、涅月の撃滅を企む旧き天体。

 

 緑月(テイア)。そう呼ばれるもの。

 

 激しく迸る魔力。その奔流を纏いながら、緑月が涅月へ衝突しようとした──その瞬間のことである。

 

「巨(おお)きく羽搏きなさい。エルヘムト・ロウムス」

 

 静かな水面に走る波紋のような声である。この状況で、そのように矮小な存在の声など聞こえるはずがないのに、その声はトーンと響き渡り──そして続くように、世界各地で同じ魔法が展開される。

 魔法。そう、魔法だ。世界各地、天文台という名に設定された施設のその最も高いところで、ある変換魔法……魔力を食らって魔竜を生み出す魔法が行使される。

 

 七年をかけて、ヘンリー・エカスベアから『魔女』に匹敵し得る腕であると判断されるほどに育成された魔法使いは──たったの五百人。目標値の十万人には遠く及ばず、その後の百億人にも届かない。

 これでも多い方だ。なんせ『魔女』の魔法は非常に感覚的なもの。まずそれを理論化するプロセスが挟まったあと、この魔法の求める魔法習熟度が桁外れに高いことが判明。

 ヘンリー、アルカ、エレン、カイン。どうしてか見つからない他の【マギスケイオス】に頼ることもできず、自分の魔法以外はてんでさっぱり+『魔女』の維持コストを払わなければならない『観察者』は戦力外である以上、この四人+『魔女』と、そして第二十四代魔王キアステンを加えた六人で教えなければならなかった。

 世界じゅうから募集……否、徴兵にさえ近い形で集めた「生徒として耐え得る習熟度を持つ者」は、この時点で千二百人ほど。それに対し教材を作り、講義内容を定め、教師側の教える内容に齟齬が無いようにする。

 この時『魔女』の知識不足もネックとなった。彼女は感覚で魔法を使っているから、何かが足りない、何かが悪い、ということはわかっても、それを言語化できない。学校に通っていないので語彙に限りがある。

 そのため教師としての役割を果たすのが微妙に難しく、彼女には魔法基礎学を詰め込んでもらうことに。

 専用の学園を作っている暇がないため、越竜学園の半分ほどを間借りする形で作られた破滅対策のその学園が形になったのは、破滅まで残り六年の時。

 

 そこからは詰め込みに詰め込んだ。魔法基礎はできている前提で進む超高度な魔法学。竜の生体化学。魔力素の動きやそのデータ解析。

 当然ドロップ……脱落者が出る。千五百人は最初の年で千人にまで減った。自身の習熟度を過信していた者、滅亡を前にしているとはいえ過密すぎるスケジュールに音を上げてしまった者。ストレスから破滅を信じられなくなった者。

 

 ようやく『魔女』の魔法を使用できる者が現れるのに費やした時間は、四年。

 それを実用に耐え得る……膨大な魔力の制御ができるレベルにまでなったのに、一年。

 

 残り一年になったあたりで、ヘンリーはある魔法を解禁した。

 孤灯胞(アクセル)。体感時間を引き延ばす魔法。

 なぜもっと早く解禁しなかったのか、なんて批判を受けたヘンリーだけど、当然に理由があった。

 副作用だ。引き延ばせる時間には個人差がある。無理に他人と階層を合わせたり、学習が遅れているからと無理をすれば──突然、呆けてしまったようになる。

 今は未だ病名がついていないけれど、その症状になった人間をヘンリーはたくさん見てきた。だから最終手段だったのだ。この世界のヘンリーではもはや思い出せなくなってしまった「対話相手」に教わった魔法の数々は、人間の構造限界を無視したものが多い。無論「対話相手」は見ただけで相手の限界や性能を見抜き、それに見合った魔法に変えているらしいのだが。

 

 この最終学習を経て、生き残った精鋭五百人の魔法使い。

 

 今──『エルヘムト・ロウムス』という人工魔竜を生み出し、流入魔力に耐え切れずに暴発を起こしてしまったり、赭地の魔力と自身の魔力の見分けがつかなくなって、自身を魔竜に変換してしまったり、魔法発動の前から緑月に見惚れ、呑まれてしまったり。

 実際に発生した魔竜は三百体を超えず──そして、その衝撃波に飲み込まれた。

 

 紫輝歴788年緋の月25日深夜。

 魔力の衝撃波に飲み込まれ、そちら側の地表の大半を焼却された赭地……否、人類。

 立て直す、ということは……当然できなかった。

 緑月と涅月が衝突し、奇怪に輝く不定形の発生を見届け、その中心で爛爛と輝く紅色の魔晶石(ポストオルガナサイト)の発生を見届けて。

 

 紅色の魔晶石(ポストオルガナサイト)発生から約六十時間後、その大破局に飲み込まれることとなる。

 使命を背負った者達。人類に敵対してでも人類を導こうとしていた者達。

 愚昧。愚蒙。せめて己だけはと魔力の殻を纏った魔導士たち。人類の指導者。

 

 臨界からの大破局──。

 生き延びたことに何の意味がある。

 

 お前たちの足元。母なる赭地を見ろ。

 地が割れているのではない。星が割れているのだ。

 

 さぁ、圧力が解放される。内部で押し固められていたすべてが放出され、それにより残っていた赭地の身体もまた呑み込まれよう。

 

 復活を企てた緑月は涅月との衝突の瞬間に自我を失った。

 未来を変えようと沢山の準備をしてきた涅月は緑月との衝突の瞬間に消し飛んだ。

 全てを諦める用意をして眺めるしかなかった赭地は、その身を引き裂かれることへの苦痛より、大いなる無念を吐き出して──その身をこの広大なる宙海に投げ出すしかなくなった。

 生物を擁してはいられない。混沌を掴んではいられない。

 赭地の環境下でのみ成立していた「神」も、今しがた乱された「魔竜」も、自己崩壊する赭地の圧力に呑み込まれ──やがて。

 

 残ったのは、そちらだけ。

 

***

 

 宇宙空間。そこに、絶望を以て漂うは五人と一体。

 ヘンリー、アルカ、エレン、カイン、ザイカ、そして『魔女』。

 もう『魔女』の身体は魔力素に分解されていっている。赭地の上でしか存在を保てないのだ。

 

「……はぁ、これが答え、かな。実際はもう少し……【マギスケイオス】の助けや、魔王国の助けも入るだろうけど……だとしても人間にできる範囲を超えている」

「どういうこと……? 何を言っているの、ヘンリー……」

「この七年間、僕は同じことを君達に思っていたよ。何を言っているんだい君達は」

 

 こつ、こつと。

 こうなってしまった世界で聞くとは思えなかった……階段をくだるような音が響き渡る。

 

 生命維持魔法の維持時間はもう限られている。それでも悪寒に彼らがそちらを向けば。

 

 異形だ。腹の中から無数の眼球のついた車輪のようなものを出し、炎に巻かれたままに錫杖を持って彼らを見下すその様は、まさに天使の名に相応しい。

 言葉が出ない魔導士たちに代わり、ヘンリーが口を開く。

 

「君が、紫輝の天使、かな」

「ええ、そうです。初めまして。私の名は、アンドリアミアフィナイラロカ。紫輝唯一の天使にして……いえ、他にもあった肩書きは、今しがた消え去ってしまいましたね」

 

 異形とは裏腹に理性的な声だ。

 非常に寂しそうに、ソレは言葉を続ける。

 

「人類。あなた達は敗北しました。最終試練……なんでしたか、『復古共滅(バウンスクラッシュ)』でしたか。良いネーミングセンスです。……あなた達は失敗した。今までのように文明が破壊されるだ(・)け(・)の現状維持で、時の円環内部にいる緑月がこの考えに至る直前で起きていた災厄を無かったことにする方を選び、緑月を止められずに敗北した」

「……満足、なんじゃないのかい? 僕は……もう名前さえ思い出せなくなってしまったけれど、僕の"対話相手"のことを酷く嫌っていた君達だ。彼の関与しない試練。この結果は君達が望んだものだろう」

「ふむ。その彼にも言いましたが、私は、個人的には嫌いではないですよ、あの方のこと」

 

 やがて、限界がくる。

 幸運だけで凌いでいたカインの魔力が尽きて、その次にザイカが尽き果てた。伴い、『魔女』も消える。

 直後、極光が彼らを消し飛ばす。

 

「せめてもの慈悲です。生身で混沌に蝕まれる感覚は非常に悍ましいもの。それを経験するくらいならば、と」

「ああ……ご厚意はありがたいね。……アルカさんとエレンさんも、我慢していないで、諦めたら? もうどうにもならないよ」

「……ようやくわかったことが、一つあるんだ」

 

 ぽつ、と。吐き出した言葉。

 

「どうしてなのかなぁ。……誰かを……忘れてしまって。関係はないはずなのに、大切な人まで……忘れてしまって。私の心は、今、ぽっかりと穴が空いていて」

「……」

「……この結果が悪かったとは、私は捉えない。みんな全力で頑張って、みんな死力を尽くした結果、爪の先ほどの傷もつけられなかった。ただ、それだけ」

「そうですね。あなた達がいようといまいと結果には何の関与もありませんでした」

「でもやっぱり、心残りはある。……好きな人に、私はここまでできるようになったって、見せたかった。……その気持ちも、忘れてたなぁ、って」

「アルカ……」

 

 だ(・)か(・)ら(・)ね(・)と。

 彼女──アルカ・ダヴィドウィッチは、虚空よりその杖を取り出す。

 

「……それは」

「魔杖シンプレクス。本来は【真のマギスケイオス】としての使命で使う気だったけど……関係なくなったし」

 

 杖。おどろおどろしい杖だ。

 まるで。

 人間の骨で、構成されているような。

 

「歴代の『最小限』が身(・)を(・)寄(・)せ(・)合(・)っ(・)て(・)作り上げた、真実呪詛によって編まれた杖。未来を作るような、破滅を打破するような場合に使うべきではないもの」

 

 それを、トーン、と。

 中空に突き立てる。

 

「──最小限(シンプレクス)」

 

 まるで羅詞源語と継詞基語による魔法行使のように使用されたそれは、瞬きの間に、赭(・)地(・)の(・)直(・)径(・)と(・)同(・)等(・)程(・)度(・)の魔法陣を展開する。

 

「こ──れ、は」

 

 天使たるアンドリアミアフィナイラロカでさえも、思わず見上げてしまうような──複雑にして鮮烈なる陣。

 

「『最小限』の名が泣くぞ、って。言われたかったなぁ。……これが、最小。もしもの時のために用意していた……私の、最後の力」

 

 その魔法陣は、赭地が元々あったところ……その中心部まで移動し、垂直に、その半分に、回転して……魔法陣で敷き詰められた天体、のようなものを作り出していく。

 

「『万能』。……そして、精霊の『理の魔法』。その二つの性質を併せ持ちながら……それ以上に」

「私はこの魔法を……『大望』と、そう名付けたよ。……彼が追い続けるモノ。追い求めるモノ。それと同じ名前で、私の……未練と後悔と、何よりも──信念が詰まったもの。詰まっていたはずだったモノ!!」

 

 忘れていた。忘れてしまっていた。

 どうしてかはわからない。もしかしたら、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中に……『彼』もいたのかもしれない。

 顰めっ面だけど、優しい顔が、思い出せない。

 不機嫌だけど、頼もしい声が、思い出せない。

 忘れようとしても、切り替えようとしても……どうしても無理だったあの存在を。

 

 どうして、この心は、そんな簡単にも……忘れてしまったのか。

 

「仮想刻印子配置完了。空間刻印励起完了。『大望(デスティネーション)』セットアップ。……起動、『運命よ、貴方の名は(Sors, nomen tuum)』。『最小限(シンプレクス)』がアルカ・ダヴィドウィッチが命ずる。創作刻印魔法起動、『"たとえもう、その資格が無いのだとしても"』」

 

 どこからか、とくとくと汲み出されていくは純粋な魔力。

 この七年間、否、彼女があの手法を見た時から溜めていた余剰魔力のプール。その還元。

 人族という身が行う魔獣形態(オーバーウェルム)。あるいは、魔人か。

 

 杖を媒介に作り上げた混沌の花弁。属性というものは存在しない。飛来した頃の奔騰。

 その上部から、まるで綿毛のように、種子のようなものが飛んでいく。混沌に押し流されるように。それでいながら、魔法陣の集合体を目指すように。

 

「私達は!! その混沌の中から、手を伸ばす者!! 間違っていてもいいから! 今、私が、本当にやりたいことをやるために、その手を伸ばす!!」

 

 ──構築されていく。アンドリアミアフィナイラロカも、ヘンリーも、エレンも……何も言えない。

 口を開くことさえ。

 

「それを誰に糾弾されても! 妨害されても、それが、大望へと変貌したのなら!!」

 

 彼女の頭を撫でる、大きな手。

 頑固者め、と。そう言われた気がした。

 

「おかしくって……良いでしょ。そうじゃなくたっていいんだよ。だってこれは……手品みたいなものだから」

 

 混沌を岩石に。混沌を魔鉱石に。混沌を土に砂に。混沌を海に。

 一つの天体を構成するものを、この宙海に満ちる混沌を変換することで、作り出す。

 

「だから……お願い。『教授』……言ってください。あの時みたいに、ぶっきらぼうに……狭い世界から、私を連れ出して……外へ……海へ」

 

 ならばついてくるか?

 なんて。

 あの言葉が、彼女を……どれほどに変えたのか。

 彼は、それを……知らないのだ。

 

「私を……連れて、いって。……あなたと……同じ、ところ──へ」

 

 その魔法が完成した瞬間、アンドリアミアフィナイラロカが手を下すまでもなく──アルカ・ダヴィドウィッチは魔力分解した。

 自身を構成する魔力さえも使い切ったのだ。

 

 だから。

 

「──お見事です。それは……予想していなかった。いや、本当に。……いるじゃないですか、世界の命運に関わるほどの人物」

 

 目の前には──大地が、ある。

 前と同じ大きさの。傷一つついていない、大地。天体。

 

 ごくり、と唾を飲んだのは、ヘンリーだ。

 

「……天体の挿げ替え。"対話相手"しか……できないものだと思っていた。……そうか。そんな……ことが、この世界の人間に可能なのか」

「……。アンドリアミアフィナイラロカ、と。おっしゃいましたか、あなた」

「はい、そうですよ」

 

 だからエレンも……笑う。

 その言葉は届かなかったけれど。

 

 親友が、最後の最後まで、己を貫き通したのなら。

 

「これが……まぁ、一応。私とアルカの、答えですわ。──収集(コレクティブ):解放(リリース):私が集めたすべて」

 

 大地はある。海もある。大気だって、魔力だってある。

 けれど──命が無い世界に。

 

「一度、通り過ぎたはずの地点、でしたけれど。……何かを間違えたあの瞬間から、できることは全てしよう、と。……癪ですけれど、ク(・)イ(・)ン(・)に言われていましたの。だから、私は、外道だろうと、彼(・)の協力が得られなかろうと、集めに集め、奔走し続けたのですわ」

 

 魔物が。人が。村が。街が、国が。

 そして……急激に老いて、萎びて、枯れていくエレン。

 

「この世を四度買って尚おつりがくる財産。……ふふ、その、すべてを使い切って。……崩壊前の、ある、時点の……世界を、七割がた、買(・)い(・)叩(・)い(・)て(・)。……勇敢にも戦い抜いたエリスフィア帝国を……含めることができないのは、思うところ、あり……ます、けれど」

 

 その指先から……砂のように。塵のように。

 額に出ている油汗は、凝縮された苦痛か。分解される痛みか。

 

「ああ……お気遣い、結構。この痛みも、苦しみも……不死ならぬ身で先送りにし続けた、代償。……払うことは、決定事項なれば……ええ、そう、ですわね。……エステルトに……報いることが、できませんでしたわ。あの子の行いを否定し続けた七年間。これが……私のやりたかったこと、なのかし、ら……」

 

 そうして。

 エレン・"オーラ"・マイズライトは、見事に「天を欺いて」──消滅した。

 彼女の場合は魔力分解ではなく、存在消滅だ。それだけの代価を先送りにし続けたがゆえに。

 

 残されたのは、一人と一つ。

 

「……驚いた。本当に。……『彼』と縁を切ってしまった彼女らを……どう導けばいいか、なんて。僕には正直、わからなかった。だから……そこで、諦めてしまった。これは失態だ。……その身を犠牲にする必要があるとはいえ……彼女らだけで、星を作り上げ、人類を続かせることができる、なんて。……誰が考えつくっていうんだ」

「ええ、素直に称賛しましょう。加えて……幸(・)運(・)ですね。この模擬破滅とでもいうべき幻術空間、偶然にも他のことにかかりきりになっていて、紫輝(トゥバン)は目線すら向けていません。ここにいる私は『彼』が計算した私であり、本物ではないのです。……こういう魔法的事象で、且つ未来に関することであれば……紫輝はぶつくさ言いながら介入を図るものなのですが」

「……そっか」

 

 それはあるいは、この空間だけでなく、外にまで波及する天運の操作。

 魔導士。【マギスケイオス】。

 

「それで……これ、もう終わっていいのかな。僕だけになっちゃったら、意味無くない?」

「──ま、そうだね。こっちの計算も粗方終わったし、解除しようか」

 

 出てくる。その言葉と共に──。

 

 

 全ての幻術が、解体された。

 

「……。……あ、れ」

「私は……」

「あのぉ、六回分の魔力持っていくの、ふつーにとんでもないんですけど……。一万二千年分ですよ……?」

「ごめんごめん、でもそんなの僅かな量にも満たないでしょ?」

「そうですけど……幻術にここまでの魔力奪われたの初めてです。途中からノア君以外はみんな悪夢見てるみたいになっちゃったし、学園長が来てからは余計に酷くなったし」

「あはは、だからごめんってば。……さて、気付けも兼ねて、僕はコーヒーでも淹れようかな」

 

 なんて言って動き出す少年。その少年の姿を見て。

 

「あ。れ。……あれれれれ。……ノア君?」

「そうですよ、ダヴィド先生。おはようございます」

「……今の幻術は、どういうことですの? 私達は……確かに七年間を」

「はいストップ。……七百二重の防壁にしてみたけど、これは、紫輝の視線を防げるかな、ノア」

「無理だね。強化してあげよう」

 

 やってきたのはヘンリーである。

 他、壁にもたれかかりながらも口角を上げているカイン、自分の首や顎を撫でているザイカ。

 

 人数分のコーヒーが淹れられる頃には、説明、というものが終わっていた。

 

 

 不機嫌なのはエレンである。

 

「はぁ。……まぁ、うーん。どっちが悪い悪くないの話ではないのはわかっていますけれど……この実験の先にあるものって、つまり私達にあなたを求めさせようとした、ということですの?」

「だから、僕の趣味じゃないんだってば。『博士の博士』が劣悪な趣味をしていただけ」

「全ては幻術だった、かぁ。……魔力もちゃんと使った感触があったし、身体が魔力分解するっていうもう一生経験したくない感覚もあったのに……不思議すぎるよ幻術……」

「僕はちょっと感動したけれどね。アルカさんもエレンさんも、そこまで凄い魔導士だったとは思わなかった」

「……悪趣味。もぉぉおおお! 一世一代の……あああ! 全部聞かれてたって……ううううう!!」

「おじさん的には幻術の中から天体に作用させる『業運』が上手く機能してて超ハッピーだ。……で、お前は?」

「ううん。どうするべきでしょうねぇ。『魔女』はまだ私の記憶領域内にいるのですが」

 

 袂は既に、分かたれている。

 取り付く島は。

 

「幻術の中でも言った通り、死者の眠りを妨げる行為をする限り、僕はそっちのアプローチからは手を引く。七年間を教訓に教育やらなんやら見返すと良いさ」

「正直そっちに手を取られるのは好ましくない。ザイカさんが学園でも開いたらいいんじゃないかな。幻術の中だったとはいえ、『魔女』の魔法体系自体は言語化できているわけだし」

「まぁ、そうですねぇ。……エカスベア魔導博士……ヘンリック博士に会って……少し、思い出しました。私は、知る由もないままに、理不尽が全てを奪っていくのが怖かった。自分の目で知って、自分の手で……危険の及ばぬところを見つけ出して。……私だけでなく、友人たちを……悲しませない結果に導きたかっただけ、だったのです。……今や友人と呼べる人は皆土の下。いえ、劫白の国へ行ってしまって……これは果たして、私のやりたかったことだったのか」

 

 答えを出す、というわけではなく、ぼやくように呟くばかりのザイカ。

 その彼に声をかけたのは──ヘンリーである。

 

「ねえ、ザイカさん。少し……気になったんだけど」

「はい、なんでしょうか」

「あなたが不老になった理由は、『魔女』のため……ですよね?」

 

 ──特に関係の無いシチュエーションだったものの過敏に反応する一人、については誰も気に留めず。

 

「よく……わかりましたね。そうですよ。……だって、誰からも忘れられたまま……唯一記憶の端に引っ掛けていた私さえ、名を思い出せないあの状況で……私が死ぬわけには、いかなかったので。『不死』……フラニー・ハニー・オーケストラに契約のもと魔法を分けていただいたのです。……だから、そうですね。これ以上……私が生き延びる理由は、無いのかもしれません」

「いや、そういうことを言いたいわけじゃなくて。……ノア、君と『博士の博士』という天才が思いついた案について聞かせてよ。勿体ぶってないでさ」

「もったいぶっているつもりはなかったけど、まぁ、そうだね」

 

 と。

 その話……そのあまりにも荒唐無稽な話が展開される。

 さらに、ナタリアにだけこっそりと伝達されていた情報……というか指示に、人知れず溜息を吐いた彼女が何かをしていたことになど気付けぬままに、話が終わって。

 

「か……可能なんですの、それ」

「ま、ヘンリーにつくってもらおうとしたけど、ヘンリーは時間に手をかけられないし。だからまぁ、逆に理論や構造をヘンリーに渡して、僕、『博士の博士』、そして」

「──俺が、外側からその設置を助けてやるつもりだ」

 

 どの時代、どの場所にいても『復古共滅(バウンスクラッシュ)』が見えるように、干渉できるようにすること。

 円環を平坦化することなく。この星に住まう真実全存在が、協力する、その計画。

 

「『教授』!! あ、……あわわわ。きょ、『教授』は幻術の中のこと、聞いてないですよね?」

「ん? だから、この小僧から聞いた。レンズを作るんだろう」

「あ、はい! そっちのことなら全然万事問題ないです!!」

「そうか。……ん、新顔がいるな」

 

 空間を割って出てきた存在。非常に目つきの悪い、それでいて……整った顔立ちの、口を開かなければどこぞの王族と言われてもうなずけるほどの風格を持つ存在。

 彼が、『教授』。アルカにそう呼ばれている存在だ。

 

「お前さんが噂の『迷い家』か。んで、アルカの惚れているやつ、と」

「それなりに強い言葉で振ったはずなんだがな」

「ああ、では……あなたには、『博士の博士』の記憶も?」

「いや、無い。あいつは大分独立した派生生命だ。というか、俺達のことを『迷い家』と呼ぶまではいいが、それぞれ別人……んー、同じものから生まれた違う影、のようなものでな。俺達を生み出した奴が今どこにいるか、ってのは、最早俺達でも窺い知れん」

「え、『教授』が大元じゃないんだ」

「どうやら違うらしい。俺も俺が大元だと思っていたんだが、俺の知らん痕跡をよく発見する。つまり俺は、ただそう思いこまされていた奴、ということだ。ま、過不足無い力があるがね」

 

 そんな喋り方じゃないしそんな設定でもないけど!?

 とはキレない一般男子学生。ただナタリアの脇腹が魔力に抓られたりしているとかなんとか。

 

「この……俺達も真っ青なほどに魔力素に精通したクソガキと、過去に残った『博士の博士』、そして俺で、位相変換式魔導レンズ『クラトゥ・ファウダ』は責任をもって各時代に届けよう。無論、そこの天才が最大限まで改良した後に、だが」

「うん、そういうことだよ。……だから、ザイカさん。あなたは──元の時代に帰った方が良いんじゃないかな、って」

「元の時代、に?」

「そう。あなたは『魔女』を思い出すためだけに時間を捻じ曲げていた存在だ。あるいは、『復古共滅』の情報を渡すために。それが果たされた以上は、過去で、『不死』の魔法を受け取らなかった時分にまで戻って、その時代の人々と共に『復古共滅』の対処に当たるべきだと思う」

「そ……れをやると、どうなるんだ? おじさんの頭で思いつくのは……俺達からザイカの記憶が消えちまうように思うんだが」

「そうはならない。創作物なんかにおける時間の概念はまるで一本の線のようで、根元を断ったらその先が消えてなくなる、というようなものだけど、この世界の時間構造は円環だ。円環における時間移動とは即ち座標移動に他ならない。消えることがあるとしたら、まず今のザイカさんの肉体の加齢分の変化と、あとは『不死』が契約に当たってもらっていたはずの代価くらいだ」

 

 帰る。あの世界に。あの頃に。

 ザイカは。

 

「……『魔女』は、連れていけるのでしょうか」

「勿論。加齢における肉体変化や魔力変化は消えるけど、記憶は消えないからね。……『魔女』を頼るやり方は、依然としてノアの助けを得られないけれど、魔力を魔竜に変換するやり方自体は必要になってくるかもしれない。『魔女』が無用になったわけじゃない。だから……どうかな」

「ふむ。『不死』に相談してみなければいけませんが、異論は無いですね。このまま消えるのも微妙でしたし。……ただ、本当に『不死』はいずこへ」

 

 その瞬間だった。

 結界で囲まれているこの空間の──上部。真上に、びたぁぁあん!! と、何かが衝突する。

 

「……入ーれーてーなのだわー」

「うわっ、普通にしゃべった!?」

 

 溜息を吐くは、少年。彼とヘンリーが結界を操作し、中に入れたのは……腰まで届く黒髪を持った、美しい顔の少女。

 

「だ……誰ですの?」

「良く聞いてくれましたなのだわ!! 私は!! あなた達基準七年後に死刑宣告をされた!! 涅月──なのだわ!!」

「別に死刑宣告ではないだろう。誰が司法なんだその場合」

「情報ってさ、溜めるにしても色々余韻が無いと、唐突すぎるだけなんだよねぇ」

「あう……辛辣なのが二人も……」

 

 他の皆が戦慄している中で。

 

「あ……インプットされた記憶にあったかも。……ノクスルーナちゃん、だよね?」

「わぁ! 覚えていてくれたのだわー! 久しぶりなのだわ、アルカ!」

 

 そんな場違いな再会があった、とか。

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