序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
やることが明確になったとて、竜災の脅威は変わらない。
何の余韻も無く、また新たな一日が始まって、授業の日がやってくる。
けれどそれの前に、だ。
久方振りに直接あの孤島へ赴けば……何ら変わらぬ小屋がぽつんと。
その扉を開ける……と。
「おや? もしかして、新しい遭難者の方ですか?」
……瓶底眼鏡、って言って伝わるかな。
それを付けた、女の人。知らない顔だ。
「そう……なるのかな? 気付いたらここにいたんだけど」
「はい、そういう場所ですよ、ここは。……こちらへどうぞ」
そういうロールプレイのつもりはなかったけど、まぁそれで行くか。『院長』は騙せないっていうか自分を抜き打ちテストみたいなおもんないことになるから入る瞬間共有入れるけど。
ということで、ダイブする。位相空間へ入って。
……床材が……なんかウレタン樹脂みたいになってる。
武骨な灰色の石の学舎がどこにもない。な、なんだここは。壁なんかはなんなら近未来。
「ここは……どこ、なの?」
「ここはエチェロエグズル教戒院。『院長』という方の開いた、新しい人生を歩むための学校です」
「……君は?」
「ああ、自己紹介が遅れましたね。エニーと申します。エニー・ゼオ。あなたは?」
「ノア・ヘドクイスト。越竜学園の学生だよ」
「越竜学園……? ……うーん、知らない学校ですね」
そりゃそうだ。越竜学園の子供は海に出ないから。
海に竜が出る場合もあるけど、基本沖から陸に上がってから対処になるからなぁ。
……それ以前に、770年以降の越竜学園という存在に教戒院が対応しきれていない、というか。
その辺の兼ね合いは後でちゃんと調整するとして。
「まぁ、良いよ、越竜のことは。……ここ、学校というからには生徒や先生がいるのかな」
「いますよ。こう見えて私も先生なのです」
「そうなのかい? 僕と同い年くらいに見えるけど……もしかして魔族だったりする?」
「はい。鯱の魔族ですよ、私は。怖いですか?」
「鯱を見たことがないし、多分僕の方が強いからなぁ」
「おや、そうでしたか。これは怖い怖い。しかしここは、第二の人生を始めるべき方が訪れる場所。あなたにも何か転機が訪れることでしょう。あ、新入説明はそこの職員室へ行って受けてくださいね。それでは」
……さっぱりした人だな。
しかし鯱の魔族か。初めて見る。……ウォロが、鯨の魔族だったけど……やっぱり数が少ないんだろうな、水棲哺乳類の魔族。
エニー・ゼオ。初めて聞く名前だし、ファミリーネームにも聞き覚えがない。
けど……明らかに強者だったな。きっと眼鏡を外すとパワーアップするに違いない。
ふらっと消える。
再び現れたのは、『院長』の眼前だ。
「……ようやく帰ってきたかと思えば……趣向を変えて『異世界転生チート主人公in現地学園モノ』をやりたいだと? ふざけおって……アレクには会ったのか。お前を慕うあまりここを卒業したあやつと」
「ああ、コンストラクトの彼とは会ったよ。本物とはまだだね」
「可哀想に……。どうしてこんな人格破綻者に懐いてしまったのやら」
「それ、全て君に返る言葉だから。……知識は読み込んだでしょ。結界の調整やっといてね」
「はぁ……。……それは構わんが、多少は儂を強化していけ。魔力は永続結界で問題ないが、バージョンが古すぎる」
確かに。ちょっと昔のコンストラクトすぎるか。
じゃあちょちょっと構築式を弄って付け足して、と。
「どうかな。記憶接続は。それと、刻印汎用性と隠蔽性能を上げてみたけど」
「……そうか。いや、『書庫』の知識で知ってはいたが……アルカはそこまで腕を上げたのか。……そして、『復古共滅』。……すぐに教本を用意しよう。この先で卒業する者達の、少しでも助けとなれるように」
すっかり教育者だな。……アレも、最早『博士の博士』と同じく俺派生の俺じゃない誰か、だろう。
さて。
挨拶も済んだことだし、本当にそのムーブでいく……つもりはないんだけど。それについてはあっちも多分わかってるだろう。
ぶらりと教戒院の隅々まで見て回って、一息ついたら越竜に帰る、でもいいかなー。
とか考えながら踏み出した一歩目で"アレ"と出会った。
「む。……見ない顔だな。新入生か?」
「……」
どういう運命力なんだか。
……モーガン・カルストラ。
そのコンストラクト。……まだ卒業していない時期だったか。
「チッ、奴らめ、こういう時に限ってなぜいない。……あー、なんだ。道にでも迷っているのならば、適当な場所にまで連れていってやらんこともないぞ」
「……君は……己が、誰か一人を幸せにできると思うかい?」
「なんだ、不躾な。思春期か? はぁ、面倒な。一番面倒臭い時期だな……」
何を聞いているんだ、俺は。
こんな……八つ当たりみたいな。
「いや、いいや。なんでもない。ごめんね……じゃないか、ごめんなさい、忘れてください」
「待て。年下に問いをかけられて、何も返せなかった、というのは私の沽券に関わる。から、特別に答えてやろう」
モーガン・カルストラ。
俺が彼を「一個人」にした時、そういう哲学は詰め込んでいなかった。
彼が己を見つめ直す中で見つけたこと。俺や『博士の博士』のように"昔"の記憶を持たない存在として。
「結論から言えば、無理、だろうな。私はまだ誰一人として愛したことも幸せにしたこともないが、わかる。無理だ」
「それは……どうして?」
「残念ながら、
「その人が、ついてきてくれる人なら?」
「世界中を飛び回る気でいる私にか?」
「そう。どこへでも……たとえ位相空間の中だって、涅月にだってついてきてくれるような人なら」
「それでもやはり難しいだろうな。心というのがリソースの集合体であるのならば、私はその全てを研究に捧げたい。何かを解き明かしたらこの熱が収まるのではないか、という話でもない。私は、可能ならば、この世の全てを解き明かし、この世の外まで解き明かし……その死の一瞬まで何かを解いていたい。そこに愛の介在する余地はない」
……そうか。
そちら側か。
……やっぱりもう、俺じゃないな、お前は。
お前を……ここの卒業と同時に、コンストラクトとして解いてしまうのが。
悲しく思えるようには、なってしまった。
俺の痕跡は消えない。同じ位置に同じ椅子は作れない。
でも。
モーガン・カルストラは死んだ。けれど、死んだのは俺だろう。モーガン・カルストラは……本当に死んだのか。
「どうした。答えてやったというのに……顔が暗いな。気に入る解答じゃなかったか?」
「もし。──今言ったすべてのことが叶わなかったとして。たとえば、この教戒院を出たその瞬間に死してしまうほどの厄難が君を襲ったとして……君は誰かを恨むのかな」
「恨む……ふむ。私にそういう感情は、恐らくない。羨むことはあるだろうが」
「……劫白の国から、かい」
「そうだ。私の同期には二人、私と同じくらいの秀才がいる。二人は私とは別の視点、別の角度からこの世界を解き明かすだろう。……いつか奴らと会う時、あるいは私の墓の前であれらが顔を合わせる時に、同じ知識量で会話ができないことは、少し悔しいか。あるいは奴らが劫白の国へ来た時、私だけ無知なまま、というのも……確かに悔しいな」
「その二人のこと、信頼しているんだね。どこかで躓くことなんて絶対にない、って」
「無い。断言できる。が、人間死ぬときはあっさり死ぬものだから、案外私が一番長生きということもあるだろう。……それで、問いの答えだが、やはり誰かを恨むことはない。悲しいとも思わない。それはただ、私には他者並みの運というのが無かったというだけのことだろう」
俺が定めた存在消去の運命は。
運の無さで片付けて良いものなのか。
──ぽん、と。
頭に手が置かれた。
「何やっているのでしょうかモーガン。また子供泣かせですか?」
「そのような趣味はない。……はぁ、シュライン。お前最近どんどんローレンスに似てきていて……嫌になるな。初期の頃の純真無垢なお前に戻ってくれ」
「おや、しかし事実、この子の顔は曇っているようですよ。……どうかされましたか? 怖いお兄さんに何か嫌なことを言われましたか?」
……揃ってしまったか。
俺(院長の姿)の元で学ぶ俺(学者の姿)と俺(細工師の姿)と俺(医者の姿)と俺(学生の姿)……。
大渋滞も良いところだぞ。
「この二人が、君のさっき言っていた……己に並ぶ秀才二人、かい」
「おや? そんな紹介を? ははは、照れますね。天才モーガン・カルストラに言われては」
「へえ、モーガン。僕らのことちゃんと評価してくれていたんですね」
「……まぁ、技術だけならな」
いや。……もう全員、俺ではない、か。ノア・ヘドクイスト以外、だけど。
はー。
……死者との再会は嫌いだ。同じ人間が二人いるのは面倒だ。
俺は別に、俺との会話をしたいわけじゃない。俺以外は偶然であってくれた方が面白い。
もし。
もし……次の、涅月歴770年から先もまた世界が続いたら。次の紫輝歴1年が来るというのならば。
「おっと、ほったらかしにしてしまいましたね。……少年。君の名前は?」
「……ノア・ヘドクイスト」
「ノア。……知らない響きですね。不思議な感じがします」
「……。……モーガン・カルストラ。先程の問いの続きだ。もし……僕が、この世界という長大な巻物を編む織機であるとしたら、君の意見は変わるのかな」
「随分と大それたことを思いつく子供だな。……変わらん。運の悪さは天のせいか? 私の運命に障害があることは、私の運命を用意したやつのせいか? ならば私は、私など産まないでくれたのならよかったのに、という皮肉をそいつにぶつけるべきか? 違うだろう」
「違う……かな」
「物分かりの悪い子供だな。私は私をこの世に産み落としてくれた運命に感謝をしていると言っているのだ。それがお前であるというのなら、感謝しこそすれ恨むことなどない。この考えは、たとえ私がここを卒院した瞬間に死したとしても、こいつらがそうなったとしても変わらん」
「ああなんだ、そういう話ですか。それなら僕も同意見ですよ」
「私も、そうですね。いつ何時そのようなことが起きようとも、後悔も恨みもしない人生を歩んできたつもりです。──見ることのできない夢を見せてくれたこの教戒院には感謝しかないのです。ですから、恨むだなんて、ありえませんよ」
そうか。
……そうだな。
それならば……やっぱり、命を作るのは、やめにしよう。
恨まれる恨まれないなんて気にしてなかったはずなんだけどな。
やっぱりノア・ヘドクイストだと……感情が引っ張られる。つい最近『博士の博士』に論破されかけたことと、……アルカが、その感情で……偉業と言えることを成し遂げたのが。
ノア・ヘドクイストの殻を、しとしとと崩していっている。
「一瞬顔色が良くなったと思ったら、また暗くなったか。……やはり私に医術はわからん。ローレンス、相手をしてやれ」
「そうですねぇ。ではまずは、と」
担ぎ上げられ……というか、肩車される。
「この中で一番背の高い私の上に乗れば、いつもは見えない景色が見えるでしょう。どうでしょうか?」
「……僕は戦闘スタイル的にほとんどの場合空中にいるから……いつも見ている景色、だよ」
「ほう? 精霊以外にそんなスタイルを取る奴がいたのか。少し気になるな。……お前の悩みを晴らしてやりたい気持ちもあるが、好奇心が勝る。運動機能場に行くか。模擬戦をしよう」
「えぇ……。モーガン。君ってやつは……この偏屈な友達にも子供に優しい一面なんてあったんですねぇ、とか考えていた僕の気持ちを返しておくれ……」
「知らん、そんなことは」
見せる、か。
最新の俺を……昔の俺……ああ、違う。くそ、意識が抜けないな。
彼らに見せる。
……良いだろう。
「履修課程腕章をつけていないあたり、どのコースにするか迷っているのでしょうし、私達が何かアドバイスできたらいいかもしれませんね」
「僕らは刻印学に偏重しているから、その範囲内であるとありがたいのですが」
「お前達、教える気でいるようだが、俺達の時代から先の時代の人間の可能性もあるんだぞ」
「ああそういえば、確かにそうですね。ノア君、あなたは何年からいらしたのですか?」
「紫輝歴782年だよ」
「ほぉ……俺達の時代から、122年先、か。それは楽しみだ。……どうせなら『院長』に掛け合って、『整合』前提のフルスペックでやらせてもらうのはどうだろうか」
「構わぬ。それと、舐めてかかるな。その小僧は儂より強い。……機能場の結界を『整合』前提に調整しておく。殺しだけはするな。死者蘇生はできぬからな。……その上で、みだりな手加減はするな。わかったな」
ぬぅっと影から出てきた『院長』だけど、三人は驚いていない。流石に慣れたか。
「いつになく……不機嫌な『院長』だったな。ノア、何か粗相をしたのか?」
「まぁ、そもそも僕は『院長』とは旧知だからね。ここに彼がいると知った時は驚いたけど」
「なにっ!? どれだけ探っても埃の一つも出ない『院長』の、知り合い? ……模擬戦が終われば質疑応答へ移るぞ。お前の疑問も解消してやるから安心しろ」
全力か。殺さない程度に、全力。
恐らくは……それが誠意、なんだろう。
俺が示せる、彼らへの、最後の。
三人と共に広大な機能場へやってくる。
……ギャラリーがいるな。
「ああ、気にしないで。ローレンスは人気なんだよ」
「はは、全ての告白は断っているのですが、中々広まらず」
カノン、好きに刺していいからな。
とか。ちょっと……笑いながら、吐き捨てて。
──涅月に接続する。
「っ……!?」
「な……なんですか、この魔力は……」
すまんな、ノクスルーナ。
たかだか模擬戦だけど……俺の全力っつったらさ。
お前の力を借りているのが、一番正しいかなって。
──ジャンジャン持っていってなのだわー!
とか。
聞こえた気がする。
「──越竜学園刻印治癒術特別課二年、ノア・ヘドクイスト。『
いざ、尋常に。
「僕に、君達を、見せてほしい。──いくよ」
勝負。