序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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16.bED1 - 射ち落とされる果実

 エレオノーラは語る。

 

「まず、なんと言っても【マギスケイオス】筆頭、『不死』のフラニー・ハニー・オーケストラ様! 称号の通り非常に長い時を生きる、いわば生ける伝説、ですわ!」

「不死、ね。……なんとも滑稽に聞こえるが、それも魔法の為すところなのか」

「フラニー老は……なんというか、世話焼きお爺ちゃん、って感じかな。他の【マギスケイオス】はみんな彼の後輩になるわけで……だから頼れる先輩でありつつも、……やっぱり世話焼きお爺ちゃん」

「あのアルカさ……というかダヴィド船長、私の夢を壊すのやめていただけます?」

「現実を見ることができるのだ、それくらい我慢したらどうだ」

「夢の方が良いんですの!!」

 

 今はレスベンスト冒険隊+リチャードが魔物討伐に行っているのを待っているところだ。一匹海にも魔物がいたため、護衛ということでエレオノーラが残された。既に駆除済み。

 いつも通り万象についての雑談をしようと思っていたら、エレオノーラ(こいつ)が「話題が無いのでしたら! ぜひ! 【マギスケイオス】について語らせていただきたく!」と、辟易するアルカガン無視で語り始めたのだ。

 最初に見せた慎ましさはどこへやったんだと聞いてみたら、「だってここにいるのはダヴィド船長なんでしょう?」と。強かになりやがって。

 

「次に、『全開』の称号を持つ女傑、ドリルパイル・バンカーバンカー様! 零距離からの最大威力! が口癖で、彼女と戦った魔物は消し炭も残りませんわ」

「……多少会ってみたくなるプロフィールだな」

 

 あと名前も。

 

「パイル姐さんは豪快な人だけど、優しいところもあるよ。多分不器用なだけなんだと思う」

「その次、『財宝』様! この方は称号が判明していること、女性であることしかわかっていませんが、この世界を買って余りあるほどの富を持っている、らしいですわ!」

「私も『財宝』には会ったことないかな……。加入した時、祝金、って書かれた小包が家の前においてあって、開けてみたら一億ストレイル相当の宝石がついた指輪が入っていて、郵便受けに入れるとかしなよ! ってつっこんだ覚えがある」

「そこなのか」

 

 こんな高価なもの受け取れないよ、ではないのか。

 

 ……まずい、薄々勘づいてはいたけど、【マギスケイオス】やっぱり超イロモノ集団だな? で、アルカもその一員だとすると、今回の話題、全部ツッコミ役に回るしかなくなりそうだ。いやモーガンは大学時代から割とツッコミではあったんだけど。

 

「次、『観察者』ザイカ・オンドウ様。遠見の魔法を研究テーマとしていらっしゃる方で、この世の全てがその場にいてわかるのだとか」

「でも本人は割と旅行好きのおじさんかも。山登りが趣味って言ってたかな」

「……もう何も言いませんわ」

 

 遠見……千里眼か。それなら俺でもできるぞ。そら、今遠くの人里でジャブ打ってるフィノくんが見えた。幼い頃から格闘好きだったんだなぁ。

 

「『業運』クイン・ジェック・カイン様。運勢に関する魔法を研究している方ですわ。なんでもスーパーギャンブラーなのだとか」

「歓楽国ザミザイフィスにずっといるダメ人間だね。魔法使って運勢上げて稼いでいるところ含めてダメ人間お兄さん」

「『到達』マッスルボディ重村様。身体強化のスペシャリストですわ」

「しげのお兄ちゃんは自分の筋肉を鍛えることにしか興味ない人だよ。ちなみにマッスルボディは自分でつけた名前で、本名はサティ・シゲムラ」

「ザイカ・オンドウとは同郷か?」

「ああいえ、名前の響きが似ているだけです。ああでも、親がそうじゃないとは限らない、かな? 聞いた話だと二人とも故郷は違うはずです」

 

 ……まぁこれが正しくなってくるとあのサンショウウオの神も近しい存在になりそうだしな。なんだっけ。トライアスロン石村?

 

「【マギスケイオス】で唯一恒常的に遭えるのがプロフェッサー・Rことプロフェッサー・ローズ様ですわ。称号は『解体』」

「そうなのか。どこにいるんだ?」

「大陸中央監獄の最下層です。彼女はそこに幽閉されています」

「魔導医学の歴史を二百年以上早めた、と言われる方ですのに、勿体ないですわよね」

 

 あー。……医学者で『解体』の称号持ち?

 多分それ妥当だよ。出したらやばい奴だろ。

 

「次は有名ですわ。《四毒(フォア・ラベンダ)》の異名であり称号であり罪状であるものを持つ、ウォーラー・イン・フロッグス様。【マギスケイオス】唯一の指名手配犯ですわ。ローズ様は捕まっていますので」

「たまに遭うとお菓子くれるお兄さんなんだけどね……如何せん趣味が人体実験だから」

「……アルカ、その菓子はおかしな味がしなかったか?」

「基本彼から貰うお菓子は全て浄化刻印を刻んだお皿で食べるので大丈夫です」

 

 ……俺がモーガンでいる間くらいは気を付けてやってもいいか。

 

「そして! 第九位の席にして、『最小限』の名を恣にする最年少! アルカ・ダヴィドウィッチ様!!」

「あーはいはい……」

「……残りの『蓋然』様、『薄明』様、『別界』様は称号しかわかっておりませんの。『財宝』様よりシークレットですわ」

「んー、じゃあ語らないでおくね」

「そこはそうなのですわね……」

 

 これで十二人か。

 最悪残りの三人同一人物でそいつの別側面なだけパターンもありそう。ぶっちゃけ魔法に十二個も研究テーマ無いだろ。魔力の指向性がどこを向いているか、くらいだぞこれ。

 

「で、誰が一番強いんだ?」

「……えーっと」

「それは言わない約束ですわ、教授さん。彼らは学者であり研究者ですから、強いとかそういう話ではないのですわ」

「そうか。魔法と武力は切っても切り離せない仲だろうし、『全開』などはやり玉に挙げやすそうだが、それでも一番を決めないのか」

「まぁ……一応私にすら……誇り、みたいなものがありますから。『全開』相手だって『到達』相手だって、『最小限』は負けるつもりないですし」

 

 こういう結論になるとわかっていて話を振ったけど、多分一度言い出すとキリがない上に喧嘩になるからこういう話しないようにしているんだろうな。

 ……上記の中で一番気になったのは『到達』か。

 

 シュラインの時に考察した通り、この世界は剣士と魔法使いとで魔力の使い方が根本的に違う。

 俺の魔力の使い方は魔法使い寄りで、ヴァルカンの時は魔法剣も真っ青な魔法+近接戦闘の行使をやったけど、身体強化は一切していなかった。

 強化、というのが特殊なのだ。あるいは治癒の魔法に似たベクトルの魔力。

 それを極めた者には……何か俺とは別の世界が見えているのではないかと思う。

 機会があったらやってみたくはあるけど、ただなー。身体強化に振っちゃうともうそれ戦闘力での「──ですよね?」しか発生しないのがなー。

 

「なら、エレオノーラ。お前はどの座を狙っているんだ? 次期【マギスケイオス】を狙っているんだろう」

「それは勿論『全開』ですわ! 魔法とはそれ即ち最大威力の言い換え! ……ですがそれはそれとして『最小限』の椅子をくれるというのでしたら」

「あげないよ!?」

 

 なりたいのならどれか一意に絞った方が良いと思うけど。

 聞いている感じ、オールラウンダーはお呼びじゃないって感じだし。

 

 そういう、曲がりなりにも元教育者としてのアドバイスをしようと思った──その時だった。

 

「船長、教授! エレオノーラ! 船を出す準備を! 俺達じゃ勝てない相手が来た!」

 

 二人。気を失ったレスベンスト冒険隊のメンバーを担いで抱えて走ってきたアルジオ君。その後ろにはもう二人を抱えているリチャードもいる。

 緊急さを感じ取っていつもはやらない俺側からの刻印励起を行う。

 

「船を出す。飛べ! アルカ、エレオノーラ、受け止めてやれ」

「はい!」

「承知いたしましたわ!」

 

 複数の刻印によって船が浮き上がり、海水を弾くことで前に進み始める。

 ……二人とも少なくない怪我をしているな。ちゃんと最大距離飛べるかわからんから、風で手繰り寄せるか。

 

「っ、二人を、頼んだ!」

「アルジオ君!?」

 

 跳躍、ではなく投擲。

 抱えていた二人は見事船に辿り着いた。そして、アルジオ君より先に跳躍していたリチャードも。

 

「……馬鹿が」

 

 溜め息。

 ああ、本当に。……本当に馬鹿が。

 お前は俺の夢のための大切な人材なのだから、勝手に命を捨てるなんてことをしていいはずがないだろう。

 

「アルカ。全霊を以て船を守れ」

「はい! え……教授は!?」

「あの小僧を連れ戻す。私の前で自己犠牲を働こうとすることがどれほど愚かなのか思い知らせてやらねばならん」

 

 既に船は港から離れているけれど、関係ない。

 靴に仕込んだ刻印魔法を励起させ、海面を歩く。魔鉱石のペンで大気中に文字を書き、複数のコンストラクトを呼び出す。

 

「……凄まじい速記ですね」

「ん……なんだ、リチャード・スミス。ついてきたのか」

「ええ、まぁ。私も大人なので、子供に守られるのは少々プライドに障りまして」

「良いのか? レベッカを殺すチャンス、だっただろうに」

「!」

 

 流石にもう気付くよ。お前の悪意がどこへ向いているのか、なんて。

 しかしお前も歩けたんだな、海面。俺とは別原理っぽいが。

 

「参りました。……今は時ではない、というだけです」

「ここで死なばその時も来なかろうに」

「おや、死ぬ気で来たんですか? アルジオ君を助けにきたのでは?」

「私は無駄口を好かん。それで、敵の全容は? 把握しているか?」

「巨大なスライムと……恐らくそれを使役している魔族、ですね。スライムの方は物理攻撃も魔法攻撃も吸収する厄介なタイプでした」

 

 スライムか。

 この世界でのスライムは雑魚敵じゃない。冒険者ならB級以上じゃないと接触すら禁止されている中堅スレイヤーみたいな立ち位置の敵だ。

 リチャードの言った通り攻撃を吸収できるタイプが多く、一辺倒の攻撃手段しか持たないパーティだとお陀仏必至。

 

「え……教授、リチャード!? なんで……」

「私のこの世で最も嫌いなものは二つ。一つは私の夢を阻害するもの。そしてもう一つは、くだらん使命感や覚悟で命を蔑ろにするものだ。アルジオ、お前の献身は見るに堪えん。ここを生き延びて冒険隊の皆にこっぴどく罵られるがいい」

「アルジオ君。君を欠いた冒険隊がこの後どうなるか、考えたことはありませんか? 君を失ったことを受け、ユリウス君はなりふり構わず力を求めるかもしれません。誰を傷つけても気にせず、ただひたすらに。レベッカさんは塞ぎ込んでしまうかも。彼女は既に一度失くしていますからね。強いように見えて、彼女は脆い。ヴィクニさんはユリウス君以上に危ない力に手を出すかもしれません。魔法使いというのはそれだけで危険因子を孕んでいますから」

「魔法使い差別だろう。私は目の前で何が起きようとそちらへは傾倒しないな」

「あなたは既に傾倒した後ですからね」

 

 ふん、言うじゃないか。

 そして主張は全て同意だ。散々やってきた側みたいなもんだからな、俺は。造詣は深いぞ。

 

「……けど! こうするしかなかった! あいつは海面でも関係なく追ってくる! 誰かがここで引き留めないと!」

「それが馬鹿だと言っている。全員で戦って全員で全滅した方がまだいいだろう」

「おや、勝てると言わないのですか?」

「何を期待しているか知らんが、私は教授でしかない。戦闘者ではないんだよ、リチャード・スミス」

 

 林の奥。そこに桃色と紫色の中間色……モーヴっぽい色の光が満ちたかと思えば、凄まじい速度で触肢らしきものが伸びてきて──俺達の寸前で、止まる。

 

「っ!?」

「結界術・理断(ことわり)。そこに敷いたラインから先、魔力依存生物は侵入できない。そして結界術・串貫(くしざし)

 

 地面から、空中から、林の奥から、水平方向から。

 あらゆるところから伸びた透明な棘が、林の中にいたモーヴ色のスライムを串刺しにする。

 

「魔法は、効かなかったのに……!」

「効かなかったわけではない。吸収されただけだ。であれば、吸収されぬ魔法を使えばいい。結界とは綻びの無い面の組み合わせだ。吸収するにはどこか端を掴む必要がある以上、それの無い攻撃をしてしまえばやつは吸収できない。余剰魔力をゼロにすることを意識しろ。そうすれば剣による攻撃だって通る。剣という一種の結界から魔力が零れないのであれば、それはやつの吸収対象ではなくなるからだ」

 

 元来の強化魔法というのは言ってしまえば「魔力で覆って硬くする」みたいな話だ。硬くする、の部分が切れ味を良くする、の場合もあるが。

 そのため、その魔力は持ち主の感情や力の込め具合で波打ち、綻びが生まれてしまう。スライムはそこを起点に吸収を行うわけだな。

 よってその方法を止め、昔カズラくんに教えたように、芯を作るくらいの魔力を込めて「内側の材質を強化する」ということをすれば、スライムは魔力に触れることができない。物理攻撃無効というのは奴の半個体ボディに威力が吸われるというだけの話で、こっちもまた無効化されているわけではない。

 B級以下のパーティが接触禁止ということは、A級以上のパーティは接触可能ということであり、そういうパーティにはこれの討滅手段があるということ。

 ゼルパパムにはギルドがないからお手本がいない、という言い訳はまだわかるけど、世界中のB級以下パーティはとっとと先輩のあれそれを学びゃあいいのにな、っていつも思う。そこにはランクを上げるためのノウハウがこれでもかってくらい詰まっているのだから。

 

「余剰を……ゼロにする。強化を、俺の中だけで……完結させる」

「ほう? 流石は天才児。やればできるじゃないか」

「どうして聞いただけでできるんですか?」

「お前もやれ。やれなければスライムに餌をやるだけだぞ」

 

 やっぱりアルジオ君は凄いな。才能だけで言えばカズラくんやガジール君、リュオンをひとっ飛びしている。マルガナレお姉さんは戦闘者じゃないので除外。

 これほど教え甲斐の無い子もいないだろう。聞いただけでできるのだ、図書館で戦い方を勉強した次の日には古今東西の戦い方を身に着けていたっておかしくない。

 

「そら、私の攻撃に怒ったスライムが決死の突撃をしてくるぞ。後ろへ向かうやつは私が全て止めてやるから、アルジオ。初のスライム殺しを成し遂げてみろ」

 

 結界系の刻印を中空へ描きつつ、冷や汗を垂らしているリチャードをトン、と前に押す。

 

 悪意があるかどうかなんてどうでもいい。

 レスベンスト冒険隊についていくということはそういうことだ。一度くらいはブレイクスルーを経験しておけ。

 

「……死んだら、化けて出ますので」

「そうか。儀式場まで作って懇切丁寧に祓ってやろう」

 

 リチャードの糸目が開かれる。……こいつの瞳の色、これは。

 

「リチャード。コアが右に逃げたら、俺が斬る。左に逃げたら砕いてくれ」

「承知しました。上下に逃げたら?」

「一緒にやればいいだろ。息くらい、もう合うって」

「……良い信頼です」

 

 ──さて。

 スライムはこの二人でどうにかなるだろうから、俺は。

 

 新たな英雄の生誕を見守っている……恐らくテイマーらしき人物への対抗策でも講じておこうかね。

 

「オオ──疾風剣(しっぷうけん)!!」

「灯篭の型──!」

 

 交錯は一瞬。巨大な斬痕を生む風の如き刃と気のせいじゃなければ五重くらいに分身していた突き。

 それを受けて、スライムのコアは砕けた。

 

 お見事だ。リチャードの方もできたじゃないか。

 

 ぱち、ぱち、ぱち、と。

 拍手が響く。

 

「っ……警戒してくれ、教授。俺が勝てないと思ったのは、スライムだけじゃない」

「逃走の準備を。スライムでもなければ、海上までは追ってこないでしょう」

「つれないね。勝者を讃えようという賞賛を受け取ってくれないなんて」

 

 林の中から出てきたのは……司書の男だった。

 えぇ……。ああでもお前雨の神連れてハンラムまで来てたっけ。なんだ、営業職かなんかなのか?

 今あの神はいないみたいだけど……出張しすぎだろ。

 

「安心してくれていい。ランドロック・スライムが倒された以上、私は勝者へ敬意を払おう。これ以上君達をどうこう、というのはしないさ」

「そうか、ではこのまま何もせずに逃がしてくれる、という認識でいいのだな」

「勿論。──勝者は、だけどね」

 

 無数……林も森も、あるいは海上に至るまでを埋め尽くす召喚(サモン)が起きる。……ほー、実際に見たのは初めてだな、サモン。

 結界術の一種なのか。無理矢理別々の場所を「隣り合っている」と世界に誤認させて空間のねじれとしてのトンネルを。面白いな。そういう線もありっちゃありだが、やるのは先かな。

 

「教授、下がって!」

「お下がりください。敵は私達には手を出さないと宣言しました。ならば、私達は壁となるでしょう」

「奴は手を出してこないというだけだ。今奴が召喚した新たなスライムは、普通に襲い掛かってくるだろう」

「いやだな、そんなせせこましいことはしないよ、私は」

 

 さて……どうするか。

 このなよっとした感じの男は、魔法使いという側面ではかなりの強者に入る。知識量も凄いし、意味を取り出すことにも長けている。オレンジ色の長髪の中にも何か仕込んでいるようで、隠し玉は尽きないだろう。

 

「……落ち着いているね」

「そう見えたか?」

「ああ、とても。死地に吹く殺気をそよ風のように流し、やろうと思えばできるのだろう高位魔法も行使の気配が無い」

「そうか、それは勘違いだ。私は戦闘者ではないのでな、殺気というものを感じ取れていないだけだ」

 

 まぁ自分に向けられたものならわかるけど、その場に満ちている殺気とかは実際「?」だ。

 

「少し前の話だ。一年を満たすか満たさないか、それくらい前のこと。私達魔族はある計画を準備していた。涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)。その劣化品を用いて、英雄を生みかねない国家を弱体化させようという計画だった」

 

 朗々と語り始めた司書の男。

 

「この国が保有するゼルパパム洋の凡そ九割にまで浸透した偽月の血因(ファルスルーナ・ブラッドチップ)だったが、ある日の朝、そのすべてが消し去られた。一瞬にして、だ。ゼルパパム洋全域に深く浸透していたそれは、一瞬にして無害な水へと姿を変えた」

「いやいや……どれほどの広さがあると思って、」

「その日その時間、水質調査、なんて名目で、早朝から大学へ外出許可を取っていた人間が一人いた。魔族が仕込んだ呪詛と魔法のたっぷり詰まった偽月の血因(ファルスルーナ・ブラッドチップ)を一瞬で、そして完全に全てを消し去ってしまった魔法使い。ゼルパパム国立魔法大学刻印魔法科元教授、モーガン・カルストラ。──君の仕業、だよね?」

「海が汚されていたから掃除をした。それだけだ。仕業と言われるほど大層なことはしていない」

 

 おお、なんかまた唐突にキタな。

 

「教授……やっぱり教授もレスベンスト冒険隊の一員だったんだ……!」

「さて、その話の真偽如何がどうであるにせよ、今関係のあることには思えない。それともなんだ、準備と資金をかけた計画を潰されたから、報復しなければ腹の虫がおさまらないか?」

「その通り。せめて君だけでも殺してしまわなければね。このままだと人間が助長する結果を招いてしまう」

「武を持つ英雄より知を持つ指導者を狙うか。良い観点だ。これからもそうするといい」

 

 だが、と。

 久しぶりに──嗤う。

 

「少々判断が遅いし、判断が悪い。私に広域の浄化ができると知っていたのに、どうしてこの手段を選んだのか理解に苦しむよ」

「なに──」

 

 見渡す限りを埋め尽くすモーヴ色。

 そのスライムが、すべて、ぱちんと弾けて死に絶える。

 

「これは!」

「スライムとて汚染の一つのようなものだ。そしてお前は、ゼルパパム洋より狭い範囲にしかスライムを召喚できない。──ほら、私に対して行うべき戦術ではないと、猿でもわかるだろう?」

 

 見えている。説明はしてなかったけど、俺が着ているこの服はヴァルカンの鎧の最終収斂系だ。

 つまり、俺はこの状態で魔力の質を視認できるってこと。刻印魔法学を学んだことで、こういう最小化や簡略化もお茶の子になったのだ。さいさいを忘れると違う意味になるのだ。へけっ。

 

 魔力の質が見えている。それが魔力依存生物にとって如何に致命的か。

 カズラくんのパーティの……メギ……メギスケイオス、じゃないにしても、メギス……いやホントに合ってるか? まぁいいや、メギスくんのような精霊であればこんな外部干渉は意味をなさなかった可能性があるけど、スライム相手なら楽々だ。フォンだ。

 

「さて、帰ろうか、二人とも。これで私も勝者になったのだから、手は出してこないだろう」

「ええ……やはりさすが、ですね」

「教授、すげえ……」

 

 ふ、よせやいよせやい。流石に照れるぜ。

 けどあんまり戦闘能力の誇示はしたくないから、矢面に立つのはこれくらいに──。

 

「流石に危険が過ぎるな。──魔獣形態(オーバーウェルム)

 

 ん。

 

 んー。

 

 すまんな、アルカ。みんな。

 ()られちまったみたいだ。ま、二度の「──ですよね?」とアルカの「──ですよね?」を経験したんだ、終わり時だったのかもしれないから、感謝しておこうかね。

 

***

 

 ──怒りと慟哭が天へと吼え立てられる。

 

「離せ! 離してくれ、リチャード! 俺は、俺は──」

「無理です、諦めなさい! 彼すら一瞬で殺してしまうアレに私達が勝るには、より強くなるしかありません! 今は抑えなさい!」

 

 海上を駆けるはリチャード。彼が抱えるはアルジオだ。

 港より立ち昇る昏い色の魔力から、全速力で逃げる。

 

「くそ……くそぉ! 俺はなんでこんなに弱いんだ!? なんのために力をつけた!? 俺は、俺は……!」

「私も……君達の強さを見て、驕っていました。魔族とは……あれほどの。あれは正しく魔なる王。私達が倒すべき相手……!」

 

 リチャードに抱えられるアルジオの視界で、ようやく、彼の身体が倒れる。頭部を失ったその身体は、昏い魔力によって蹂躙され──。

 

「あ……ぁあああっ、ああああああ!」

 

 モーガン・カルストラは死亡した。

 

 

 レスベンスト冒険隊出発の地、レスベンスト村に帰ってきた一行。

 心の傷、身体の傷を癒すため、しばらく解散の流れになった。

 彼の死を目視したアルジオの荒れようは確かに酷かったが、やはり、それよりも。

 目を見開いたまま涙を流し、うわ言しか呟かなくなったアルカを心配しない彼らではなかった。

 

 立ち直れるのか。折れてしまうのか。

 結末を知る者は彼らだけなのだろう。

 

 あるいは。

 

「……ええ、ええ。事の顛末はそんな感じですわ。……しかし魔王が出張ってくるとは、流石に予想しておりませんでした。出てきても四天王クラスだろうとばかり。……ええ、私はこのまま彼らの旅に同行しますの。おじい様の想像通り、彼に依存していたアルカさんは……少しケアが必要そうですからね」

 

 水晶玉と会話をするはエレオノーラだ。

 彼らから離れたところで、こっそりと。

 

「素の戦闘能力で言えば、魔人形態の魔王より彼の方が強く感じましたわ。けれど、魔獣形態になった魔王は……恐らく伝説に聞く百五十倍、なのでしょうね。私ですら勝てる気がしませんでした。……ええ、勿論。無茶なんてする気はありませんのよ。私の命に値段は付けられませんもの」

 

 そうして通信が終了する。

 色を失った水晶玉に、はぁ、と短く溜息を吐くエレオノーラ。

 

「……エステルト。随分荒れていますわね。()()としては心配が勝りますわ……」

 

 エレオノーラ。

 否。彼女の名は──。

 

「人族が夜明けを手にするか、魔族が涅月に手を届かせるか。あと十年か二十年ほどでピーク……潮時、というやつですわね」

 

 エレン・"オーラ"・マイズライト。

 あるいは『財宝』のマイズライト──世界を四つ買ってもお釣りが来ると言われる財力を持つ、れっきとしたお嬢様、である。

 

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