序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
紫輝歴670年。シュラインが魔法剣を開発するその年に俺は、港湾国家ゼルパパムにいた。
あくまで俺の夢への邁進は趣味と実益を兼ねたもの。だから、趣味で……マー、少年少女のその後を確認しにいく、くらいはする。
あの後。リチャードは彼らを裏切ったのか。アルカはどうなったのか。エレオノーラは【マギスケイオス】に入れたのか……についてはどうでもいいんだけど。
あそこから約4年くらいか。多少の前後はあるだろうけど、それくらい経った時間軸になる。
4年あればまぁ人は変わるだろう。アルカのやつは、22歳か。大人だな、充分。
さて、今回やる「──ですよね?」のタネだけど、料理だと「これ、教授の味!」になっちゃいそうだし、刻印や加工だと「これ、教授の癖!」になりかねないのでやめとく。
そう考えるとシュラインの手癖をアルカが見た時ちょっと考えるものがあるな。シュラインでアルカを見た覚えはないから遭ってはいないのだろうけど。
魔法そのものや魔力効率についての研究も考えたけど、どちらも戦闘能力になっちゃいそーだなー、ってことで中止。でも芸術は未来でケレンがやるわけで、となると次なるブルーオーシャンはどこかなーって考えた時、ひらめいた。
治癒……良いんでね?
治癒魔法、というものがこの世界にはある。
いつかにも少し触れたと思うけど、この治癒魔法、怪我という怪我を一瞬で治してしまう、外科要らずなスペックをしている。そのため解剖は禁忌だし、臓器の病気は手を付けられない、って場合が多い。
今改めて考えると、【マギスケイオス】の……ナントカ・ナントカ。『解体』って称号ついているやつがいたと思うんだけど、そいつは唯一人体の不思議に踏み込んだ魔法使いなのかもしらんね。マー禁忌であるうちに踏み込んだらそら幽閉YO。
魔導医学会というのも存在するけど、こっちは若者を死ぬほど舐める風潮があるっぽいのでまた今度で。少なくとも魔導医学界に十年、二十年といないと発言を信用されんのだとか。
それはいつかの機会にやるかもだけど、今は良いかな。
むしろ「若造のくせに功績を~」っていう悪目立ちをした方が、顔と名前は売れる気がする。
今回やるのは魔力マニピュレーターを使った超手術……ではない。
魔力マニピュレーターは結構特異な技術だ。ヴァルカンだった時もあのアインというのに見抜かれたし、モーガンの時も何も言いはしなかったけどアルカは見抜いていた。
一定以上の実力者には見抜かれるんだ。それを別の時間、別の場所の人間が当然の顔をして使っていて、しかも必ず失踪と死が付き纏う、とかって後世で考察されると気まずい。ので、別の技術を開発する。
高度医療で魔力による再現ができそうなものはなにか、って思った時に、MRIやCTが真っ先に浮かんだ、最先端医療が何かって議論だと流石にもうベテラン選手の域だろうけど、あのドーナツ型の機械は今でもワクドキする。クソうるさいけど。
そんでもって【マギスケイオス】に『遠見』がいたし、透視の魔法はアリなんじゃないかな、って。勿論なんか条件付けしておかないとR18なことに使う輩が出そうだから縛りは入れるけど、良さそう。
これなら解剖せずとも人体の中を見ることができる。ヴァルカン時点との整合性を図るために紫輝歴673年までは公表しないでおくつもりだけど、理論ももう出来上がっている。
MRIとCTのコラボレーションだ。
魔力波という導魔性の話題で出てくる概念を用い、人体に魔力を通す。それによって人体を構成する物質に含まれる魔力素の位置を割り出す。また、反対側へ魔力波がどれほど当たったかも調べる。あとはヴァルカンの鎧でやったのと似た感じの画像分析刻印機材を作って完成。
結局刻印使ってるやないかい、という誹りは甘んじて受け入れます。便利すぎるよ刻印君……。
俺はわかるからいいんだけど、周囲の看護師なんかにもわかりやすいようにモニタする機能もつけてみた。
上下に空間のあるベッド……マジシャンなんかが使うベッドに酷似したものに患者を乗せ、胴体を挟み込むように手を合わせる。そうするとあら不思議、手の近くに出てきた空間投影に内部の映像が映し出されます、と。
──とはいえ。
……お察しの通り、まぁまぁ禁忌である。解剖をしていないだけで他者に魔力を通しているからね。他人の魔力って拒絶反応出ることもあるらしいからそれっぽい動きをした魔力素はこっそり除外している。……一本や二本の魔力マニピュレーターで。ええ、こっちも誹りは甘んじて受けますとも。
だからこれを魔導医学界の前で披露する、ということはしなかった。別にこの医学界を追放されても医者としては活動できるみたいなんだけど、わざわざ怒られたくないしね。
で、今回居を構えるのはゼルパパム南西の港、首都アンガ・ダナだ。いつか少年少女が助力を乞いに行った場所ね。
四年前のあれこれで風通しはよくなったとかで、治安も落ち着いた場所。そこにちんまりとした診療所を開いた。『○○病院』や『○○治療院』を名乗るには魔導医学界の認可がいるらしく、診療所やクリニックにはそれが要らないのだと。当然だけどゼロからスタートだ。最初から売れたかったら魔導医学界を出ろって話ネー。
一応強みとして診断・治療にかかる費用がアホほど安い、ということにした。実際俺の魔力以外のリソース無いからね。ただケレンの時に見抜かれたことを考えて、多少のお金の動きがあるようにはしているけれど。
ゼルパパムは冒険者ギルドが無いから小遣い稼ぎがしづらい。また、脛に瑕持つやつらも多い。そういうのは『公営外輪船』を使わないで民間船を使うのと同じで、個人の診療所を利用する。それで有名になって、突然失踪の流れにするつもり。
また、このシステムにする以上は通院の可能性を作らないのが大事だ。通院。あるいは治療薬の服用が必要だっていうのに医者が失踪して手に入らない、なんてことはあっちゃならない。
そこはな、人としての倫理観というか、しっかりしなければ。
だからそういうのになりそうな患者は多少無理矢理にでも治す。治したら名が広まるどころの騒ぎじゃない、ってレベルの患者は申し訳ないが断る。それを徹底する。
そんな感じの診療所は、マー、結構盛況だった。一発で治るのがありがたいんだろうな、金のない奴らは。時折違う病院や治療院の患者も引っ張っちゃうことがあって、その時は色々苦労したけど、……なんだかんだ言って治ってお礼言われるの嬉しいんだわな、これ。料理の時も思ったけど、俺割と笑顔好きかもしらん。
……その数百倍の悲しい顔を作っているやつがなにを、って。……返す言葉も無いんだけどさ。
「先生、急患ですー。魔物と戦ったあと二時間ほどで突然意識を失ったと」
「すぐに処置室へ移動させなさい」
「はーい」
少し前から雇っている気怠い感じの看護師の報告を受け、立ち上がる。
さーて今日も今日とて仕事──……って。
「しっかりしなさい、レベッカ! 起きなさい! こんなところで死なれては、私は……!」
「気持ちはわかるけど、落ち着いて、リチャード。……お願いします、先生方」
……そのつもりでここに開いたし、いつか来ないかな、とは思っていたけれど。
半年で来るかいね。
イコノグラフの時の……カズラくんもだったけど、もしかして運命の赤い糸的なの、実際にあったりする?
とりあえずの峠を越えて安らかな寝息を立てるレベッカちゃんを前に、手を組む。
……んー。がっつり内臓だな。毒……それも、魔族由来のものに見える。
薬で散らすのは無理だ。既に彼女の内臓細胞と癒合を始めている。摘出しようにも範囲が広く、難しい。
というのを、説明する。空間投影を使って……わかりやすいように、ありありと。
「その魔物との戦いでどうにかなった、というより、幾年か前に受けた魔族の攻撃が潜伏していて、今になって作用が出た、というように見えます。今までも……ふらついたり、お腹のあたりを押さえたり、していませんでしたか?」
「してた……。レベッカ、そのたびに貧血だとか寝不足だとか言ってたけど、もしかして」
「はい。激痛を耐えていた可能性が高いです。肉体を侵食される痛みは……形容しようがありませんが」
「……なんとか、ならないのでしょうか」
「……」
「そんな……!」
どう……すべきだ。
できる。やろうと思えばできるよ、俺は。
でもそれは、一歩どころじゃなく踏み込む。余計な感情を抱かせる。折角そうさせないための技術を作ったってのに、俺は。
「お願いします……私に押し付けてもいい。元はといえば、私が不覚を取ったせいです」
リチャード・スミス。お前は……レベッカを殺したかったんじゃなかったのか。
そのために名前を偽り、性格を偽り、少年少女の冒険譚に話を合わせてきたのだろう。
なぜそうも懇願する。どうしてそう悲痛な顔をしている。この四年で何があった。
「お医者様、お聞きしたいことがありますわ」
「……なんでしょう」
「レベッカさんを治癒できないのは、技術が無いから、ですの? それとも材料や資材、人材が足りないから、ですの?」
エレオノーラの問い。
それは。
「材料なら! どんな場所のものだって、取ってくる!」
「そして費用でしたら私が出しますわ。これでもお嬢様ですもの、財力には自信がありましてよ」
……なんか、安心したよ。
今飛びついてきたアルジオ君も、実はあんまり馴染めてないんじゃないかと思っていたエレオノーラも……もうちゃんと、仲間なんだな。
もっと暗い炎を湛えているかと思っていた。もっと淀んだ気を纏っていると思っていた。
なんだ、俺の杞憂だったか。
「そちらの赤髪の方。あなたがこのパーティの保護者と見ましたが、相違ないですか?」
「……はい」
アルカに問いかける。
アルカ・ダヴィドウィッチ。【マギスケイオス】が『最小限』。
彼女は……前より落ち着いたかな。そう見える。でも、心が壊れているわけじゃなさそうだ。何か立ち直る機会に恵まれたのか、仲間が彼女を見捨てなかったのか。
こちらへ、と奥の部屋へ促す。
覚悟を決めた顔で……ついてくるアルカ。
ばたん、と扉を閉めて。
「治すことは、できます」
「本当……ですか? ……私から見ても……覚悟が必要だと、感じましたが」
ああ、そうか。お前はわかってしまうんだな。なまじ知識があって、実力があるから。
……なんだか嬉しいよ。あるいは前代『最小限』の教えによるものなのかもしれないけれど、俺の学生で、俺の弟子で……嬉しい、というか、感慨深いのかな。
「幾つかの禁忌を用いることに目を瞑っていただくこと、そしてあなた方に施術に関する秘密を守ってもらえるなら、という条件付きです」
「それは、もちろん大丈夫です。私もあの子たちも、仲間のためなら……鞭に打たれたって秘密を守り通します」
知っているさ。そういうやつらだということは、勿論。
だからあとは、俺の問題。俺の踏ん切りがつくか、という話。
──ま。
なるようになるだろう。
それに、今更だしな。もうすぐしたらシュラインが魔晶石加工を生み出すんだ、こっちでちょっぴり特異なことやったって大丈夫さ。
「すぐに施術へ取り掛かりましょう。少年たちへの説明は、あなたがしてくださいますか?」
「はい。……ただ、一つだけ」
「なんでしょうか」
「あなたの……その言葉は、私を気遣ってのもの、ではありませんよね。本当はできないのに、手を尽くすことで心を守ろうとしているんじゃ」
「残念ながら、当院……当診療所ではそういうサービスは行っていないのですよ」
少しだけ、翳りは見える。まぁ、当然か。アルカはモーガンに半ば依存していたしな。
だけど……立ち直ったというのなら、二度もその灯を翳らせるのは、趣味じゃないって話でさ。
「カノン、施術を開始します。患者を奥の手術台へ運んでください」
「かしこまー」
さて。
──とりあえず、恐らく『遠見』だろう魔法をシャットアウトして、と。
オペを開始しようか。
***
首都アンガ・ダナで紹介された、手続きや待ち時間をほとんど必要とせずに診てもらえるという話で赴いた、ローレンス診療所。
そこで、戦闘後突然意識を失ったレベッカちゃんを診てもらい……彼女の抱えていたものが明かされた。
嘘ではない。それくらいは見抜ける。それにこの人は、患者について嘘を吐く人じゃない。それもわかる。
アルジオ君も、ユリウス君も、ヴィクニちゃんも、エレオノーラも、リチャードも。祈るように……固唾を飲んで彼女を見守っている。「大声を出したり飛びついてきたりしないように」と言われたから、だけじゃ、勿論ない。
苦しいからだ。四年前を思い出す。こんなに力をつけたのに、また何もできない。何もしてあげられない。
先程と同じように、ローレンス先生の手がレベッカちゃんを挟み込むようにして置かれる。それによって現れる、光属性魔法を利用した彼女の内部。
人体という一種の結界、不可侵の秘境を見せるこの魔法は『遠見』のザイカおじさんの使うものによく似ている。
けど、それより限定的で……もう少し感情を乗せて言うと、冷たい感じがする。比喩も交えるのなら、「生きていない技術」。生きるために生み出された
「──少々ショッキングです。子供達を押さえてください」
冒険隊の子たちはそこまで子供ではない、というのは、初対面のこの人に言っても仕方のないことだ。
だから彼が集中して施術できるよう、子供達を押さえる。
その、目の前で。
ぞぶ、と……レベッカちゃんの胴体へ、ローレンス先生の手が突き刺さった。
「レベッ──……!」
咄嗟に叫びそうになったアルジオ君の口を塞ぐ。その目が「どうして!」と訴えかけてきているけれど、落ち着いて、よく見なさい、としか言えない。
「血が……でて、ない。なに……あれ」
ヴィクニちゃんが零す。
その通りだった。貫かれたはずのレベッカちゃんの肌には赤がない。血が出ていないし、そもそも傷が無い。そのままスススと腕が動いても、その痕跡に穴らしきものはない。
すり抜けている。非実体系の魔物のように、彼女の身体を。
「……やはり完全に癒合していますか。臓器だけじゃなく、筋線維や骨にまで……。どういう毒なのか知りませんが、随分と出鱈目な。というか毒じゃないでしょう確実に。寄生細胞?」
「先生ー、患者のバイタルサイン危うい感じですー。もしかしたら魔族の毒がわたしたちに気付いたのかもー?」
「意思を持って侵していると? ……なるほど、だから今まで見つからなかったのですね。小賢しいことです」
恐ろしいことを話す医者と看護師の二人。子供たちは今にも飛び上がりそうだ。抑えておけと言われても、単純な膂力では子供達の方が強いのだから、限度がある。
「次、先程以上にショッキングな光景が来ます。自身を抑えられそうにないのなら、退室しなさい。これが治療であるということをお忘れなく」
「……っ!」
歯を噛みしめる音がした。
子供達三人は、自身の身体を、腕を押さえ……座る。動きだそうとする身体を理性で封じ込めるかのように。
彼らがたまに見せるこの理性と本能の乖離はなんなのか。子供にしては異常な強さを持つ彼らは一体何なのか。
考えない日は、ない。だって教授が……わざわざ接触した子供たちで、命を賭して守った子供たちなのだから……それは。
「
呟かれた言葉は四音。込められた魔力は──極大。
初めて見る規模の魔力だ。人間が保有していていい魔力量じゃない。いや、そもそも、どこからこんな魔力が練り上げられたのか。ローレンス先生の保有していたものとは似ても似つかない、極めて純粋な魔力の奔騰だ。
「な、ぁ──!?」
「……うそ」
その嵐の中で、ことは起こる。
ローレンス先生の手元が輝いたかと思えば……レベッカちゃんの首から下が、編みぐるみの糸を解くかのように、きれいさっぱり無くなってしまったのだ。
「ガ──ァ──!?」
「カノン」
「はいー」
抑えが利かなくなった。ブチ切れた。そういう音がした。
そんなアルジオ君に、鎮静剤らしきものが打ち込まれる。……なにこの看護師さん。今アルジオ君の動きを読んで、先回りして注射針を置いていたような。
「
首だけになっても尚出血はない。どころか呼吸も止まっていない。そして呟かれた言葉に従い、水が逆巻くようにして、レベッカちゃんの肉体が構築されていく。
見える。この目は、それを捉える。
無数の針。無数の糸。あの時に見た、世界の理を書き換える魔力行使。
肉体を構成する粒。魔力素。その他、レベッカちゃんというものを構成していたありとあらゆるものが、魔力の糸によって「整えられて」いく。
元通りに。それでいて、毒の浸食を受けていないものへ。
何が起きたのかは、理解した。
レベッカちゃんの肉体を生命を維持したままに最小単位にまで分解し、健康な身体として構築し直した……だけ。治癒魔法の延長線上。傷を治すあれを、全身に適用させただけ。
でも、果たしてそれは、人の辿り着いていい領域なのか。
「……ふぅ。上手く行きましたね。カノン、毛布を」
「すでにー」
一糸纏わぬ身体ですやすやと眠りにつくレベッカちゃんに、毛布がかけられる。
そんな彼女のもとへ真っ先に駆け寄ったのはアルジオ君だった。看護師さんがぎょっとしている。鎮静剤打たれたのに、なんでそんなに動けるの……?
「レベッカ……レベッカ、死んでない、よな」
「死んでいませんよ。ですが、起こさないであげてください。後遺症も副作用も出はしませんが、停止していた肉体機能が再稼働し始めたばかりで、カロリーを激しく消費しているはずですから。起きたらお腹が空きに空いていると思われるので、たくさん食べさせてあげてください。病人食である必要はありませんよ。がっつり肉とかで大丈夫です」
「わかった……ありがと、ありがとう、ローレンス先生!」
私含め。
他の皆は……動きだせない。脳が理解を拒んでいる。
今のは、なんだったのか。
「赤髪の方。誓ってこのことは他言無用でお願いします。彼らにもその徹底を」
「あ……は、はい。絶対に……言いません」
言ったところで誰が信じるか。
これは最早、死者蘇生に近い技術だ。いや、確かにレベッカちゃんは死んでいなかった。呼吸をしていたし、出血もなかった。だけど肉体が一度雲散霧消して……それを、生きている、って。
それに……これができるのなら。
可能性は、あったのだろうか。四年前……彼の肉体は。首を落とされた教授の身体は……もし、あの時、彼をこの人に診せていたら。
「失礼。ローレンス先生、少々お話がありますの。よろしくて?」
「構いませんが、お仲間のそばにいてあげなくて、良いのですか?」
「彼女に真に寄り添える方は別にいますから」
そうだ、と。エレオノーラの発言で思い出して、リチャードの方を見れば。
「ふふ……殿方の涙。昔はみっともないだけだと思っていましたけれど、こういう時に泣けるのは高評価、ですわよ」
「余計な……お世話、です……」
……何かあるのは知っている。彼とレベッカちゃんの間に。
そして……私達の知らないうちに、何か状態が良くなった、というのも。
でも、嬉しい。素直に嬉しい。いつも飄々としている彼が、ここまで彼女を想ってくれていたことが。
教授。
今でもあなたのことを思い出すと、胸が苦しくなるけれど。
あなたが育てた子供達は、私含めて、今日も前に進んでいるよ。
どこかで……。
どこかで、見ているのかな、教授。
***
全然。もう、全然バリバリ泣きそうだったね普通に。なんだよリチャードのやつ、男泣きとかずりーだろ。
俺の感情と表情筋と涙腺が連動してたらやばかったね。一つも連動していないから何も問題なく話せるんだけど。
「それで、お話とは?」
「──わかっているでしょう? 前金で300億ストレイル出しますわ。あなた、私に雇われていただけません?」
まぁ、だろうな、とは思っていた。
ヘッドハンティング……というか、この場合は普通にスカウトかね。
エレオノーラがどれほどのお嬢様なのかは知らないけど、このとんでもない大金をぱっと出せる程度には、なんだろう。
「申し訳ないのですが、それはできません」
「……ここで診療所を続けたいから、ですか?」
「はい。あなたに雇われてしまっては、」
「その全てを許すと言ったら? あなたのポリシー……患者として訪れた相手はどこの誰であろうと癒す、でしたか。盗賊だろうと海賊だろうと、敵国の者であろうと魔族であろうと。どんなものが来ても、患者になったのなら必ず癒す」
「私達は、初対面ではありませんでしたか?」
「私、お金の匂いのする情報は全て耳に入れているのですわ。少し前からここで医者を始めた、どんな相手でも格安で治療をしてくれる医者先生。先程のそれが埒外のものであるにしても、普段の診療だけで充分噂になっていましてよ」
ほー……。なるほど、エレオノーラはそういうポジションに収まったのか。
レスベンスト冒険隊は強さに偏重しているからな。政治的、あるいは情報通ポジションを担えるやつがいないと思っていたけど、お前なのか。リチャードはあくまで自分の目的に対しての策士風だし、妥当っちゃ妥当だが。
「すべて許しますわ。誰を治してくれても一向に構いません。ただ、私に雇われ、時折私が依頼する方の治療をしていただければ、後は自由。診療所も続けられて、多量のお金も入ってくる。何かあなたに不都合ありまして?」
「成程、確かに魅力的なお話ですね。それでも、申し訳ありません」
「なぜ?」
マー、責任が発生するから……ですねぇ。
雇われになると失踪した時面倒臭いってハンラムで学んだからなぁ。
「あなたにはわかりませんよ。それに、雇われずとも、病人やけが人を連れてきてくださったら、ちゃんと診ます。あなたの言う通り、それがどこの誰でも。顔や名を隠さねばならない重鎮であろうと、国際的犯罪者であろうと、誰でも」
「桁を一つ増やして差し上げてもいいのですのよ。3000億ストレイル。魔導医学界すら黙らせて大きな治療院を開くことだってできますわ」
「不要です。金額の話ではありませんから」
こいつもまさか夢にも思わないだろうなぁ。
ある程度名前と顔が売れてきたら突然とんずらしてどっかで細々と再開するつもりだから、なんて。その時に責任感を覚えたくないから、なんて。
「そろそろあの子の起きる頃合いです。お仲間と食事に出かけ、気分転換をしてください。この話は無かった、ということで」
「理解……できませんわ。それだけの技術があって、もっと活躍したいとか、もっと求められたいとか……ありませんの?」
「ありませんよ。お帰りください。治療の費用については、皆さんが元気になってからお話しましょう」
「……諦めませんわよ、私。頷くまで通ってやりますわ……!」
「当診療所は通院不要で有名なんです。患者でない方の通院もお断りしています」
エレオノーラに退室を促せば、彼女はキーキー言いながらも出ていった。
それと──入れ替わるようにして入ってくる、アルカ。
……だよね。
「彼女らとお食事を済ませないのですか?」
「そういう……気分じゃ、なくて」
さて。
どう言い訳しようかな。……だからやりたくなかったんだよだってアレがっつり魔力マニピュレーターだからさァ!