序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
幼い頃に売られた彼女を買ったのは、とある暗殺組織だった。
海洋国家ゼルパパムは四つの国から成り立つ大国である。そのため、行政や治安維持組織の目が各地まで行き届かないことが多い。港ごとに勢力図が変動し、その把握を怠れば即ち死、というくらいには悪なる勢力が蔓延っているのだ。
中でも首都アンガ・ダナに本拠地を置く
少女を買った暗殺組織は、そんなマリト・マフィアの掃除を担う組織……その傘下。この組織に所属する者には、感情も出来栄えも無い、与えられた通りの仕事をその通りにこなす道具としての生が与えられる。
つまり。あるいはよって、失敗とは故障であり欠陥。彼女の教育者諸共責任追及を受け、その汚点は無かったこととして削除される。そういう運命を押し付けられる。
波の音が聞こえる。
戸を叩く。背中の傷は浅くない。左腕は千切れかけている。失った血液はもはや治癒魔法ではどうにもならず、魔力も底を突きかけている。
どうして逃げたのか、彼女自身にもわかってはいない。
そもそも、どうして失敗したのかすら、わかっていない。
自身より年下の子供を殺す任務だった。年下がどうとか、年上がどうとか、彼女は自身の年齢すら把握していないから、そんなこと気にならなかったはずなのに。
まだ幼いとしか言えない子供に対して、刃が鈍った。
戸を叩く。追手はすぐそこまで来ている。表の看板にあった「急患であれば何時でも受け付けます」という文言をその通りに受け取って、彼女はここを訪れた。いつかの任務で、前を通ったことがあった。縁としてはただそれだけ。
戸を──。
「急患……ですね。酷い怪我だ。どうぞ、中へ入りなさい。大丈夫、もう誰もあなたを傷つけることはできませんよ」
戸が、開く。
出てきたのは、青みがかった毛先を持つ、プラチナブロンドの髪の男性。
彼女の呼吸が止まりかける。巧妙に隠している。いや、足運びや重心の使い方からして、到底手練れには見えない。戦士にすら見えない。
けれど──彼女が今、死の淵にいるから、だろうか。
突然深海に放り出されたかのように、暗く、冷たく、重いものがのしかかってきている。そう感じられる。
今まで相対してきたどんな人間よりも、今まで駆除してきたどんな魔物よりも──危険。
「どうしました? あなたを追う方々が、あなたを見つけてしまうまえに、さぁ、こちらへ」
「た」
「た?」
思わず聞いた。聞くという行いを初めてした。
「食べ、ない?」
「……ええ。人間は可食部が少ないので、あまり好みではないのです」
ぞっとする返答だったけれど、それ以上はもう無理だった。体力が底を突いて、失血も限度を超えた。
倒れ込むようにしてその建物の床へ顔面を打ち付けて。
次の日には、五体満足で、その病院のベッドにいたのだ。
波の音が聞こえる。
「おはようございます。よく眠れましたか?」
彼はベッド脇にいた。服の撚れ具合からして、寝た形跡の無い彼が。
「怪我は治しましたし、首と心臓に絡まっていた魔力の茨も解いておきました。呪い……契約でしょうかね。魔法的な縛りはもう無いものと考えていただいて大丈夫ですよ」
「……わたしは、カノン」
「ええ、知っています。服にあった
「あなた、は?」
「ローレンスです。ここで医者をしています」
「……わたし、の……値段は、30万ストレイル」
「それを治療代にする。つまり、ここで働かせてほしい、という話ですか」
YESを返すことだけを求められていた少女に会話の妙は存在しない。
あるいは聞き取り難い発音だったのかもしれない。自分のことが話せたのは奇跡だったのかもしれない。
たまたま相手が、彼女の背景を「多分こうだろうな」と察し得る存在だったというだけ。標準装備と言える無数の「異世界テンプレート」はこういう場面でとんでもない理解力に様変わりする。
とかく、こうして彼女はローレンス診療所の看護師になった。
彼女自身が驚くほどの速度で壊れていた心は恢復し、彼女の個性も取り戻された。そこにはあるいは、「心の距離感や裁量の基準値不足で激重感情とか持たれると色々やりづらいなぁ」とか考えた畜生による「夢中への干渉治療」というほぼほぼマインドコントロールなそれがあったのかもしれないけれど、とにかく彼女は元気になった。
肉体も、精神も。元気になって、既に自身を買い戻せる給料も貰っているけれど、当然ながらここに居ついた。
たったこれだけが彼女の過去だ。たったこれだけが、今の彼女を形成したすべて。
巨大で激重の感情など、持たない方がおかしい。
──まだ、波の音が、聞こえる。
***
部屋の空気は死んでいる。
アルカ。アルカ・ダヴィドウィッチ。なんて切り出すか迷っているのだろうな、というのがありありとわかるくらい、口を開けては言いよどみ、自身の掌を見ては閉口し、首を振る……というような動作を十分くらい続けている。
マー。
だよな、って。
治療設備の刻印にモーガンの癖は出していないけれど、魔力マニピュレーターは他に類を見ない技術だ。恐らくこの四年間で彼女も類似の技術についてを調べ回ったことだろう。それこそ【マギスケイオス】に情報の確認をしにいったかもしれない。
けど、出てこなかったのだろう。それが突然ここで、目の前で、ってなったら……まぁ、なんだ。
俺から助け舟をだしてやるか。
「聞きたいのは、カルストラ教授のこと、でしょう」
「──っ! ……知っている、んですか?」
こうすることで、否定する。
俺がモーガン本人であるという
申し訳ないけど、身内からの「──ですよね?」は俺の夢に含まれるそれじゃない。オーリエ(仮)が何度もやってきた時に刺さらなかった通りだ。
「旧知……というより、同門の徒、と言っていいでしょう」
「同門……?」
「エチェロエグズル教戒院。私とカルストラはそこで教えを受けました」
そういうことにする。未来でシュラインについても誰かに聞かれるだろうから、それもここに統合。
さらに遠見と万能魔法の一端を使用し、ゼルパパム国立魔法大学にあるモーガン・カルストラの経歴書類を改竄。シュラインについても書類が捏造され次第書き加えるものとする。
記憶への干渉は……流石にやめておこう。単純にここまで遠距離だと厳しいというのもある。ま、赤の他人の出身校なんかしっかり覚えてないって。
「聞いたことが、ないです」
「でしょうね。私もあそこへ行く手段は持ち合わせていませんよ。どこを通り、どうして出てきたのかを覚えていない。そういう魔法、心当たりありませんか?」
「……まさか、『
やっぱりあるか。魔女の隠れ里じゃないけど、トライアスロン石村のところへいくあの吹雪も似たような効果の結界だろうし、司書の男が使っていたゲートという魔法も似た感じだと思う。召喚も多分そう。
転移、ないしは異空間や亜空間を繋ぐ魔法。俺が武器取り出しに使っているのはあくまでその場での物質再構成なので、虚空から取り出しているように見えているだけだ。
「とにかく、私やカルストラ教授、その他十数人の学徒があそこにはいました。彼らはそれぞれに別々の分野を学び、知を蓄え、世に出た。……あなたが気になったのは、これですね?」
言いながら魔力マニピュレーターを見せる。
掌に滞留させた魔力。そこから一万五千のマニピュレーターを出す。
「使える者は限られますが、固有の能力ではありません。私、カルストラ教授に加え。同学年ではあと数人の使い手がいました」
「あれを……できる人が、他にも」
「……今更の確認をしますが、あなたは彼の研究室にいたアルカさんで間違いありませんか?」
「え? はい。……あ、そっか……まだ名乗っていませんでした」
「彼が刻印魔法学のブレイクスルーを経験した際、こちらから連絡を取りましてね。その際、楽しそうに話していましたよ。"自分に自信の無いおかしなやつだが、将来有望な子供がいる"と。赤髪に翡翠色の瞳をした、どこか抜けている娘。……彼の言う通り、ですね」
「も……もう、教授、何も他の人にまでそんな紹介しなくても……」
エチェロエグズル教戒院については、マー、いつか作ったっていい。教育者自体はかなり楽しかったしな。あーでも学校作るまで行っちゃうと失踪後発見で「──ですよね?」どころじゃなくなりそう。普通にまっすぐな糾弾が来そう。
……保留!
「四年前、ですか。……彼が亡くなったのは」
「……はい」
「早いものですね。時間と言うのは……直面した時は到底乗り越えることのできない壁に見えるのに、過ぎ去れば一瞬です。……あなたと、彼らが……カルストラ教授の最後の生徒。……どうでしたか? あなたの前でこんなことを言うのは失礼かもしれませんが、友人としては……カルストラ教授は、まぁ、教育者というより研究者というような性格だったと認識していますが」
「そう……ですね。とにかく愛想っていうものを知らない人で……大学にいたときも、子供達相手でも、笑顔はほとんど見られませんでした。……でも、言動の裏には優しさがあって、暖かさがあって。私は……彼の刻印行使に憧れて、教授の背を追っていましたけれど、いつのまにか……お父さん、みたいに……感じていたんだと思います。私だけじゃなく、皆」
……ミズナギドリの一部には、「雛の巣立ち前に親が消えてしまう」という種類がいる。
雛鳥たちは親の蓄えた餌を食べるけど、すぐに空腹になって、空腹を自覚することで巣立ちを経験し、自身が飛翔できることに気付く。
俺は……あっさり死んで、まだ巣立ちの時期じゃないかもしれないって杞憂で帰ってきたけれど。
こいつらはとっくに空を飛んでいたのだろう。
あるいは今まで俺の教えてきた、育ててきた、すべての子供たちが、同様に。
……うん。
こうして安否の確認をするのは今回限りにしよう。これからは今まで通り、フルスタイル畜生エンジョイ勢として在ろう。
「……これを」
これがどういう結果を齎すのかはわからないけれど、なんとなく、そうしたいと思ったから。
体内で生成したそれを、あたかも懐から取り出したかのように見せかけ、渡す。
ハガキほどの大きさの、厚いつくりの紙。
「……え、これ!」
「ガルベンというハンラムの老絵師に描いてもらった、私達三人の絵画です。少し若い時分のものですし、右端に描かれているのはシュラインという私達の友人……あなたの知らない方にはなってしまいますが、笑顔のモーガン・カルストラ、というのはこの絵画くらいにしか残されていないでしょうから」
描かれているのは左から、俺(いしゃのすがた)、俺(がくしゃのすがた)、俺(さいくしのすがた)。……が、エール樽片手に大学生みたいなノリで肩組んで、超笑っている絵。意図したつもりはなかったけど、プラチナ+毛先青、青っぽい黒髪+毛先白、銀髪+毛先プラチナという……なんか三角関係すら感じるループが起きている。俺ってカラバリのレパートリー少ないんだなぁ。
スーパー自己主張激しいブロマイドだ。ガルベンは妄想お爺さんだけど、なんか過去にいたらしいし。……申し訳ないが死人に口なしである。
「い、いいんですか?」
「私には記憶がありますから」
あげるために作ったんだから貰っていきなYO。
「さて、そろそろお仲間がお腹を空かせすぎて暴れ始める頃でしょう」
「あ、いや、先食べててッて言ったので」
「そうですか? それにしては皆さん診療所の前で並んで待っているようですが」
「え! ああ……ああもう、あの子たちは……! あ、でもお金が」
「治療代はエレオノーラさんが払ってくださいましたから、大丈夫ですよ」
「嘘、あの子また勝手に……。あの、ほんと、色々ありがとうございました! また来ます……じゃない方がいいのかな、病院だし……」
「そうですね。大けがはあまり負わないように。命あっての物種、ですからね」
「はい、ほんと、ありがとうございました!」
パタパタと慌ただしく退室していくアルカ。
……うん。
また、とも言えないし、じゃあ、とも言えないけれど。
元気でな。
レスベンスト冒険隊が去って。
「静かになりましたねー」
「あなたもお疲れ様です。……しかし、彼でしたか。どこの誰が、というのは聞かない方が良いのでしょうね」
「……何か透けましたかー?」
カノンの元ターゲットの話だ。
ユリウス・ヴァーハウスト君、だろうな。彼を見た時、一瞬だけ瞳が揺れていた。魔力の質も不安定になったし。
彼女の経歴はある程度知っている。彼女の記憶を読んでの把握だから、主観視点の妙による隠蔽は多くありそうだが。
マリト・マフィア、ね。
ゼルパパムに巣食うのは魔族だけじゃないって話だ。
──診療所の戸の開いた音がした。
「カノン、受付を……カノン?」
気の抜ける声を出しはしても、仕事の早い彼女。そんな普段の姿からは考えられない……瞳孔を開いて、身を震わせて。
……ははーん。
「そこで待っていて大丈夫ですよ」
「ダメ、です。……行っては」
「今、少しお腹が空いているんです。──成人男性程度であれば、丁度いい腹の足しになりますよ」
あの時のやりとりが冗談であることはもうわかっているだろうから、大丈夫だということを伝えるためのジョークを一つ。
受付の方へ出ていけば……そこには、
葉巻は吸っていない。そういう理解はあるのか。それとも喫煙しないだけか。
「ローレンス診療所というのは、ここで正しいか?」
「はい。私が医者のローレンスです」
「金は払う。秘密裏に、公的な書類……カルテなどを残さずに治療してもらいたい相手がいる。それは可能か?」
「もちろんです」
「それはよかった。施術はここでしかできないか? あまり動かしたくない状況なんだ」
「勿論赴くこともできますが──」
「安全は保障する。治療が終わったからといって用済み扱いにすることはない」
「私がその危険性を考えるとわかっていたかのような話しぶりですね」
「ああ。彼女のことはこちらで存在していなかったことにしてある。我々はこれを恩としても負債としても考えるが、それとは別に、治療費はしっかり払うつもりだ」
……随分話が通じるな。とすると、これは内部の派閥争いとかが起きていて、カノンをどうこうしている余裕が無くなった感じか?
それで……頭が病か怪我で倒れて、緊急で来た。……かな。
「だ……だめ、先生」
「……カノン」
「一度関わったら、戻ってこられない。口ではなんとだって言える。でも、本心は、先生を籠の鳥にするつもり」
「砲撃魔法49型。これは使用者の話し合いだ。口を挟む権利がないことを理解しろ」
「理解、しない。わたしはもう、道具じゃない……から」
……ふぅん。
良いじゃん。
「私に言い返してきた……? 心とは、この短期間で……こんなにも回復させられるものなのか?」
「良いでしょう、お話を受けますよ」
「せ、先生!」
「ただし私はただの医者ですから、護衛に彼女をつけます。問題ないでしょう?」
「……無論だ。我々があなたを害することはないが、精神的な安全というものは確保されて然るべきだ」
「ついては彼女を私の護衛として認識するようにお願いします。あなたも、あなたの組織の人も、そこは徹底してほしいですね。道具は紛失したのではなく、初めから無かったことになったはず、ですから」
「その通りだ。失礼をした。……そこまで遠いということはないが、馬車を用いる。医療道具など、運びたいものがあればもう一台用意しよう」
あくまでどんな症状かは言わず、か。
相当……他所に知られたらまずいほど弱っているな、これ。……あの治療法をするつもりはないからな。
ちゃんと道具を持っていこう。
「先生……どうして」
「残念ながら、私は医者なのです。苦しんでいる患者がいると聞いて、それを無視するわけにはいきません。だから、私の背中はあなたが守ってくださいね、カノン」
「……全力を、賭す」
「いつものように間延びさせないのですか?」
「気分じゃ、ない」
サイデッカー。
こうして。
ローレンス診療所は、開院後たった半年で、その看板を下ろすことになる。
ただし此度は失踪ではなく──マリト・マフィアに連れ去られた、として。