序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
歴史において、熾烈な戦いの繰り広げられた戦地に現れた複数体の竜への考察に使われる言葉だ。
竜はその図体を保つために、大量の食事を必要としているはず。しかし、世界のどこを見ても、竜の被害というのは存外少ない。彼らとて生物である以上、日々の食事で村丸ごと消滅、それが毎日のように、であってもおかしくはないのに。
このことについて、研究者たちはこう考えた。
彼ら竜は非常に高い効率で食事を活動のエネルギーに変えられるのではないか、と。あるいは一度の食事量が多いにもかかわらず巣を持たないことから、体内に食料や栄養の保管庫があるのではないか、と。
つまり。
人間や魔族が起こす戦争というのは、竜からしてみたら、何年かに一度行われる立食パーティーのようなものなのではないか、と。
事実として、竜は戦場に現れる。現れて、勝敗を定かではなくさせるほどに食い散らかす。何の皮肉か、
さて、その真意は──当然、竜たちにしかわからないのだが。
港湾国家ゼルパパムにおいて起きた、マリト・マフィアにおける内紛。
それを涎を垂らし、舌なめずりをして観察している羽つきトカゲが一匹──。
***
レンバルト・ドランの手勢は推定六千人。対してカリアンたちは三人。
多勢に無勢とはまさにこのことだ。正面から突っ込めば、彼らとて磨り潰されていたやもしれない。
しかしここで、ようやく「才覚」を見せる者が現れる。
「ローランド! 敵を迎撃しつつ、僕と一緒に地点Aまで後退だ! 深追いの必要は無い! カンナ、魔法は使わなくていい! この先の通路は狭いから、それが壁になる!」
この場で最も弱く、経験が少なく、覚悟の足りていないはずだったもの。
カリアン・ヴィスマルク。二代目無疵のヴィスマルクにして、父親に比べて被弾の多い青年。
「階段上には注意しろよ! 窓側は気にしなくていい! 厄介なのは魔法、ぬぁぁあああ!?」
「そんなにいちいち驚かなくてもー」
「いや!? 炎の球を剣で叩き切れるほうがおかしいからな!? それ魔力込めてないだろ!?」
「
「できるかァ!」
なお、カンナの言うことは正しい。実際他国におけるA級以上の冒険者パーティや、ゼルパパムにおいては名高いレスベンスト冒険隊などはメンバーの全員がそれを可能としている。
魔力の扱いに長けることとは、敵の魔法を無効化することにもつながるのだ。
「づっ!?」
「……痛い、ですねー。……成程ー、室内で
「二人とも、一瞬止まってください。……はい、摘出完了です。魔力を練って大丈夫ですよ」
魔力弾。魔力で作られたその弾丸によって対象の魔力に穴が開くと、対象はその部位に魔力を通すことができなくなる。
杖を持たない魔法使いにとって、肉体こそが杖だ。その杖に魔力の通れない場所ができる、ということがどれほど効果的かなど、わからぬ者はここにはいない。
ただ……本来であれば時間をかけて穴を修復する必要があるところを、一瞬の硬直さえあれば外部から治してしまえる者がここにいる。
「つくづく意味の分からん治癒術だ! 味方であって本当に良かった!」
「それについては同意ですねー」
無疵のヴィスマルクの正体など、最早語るまでも無い。
親子二代に亘ってその戦場の裏を支え続けた彼こそが、本当の。
「そこの角を左に曲がれば父さんの執務室だ! 中にはレンバルトがいる可能性もある! 気を付けろよ!」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますねー」
「全く以てその通りだな!!」
扉が開く。
中には。
「っ、父さん!?」
「落ち着きなさい。幻術ですよ」
ズタボロの状態で磔にされ、項垂れているジョージ。
その姿を見て駆けつけかけたカリアンの肩を掴んで止め、手袋を一つ部屋の中へ放り投げるローランド。
一閃。手袋が断ち切られた。
「な」
「随分強力な幻術ですね。単一詠唱式の魔法ではなく、刻印を使っている。……そこ」
メスが一本投擲される。
天井。血飛沫の飛び散ったように見えている部分。そこにメスが刺さると、
そしてそれが剥がされた執務室に、一人の女性が姿を現した。
「誰だ。父さんはどこだ」
「そう牙を見せないで。それに、安心なさいな。ジョージは無事よ。寝室で家族の無事を祈る程度には」
「……だとしたら、尚更、お前は誰だ」
毅然とした態度でカリアンが問えば、女性はふふ、と柔らかく笑う。
「私はダルク。ダルク・エヴァンス」
「知らん名前だな。どこの誰だと付け加えるか」
「そうねえ、肩書は幾つか持っているけれど、今最も正しいと言えるのは──ジョージの護衛、かしら?」
「嘘だな」
「あら、どうしてそう思うの?」
「僕に殺気を向けている。理由なんかそれだけで充分だろう」
シンプルだ。だからこそ、女性……ダルクはまた柔らかく笑って、それを
「まだ経験値が足りないのね。他者に向けられた殺気を自身宛てだと勘違いしてしまうなんて」
「……なに?」
「私が殺気を向けているのは、あなたじゃなくて、あなたの隣にいる人よ。──わかるでしょう? どんな傷でも数秒の内に治してしまうローランド……そして、格安でどんな相手でも構わず治療を受け付けるローレンス医師。いいえ、どちらも偽名。本当の名前を、オスティス・チェローラン。十五年前。かつてゼルパパムにあったギャング、
え、という短い呼気は、カリアンから。
その指摘に。
「──本当に何のことか、わかりませんね」
にっこり、笑顔でそう答えた。
***
えーと、何のことでせうか。
「とぼけなくたっていいのよ。私があなたを殺すことに変わりはないのだし」
「なんのことだか全くわかりませんし、身に覚えもありませんね。私はただの元街医者。そして現ジョージとカリアン坊ちゃんの主治医です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「そうして信用されるポジションについて、争いが収まり、無事を祝い合う会で後ろから──でしょう?」
「言いがかりも甚だしいですね……。何より私はただの医者なのですから、マフィアの皆さんに敵うはずがないじゃないですか」
いや、大分理想に近い「──ですよね?」亜種ではあった……んだけど。
如何せん身に覚えが一切ないと来た。それ多分別人宛ての「──ですよね?」だぞ。他に『裡食らい』のチェローラン君がいるぞ。
……ま、ここでカリアンの信用を失ったって、別にどうでもいいさ。今のは絶好のタイミングの「──ですよね?」だった。これ以上を今の状況で求めるのは酷ってくらいには。
三年待ったけど、たかだか三年でもある。他人向けだったけど割と面白かったし、良いにしてやろう。
「──だから、なんだ」
ん。
「なに、って? 今私はあなたに教えてあげたのよ。その男は危険……今後ジョージやあなたの命すら脅かしかねないから、この戦場で殺しておくべきだ、って」
「馬鹿にするな! 僕はカリアン・ヴィスマルクだぞ!? この僕が背を任せ、身に刃を入れることを許した相手だ! その話が事実であれそうでなかれ、ローランドが僕の味方であることになんの翳りもない! 過去なんか気にするもんか! 僕は弱いから、僕を脅かす危険であるかどうかの見定めはお前なんかよりずっとできる! だから、言う!」
カリアンは……なんと、俺の前に出て、腕をピンと水平に伸ばし……まるで俺を守るかのような姿勢で言う。
「こいつは僕の部下だ! 僕はこいつを心から信用する! そして、別に、裏切りたければ裏切ればいい! 裏切りも、野心も、他の目的があったって、それを含めて僕の所有物だ! お前なんかが未然に防ぐだなんて烏滸がましい話で、勝手に背負っていいものなんかじゃあ、ない!」
「……その判断が、マリト・マフィアを壊滅にまで追い込んだとしても? ジョージも、他のあなたの家族も、メイドや護衛も……数千人規模の命が踏みにじられるのだとしても?」
「だから、馬鹿にするな! もう一回言うぞ! 僕はカリアン・ヴィスマルクなんだよ! 器も才能も足りていないように見えるかもしれないけど、僕が座った椅子は、そういうものを背負うと定められていた椅子だ! 僕には何度も逃げる機会が与えられたけど、逃げないことを選んだんだから、今更非難の直面に目を瞑るはずがないだろ!」
──ハ。
おいおい、なんだよ。子供の成長早すぎだろ。
三年前、レンバルトに連れられてジョージの治療をしにきた時、お前はビビっていただろ。俺の何を見たのか知らんが、確実にビビっていた。それだけは覚えている。
それが──なんだ、俺の前に出て、しかも格上に啖呵を切る、だぁ?
あんまノせてくれんなよ。
もう別に殺されてもいいかな、とか思っていたのに……楽しくなっちゃうだろ。
「もう充分ですよ、カリアン。下がっていてください」
「何が充分だ! 僕はまだまだ言いたいことがある! ローランド、お前にもだ!」
「そうですね。それは後で聞きますから。カンナ、カリアン坊ちゃんをお願いします」
「……承知、した。……それと。波の音。わたしは、過去が追いかけてきている音だと思っていた。けど」
カタコトが再発しているけれど、心がおかしくなった、という感じじゃないな。
これは……憧憬? 懐かしく、眩しいものを見た、みたいな魔力の質だ。
「あなた、だった。荒波に、高波に、ヒトの身で立ち向かっていくヒト。大顎を開いた猛獣を飼いならして、鼻歌を唄いながら、海の向こうへとたどりつくヒト」
その比喩はまー、正直意味わからんが。
挑戦者と言われて悪い気はしないね。
「そうだ、戦う前に一つ聞いておきましょう。ダルクさん」
「……なに、かしら」
「仮に、あなたの目の前にいる男が、あなたの言う通りの男だとして。どうしてあなたはそんな殺気を纏っているのですか? マリト・マフィアに大恩が? それとも
「……覚えていない、っていうの? ああそう、どこまでも……別人を装おうっていうのね」
「ええ、別人ですので」
ダルクの瞳が縦に割れる。……ん、まさか。
「最初から、本気で行くわ。──
「──、ッ! カンナ、坊ちゃんと共にさらに後退なさい!」
爪による一撃をメスで受け止め、弾き返す。
魔族! ……には見えなかったし、
またも爪による攻撃……かと思ったら、弾丸みたいに爪を飛ばしてきたのを見て叩き落としに変更。爪は……もう生え変わっている。いや何の生物なんだよ本当に。
メスの持ち手に小さな穴を開け、縫い糸を通す。魔力で強化すればそれなりのリーチは稼げる。
司書の男よりは遅い。まぁアレは多分ハイエンドの何かだと思うので当然だけど、それでも重いことは重い。
魔法の一切を使ってこないのは使えないからか意味が無いとわかっているからか。魔族なら人間よりは切り替えがしやすいはずだが、そこまで血が濃いわけではない、か?
右拳による殴打に左手を合わせ、その手頸を掴む。
引き上げつつの膝蹴り。防がれたのでそのまま足を伸ばして蹴りへ移行。蹴りの威力に合わせて彼女の身を振り回し、壁へと叩きつける。
「カ──、ァ!」
「……叩きつけで出ていった酸素を……別の場所の筋肉で無理矢理肺を膨らませることで補充した、ですか。流石ですね。意味が分かりません」
壁を利用した跳躍を含む攻撃。迅いな。受けきれない。
首を傾けて避けるも、恐らく爪の位置をズラしたのだろう、首筋がざっくり切り裂かれる。
「ローランド!」
「ははは、カリアン坊ちゃん。普段私の何を見ておられるので?」
それを、ダルクが着地する前に治療しきる。縫合なんか必要ない。治癒魔法さんは外傷の一切を治療し得るからな。
「意味が分からないのは、こっちよ。患部に手を当てることもなく……魔力操作だけで治癒魔法を使う。化け物みたいな魔力操作技術」
「私は治癒魔法より高度な医療技術を患者さんに用いることがありますからね。これくらいできなければ商売になりませんよ」
「それに……さっき言ってたこと、早速自分で覆したわね。何がただの医者、なのかしら。マフィアの皆さんに敵うわけがないただの医者なんて、どこにいるっていうの?」
「あなたが医者の業務を知らないだけですよ。患者に対してストレッチを行わせることもあります。運動は大事ですからね」
ただ……どうにも攻め手に欠けるのは事実だな、と。
さすがは
……背中の後ろに縫い糸を伸ばし、以前アイン相手にやったように糸で文字を作る。
「屁理屈ばっかり。……いいわ、なら、ただの医者では対処できないことまでしてあげる。──
言葉と共に、炎属性と水属性の魔力が彼女の周囲を覆う。
なん……だ? 初めて見る状態だ。
「三年前。ゼルパパムよりはるか西南西のガルズ王国にて、魔法剣というものが開発された。魔道具をそのまま武器にしたかのような夢の技術。ただし、それを武具に施し得るものは限られていた。ただの剣一本が大軍を破壊する魔道具に様変わりするのよ? とんでもない技術よね。当然各国はその技術を盗もうと画策したけれど、既にガルズ王国は技術者を囲ってしまっていて、誰一人として鹵獲できなかった」
……成程。
少しでも魔族ならではの……方法か。
「それでも、戦争や魔族との戦いに持ち出された加工済み武具をサンプルとして持ち帰ることはできたのよ。各国はそれを必死に解析し、そして、劣化品ながらも模倣に成功した」
へえ。……ま、集積回路に理解がなくとも、できるっちゃできるけど……中々やるじゃん。
「今の私は、その劣化品から生まれた別の扉。肌や内臓、筋肉、骨……全身の至る所に刻印を刻みつけ、体内の魔鉱石から力を引き出す。自分自身が魔法剣になる……そんな技術」
「魔族の体内にある魔鉱石は、対象の生命力と直結するものです。それを刻印によって無理矢理引き出せば、当然生命力も引き出されます。──理解は、しているようですね」
「当然でしょ──」
避ける……のは、無理だった。
首に入ったのは、高速の水による斬撃。そしてそこを焼く炎。
「成程成程。魔物の調理に便利そうですね」
人体の焼け焦げる嫌な臭いをまき散らしながら、ダルクは俺に対して連撃を続ける。
焼けているのは俺だけじゃない。彼女も、だ。
「──ですが、些か単調です。フェイントを考えている余裕が無いのでしょうね」
パターンを読んで顔面の前に膝を置き、ぶつかった彼女を蹴り飛ばす。その後、全身を治癒。
対して彼女の再生力は……どんどん落ちていく。そりゃそうだ。魔族の体内の魔鉱石は魔物のそれとほぼ同一。生命力の直結とはつまり、「生きるのに必要な魔力」まで引き出しているということに他ならない。
「使い過ぎると本当に死にますよ」
「うるさいわね……。そんなこと、承知の上よ……それであんたを殺せるんなら、それ以上は望まない……!」
「そうですか。──カリアン坊ちゃん」
またも始まった斬撃の嵐を意に介さず。
カリアンに声をかける。
「なんだ」
「彼女を殺す許可をください。私はジョージに雇われた医者です。外敵の殲滅は業務外だ。──ゆえに、ここで雇い直してください」
「いいだろう! ローランド、そしてカンナも、僕が雇い直す! その女がたとえこの先父さんやマリト・マフィアに益を齎す存在になるとしても、今、僕の所有物の敵対者だ! だから──打ち砕け!」
「承知」
爪による一撃。
それを、自身の手に貫通させて、彼女の手を握る。
「ッ」
「捕まえました。──
その手から、一瞬にして肩、胴体、足……そして首と、凍り付いていくダルク。
冷たくない氷。一日の間凍り続ける氷。
「く……ソ……!」
「淑女が使っていい言葉遣いではありませんね。──さようなら。どこかの誰かを夢に見て、安らかにお眠りください」
放置……は、しない。
しっかり、砕く。凍り付いた人体を。
「掃除はわたしがやりますよー。──
焼却される。あんまり室内で炎属性を使うんじゃないよ。
「……カリアン坊ちゃん」
「何も言うな。全部終わったあとで、話したくなったら言え。なんなら言わなくてもいい。僕もさっぱり忘れているだろうしな」
いや本当にチェローラン君に関しては誰案件なんだけど。
まぁ背負ってくれるのならいいか。
「それより、父さんだ。さっきお前が指示してくれた通り、奥の寝室を魔力で探ってみたけど……
「わたしも確認で魔力探知を行いましたけどー、いないみたいですねー?」
罠などを気を付けながら寝室へ繋がるドアを開くも……やはり、いない。
「……じゃああの女は何を言っていたんだ? 仮に……ここで僕がローランドのことを見捨てたとして、全部が嘘だってすぐ露見するじゃないか」
「それにー、さっきの話、少しおかしかったですよー? 確かにゼルパパムにはかつて
「おや、とすると私は一歳でギャングの専属医になった挙句、皆殺しを行ったことになりますね」
「……まさか、勘違い……いや」
ああ、そうだ。俺も最初は勘違いだと思った。
別人だと。
だけど、違う。いるじゃないか。都合のためなら道具の心を簡単に壊してしまうやつが、近くに。
「洗脳……ですねー。レンバルト・ドランの常套手段。壊して、嘘の事実を覚え込ませて、恨みを募らせて……対象を確実に殺す刺客を作り上げる」
「……惨いな。……だが、後悔はしない。事実がわかったとしても、彼女を止めるにはこうするしかなかった。……ん、待った。ということはローランド、お前」
「はい。本名はローレンスである、というのは間違っていませんが、オスティス・チェローランなんて大層な名前ではありませんし、そんな凄惨な過去は背負っていませんよ」
「なんだよ! 罪の赦しを乞うてきたらなんて返せばいいんだ……とか考えていた僕の気持ちを返せ! というかだったらもっとちゃんと否定しろ!」
「したじゃないですか何度も」
「してたけど! してたけど!!」
「そんなことより──坊ちゃん、カンナ、失礼!」
二人の足を払い、抱え、この肉体でできる最大限の回避を行う。
直後、巨大な足が屋敷を……ジョージの執務室を踏み潰した。
赤黒い、岩のような皮膚。
「……嘘だろ!? ──んむっ」
咄嗟に口を押さえたってもう遅い。
全ツッコミ体質が裏目に出たな。
耳をつんざくような咆哮。瓦礫に対し、洪水のような涎が落ちる。
竜。……それも、また魔竜か。
何かと縁があるな。
翼がはためく。
直後、竜の全身から魔力が迸り……極めて純粋な魔力の奔騰が降臨した。
俺は……大丈夫だけど、こいつらが無理だな。仕方ない。
「は──」
「"カウラウザツ"」
一瞬にして六方向に伸びた血が殻を作り上げ、カリアンとカンナを守る。
魔力の奔騰が収まれば──。
「……おい、嘘……だろ。……父さん。……レンバルトも……そん、な……」
別の部屋にいたらしい、ジョージとレンバルト。
それが、今、まさに。
竜に……食われた。二人纏めて。
いや、それだけじゃない。周囲にいたレンバルトの手勢、縛られていたジョージの手勢。
一切の区別なく、それらを食い散らかしていく竜。
腕を治癒する。
「
「意味が……わからない。理解が追いつかないんだ。……これはどういう結末だ? 僕は……この事態については、覚悟をしていなくて」
「結末かどうかは、わからないですねー。あれだけでお腹いっぱいになってくれるかどうかー」
「……そうだよな。
先程作ったメス付きの縫い糸をもう何本か作って刻印を刻み、腰に装着。近くの瓦礫を錬成して剣として作り替え、それにも加工を施す。
「カンナ……いえ、カノン。攻撃力ではなく生存力を重視する場合、あなたは魔法使いですか? それとも双剣使いですか?」
「双剣使い、ですねー」
「わかりました。ではその双剣、少し貸してください。武具加工を施します」
刻む。本来専用の道具が必要なソケット加工まで行い、ダルクの身体から取り上げた魔鉱石をそこに嵌める。
「煉刃加工です。彼女がやってきた、水で斬って炎で焼く、ができます。加工武具の使い方はわかりますか?」
「魔道具と同じ、ですよねー?」
「はい。それがわかっているなら問題ありません」
「……なに、しているんだ、さっきから。……内容もだけど……まるで、戦う準備、みたいな……」
「戦う準備をしているんですよ。流石に竜退治をするには足りないものが多すぎますから」
俺の武器はどうするかな。ハルバードが一番練度は高いけど、あれはヴァルカンの鎧があってこそ取り回せたもの。ローレンスの肉体にはロングソードで問題ないか。
刻むのは耐久力や硬度を上昇させる加工、及び刻印。
「何言って……竜だぞ、竜。人間の争いを無駄なことだと止めにきて、首謀者を全員食って……戦いを終わらせる
「大きいだけの羽つきトカゲに随分な役割を求めますね。そこまでの上位存在ではないでしょう。仮にそうだとしたら、他の全てに目もくれずに私を食べにきていないとおかしいので」
「どういう……」
「ローレンス先生。わたしは坊ちゃんの護衛を最優先にしてー、
「よくわかりませんが、そうしてください。最大限アレの気は引きつけますが、流れ弾を気にする余裕はないと思いますので」
防具加工はしている暇がない……というか、魔鉱石が無いからな。
「カリアン」
名前を呼ぶ。
坊ちゃんをつけずに。
「あなたが私を最初に見た時の話です。あなたは私を見て、畏れました。父親の病と怪我を治した存在であるのに、たじろぐように後退しました。覚えていますか?」
「あ……ああ。あの夜は……父さんは、なんて恐ろしいものを連れてきたんだと……そう思った。けど、それは勘違、」
「
「……はい」
「もう、わかっていますね。ここでお別れです。三年半……私の夢にお付き合いいただき、ありがとうございました」
「わたしも……あなたと一緒に死にます、と。本当は、言いたかった。……この子は、あなたの夢の欠片。そうでしょう」
「かもしれません。未来のことはだれにもわかりませんよ」
「守る。全力を賭して……守るし、生き延びる。──心から、お礼を言います。わたしの命を救ってくれて、ありがとうございました」
ああほら、彼女もまた、こんなにも高く飛んでいる。
巣立ちが早いな。みんなみんな、遠くの空だ。
「──じゃあ! 最後に僕の命令を聞け、
カリアン。彼に向き直り、片膝をつく。剣を捧げるは騎士の礼。
「勝て! 僕の医者で、僕の騎士で、僕の友だった男は、どんな怪我も病気も治すし、竜にだって勝ったんだって……未来で、僕に自慢をさせろ! 胸を張らせろ!! どこへ行っても、誰に話しても、自信満々に語れるような自慢話になれ! いいな!!」
「良いだろう。この身この名、この心は、今のひと時においてのみ、カリアン・ヴィスマルクに捧げるものとする。同時、我が主に求むるは、泣くな。目を瞑るな。前を見続けろ。立ち止まって周囲を探してもいい。仲間に頼って退いてもいい。だが、自身の向く先にしか未来が無いということを忘れるな。お前のその貧弱で脆弱でちっぽけな勇気が、俺の大望を退かし、付き合ってやってもいいと思い直させたことを忘れるな」
「忘れない! 僕はお前の全てを忘れない! たった三年の付き合いで、知らないこと、話してないこと、色々いっぱいあっただろうけど……じゃあな、親友!」
騎士の礼。その手を無理矢理握らせて、グータッチをしてきた。
……とことん、だな。
──堰を切る。
途端溢れ出すは魔力だ。
三年間溜めに溜め込んだ、この肉体が使用し得る魔力の全て。
それが竜巻のように立ち昇り、雲を、空を割って降誕する。
竜が此方を向いた。
美味しそうに見えたか。
それとも、危険に映ったか。
カノンがカリアンを連れて退避したことを確認。
「前回は、まぁ、大望の後とは言え、志半ばだったのは事実なんだろう。だからわざわざ戻ってきたわけだし。……けど、今回は……予想外に楽しくってさ。レスベンスト冒険隊やアルカに比べて、面倒を見た、って感じはそんなにしていないのに……良い、夢の同行者だった。二人とも、な」
咆哮。この色は、いただきます、じゃないな。
警戒だ。──見る目あるよ、お前。
さぁ、始めよう──ん?
「で・お・く・れ・たァァァアア!!」
遠方からすっ飛んできた茶髪の少年。それが竜の横っ腹に蹴りを入れた。
「アルジオ、一人で突っ走るな! みんなのフォローが間に合わないじゃん!」
「予想はしてたけど、酷い有様ね! パパ、無事かしら……。まぁあたしがお屋敷をブチ壊したんじゃないってわかってくれるのはいいけど……」
「竜ですか……交戦経験はありませんね。それより、あそこにいらっしゃるのは」
「ろ、ローレンス先生!? 何やって……剣、え、もしかして戦う気!? 相手竜ですよ!?」
なんだなんだ。結局来るのかよお前達。
そんでもって騒がしいことこの上ない。
「おや皆さん。お久しぶりですね。ピクニックですか?」
「随分と余裕そうですわね。それに、その身から迸る魔力……ただの医者先生ではないとは知っていましたけれど、成程、裡にはそんなものを秘めていらしたのね」
「魔力刻印……それも、かなり高度……というより、武具加工……?」
モーガンのフリをする、とかはしない。そういう「感動の再会」は好みじゃない。
死人は死人。それを覆しはしない。
だけど。
「お願いをしても良いですか、レスベンスト冒険隊の皆さん。私と共に、あの竜に立ち向かっていただきたい!」
「もちろんですよ! あ、けど若干一名もうガンガンやり合っちゃってるかも……」
「では、私達も参りましょうか、『
攻撃を開始する。
俺もそろそろ、巣を立たなきゃな。
***
こうして、レスベンスト冒険隊の助力のもと、見事魔竜は退治される。
戦いの最中、竜の噛みつきによる致命傷を負ったかに思われた医師ローランド。自身のことは気にするなという彼の言葉に従い、冒険隊が魔竜を倒し切った頃には。
彼の姿はもう、どこにもなかった。
カリアンやカノン、レスベンスト冒険隊皆で探せども、影も形も無くなってしまった彼のことは──。
「──その時僕は言ってやったのさ! 僕の自慢話になれよ、親友! さぁ、剣を取れ、一緒に戦うぞ! って!」
「若干脚色入ってますねー」
「流石だぜドン! 普段の姿見てると嘘かホントか絶妙にわかんねえ!」
「どっちでもいいさ! ドンがここにいるのは事実だしな! さぁ、宴だ! マリト・マフィアに繁栄あれ! ゼルパパムの裏側を守るのは今日も
彼が忘れないから、ずっと忘れられない。