序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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22.鎌を失った蟷螂

 瓜良(うりよし)の朝は早い。

 葦三方は年間二日だけある晴れの日を除いてすべてが夜……上空にある滞積妖雲によって年がら年中暗いのだが、朝という概念はあるし、国民も体感でそれを理解している。

 その上で瓜良の朝は早いのだ。大体朝三時から四時にかけて目を覚ます。

 店内、土間、調理場、店の前の掃き掃除を行い清潔を保つ。手指を消毒したのち、井戸から水を汲み上げ、大樽に満たす。炭を起こして火の準備を済ませたら、次は米を研ぐ。続いて起きてきた津吊(つづり)に羽釜を用意するよう指示を出し、自身は魚河岸へ。

 契約された取引通りの魚を確認し、運搬。店へと帰ってくれば、その頃には起きてきている羽澤(はざわ)に調味料の準備をするよう指示を出し、自身は魚の下処理をする。

 これが終わるのが朝六時。ここで、実は瓜良より早く起きて山へ狩りに行っていた大将が帰ってくる。大将より早く起きようとしていた瓜良だが、彼自身がその必要は無いと言われ、充分な睡眠を摂るようにしている。

 津吊と共に大将が狩ってきた獣や採ってきた山菜の下処理を済ませ、並行して調理器具の手入れも行う。

 暖簾の準備や机の上の備品配置などは羽澤がやっている。

 その辺りで……腹の虫が鳴る匂いがしてくる。本当にいつの間に用意したのか、大将がこさえた従業員用の朝食である。

 この日の朝餉は白米三杯、味噌汁三杯、飛切(とびきり)湧細魚(わかさぎ)の甘酢漬け、辛味蓮根の胡麻油炒め、黒過鶏(こかとりす)の大蒜衣揚げが出た。勿論これが一人分だ。これを食べると集中力が増す気がするし、一日のやる気が出る。本当は味わって食べたいところだが、皆まだまだやることがあるから、手早く食べて終わらせる。

 

 朝八時。住み込みでない従業員が次々と出勤してきて、魚河岸へ魚を受け取りに行ったり、精肉店へ肉類を受け取りに行ったり、農家へ野菜を受け取りに行ったりする。流石に大将が採ってきたものだけでは足りなくなるからだ。

 また、瓜良含む数人の仕事として、せめて店の周囲くらいは、と毒蛙の駆除をする。瓜良は違うが、従業員の中には元侍で足切りに遭い、食いはぐれたところを大将に雇ってもらった、という者も多い。住み込みでない従業員にも昼飯は出るため、雑用と用心棒を済ませればここの料理を一食食べられるとあっては、既に人気の職の一つとなっていた。

 朝八時半頃、鉱石の製錬所や役人館から出前注文票を取ってきた羽澤が帰ってくる。そう多くを受け付けられるわけではないが、ひと月ほど前から始まったこの出前配達は盛況で、大きな製錬所や役人の多く務める役人館がその取引先となり、昼と夜に一度ずつの出前を行うことになっている。

 

 ただ、大将曰く「味は落ちねえが効果が……」とのことで、何か大将にしかわからない「出前だと再現できないもの」があるのだと思われる。

 

 そんなこんなで朝九時、開店である。

 朝っぱらから並んでいたという客は少なくなく、すぐ席が埋まる。一日をここの食事で始めなれば始まるものも始まらないと豪語する客も多いため、この時間から大忙しだ。

 配膳、注文の受付、食材を倉庫から補充して下処理をする、足りなくなりそうならば事前に魚河岸や八百屋へ追加注文をしに行くなど、やることは尽きない。

 

 目まぐるしくすぎる──元侍曰く戦場(いくさば)かと勘違いするような熱気と忙しなさ──朝から昼間にかけた時間をなんとか乗り切って、昼十三時。

 この頃になると客足はほとんど無くなる。この店を懇意にしている上役侍曰く、「大将の料理は()()()が良いから、朝食べればその日一日元気が出るんだ」らしく、昼間は特に客がいない。それでも朝食べることのできなかった客や、初めて来る客、あまり人目に触れたがらない客などが訪れるので、気を抜くことはできない。

 出前等々を済ませると、今度はお待ちかねの昼餉だ。

 従業員も鬼の子。それなりの激務をこなした彼らには昼餉が振る舞われる。この日は狩人領(かりゅうどん)の猪の全身を使った燜麺(めんめん)、片平鰯のごま漬け、剃肌鯖の熟れ寿司、瓜良はまだ製法を教えてもらっていない楙鯉芋の餅などが出た。

 

 瓜良はこの燜麺(めんめん)が好きだ。似たものは他の店でも食べられるが、ここまで濃厚なものはここでしか食べられない。

 一口すすると、押し寄せてくるは狩人領の猪の濃厚な味わい。骨から取った出汁、肉の旨味が凝縮された汁は、それだけで主菜を張れるものだと言える。野菜の甘味と海鮮の酷が混ざらずに重なり合っていて、舌に乗せておくだけで幸福を感じられる。

 蕎麦とも素麺とも似つかない、大将曰く仙実国で良く食されているらしいもちもちの麺が、食べる宝石のようなこの汁をしっかりと抱き込み、麺の一本一本が旨味を運んで喉や腹へと突撃する。

 炒められた玉菜、風周(ぶろて)、ぷりっとした二股海老、狩人領の猪の肉の旨味がこの一杯の中で豪快に溶け合い、高め合い、最早「舌で味わう名画」に近い感覚を呼び覚ます。

 勿論最後の一滴まで飲み干し、渇いた喉を水で潤すまでが一連の流れだ。

 

「いつも良い食いっぷりだな、瓜良。どうだ、もう一杯」

「い、いいんですか?」

「あたりまえよ。いつもいつも遠慮しやがって、そういうのは要らねえと言っているのによ。ほれ、狩人領燜麺肉増し増し版だ。たんと食って午後もしっかり働いてくれよ!」

 

 この燜麺が「まかない」で出た時から決めていることだが。

 瓜良は、生涯をこの店に捧げるつもりである。既に心の臓へと刻みつけたことであった。

 

 さて、昼餉が終わって、食後の運動に毒蛙を退治。その後一時間ほどは自由時間だ。大将は「英気を養うために眠ったっていいんだぞ」と言ってくれているが、瓜良にはもっと大事なことがあった。

 それは、料理の修行である。

 大将の行う調理方法は全て巻物に書き写してある。それでも手順の分からない料理が幾つかあるし、その通りに作っても理想の味にならないものも多数存在する。

 瓜良はこの店で作られる料理は全て覚えるつもりだ。大将が酒の肴と呼んでいる品も含めると百を超えるのだが、それでも。

 

「……火の練化石で作った包丁に、芯を温める程度の気を練り込んで、捌きながら焼く……こちらは冷やしながら……。……大将は火の練化石でも冷やせると言っていたが……ああ、本当に、これまでの俺は一体何を学んできたのだ……。……ええい、聞くしかないか。あまりお手を煩わせたくはないが……」

 

 大将は武芸者ではない。ないが、独学で、感覚的に気の扱い方を知っているようで、調理器具にも練化石で作られたものがいくつかある。ただ、気や化勁の話題にはとんと疎いらしく、そういう話題には対応できないらしい。

 料理一筋。その包丁捌きや火の扱いは、戦場に出たらそれはそれは強い侍になりそうではあるが、あの両腕を血に染めさせてはならないと、瓜良を含む無数の常連客が彼を下がらせるだろうことまで予想がつく。胴上げをされながら戦場から店にまで戻される大将を想像し、少し笑ってしまう瓜良。

 

「瓜良、風の練化石一個貰ってきてあげたけどー?」

「おお、ありがたい。……そうだ津吊(つづり)、お主、火の練化石で冷やす、という行いのやり方を知らぬか?」

「……水か氷の練化石じゃ駄目なの?」

「それでも良いが、師匠の言う低温調理や零下調理には向かぬのだ。水の沸騰しない温度、氷が凍るか凍らないかくらいの温度での調理で」

「ああはいはい、わかったわかった。私は知らないけど、知り合いが知っているかもだから、今度聞いてきてあげるよ」

「かたじけない!」

 

 瓜良以外にも料理を覚えようとする者は少なくないが、調理器具や調理法から大将を真似ようとする瓜良ほどの熱量はない。それでも彼の仕事の出来は他の追随を許さないから、彼を邪険に扱おうとする者はいない。

 元々瓜良は大目付と呼ばれる役職の役人であり、文字や知識にはうんと強い自信があった。……が、この店へ来て、自身が井の中の蛙であったことを痛感している。

 既に務めて一年は経とうが、出るわ出るわ、瓜良の知らぬ知識知識知識。調理に纏わるものもそうだが、日常における些細なことまで、日々を通して学ぶことばかりだ。

 

 練化石の手入れの仕方、妖や害獣でしかないと思っていたものたちの可食部、食用にするための処理や加工の仕方、生息地を見極めるための妙……。

 特に毒だと考えていたものが、ある薬草で濾すことで薬や調味料になると知った時は驚いたものだ。それは忍びの連中が武器に塗って使うほどには殺傷性の高い毒だったから。

 それと、それらの副産物として、薬に対する知識も増えた。山に自生している薬草の使い方、料理に使うことで内側から肉体を強化するという考え方、それらの毒を受けてしまった際にどう対処すれば良いのか。

 元役人目線で言うのならば、大将には役人や侍たち相手に講義をしてもらいたいくらいだ。これら知識だけで、一体幾人の命が救われることか。

 ……無論、弟子目線ではそんなことに時間を割いてもらうのはおこがましいし、頼むだなんてもっての外なのだが。

 

 食は万事に通ず。大将の口癖である。

 全くもってその通りだと、瓜良は痛感していた。

 

 昼十四時から十五時あたりから、また客が増えてくる。

 ここからまた忙しくなって、深夜に差し掛かるあたりが最頂であると言えるだろう。その前に夕餉があるから、そこまでは休みなしであるが──。

 

 腹から響くように温まる身体が、有り余る元気を使いたいと叫んでいる。

 瓜良は「よし!」と気合を入れ直し、店内へ戻っていくのだった。

 

***

 

 滋島城(じのしまじょう)にて、淡い色のろうそく揺らめく中、二人の人影が話をしている。

 

「……花泪(はなさ)、そなた最近……顔色が良くなったな」

「そう、か? 己ではわからないが」

「良いことよ。難しい顔になる必要はない」

「……花込(かごめ)、母様を……ある、市井の店に連れていきたいと思うのだが……行ってくれると思うか?」

 

 一瞬の沈黙。

 その後。

 

「まぁ、良いのではないか? 考えるに、それがそなたの顔色を良くさせた要因なのだろう?」

「わかるか。流石だな、策士」

「わからいでか。……だが、距離にも依るな。あまり遠いと母様の体調が心配ぞ」

「む。確かにそうか。城の……厨房へ来てもらう、というのは……できるのか?」

「菖蒲の呼び出しを拒める者はいなかろうよ」

 

 話している内の、屏風を挟んで奥側、顔の見えない座敷に座っている女性のその提案に、畳の上で片膝を突く女性が顔を顰めながら答える。

 なお、片膝を突いている女性の方は着物でこの姿勢である。果てしなく()()()()()が、ここには家族しかいないので構わないのだろう。

 

「ああいや、だが、そういうことはしたくないのだ。権力を笠に着たくない程……美味な店で」

「ほーう。そなたがそこまで褒めるのは珍しいな。何か好みの味でも見つかったか?」

「ああ……似荏という薬草が良い酸味でな。いくらか株分けをしてもらって、私も栽培をしている。比較的簡単に育てられる薬草だが、城の薬師は見たことがなかったらしい。……実に美味だぞ」

「薬草ならば母様にも良いかも知れぬな。効能のほどは?」

「薬師が解析中だが、株分けしてくれた店主曰く、抗菌、防腐、発汗、鎮咳、鎮静に効果があり、咳病や食欲不振、胃腸不良予防、疲労感軽減、鬱屈とした気分の発散、魚や蟹、貝類の持つ毒素の解毒、便通……と、実に広い用途があるらしい」

「効能が広いな。薬草としてもかなりの効果が期待できそうだが、欠点がないということもなかろう?」

「ああ、繁殖力が強いらしく、土ごと区切りをいれた場所以外で育てると、他の植物が育たなくなるそうだ。私の栽培には細心の注意を払っているが、どこかで育てるのなら、専用の農家を新しく作って良いくらいだと思う」

 

 片膝をついている女性……花泪(はなさ)の方は植物に詳しい。提案を聞いた花込(かごめ)という女性は大勢を動かせる立場にあるのだろう、花泪(はなさ)に聞いたあれそれを書き物へ認めている。

 

「場所は遠いのか?」

「柾泉のあたりだ。毒蛙が多いし、距離もある。私だけならば問題ないが、籠で、となると……」

「また、妙に遠いな。……その距離では、母様は無理だ。出前などは行っていないのか?」

「おお、出前。それがあったか。……店主に相談してみよう」

「そなたは幾つになっても……少し抜けているというか、心配になるな……」

「既に去年十五となって成人の儀は迎えたのだ。あまり子ども扱いはよせ」

「婿をもらうのは果たしていつになるのやら……」

「そんなもの、適当に縁談を組めばいいだろう」

「私も姉様も自らの出会いで婿を迎えたのだぞ。そなたにも、と考えるのは普通であろう?」

「余計な世話だと言っているのだ……。さて、善は急げ。今日の昼にでも店主に話をつけてこよう。出前が取れたら、姉さまたちの分も注文するから、楽しみにしておけ」

「そうして皮算用をするところも昔と変わらぬな……」

「ええいうるさいわ!」

 

 そんな平和な、姉妹の会話。

 

 

 ……を経て。

 

「出前、ですか?」

「ああ……聞けばすでに枠が埋まっているようだが……」

「そうですね、出前はちと厳しいですが、そちらさんの厨房へ赴いて良いのでしたら、昼餉を作りにいくくらいの時間はありますよ」

「本当か。それは助かる。……ああ、その、私達については」

 

 彼女自身は気付かないことだが、編み笠の下にあって尚、花泪(はなさ)の顔がぱぁと輝くように明るくなったことは……恐らく花込(かごめ)を含めた全員が指摘しないことなので、当然大将も黙っている。

 

「ご安心を。お客さんがどこのどなたであれ、何も気にしませんよ。ああ、必要であれば身の着を整えるくらいはしますが……」

「いや、構わない。いつくらいが都合付きそうだろうか」

「今日でも明日でも、合わせますよ」

「ならば明日お願いしたい」

「はい。……滋島城(じのしまじょう)でお間違いないですよね?」

「そうだ。東側の門にいる役人に花泪(はなさ)という名前を出してくれたら、厨房へ案内できるよう手配しておく」

 

 正体の露見は流石にもう気にしない。侍の領地にある家で、彼女のように身分を隠さねば市井に出られぬ者など、そう数多くは無いからだ。

 

「ありがとうございます。……ああ、そうだ。調理器具に、幾つか……ええと、なんでしたっけ。れんかせき? というものを使ったものを使用するのですが、それの持ち込みは構いませんか?」

「練化石の? それは……今、どういうものがあるか見せてもらうことはできるか?」

「もちろんです」

 

 普段入ることのない調理場に案内された花泪(はなさ)は……そこで、驚きを得る。

 至る所にある純度の高い練化石。それを包丁や調理器具の形に拵えたものがずらり。

 練化石は加工の難しい石だ。刀の芯に使うことはできても、全体を、というのはできないとされているほど。そして仮に作れたとして、強度も保てないはずである。丁重に扱わねばすぐに輝きを失ってしまうからだ。

 だが、この包丁は、どう見ても。

 

「これは……どこで、どのようにして手に入れたものだろうか」

「恥ずかしながら、全部自前ですよ」

「自前……自作ということか……?」

「ええ。この厨房自体私が作ったものですからね。調理器具だけ他所の、ってわけにはいかないでしょう」

「……市井は……凄いな。やはり……そうして、足りないものがあれば買うのではなく……作るのか。学ぶところが多い……」

 

 無論そんなわけがないのだが、市井の暮らしに聡いわけではない花泪(はなさ)ではわからない話だった。

 

「これを持ち込むと……役人が何かしらの勘違いをしそうだ。これ以外では作れぬのか?」

「調理時間が増えるくらいで、これじゃなくても作れますよ」

「そうか。ではすまぬが、此度は練化石ではない調理器具を使ってほしい。最近物々しくてな、役人の気が立ってしまっていて」

「わかりました。食材の方はどうしましょうか」

「城の氷室の食材を使ってくれて良い。全て使い切ってくれても構わぬ。ああだが、似荏は無いから、それは持ち込んでほしい」

「似荏以外にも梅という果実を使うのですが、それも持ち込んでもいいですか?」

「ああ、食材であれば役人の気も立つまいからな。しかしうめというのは、私に出したことはあるだろうか」

「何度かありますよ。似荏より染み渡るような酸味の果肉で、一粒で握り飯を食べられる程度には味が強いものです」

「ああ……何度か出ていた、噛むと葱のような音のする似荏漬けの正体はそれだったのか」

「そうですそうです」

 

 そこで花泪(はなさ)はハッとなる。

 これ以上は危険だ。花泪(はなさ)の好きな植物の話題だと、ここから一時間どころか五時間でも十時間でも話せてしまう。営業妨害をする気はないのだ。

 

「と……そろそろ、失礼をする。店主よ、明日はどのあたりの時間にきて、どれほどで調理を終えられそうか、わかるか?」

「十三時を過ぎたあたりに向かって、十三時半にはお出しできるかと。練化石無しだとそれくらいはかかってしまいますね」

「……? 四半時も要らぬのか?」

「いつもは注文を受けて五分以内にはすべて出来上がりますからね。かかる方ですよ」

「そう……なのか。すごいな、市井は……。学ぶことばかりだ……」

 

 これまたもちろんそんなことはない。彼女がこれらを厨房の者達に告げて、「そんなわけないじゃないですか……」と呆れられるまで、彼女はこの常識を保有することになる。

 しかしこの場ではそういうものかと納得し、引き下がる。

 

「出向いてもらう以上は、代金は食事の値の四倍を出そう。ここばかりは譲らぬから、そのつもりでいるように」

「え、いや、通常の代金でも……」

「私は譲らぬと言ったぞ?」

「そ……そうですか。承知いたしました。では、明日十三時頃向かわせていただきますね」

 

 無欲の店主。この認識は、最初常平(つねひら)に紹介された時から今日(こんにち)に至るまで、日々を重ねて色を濃くしている。

 この美味であの値段はあってはならない。金を払いたいが、食事をすることでしか店を儲けさせる手段がない。そのことへずっと不満を抱いていた彼女による少しばかりの()()()である。こういうところが子供っぽいのだが……とは花込(かごめ)談。花泪(はなさ)はやっぱり気付かない。

 

 して。

 

「では、これで失礼をしよう」

「食べてはいかれませんか?」

「……いや食べる。丁度いいから、梅を使った料理を食べよう」

「はい、少々お待ちくださいね」

 

 菖蒲(あやめ)花泪(はなさ)。華の十六歳。

 彼女も鬼族なれば、まだまだ食べ盛りである。

 

***

 

 翌日、十三時ぴったり。

 滋島城の東の門に、二人がいた。

 

「止まれ! 何者……って、『鳴子雀』の大将じゃないですか。それと、従業員の……いえ、もしやその出で立ち……え、瓜良大目付!?」

花泪(はなさ)様に今日お食事をと……」

「ああ、ああ、話は通っているから構いませんよ。厨房に案内します。……それで、瓜良大目付は」

「もう俺は大目付ではない。『鳴子雀』の一番弟子だ」

 

 それはもう。

 それはもうびくびくとしている役人たちに案内され、滋島城の厨房へとやってくる二人。

 綺麗にされた調理場に対し、すぐに持参した調理器具、食材を置いていく瓜良。

 

「師匠、献立は骨層鱈と山菜の黒酢あんかけ定食三食、黒菜と似荏入りつくねと火水鵺の似荏酢焼き定食二食、茄子味噌と剃肌鯖の定食二食、きゅうりと黒過鶏(こかとりす)のささみの梅似荏和え、五日人参の醤油味醂蒸し、狩人領(かりゅうどん)の肉似荏巻き二皿ずつです」

「肉と魚の処理は」

「すべて終えています。山菜の灰汁抜きも既に」

「……いつも以上に手際が良いな。流石に城は、お前も身が引き締まるか?」

「そうですね……。ここにいる俺はもう役人ではないのですが、それでも緊張します。菖蒲家の方々へ料理を出す日がくるとは……思いませんでしたから」

「身を引き締めるのはいいが、それで手元が覚束なくなることのねえようにな。味噌汁の火加減は任せたぞ」

「はい!」

 

 ここからは戦場に等しい。互いの終了報告を耳に留めつつ、返事はしないで自身の作業に集中する。

 調理において火加減は命だ。いつも使っている調理場でないのなら、それはなおさらに。

 

「……火の通りがちと悪いな。瓜良、今からちょいと曲芸染みたことをやるが、気にせずお前は調理に集中しろ。良いな?」

「はい!」

 

 そして……真に曲芸染みたことが始まる。

 右手に持たれた包丁は、何の留め具も無しに掌の上で高速回転を始め、そこから先は瓜良の目では追いきれない速度で包丁が動き始める。一閃。包丁に反射した光の煌めきでしか、刃の所在がわからない。だが、何よりも曲芸染みているのはそこではない。刃の煌めきと左手のぶれ。それに支えられて、魚や肉が中空で痙攣しながら浮いている。

 

「瓜良、集中しろと言ったはずだ」

「っ、申し訳ありません! 集中します……!」

 

 何を極めればそこまで辿り着けるのか皆目見当もつかないが、これ以上は見ていられない。

 気になる気持ちを押し殺し、瓜良もまた調理に集中する──。

 

***

 

 果たして。

 

「これは、成程これは美味だな……」

「良い味だ。花泪(はなさ)花込(かごめ)、ありがとう。……花居(くわい)も食べられたら良かったのだが」

「仕方ないさ。上姉さまは忙しい。固法端平(このりはしひら)の方で外せない会合があると言っていたから、私が予定を合わせられなんだことに落ち度がある。今度上姉さまだけ店の方に連れていくよ」

「似荏といったか、この酸味ある薬草。これは本当に美味だな。鬼の舌に合う……。農家を作るという話、動かすか。上手くいけば菖蒲の特産にできよう」

「……あまり店主へ不義理は働きたくないのだが」

「む? ああ……そうか、そういう見方もあるか。……少し検討しよう。良い苦言だ、そういうことはもっと言うように」

「ふふ……そなたら姉妹は、ほとほとよく似ているな。花込(かごめ)は……子供らしさが抜けたか。母は嬉しいぞ?」

「む。母様、それは言外に私が子供らしいという意味で合っているか」

「言外も何も、今のはほとんど直接言ったようなものよ」

 

 姉妹母。ほとんど同時に味噌汁を飲んで……ほぅ、と一息。

 

「良い味だな、この味噌汁も」

「一年飲んだが、変わらぬ味だ。素晴らしいことだな、変わらぬ味というのは」

「母はこの、黒菜と似荏入りつくねと火水鵺の似荏酢焼き定食、というのが気に入った。似荏……聞かぬ名の、その酢。美味、美味よ」

「母様が肉料理を気に入るのは珍しい……というか、ん? 母様用の定食の献立は骨層鱈と山菜の黒酢あんかけ定食と茄子味噌と剃肌鯖の定食だけのはずだが」

「ふふ、話に集中すると視野が狭まるのもそなたら姉妹の特徴だな」

「いや母様、視野が狭まるもなにも、家族におかずを盗まれるとは思っていないがゆえの話であってだな。……ならこっちの茄子味噌は貰うぞ。まったく……」

 

 母と花込(かごめ)のやり取りを見て、花泪(はなさ)は思う。

 この二人も大概似た者同士だ。つまり、ここ三人は全員似た者同士なのだろう。恐らく今は固法端平(このりはしひら)にいる彼女らの姉、花居(くわい)もそうなのだろう。

 

「二人とも、そんなに気に入ってくれたのならまた頼んでこよう」

「そうしてくれ。……いや、良い味だ。それに……食べ始めてから、一度も咳が出ていない。鎮咳の薬効があるとは……聞いていたが、こんなにも早く……効果の出るものなのか……?」

「似荏の薬効は母様に有効のようだな。私の栽培が広がり次第、日々の食事でも似荏を使うよう板前に言っておこう」

「私はこの茄子味噌と黒酢あんかけどちらも好きだな。白米が進む進む。酸味の方は、似荏より梅の方が好きかもしれない」

「梅は……梅についてはまた今度聞いてくる。今回は時間が無くてな……。そうだ、私は自制したのだ。梅についてを聞いてしまえば、四時間はくだらないと踏んで」

「……その物言いはまさかそなた、自制できたことを褒めてくれ、ということか?」

「ふふ……やはり花泪(はなさ)はまだまだ子供よな……」

 

 笑みの溢れる食事風景である。

 即ち、大好評であった。

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