序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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24.nED1 - 蛙の飛び込む音

 でかいカタツムリ。いや。うん。そうとしか表現できないもの。

 ツノのように伸びる目のうち、片方が閉じられている。殻は緑と青のマーブル。……ここまで細かに描写する必要があっただろうか。

 

「ふくく、ふくく。どうした、どうした。そのように呆けた顔をするのは、どうしてか、どうしてか」

「ああ……いや。……この空間、結界だろう。高度な位相結界……どこともつながっていない空間を作ることで、無限の広がりを持つ空間」

「そうさ、そうさ。なにせ神と迷い家の会話だのぅ。鬼もヒトも、耳をそばだてることの赦されぬ会話だのぅ」

 

 サンショウウオの神のとこにもあったこれだけど……その区切りこそわかるけど、今すぐに解析、というのは無理だな。

 俺が刻印魔法でやるなんちゃって結界とは質が違う。

 ……花居(くわい)ちゃんと分断されたから苦言を呈そうとも思ったが、いいか。

 

「どこまでを見抜いているのかね、神というのは」

「大したことは見えておらぬのぅ。菖蒲に授けたこの片目、それの見通せぬことは、我にも見通せぬ」

 

 成程。……その上で俺の正体をちっとは把握しているのは……やっぱり霊質が見えるから、かな。

 霊質なー。アプローチが欠片も見つかんないんだよなー。

 

「お前は、冥津神というのでいいのかい」

「そうさ、そうさ。我は冥津神。古くは乱禍の神と呼ばれていたけれど、その名は消えてしまったのぅ。今の名は、冥途に流るる()の神。そうさのぅ、はじまりの名を使うのならば、スモーキー・蔕暮杭(ヘダクレグイ)になるのかのぅ? ……ああ、今少し見えた。おまえが見通すのは、()()()()か。そうか、そうか。そのために育てるのは、菖蒲に、瓜に、吊花に、葛に……そして、余白と夢と舩と祝福と……。ふくく、ふくく!」

「一人で盛り上がっているところ悪いんだがね。俺は花居(くわい)さんにお前にあって策を齎されてこいと言われたよ。それについて話しちゃくれないかな」

「ああ……成程ねぇ。そう、そうだのぅ。つまるところ、おまえは、神憑きとなってしまって、神隠しに遭う。菖蒲の小娘は、そういう算段だのぅ」

 

 ……成程。

 神憑きに神隠し。俺を失踪させた相手を菖蒲家ではなく神とさせて、謀反を起こさせないつもりか。

 策というか、ただの隠れ蓑だが。

 

「問うておこうか、冥津神」

「征武乱禍の大蛇を含む、"大蜥蜴の早贄"に、我が関わっているかいないか、だのぅ。ふくく、ふくく!」

「そうだ。ブランコイデアの神はただの守り神だったが、雨の神なるものは魔王に手を貸していた。今がそうであるかは知らんがな」

「おお、ようやっと素で話したのぅ。そして……懐かしい名前だ。沼の神、雨の神。海の神にはまだ出会っておらなんだかのぅ」

 

 ……なるほど。

 両生類が神ってわけじゃないのは目の前の存在で理解したけど、正確には水棲生物が神になっているんだな。蜥蜴も蛇も湿ったところを好むけれど、別に水棲生物ってわけじゃない。そういう切り分けか? ……いやカタツムリが水棲生物かっていうとまぁまた微妙な話なんだけど。

 

「我は確かに過去、ヒトに害を齎す神だった。ひとかけらだけの未来を見せて、その厄難を回避するために足掻いてもがいてのたうち回る……そんなヒトを特等席で眺められるよう瞳を渡し、この空間から腹を抱えて眺めておった」

 

 うーん邪神。スーパー邪神。

 あとお前の腹はどこ。抱える腹はどこなの。

 

「だが……ふくく、ふくく。ヒトは我が手を貸さずとも、勝手に転がり落ちるし、勝手に破滅するものだのぅ。我は次第に、我が種を播いて導きを作り、その通りの結果を辿ることより……無数の偶然が積み重なった果てに、道半ば、志半ばで夢破れる者を見る方が好きになったのだのぅ」

 

 ああ。

 あ~。

 ……ちょっとわかる。いや、人の不幸が見たい、の部分は違うんだけど……()()()()()()()()()()()っていう考えは、いや、その通りで。

 舞台やシナリオは俺が用意するけれど、プレイヤーまで自分じゃあ面白くないんだ。そしてそれがいつしか、舞台やシナリオまで天然が良いようになって……って。

 

「次第に我は、菖蒲の家に瞳だけ預けて、何の干渉もすることなく成り行きに任せるようになったのぅ」

腹ペコ竜の晩餐会(サレナスズナ・クリロノミア)には関わっていないことの証明が、それでは面白くないから、か。……信用に足るな、それは」

「ふくく、ふくく! やはり似た視点を持つ者だのぅ。……さて、そろそろ菖蒲の小娘が痺れを切らすのぅ。だから、もう少し建設的なはなしをするかのぅ」

 

 そういうのもわかるのか。案外汎用性きくのかな、その目。というより、元の持ち主だからか。

 

「これから先で、おまえは、時折肌から粘液を垂らすようになったり、毒蛙から執拗に狙われるようになったりするのぅ」

「料理人としては致命的だな」

「相談できる者がいるのぅ? その者達ならば、神憑きという言葉をしっておるのぅ。過去にあったそれら症状から、おまえは、静養を進められるのぅ」

 

 元が暴れまくっていた神ならではの、か。

 ただの隠れ蓑かと思ったけど……最善策か、割と。

 

「神憑きは世俗を断って日々滝行を行い、憑き物を落とすことで祓われるとされているのぅ。苦渋の決断で、おまえの弟子たちは、おまえを世俗から隔離された、その中で最も安全な場所へ住まわせるのぅ。本来毒蛙など出ないそこは、しかし、翌日……」

「無数の毒蛙に襲われ、見るも無残な姿で、か」

「ふくく、ふくく! 世俗から隔離された者など見ていても詰まらぬからと離れていた過去があったがのぅ、まさかこんな風に役立つとはのぅ!」

 

 ……ケレンと同じ襲撃からのルートか。

 じゃあまた……同じ感じで記憶飛ばして花居(くわい)ちゃんに拾われ、部下になって、それでも身体に染み付いた料理の腕から「──ですよね?」が安定ルートかなー。

 

「護衛が付けられる可能性はないのか?」

「神憑きは流行り病と同じで、うつる、とされているのぅ。だからおまえは完全に隔離されるのぅ。ふくく、ふくく! 養生してほしいと願った相手が、目を離したすきに襲われたとあっては、どれほどの後悔が見られることかのぅ! 偶然によるものでないが、それはそれで楽しみだのぅ!」

 

 うーん邪神。全然普通に裏切ってマッチポンプ組んでてもおかしくないぞコイツ。

 

「毒蛙はお前の眷属なのか?」

「あれはおまえも気付いている通り、魔に連なる者のしもべだのぅ。だが、あそこまで矮小なものであれば、支配権の割り込みが可能だのぅ」

「……神とは、どこまで。……いや、何も言わなくていい。自分で調べた方が面白い」

「ふくく、ふくく! そうさ、そうさな。他者から齎された真実など、面白みも味もしないのぅ。未来など見ていても面白くないであろうに、ヒトはずっとずっと気付かぬのぅ。菖蒲はいつ気付くか……それとも気付かぬか!」

 

 九割邪神だけど、災厄を与えることで「未来視(それ)は結局不幸しか呼ばないよ」ってわからせるタイプか。

 はた迷惑ではあるが……この国には必要な存在かもな。なんせ英雄足り得る者がいないから。

 

「もう一つ聞いておきたい。征武乱禍の大蛇を討つ、あるいは国盗りをしたとして、忍者はどう動く。……というか、忍者にもいるんじゃないのか? お前の恩恵を受けている存在、ないしはお前に対等の存在が目をかけている者が」

「そうさのぅ、そうさのぅ。そう考えるのも無理はないが……そも、菖蒲が特異よ。菖蒲に我の目が無ければあの小娘は事実を知らなかった。知らなければどうしていたか? ふくく、史実通り、征武乱禍の大蛇の前で忍者と合戦を行い、その贄となっていたであろう」

「……だから忍者側に特殊な存在がいるはずない、ってことか? その説明は微妙だな」

「ふむ……では開示をしようかのぅ? もののふ……おまえの言葉に直すのならば、英雄が生まれ出でる場所には法則が存在するのぅ。葦三方はまこと残念ながら候補地ではないのぅ。ゆえに、国盗りを阻止する英雄も、国の厄難を未然に防ぐ英雄も、どちらも生まれぬのぅ!」

 

 ……この企みには手を貸すし、征武乱禍の大蛇の討滅も背を押すが、成功しないとわかっている……って感じか。

 英雄が生まれる場所には法則がある、ね。……それは、ちょっと俺も感じていたことではある。

 

 前回……というか前々回のレスベンスト冒険隊。あの四人については、正直俺はほとんど何もしていない。

 最初から強くて、最初から英雄だった。

 これはリュオンにも同じことが言える。確かに俺が教え導いた部分はあるけど、あの子はポテンシャルが元から高かった。アインというのもそうだな。

 

 けど、たとえばハンラムでもガルズ王国でも似たようなことをしてきた割に、その二国は「正直そこまででもない」と思う。

 カズラ君は確かに律義で真面目な青年だったけど、要素としてはそれだけだ。彼が英雄であるのは真実魔晶石のおかげで、それを抜きにしたら英雄とは呼べないものだろう。

 マルガナレちゃんは確かに度胸と野心に溢れる少女だったけど、彼女もまたそれだけだ。そんな存在はごまんといる。

 

 カリアンは……あいつはまぁ、どうだろうな。俺がいなくとも上手くやっていたような気もするが、少なくとも英雄とは呼べない人生を送っていただろう。

 

 何かあるんだと思った。ゼルパパムは広いから、レスベンスト冒険隊とカリアンのような()()が生じたけれど、魔王国とゼルパパムでしか英雄が成立しなかったことには何か理由がある。

 その理由がコイツの言う、「候補地」であるのだとしたら。

 

 ……俺がこの時代に来た理由は、気になったことがあったからだ。

 古代魔族語を学ぶためにあの時代にいたけれど、さらに気になって百六十年前を選択した。

 

「いいね。挑むに足る言葉だ」

「ほう? もしやおまえ、菖蒲の小娘を英雄足らしめようとしておるのか? ふくく、面白い話だが、可哀想な話よのぅ。器の耐えられぬ運命を背負っては、()()()()()()()()のが関の山よのぅ!」

「残念ながら、これもまた自分じゃあ制御できなくてね。俺も可哀想にと思うよ」

「ならばおまえは、相も変わらずぜんのうてい、だのぅ! 全能亭茜座、だのぅ! ふくく!」

 

 ……これは、霊質の話か。

 ヴァルカンの時もそう呼ばれたが……そうか、霊質というのがそいつの本質を表すものならば、()()()()()()()()()()()こそゼンノーティ、なのか?

 モーガンが別姓を名乗れたのは変わったから。ローレンスが姓を名乗らぬまま終われたのも変わったから。

 ケレンでは変われなかったから強制的にゼンノーティへ戻された、か?

 

「そろそろ帰るよ。神憑きのひと芝居を打つタイミングは任せるが、何か報せは欲しいな。一応料理人、一芝居のためであっても汚ぇモンを客に食わせたくはない」

「良い、良いよ。それらしい報せをしてやろうのぅ」

 

 んじゃ、そういうことで。

 

「せいぜい楽しんでくれ。俺も役者の一人なれば、な」

「ふくく、ふくく! 我は神であるからのぅ。芸の奉納は受け付けるのぅ! ふくく、ふくく!」

 

 途端、周囲から濁流が来る。子供なら溺れ死んでおかしくない濁流に飲み込まれ、気付けば──。

 

「よかった……ようやく帰ってきたか。流石に心配したぞ」

 

 目の前に花居(くわい)ちゃんがいた。

 ……サンショウウオの神の時もそうだったけどさ。……なんとかなんないの? この帰還方法。普通に死ぬよ?

 

***

 

 一週間後。

 

「美味い。そなたらはこう言っては納得せぬやもしれぬが、店主の味に勝るとも劣らない味だ」

「ありがたきお言葉です……」

 

 なぜか合格試験の審査員をやっている花泪(はなさ)ちゃんのお墨付きをもらい、弟子たちは見事合格した。

 試験内容はストレートにお客さんの合格をもらえるかどうか、だったから、花泪(はなさ)ちゃんが出てくるのはまぁわからんでもないんだけどさ。

 瓜良は定食、津吊はおかず、羽澤は甘味、吉冨は味噌汁や白米。それぞれの得意と、もちろんそれだけではない定食一つをそれぞれが作り、採点をしてもらった。

 計四食の定食だけど、この三年で背も伸びて食も太くなった花泪(はなさ)ちゃんだ。ぺろりと平らげていた……けど、店に来た時の様子からして多分朝ごはん抜いたなアレは。

 なお、瓜良、津吊、羽澤には新店舗を、この店は吉冨に継がせる予定。ま、俺がいなくなるってのは知られてないから、吉冨についてはなんも言ってないけど。

 

「いやぁ、歴史に立ち会えて俺も感無量ですよ。大目付にここを紹介して、桐の葉の落ちるように大将へ弟子入りした時は動転したもんだが、天の配剤というやつだったんですかねぇ」

「うむ。常平、お主には感謝をしている。俺が師匠と出会えたのも、料理の道へ開眼したのも、お主があの時誘ってくれたからこそだ」

 

 若い衆や花泪(はなさ)ちゃんを連れてきてはこの店を布教してくれていたざるそば五層こと常平さん。

 彼が瓜良をこの店に誘ってくれたから、今の瓜良、津吊はここにいる。羽澤は多分なんもせんと入ってきたっしょ。

 自分の好きを語って他人に興味を持たせ、間口を広げる、というのも立派な才能だ。花泪(はなさ)ちゃんもかなり信頼しているみたいだしな。

 

「そなたらの新店舗については後日役人と大工が来る。特に厨房をどういう形にしたいかはしっかり伝えてやってくれ」

「はい、重ね重ね、ありがとうございます」

「私は朝に来ることはないが、朝夜は大層にぎわい、座る席が無い客まで出るらしいからな。店舗が増えるということは、この味を楽しめる客が増えるということだ」

「ですねえ。もちろん『鳴子雀』に行かなくなるってことはないですが、如何せん立地が立地だ。今まで危険地帯ゆえに味わうことができていなかった子供や老人たちも、町の方の店舗でこの味を楽しめる。そりゃ素晴らしいことですよ」

 

 あー、そういう理由あったんだ。子供メニューも一時期作ってみようかと思ってたんだけど、あまりにも子供が来ないからやめてたんだよな。なるほど、危ないからか。

 

「さて、それじゃあ、合格したところで──店を開くぞ。とりあえず今日のところは働いてくれ! 店の外で涎垂らした餓鬼どもが血走った目でこっちを見ているからな!」

「はい!」

「おお。それでは私達も……もう一品くらい何か食べていくか」

「ですね! んじゃ俺はざるそばで!」

「ぶれぬな、そなた……」

 

 ちなみに餓鬼は鬼ジョークだ。量を食べる上に腹を空かせやすい鬼を指す言葉で、子供という意味はあんまりない。

 

 こうして、その日一日が過ぎていって。

 その次の日。住み込み従業員しかいない時間帯。

 

「おはようございます、師匠」

「おう、おはようさ……ん?」

 

 相変わらず早起きな瓜良に挨拶をしようとして、それに気付く。

 周囲。俺達を囲むように──無数の烏。烏烏。烏烏烏烏烏烏烏烏烏烏烏烏──。

 黒い身体に赤い目を光らせたそれらが、俺と瓜良を取り囲んでいた。

 

「なんっ……下がってください、師匠。様子がおかしい!」

 

 それらしい報せってなんだろうな、とは考えていたけれど、これかぁ、なんて思いつつ、瓜良が……というか気配的に寮にいた津吊が出てきそうになったタイミングで。

 

 ぎゃあぎゃあ、ぎゃあぎゃあと(かまびす)しく鳴いて、喚いて、烏の群れは飛んでいった。

 

「……なんだ、いったい……。……師匠、ご無事ですか?」

「ああ……。驚きはしたが……」

「凶兆の現れでなければ良いのですが」

「縁起でもないことを言うなよ。さ、準備に勤し、」

 

 踵を返して店へ入ろうとすれば、上げていた暖簾が軸木ごとゴトンと落ちてきた。

 ……ラッシュすぎんか。

 

「まぁ……この店もそれなりに歳だからな。こういう建て付けが悪くなってったっておかしかないが、お客さんが怪我をすると大変だ。取り替えておかねえと」

「俺がやりますよ。……いやな予感がします。師匠、今日のところは長屋で休んでいてください。合格をもらったばかりなので調子に乗らせてもらいます。俺達弟子だけで今日のところは回せるので、どうか」

「……ああ、そうさせてもらうか。いやまったく、腰を言わさねえよう気を付けてはいたが、まさか天運が牙を剥くたぁなぁ」

 

 店の外で。

 またもぎゃあぎゃあと喚き立てる烏の声を、無視するように。

 その日は静養、ということになった。

 

 そして、次の日。

 

「……瓜良。ちと、相談がある」

「はい、なんでしょうか」

 

 相談をする。

 いや。

 心苦しいなオイ。……基本失踪前は何も言わずにだったから……いやヴァルカンの時は一言言ったけども。

 心が痛むゥ……ですかねぇ……。

 

「今朝起きたら、腕や手からぬたぬたと出てきてな。……どうやら俺は、病にかかっちまったらしい」

「……!」

 

 ちゃんと出てきた粘液を見せる。まぁ俺の肉体を弄る、というのはカタツムリの神には無理だったようで、体表に近い空間から滲み出てきた、って感じだが。

 

「……。……くそ……。……ああ、くそっ!」

「ああ、すまねえな。ったく、どこで貰ってきたのか……」

「……違います、師匠。それは……病ではありません。……神憑き。そう呼ばれるものです」

 

 そこから、心から悔しいというような声色で語られる、神憑きについての歴史。

 こいつの知識量はとんでもないからな。歴史書を持ってきて紐解く、なんてことをしなくとも、多分葦三方の歴史の九割が頭の中に入っているんじゃなかろうか。いやまぁ、隠されている部分は知らないだろうけど。

 

「そりゃまた……面倒なモンに好かれちまったなぁ、俺も」

「はい。……ですが、世俗から隔離された山中にて、一日二度の滝行を半年続けることで、神憑きは落ちると言われています。……すぐに最も安全な場所を用意します。心苦しいですが、師匠には半年そこへ行っていただいて……憑き物を落としてもらうしか、ありません」

「そうだな。この腕じゃあ客に飯は振る舞えねえ。……いや、良かったよ。お前らに俺の技を仕込んだあとでさ」

「縁起でもないことを言わないでください。俺はまだまだ師匠から学びたいことがある。これから確かに店は持ちますが、その中で生じた疑問や難題を……ものを知らない俺では解決できないそれぞれを聞いて、お手を煩わせて、まだまだ手のかかる弟子だと言われたい。……傍迷惑な話ですが、それが俺の望む先というやつです」

 

 ……真面目ちゃんがよ。

 

「火の練化石の包丁、俺が使っているやつを持っていきな。ほか、津吊と羽澤にも欲しい調理器具を持たせると良い。この店自体は吉冨に任せるか。……心配するな、調理器具くらい俺はまた作れるし、滝行の間暇だろうから、金物を始めたっていい。より優れたものを作ってやる」

「そうですね。……半年後師匠を迎えに行くとき、金物屋『鳴子雀』が開店していないといいのですが……」

「言うようになったなぁ。……すまん、迷惑をかける。頼んだぞ、瓜良」

「はい!」

 

 

 そうして。

 瓜良、及び津吊が選びに選び抜いた「最も安全な山の、最も安全な家」が建てられる。

 白い着物を着てそこへ入る俺を見送った瓜良、津吊、羽澤、吉冨の四人は、決意を秘めた顔で踵を返していく。

 これから彼らの新たな物語が始まるのだろう。

 

 ──翌日。

 無数の毒蛙の死骸と共に、家も、そして俺も、なにもかも。

 毒の沼地へと沈むことになる──。

 

***

 

 ()()()()と涙を流し、憤怒の顔を湛える者があった。

 

「ぐぉぉおお、ぐぉぉおおっ! 俺は……俺は、俺は!!」

「……神憑きは、神の祟りであると同時に、神の寵愛を受けているようなもののはず。だから、歴代の神憑きは、神憑きである間に死んだ事例が無い。……そのはず、だったんだけどね」

「俺は……俺が、師を殺したも同然だ! 俺があの日、縁起でもないことを言ったからか!? なぜだ……この国を救ったに等しいあの方が、なぜこのような目に遭わねばならん!」

 

 年に二度の晴れの日。その燃えるような夕陽を見送って、二つの人影が天に吼ゆる。

 後悔と憤怒の形相をしているのは瓜良だ。

 神妙で不可思議な表情をしているのは津吊だ。

 

「少なくとも冥津神は菖蒲と契約をしているはずだから、この害は引き起こせないはずなんよ。とすれば──」

「ぐぅぅ……あぁ。……だが……雨の神……では、無いだろう。雨の神の眷属に毒蛙は含まれておらぬ……。可能性があるとすれば……海の神か」

「まぁ、葦三方に目を向けている神なら、そうなるよね」

 

 葦三方には二つの神がいるとされている。

 冥津神であると同時、乱禍の神とされている、現在菖蒲家と契約を交わしている川の神。

 そして、天風神であると同時、平定の神とされている、人に有益を齎すとされている海の神。

 

「……津吊。お主、単なる町娘ではなかろう?」

「大目付ほどじゃあないけどね」

「俺は大目付であった頃から、定道(さだみち)様のやり方には違和を覚えていた。何が何でも侍と忍びを争わせようとするやり方に、だ」

「……危険なことを口走るのが好きだね。……海の神が契約をしているのが殿様、っていうのは……その通りだけどさー」

「……派手には動けぬ。『鳴子雀』を終わらせたいとも思えぬ。だが」

「はいはい。少し調べてあげるよ。知り合いは多い方だからさ。──それと、羽澤」

 

 津吊が声を投げかける場所。

 そこにいたのは、羽澤。()が単なる町人だと断じ切った鬼。

 

「……」

「腹を割ろうよ。吉冨も含めてあんたも、茜座師匠の弟子なんだから」

「羽澤。どうか。どうか、この通りだ」

 

 頭を、地面へとこすりつけて。

 

「力を持っているのならば、貸してくれ! 俺は……師を、こんな形で失いたくはなかった! せめてもの弔いを……したい……!」

「……はぁ。まぁ、いいよ。このままだと謂れのない罪までもが僕の所為にされそうだったし」

 

 そこにいたのは既に、二人のよく知る羽澤ではなかった。

 顔に張り付いているのは蛙の面。身体は鬼のそれだが、その身に纏う気は明らかに異質。

 わかる者が見れば、その気は──魔力は、魔族のそれだ。

 ここにわかる者はいないが、仮面をつけるかつけぬかで纏う気も在り方も変えるその存在を、仮面の魔族、と呼ぶ。

 

「発音、できるかな? 改めて。僕の名前は、ウォーラー・イン・フロッグス。無理なら、そうさな。水込かえる、でもいい。瓜良は気付いていないみたいだけど、津吊はわかっているね。そう、毒蛙は僕の下僕だ」

「な……であれば、お前が師を──?」

「だから、それが濡れ衣なんだよ。確かにこの国へ毒蛙を放って()()()いたのは事実だけど、ああいう風に一個人を狙うだなんてあり得ないし、僕の毒蛙もたくさん死んじゃったし。おかしな割り込みを受けてね、支配権が奪われちゃったのさ」

「……神か」

「多分ね。湿っぽい気配がしたから、神なのは間違いないと思うよ。……さて。こんな正体の僕だけど、信用は受けられるのかな。長年葦三方も、なんなら『鳴子雀』を悩ませていた原因が見つかったわけだけど」

「たわけめ、信じるに決まっているだろう!」

 

 即答に、きょとんとする羽澤……あらため、水込……否。

 

「お主は正体を晒す必要が無かった。濡れ衣を着せられたとて、正体不明のままであれば、ことの成り行きを見守るだけで済んだ。それでも正体を明かし、事実を話したのは、俺達と同じ思いを抱いているからだ。──違うか?」

「……」

「諦めなよ、羽澤。ああ水込? どっちでもいーけど。瓜良はこういうやつって、流石にもうわかってるでしょ?」

「……。……いや、そうだ。そうだね。その通りだ。……水込、というの。忘れてくれ。ここにいる僕はやっぱり羽澤だ。茜座師匠の三番弟子だ。……僕だってね、怒っているのさ。僕に罪を着せる形で師匠を殺したどこぞの神に。初めて──神殺しをしたいという気持ちが湧いた」

「俺達は全く別の道を歩いてきながら、師の料理によって、道を重ねた同志だろう。そのお主を信じぬ理由が無い。力を貸してくれという不躾な俺の頼みに応えてくれた。俺にとってはそれ以上でもそれ以下でもない!」

 

 もしここにいるのが大目付であれば、話は違ったのかもしれない。

 けれどここにいるのは、『鳴子雀』の一番弟子、瓜良という男だから。

 

「弔い合戦になるのかな。──僕は師匠の生存も睨んでいるけれど」

「連れ去られた、と? あり得ぬ話ではないな。師は戦場すら手中に収めていた。それを平定神が危うんだのなら、筋も通る」

「ちなみにあんたたち、店を休む気は?」

「無い!」

「無いかな」

 

 受け継がれている。

 彼の残した灯は、しっかりと。

 

 この地に英雄は生まれないとされているが──。

 

「飯に憎悪を混ぜぬようにな。味が落ちた、劣っているなどと言われた日には、師の拳骨が飛んでこようぞ」

 

 少なくとも火は、確かに熾ったのだと。

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