序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
御殿。なんたら御殿とかなんちゃか御殿とかって名称の無い、御殿とだけ称される場所。
葦三方の中心へ流れ込む色璃湾を挟んで東西に広がる侍と忍者の領地。その二つに挟まれた最前線
首都として機能はしていないが、一応対外的な首都として登録されている明郷、という地に御殿はある。
二階建ての簡素な作りのそこは、
ただ……どうにも地下はすごいことになっているっぽい。幾条にも伸びる直線の通路は葦三方のあらゆるところに繋がっていそうだし、あの老中の爺さんの魔法を真似たエコーロケーションをしてみたところ、結構な巨大空間まである。
飼いならしている、というのが本当なら、ここで、だろうな。
この魔法じゃ底のほうまではわからないけど、実際に潜り込むのは流石に危険だなー。
ちなみに定道はいなかった。またぞろ忍者の領地へ行っているのか、もしくは飼いならした征武乱禍の大蛇と遊んでいるのか。
んー。せめてどこにいるかを確認したい、っていう任務で「多分地下にいるっしょ」で帰るのはどうなんだろう。
……そうさな。
少し、前々から試したかった魔法を試してみるか。
さて、御殿へと侵入を果たし、さらにはその地下へ潜り込むことに成功した。
耐震工事がどうなっているのかしらんが、無数の地下通路があらゆる方向へ伸びている。こーれは迷う人は迷うやつ。俺は大丈夫だけど。
そのまま下へ下へ、巨大空間の方へまで進んで……そして、辿り着く。
色璃湾沖約500athlくらいの場所だ。その地下深くに、目算50athlはありそうな深さで、縦20athl、横30athlくらいの直方体の巨大空間。
その底に──いた。
三つに分かれた首と、左右三本ずつ、計六本の脚。長く滑らかに動く尾。
征武乱禍の大蛇。それが、白く輝く鎖によって縛り付けられている。
眼前にいるのは……定道と、知らん男。研究員風の男だ。白衣じゃないのが惜しまれるレベル。
然程聴覚は良くないため、もう少し近付く。
「──というように、この特殊な血液は対象の組織に寄生し、内側から食い破ることでそれに成り代わります」
「竜といえども、効くと?」
「いえ、成体となってしまったらお手上げです。ですがその場合においても、抜け殻に寄生させることで可能になる場合がございます」
「良い、良い。どの道余には利しかない。して、そなたらが欲しがっていた花紋の血だが、手に入るかどうかは怪しいな。卑しい忍びが尻込みをしているせいで、動きがない」
「ははは、構いませんよ。神の契約者の血は、標本としての価値しかありませんから。どの道この国の人間に然程の価値はありません。もちろん、定道様の一族を除き、ですが」
「世辞はよせ。この国の成り立ちを知っていれば、自身に価値があるなどとは夢にも思わぬさ」
寄生する血液? 内側から食い破る?
……レベッカの症状にそっくりだな。それと、竜……というか、神の成りそこないの抜け殻か。成程大蜥蜴ならではだな。
「しかし、それではそなたらへの謝礼ができぬ。これでも余は人情を大事にするゆえな、貸し借りは失くしておきたいのだ」
「ははは、ご冗談がお好きなようだ。……今の笑い処であっていますか?」
「あっている。そして良く言われる。冗談なのか本気なのかわからない、と」
「ええ、あなたはいつでも本気そうな顔なので、余計に」
雑談モードに入ったか。これじゃあ情報が抜けん。
……軽く征武乱禍の大蛇を刺激してみるか?
対象を絞った殺気を飛ばす。想像の中で征武乱禍の大蛇の首を斬り落とす。……硬いな。見た目の観察から肌質の防御力を勝手に計算したか。……力ではなく、構成粒子を分断することで切断とする。
「──!!」
「っ、お下がりを。……鎮め、呼び声のある時まで」
一瞬恐慌に陥った征武乱禍の大蛇は、しかし、定道と話していた男の……これは、封印術、的なものかな。それによって鎮められる。
この白い鎖。大蛇を縛り付けているこれは……結界術の亜種かと思ったけど、違うな。どちらかというと精神干渉系の……いや、
成程……成程。面白いな。生物のタグをラベリングした部分から書き換えて……確かに付与魔法でやっていることってそういうことだけど、へぇ。
「やはり目覚めが近いか?」
「それは確かにそうですが、今の反応の仕方は敵性存在がどこかにいることを表すものです。──
中空に描かれるは複雑な式。空間系の刻印だけじゃない、"ささいな過ち"、"気配り上手"、"許しの乞食"などの刻印を起点とした……イヌ型のコンストラクト!
涎を垂らす猟犬の姿をしたそれが、一直線に俺へと向かってくる。探すってフェーズを挟まないあたり、害のあるものを自動で検知して襲い掛かってくるカウンター型か!
あっという間に追い縋られ、その大顎が俺の身体をかみ砕き──。
「……おー、こんな感じか」
解けた視界が自身のものへと切り替わる。
名付けてなんちゃって式紙、ネズミ型コンストラクトに意識接続するヤーツ。
レスベンスト冒険隊との冒険の時にも見た、いわゆる使い魔……というかクローンっぽい何かや、この国で見た式紙という名のコンストラクトから着想を得た、自分で動かせる潜入用ネズミのコンストラクトである。
刻印で作ったコンストラクトなのでその場に何かが残ることはない。ゴーレムみたいな岩石とか、それこそ式神みたいな紙によるそれじゃあないからな。
魔力一つで作れるお手軽ドローンみたいなものだ。空はまだ飛べないけど。
情報は結構取れたんじゃないか?
多分あの場所から征武乱禍の大蛇を動かすことも難しいだろうし。……しかしあの研究員風の男、結構な手練れだな。刻印を描く速度もだけど、意味を取り出すのが上手い。ここが百六十年前であることを考えると……結構な技術者だ。
刻印魔法以外も修めていたようだし。……ネズミのコンストラクトだったから魔力の質は見えなかったけど、もしかしたら魔族かもな。
なんにせよ、もうここに用はない。
けーろっと。
甘味処『葵芙蓉』は思ったよりも盛況……というか、団子の効果を流石に悟ったらしい侍や忍者でごった返すようになってしまって、若い連中がそれにありつけなくなってしまった。
だから、持ち帰り用スペースと食べていく用のスペースをそれぞれ設けた。これにより、また青年たちが団子にありつけるように。
「紙袋のおっちゃん、おっちゃんって団子以外も作れんのか?」
「まー作れねえことはないが、あんまり自信は無いかね。少なくとも客に出せるモンじゃあねえのよ」
「侍の方の領地にさ、『
「気持ちだけでも嬉しいけどねぇ。なんでも思い出すだけで涎の垂れる味だとかで」
「そりゃ俺に、そこで修行してこいって言ってんのかい?」
「いやいや、そこまでのことは求めねーって。ただおっちゃんにもあの味が作れたらなぁ、ってさ」
まぁ……嬉しさはちゃんとある。
なんせ『
「ここで料理なんて出してみろ。お前さんら、金が足りなくてなんにも食えなくなっちまうだろう」
「あはは、確かに! 団子一皿の金すら苦労してんのに、定食なんて無理だなぁ」
「おれは団子だけで幸せだぁよ。それに、飯処のメシは、いつか平和になったら食えばええだろ?」
……いつか、ね。
そんな日は来るのかね。
「……それもそーだな。よぉし紙袋のおっちゃん、追加で一皿!」
「ああいえ、ナシで。鈴尾、忘れたのかい? 今月は特に厳しいんだってのに」
「そういえばそうだった。……良い仕事、ねえかなぁ」
可能性はゼロではない。ゼロではないから待ち続ける……が。
この子たちじゃ、仮に誰か強キャラが出てきたとして、その強キャラを仲間に引き入れるところまでいけなそうだなぁ、って。
あんまりハードルは上げ過ぎないでおこうかね。
***
紫輝歴514年、初空月の冷たい夜中。
津吊の用意したその会堂に、三人は集まっていた。
瓜良、津吊、羽澤。吉冨も三人の考えに同意してくれはしたが、彼は真実一般人だ。だから表から……飯処から状況を支えることになっている。
つまるところ、ここにいるのは裏に顔を突っ込む鬼だけ。
「瓜良、頼まれてたもの、手に入ったよ」
「おお、流石だな、津吊」
揺らめく魚油の行灯。それが三人の影を長く大きく映し出している。
「……やはり、定道様は、日中のほとんどで御殿を空けているか。そして」
「ああ、御殿の地下には、想像以上に広い空間があった。僕の毒蛙でも追いきれない大きさだ」
行灯の灯りに照らされるは墨で描かれた地図。葦三方の地下を走る、無数の通路と、明郷の地下にある巨大な空間。
そこに添えられ、書き込まれていくのは、瓜良の丁寧な字による「寸法」だ。
耐震強度、御殿の総重量から推定される通路の材質、どこが要で、どこが弱いか。
大目付としての知識だけではない、彼が培ってきたすべての知識を総動員し、そして元から秘めていた凄まじいまでの想像力を用い、建築を生業とする者でさえ弾き出せない速度で全ての数値が埋まっていく。
固唾を飲んで見守る津吊と羽澤。理解できる。二人の目の前にいる男は、種族の意味でなく、ただしく鬼才なのだと。
やがて。
「妙だ」
瓜良の筆が止まる。
「なにがー?」
「無理矢理がすぎる。まるで……崩すために作ったかのような構造だ。……殿の住まう御殿をこの構造にする理由はなんだ? なにかが……地下で暴れて、地上へ出てきて、全てを破壊する。それがわかっていなければ、このような仕組みには……」
「……だとしたら、多分、竜だ。御殿の地下のこの空間に、竜になりかけているものがいる」
「竜? ……首の分かれた大蛇のことか? 八つ首の節蛇、
「ああ。僕はそれを世に放とうとしているやつを見つけるために派遣されたのさ。どこの誰かはわからないけど、その極悪人は、封印されていた竜の楔を抜き放ち、世界へ竜を解き放とうとしている」
話を聞いて……瓜良は、新たに取り出した白紙に何事かを書き始める。
書きながら口を開く。
「紫輝歴55年、未曽有の事態発生。
続ける。
「紫輝歴115年、
ここまでを一息に書き切って。
「そして今……来年の紫輝歴515年。このままであれば、三つ首の蛟、ないしは大蛇が目覚めるはずだ。……羽澤、お主の言う竜とは、これのことで相違ないな?」
「あ……ああ。多分。そんなにも数がいたとは……知らなかったけど」
「これら情報は秘されている。なぜか誰に聞いても……これほどまでに立て続けに起きているすべてを知る者がいない。何某かが過去の記録を消して回っているのだ。……しかし、おかしいではないか。この葦三方の地で竜なるものが生まれやすいというのは理解したが、侍と忍びと共に、殿もまた竜に対抗するべき存在であるはず。だというのになぜ御殿の下に竜がいる? 羽澤の言う、竜の楔を抜く者というのは……定道様なのではないか?」
「さすがに凄すぎて圧倒されちゃったけど、補足。
「あり得ない! 竜は……捕獲できるものじゃないよ。何かの間違いだと思う」
「二百年前の話だ。事の真偽は確かめようがない。とにかく……師の神隠しには、なにかとんでもない裏事情が隠れている可能性がある、ということだ」
誰かが生唾を飲み込む。
ことの大きさを肌で感じてしまったのかもしれない。
それでも。
「御殿へは僕の毒蛙を向かわせる。できるだけ情報を搾り取ってやる」
「俺は蛟や竜に関する情報を探してまわろう」
「私は……知り合いに色々聞いてみるよ」
「……ふむ。津吊。お主の知り合いに、もう一つ聞いておいてほしいことがあるのだが」
「ん、いいよ。なに?」
それは。
素っ頓狂な声が上がった。
「忍びの使う式紙の出所ォ? ……んなもんどうやって調べろっていうんだ」
「あんたでもわからないかい。忍術にも精通しているから、あるいは、と思ったんだケド」
大本営へと帰ってきた津吊は、早速瓜良の頼み事……「忍びにも蛟を呼び出して戦う輩がいると聞く。その出どころを聞いてほしい」というのを聞いた。痣火に。
「ああ待て。……。そうだな、そう考えれば……確かに」
短い付き合いだが、津吊は彼の扱い方を多少心得ている。
彼は難題を好む。身体を縛られ、四重苦の中生き延びた、という経験が効いているのか、難しければ難しいほど燃える
「……少し講義染みた話になるが、聞く気はあるか?」
「こっちが聞いているんだから、聞くよ」
「そも……式紙というのには二種類ある。実際にいる妖を契約により縛り付け、使役する、というもの。そして、このように」
団子に使う串が勝手に起き上がり、組み上がり、鳶のような姿になる。
「生きていないものを操り、あるいは生きているように振る舞わせる、というものだ」
「……忍びの連中が使う式紙が、どっちのものなのかわからない、ってこと?」
「そうだ。少し前に遭遇したものは前者だったように思う。その場合、どこぞかにいる蛟を式紙として呼び出している、ということになる。後者の場合はその場で作っていることになる」
実際、痣火によって御庭番に齎された忍術知識はどれもこれも役立つものだった。
平時は生意気な男であるが、そもそもとして他者に何かを教える、ということに長けているのだろう。講義は非常にわかりやすいし、覚えやすく、組み立てやすい。
思えば
「つまり、出どころを探るなら、忍びに式紙を使わせる必要がある、と」
「そうだ。前はそんなものを気にしていなかったからわからなかったが、目の前で使われたのなら、どこから呼び寄せているのか見極めてやる」
「……囮役が必要ってわけだ。でも、あの用心棒を出すわけにはいかない」
「ああ。あれは恐らく忍びの使う忍術とは根本から技術体系が違うからな。……が、同じく式紙が使えるな。囮役に危険性の無い状態で橋を渡らせることもできる。……津吊、今からお前に式紙
無茶に聞こえる言葉。だが、実際、しっかり一晩で覚えられるような講義内容にしてくるあたりがこの男の腕の良さである。
こうして津吊は式紙の基礎を覚えた。
そして──。
派手に火の手が上がる。軽い身体を風に乗せ、するりと滑空を始めれば、集まってきた忍びたちが忍術を放ってくる。
「うわちゃ~、使い魔、じゃない式紙だぁ。ネズミさん、式紙を使うようになったんだねぇ」
「のんびりしておられないで、あれなるものの排除をお願いいたしまする!」
「って言われても、あんな高いところは流石に届かないしぃ」
「──ええい! であれば我が式紙で追い縋るまで! ──式紙、棚引飛蛟!」
高空より出でしは波模様の蛇。滑空する津吊を追うようにして、同じく空を滑空して追いついてくる。
平時であればなんとも思わない大きさのそれは、今の津吊には巨大な大蛇にすら見える。それは非常に恐ろしい光景だった。
そのまま──。
「っ……と。……食われた……の、かー?」
「式紙が、だがな。見事だ。この距離であそこまで式紙を動かせるのは、向いているとしか言えん。式紙・岡次。どうだ、便利だろう」
そう、式紙である。今しがた津吊は岡次……翼膜を持つ鼠となって、忍びの里にいた。それが噛まれ、その痛みと恐怖を感じたままに、視界が晴れて、自身に戻ってきた、という感覚があった。
「便利だけど……蛇に噛みつかれた時の幻痛があるし、何より精神的な疲労が強いね……」
「まぁその辺は慣れだ。痛覚が無いと夢中にいるようで上手く操れないという者もいる。そのあたりは今後お前が調整していけばいい。それより、わかったぞ。蛟の出どころ」
囮になって危険にさらされる必要は無い。戦闘はできないものの、情報を取るだけであればこんなに便利なものはない。
──当然そんなこと忍びもわかっているし、なんども試されてはきたのだが、遠距離での操作は困難であるとして断念されていた、という話は、津吊は勿論、痣火すら知らない話。
契約ではないコンストラクトの方の式紙を作るのは非常に困難であるのだ。それを一晩で教え切ったこの男の師としての才覚たるや。そして一晩で覚えきった津吊の才たるや。
「色璃湾南東付近……ほとんど奪海に近い場所だな。ここに……なにか、結界のようなものがある。蛟はその中から出てきている」
「結界、というのは?」
「裡と表を隔てる壁……いや、部屋のような忍術だ。基本的に不可視でな。中にあるものごと不可視にするから、結界がそこにあることにすら気付けないことが多い」
「……じゃあ、そこは多分、海の神の眠る洞窟だ。川の神には会ってきたんでしょ? あそこも……その結界というやつに阻まれている。そうでしょ」
「ああ。
「とにかく、ありがとさん。この情報を欲しがってた知り合いが喜ぶよ」
「それは、なんとも奇特な知り合いがいたものだな。こんなことを知ってどうする気だったのだ」
「さあね。どこに転ぶかは本人たちでもわからないけど……最悪、国盗りでもするんじゃない?」
津吊がふざけて言えば、一瞬痣火は押し黙り……そして。
「──良いじゃないか。国盗り、流行っているようだな」
「いや……。……言い出した私が言うのもなんだけど、流行るものじゃないと思う」
やはりよくわからない男である。
津吊はそう結論付けた。