序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
結局、「──ですよね?」が来ることも無いまま……戦が始まってしまった。
そう、予定されていた、そして予知されていた開始よりも半年も早く忍びが仕掛けてきたのである。
件の用心棒が現れてから
この局面で突然現れた未来視メタの用心棒、ねぇ。
さらに忍びたちはあの時話していた
これで彼女が怪我を……腕を失うとかいう大怪我を負ってしまったので、練兵どころではなくなってしまったのだ。侍たちはもう忍者を恨んでいる。仲良くするとか、口に出すのは正気の沙汰じゃない、って感じ。
さすがに戦時中とあっては甘味処も畳まざるを得ない。平時はピリピリ程度で済んでいた
若い衆らは……どこにいるのかね。流石にもう一緒にはいられないと思うが。
「あっれぇ~? お店、畳んじゃうのぉ~? せーっかく暇を見つけてお団子食べにきたのにぃ~」
甘ったるい、すべてを馬鹿にしたような声が響く。
……この声は。
「ぅ……か、紙袋のおっちゃん、逃げろ! こいつ、おっちゃんを狙っぐぎゃぁ!?」
よく団子を食べにきていた若い子の悲痛な叫び。ずるずると重いものを引き摺る音。
「ごめんくださぁ~い♪ 団子一皿、貰えますかぁ?」
店前に投げ捨てられるは……侍二人と忍び一人。いつものパーティの子たちだ。
「お代は須取要でしか受け付けてねえんだ。人じゃあ払えないよ」
「ありゃ。思ったより冷静。ん~、まぁお団子じゃなくても良いよぉ。あなたの作った料理はなんでも美味しいみたいだしぃ」
「生憎と団子以外は──」
「一年くらい前、神憑きと神隠しに遭った、有名な食事処の店主にして、憐れなる神の被害者Aさん。彼の作る料理はどれも頬っぺたが落ちるほどに美味しくてぇ、どころか元気まで出ちゃうスグレモノ。……その効果は、拮抗となって半年は続くはずだった侍同士の戦いをぉ、一ヶ月で終わらせちゃうほどに超強力でぇ。──今は記憶を失くしてここでお団子屋さんを営んでいる、んだっけぇ~?」
「……ま、まさか……紙袋のおっちゃん……あんた」
……そういうのもあるか。
まぁ、あるか。
「飯処『鳴子雀』元店長、
「……」
思っていた「──ですよね?」とは違うけど……まぁ、英雄の生まれない土地だと考えれば、あっただけ上々、か?
「
「──な」
「あっは♪ こっちは知られてると思わなかった? やったやったぁ! っていうことはやっぱり記憶を失くしてなんかいないんだねぇ。侍の領地から消えたのは、
──二連続「──ですよね?」だと!?
この子……できるッ!!
「紙袋のおっちゃんが……御庭ば、」
「あーもう、うっさい! 敗者は黙ってて!」
ガン、と胸を思いっきり蹴られて意識を飛ばす青年たち。
肺の空気を出したのか。癇癪のように見えて、しっかりしてんな。
「……参ったね、どうも。こちらのことは全て知られているみたいだが、俺はあんたのことを何も知らないと来た」
「え~、何回か会ったでしょ~」
「用心棒のあんたが飛ばしてきた槍としかご対面はしてなかったはずだがね」
「そう? じゃあ、初めまして。あたしは
「仙実国の出か。遠路はるばるご苦労様だね」
「おー、わかるんだ! ──流石は、歴史のあらゆるところ、あらゆる場所に出ている迷い家、だね~?」
「……」
……三連続、だと!?
思わず言葉を失いますよこれは流石に。そんなことがあっていいのか。いや主人公パーティ(仮)が気絶しているのが惜しい! もうちょい意識保っててくれ!
まぁこの子あの子らの仲間じゃないだろうから最初から破綻してるんだけどさ。
「あっははは♪ 今度こそ本当に言葉が出ない? びっくりした? まさか正体を知られているとは思ってなかった?」
「ん……あ、ああ。そうだな、そういうことでいい。そういうことで大丈夫だ」
「……? おかしいな。思ったより焦りが無いような」
ごめん、そうだよな。神に続いてまた迷い家とかって呼ばれた方を驚くべきだよな。
いやごめん、三連続「──ですよね?」の方がインパクト強くてさ。あとそれ、俺の本質をちっと掠めているのは確かにそうなんだけど、別に俺自身がそんなけったいなものかっていうと微妙だからさ。
あー。えーと。で、なに? これは俺、何を求められている感じ?
「あーっと……。それでお前さん、俺に何の用だね。なんか白けちまったし、団子でも食っていくか?」
「……ぶー。キミ、真っ当な人としての感情とか持ち合わせてないワケー? もっと焦るとか隠したがるとかさぁ」
「んー、正体がどうのと言われても、今ここにいる俺は団子屋の店主でしかないからな。茜座として料理を振る舞うことはできるかもしれないが、如何せん材料も調理器具もない」
「別にバレてもいいってことー? じゃあなんで正体隠してたのさぁ」
いやそれは勿論「──ですよね?」を発生させるためですよ。
とは言えないので。
「目的のため、だな」
「目的ぃ? 正体不明の怪異に目的なんてあるの?」
「まぁ、もう達成されたものだから、現時点での目的は特に無かったりする。雇われたからには
「……おじーちゃんみたいなこと言ってさ。じゃあ、あたしはそのお手伝いができちゃったんじゃない? 合戦が起これば、あいつの目覚めも早くなるわけでさ」
「征武乱禍の大蛇のことか」
「そ。竜退治に英雄はつきもの、でしょー?」
……ん、なんだ。俺の目的が英雄の作成だと勘違いされてないか。
ああ、話の流れで英雄の器について触れたのがマズったか。確かにわかりにくかったな今の。
まぁ……いいか。本来の方を懇切丁寧に教える謂れは無いし。
「目的が無くて、あたしがお手伝いをしたんだから、あたしのシュミに付き合ってよ。ゴホービってやつ!」
「まぁ構いやしないが──」
眼前に来たなんらかの金属で出来た槍を団子の串で弾く。
即時硬化の刻印を結んだのに、力負けしたな。
三枚の皿にそれぞれ"財宝を隠す神父"、"裏門に続く階段"、"手桶で財貨を覆う"を描き、気絶している三人の元へ向かわせる。作り上げるはヤドカリのコンストラクト。戦闘不能者の運搬と守護を担う。
店は……別に良いか。どうせ潰す予定だったし。それより、周囲八方から迫っている鎖の方が重要だ。
前方三方の鎖を冷たくない氷で凍らせ、その一つを掴む。
クンと引っ張っても引き合う感じがないことから長さが無限であると仮定。思いっきり引き摺り出し、そいつで周囲の鎖を叩き落とす。
風の唸り。空気を裂く音。
迫ってきている不可視の鎖に対し、落ちている鎖を垂直方向にぶつけることで形を判断。包囲網から抜け出して走り出せば、無数且つ不可視の鎖がこの身を追従してくる。
「あはははっ! すごいすごーい! 見た感じ肉体スペックはそこまででも無さそーなのに、培ってきた練度だけで潜り抜けてる! キミの中身はどれほどの経験を積んでいるのかなぁ! あたし、ちょっと楽しくなってきちゃった! ──とりあえず倍でどう?」
鎖の数が倍になる。
逃げ切ることは不可と判断し、迎撃に移る。串に施すは『硬質化』、『ノックバック』、『堅牢』の刻印。これ以上は面積が足りない。アルカの『
だから常識の範疇内で済ませる。俺が教授として研究していた時のままの刻印術。あの時点で俺が習い、教えた範疇内。
魔力の質は人間だが、纏っている魔力の量が桁違いだ。加えて……あの魔力の質は、「故意に人間に見せている」というように感じられる。果たして中身はどれほど化け物か。
弾く。弾く弾く弾く弾く。
両手に持った四本ずつの串で、鎖という鎖を弾く。時には体術も混ぜるけど、肉体強度の観点からできるだけ武器を通したい。
「──ならぁ、その倍♪」
ど、と増えるは鎖の津波。
……諦めはしない。死ぬにしても、やりきってからにしてやろう。
親指の腹を噛み千切り、血を出す。だんだん押されていっている鎖からの猛攻を防ぐ手を一本に減らし、空間に血で文字を書く。
両手でも厳しかったのだから、片手じゃあ無理だ。そんなことはわかっている。
「
濁流のような鎖。銀色はそのまま俺を飲み込んで──。
「……あれ?」
完全に、消え去った。
「マー、この世のどこかには、無限の鎖をため込んでいる蔵、というのがあってもおかしくはなかろうが、そんなけったいなものを作るよりも簡単なことがある。一本の鎖を鏡合わせに複製し、それをさらに複製し、それをさらに……という風にしていけば、簡単に無限が手に入る。お前の魔法はその類だ」
ちゃりちゃりと音を立てて……俺に侍り、首を垂れるは鎖の大蛇。
「必要なのは一本の鎖に対する召喚契約。増やしに増やされて操られる鎖は複製された影に埋もれ、絶対安全圏にて己の複製を眺めるだけで済む。そうしないと壊されてしまうから最適解なんだ。合わせ鏡は最初の一本を壊してしまえば崩壊せざるを得ないからな」
犬のように頬ずりをしてくる鎖。そいつを──二本に増やす。さらにそれを、四本に。
八本に、十六本に、三十二本に、六十四本に、百二十八本に、二百五十六本に──。
「よって、その一本さえ見つけてしまえば対処は容易いし、こうして乗っ取り、同じ魔法をかけてやることも容易い」
「容易いって……魔法の対象物からかけられている魔法を逆算したってことぉ~? しかも戦いながら……って、さっきの濁流、素の身体能力で捌いてたってことになるけど……無理無理! その肉体のスペックじゃそんなことできないよ!」
「難しくはある。認めよう。だが無理じゃない。事実できていた。多少人体構造上無理な動きが必要だったから、壊して治してを繰り返したが、それも些細なことだ。治癒魔法は欠損まで行かない外傷であれば大抵治せるからな。勿論お前にもできることだぞ」
「うげぇ……。流石は怪異。発想が人間じゃないねぇ~」
笑みをこぼす。
「俺は人間さ。それに、お前こそ……御伽噺から出てきたにしては、少々オイタが過ぎようさ」
「……もしかしてあたしのことも『解析』しちゃった感じ?」
「ああ、初めて見ると言ってやろう。初めまして、ハイエルフ。当の昔に滅びた希少種族の生き残りとは、なんともそそられる
増えに増え、増やしに増やした産声を聞け。
「──うそ。っ、大きくなあれ!」
持っていた槍を掲げ、巨大化させる銀。その魔法は魔法でまた別原理だな。面白い。
だが、お前が授けてくれたこの『倍増』の魔法、この短時間ではここ止まりだが、十二分だろう。
「16,777,216本──返礼としてはちと足りないが、お前がくれたものだ。貰っていけ」
殺到する。絨毯爆撃もたるやというレベルの攻撃。地表からの迎撃である槍も悉くを飲み干して、地を穿ち、砕き、穴を掘っていく。
ひと気のなくなった
晴れたるところに。
「自分の死体の式紙とは、なかなか良い趣味だな」
「うぇ、嘘、今の攻撃のあとで油断しないって本気ぃ!?」
死角より振るわれた音のない攻撃。……自身から出る音を消している。あれも魔法だが……いや、音の魔力を絞っているだけか。
傷が無い。槍を大きくした時点で既に本体は逃げていたのか。
「まだ続けるか?」
「んー。もうちょっと遊びたい気持ちはあるけどぉ、充分楽しんだしぃ。……それに、余裕ぶってるけど、実は魔力すっからかんでしょー?」
「ああ。今こうして鎖を足場に立っているので精いっぱいだ。この『倍増』の魔法、面白くはあるが魔力を食い過ぎるな。実戦では使い物にならないおもちゃと見た」
「せーかい。雑魚を驚かせるには面白くていーんだけどねぇ、正直使い勝手は悪いよぉ。一回壊されるともう一回増やし直さないといけないのがめんどっちぃし」
だろうな。さっきは時間が無かったから16,777,216本止まりだ、みたいに言ったけど、あれをもう一度倍にしていたら魔力ごっそり行かれてぶっ倒れてたわ。
自分が持っているピーキーな魔法の、中でも使い道があんまりないものをぶつけて遊びに来てた、って感じか。
「あたしはいつか、最高スペックのキミと戦いたいなぁ」
「遠い未来であればそれも可能だろうが、今は時ではないだろうさ」
「そーみたいだね。じゃ、あたしはこの辺でお暇~。欲しかったらその死体あげるよ。キミが殺したってことにしといてぇ。もう忍者のよーじんぼーとかやる気ないしぃ」
「なら、ありがたく使わせてもらおう。──それで、銀」
「なぁに、まだなにか──」
「──団子、食っていかないか。美味いぞ」
「……じゃあ、一本貰っていこっかな。あでもお金無いや」
「いいさ、初回無料ということで」
「なぁにそれ。ヘンなの」
うむ。俺も面白い魔法を知って満足したし、なにより変則とはいえ「──ですよね?」を三連続でくれた相手だ。
多少はもてなしたい。本当は料理の方を振る舞いたかったが、材料が無いからな。全味覚対応団子で許してくれ。
……その後、一本どころか十皿くらいの団子を平らげた
戦利品はこのいつまで経っても消えない死体……の、コンストラクト。一応時限式の爆弾みたいな魔法がしかけられていないかもチェックしたけど、無かった。
さて……まぁ、たとえ用心棒がいなくなろうと、戦が終わる、ってことはない。
「
「……それでは、意味が無い。これ以上激化させてしまえば」
「
「敵は忍びではないのだ! それを──。……待て。なぜ……津吊ではなくそなたが報告をしに来ている?」
「は。『隙間風』は密命があるとのことで、今は
嫌な予感がした。何か、とんでもない勘違いをしているやつらの気配が。
果たして、そこでは。
「──!!」
首を振るい、咆哮を上げる……小型の竜。
それが今まさに、負傷している瓜良と……彼を守ろうと前へ出ている津吊、羽澤を食らわんとしている光景が展開されていた。……ん、羽澤? あれは羽澤……か? 見た目はそうだが……魔力の質が。
いや、それどころじゃないか。
「っ、火魔石過剰駆動!」
虎の子、自分用に作り直した火魔石の包丁を三つ首の竜へと刺して、爆発させる。
それでも止まらぬ二つ首による噛みつき。随分と腹が減っているらしい。一つは殺気で怯ませて、もう一つを片腕で受け止める。
「──痣火!?」
「津吊、この苦無をこいつの傷ついた頭に刺せ!」
「あ、ああ!」
正確無比な投擲により、傷口に刺さるは特製苦無。毒蛙の調理法を研究している際に思いついた、あれの毒をさらに強化したもの。
単なる毒ならマー効かないだろうが、アレは痛いぞ。それでちったぁ怯めってんだ。
「──!!」
声なき声を上げて俺の腕から口を離す大蜥蜴。よーし効くな!
腕は……骨までは行ってない。肉が削ぎ落されただけだ。起き抜けだから顎の力が多少弱かったんだろう。暴れている時だったら普通に噛み千切られていたな。
……問題は、あの傍迷惑な用心棒のせいで今魔力がすっからかんだということ!
「津吊、状況を手短に話せ!」
「わ……私達は別口から……ああいや、そこな竜を殺すつもりだったけど、瓦礫と毒を混ぜ合わせた結合剤じゃああいつを生き埋めにできなかった。それで、撤退をしようとしたら、地から這い出てきた奴に仲間が噛みつかれて……」
「そうか。こいつは征武乱禍の大蛇と言ってな、これから侍と忍びを食いに行く予定の竜、それになる前の大蛇だ。で、どうやって噛みつかれた後にそれを外した。強い顎を持つはずだが」
痛みに慣れたか、克服したか。
明らかに怒り狂っている三つ首六足の蛇が襲い掛かってくる……のを、往なし、弾き、躱し。
魔力回復を行えるよう戦闘用の身体強化すら行わずに時間稼ぎをする。
段々苛立ちが勝ってきたのか、それとも埒が明かないと気付いたのか。
征武乱禍の大蛇は一度距離を取り……その口に魔力を溜め始めた。ああ、ブレスね。はいはい。
「せ、精油だ! 掃除に使うものが奴の口に触れた途端、仰け反るようにして口を離した!」
「……成程ね。腐っても蛇か」
爬虫類は精油苦手だもんなァ。全人類アロマディフューザー使用になれば竜災消えるんじゃないか?
「……御仁! 何者かは知らぬが、助太刀……津吊の仲間であると見る!」
「ん」
「すまぬ、すまぬ! 俺は自らをもののふと勘違いし、このような蛮行に出た! 結果がこの有様では、師に顔向けできぬ! ──だが、俺は、この竜めがこの国に巣食う病に見えてならんのだ! だから、だから──」
はは、なんだ。どうしたよ、瓜良。お前、そんなに言葉に躓くやつじゃあないだろ。
いつもの聡明な感じはどこへやったよ。
「頼む! これは死してくれという願いと同じだ! その上で頼む! 戦ってくれ!!」
「無論、そのために躍り出たとも」
「だからこれを、俺の魂を使ってくれ! 師より受け継いだ、火の練化石の包丁だ! 先程火の練化石を爆発させていたお主は、使い方がわかるのだろう!?」
投げられるそれを受け取る。……こいつ、刺さってから爆発までにコンマ一秒となかったアレを、ちゃんと見ていたって? ……死の淵で体感時間が加速していたのか?
まぁいい。おかえり、だな。ああ、馴染むよ。
くるくると包丁を回し、その柄を掴み、今いまさにブレスを放とうとしている征武乱禍の大蛇へ切っ先を向ける。
「お……お主、その、
「御庭番末番・
放たれるブレスを──火魔石の包丁で、斬る。
ブレスだって魔力の塊、つまり魔法の一種だ。人間が組み上げた複雑な魔法が斬れて、何も考えていない魔力だけのゴリ押し魔法が斬れないってのはちゃんちゃらおかしな話だろうさ。
一息で踏み込み、三つ首うちの一本、その根元を斬り付ける。……浅い。だが、これ以上やるとこっちの刃が欠ける。魔石そのものは武器としての強度に劣るからな。
よって選択すべきは突きだ。斬るのではなく突く。一度の攻撃で十回以上は突く。その箇所を穴だらけにして、火の魔力を湛えさせる。
パキ、という乾いた音。何の音かと思えば──突き刺した肌が色を落とし、その裡から新たな、そして強靭な肌が出てきたではないか。
「脱皮! なるほどこっちも腐っても蛇か! そんな頻度でされたら堪ったものじゃあないが! 火遁、──
ネーミングはぶっちゃけ適当だ。カタカナじゃなければ良いだろ精神。
つけた傷、沿った浅傷。その至るところから雷を放ち、そして炎上させる。……やっぱり属性耐性あるかー。チャチな火力じゃどうしようもないな、これ。
強く、強く強く、前足が地面に叩きつけられる。それにより割れる地面。色璃湾から水が流れ込んできて、プチ洪水が起きている。
御殿もぶっ壊れてっけどあれ、定道とかその辺どうなったんだろうな。大分どうでもいいが。
「おおいそこの、何してる! 魂は受け取ったから、早く退散しろ!」
「っ、お主は──あなたはっ!」
「瓜良、危険だ! 羽澤、足持って!」
「ああ……く、崩れるぞ! この下には巨大な空間が──」
おお。そういえばそうだった。忘れていたな。
確かにこの辺か。──地面のひび割れは、さらに巨大になっていって。
俺と征武乱禍の大蛇は、地の底へ落ちていく──。
***
崩落した地面。彼らが生き埋めを行おうと崩した諸々が、更なる被害を生んだのだろう。
湾の隣にできた大穴。そこに、だくだくと海水が注がれていく。
「は──離せ、離せ、津吊、羽澤!」
「落ち着きなよ、瓜良。悔しいけど……僕らにできることはないよ。僕ですらさっきの戦いにはついていける気がしなかった。あれは……彼が言う通り、神話の戦いだ。包丁一本で凌げていた彼がすごいのであって、僕たちが、」
「そんな問答はどうでも良い! 俺は、ああ、俺はなんということを……っ!」
怪我を押して暴れ、穴へ向かおうとする瓜良を羽交い絞めにする羽澤。二人の前に立って武器を構える津吊。
彼女とてわかっている。痣火は確かに強いが、あの竜を征するほどではないと──。
「そんなことを言っているのではない! お主ら、気付かぬのか!?」
「なにが、だい」
「
「……何言って……んのさ。あいつは……痣火だよ。一年前、御庭番に入ってきた……」
「一年前! 毒に沈んでその身を神に隠された師と、彼が、なぜ繋がらぬ!?」
「だって……まず、性格が違う。それに、私を見ても何も……」
「記憶喪失……か」
呟くは羽澤。彼は二人より、世界で起こる事象を知っている。
「火に毒に倒木に矢に、と。そう言っていたね、彼。……あの後、師匠はどこかで大火と倒木に遭い、矢を受け……記憶を失って……」
「それを
「見間違えるものか! あれは確実に師の手癖だった!」
だとするのならば。
今しがた、瓜良は。一度死地に送った師を、再度──。
巨大な震動が周囲を襲う。
立つこともままならないほどの震動だ。
「っ──羽澤! 瓜良、押さえておいて! 私が見てくる!」
「いや、ここは僕の毒蛙で──」
「痣火の正体が師匠であれそうでなかれ、私は御庭番の筆頭! 部下の面倒を見る義務がある!!」
大穴へ飛び込んでいこうとする津吊。しかし、その必要はなかった。
言葉を失い、それを眺めるしかない津吊の横へ、壁を走り、空を蹴って昇ってきた痣火が着地する。
「まずいね、これは。成体になった……って感じだ」
「……痣火」
「おう、すまないな。火の練化石も使い切ってしまったが、倒せなかった。はっはっは、絶望的だ」
明朗に。快活に。
ひとかけらも諦めていない声色で。
重なる。三年間を共にした師の姿と。破れた顔布から覗く地肌は爛れたそれだが、ああ、見れば、背格好も、目鼻の位置も。
茜座と……瓜二つで。
「──師よ! 師匠!!」
「おおい、大声を出すなよ。真っ先に餌になりたいというのなら止めないが」
「俺を……覚えては、いませんか。……師匠」
瓜良の言葉に。
彼は……顔布の向こうで、笑った。そんな気がした。
「
「……そう、ですか」
「それで?」
挑発するような声。
この状況を心から楽しんでいるような声だ。
「俺がお前を覚えていなかった程度のことで、俺とお前の縁は断たれるものだったのか? お前の知る俺というのは、記憶を失くさば、お前とはもう仲良くしてくれないやつだったのか?」
「……っ! ──いえ! そんなことは、ありません! 師匠は……たとえ記憶を失っていても、俺をまた、手のかかる弟子だと言ってくれます!」
「そうか。なら、いいだろう。今ここで俺の弟子となれよ。名前は?」
「瓜良です!
「はいはーい。二番弟子、
「三番弟子の
耳をつんざく咆哮が轟く。
征武乱禍の大蛇は、その翼で飛び上がった状態で、三つ首全てに気を集中させている。
先程の光線が来る。それは誰もが理解できた。
「そりゃあなんとも運命的だ。ここにすべてが集っていると来た」
痣火の垂れさがっている左腕。そこから滴る血が、ぱきぱきと音を立てて固まり、鋭利になっていく。
柄は長く、身の丈の二倍。
丸い刃が二方を向いて、鈍く照る。
両刃斧。外国風に言うのなら──ハルバード。
そして彼は、胸元から団子を一つ取り出して、それを頬張る。
瞬間、大気が──否、空間が悲鳴を上げたかのような錯覚が他三人を襲った。
「前の俺も言ったやもしれねぇが、改めて教えてやろう。食が身体を作り、肉体を操るというのなら、戦場だって操れよう。──その目に焼き付けろ、料理というものが戦を終わらせる、その瞬間を」
音が消える。光が消える。
暗黒の中放たれたるは三条の光線。
その全てを割断し、葦三方の夜たる滞積妖雲を割断し、いやさ世界を割断するのは血染めの両刃斧。
この切れ間こそ、即ち。
「
膨れ上がった、究極と。
***
暗い洞窟に、動く影が二つあった。
一つは人型で、もう一つは──巨大な海鼠。
この海鼠こそ、海の神。葦三方に手を伸ばし目を向けていた二神のうちのひと柱。
「いやぁ……いかついねぇ。あんなものが敵対していたかもだなんて、嫌だなぁ、怖かったなぁ」
「あれでもあれをひと扱いするか、海の神よ」
「するねえ。実際、あれは料理による一時的な強化の掛け合わせだろうし。放った一撃も大蛇を殺し切るに至っていない。放った本人は自分の威力に耐えきれずに消し飛んじゃったし。……あれが常に放てて、ほとんど単身で大蛇を殺せて、放った本人も死なない、って感じだったらぁ、その時は改めて新たな同族として認めるくらいかなぁ」
人型の方は……定道だ。どのようにして逃げ延びたか、彼がそこにいた。
二人の視線の先。結界の向こうに映るは色璃湾。そこに、命からがらで逃げる征武乱禍の大蛇がいた。
このまま行けば、あれはゼルパパムに侵入するだろう。けれどそれを止めようとはしない。
「さぁてぇ、契約の時間だよぉ、定道。君はちゃあんと戦を早めに起こしてくれたし、菖蒲の血……ちょっと古いけど、それも用意してくれた。うんうん、充分に契約成立だぁ」
「そうか。ならば、飛ばしてくれるな? 余を──二百年後の世界へ」
「正確には、百七十年後。紫輝歴684年──世界各地より集いし勇士たちによって、魔なる者の王が討滅される時代。行先は、そこであっているね」
「ああ」
波の音が聞こえてくる。
暗い洞窟の中、結界によってズラされた色璃湾南東のその場所で。
一人の男が──その時間軸から、姿を消した。
「──くふふ、くふふ! ああ矢張り、こうして手を貸してあげた方が、ヒトは派手に転がっていくものなのに……手放しで観察する、なんて流行りは、全く理解できないよ。でもぉ、無理はないかなぁ? 川は海に流れるもの、だからねぇ。僕へ辿り着くにはぁ、まだまだ、足りないってことだねぇ」
ぽい、と。
取引の材料にまでした花紋の血、それの詰まった腕を放り投げ、むしゃむしゃと食べて。
海鼠の神は、また、笑って笑って……その奥底へ姿を消した。
波の音は、まだ聞こえている──。