序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

36 / 100
35.名探偵のしぐさはステッキの音と共に

 エカスベア魔導研究所に、その六人は集まっていた。

 エカスベア魔導研究所所長、ヘンリック・エカスベア。

 エリスフィア帝国軍准将、メッテ・イェルネ。

 所属なし、キアステン・ゲーゼ。

 

 そして子供達……『剣士』、『皇帝』、『助手』。

 

「ヘンリック。始めてくれ」

「うん」

 

 メッテの声掛けに答え、ヘンリックが立ち上がる。彼が前に立つのは、六人にとっては馴染み深いホワイトボードだ。

 

「先日の『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』解体作戦において、僕たち共通の恩人と呼べる人物……ここでは子供達の呼び方に倣うけど、『博士の博士』の行方がわからなくなった。作戦当日、僕、メッテ、キアステンは、先に外へ出てきていた『皇帝』、『助手』が受けた彼からの指示、及び『博士の博士』が考案した『展開式結界隧道(バウンダリートンネル・スフィア)』を使い、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に穴を開けた状態でことに当たった。メッテ、キアステン。以上のことに、何か僕との認識の相違はあるかな」

「無い。大丈夫だ」

「正しいと思うわ」

 

 異界『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は記憶に作用する魔法現象だ。だからこういう逐一の確認はしていった方が良い。

 

「次に、『剣士』。『皇帝』と『助手』が外に出た後、君と『博士の博士』が何をしていたのかを教えてほしい」

「ああ。『博士の博士』のなんかやべー感じのする魔法で二人が外に送り出されたあと、俺と『博士の博士』は『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』解体の準備に取り掛かったんだ。『博士の博士』の見解じゃ、血色の花の開花と合わせて『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』が崩壊して、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』と現実での差異の全てが修正されるだろうって話だったから」

「それが具体的にどういう話かは、説明された?」

「たとえば、『博士の博士』の家とかがそうだけどさ。こっちにある『博士の博士』の家は、あんなにごちゃごちゃしてないし、地下室も無いんだろ? けど、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』にはあった。んで、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』じゃこの研究所だって壊されてたけど、こっちじゃ壊されてない。そういう、現実と比べた時の『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』側の差異ってやつが、全部修正される……つまり消えちまうんだと『博士の博士』は言ってた」

「補足ですが、これには人間は含まれないだろうとも言っていました。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』とは子供達の恐怖が具現化したもの。つまり写し取られたものである建造物や世界そのものは消え失せてしまうけれど、写し取られたものでない人間は消えない、と」

 

 補足を入れたのは『皇帝』だ。彼は異界より帰ってきてから、今回起きた事象や事のあらましのすべてを自身の日記へ記録したらしかった。

 

「話を遮ったね。続けてくれるかい、『剣士』」

「おう。……で、『博士の博士』が危惧してたのは、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の崩壊に合わせて結界が消えてしまわないか、ってところだった。あの世界にはいろんなところにセーフティエリアとして機能する結界があった。エカスベア博士たちが設置したものや、その後に来た子供達が設置したものだってやつが。血色の花の開花はそういう結界の中で行えばいいことなんだけど、結界までもが具現の派生物として崩壊した場合、黒靄(ダークミスト)が刺し違えてでも開花を邪魔しにくる可能性があった」

 

 結界と同じく黒靄(ダークミスト)も崩壊の対象だ。

 だが、崩壊であって消失ではない。消えるまでにタイムラグがある。そのタイムラグの中で血色の花に黒靄(ダークミスト)の手が届くことを恐れたのだ。

 

「けど、防ごうにも難しい部分がある。なんせ崩壊直前の黒靄(ダークミスト)ってやつらは壁があろうがなんだろうがぶっ壊してくるやつらばっかだった。飢えによる狂暴化とか言ってたかな。だから『博士の博士』は、自分の家の結界を過剰駆動させて、周囲一体を光の魔鉱石の光で満たし切ることでの結界を作って、その中での開花を行おうとしたんだ」

「事実として、最後の最後まで黒靄(ダークミスト)は博士ん家に辿り着けてなかった。その読みは正しかったんだろうな」

「そんで……ああ、こっからはまだエカスベア博士が話してねえとこか」

「うん。ありがとう。じゃあ、当日の僕ら側の視点を話しておこう。『展開式結界隧道(バウンダリートンネル・スフィア)』を通ったあと、軍の人達の激戦を観測しつつ、僕らは『博士の博士』の家へ向かった。向かった先では『剣士』の言うように半球状の結界が展開されていた。そしてその中心に、超巨大黒靄(ダークミスト)と対峙する『剣士』がいた」

「それは」

「わかっている。とりあえずこれは認識の話だから。……メッテ、キアステン。ここまでの話で、相違はあるかな」

「無いわ。私の目にもあれは完全な黒靄(ダークミスト)に見えていた。そして、博士の魔力も感じなかった」

「そういや、ガキ共が出てきたあの一瞬でもお前は魔力を感じ取れていたもんな。なのにわからなかったのか」

「ええ。黒靄(ダークミスト)からは特有の匂いがするの。人間に言って伝わるかはわからないけれど」

 

 キアステンが魔族であることは、この場にいる全員に周知されている。

 だからそこに頓着する者はいない。

 

「じゃあ、『剣士』。改めて、君の口から、当日の……君視点の話を聞きたい」

「……。……開花が近付いてきたタイミングで、 『博士の博士』は俺に聞いてきた。思っていたよりも危ない可能性があるから、帰る気はないか、って。それについては断った。そうしたら『博士の博士』は、仕方ないと溜息を吐いて……光の魔鉱石の過剰駆動を始めた。押し出されるようにして黒靄(ダークミスト)たちが遠くへ行って、俺と『博士の博士』は血色の花を眺めて座っていたよ。そして、あと少しだ、って頃合いで、騒がしい声が聞こえてきた。軍の人達が入ってきたんだ」

 

 少年は唾を飲み込んで言う。カラカラに乾いていく喉は、果たして何を伝えているのか。

 

「軍の人達は……すげえ勢いで黒靄(ダークミスト)を倒していって、そんで、俺達のこともすぐ見つけてくれた。だってのに……俺のことを必死の表情で掴んで、逃げて……『博士の博士』に剣を向けたんだ」

「確認するよ、『剣士』。()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()

「え、あ、おう。それはそうだけど……」

「……親からの愛情が無い子供は、救助隊の姿が見えないはず」

 

 呟くは『助手』。その言葉にハッとなる『剣士』。

 

「なぜか僕たちには『博士の博士』が黒靄(ダークミスト)に見えていた。なぜか『剣士』には大人たちがちゃんと見えていた。これが偶然であったとはどうにも考えられなくてね。……それと、あの時超巨大黒靄(ダークミスト)は、僕たちに手を振ったように見えた。『剣士』、君の目からもそう見えたかい?」

「あ、ああ。『博士の博士』は手を振って、"どうやらお別れみたいダネ"、"バイバイ、みんなによろシク"って……」

「声なんか聞こえたか、キアステン」

「いえ、聞こえなかったわ。音の魔力は属性魔力とは別よ。一人にだけ聞こえて他の人には聞こえない音、というのは、余程指向性のある魔法にしない限り組めないはず」

「……いいえ。恐らく一人にだけ聞こえたのではなく、子供にだけ聞こえたのではないでしょうか」

「『皇帝』、僕もそう見ている。残念だけど、僕、メッテ、キアステンは大人になっちゃったんだよ。キアステンの見た目は変わらないけど、心がね。その結果聞こえなくなった。そして、そもそも『博士の博士』の姿は多分、子供にしかちゃんとは見えないんだろう。少なくとも『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中では」

「それは……『博士の博士』の正体が黒靄(ダークミスト)、ということですか?」

「そうは言っていないさ」

 

 ヘンリックはここで初めてホワイトボードを使う。お前はなんで今までホワイトボードの前に立っていたんだとツッコミたいメッテだったが、我慢した。

 

 書いていくのは、「見えないもの」と「見えなくなる条件」という項目名。

 

「親の愛を受け取っていない子供は、救助隊の姿が見えない。……っていう『博士の博士』の説があったけど、これって曖昧だし、なんていうか、そんなことあるかなぁ、っていうのが正直な感想だと思うんだ」

「まー、クサいわな。黒靄(ダークミスト)が愛情を知っているとも思えねえし」

「『博士の博士』は……愛情は恐怖の裏返しだから、と言っていましたが……」

「好奇心だって信頼だって、感情なんざ大抵恐怖の裏返しだろ。失うのが怖いから強くなろうとする。守ろうとする。繋がりを大事にする。つまり、愛情が恐怖の裏返しだからそれにまつわるモンが見えなくなるんなら、伴って他の感情にまつわるモンも見えなくなっておかしくねえ」

 

 それに、と。

 メッテは……ちょうど隣に座っていた『助手』の頭に手を置いた。

 

「テメェらよ、受け取ってんだろ、毎日。このボンクラ博士からのでっけぇ愛情ってやつをよ」

「……そうですね。毎日……返し切れないくらい、いただいています」

 

 ぽかんとする『助手』、『剣士』の横で、しみじみと『皇帝』が言う。

 

「血のつながりがなくたって愛情くらい貰えんだよ。んでもって、エリスフィア帝国はお前らみたいな孤児が結構いる国だ。だから養子縁組の制度もそれなりにある。んで、そういうタイプの血の繋がっていない親子でも『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』にゃ取り込まれるし、救助もされている。血の繋がりは関係ないってこった」

「なんだか恥ずかしいけど……。メッテの言う通りだよ。僕は心から君達を愛していると言える。嘘偽りなく、一点の曇りなく、だ。だから……身寄りのない子供は救助隊の姿が見えない、っていうのは事実かも知れなくとも、それが理由じゃないと僕は考えている」

 

 ヘンリックは「見えないもの」のところに『博士の博士』、『救助隊』と書いた。

 そしてその隣の「見えなくなる条件」という項目にも手を付ける。『博士の博士』は「大人になってしまうこと」、『救助隊』には「自分でなんとかしようという気持ちがあること」、と。

 

「自分でなんとかしようという気持ち……?」

「世界全土の親のいない子供がそう、とは言わないけど……僕らにはそれが根底にあると思うんだ。窮地に陥った時、自分でどうにかしようとする。自分一人でなんとかできないかを探す。助力を求めない。だって誰でも助けてはくれないのだから、って」

「……」

「助けてほしいと、誰かの顔を思い浮かべ、縋らない。それが僕たちの共通点だ」

 

 悲しい共通点だけどね、と。

 

「さらに言うと、これは……大人になるための一歩目でもある。大人が誰かに助けを求めないとは言っていないよ。むしろその逆で、大人になると色んな人から助けてもらっていかなきゃ生きられない。でも、常に親の愛情があって、助けてもらうことが当然って状態から……助けは無いから、自分でなんとかしようっていう気持ちを持つのは、雛が巣立つようなもの。大人になるための第一歩を踏み出した状態なんだ」

 

 親鳥の助けなく餌を見つけ、自分自身で生きていく。

 その足掛けであると。

 

「『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は子供を攫い、大人から子供を忘れさせて、自分のものにしてしまおうとする異界。なれば、大人になろうとしている子供を見たら、何をすると思う?」

「……自分でなんとかしようという気持ちが大人への足掛けであるのならば、その土台を崩します。一人では何もできないのだと思い込ませて……自身はまだ子供なのだと痛感させる、でしょうか」

「何をやっても無駄だと思わせて……自信を喪失させる……」

「良い理解だ。僕もそう思う。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』へは何度だって呑み込まれるもの。だから『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は、救助を待つ子供へは積極的なアプローチをあまりかけない。そのまま救助されるよう見逃す。いつまでも子供でいてもらうために」

「自分から動いて……救助隊を見つけようとする子供には、彼らの姿を消して無駄を痛感させるし、襲い掛かって自身の無力さを思い至らせる、ですか」

 

 それこそが怪異『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の真の姿。黒靄(ダークミスト)と呼ばれる怪異は文字通り恐怖の具現でしかなく、本質ではない。

 

 であれば、だ。

 

「大人には『博士の博士』の姿が黒靄(ダークミスト)に見えた、というのは、本質的に誰の何を邪魔しようとしていると言えるのか」

「ま、フツーに考えりゃ『博士の博士』だろうな。アイツが大人と協力するってのが『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』にとって最悪の展開だった。それはあるいは、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の崩壊以上に」

「……そっか。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』にとって、『博士の博士』だけが明確な敵なんだわ。他の……私達は、黒靄(ダークミスト)という疑似餌に誘われ、それを攻撃していただけの取るに足らない存在。でも、『博士の博士』は『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の解体にターゲットを絞っていたから……。そして黒靄(ダークミスト)はそれを、長年彼を取り込んだことで把握していた……?」

「──つまり」

 

 締めの言葉を放ったのは、ヘンリック……ではなく。

 

「まだ事件は終わっていない、ということですね。エリスフィア帝国を長年苦しめた『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は、本体と言えるだろうあの世界を崩してでも『博士の博士』を大人に引き合わせることを拒んだと。であれば、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の核のようなものはまだどこかで稼働している可能性がある、と」

「……いや『皇帝』、そこで締めるのぜってーお前じゃねーって」

「エカスベア博士の台詞を奪わないでくれる?」

「あ、あはは、いいよ、綺麗にまとめてくれたし……。そして、これを紐解くためのヒントは、『剣士』。君が最後に軍人や僕を認識できた、というところにあると思うんだ」

「え」

 

 誰かを真似るように、マーカーをくるりと指で回すヘンリック。

 

「『博士の博士』は多分、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中で大人になった存在だ。彼は『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の定める正しい入り方で『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に入り、その中で成長した。だから彼には救助隊がちゃんと見えていたし、子供達のことも見えていた。──『剣士』。君も多分、彼と同じ状況にある」

「へ……?」

「僕から見て、君は子供だ。でも……あっちでなにか、君が大人になるだけの事件があったんじゃないかな。『博士の博士』ほど時は過ごしていないかもだけど、君は『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中で大人になった。だから軍人を認識できた。それでいながら子供として取り込まれているから、『博士の博士』のことはしっかり見えていた」

「……『助手』。多分ですが、あの件ですね。『剣士』は現実を知りました。それが……彼にとっては、大人になる、ということだったのでしょう」

「私には駄々をこねてたようにしか見えなかったけど、なにか自分の中で折り合いをつけたってことか。……『魔女』にも"男の子は目を離すとすぐ大人になっている"って言われたことがあったけど、こういうことなのかな」

 

 子供として攫われた者が、異界の中で大人になる。

 それこそが条件だと言うヘンリックと、納得を示す周囲。

 納得が行っていないのは勿論当人である。確かに『青い週明け(ブローマンダーグ)』計画の最終フェーズ、『博士の博士』を護衛する、という部分についての()()はしたが、歓迎したかと言われるとそんなことはないのだし。

 

「『博士の博士』のことを、僕たちは忘れていない。だから『剣士』、君がもう一度『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』に入っても、君を忘れることはないんじゃないかと思う」

「それが……妥当性あんのかは、よくわかんねーけどさ。どうやって入るんだよ。もう『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』はないわけで……」

「……そのために私がいるのよ」

 

 溜息交じりに言葉を吐くは、キアステンだ。

 どういうことかを聞き返そうとした『剣士』は、しかし、被せるような声にそれを塗り潰される。

 

「キアステンさん。……あなたは、……『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』なの……ですよね?」

「……ええ、そう」

 

 またも台詞を奪ったのは『皇帝』である。そろそろ手が出そうになる『助手』。

 

「え……『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』って、『博士の博士』の話に出てきた……あの?」

「あたしらも知らなかった話だが……そうなんだな」

「だからといってどう、っていうか、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』っていうのが魔族の中でどういう扱いなのか僕は全く知らないんだけど……」

 

 子供達の方が詳しいくらいだろう。『博士の博士』の話にあれだけ出てきたのだから。

 魔族の一種、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』。『博士の博士』の説明をそのまま引用するのならば、特別な血を有する魔族。特殊個体魔族の祖であり、その血液の匂いを嗅ぐだけで魔物や魔族が狂乱状態へと陥り、万一飲んでしまうと死ぬまで興奮状態が続き、元に戻らない、とされている……そんな魔族だ。

 

「『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』っていうのは……昔は違ったのだけど、今では先祖返りみたいなものなの。……これで伝わる?」

「ああ、わかるぜ。友達にオーガ族の先祖返りがいる。爺ちゃんとかその爺ちゃんとかが別種族で、その間のとーちゃんかーちゃんが人間とか別種族で、ってやつだよな?」

「そう。私の両親は普通の魔族なんだけど、私だけは『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』だった。辿ってみれば、昔も昔……二千年以上前の先祖に『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』がいたとされる、ってくらい曖昧で、滅多に出てこない血の形質」

 

 彼らが滅多に人前に姿を現さないのは、そういう一族がいるからではなく、そもそも滅多に生まれてこないからである、とキアステンは言う。

 そして。

 

「魔族って……色んな種族がいるでしょ。メッテは特にわかっているわよね」

「ああ。色んなのと戦ったぜ」

「たとえばだけど、兎の魔族の母と狐の魔族の父が番ったとして……生まれてくるのは狼の魔族、というのはザラにあることなの。遺伝子といって伝わるかしらね。親が持っている、受け継いできた特徴の一つだけが表に出て、魔族はその獣の名を冠するのよ」

 

 親が兎の魔族同士であっても関係がないという。そこから虎の魔族が生まれることもある、と。

 

「そして、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』とは、言うなればヒトの魔族。生涯を通してこの身体にはヒトの特徴しか現れない」

「ヒトの魔族? ……って、よくわかんねーな。人族なのか魔族なのか」

「これは……今回の話にあまり関係がないし、魔族の口伝のようなものだから、あまり気に留めないでほしいのだけど。この世にはかつて、動物というのがいたのよ。普通の獣。魔物ではない生き物が」

「……聞いたことのない言葉ですね」

「魔族が冠する獣の名前も動物の名前なのよ。兎とか、獅子とかね。けれどそれは、魔物が現れたことで住処を追われ、絶滅した。ただ一種を除いては。……それが、人族」

 

 関係性はただそれだけだ。動物の一種に人がいて、その魔族がいた。それだけ。

 

「魔物は……現れた、のか。何かから派生した、とかじゃなく」

「ええ、そう。なにか引っかかるかしら、メッテ」

「……まぁ。あたしらは直接関わってちゃいねーが……学校で散々聞いた。竜災と、そして突然現れた魔竜というものについてをな」

 

 魔竜。今となっては魔竜の方が多いとまで言われている、竜の亜種であるというもの。

 

「突然現れて、原種の住処を奪っていくものが……魔、ということですか?」

「……魔族も魔の名を持つから、もしかしたら人族や動物を脅かすものなのかもね。実際、絶え間なく戦争をしているし」

「でもキアステンは僕らの友達だ。たとえ種族がそうであっても、これからの歩みでどうとでもなる。僕はそう思っている」

「ご、ごめんなさい。おかしなことを言いました……。反省しています」

「私も無駄に自虐的になったわ。ごめんなさい」

「……そうだな。すまねぇ、あたしにも他意はねぇよ」

 

 そう取られても仕方のない歴史だから、仕方のないことなのだけど、と。キアステンは胸中だけに吐露をする。

 

「とにかく、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』というのはそういうもので、まぁ……数が少ないのと、その祖である『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』たちが涅月と契約していた、ということもあって、特別な血を持って生まれるの。偶然が重なって、そうなる。そう言うべきかしら」

「涅月と契約ゥ? 涅月ってのは、あたしの知ってるやつであってるか。夜空に浮かんでいるやつ」

「そうよ。結んだ契約は召喚契約と言われているけど、実際のところは謎。私が誰かに召喚されたことなんてないし。……で! 長くなったけど……子供達は知っているわよね。『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の血液が、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の元凶に絡んでいた、ってこと」

「ええ。『博士の博士』から、そう聞きました」

「だから……私なら、こじ開けることができるのよ。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の核と呼べるものがまだ稼働しているのなら、その結界の場所さえわかれば、この血を使って、無理矢理成立させられる」

 

 それほどまでに『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』とは特別なのだ。

 魔族や魔物がその血を飲んだだけで半狂乱に陥る希少な魔族、というわけでは……というだけではないと。

 

「キアステン。僕の見立てだと、続いている『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は異界にあると思うんだけど、それは外側から観測できるものなのかな」

「どの結界も必ずどこかは外界と繋がっているものよ。それはかの【マギスケイオス】の『別界』でさえ逃れられない法則。内側を外界と全く違う空間にできたとしても、外側の何かは必ず現実世界にあるはず。問題はそれが何か。そして、たとえこじ開けることができたとしても、通ることができるのは頑張って二人」

「そいつは『剣士』と『博士の博士』で決定だ。他の奴らは、あたし含めて応援」

「え゛」

「なんつー声出してんだよ。さっきの話聞いてただろ。お前だけなんだよ、『博士の博士』を引っ張り出せて、且つあたしらが忘れないでいられるガキは。命綱を繋いでいても他の奴らだと忘れちまう可能性があるからな。おまえだけが頼りだ」

 

 さっきの説明に全く納得していない『剣士』である。不安で仕方がなかった。

 されど話は進んでいく。

 

「結界の外壁。外側に面しているもの、か。……それは……その、なんなんですか?」

「うーん。……それが、実を言うとここから完全にさっぱりで」

「……血色の花は、どうなんでしょうか。あそこから世界が広がっていたりはしないですか? あれは確か……軍が押収したのですよね?」

「ああ。だが、少し前に雲散霧消しちまったよ。……そういやあれ、『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の血液なんだろ。現役『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』は何か知らねえのか?」

「それいつ? もしかして昨日のお昼ごろだったりしない?」

「まさにそうだが。ンだよ、盗んだのか?」

「違うわよ。でも、長年悩みだった魔力の不調が良くなったのよね。多分血の方から解けて私に入ってきたんだわ。だから私は悪くないの」

「別に咎める気はなかったよ。むしろあれが残ってる限り『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』が再出現するんじゃねえかって恐れる声の方が多かった。……まー、なんだ。できたらどっかの誰か信頼できるやつが保存したことにしてぇな。キアステンが『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』だってバラすのは違ぇと思うし」

 

 腕の確かな、信頼のできる相手が保存したことにする。

 その案は確かに良く思えた。なんなら『博士の博士』が適任に思えた。ヘンリックがそう口にしようとした時──またも言葉が被せられる。

 

「【マギスケイオス】はどうでしょうか。彼らは腕の立つ魔導士でありながら、常識の通用しない相手であると聞きます。彼らが保管していることにしてしまえば」

「──それは、おすすめしないかな」

 

 声が聞こえた瞬間、ナイフを抜いて子供達の前に立つメッテ。

 この場にいない者の声だ。どこか怪しく、胡散臭いその声の持ち主は。

 

「やぁ、驚かせたかな。私の名前は『探偵』。──あるいは、【マギスケイオス】、『先見』のオンドウ。おっと、会話をしようとするのは無駄だよ。この音の魔力による『蓄音』の魔法は予めこうなることを予期して遥か昔に録られたものだ。【マギスケイオス】というワードと『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』というワードが一定回数以上発声された時、その場に不明な魔力塊がある場合のみ開かれるものとしてね」

「……【マギスケイオス】、ねェ。結局テメェらは、"魔法大好きクラブ"と何がどう違うんだ?」

「会話をしようとするのは無駄だと言ったばかりなのだけどね。ま、認識は"魔法大好きクラブ"で問題ないさ。その大好きが人より上どころか、狂気の域に達しているだけの」

 

 会話できてんじゃねェか、というメッテのツッコミは飲み込まれた。が。

 

「君達が何を言うのか『先見』で先読みをしているだけさ。さて、そういうわけで、【マギスケイオス】に預けるというのはおすすめしない。魔法の腕はともかく、社会的信用が無いからね。早い話、犯罪者でも腕が立てば【マギスケイオス】になれるかもしれないんだ。そんな相手が『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の元凶を手にした、など……居ても立っても居られなくなるだろう?」

「口調は気に障るが、理解はできる。……気は進まねえが、魔族のせいにするのが一番か?」

「いやいや、それは【マギスケイオス】の手に渡ったと説明するのと然程変わらないよ。それより、エカスベア博士の言おうとしていた通り、『博士の博士』クンの手柄にしてしまうのが一番丸い。勿論これを成立させるためには君達が彼を引っ張り出す必要があるけどね」

「……『博士の博士』の状況まで知っているんですか? 事前に話した言葉……なのに?」

 

 声しか聞こえない。その場には誰もいないのに……全員が、口元に人差し指を立て、ニヤリと笑う青年を幻視する。

 

「それこそが『先見』の魔法でね。その場にいながら、遠くの未来を窺い知る……私にとってこの程度の先読みは造作もないよ」

「その場にいながら、遠くを……」

「さて。ではどうして私が君達の前に現れたかについてを話そう。──こちらは恐らくになるが、今、続いてしまった『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の中に、特異な存在が囚われている。ある魔族の貴族の少年、『王様』。憐れなる被害者、『探偵』。そしてすべての元凶、『庭師』に──子供達には馴染み深いだろう、『魔女』」

「え、『魔女』!?」

「『魔女』、ですか……」

「……『魔女』って誰だ?」

 

 首をかしげるは、『剣士』。驚愕の目線で彼を見る『皇帝』と『助手』を制するかにように、"声"が言葉を続ける。

 

「君達が話した通りさ。彼は大人になってしまった。だから『魔女』を忘れている。『博士の博士』はまた別枠だけど、大人になった君じゃ『魔女』を思い出せない。ま、それはどうでもいいことだ。『博士の博士』が『魔女』を見捨てるなんてことは無いから、『博士の博士』を引っ張り出せば『魔女』もついてくるよ」

「お、俺ほんとに大人になってたのか……」

 

 激しく頷く『皇帝』と『助手』の二人を見て、ようやく実感を湧かせる『剣士』。

 忘れている。それは恐ろしいことだ。それでも、今この時においては、必要な証拠だった。

 

「話を戻そう。私が君達の前に現れたのは、ここでその『王様』、被害者、『庭師』、『魔女』、そして『博士の博士』を外へ出しておかないと……『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』を完全に解体しておかないと、人類が滅んでしまうのがわかったからなんだ。結界の外壁については私に任せてくれ。心当たりがある」

「また、話がでけェな。人類滅亡なんざ……」

「信じないならそれでいいよ。准将さんは今回特に何もできないからね。初めから期待をしていない」

「ンだと?」

「まぁまぁ、メッテ。今回はキアステンと『剣士』以外力添えできないっていうのは事実だよ。その上で、全力のサポートをするつもりだけど」

 

 話はまとまったようだね、と。声は、『探偵』は、ウィンクをしたような声で言う。

 そして……もう役目を終えて、他に何か仕掛けが無いかと調べるためにヘンリックが引き取った、件の白い箱が浮かび上がって。

 

「始めようか。人類救済の英雄譚(サイドストーリー)を。憐れなる被害者はその役割を取られてしまったと思われるから、私が言おう」

 

 杖を突く音が聞こえた。改めてこれが『蓄音』という魔法なのだと再認識する皆々。

 

「──さて」

 

 裡にいる()に、合わせるように。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。