序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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38.取り残された小舟

 今日は俺主催……というかジュノさん主催のハンドメイド教室である。

 あれからそれなりに仲良くなったためか、こうして週一での教室開催になった。ちなみにちゃんとお金は貰っている。

 普段はご近所さんの……ジュノさんのママ友が来て、日々の裁縫から赤ちゃん向けの刺繍・人形作りなどまで幅広いジャンルについてを教える……んだけど。

 

「ス・バラ・シイ! 物自体は知っていても、実際に習うのは初めてですワタシ。……あ、ジュノさん、そちらの赤い毛糸を取ってくださいますか?」

「おいヨトゥン、おまえそれ、なんでヒルウルフに羽が生えてんだ? キメラなのか?」

「ばっかおめーわかってねえな。これは一角獣ってやつさ。知らねえのか?」

「……一角獣は馬に翼だろ」

「こまけーなー」

「針でチクチク、棒を組み組み。面白いね、お兄様。ああ、そうだね。編み物をしているメナも可愛いよ」

 

 シルクハットを被り、笑う仮面を付けた、紅いスーツの男。霊質、「大怪盗」。

 顔や手足に大きな傷のある、丸太かと見紛うほどに太い腕を持つ男。霊質、「薬物売買組織の若頭」。

 全身の至る所に暗器を持つ、異国風の衣装の男。霊質、「人身売買組織のハンター兼リーダー」。

 さっきからずっと一人で喋って、気のせいでなければ自分に対して「お兄様」とか「メナ」とか言ってるニコニコしたお兄さん。霊質、「快楽殺人鬼の兄」と「死体アーティストの妹」の二重人格。

 

 う、うーん。

 

「レイン先生、質問なのですが、ここにこういうラインを入れたい時はどのようにすれば良いのでしょうか?」

「ああ……それは、後で織り込みすればいい……です。だから、今は大丈夫」

「ナルホド! ……ふふ、これをしていると昔を思い出しますね。大エリスフィア博物館に行った時のことです。ええ、あの時は苦労しました」

 

 なまじ、ちゃんと生徒だから困るというか、無下にできないというか。

 ちゃんと真面目で、ちゃんと生徒だ。

 

「あらあら、ふふふ。皆さん熱心で、私、嬉しいわぁ」

「最初は付き合いのつもりだったが、これがどうして、中々難しい。難しいと燃えるってもんさ」

「今度()()()にも針仕事を習わせるのはありかもしれねえなぁ」

「ヨトゥンさんは、確か、幼稚園を経営されているのだったかしら? その若さで、すごいわよねぇ」

「確かに毎日大変だが、巣立った喜びってのは何物にも代え難いからなぁ」

「そりゃ俺の()()()にも言えることさ。ハハハハ!」

 

 ひゅわぁ~。

 ……【マギスケイオス】の時もだったけど、あんまりメンツが濃いと俺も霞むな、って。

 

 

 二時間ほどで終わりを迎えるハンドメイド教室。

 この日もお昼ご飯をジュノさんのところで与って、ちょっとキロス自治領を回る。

 ローノー地区と呼ばれているこの辺には大きな川……ロッセンケルク川、というのが流れていて、日がな一日そこで釣りをしている人もいる。水質がかなり綺麗ではあるんだけど、結構深いから水遊びの場には適さないかな、って感じ。

 その川を挟んでお店が並んでいる感じ。

 今回は前回と違って個人商店の許可は下りなかったので、この川沿いの店舗の一つである「フラウ雑貨店」の一部スペースに出品させてもらうことになっている。

 

「こんにちは……。フラウさんは……」

「いらっしゃー……って、レインくんか! よく来たね。今日も品出し?」

「あ、はい。今回は布系の雑貨を……」

「お、いいね。それじゃあこっちのスペースに……おおいリット! ちょっと商品移動手伝っとくれ!」

 

 フラウさん。後から知ったけど、ジュノさんのママ友の一人であり、フラウ雑貨店のオーナー。二児の母。

 今呼ばれたのは長男のリットくんだ。リュオンとかアルジオ君を彷彿とさせる年齢の子だけど、マー、反抗期なのかな。ちょっとツンケンしてる。

 基本おどおどな俺に対してもバリバリメンチ切ってくる感じ。ただし、口ではなんとでもいうけどフラウさんには逆らえない模様。

 

「んだよ母ちゃん……うわ、気弱プロテス(もやし)じゃん」

「こら! あんたはまた失礼な口きいて……!」

「年上のクセにおれみたいなガキにまで謝ってくんのがきめーから性格矯正してやってるだk、あ痛っ!?」

 

 鋭い右ストレートがリットくんに入る。ゲンコツとかじゃない。グーで頬をゴンだ。

 フラウさんは元冒険者なのだとか。格闘家だったらしい。その右ストレートはフツーに凶器では?

 

「ってェなこのストキッグ!」

「なんだいあんた親に向かってその口のきき方は!」

「あ、ふ、フラウさん、僕、これ、持てます。だから、そのあたりに……」

 

 ストキッグ。……んー、荒くれもの、みたいな感じかな。

 キロス自治領は魔物と共に育ってきた国だから、魔物を比喩に出して罵倒する・侮蔑する、みたいな文化が無い。から、他国では通じないスラングが飛び交うことも多々ある。

 俺が今回口下手設定にしたのはその辺がちょい面倒だったからだ。いや学ぼうと思えば学べるんだけど、味変はアリかなって。『博士の博士』でベラベラ喋り過ぎたし。

 

 ま、こういう会話が繰り広げられているだけ平和というものだろう。

 

 

 さて、リットくんとフラウさんの言い合いを何とか宥め、品出しを終えた俺は、一息を吐く素振りをするためにベンチへと座る。

 この国には至るところにベンチがあるから、かなり助かる。レイン・ヤーガーくんは自分の気持ちを落ち着けるためとか整理するために、こういう一人の時間を欲しがる設定だからな。

 

 口をぽかんと開けて、ベンチの背もたれに凭れ掛かって……空を眺める。

 エリスフィアの空と変わらない空。少し紫がかった晴天。小さな鳥が群れを成して飛んでいるけれど、確かあれも魔物で……割と危ないんだっけなぁ。

 積乱雲とは言わないけど分厚い雲がたくさんある。さすがは雨の街。この晴天ももうすぐ終わるのだろう。

 

「こんにちは」

 

 ……ん。

 俺の顔を覗き込んでくるのは……眼鏡をかけたお兄さん。

 優しい目の人だね。霊質は……まぁ、そろそろ見るのやめるか。要するにネタバレだしな、これ。

 ボルゾイみたいな犬を連れていてる。こっちの犬種全然わかんないから触れはしないけど、少なくとも気性が荒いということはなさそう。

 

「こんに……ちは?」

「ああ、驚かせてしまったかな。僕は刑事でね。今日は非番なんだけど……その、こんなお昼から、君みたいな年齢の子が外にいるのは……何かあったんじゃないかって」

「僕……もう、成人、してます」

「え、あ! ご、ごめん……」

 

 ちょっと幼い印象を抱かせるつくりではあるからな。これも結構言われるから慣れっこだ。

 学校は行ってないから「何かあった」のは間違いないのかもしれないが。

 学生での「──ですよね?」はなー。アルカの二番煎じになりそうでなー。……まぁお前のやってること全部二番煎じだろってそれ。

 

「名前は……なんていうの? この……犬……」

「バムセだよ。撫でてあげてくれ。噛まないから」

「ぁ……」

 

 と、言われたが。

 躾がしっかりしているんだろうな。()()()()()()。けど、その瞳にあるのは最大級の警戒だ。

 ローレンス……ローランドの時に対峙した魔竜もそうだったけど、もしかして魔物はデフォルトで霊質やそれに準ずるものが見える、とかなんかな。

 

 ……ふむ。ちょっと変えてみるか?

 

「!? っ、Grrrrrrrッ!!」

「お、おい、バムセ。どうしたんだ、普段は撫でられるの好きだろう?」

 

 霊質を見るだけじゃあ満足できなかったから、多少変化させる術も身に付けたんだ。

 それをやって見せたら、とんでもない警戒である。警戒心の解けるような霊質になったんだけどな。

 

「む……昔から、魔物には……好かれない。大丈夫……」

「そうなのか……。ごめん、余計なことをしたね」

「近くで見られて、嬉しかったから、いい。ありがとう」

 

 アレかな。霊質って基本変化しないものだから、常時見てる奴らからしたら目の前の存在が突然ゲル状になって形を変えて、親しみやすい姿になって手を振ってきた、みたいな……若干サイコホラーなアレに見えたのかな。

 確かに警戒するか。見た目がどれほど大丈夫そうでも、変化の過程を見ちゃあなあ。

 

 リードに噛みついてまで後退を促すバムセに連れられ、刑事のお兄さんは去っていった。うーむ、失敗した。

 

 ……俺もそろそろ帰るか。

 

 

 家に着くと、アパートへ帰ってきたのだろう仮面のお兄さんとばったり鉢合った。彼はトムさんと言う。まー十中八九ファントムさん。

 

「オヤ、レイン先生。お帰りでしたか」

「せ、先生って……。ハンドメイド教室じゃない時は……僕なんか、ただの雑貨屋だから……」

「イエイエ、先生と呼ばせていただきますよ。ワタシもこのように」

 

 指を鳴らすお兄さん。その隙に耳に袋のようなものをひっかけ、反対の手で背中側に這わせたステッキを操って袋に引っ掻ける。真っ白の羽の塊を袋から出して、鳴らした指の……袖の中に入れたな。なるほど、切れ込みがあるのか。ステッキで押し込んで位置調整か。

 そして俺の目が鳴らされた指に向いている間に背中にあるらしい切れ込みから三つほどのボールを取り出して握る。手首をスナップさせて何かを飛ばすような動作をした彼は、さも今何かが投げ渡されたかのように反対の手をしならせ、その指を開く。

 零れ落ちてくるのは魔鉱石だ。尖った形だけど、表面に繊維がついている。ボールの中に入っていたのかな。

 如来掌のように立てた手の甲と手首でフィルムケースみたいなものを持っている。そんで、俺の目線がそっちを向いている間に袖の中から先程渡された羽毛玉を取り出し、ぎゅっと握りしめる。カン、という音と共に蹴り上げられるはおそらく背中の中を落ちたステッキ。突然現れたかのようなそれに釣られて俺の目が顔ごとそちらを向けば、彼は羽毛玉を握る手を反対の手にタン、と叩きつけ、スーツの前ボタンを一つ開けて、そこから鳩……じゃない無害な鳥の魔物を取り出し。

 

「"ちょっとした手品"なら、できるのですが」

 

 落ちてきたステッキを腕に引っ掛け、滑らせながら、羽毛玉をばら撒き、鳥の魔物を解放する。

 パタパタと飛んでいくそれを見送った時にはステッキが彼の手にあって……と。

 

「……すごい」

「しかしこれでは、モノは作れないのです。ワタシがアナタを先生と呼ぶのは、ものづくりができるからであると知っていただければ」

 

 ボウ&スクレープで締めるお兄さん。

 いやー「怪盗」とマジックは切っても切り離せないものだろうけど、大変だなぁって。

 

「──良い目をお持ちのようだ。恥を晒す前に退散しましょう」

 

 おや、気付かれたか。目線はちゃんと釣られている感じにしていたんだけどな。

 この人がどういう目的で怪盗をしているのかにも依るけど、基本凶悪犯罪者なあのアパートの住民の中じゃ、トムさんならまだマジックアイテムを譲ってもいいかな、って思える相手だなぁって。

 手に渡ったあとの被害がヤバそうな人達には渡せませんよ基本、ってなー。

 

***

 

 彼……対外的にはトムと名乗っている彼は、自室へ戻ってから深いため息を吐いた。

 背中にはびっしょりとついた冷や汗。こんなことになるのは彼が駆け出しの頃以来だ。

 

「……全て、見極められていましたねェ。ふふふ……レイン・ヤーガー。名前を聞いた時はまさかとは思いましたが」

 

 無害を装っている。無力な子供を演じている。

 その演技力はトムをして舌を巻くレベルだ。そうであると思わなければ、一生それに気付くことはできないほどに。

 だが……ひとたび()()()()、アレはこのアパートに住まうどの住民にも負けないほどの悪鬼となるだろう。そう直感できるほどにアレに対しての警鐘が鳴り響いている。

 

「いいじゃないですか。楽しくなってきましたね、キロス自治領……。『涅月(ノクスルーナ)の涙』の為だけに来たはずでしたが、いやはや存外……」

 

 近々、どこかのルートにおいて取引されるはずの闇の魔晶石、『涅月(ノクスルーナ)の涙』。長さ36cathl、約108,000クレリトと言われている超巨大魔晶石。

 好事家は勿論、その好事家に売って資金を得たい様々な犯罪組織が……それも各国の組織らが近々集まってくることが想定されていて、キロス自治領の警察機構は気を引き締めて捜査をしている、とか。

 その他、売らずに使う……魔晶石という巨大な魔力塊をどうにか加工して使おうとする者までいるらしいが、トムはそれをナンセンスだと唾棄している。

 美しいものを戦争の贄にするなど、あってはならないと。

 

 このアパートの住人たちは、トムに負けず劣らずの大犯罪者たちばかり。恐らく彼らも「涅月(ノクスルーナ)の涙」を狙ってくるだろう。

 今は大人しくしていようものも、時が来れば──。

 

「トムさーん。いるかしらー?」

「っ……ハイ、なんでしょうか?」

 

 怖いと言えば、もう一つ。

 この大家の女性。

 

「隣のベンウィックさんの家の洗濯物がトムさんの部屋のベランダに入っちゃったみたいでー」

「アア……ありました」

「私に渡してくれるかしらぁ」

 

 ジュノ。ジュノ・ナルツォーラという女性。

 この女性は──足音や息遣いと言った気配が全くしない。凄腕の暗殺者か何かなのだろうとトムはあたりを付けている、こちらも演技力に長けた存在。

 やはり時代は擬態なのか。怪しい恰好をしている者が怪しい時代は終わってしまったのか。

 

「ハイ、ドウゾ」

「ありがとう~。それと、これ」

「……? 青い……二重円の、石……デスカ?」

「レインくんが、トムさんのお守りに、ってさっき渡してくれてねぇ。私には私の分があったから大丈夫よ~」

 

 それを受け取るトム。洗濯物を受け取り、「それじゃあねぇ」と言って去っていったジュノを見送って……そのお守りを解析するトム。

 間違いない。これは。

 

「ヤーガーのレリック……。やはり本物、デスカ」

 

 十二年ほど前か。レリックオークションにてそれが出品された日、トムは会場にいた。

 司会の興奮するような声と共にお披露目が為されたのは、簡素な作りのアンクレット。そこに封入されていたのは、一回限りとはいえ、瀕死の者であってもたちどころに回復させることのできる埒外な性能をした治癒魔法。

 魔鉱石があしらわれているわけでも、ぎっしりと刻印が詰め込まれているわけでもない──刻まれているのはたった一つの治癒を意味する刻印だけ。そこから、製作者によるこれでもかというほどの治癒への執着……「確実に治し切る」という想念が伝わってくるほどの一品。

 一人の刻印師(エングラファー)が生涯を賭して製作し、その死を以て完成品に至った、という経緯でもなければ納得のできないレベルの「至高の品」。

 欲しい。トムはその時素直にそう思った。実際のところ、レリックオークションへは冷やかしで来ていて、そのアンクレットが彼の手に渡ることはなかったのだが……。

 

「……ワタシの解析術では解析しきれませんか。仕方ないデスネ」

 

 実は既に今日一仕事を終えてきたばかりのトムであるが、出掛ける準備をする。

 彼が良く盗品を卸す古物商にこれを見せに行くのだ。あの古物商ならば理解できるはずだ、と。

 

 

 

 いつから油を差していないのか、開き難くなったその戸を押して、トムは店内へと入った。

 ごちゃごちゃした店内は「客を迎える」ということの一切を考えていないつくりであるが、古物を愛する者達にとってはこちらの方が好ましいようで、特にクレームは来ていないのだとか。

 置いてある古物たちは大抵がトムの持ってきたもの。だからそれらには興味を示さず、彼は店の奥……カウンターでスパイクド・グローブと呼ばれる古の武器を整備している男へ直進する。

 

「ん、なんだい買取かい? 予約は……って、トムか。珍しいな、足音を立ててくるなんて」

「ああ……興奮のあまり忘れてしまっていたよ。それより、これを見てほしい」

「今回のヤマはうちじゃ扱いきれないものと言っていなかったか?」

「別口で手に入ったんだ。君はきっと腰を抜かすよ」

 

 勝手知ったる仲である。いつもは丁寧に……あるいは慇懃無礼に喋るトムも、彼に対してはフランクになる。

 アレクサンダー・フォノン・”ルベント”・ドノヴァ。長ったらしい名前なのであるが、別に貴族でもなんでもない、のだそうだ。トムが調べた限りでも、特に高貴なる血族との繋がりは見られなかった。

 

「青い宝石? 魔鉱石って感じもしないし、おまえがそう興奮するもののようには……んっ、ん!?」

 

 宝石用の布に包まれているそれ。一度、二度、三度と顔を振って忙しいリアクションをしながら、アレクはそれにかぶりつくほど顔を近づける。

 

「おい……オイオイオイオイ! このやっべぇ規模の呪詛は、間違いなくヤーガーだ! しかも使用前……新品の、ヤーガーのレリック! 30億ストレイルはくだらねぇぞ……?」

「君達はまた、すぐにお金の話になる。そういうところは受け入れられないと何度言ったら……」

「じゃあなんでこんなもん俺に見せたんだよっ! うわ……うわ~……! すげぇ……これ一つでゼルパパムじゃ豪邸が数件建つんだぞ」

「価値はわかっているさ。でも、値段はどうでもいい。それより、どんな効果が秘められているのか教えてほしい」

 

 トムのストレイルへの無頓着さは「相変わらず」なのだろう。アレクは、「おまえってやつは……」と溜息を吐いて、改めて解析を始めた。

 生唾が飲み込まれる。

 

「……待て。……俺の……読み間違いか? そんなこと……」

「どんな効果なんだい。まさか、死者蘇生とか? ははは、夢物語すぎるか」

「そこまでは……行かねえが、似て非なるモン……に、読み取れる。俺の目が……おかしくなったんじゃあなければ、だが……」

 

 何度も何度も生唾を飲み込んで、それでも信じられないという風にあらゆる角度からそれを見て。

 

「……死の回避だ」

「回避? 幻惑系ということかい?」

「ちげえよ。……ヤーガーのレリックらしく効果は一度きりだが、恐らくこいつは、()()()()()を回避できる。脳天をカチ割られようと、首をちょん切られようと、心臓をめった刺しにされようと……所有者の死という事象が起きたその瞬間、全因果を書き換えて、そいつを無かったことにする。……俺が生きているうちに……こんな効果を発揮する刻印が見られるとは……思わなかった。……真似はできねーと思うが、描き写すくらいはさせてくれ、トム」

 

 言葉が出ないのはトムとて同じだ。だから、「あ、ああ……」という生返事だけをして、自身の手の中にあるそれを見つめる。

 

 死の回避。たった一度だけという制限はあれど、それは。

 人間に手出しの許されている領域なのか。

 

「死への遭遇そのものを呪いと見做し、それを邪視と改め、遮る。見返す。刻印自体は"どうしても伝えたい"だが……どうやって意味を取り出し、そしてどうやって実現させるんだ、これ。……くぅ、やっぱヤーガーのレリックはすげえ。ロマンが詰まりすぎているぜ……!」

「でも……そうだ。風の噂を耳にしたんだけど、ヤーガーの出品者は捕まったそうじゃないか」

「捕まったけど、出品者だよ、あくまで。製作者じゃない。あの婆さんは明らかに刻印者(エングラファー)じゃなかったしな。……あー、どういうやつなんだろうな、ヤーガーは。俺たちの界隈じゃ八十を超える爺さんって説が濃厚だが」

 

 どころか、まさか二十に満たない子供だとは……彼でも思い付けないだろう。

 あれは。あの少年は、いったい何者なのか。

 

「……世話になったね、アレク。また次、ヤーガーのレリックを仕入れたら、次は売ってあげるよ」

「そりゃ嬉しいが、買えねえよ。30億ストレイルだぞ。いや、そいつの効果レベルだと3000億はくだらねえ。俺の生涯収入を幾つ掛けたって足りねえっつーの」

「それは……そうか」

「否定しろよ。……それと、おまえに言うことじゃねえが、気を付けろよ」

「なにがだい?」

「知らねえのか? ヤーガーのレリックを手にした奴は」

 

 ──必ずそのレリックを使わなければならない事態に陥る。

 

「また眉唾のジンクスを語るものだね」

「事実として新品が世に出回ってねえからな」

「大丈夫。なんたって私は大怪盗、だからね」

 

 トムはお守りを大切にしまい、そして……いつもの調子を取り戻す。

 彼は「怪盗」なれば、一つの事にいつまでも動揺しているわけにはいかないのだ。

 

「あ、そうだ。この話とは関係ないんだけど、君ってキロス美芸博物館のチケットって手に入れられるのかな」

「あそこは……特に目ぼしいモン無いって言ってなかったか? 大エリスフィア博物館の方がいいって」

「盗むべきものは確かに無いけれど、単純に美麗なものが多いからね。最近仲良くなった子供を連れていきたいんだ」

「子供ォ? 泣く子も黙る大怪盗のおまえがぁ?」

「私に裁縫というものを教えてくれた少年でね。ほら、このスカーフとか、私が編んだものなんだよ」

「え、本気でか。売り物じゃねーのか。……へー、すげえ。まずおまえに物を教えようとする気概がすげえよ。そいつ将来大物になんな」

 

 既にそうだけどね、とはおくびにも出さないトム。

 彼は自身の審美眼が最高であるとは信じ切っていない。特に目ぼしいものが無いと思っているのはその通りであるが、同時に、あの少年にしかわからないものもあるのではないかと考えている。

 

「というわけで、お礼をしたくてさ。マジックショウを見せる、というのはもうやってしまったから、次は大人の財力でも見せつけておこうかな、と」

「じゃあ自分で予約して自分で買え」

「確かな身分が必要なものは買えないんだ。盗品を使えば、少年にあらぬ罪を着せるかもしれない。正規の手段で購入されたものを横流ししてくれるのは君しかいないんだよ、アレク」

「はいはい。おまえのそういう言葉遊びは聞き飽きたよ。……二人分でいいんだな」

「可能なら三人分」

 

 少年の方へは打算だが、もう一人の方へは日ごろのお礼だ。ごますり、であるのかもしれない。「大怪盗」の名の泣く話ではあるが、そういう付き合いをしておく価値のある人物だ。

 あのアパートに住む者であれば、誰もがこの行為をするだろう。危険な香りがしないのに危険であるものへは、最大限敵対しない方向で動きたいものだ。

 

「……いいか、次ヤーガーのレリックを仕入れたら俺のところに持ってこいよ。必ず、一番に、だ」

「そう約束したじゃないか」

「……じゃあ、わかった。明日……は流石に無理だな。二日後、また来い。用意しておいてやる」

 

 この男はトムのような犯罪者との付き合いがありながら、なぜか各所に顔が利く。

 いや、犯罪者も含めて「各所」ということなのだろう。

 以前は公営闘技場の賭博チケットをどこぞの筋から入手してきていたし、その前にはロッセンケルク川の釣り人たちによる釣り大会の参加チケットを入手してきていた。

 トムのこれまでの仕事において、彼のこのコネは非常に有益であると言える。勿論それに見合う対価を支払っているわけであるが。

 

「ちなみにだけど……君的に、お礼に美術館巡り、というのは……喜べるものだろうか」

「あ? なにナイーブになってんだよ気味悪ぃな。……まー、ガキが美術館を喜ぶかは知らねえけど、裁縫好きなら嬉しいんじゃねえの? 俺だったらそんなもんより金をくれというがね」

「彼はそういうタイプではないからなぁ。……まぁ、喜ばせられるよう手を尽くしてみるよ」

「なんか話だけ聞いてっと恋人が出来たみてぇな言い草だよな。俺は……愛情に性別は関係ないとは思うが、歳は考えろよ」

「君ね、いつもだけど、本当に一言多いよね毎回毎回」

 

 それでも、トムはこの店が好きだった。この気の置けない友人は、何物にも代えがたい宝だ。

 じゃれ合いは続く。アレクが「そら帰った帰った」というまで、何時間も──。

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