序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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39.奇跡の代償

 キロス美芸博物館。キロス自治領が独立する前の、つまりエリスフィア帝国の一部だった頃の歴史や、遥か昔の食器の破片といった、歴史的価値のあるものや、この自治領出身の学生・画家が描いた絵画などが飾られている博物館だ。

 トムさんのお誘いで、俺、ジュノさん、彼でここへ来たわけだけど、マーあんまし興味が無い。知ろうと思うなら行けばいい話だしなー。

 とはいえ今の俺は学校にも通ったことのない、二十歳に満たない青年。先日目線がバレたのを踏まえて今度は魔力の質も霊質も丸ごと「興味ある風」にしてみる。

 

「気に入っていただけたようで何よりです。館内で騒いだりしなければ、好きに回ってくださって構いませんよ。ワタシやジュノさんも好きに見て回りますので」

「楽しんでねぇ~」

 

 と言われたので、折角だしちゃんと見る。

 えーと、なになに。「昔運搬に使われていた黒い染みのついた木の棒」「区画整理によって出土した薄い金属の輪」「美芸館建築作業に使われていたと思われる粗い紐の束」「年代不明:保管用の淡い色の布の袋」「展示品の中にいつの間にかあった平らな石の板」「調理道具と思われる土の器」……。

 

 大丈夫なんですかこの博物館は。

 きょ、興味をそそられるものが一つもねーぞ。にしては結構混んでいるのはなに? 領全体を移動するスタンプラリーがど真ん中にあるとかじゃないとこんなにはならんでしょう。

 

 ……いやいや。興味無いからつまらん、は……ちょい低次元だな。

 逆に興味を持つための見方をしよう。こっちが視点を変えるのだ。

 

 たとえばこの、年代不明とされている淡い色の布の袋。素材はトルネンラミーと呼ばれる麻系の植物だな。刈り取られたのは恐らく三百年は前。そこからそこまで時を経ずにこの形へ加工されている。……けど、おかしいな。袋の強度を保つための紐の年代は凡そ百年前のように見える。一度……修繕された? にしては穴が開いていない。 

 さらに見ると、複数人の指紋がついている。残念ながら指紋照合ができるほどにゃ残っていないが、五指の間隔から想定される手の大きさが違うからわかる。そこからこの指紋がついた年代も判別できるな。皮脂だって経年で劣化する。だから辿れる。

 前提条件が多すぎてこんがらがるので、自分にだけ見える幻を設置。人物像は適当でいいが、身長と手の大きさをデータ通りに。皮脂の付き具合と繊維の撚れ具合からこの袋がどういう扱いを受けたのか測定し、そのシーンを再現する。ヴァルカンの鎧でやっていた補助計算と似た話だな、これは。

 浮かび上がるは、この袋になにか大きめの黒い石を入れて大切そうに運ぶ女性。内側についている粒子からして闇の魔晶石か? けれどそれが……大男の手に渡って、その次に細身の男、男、男、女……と、何代も何代も入れ替わって……最終的に……裕福そうな、恰幅の良い男性のもとに移って、袋の長旅は終了。

 この人がここの館長かな? 袋自体に価値はないけど、案外重要なものの可能性あるなこれ。魔晶石運ぶとか相当だし。

 

「その袋に……なにかあるのですか?」

「え。あ。……いえ。……多分、これくらいの大きさの……石を運んでいたものだろうな、って」

「そんなことがわかるのですか? イヤハヤお見逸れしました……」

 

 やろうと思えば元の持ち主やその子孫まで割り出せるけど、やめたほうがいいだろうな。途中で何度か血が飛んでいた。つまり、奪い奪われの歴史にあったってことだ。

 あるいはここの館長も、みたいな。こんななんでもないもの展示してる時点で違うだろうけど。

 

 とまぁこのように、興味のないものでも楽しく見ることはできるのだ。トムさんが常に俺を見張っているから、バレずに魔法を使う隠蔽技術がメキメキ上達していく感じがする。

 

 このいつの間にかあったらしい平らな石も……。

 ……んぇ?

 

「今度はそちらの石板ですか。これはどのようなものなのですか?」

「あ、いや……」

 

 この石板……使用済みだしもう起動はしないだろうけど、俺が作ったマジックアイテムだな。いやまだ俺は作ってないんだけど。

 だから……過去に跳んだ俺が作ったアイテムだ。それが巡り巡ってここに、ってか。

 

「もう……効力はないけど、マジックアイテム……だね。ある意味で、これこそが……遺物(レリック)かな……」

 

 俺の作るパチモンとは違って。いやこれも俺が作ったものなんだけど。

 

「ホウ。何が刻まれていたのか、などはわかりますか?」

「ああ、どうだろう。……刻印は見えない……というか、故意に削り取られている感じがする……。込められている呪詛の残滓は……作り上げる、バラバラに、悉く……」

「矛盾しているように聞こえますね」

「そうかな? 僕なら……こう読み解くよ。今の在り方を悉く打ち砕き、新たなものを作り上げる……って。それがなんなのかは、わからないけど……」

 

 これは、「時代」か? それとも「政権」か?

 俺が宗教や政治にそこまでかかわろうとするとは思えんけどなー。

 

「レインくんの作品も、いつかこういうところに入るといいわねぇ」

「っ、ソウデスネ……」

「僕のは……家に飾ってもらうならいいけど、こういうとこに展示されるよりは……ちゃんと使ってもらった方が、嬉しいかな」

「あらあら、そういう見方もあるのねぇ」

 

 武具加工品が使われずに飾られたら、ってさ。まぁ買ったヤツの好きにしたればいーけど、やっぱ使ってほしいよな、って思う。

 それは小物雑貨でも同じ。飾っていてカワイーっていうのは理解できるからいーんだけど。

 

 んで、それはそれとして、なしてジュノさんは足音消してん? 俺は別の手段で感知できるからいいけどさ、トムさん驚いちゃってんじゃん。

 

「ねね、レインくん。あっちにある絵画なんだけど、おばさんには上手く理解できないものがあって、教えてくれないかしら~」

「絵画……の、勉強は、したことないから……わかんないかも……」

 

 未来で巨匠と呼ばれるには至ったとはいえ、学校で習ってはいないからな。

 いーからいーから、と肩を押された先にあったのは、成程ちょっと難解なテーマを感じる絵画。サンディシマ・トリニダードを感じさせるその絵柄は、けれど。

 

「これは多分、家族の……将来の夢、って感じだと思う。兄妹がたくさんいるのかな……」

「やっぱりわかるじゃな~い」

「絵から読み取ったっていうか……呪詛がそれっぽくて」

 

 呪いというからマイナスイメージを持たれがちな呪詛・呪術であるけれど、要するに想念だ。

 魔法の形を取らせるには技術が必要だけど、「作品に想いを込める」ことは誰だってできる。俺が読み取っているのはその部分。

 

「多分、自分の兄弟姉妹に……将来の夢を聞きながら描いた、って感じだと思う。……叶うといいな、だけじゃなく……叶ってほしい、って気持ちも混じっているから……実際は叶わなかったのかな。もう六年は前の絵だね……」

「──素晴らしいですな。絵画から想いを読み取り、言葉にする能力。十数年前にホクソン区で開催された『アルドラムを見つめる絵画の会』において同様の審美眼を見せつけた幼子がいましたが……ほほほ、成長して尚目が曇っていることはないようですな。あの時につけられたあだ名は確か、『仰望視座』。『仰望視座』のレイン・ヤーガーくん、──ですな?」

 

 と、唐突にキター!?

 

「あらぁ、館長さん。お久しぶりです~」

「ジュノさん、お久しぶりです」

「ハジメマシテ。ワタシ、トムという者デス。『アルドラムを見つめる絵画の会』トイウト、もしやアルドラム・キャスに関係が?」

「おお、こちらの方は業界を知る方でしたか。ええ、そうです。アルドラム・キャス。彼の描く絵画はかの芸術国家ハンラムでも高い評価を得て、かの国の貴族によって最高3億ストレイルで購入されたと言われるほど、見る者を感動させる……美しく繊細な絵画を描く画家。実はキロス出身でしてな、何度か彼主催のコンテストが開かれているのです。その記念すべき一回目のコンテストに、幼少の頃のこの少年がいたのですな」

 

 地理的にはハンラム結構近いからな。キロスでも芸術大会は結構開催されている。

 割と売名目的で小物雑貨を持って色んな場所に出向いていた時期があった。これはそうしていた時期に播いた種の一つ。

 無事発芽してくれたようでなによりだ。

 

「きょ……恐縮、です……」

「レインくんはねぇ、私達にお裁縫を教えてくれる先生なのよ~」

「おお、良いですな。キロスはハンラムほど芸術に特化はしていませんが、そういう……文化的な産業も見込んでいきたいところ。大人になっても学ぶ、というのは良いことですな」

 

 そして、と。館長さんは、俺の肩に手を置いた。

 

「この絵画を描いたのは、六年前、当時十六歳だったエリスフィア帝国大学生の、アデルバート君の作品でしてな。彼は、彼を含めた七人兄妹の三男でした。金銭面の都合で兄と姉が自身の夢を叶えることなく職に就き、それを嘆いた彼は、兄と姉、そして弟、妹たちに将来の夢や子供の頃になりたかったものを聞きながらこれを描いたといいますな」

「ということは、ほぼ正解、ということですか」

「すごいわぁ~」

 

 世知辛いッピねぇ。

 お金の都合で夢を諦めるのは……悲しい話だ。そして、ありふれた話でもある。

 キロス自体そこまで金持ってる国でもないしな。物価が低い代わりに生涯収入も、ってやつ。

 

 トムさんは「怪盗」みたいだけど、彼もそういう荒波に揉まれたがゆえの、だったりしてな。薬物売ったり人身を売買している皆さんも……快楽殺人と死体アーティストはわからんけど。

 

「と、申し訳ありませぬな。この後も当館をお楽しみくださいな」

「イエイエ、貴重なお話ありがとうございました」

 

 金運系のお守りも作れないことはないんだけど、「死の回避」以上に因果系を書き換えちゃうのがネック。運勢をどうこうする系は……あと、確か【マギスケイオス】にそういう魔法使いいた気がするし、マーやめておこうかなって感じ。

 ……なんだ、あれよ。犯罪には手を染めずに変な近道もせずに、真面目に働きましょう、っていう。

 

 ん?

 

「どうかしマシタ……む」

 

 トムさんも気付いたか。

 今何か揺れたな。地震……じゃない。地下で何かが動いた?

 

「オヤオヤ……ワタシとしたことが、ナルホドナルホド……」

「二人とも、どうしたの~?」

「イエ、盲点だったなと思いまして。……申し訳ありマセン、ワタシから誘ったにもかかわらずではあるのですが、午後に用事を思い出しまして。お二人だけで楽しまれますようお願いシマス」

「あらそう~? それなら、ひとしきりは見て回ったし、私も帰ろうかしらぁ」

「僕も……帰ります……」

 

 地下フロアの展示はないっぽいけど、結構な人数がいんなー。それに魔力反応もいっぱい。

 やっぱそうか、展示品はこれだけじゃないんだなさては。日によって結構変わる感じか? 今日たまたまドつまらん……もとい無難すぎて特徴のないアレソレになっていただけの、ってやつか。

 マーもう来ることは無いと思うけど、そうじゃなきゃこの混み具合の説明がつかないもんな。

 

 ……そんな感じで、今日は解散になった。

 トムさんとジュノさんが主人公パーティと言えるかは怪しいからアレだけど、割と王道寄りの「──ですよね?」が食べられて俺はホクホクである。しかも勘センサー君は言っている。まだあると。ここではまだ味わえると。

 やっぱ種って播き得なんだな。○○年前にどこどこでなになにしてた、系はいくらでも積み込めますからね! 次にも期待!

 

***

 

 ケルスティ巡査部長は落胆の溜め息を吐いた。

 近々取引されるだろうことのわかっている巨大魔晶石、『涅月(ノクスルーナ)の涙』。

 警察当局は目を血走らせてこれの捜索に当たっていたのだが、先程ついにその「どこで」というのが割れたのだ。

 

 キロス美芸博物館。その地下に、闇オークション会場があって……そこで、だと。

 

 ただし、二人は殺人などの凶悪犯罪に対応する課であるので、コトにあたることはできない。魔法犯罪課のタナックたちが潜入調査をする可能性はあるが、他課のことなので詳しく窺い知ることはできない。

 そのはずだった。

 

「辛気臭い面だな、ハルナック」

「……タナックさん? どうしてここに……」

「行きてえんだろ、レリックオークション。俺の部下って扱いにして連れていってやってもいい。勝手に動くな、っつー厳命つきだが」

 

 という次第があって、二人はその闇オークション……裏稼業の者が参加する魔道具(マジックアイテム)のオークションに参加する運びとなったのである。

 

 さて、無事潜入を果たした三人は、思わず舌を巻く。

 そこに集まっている錚々たる面々を見て、だ。

 

「『レイグキング・ブラザーズ』、『舎交会』、『オルカバ・タンカバ』……っ」

「『セイレーンの呼び声』もいるし、『サクリファイスス』もいるわね……。凶悪犯罪者の見本市じゃない、こんなの」

「ヘンな気は起こすなよ。気持ちはわかるが、ここが消えちまう方がコトだ。一か所に黒い話を溜めとける場所はあった方が良い。……オイオイ、ありゃ『バスタブ・ジン』か? ゼルパパムのギャングがなんで……って、あっちにいるのはまさか『マリト・マフィア』じゃねえだろうな。……騒ぎは起こしちゃならねえ。下手すればキロスが戦場になる」

 

 周辺諸国の犯罪者がこれでもかというほどに集まっている。中にはケルスティたちが長年追っている犯罪者までいる。

 ここにいる全てを取り押さえてしまいたい。しかしその欲求がどれほどの被害を齎すか、流石の二人も理解している。

 

 歯痒い思いをしながらも、闇オークション会場の端っこに陣取って……その時を待つ三人。

 そうして、その時が来た。

 

「あーあー。音の魔鉱石による拡声、聞こえていますか? まぁ聞こえていなかったら聞こえない位置を選んだご自身を恨んでください。──Kjære damer og herrer(善良なる紳士淑女の皆さま)、レリックオークションのお時間です」

 

 光の魔鉱石によるライトの照射が入る。その先には、赤い垂れ幕と……キロスでは神秘の遣いとして知られるデントレイジュオーセン(三つ目牛の魔物)の被り物らしきものを被った女性がいる。どこまでも「伝統」と「文化」を馬鹿にした開幕であると言えるだろう。

 トゥーンの拳が白くなるほどに握られる。レリックオークション。彼にとって苦い記憶に該当するあの少年へ悪意の牙を届かせてしまった事件は、今も彼の心を苛んでいる。

 

「軍資金は用意できましたかぁ? パパンに泣きつく用意は? ──とはいえ刻限は刻限! 時間は待ってはくれません。文句があるなら社会へどうぞ! それでは早速ですが、最初の一品から──こちら!」

 

 レリックオークションが始まった。

 曰く付きであったり、とんでもないと言わざるを得ない効果を持つ魔道具(マジックアイテム)がオークション形式で競り落とされていくその光景は、控えめに言って旱魃の大地を思わせる。

 

「さてさて~、お次は~? なんとなんと! 二年ぶりの出品です! ヤーガーのレリック!」

「っ!?」

 

 思わずタナックを見るトゥーン。タナックは難しい顔をしている。

 転売業者は今も牢獄の中にいる。つまり新たな誰かが、ということだ。そしてそれは、あの少年がまだああいったものを小物雑貨として作っているということでもある。

 

「こちらの鑑定士が見たところ、封入されている刻印は『復元』だそうです。一回限りではありますが、どんなものでもたちどころに直してしまいますよ~。さぁ、開始です。おおっと早速1億ストレイルが出ました! オークション初心者かぁ~!?」

 

 どんどん値がつり上がっていく。ヤーガーのレリック。その凄まじさは二人とも体感している。

 それでも……あの少年の作った小物雑貨が、こんなやつらの手に渡る、ということが、どうしても、どうしても、と。

 

「落ち着きなさい、トゥーンくん」

「……はい。……わかって、ます」

 

 ケルスティが宥めなければ、爆発していた可能性もある。

 部下の手綱をしっかり握っているケルスティに評価を上げるタナック。

 

「30億! 30億ストレイルで落札で~す! しかぁし、本日はヤーガーのレリックが霞んでしまうくらいの大物が出されていますよ! 知りたい? 知りたいですか? いやもう知ってるって、そうですよね皆さんなら!」

 

 台座が運ばれてくる。上に被さっている赤い布。それが、司会の手で、するりと剥がされると。

 

「おお……」

「なんと荘厳な……!」

 

 見る者を圧倒する……長大にして超巨大な闇の魔晶石が姿を現した。

 

「ご存知の方も多かったでしょう! これこそが本日の目玉商品、『涅月(ノクスルーナ)の涙』で~す! 長さ36cathl、重さ31atms、108,000クレリトの超特大サイズ! 推定される蓄積魔力は脅威の7,000,000Etrh!! これを使えばエリスフィア帝国だって吹き飛ばして更地にできちゃうカモ!? こわ~い!」

 

 誰かの生唾が飲み込まれる。

 魔晶石は加工ができない。だから、この巨大な魔晶石は自然物から外されたままの姿ということだ。

 異様にして圧巻。荘厳にして異彩。この世のものではないかのような黒は、見る者すべてを引き込んでいく。

 

「でははじめま~す。開始額は、800億ストレイルから!」

「950!」

「1000!」

「1200!!」

 

 文字通り桁が違う。小国であれば国家予算に匹敵するレベルの金額が──。

 

「6000億ストレイル、ですわ」

「ろっ……」

 

 凛とした声が響く。

 女性の声だ。いや、少女と言っていいくらいの年齢に聞こえる。

 

「6000億ストレイル……6000億ストレイル! ほか、いますか!?」

「……くそ、6100だ!!」

「じゃあ、一兆出しますの。それで諦めてくださいません? 不毛、ですわ」

 

 唯一戦えそうな者が刻もうとしたそれを、軽々と超えて。

 一兆ストレイル。トゥーンの開いた口が塞がらなくなる。

 

「と、とんでもない額が出たぁ~!? けど、大丈夫ですかぁ~? 吐いた言葉は取り消せませんよ~!?」

「別に二兆でも三兆でも構いませんわ。でもまぁ、一兆で充分でしょう? こんなところで遊んでいる方々相手なら」

「……姉さん、無駄に挑発するのは良くないよ。争いは起きないにこしたことはないんだから」

「あなたはまたそんな消極的なことを……。こういうのは思い切りが大事なのですわ。なんなら無駄に十兆までつりあげたってよろしくてよ。私の財産にはその程度でも傷はつきませんもの」

「無駄な張り合いはやめよう、ってば。一兆でも無駄遣いなのに……」

「なにやら揉めているようだが大丈夫かぁ~? 取り消すのなら今の内ですよ、はい3、2──」

「一兆でいいですわ。早く締め切りなさいな」

「わっかりましたぁ! じゃあ、一兆ストレイルにて落札で~す!」

 

 トゥーンだけ、ではなかった。開いた口が塞がらないのはここにいる全員が同じだ。

 これを落札した年若い姉弟と、司会の女性以外。

 

 ──否。

 

 ふ、と光の魔鉱石による照明が消える。

 

「おや、どうしたんでしょう。あー皆さん落ち着いてください。闇の魔晶石にアテられたのかもしれませんね。光の魔鉱石が不調です」

「──ッ、『涅月(ノクスルーナ)の涙』を守りなさい!!」

「ひょわ。言われなくても大事な商品なんだから守りますよーっと。あ、点いた点いた。ほら、しっかり台座は押さえて──……え」

 

 すぐに調子を取り戻す光の魔鉱石。この程度でパニックになる参加者は一人もいない。

 件の姉弟以外、だ。だからそれを笑いものにすることでなんとか平常心を取り戻そうとした参加者たちは……そして司会は、見る。

 

 台座の上に、スラっとした長い手足の、紅いスーツの男が立っているところを。

 

「──『大怪盗』シンプトム!?」

「ヤア、良い夜デスネ。涅月の美しい夜デス」

 

 笑った仮面をつけた男。エリスフィアやV・D連邦を中心に活動する怪盗であり、被害総額は三兆ストレイルを超えると言われている。

 どのような場所でも侵入し、目的のものを盗むその姿は、まさに『大怪盗』の名に相応しい。

 

「オークション運営方々──予告しました通り、『涅月(ノクスルーナ)の涙』を頂戴しに参りました」

「……そんなものを出していたんですのね。律義な怪盗がいたものですわ」

「誰も見ていない時に盗む、ナド……フフフ、造作もありませんから」

 

 しゃらんと……年若い姉弟、その弟の方が、腰に佩いていた剣を抜く。

 この場にいる者ならば理解できるだろう。あれが魔剣である、などということは。

 

「姉さん、下がって。……こいつ、結構やるよ」

「あら、あなたが言うほどですの? それは……相当ですわね。ですが、こちらも一兆出しているので、退く気はないのですわ」

「わかってる。だから──ここで殺す」

 

 だが、その言葉と共に放たれた殺気に関しては、その場にいる誰もが予想をしていないものだった。

 深く、暗く……底冷えするような殺気。自身があてられているわけでもないのに、身震いの止まらなくなる殺気だ。

 

「おや、恐ろしいですね。財力の面でも化け物で、実力面でも化け物ですか」

「──起きろ、餌の時間だよ、アドゥニグラーン」

 

 猛獣の顎が開いたと、皆がそう幻視するほどに。

 魔力がその場から逃げていく。あの剣を恐れるようにして。

 

「──ッ!!」

 

 次の瞬間、少年はシンプトムの後ろにいた。速かったのではない。今一瞬、少年はこの時空にいなかった。

 剣だけが、「仮に彼がこの時空を移動していた場合」の経路を辿り、斬撃を行う。

 

 不可視にして不可避。察知も予見もさせない。魔力素の結合を分かち、分身や回避の技術では躱すことのできない絶死の一撃を見舞う絶技。

 

 少年の判断は正しかった。一切の油断や慢心なく放たれたその一撃により、シンプトムの胴体は上下に泣き別れし──。

 

「……オオ、今のが」

「なん……そんな、あり得ない!?」

 

 直後、その事象が回避される。

 シンプトムの胸ポケット内でお守りが砕ける。それに気付く者は、お守りの効果を知っていたものだけ。

 

「これは、ワタシも余裕がありませんね。──では! 『涅月(ノクスルーナ)の涙』は確かに頂きましたよ──ハイ煙幕!」

 

 オークション会場全域を覆うほどの煙が吐き出される。

 それで顔を覆うのは()()()()。そうでない者は、その一切を気にすることなく再度の斬撃を放つ。

 

「エ」

 

 また、だった。手ごたえが後から消える感覚と共に、斬ることのできていない事実が残る。

 

 パリンと、今度はシンプトムの尻ポケットでお守りが壊れる。彼の入れた覚えのないお守りだった。

 

「──"黄昏の空、蜜蜂の調べ、金鍵を握る儚き蛇よ"、"我が財の縁を辿り、噛みつき、絡みつき、食らいつけ"!」

 

 弟の少年以外誰も聞き取れなかった言語──古代魔族語による六単語-七詠唱の魔法。

 ステージ。そこに現れしは蛇で出来た籠のような球体。それが一瞬にして縮小し──。

 

 ……消えた。

 

「な、逃げられた、ですって!?」

「まさか……姉さんの捕縛魔法から逃げられる存在なんかいるのか……」

「この……エステルト! すぐに魔力を追いますわよ! あの規模の魔晶石、隠し通せるわけがありませんわ!!」

「わかったよ。今日はとことんやろう」

「あ……あの~、支払いは……」

「そんなの無効に決まっていますわ! 払ってほしいなら取り返しなさい!!」

 

 足早に消えていく姉弟。

 残されたのは、未だに煙い会場と。

 

 司会の女だけには見えている、少なくない血溜まり。

 

 各国の犯罪者も、キロス警察も、誰も何も言えぬままに……その日のレリックオークションは終わりを告げるのだった。

 

***

 

 ノックノックノック。

 荒々しくなってしまったことを申し訳なく思いながら、彼……『大怪盗』シンプトムことトムは、その家の戸を叩いた。

 

「はい……あれ、トムさん……?」

「夜分遅くに、スミマセン……。折り入って……レイン先生にお願いが、アリマシテ」

 

 半ば押し入るようにして玄関へとなだれ込み、盗品の魔晶石を置いて……ひと息を吐くトム。

 痛みから思わず左腕を押さえようとして、それが空を掴むに終わったことに気付く。

 

「え……と、トムさん? う、うでが……」

「オヤ……ワタシとしたことが、どこかへ落としてきてしまったようデス……」

 

 嘯くも、力は無い。久しく感じていなかった死の気配が迫ってくる音が聞こえる。

 ガチンガチンと鋼鉄の歯を噛み鳴らす、あの音が。

 

「お、落としてきたって……止血しないと、死んじゃう……これ……どう、どうしたら」

「レイン先生。ワタシの腰のポケットに、お守り……いれてくださいましたか?」

「あ、え、う、うん。死相が強かったから……あ、あれでも足りなそうだったけど……」

「そう、ですね。……いえ……高望みでしょう。とても助かりました」

 

 恥ずかしいことに、実力を見誤った。あの少年も少女も、トムの手には余る相手だった。

 その代償がこのザマだ。

 

 廊下に血が溜まっていく。

 血が抜けたからか、少しずつクリアになっていく頭が……ここを訪ねた理由を思い出させてくれた。

 

「レイン先生……お願いが、アリマス」

「ちょ、まって、そんな今から死ぬみたいなこと……」

「イエイエ、死ぬ気はありません。……お金は、いくらでも払います。三兆ストレイルでも、今後ワタシの稼ぐ全収入でも、です。だから……ワタシの腕、作ってくださいませんか?」

「え……」

 

 彼ならば。

 この少年ならば……()()()()の小物は、作ってしまえるのではないか、と。

 あるいは朦朧とする意識が生んだ妄想やもしれない。だが。

 

「頼み、ました」

 

 出血が抑えられない。意識を保っていられない。

 そのまま、彼の視界は、真っ暗やみの中へ落ちていった。

 

 眠りの直前に。

 

「……ったく。今回診療所を開いたつもりはないんですけどねぇ。んで、なんか外に覚えのあるようなないような魔力が二つあるが、あいつらも急患ですかい? ……なんてな。はいはい偽装偽装っと。……おーい、これはサービスだかんな? ちゃんと返せよ、『大怪盗』」

 

 という……恐らく幻聴だろう、レイン少年には似つかわしくないぶっきらぼうな声が聞こえた気がしたけれど。

 それを含めて、闇の中へ消えて──。

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