序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
魔族と人の違い。それは。
「魔族も人族も、大して変わらないと思います。……魔族の方が、できることが少しだけ多いだけ。……というより、魔力寄りなだけ……かな、って」
「ああ、やっぱりそうなんだ。食べ物とかほとんど変わんないもんね。魔族だけしか食べられないもの、っていうのはちょっとあるみたいだけど」
「消化能力が高いですから、ある程度毒性があったり、人間じゃ消化できないものであっても食べられるんですよ。だから大味なものを好む魔族もいますけど、人間の食べられるものをまずいとは思いませんし、食べられないってこともないです」
ナタリー・"オーラ"・ゼンノーティ。彼女の話によれば──彼女は、第一代魔王であるのだという。
「といっても初代って意味じゃないんですけどね……。涅月歴の第一代魔王ってだけで、その前にもたくさん魔王はいたはずです。……記録、残ってませんけど」
「なんで記録残ってないの? 結構大事な資料じゃない? っていうか、時代の節目を生きた人がいるんだから、その人達は覚えてないの? それこそナタリーちゃんだって」
「うーん、なんで、の部分は知りませんけど……わたしが前代を知らないのは、単純にわたしが引きこもり魔族だったからです。一族しか住んでいない村から出たことなくて、いきなりの魔王着任で……えへへ」
ナタリー曰く、魔王は戦死や病死などのアクシデントの無い限りは半永久的に続けることができるらしい。
上記二つ以外で続けられなくなる理由は三つ。
一つは現職魔王による次代への譲任。完全に個人的な采配でその座を譲渡することができる。
二つ目は決闘による代替わり。基本はこれで、つまり自身より強き魔族に魔王の座を明け渡す、ということ。
そして三つ目は、"予知夢"と"予言"が重なった場合の任命着任である。
「"予知夢"? "予言"?」
「あ、馴染み無いですよね。……わたしのミドルネームもそうなんですけど、魔族の親は、子供を産む前に予知夢を見ることがあるんです。……それが未来のことなのか前世……えーと、生まれ変わりってわかります?」
「……?」
「仙実国じゃ普通の概念だけどー、人族基本宗教だと、生まれ変わりってないかもねー」
人は生まれる前に自身で席を選ぶ。それを覚えていることはないけれど、死する時まで、それは己が選んだ道である。
そして死した時、人々は天の泉の畔で安らかな眠りに就く。あるいは新たな椅子に座る自分たちの後続を眺め、エールを送ったり、愛する者と共に成長を見守ったりするのだ。
これがゼルパパムやV・D連邦を中心とした国々で信じられている基本教義であり、生まれ変わりの概念の否定でもある。
「魂というのは、新しいものが増えていかないで、ずっと同じものが使われている。この世でそれらは鳥になったり虫になったり、人になったりと、様々な姿をして、生きて、そして死ぬ。死さばまた新たな命となり、また新たな形となり……っていう風に考えるんです、魔族は」
「へえ。面白いかも」
「その、前回、またはもっともっと昔の自分。その魂に紐づけられた"いつかの姿"を親は夢に見ます。それを"いつか辿り着けるやもしれない理想"として子供の名に
と言われても、そんな人は知らないアマナ。
疑問符を浮かべるばかりの彼女と違って、
「星詠みとか、夢見とか……それなりにいるねー」
「えっ。……ゼルパパムじゃ聞いたこと無いよ……?」
「そうなんですか。……宗教と対応していたりするのかな? とにかく、未来が読める者が、魔族にもいるんです。そういう人達は予言者って言われて……その予言者が見た"未来の姿"と、魔族の親が見た"未来の姿"が合致することがあります。それが任命着任の魔王、ということです」
「へー……あんまりわかってないけど、じゃあナタリーちゃんは、親にも予言者にも"天に愛された"子供だ、ってなって、魔王になれ! って言われたってこと?」
「はい。一族のある隠れ里でのほほんと過ごしていたんですけど、一応、生まれた時からなることはわかっていて。あ、"
「縁起?」
「あー、うーん。とっても運がいい、みたいな」
にしては、と。アマナはナタリーを見る。
天に愛された運の良い少女が……どうして誰も知らぬ尖塔の屋根裏になんか住んでいるのか。
そもそも。
「ここって一応、遭難者しか辿り着けない場所……なわけだけど」
「そーいえばたしかにー」
「ホントに天に愛されてるの?」
「うっ……。……結局この予知名っていうのは、辿り着く可能性の示唆でしかない……ので……辿り着けなかったり、過ぎ去ってしまったってケースも結構あって……」
「過ぎ去ってしまった、っていうと?」
「たとえば……結界術の先生の、ヴェルナー・"アウノフ"・エリオンベルグ先生、いらっしゃいますよね」
頷きを返す二人。
「彼のアウノフは、導かれるままに、という古代魔族語です。そういう意味で、彼は導かれるままにこの教戒院へやってきたと言えるかもしれません」
「へー、面白~」
「ただ……そうですね、わたしの知り合いに、ラミアンジャルフ、というミドルネームを持ったお爺さんがいます」
「"大海原を乗り越えた"?」
「はい、その通りです。でもそのお爺さんはもう船には乗っていません。若い頃は乗っていたそうですが、わたしが彼を訪ねた時にはもう十年以上乗っていないと言っていました」
ようやくピンとくる二人。
つまり。
「もう大海原は乗り越え終わっちゃったんだ?」
「そうです。……だからわたしも、天に愛され終わっちゃった……みたいな」
悲しい話であった。
いつか辿り着く理想であるからこそ、辿り着いてしまったあとには何も残らない。人生とはそういうものであるのだが、過ぎ去った後でも名前には残り続けるために、そう感じてしまうのだろう。
「事実、魔王としての任期を終えて……次の魔王に席を譲って、ようやく時間が出来たからバカンスにでも行こうとしての……遭難なんで……ハハ……」
「でも、遭難したのにここに辿り着けたのは幸運なのかも?」
「いやほんと、その通りで……。まだ残滓が残っているのかなー、なんて……」
総合的に考えれば、やはり天に愛されているのかもしれない。
で。結局。
「なんでここにいるの?」
「……それを話すのは吝かではないんですけど……あの、梯子の下にいる人、出てきてもらっていいですか……?」
何のことかと首をかしげる二人だけど、ナタリーの声をかけた先……この屋根裏に繋がる梯子から見知った顔が現れて、わ、と小さな驚きを漏らす。
ルヴァン・ジノファ。アマナにとっては『院長』とやけに親しかった青年であるが、香丹とも知り合いだったらしい。
彼はばつの悪そうな顔をして、梯子を上り切る。
「盗み聞きは……ダメです」
「……すまん。……そのさ。間違っていたら、笑ってくれていいんだけど」
ルヴァンは……意を決した顔で、ナタリーへ問う。
「──院長、だよな? あんた」
「はい?」
──沈黙。
とぼけているとか、ふざけているとかではなく。
ナタリーは本当になんのことかわからないという顔でルヴァンを見る。
「爺さんが……外へ出てくる、って言った日に、あんたは現れて……けど授業も受けなきゃ誰かを教えることもせずに、こんな場所でひっそりなんかやってる。……爺さんなんじゃないのか。実はこっそり……俺たちを見守ってくれている、みたいな」
「あ、えーと。……そのー……ざ、残念ながら?」
もしここに畜生が居れば、「俺以外のやつが俺宛ての──ですよね? だと!? これはある意味キターなのか!?」とかって胸中百面相をするのだろうが、彼はここにいない。
つまり、そう。
彼女は──ちょっと偶然が重なっただけの、完全なる別人である。
「……よし。──笑ってくれ。盛大に」
「ご愁傷様です」
「ルヴァンくんホント院長先生好きなんだねー」
「笑ってくれよぉおお!!」
で。それで、どうしてここにいるのか、については。
「……わたしが、教えられるには知識がありすぎて、教えるには対人付き合いができなすぎる、という……悲しい理由です。……ハイ」
「あー、たしかに」
「確かには酷くないですか!?」
そんなプチ勘違いを解決して……その場はお開きとなった。
アマナと香丹からの「また来てもいいー?」という言葉にはもちろんと頷き、真っ赤になった顔を押さえたまま蹲っていたルヴァンを宥めて、ナタリーは彼らに手を振った。
姿も音も、なくなったことをしっかり確認して。
屋根裏部屋に作り上げた、隠し扉をギィと開く。
そこには、一羽の真っ白な小鳥がいた。
「これでようやく理解しました。わたしのこの平穏な日常を突如脅かした鳥さん。あなたが何者なのか」
「……」
「木を隠すなら森……そういうことでしょう? コンストラクトに擬態した『院長』さん?」
小鳥は……溜息を吐くように、その姿を解く。
瞬きも挟めない一瞬のあと、そこには椅子に座った老人がいた。
「見事だ。第一代魔王、ナタリー・"オーラ"・ゼンノーティ」
「……心苦しいとか、無いんですか? あんないい子をあんな不安定にさせてまで……実はどこにも行っていない、とか」
ドモったり声の裏返ったりする少女ナタリーはどこにもいない。
ここにいるのは、第一代魔王のナタリーだ。
「無論、心苦しいとも。だが、儂がコンストラクトを残していなくなるのは事実だ。……ルヴァンは儂に依存しておる。だから、儂がいなくなったあとで彼がどうなってしまうのか、というのは観察しておくべきであったのだ。……あまり状態は芳しくないようだが」
「成程、お試し期間ってやつですか。……確かに心配ですね。あの子、あのままだとおかしくなってしまいかねないでしょう」
「やはり、コンストラクトであるとわからないコンストラクトを残した方が良いか……?」
「そんなことが可能なんですか? 最初からそうしなかった理由は?」
「コンストラクトであるとわからん儂が残るということは、ルヴァンは永遠に卒業の機会を失うということだ。儂がこの教戒院にいる限り、あの子はここを出ていこうとはしないだろう。敢えて儂本人ではないとわかるコンストラクトにしてけば、儂を恋しく思って、という動機であるとしても、外へ出ようとはする。儂はそうなってほしいと願っておった」
「そんなに彼を卒業させたい、と?」
老人は……優しい目で、言う。
「雛とはいつか巣立つものだ。だが……親鳥もいつかは死ぬし、空腹から飛翔に気付いた兄妹も飛び去っていく。飛ぶことを覚えられなかった雛鳥に待ち受ける運命は、巣に忘れ去られての死のみ。親鳥には死体を運ぶ力も、無理矢理飛翔させる力もないのだから」
「あなたを追って、その道中で死する、ということは、受け入れると?」
「ああ。摂理である。そうならぬための知や技は教えたが、それを上手く扱えるかはあの子次第。……世界とは、そこまでお主らに厳しくはないがな」
ふぅむ、と……ナタリーは一つ思案を巡らせる。
彼女の任期はたった九年という短さではあるが、魔王としてやるべきことをやってきた。
だから、言える。
「
「ならば、十万ストレイル支払おう。先達として、大人として、子供を導いてやってくれ、魔王ナタリー」
「……酷い先生ですねー。魔族の甘言を教え子の耳に流そうだなんて」
「魔とは代替を意味する言葉である。ならば親代わりたる儂も、魔族であるのやもしれん。そして『院長』の代わりを務められるのなら、お主とて、だ」
ナタリーが瞬きを一つ挟めば、そこにいたのは真っ黒な小鳥だった。
一見してコンストラクトであるとはわからない鳥。
「……もしかして、未来のわたしのこと、何か知っていたりしますー?」
「さてな。ただ、お主がゼンノーティであるというのなら、"天に愛され"たるは生涯を通すのだろう。その行いに
そう言い残して……小鳥は影に溶けるようにして消えた。
残されたのは。
「……うーわ、わたしの子じゃないだろうけど……ゼンノーティ一族の子孫なんですね……そりゃあ……癖が強いわけですよ……。……さて、それじゃあ、魔王らしいことをしましょうかね」
自分たちの血に一定の信頼のある、何かを知る少女だけ、とか。
***
そうして、その日が来る。
「……ルヴァン、いい? 私の家は、ラウララヴァラの川の近く。いい? ラウラヴァラヴァの方じゃないからね?」
「流石に覚えたって。……けど、辿り着けなくたって文句言うなよ。俺は……土地勘とか、無いんだから」
最初の学徒、ルヴァン・ジノファ。
その次の学徒、ミンヤ・シュナイダー。
この両名の──卒業である。
「ルヴァン。ミンヤ。……言いたいことは、すべて伝えた。それでも心配だ。本来そうすべきではないとわかっていても、お主ら二人を……儂は特別視してしまう。この教戒院に現れたはじまりの子供達。お主らが居ついたからこの場所は始まった。お主らが儂を家族として認めてくれたから、この院は今でも暖かい。──ゆえに、礼を言う」
「何言ってんだよ、爺さん。その言葉全部そっくりそのまま返すさ。……俺がここにいんのは、爺さんがいたからだ。何の見返りもないのに、ガキの俺を治療して、世話して、言葉や物事を教えてくれて……感謝以外出てこねーって」
「私も。私の人生は……そこまで悪いものじゃなかったと思う。あの大嵐以外。でも、それで、すべてを失うはずだった。……ううん、失ったのかもしれない。それはここを出て、確認しにいかないとわからないことだと思う。……でも、今の私には知識がある。失ったすべてを取り返そうとする選択肢がある。だから……ありがとう、お爺さん」
「……うむ。──さぁ、行くがよい!」
扉が開かれる。
あの真っ白い光に踏み込めば最後、もうここへは戻ってこられない。
ルヴァンが後ろを振り返れば……そこには、学友たちと、教師たちが、高らかに腕を掲げていた。
「ジノファ! 最初にここを案内してくれたのが君で良かった! それで馴染みやすくなったし、緊張も解けたからね!」
「今は何度でも振り返っていいが、そこを抜けたら振り返るなよ! お前の背中はみんなが押してんだって理解しろ!」
「結婚したら結婚式の報せを出してー! 年代が近かったら行くからー!」
「ミンヤー! この際だから言うけど実は好きだったよー! ルヴァンとお幸せにー!」
たくさんの声の中に……その囁き声が混じる。
他の者には聞かれない、魔法の言葉。
「──いいですか?
小さく頷くルヴァン。
彼は──決して、未来など見ていない。
帰ってこないあの人を捜しにいくだけでしかない。
「気の長い話ですよ。根気のいる話。これから先、ミンヤちゃんとでも、誰とでも……結婚するとかその辺は好きにしていいですけど、忘れないでくださいね~。
「……」
「再会が残念という溜め息で彩られる覚悟だって──できているんですもんね?」
声が耳を離れていく。
──では。
「さようならだ、ルヴァン・ジノファ。ミンヤ・シュナイダー」
「はい。さようなら、院長先生」
「……ちげーよ、またな、だ。じゃあな、爺さん」
二人は、光に包まれて。
次の瞬間には、砂埃の舞うゼルパパムにいた。
ルヴァンの隣に……ミンヤは、いない。彼女とは自分たちの遭難した年代を確認し合っていたが、同じ年であっても日にちは違った。それが理由か。
遭難後大きく成長している子供はその時間が経った分の年代に送り返されるから、理由はそこにあるのかもしれない。
「……とりあえず、家に……行ってみるか」
当てはない。ルヴァンがどうしてあの海賊のもとにいたのかも理解していない。もしかしたら──売られたのかもしれない、ということも、理解はしている。
暖かな記憶は擦り切れてしまっている。それでも……確認をするために。
「あと、ラウララヴァラね……。地図……って今の時代あんのか? 確か紫輝歴の100年くらいだよな、上質な羊皮紙が出てきたのって。……無い可能性ないか?」
だとしたら、あとはもう、人に聞くしかない。
絶望的な状況であるが、不思議と不安はない。だって、ルヴァンの持つこの本には。
「……本なんて持ってたら変な勘違いされそうだ。バックパックにいれておこう」
紫輝歴102年。それはルヴァンの遭難した年である。
ここから先のいくつもの"時代"にて、
歩いて歩いて、時を経て、歳を重ねて。
時々書き換わる年代記から、彼の痕跡を感じ取りながら……再度出会える時まで。
如何なる邪法か、星詠みの魔王によって交換された心臓は、今も彼の胸で脈打っている。
伴い、彼には新たな名が与えられた。「整合」を図るために違う名前が授けられた。頃合いを見て、そちらに切り替えるように、と。
その名は。
「
古代魔族語による"願掛け"であるという名前と、ルヴァンに音を対応させた古代魔族語に、
整合を取るために隠された名前。
──あるいは。
すべてをわかった上で、踊る様を見る魔王の掌の──。
「まずは……腹ごしらえか。う~、教戒院の飯が食えなくなるのが一番厳しいかもしれねえ……」
まぁ、彼なら大丈夫だろう。
***
それは他愛のない会話である。
「……僕らももうすぐで卒業、かな」
「なんだシュライン、不安なのか?」
「そりゃあね。君達親友とも会えなくなるわけだし」
「なぁに、別の世界に飛ばされるというわけでもなし、また会えるさ」
三人の青年。揺らめくランプの灯りに照らされて……将来を語る者達。
「珍しいですね、モーガン。あなたが肯定的な言葉を吐くだなんて」
「私を何だと思っている。……なに、何もせずとも……私も、お前達も、必ずや名を上げて、己の所在をアピールする日がくるだろうさ」
「危ない事には極力首を突っ込まないようにね? モーガンも、ローレンスも、だよ」
「おや、私はただの医者なのですが。そうですね、善処します」
たとえ。
その夢物語が、本当に夢物語になってしまうのだとしても。
ここにいる彼らにそれを知る術はない。
「……そうだ、ずっと気になっていたことなんだけどさ」
「ん、どうした」
「エチェロエグズル、って……結局どういう意味だったんだろう、って。授業でも習わなかったと思うけど」
「ああ、それは……ここは専攻のモーガンに譲りましょうか」
「……こんな時だけ調子のいい。……あの爺さんにどういう意図があったのか、そもそもあの爺さんが名付けたのかどうか、というところまでは知らんが……
──天より追放されて、だ。
「……それは」
「正しく私達を指しているようにも聞こえるが……果たして、本当に追放されたのは誰だったのか」
「少なくとも私達は温かく迎え入れられましたからね」
夜も更ける。思いに耽る。
思惑の糸筋は、どこへ伸びて、辿り着くのやら。