序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい 作:ブ雨堰ド
紅色の魔鉱石が淡く輝いている。
鈍く濡れた腹に手をやれば、同じ色がその手を覆う。
ここまで。それを悟った。
思えば遠くまで来てしまったものだ。故郷を滅ぼされ、そこから、休まずに歩いてきた。
その旅路の終わりが、同胞からの一刺しとは、本当に情けのない限りだ。
水音。
魔物でもやってきたか。
まぁ、その方が良いのかもしれない。死体が見つかり、奴らの話題に使われてしまうよりは、こうして魔物の餌となり果てた方が──。
「すぐ治癒を……気をしっかり保ってください!」
「……? お、まえ、は──?」
涅月の黒い光に照らされて、その影が輪郭を持つ。
ああけれど、ダメだ。水音も、温かい光も、すべてが紅色に染まって──。
***
紫輝歴633年初頭。
肌寒さの残る外気を息で温めながら、彼、ハーゲン・アンシュッツは空を見上げた。
今にも降りそうな雨雲がありはするが、予報では今日一日晴れであったはず。ならばあれはなんなのかと気象観測班への文句を胸中に留めつつ、ハーゲンは自宅の中へと戻る。
「ああ坊ちゃま、お着替えはお済みになられましたか?」
「ばあや、坊ちゃまはやめろと何度も言っているだろう。……今日は失敗するわけにはいかない。着替えはしたが、ばあやがチェックしてくれ」
「ええ、ええ、もちろんですよ」
彼の身を包むのは、V・D連邦の軍服である。
今日この日になにか大事な会議があるとか、作戦があるとか、そういうことはない……のだが。
ハーゲンには姿を完璧に整えておくための理由があった。それは。
「未来の奥様との、大切なデート、ですものね」
「う……うむ。軍服もまともに着られぬ男とあっては、彼女も失望してしまいかねない。せめて彼女の前でだけは、完璧な男でいなければ」
ハーゲン・アンシュッツ士官学校二年生。
一世一代のデートの日、であった。
ドランシア領の高級レストラン『ルガリエ』。
そこに、見る者皆がにこにこしてしまうような、初々しいカップルがいた。
「アンシュッツくん、その……私、場違いではなくて? こんなに高いお店には、初めて入るの……」
「大丈夫だよ。場違いなんかじゃない。ここの雰囲気は……そう、君に良く似合っているよ、ミア」
それがハーゲンの目の前にいる女性の名前だ。名前の通り、凍城財閥のご令嬢ではあるのだが、少し前まで隠し子として……なんの関係もない一般人として生きてきたためか、こういうところに慣れることができていない。
けれど、彼女から漏れ出る気品は既にご令嬢のそれだ。隠し切れていないのだ。
今日はあの煩い取り巻きから彼女を連れ出すことができたのだし、できるだけ格好いい所を見せておきたかった。
「ありがとう、アンシュッツくん。……そうだ、私ね、あなたにプレゼントがあるの」
「俺に?」
「はい、これ」
ミアがバッグから取り出したもの。白い箱に包装されたそれを受け取れば、想像以上にずっしりとした重みがハーゲンの手に乗る。
「開けて……いいのかな」
「もちろん。開けてみて」
言われるがままに包装を剥いて、中身を見れば。
そこには、星型八面体をした青色の水晶があった。
「これは……魔力結晶体?」
「前、魔力結晶体が好きだって言っていたと思ったのだけど……私の勘違いだったかしら」
「いや、好きだよ。けど……その、覚えていてもらえるとは思ってなかったし、
「アンシュッツくんは忙しいから、渡しそびれてしまうくらいなら、今渡しておいた方が良いかな、って」
「ああ……ありがとう、大切にするよ」
箱を、包装を、大切にしまって。
……丁度いいタイミングで、食事が来る。
「まぁ……綺麗な料理。これだけで美術館に飾ってありそう」
「そうだね。けれど、料理だから……食べてあげないと」
どこかぎこちなくも、会話は弾む。笑顔がほころぶ。
周囲のたくさんの大人たちに見守られて、二人の初デートは成功に終わった。
翌日のことである。
ドランシア軍士官学校にて……ハーゲンは糾弾を受けていた。
「やい、アンシュッツてめー、昨日ミアと、でぃ、ランチデートに行ったとかって聞いたけど、まさか本当じゃねーだろうなぁ!」
「本当だが?」
「んだとテメー!」
「落ち着き給え。君達は確かに普通の士官学生だから、鼻につく、というのは理解できる。だが、私は学生でありながら既に階級を得ている大人でね。レディをもてなすのなら、余裕を持って接するのが大人というものなのだよ」
「この、誰が貧乏だテメェ、ぶっ飛ばしてやる!」
「お、落ち着きなよロルフ! それに貧乏だとはアンシュッツくん言ってないよ! ロルフの耳が被害妄想なだけだよっ!」
「ギュンターくん、俺はそこまで言っていないが」
ロルフ・ヴェーバー。ギュンター・カルナップ。
ハーゲンのクラスメイトであり、同時にハーゲンの恋人であるミアを狙う羽虫共だ。
「だぁれがテメーの恋人だよ! ミアはお前のじゃねーよ!」
「おっと心の声が漏れていたか。しかし、君達に何かあるのかな。この俺に張り合える何かが」
「あんに決まってんだろ! おれとミアは一緒に育ったんだ! その絆がなによりもの証拠だ!」
「つまり、弟にしか見られていないと」
「二人とも、ヒートアップしすぎだよ! ロルフなんて弟にすら見られていないかもしれないし、アンシュッツくんだって理由はわからないけど奢ってくれた人、くらいにしか見られてないって!」
「ンだとテメェ!」
「喧嘩を売るのが好きだね、ギュンターくんは」
この二人以外にもミアを狙う虫はいるが、ハーゲンが誰よりも先に進んでいるのは間違いないだろう。
なんせ贈り物まで貰ったのだから。
「それに、昨日は僕らだって贈り物をもらったじゃないか。あれがあるのとないのとでは雲泥の差だよ」
「……そりゃ、確かにそうだな。一緒に飯食った、なんて……俺なら数えきれねえほどあるし」
訂正、どうやら優しい彼女は普段仲のいい彼らにも贈り物をしていたらしい。
まぁ、そうだろう。別に昨日はなんの記念日でもなかった。つまり、みんなへ贈り物をしたかったからした日、というわけだ。
「それで? 肝心のミアはどこに?」
「魔化学準備室に用事があるとかで、もう少ししたら来ると思うけど……」
「──みんな、おはよう」
話をしていたら、来た。
凍城・ミア。柘榴石の髪を腰まで下ろした、気品の溢れる少女。
思わず固唾を飲んでしまう男子三人……が何かを言う前に、トビイタチのような影が彼女の前へ行って、その手を取る。
「おっはろー、ミアちゃん!」
「ええ、おはようレアラ」
「くんくん。くんくんくん。……なんだか今日のミアちゃん良い匂いがする!」
「ハインリッヒくんに丸棘檸檬の香水をもらって、少し吹いてみたの。匂い、強くないかしら」
「大丈夫だと思われ!」
こうなってしまうと男子たちに出る幕はない。女子同士の会話に割って入れる男はいないのだ。
そして、「もらいっぱなしではいけないな」とミアへのプレゼントを考えていたハーゲンは、候補リストから香水を除外した。かぶりはよくない。
そろそろ時間だ。騒がしくしていたレアラでさえも、すぐ席に戻る。騒がしくしているのが教師に露見すると面倒臭いからだ。
生徒達がぱたぱたと適当な席へついていくのを見ながら、ハーゲンは考える。
何を贈るべきか、を。……彼の頭の中に、学校でのあれそれは入っていなかった。
昼間の紫色の空は、この時間帯になると赤みを増す。
魔化学準備室──そこに、少女はいた。
「ノーマンくん、昨日はありがとう。あなたのおかげでみんなの好きなものがわかったわ」
「そうかい、それは良かったよ。しかし、いいのかい? 彼らと下校を共にしなくて」
「アンシュッツくんとヴェーバーくんは『
「彼ら以外にも君が射止めた相手はいるだろう」
「それでもあなたにお礼を言いに来たかったのよ。そして……」
普段は見せない、妖しい笑みで。
凍城・ミアは、目の前にいる少年に問う。
「みんなが今、どれくらい私を好きか……教えて?」
「いいよ。お安い御用さ」
これは密会である。
誰にもバレない、凍城・ミアの本当の顔も、ここにしか晒されない。
彼女と少年の会話に出てきた「
今回
それなりに入手難度の高いそれらを買いに行く場所は、決まっている。
「アレクさん、今日やっていますか?」
「んー? おー、嬢ちゃんか。やってるよ。何か見ていくかい」
士官学校にほど近く、それでいて隠れた名店と言える店、『VDshop』。古物を多く扱う店ではあるが、最近の流行も取り入れて仕入れている。
ここには古今東西たくさんのものが置いてある。その中には、彼女が必要としているものもあるのだ。
長年寂しい思いをさせてしまったからと、今のミアには父親から貰ったお金がたんまりある。それを惜しげもなく使って買って、プレゼント用の包装までしてもらえば、少年たちの心を惑わすアイテムの出来上がり。
何もかもが上手く行き出した最近に、鼻歌が漏れてしまいそうになる彼女が最後に向かったのは、『フラワーショップルアンルア』。
彼女が来店したことを察知したお爺さんが、カウンターについたことを見計らって入店すれば。
「やぁ、ミアちゃん。今日もお花かい?」
「そうよ。でも、まずは鏡を見せてちょうだい」
「もちろんだよ」
店内にある大きな姿見。闇の魔鉱石と光の魔鉱石を敷き詰めて作ってあるらしいそれに自身を映せば、自身の
そしてそれを行うためのアイテムが、花。
「レイグン草の花束と、アケミの花を束でちょうだいな」
「まいどあり。いやぁ、助かるよ、ミアちゃん。ミアちゃんが毎日のように買ってくれるおかげで、お爺さんは食べていけるようになったんだから」
「だって、素敵なお店ですもの。毎日通いたくなるのは仕方のないことだわ」
「ほほほ、ありがとうねぇ」
それは世辞などではなく事実である。
毎日のように自身を確認しなければ焦ってしまう……それくらいこの店に依存していると言えた。
花束が包まれる。
お代を渡して、足早に店を去って……家へと一直線に帰る。
一人暮らしのその家の玄関を開ければ、香ってくるは花の匂い。
家の中にある無数の花瓶から、「今不要であるもの」を抜いて、新しいものを生けて……不要になったものは魔鉱石式焼却炉に捨てる。
すべて上手く行く。すべて上手く行っている。
彼女が思い返すのは、あの日のことだ。
あの日……他国の行商人であるという青年から、幸運のお香なるものを20ストレイルで買った日。
その日のあとすぐに父親から連絡が来て、ミアは庶民からお嬢様になったし、美男子たちに言い寄られるようになったし、美しさを自覚し、磨けるようになった。
げに恐ろしきは、お香がもうすぐ切れる、ということか。
行商人を探さなければならない。そしてあのお香を買い占めなければ。
彼女は理解していた。
破滅の足音が、すぐそこに迫っていることなど。
***
ドランシア軍士官学校における大那派閥。一年生の頃から苦労して築き上げたその派閥が今、たった一人の転入生によって脅かされようとしている。
士官学校においては勿論訓練こそが学生のなすべきことではあるが、同時にV・D軍内での派閥所属へのデモンストレーションの場でもある。
それを。
「──それを、なんですのあの小娘は!」
「落ち着きなさいなジュリ。取り乱して声を荒げるなど、大那の娘のすることではなくってよ」
「それはっ……そうなのですけれど」
V・D連邦は二つの国と二つの領が合体してできた、南北に長い国である。
西側を魔王国、南側をガルズ王国、エリスフィア帝国、東側を港湾国家ゼルパパムと、各国に対して絶えず戦争を仕掛けたり仕掛け返されたりしている国だ。
屈強で規律正しい兵士は特徴的であるが、何より特徴的なのは士官学校の仕組みにあるのかもしれない。
連邦の兵士には大きく分けて、近接武器を使って戦う歩兵と魔法を放って戦う魔法兵がいる。基本魔法兵一人を歩兵三人が囲んで戦う、というスタイルを古来から続けていて、それを一つのユニットとして数えることが多いため、士官学校でもそうなりやすいような工夫がされている。
即ち、魔法兵たる貴族令嬢と歩兵たる軍人男子による「恋愛関係を含んだ結びつき」。
早い話、「自分を守ってくれるナイト」が見つかるように、男女比を偏らせ、それを操作しているのだ。
今年で二年生となる大那・ジュリも当然それに倣ってきた。
自身を守護する三人を早々に固めたのち、配下においた同学年の少女たちにそうした構造を取らせることで、取り巻きの男子たちをも支配下に置いたのだ。
魔法使いとしての力量も申し分ないと太鼓判を押されているジュリは、魔法兵となり、この巨大な三角形をそのまま軍へと持ち込んで、派閥を固めるつもりだった。
それを、あの少女はいともたやすく破壊したのだ。
さらに囲う生徒は三人だけに飽き足らず、上級生だろうと関係なしに、目につくすべての男子を虜にしようとしている。
どころか──他の子の騎士にまで手を出しているときたら、我慢ならなくなるのも当然だ。
「あの小娘、士官学校で恋愛が許されている意味を理解していないのかしら……!」
「気に入らないのはわかったから、落ち着きなさい。やみくもに怒るだけではなにも解決しなくてよ」
「ですがっ、ヘレナお姉様! お姉様のご学友とて、被害に遭われていると聞きますわ!」
「それは正しいけれど、それでも落ち着きなさい。ああいう悪女は自ら破滅するもの。こっちが手を出してそれに巻き込まれては敵いません。ここは静観が正しくってよ」
三年生たる彼女の姉が落ち着き払っていることも相俟って、ジュリの胸中の怒りは収まりそうになかった。
この制度がどういう意味なのか、というのを教えなければならない。彼女の脳内にあったのはそれだけ。
姉の制止もそのままに、ドスドスと足音を立てて階上へ上がっていくジュリを見送って……コツコツ、と。二回音を鳴らすはヘレナ。
「御用でしょうか」
影から滲み出るようにして現れるは、長身長髪の男性。燕尾服の似合う青っぽい黒の髪を上の位置でまとめている。
「あの子……ジュリが暴走しないか、見張っていてあげて」
「承知」
短く言葉を返して、またも影の中へ消えていくそれを見送って、小さな溜息を吐くのだった。
***
ガヘイン・アンシュッツには一人、かけがえのない友達がいる。
今日はその友達と会う日だった。
そわそわし出したガヘインが、彼の悪癖である爪を噛む、という行為をしようとした時、そいつは現れた。
「よーアンシュッツ。相変わらず早いな。待ち合わせまであと十分はあんぜ」
軍人の名家、アンシュッツ家の長子である彼が会うには些か身なりの悪すぎる少年──名をヒーサン。
ヴァグス領の
「ヨウギットは、どうだった?」
「サイコーだったよ。みろ、これ」
人目を気にしながらヒーサンが取り出すのは……青く透き通った鉱石。
「水の魔鉱石の、純度43だ。売れば一万ストレイルになる」
「そ、それ、何層で手に入れたの?」
「二層だ。つか、それ以上先はギルドの連中が独占してて入れねえよ。けど二層で一万ストレイルなんだ、ボロい商売だろ」
「うん……夢がある。軍人なんかよりもずっと」
「だよな! やっぱ話が分かるよなアンシュッツは。……で、その背に背負ってんのが」
「そう。父さんの部屋から持ってきた、本物の魔剣。使えば……誰だって一流の剣士になれるもの」
鞘に収まっているそれからは、確かに異質な気配がした。
ヒーサンは舌なめずりをする。なんせガヘインの父親とは、ベルグハルト卿──連邦軍大佐であるのだから。
その剣とあらば、だ。
「ヨウギット、行こう。こんな窮屈な世界抜け出して、冒険者として生きるんだ」
「おう! 行こうぜ──ダンジョンへ!」
ダンジョン。エリスフィア帝国にできた『
中には魔物を模した
ヨウギットと呼ばれる場所も、そんなダンジョンのうちの一つだった。
基本ダンジョンは国か冒険者ギルドの管轄下に置かれ、一般人は手出しができない。
けれど、どんなものにも抜け穴はある。
ギルドが搬入する荷物の中に隠れて侵入し、暗闇の中で転げ出てしまえば、もう探されない。出る時は冒険者を探せばいい。意図せずにダンジョンへ迷い込んでしまう者は少なくないし、一説によるとダンジョン内は「どこかの『
回数を重ねればバレる確率は上がるから、できれば一回で
二人はそこへ侵入する──前に。
店の上に『カスタムショップLEO』と書かれたその店へとやってきた。
「ん、ああヒーサンか。後ろの子は友達?」
「おう。ヘリンっていうんだ。こいつ用の魔鉱採掘用光魔鉱石いっちょ頼むよ」
「はいよ、子供用ね。……ほら」
それは帽子だった。括りつけられた光の魔鉱石は、しっかり足元を照らしてくれる。
「140ストレイルだよ」
「あー、明日でもいいか? 必ず払うからさ」
「わかった。待っているよ」
店を出て。
あらためて、二人は向かい合う。
──いざ行かん、フロンティアへ、だ。