序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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47.人と魔と病と薬と。

 久しぶりの学生生活は、なんだかんだ上手くいっている。

 俺が最近行動を共にしているのは、以下の四人。

 

 直情的だし口も悪いけど、友達思いだし不和が嫌いな少年、ロルフ・ヴェーバー。

 丁寧にしゃべりはするけど色々通り越して慇懃無礼で且つ割と過激思考、ギュンター・カルナップ。

 お金持ち・立場アピールはしてくるものの、思ったより仲間思いで俯瞰的な思考のできる、ハーゲン・アンシュッツ。

 最初なんか呪詛系のマジックアイテムでブイブイ言わせてたけどそれがなくなったからか落ち着いてきた少女、凍城・ミア。

 

 主人公パーティだ。ただなんでもこの学校では基本ユニットが魔法使い一人と歩兵三人の四人パーティらしく、俺は彼らの中に入ったってよりは、良く話す級友ポジションかな。

 勿論それでいい。そんで、ヴァルカンの時以来か、魔力の質と霊質を見て、彼らの長所を伸ばしたり、短所を補う術を預けたりしている。

 あれからお嬢様ちゃんこと大那・ジュリちゃんもあんまし接触してこなくなったし、執事のお兄さんも諦めたんかな、ってくらいには見ない。調べられるだろう場所に全部の証拠を作ったからな。如何に怪しくても証拠は動かないから言うに言えないんだろう。

 

 客観、最初は凍城・ミアちゃんの恋愛シミュレーションゲームの様相を呈していたここだけど、士官学校の訓練内容が厳しさを増すに連れて、その余裕が無くなってきた感じがある。同じシミュレーションでもSRPGに寄った感じだな。

 無論抱いた恋心ってやつは消えないから、絶えず彼らや上級生の男子がミアちゃんにアタックを仕掛けているようだけど、ミアちゃんはミアちゃんで若干引き気味。今まではアイテムという「自身がモテる根拠」があったから乗りこなすことのできていた現状も、それがなくなったから……怖いんだろう。はは、それもまた人生ってな。

 

「ハーミッド、少々聞きたいことがあるのだが、良いだろうか」

「はい、なんですか?」

「魔力結晶体の相転移について、意見を聞きたいのだ。上級生の教室へ来てもらうことは可能だろうか」

「ああ、大丈夫ですよ」

 

 ……目下困っていることは、件の執事さんによる「──ですよね?」がされたあと、学校じゅうに俺がそういう経歴だ、ってことが露見したことか。

 キロスよろしくまだまだ「──ですよね?」の種は蒔いてあるからまだまだ別口の可能性はあるんだけど、薬学での「──ですよね?」は枯れ尽くしてしまったかもしれない。

 単純な知恵袋として頼られる頻度の高いこと高いこと。マーそれで嫉妬が来ていたりやっかみが来ていたりするんだけど、クラスメイトくんたちがちゃんと守ってくれるんだな俺を。泣けるぜ。

 

 一応俺はV・D連邦軍の後方部隊として配属されるために、士官学校を出て軍人としての身分を得ておく、という名目で送り込まれたことになっている。

 だから上級生だけじゃなく軍人まで来る。運貴名(うきな)グループとしても軍人とのコネはあったほうがいい──ぶっちゃけ関係ないが──ので、対応せざるを得ない。

 

 医療系や戦術に関する話っぽいのははぐらかしつつ、魔化学と呼ばれる魔力に関係した薬学についてはちゃんと答える。

 

 そういうことを続けていたある日のことである。

 

「キミ……変だね。感情の糸が何も無い。誰に対しても、露程も感情を持っていない、とかじゃないとこうはならないと思うんだけど」

「ふむ。いきなり失礼が過ぎないかな。君は?」

 

 出会い頭にそんなことを言われた。

 魔化学準備室に入ってすぐのこと、用事のある人なんてほとんどいないだろうそこに、その少年はいた。

 

 ……ん、つーか。

 

「……幽霊、かな?」

「おや、見抜かれたか。そうだよ。はじめまして、後輩クン。ボクの名前はノーマン。ノーマン・ツヴァイク。十年前にここで殺された、憐れなる少年さ」

 

 幽霊か。……知識にある『魔女』も似たような状態だったらしい。詳しいことは消しちゃったから知らんが、死して尚生きていたと。……肉体の有無とか大事だと思うんだけど、子供の頼みだからって消しちゃうかね。

 消しちゃうかぁ。その場のエモには流されがちだものな。

 

 ドサ、と何かを落とす音。

 丁度置いてあった鉄製の器に映るは、準備室の入り口にいる凍城・ミア。

 

「ノーマンくんと……ハウルくん。その……」

「やぁ、凍城・ミアじゃないか。久しぶりだね。また君に向かう恋愛の糸の太さを聞きにきたのかい?」

 

 成程。こいつが好感度を教えてくれる攻略できない親友ポジなのか。

 若干霊質が見えるとかそんな感じかな。『庭師』というのにも似たようなことを言われたという記録がある。

 

 折角だから模倣してみるか。

 対象に繋がっている感情を自身の視界内でだけ可視化し、その太さや数から向けられている感情や向けている感情を測定する。

 

「違うの……。あの頃の私は……少し、おかしくて。……今になって、冷静になって……そのおかしさに気が付いたから……その、どうしてあんなことがあなたにわかったのか、って……ようやく気になって、見にきて」

「ボクが幽霊だと言われているのを聞いてしまった、だね」

「……そう。……幽霊、なのね」

「そうだよ。……それで、後輩クン。ボクが幽霊だとしたら、なんだったのかな」

 

 んー? ちょっと待ってな、今模倣に忙しいから。

 適当に口だけ動かしておくか。

 

「何が未練なのかなと思ってね。十年も幽霊をしているんだ、何か許せないことがあるか、欲しいものがあってとどまっているのだろう?」

「……なんだか似てるね、ノーマンくんとハウルくん」

「あはは、そうだね。ボクもそれを言い出そうとしていたところさ。……そして、未練か。そうだなぁ、じゃあ、……そうだね。僕を殺した犯人を見事見つけ出してくれたら……潔く消えるのも吝かではないよ」

 

 あ、これ消えないやつだな、とか思いつつも、突貫工事で完成させた『霊質に繋がる感情を見る眼球ver.0-0-0.1』で凍城・ミアちゃんを見る。

 おお。たくさんの線が……あるけど、愛情っぽいのと怒りや憎しみが半々くらいだな。夜道には気を付けろ案件だ。

 そしてノーマン少年を見れば……ほーぅ? これは……申し訳なさとか罪悪感だろう線が二本。

 こーれは事件を知る者に繋がるヤーツです。 

 

「ロルフたちも誘って、この事件を解決してみるのはいいかもね。……ただ、一つ聞きたいんだけど……これ、軍が隠蔽していたりはしないよね」

「さぁ、どうだろう。真実を明るみに出すかどうかも君達次第だよ」

 

 普通の学校ならおもろーそやんで済むんだけど、ここ士官学校だからなぁ。現軍人の学生時代の闇を暴きました、がプラスに事を運ぶかどうかは運次第だ。

 ま、なんともならなそうだったら俺がなんとかしてやりゃいいか。

 

「──つまり、私がこの話に噛めば問題は無くなるというわけだな」

 

 まーた盗み聞きかーって思いながら振り返ればハーゲン・アンシュッツが。

 成程、現行軍人がいればなんとかなりやすいか。

 

「アンシュッツくん……けど、その……大丈夫? お兄さんのことが……」

「安心してくれ、ミア。兄は確かに過ちを犯したが、しっかり話し合いを経て、自ら家を出た。そして私達アンシュッツ家は、それを突かれて痛い腹だとは思わない」

 

 なんかあったらしいねよく知らんけど。

 家の中のことは第三者が無暗に口を出すとこじれるからナー。どれほど大変そうでも何も言わんのが吉よ。

 

「アンシュッツてめー、抜け駆けしよーったってそうはいかねえぞ!」

「ご、ごめんねふたりとも、なんか盗み聞きしてたみたいな形になっちゃって……」

 

 続々と集まってくる子供達。

 チラ、とノーマン少年を見れば、彼も肩を竦めていた。やれやれだぜ。

 

 

 詳しい話を聞くと、事件の概要はこうらしい。

 

 十年前、嫉妬絡みの殺人事件が起きた。被害者はノーマン少年を含む男女三人。

 犯人は捕まっていないが、現場にあったいくらかの証拠から、殺害された三人の内の一人であるクレイマンという男子が犯人であることにされ、つまり殺害後に自殺した、という処理で事件解決になった。

 その後事件が起こることもなく、その事件は忘れ去られた、と。

 

 こーれはもみ消されてますね。

 

 同じことをハーゲン・アンシュッツも感じ取ったのか、口元に手を当て、難しい顔をしている。

 三人殺しなんて結構な大事件だ。そんな大事件を、憲兵すら抱き込んでもみ消しを行えるほどの地位となると……って感じかな。

 

「当時の捜査資料が見たいところだけど、この感じだと全部消されているよね」

「だろうな……。それでも、十年前の事件について知っている者がいないか聞き込みを行ってみるべきだろう。学校内に何かが残されている、ということは……あまり期待できない」

 

 ということで、今日のところは一旦各自帰宅して、思い思いの聞き込みをしてくることになった。

 親は何かを知っているんじゃないか、という読みだ。ハーゲンくんは両親に、ロルフとギュンターは退役軍人に、ミアちゃんは知り合いの古物商に当時の何かが無いか、などを聞きに行くのだとか。

 ノーマン少年はそれ以上何も言いそうになかったけれど、俺は彼の「ここで殺された」という言葉を聞き逃してはいないので、魔化学準備室を調べることにした。

 

「──たとえば、だけど」

「うん?」

 

 上向きにした掌の上に構築するのは、この魔化学準備室の立体映像だ。幻術ね、これは。

 ここに存在するすべての移動の痕跡、皮脂や埃の付き具合なんかからこの部屋内での物の動きを全シミュレートし、さらに時間を巻き戻して……ということも、できなくはない。

 

「……なんだい、それは。……君、本当に何者だ」

「この力業を使えば、君が殺された時間を閲覧することだってできる。けどまぁ、それじゃあ面白くないから、この方法は使わない」

 

 これは『万能』魔法に近いことだ。この部屋に監視カメラはありませんが、世界という監視カメラからの映像がこちらです、みたいな話。

 折角少年少女が頑張って情報集めをしている時にこれじゃあ面白みがない。

 

「そうだな。……鉄、というのは非常に安定した物質だ。血中ヘム……じゃなく、あー、酸化した鉄にルミノールが、たとえ五十年前の血痕であっても状態さえ良ければ反応する、みたいな話は好例だよね」

 

 が、残念ながらルミノール液もテトラメチルベンジジン試験もヘモクロモーゲン結晶試験も色々なものが足りなくて用意できない。

 そして、そういうものを使わずとも古い血痕を浮かび上がらせる方法がこの世界にはある。

 

「鉄というのは地属性の魔力を帯びている。アイアンゴーレム、アイアンウルフ、アイアンワーム。どれも地属性の魔物だね。鋼鉄の武器はベースに地属性があるからそれを除去しなければ加工も刻印もできないし、鉄製の器には属性魔法薬は入れてはいけない、ということが徹底されている」

 

 よって、それを可視化させることができれば、血痕を浮き上がらせるのは簡単であるということだ。

 

「結界球・付着」

 

 いつぞやに使ったモーガン作の結界術。そのアレンジ版。時代がモーガンより前なので、アレンジというよりは源流という扱いにしよう。

 空中に放り投げた結界球は一直線に魔化学準備室の床へと辿り着き、予め設定した属性魔力に対して付着を行う。

 設定したのは当然地属性魔力。結果……血のしみ込んだ形に薄っぺらい結界が張られる。

 

 ノーマン少年の立っていたと思われる場所。そこから少し離れたところに血だまりがあって、それが更に少し離れたところを見るに。

 

「君の死因は腹部への刺し傷だ。そして、君を刺したのは君の知り合いだね。君は……刺されるとわかっていて腹を刺され、逃げていく犯人を見送ったあと、立てなくなって尻もちをつき、そのまま仰向けになって死した。血だまりの移動は座ったものが倒れたから起きたことだ」

「……」

「凶器の刃物は……君が処分したんだね。魔法で別のものに作り替えた。ああ……この鉄製の器がそうだろう。これを詳しく調べれば、ここからも血液反応が出るだろうね。そこまで作り込んでいる余裕はなかっただろうから」

 

 誰かに殺された、という発言。凶器を隠す。殺されるのがわかっていた。

 以上のことから導き出されるのは。

 

「犯人は君の想い人だ。亡くなった君以外の男女との関係性は、男子の方が君の想い人の想い人で、女子はその彼女。そんな感じじゃない?」

「……さぁね。ボクを殺したやつの人間関係なんて知らないよ」

「そうかい。ま、そうだね。その辺は推測でしかない。事件に関わりの深い女性軍人が犯人だろうけど、そこへ辿り着くのは彼らの仕事だ」

「キミはそこに含まれない、と。……そのようだね。彼らは君に少なくない仲間意識を持っているのに、君は一切そうは見ていない。可哀想で仕方ないよ」

()()()()()()()()?」

 

 自身に向かって伸びてきていた感情の線を繋ぐ。

 途端心に温かいものが満ちる。なるほど、これを求めて人は他者との繋がりを欲するんだろうな。

 申し訳ないけれど不要とさせていただこう。

 

「そこまで……そこまでのことが自在な存在が、どうして士官学校にいるんだ。キミなら……軍人になる必要なんか無いだろうに」

「それは僕の勝手だよ、幽霊クン。……しかしそうなると、君はどうして残っているのかな。君の未練が晴らされることはないように思うけれど」

「それはボクの勝手じゃないかな。……それに、さっきの推理には各自がどうしてそうしたか、についてが抜けきっている。感情を持った偽装をしたって無駄だよ。キミに理解はできないさ」

 

 えー? ノーマン少年の好きな子が結構な暴走のアレで好きな人だから殺す、邪魔な女は殺す、自分に感情を向けている邪魔な男も殺す、だっただけじゃないんでござるかぁ?

 

 ……いや確かに、士官学生にしてはちょっと短絡的すぎるか? でもダンジョン入りたくて父親の魔剣盗む子がいるくらいだしなぁ。

 恐らく登場人物と加害者・被害者の関係性は正しいけれど、動機が違う、ってことを言いたいのかな?

 まー知らん知らん。愛恋嫉妬のドロドロなソレは子供達が共感するなりなんなりしてくれ。

 

「自分が黒靄(ダークミスト)だ、という自覚は?」

「あるよ。だからそう心配せずとも……本当のことが明らかになれば、ボクはちゃんと消えるとも」

 

 そうかい。

 ならいいさ。これ以上は知らん。

 

 しかし、ほとんどカマかけだったけど、やっぱり黒靄(ダークミスト)かアイツ。

 あの続いた方の『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』と同じ、害の無い、現実世界の誰かの影法師であるだけの黒靄(ダークミスト)

 この国に出来たっていうダンジョンのこともそうだけど……まだあの事件は解決していなかったとでもいう気かなぁ。

 だから来てんのか? キアステンさんよ。

 

***

 

 パーティ『薔薇の棘』の面々は、ギルドにて……溜め息を吐いていた。

 アンシュッツ家の次男坊からの依頼は無事に解決したし、その後に受けた何件かの依頼についても完全解決をした。

 だが。

 

黒靄(ダークミスト)。……ダンジョン。……また増えたんですってね、ギルドマスター?」

「ええ、そうですね。新しいものが出現しました。……何かの兆候で無ければ良いのですが」

 

 そもそも『薔薇の棘』がこの国を訪れたのは、黒靄(ダークミスト)に関する事件が起きている、ということを聞いてのことである。それが、ついて早々のあの事件で、今なお……となると。

 

「原因がどこかにいる……と、見るべきよね」

「ギルドの方でも探ってはいますが、連邦は広いですし、何とも言えませんね」

「ローズはどう思う? この国を人体として見るなら、黒靄(ダークミスト)は病巣でしょう?」

「……周囲の組織を破壊しながら広がっていくようすや、推測だけど、霊脈を通じて他の国々へ移動していくさまは……瀛毒を思わせるわね。自己増殖するところまでそっくり」

 

 瀛毒。数こそ多くは無いが、外傷も感染もないのに患者が徐々にやせ細り、力を失っていく病だ。

 世間一般に知られているのはそこ止まりだが、薔薇の痣を持つ少女はそれ以上を知っている。

 

 本来の臓器構造と調和をせず、自己増殖によって増え続ける組織塊。周囲の組織を押しのけるというよりは、溶け込むように入り込み、そこを全く別のものに変えてしまう浸潤性のある毒。

 彼女の代名詞になりつつある「解体」や「切除」が意味を為さない潜伏性も含め、非常に厄介な病。瀛毒という毒素を吸引することでなると恐れられてはいるが、果たして瀛毒というのがなんなのか、については誰も知らない。

 

「……ドランシア軍士官学校に、瀛毒に対する画期的な効果を持つ薬を開発した少年が、生徒として在籍しています。その子なら……何か黒靄(ダークミスト)ととの照らし合わせを行って、糸筋を導きだせるかもしれません」

「少年……ね。ゲーゼ」

「ええ……その子、ギルドへ呼び出す、ということはできるのかしら」

 

 誰かの功績を子供の仕業にしただけだろう、という発想も浮かびはするが、それよりも、「子供で功績を持っている」という事例の該当者が多すぎるのがこのパーティだ。

 つまり、その少年も魔族なのではないか、と……少女は疑ったのである。

 

「先日依頼をしに来たアンシュッツくんがクラスメイトですから、彼に頼めばあるいは、程度でしょうか」

「……ギルドマスターはどうしてそんな細かいところまで知っているの?」

「ギルドマスターですからね。情報の取り扱いは任せてください」

 

 何の答えでもなかった。

 

 果たして……それは実現する。

 兄に関することで、充分量の信頼を稼ぐことができていたのだろう。黒靄(ダークミスト)をどうにかするため、ということもあって、ハーゲン・アンシュッツは今回の話を承諾。ただし、その少年が来ることを了承してくれなければ無理だと……無理強いはしない、ということを念押しした上で、実現と相成った。

 どうやら何事か、士官学校の方でも事件のようなものが起きていたらしいのだが、それも収束した、とのことで、応じてくれたのである。

 

 ハウル・ハーミッド。

 同い年くらいの『薔薇の棘』であっても、流石にオーラが違うとでも言えば良いか、委縮している様子の少年。

 テーブルの対面に『薔薇の棘』が、ハウル少年の隣にハーゲンとギルドマスターが座っての話し合いは、ギルドマスターの咳払いから始まった。

 

「コホン。まず、こちらの招待を受けてくれてありがとう、ハウル・ハーミッドくん」

「……いえ」

「紹介するよ。こちらはS級冒険者パーティ『薔薇の棘』、ゲーゼくん、バリムケラスくん、ローズくんだ」

「自己紹介くらいするから良いのに。はじめまして、私はキアステン・ゲーゼ。『薔薇の棘』の、一応リーダーをやっているわ」

「バリムケラスだ。故あってフードは取れない。許せ」

「湯島・ローズよ。……アンタが瀛毒の治療薬を作ったって話だけど……ふぅん?」

 

 まずわかることは、この少年が魔族ではない、ということだ。

 人族か魔族かを見分けるすべに、魔力の質を見る、というものがある。魔族二人は当然のようにそれができるし、薔薇の痣の少女……ローズにも可能なことだった。

 

 つまり、誰かしらの嘘偽りがなければ、この少年はこの齢にして偉業を成し遂げた、ということになる。

 

「……あ、……ハウル・ハーミッド、です。……その、運貴名(うきな)グループの……養子で」

「ハウル、そこまで話す必要は無い」

「そ……そっか。ありがとう、アンシュッツくん」

 

 残念ながら人族の政界には詳しくない三人。運貴名(うきな)グループ、というものについての知識は無かった。

 

「今回この場をセッティングさせてもらったのは、今連邦を蝕んでいる病巣黒靄(ダークミスト)が瀛毒と似た動きをしている、というところからなんだ。『薔薇の棘』は黒靄(ダークミスト)問題の解決に動いてくれていてね。瀛毒に対する治療薬を開発できたハーミッドくんならば、何かいいアイデアが出せるのではないか、と考えた次第だ」

 

 話を聞いて、ようやく合点が行ったという様子で……少しリラックスしたように見えるハウル少年。

 彼は、「それなら……そうだ」と小さく述べて、魔法を使った。

 

「あ、ご、ごめんなさい。断りを入れてからやるべきでした」

「いえ、構わないわ。魔力の動きでどの規模の魔法なのか、くらいはわかるから」

 

 使われた魔法は結界。それもかなり小規模な結界だ。

 机の上。そこに、真っ黒な直方体の結界が立ち上がった。

 

「まず……そう、瀛毒というものがなにか、について……説明した方が良いかな。……そっちの、湯島さんは……お医者さんっぽいから、あんまり偉そうなことは言えないけど……」

「へえ、わかるの?」

「あはは、他の人を人間じゃなく人体として見ているからね……。視線の動きでわかるよ」

 

 僕も前までそうだったし、と付け加える少年に、ローズは一段階評価を上げる。正しかったからだ。彼女は他者を人体としてしか見ていない。

 ゲーゼとバリムケラスが「うげー」というような顔をしていることなど一切気にも留めずに続きを促すローズ。

 

「瀛毒は、毒って呼ばれているけれど、外部から入ってきた毒によって罹る病じゃあない。……あー、魔力素、ってわかるかな。わからない人は、ここにいる?」

 

 少年がぐるりとテーブルを見渡せども、それがいる様子はなかった。ハーゲンはこの場にいる物に比べて知識量は少ないが、魔力結晶体を好むなど、多少はそのあたりの知識を有している。

 

「魔鉱石や魔法が魔力素の集合体であるように、人間も小さな粒の集合体なんだ。あー……宗教上それを受け入れられない人がいるかもしれないけれど、今は我慢してほしい」

 

 テーブルの上に作った真っ黒な直方体。その中に、ヒトガタの白い何かを出現させ、その腕部を拡大するような『表示』を作る。

 それはヤシノコの実の断面のような形をしていた。半透明の膜に覆われた幾層もの構造体と核。

 

「瀛毒は、この核の部分が傷つくことによって起こる。割といろんな理由でこの核には傷がつくんだけど、それが溜まりに溜まると、小さな粒の全体が変異して、瀛毒に侵された粒になる」

 

 結界の中で、つるりとしていた「小さな粒」が、幾度かのダメージを受けた後、異常な形に変貌していくさまがシミュレートされる。

 

「元からこの小さな粒というのは増える機能と増えない機能を持っている。傷ついておかしくなった粒については、正常であれば増えない機能で抑え込まれるんだけど、その機能が作用しないことがあって、おかしいままに増えてしまうことがある。異常な自己増殖をするんだ。それがその場所だけに留まらなかったり、全く関係ないと思われる場所に移っていくのが瀛毒っていう病気」

「……素人が聞いている限りでは、そのおかしくなった粒とやらをどこかへやって、その後に治癒魔法をかけてしまえばいい、という風に聞こえる。ローズ、貴様はそれが得意だろう」

「得意よ? 得意だけど、それが身体の奥底だったり、切除じゃどうしようもない範囲にまで広がっている、ってことが多々あんのよ。……しかし、瀛毒に関する治療薬を、って話は嘘じゃなさそうね。世界全体を見渡したって瀛毒にここまで知識を持ってる奴はそう居ないわ」

 

 ならば解決策の方も期待できる。

 そういう信頼がハウル少年に向けられていた。

 

「僕の開発した薬は……バリムケラスさんの言うものと、ほぼ変わりありません。服用するタイプと患部に塗りつける二種類がありますが、どちらも人体という体内結界に入ったことを検知した瞬間、患部にある"肉体活動を正常機能させない粒"を捕食しながら、"その粒の正常な姿"を他の粒から模倣し、成り代わります。……わかりにくかったと思います。すごく……暴力的に言い換えると、折れた腕が治るまでの間、義手を使う、と。それは折れたところに被せるようにして使える義手だよ、と。そんな感じの話です」

 

 テーブル上のヒトガタが、薬による置換を入れられて元気になる。

 ゲーゼとバリムケラスがローズを見た。

 そんなことが本当に可能なのか、という目だ。

 

「……アンタそれ、瀛毒への特効薬じゃなくて、万能薬の類じゃないでしょうね」

「瀛毒以外にも使えることは正しいですが、万能とは決して言えませんね。……デメリットが無数にあるんです。たとえば、人体の粒に代替した薬は当然人体としてはカウントされません。そのため、もう一度瀛毒に罹ったり、類似する病になった場合、再度この薬を使うと以前に直した部位ごと代替を行ってしまいます。正常な粒とは認識されないんです。また、この薬は人体を結界として見た時の内部にしか反応しません。外傷や、肌に出るタイプの瀛毒には対応しきれないんです。それと、代替を行いますから心臓や肺などのデリケートな部分には慎重に使う必要があって……というか、僕がその場にいないと使えないと言った方が正しいかな。生成に膨大な魔力がいるし、」

「だとしても、大抵の病に使えるじゃない。そういうのを万能薬と呼ぶし、万能薬は……金持ち共を引き寄せるのよ」

 

 それは何か、実体験の込められた言葉だった。

 ローズは知っている。万能薬にまで昇華してしまった薬には、世界じゅうの金持ちや実力者たちが飛びついてきて、()()として持ちたがることを。

 そのせいで本当に薬を欲している患者に薬が行き届かなくなることを。

 

 ただその問いは、可能かどうか、というところをとうに通り越した問いでもあり──。

 

 少し糾弾するような空気を断ち切ったのは、バリムケラス少年だった。

 

「ハウル・ハーミッド。一つ問う」

「はい、なんでしょうか」

「もし仮に、この薬を何度も用いて……体内と呼べる部分が全て薬に代替された者を見て、貴様はそいつをなんと呼ぶ?」

 

 ローズが薬漬け患者(ジャンキー)が関の山でしょ、と言おうとしたところに、ハウルが被せる。

 

「──魔族、です」

「え……」

「ハーミッド、お前何を言って……」

 

 動揺しないのは、問いを掛けたバリムケラス、ギルドマスター、魔族とか人族とかどうでもいいローズの三人。

 ゲーゼとハーゲンは酷く動揺している。

 

「理解した上で、か」

「はい。僕は魔族のことを、少し魔力に依っているだけの人族であると認識しています。体格に寄って依ったオーガ族、俊敏さに傾倒したハーフリング。彼らと同じように、魔族も人間とそう変わりないと」

「ハーミッド、ダメだ、それ以上は」

「ご安心ください。この部屋は遮音の結界を張ってありますから、音は漏れませんよ」

「いやそういう話ではなく!」

 

 まぁまぁ、とギルドマスターがハーゲンを宥める。

 恐らく彼は、説明の段階で察していたのだろう。勿論彼はハーゲンにも寄り添える。一般的な連邦市民の立場で考えるならば、「オーガ族とハーフリング族を人間扱いするのなら、魔族も人間だろう」という暴論、ないしは差別問題にまで発展しかねない話は非常に危険であると言える。

 

「健康にはなれますが、使うたびに魔族に置き換わっていく薬。……魔族になることについての是非如何は、僕は気にしません。というよりは、魔族とはそもそも、何らかの超常的存在の意思決定により一部の人間と代替した人達であると考えていますから、これは神話の再現をする、みたいな薬ですよ」

「ならば問う。なぜ魔族と人族は争いを──」

「ストップスト──ップ! 今の話はそれじゃなくて! いやすっごく気になるけど、それじゃないでしょ! この方法を聞いて、黒靄(ダークミスト)をどうするか、って部分!」

 

 ゲーゼが制止をかける。その言葉に、そういえば、とバリムケラスもローズも居住まいを正した。

 何か言いたいことがある、という様子のハーゲンも……なんとか言葉を飲み込む。

 

「ありがとうございます、ゲーゼさん。おかげで軌道修正されました。……しかし、話を聞けば聞くほど瀛毒と黒靄(ダークミスト)は似ていますね。となれば、ハーミッドくんの特効薬に倣い、該当地域全体を結界で覆い、黒靄(ダークミスト)を正常でないと見做す魔法を放ち、黒靄(ダークミスト)を捕食。その後地面に置き換わる、というものになるのでしょうか」

「馬鹿言ってんじゃないわよ。連邦の国土面積は15kathl2。誰がその規模を、そして連邦の国境に沿った結界を敷けるっていうのよ」

 

 広さの基準を持ち出すのなら、たとえば奪海……ゼルパパム洋が7kathl2である。その二倍以上の国土を、どのように結界で覆うのか。

 

 その時、口元を手で押さえていたハーゲンが、零すように言う。

 

「……ハーミッド。先日学校で見せてくれた……血痕の検出結界を、応用できないか?」

「なる、ほど? ……もしかしたら最適解かもしれないよ、アンシュッツくん」

 

 そうして詰められた、連邦内の黒靄(ダークミスト)問題の解決策とは──、

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