序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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49.いつか辿り着く地平線

 作戦名『季節外れ(ロシュン・ヘリィ)』から三日経った日の朝、それは起きた。

 喉を千切るような悲鳴と破砕音。憲兵が駆けつけると……そこには。

 

 ヒトガタをした黒靄(ダークミスト)が、よたよたと歩いていました、と。

 

 すぐ隣に倒れ伏した女性がいたから憲兵はこれを鎮圧、討伐するに至ったが……想定されていた事態であるとは言えなかった。

 報告はすぐに連邦政府まで行き届き、厳戒態勢のもと、不要不急の外出は控えるように、という連絡が入った。

 そののち、緊急会議が開かれる。あの日のメンバーで。

 

「申し訳ない限りであるな。任せてほしいと言って、たったの三日でこれとは」

「予想外が重なっただけさ。申し訳なさで言うなら、アタシらだって黒靄(ダークミスト)を討ちきれていなかったことなんかがそうだ。だろう、ハウル・ハーミッド」

「その代弁は勝手が過ぎるけど、そうだね。……ヒトガタの黒靄(ダークミスト)。現状確認されているのは今朝の一体だけ、なんですか?」

「否。連邦各所で同様の魔物が発見されておる。遠方の情報は遅れて届くが、どこも大した被害を出さずに討滅できているようではあるな」

 

 黒靄(ダークミスト)がヒトガタを取ること自体に驚きはない。あの幽霊の少年や『魔女』が好例であるし、『博士の博士』も見た目だけとはいえ黒靄(ダークミスト)にされていたこともあった様子だったか。俺に自覚は無いんだが。

 怖いのはそれではある、か? 実は倒れている方が黒靄(ダークミスト)で、討伐された方が本物だった、みたいな。……まぁそれをやるには『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』という特殊な異界が必要になる。ほぼ無いと見ていいだろう。

 

 となってくると、考えるべきは目的の方だな。

 あれらが使役されているものであるとして、なぜヒトガタを取ったのか。……戦闘行動をほぼしていないようだから、()()()()()()()()()()というのが最もしっくりくる。

 討伐されて雲散霧消するため。……雲散霧消することで何が得られる? たとえば……そう、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』内部の黒靄(ダークミスト)は、どれほど数を倒そうと意味はなかった。世界のすべてが黒靄(ダークミスト)であるから、際限なく補充される。……つまり、やつらは通常の魔物と違って、ある一体の魔物の一部である、という考えができる。

 

「パウル中将。一つ、お聞きしたいことがあります」

「申してみよ、ハーミッド殿」

「六十二年前──この連邦の地の地下にあったものはなんでしょうか」

 

 解決すべきはそこだろう。今積み重なりすぎたものを一つ一つ解決していては無理が祟る。

 まずは、そもそもどうしてこの国に黒靄(ダークミスト)が現れたのか……下手人たちが何を狙っていたのかを知るべきだ。

 

「──魔晶石だろうな」

 

 言いながら天幕の中に入ってきたのは、左目を眼帯で隠した強面の男性。

 誰だ?

 

「シュエン元帥、どうしてここに……」

「フン、国が一大事だってんで現場を見てきた帰りだったんだがな。興味深い話をしているじゃねえか、パウル」

 

 元帥……ってーと、大将より上か。つーかほとんどこの国のトップじゃね? フッ軽だなー。

 まぁ、情報をくれるんなら誰でもいい。

 

「魔晶石、というと?」

「『大怪盗』シンプトム、っつー稀代の盗人が六十と数年前にはいたのさ。『悪党たちの豪華な催し(ガラ・デア・ユーベルテーター)』。連邦、エリスフィア、キロスは当時とんでもない量の悪党どもがうろついていてな。その時の一人がコイツだ」

 

 ……おお。確かに連邦出身とか言ってたような覚えがなくもなくもなくも。

 

「キロスで行われた闇オークション。そこに出品された、巨大な闇の魔晶石。そいつは『大怪盗』の手に渡ったあと、奴の手でこの連邦に持ち込まれた。そして、()()()()()()に封印された」

「然るべき場所?」

「そこがどこなのかは俺も知らねえよ。……だが、その封印を暴いちまったモンがいる。旧ドランシア軍さ」

 

 ざわめきが出る。……おや? 確かレインの時代であっても連邦は既にV・D連邦って名前だった気がするが。

 

「まさか……今回の話も」

「ああ、俺はそう睨んでいる」

「ちょっとちょっと、軍人さんだけで盛り上がっていないで、私達にも教えてほしいわ」

「そうだな。……旧ドランシア軍ってのは、遥か昔、ヴァグス領とドランシア領が合併して連邦となることに手を結んだ時、反対していた連中なのさ。敵国と手を結ぶなどあり得ない、と。そいつらは自分たちの息子、孫世代にまでその思想を教え込んでいる。旧ドランシア軍は今も息づいているってわけだ」

「話を戻してもいいですか? 旧ドランシア軍が『大怪盗』の封印を暴いて、その後です」

 

 今回の黒幕たちの話は一旦おいといてもらわないと話が進まん進まん。

 まずは一個一個片付けさせてくれよ。

 

「っと、そうだったな。……旧ドランシア軍は『大怪盗』の封印を暴き、自分たちの住処にそれを移した。旧ドランシア軍大本営大地下壕。この国の地下に、青重蟻(ヒドゥンアント)の巣よろしく張り巡らされていた地下通路兼地下壕に、だ」

「そんなものがこの国の下にあったの?」

「ま、あったのは過去の話さ。当時行われた旧ドランシア軍殲滅作戦によって、旧ドランシア軍の大部分は土に埋まった。……闇の魔晶石ごと、な。どうだ、坊主。これが六十二年前の連邦地下にあったもの、だ。参考になったか?」

 

 なったよ。なったから……。

 

「ちょっと整理するために魔法を使ってもいいですか?」

「なんの魔法であるか」

「図解したくて、結界を」

 

 言えば、「ああ」と得心がいったような反応を見せるギルドマスター、『薔薇の棘』。その様子を見て危険は無いと判断したのだろう、中将さんがOKを出してくれる。

 なので、中央のテーブルの上に結界を設置し、そこに縮小版の連邦を出す。

 

「おお……」

「これは、凄いな」

「元帥さん、その地下壕ってどれくらいの深さにあったかわかりますか?」

「地下70athlだ。そこに、成人男性がなんとか通れるレベルの幅と高さの通路がこれでもかと敷かれていたらしい。ある程度の出入り口ならわかるが、教えてやろうか?」

「お願いします。この結界、手は通せるから」

 

 この国でも成人は十五歳。だから……ハーゲンくんくらいの身長で設定しよう。

 中間くらいにおいた連邦地図の地下に、元帥さんが指差した場所を起点として地下通路を張り巡らせていく。……こんなもんか。

 

 そして、先日検知したこの国にあったダンジョンの位置を赤点で表示。さらに内部の階層を四角い逆さビルみたいな形で配置。

 すると。

 

「なんと……」

「まさか、こんなことが……?」

 

 地下通路と地下通路の交点で形作られた四角形に向かって伸びる、ダンジョンの階層たち。

 成程、これは部屋なわけだ。

 

「旧ドランシア軍の残党たちには魔晶石がどこにあるのかわからなかった。だから、黒靄(ダークミスト)を使って手当たり次第に掘削していたんだと思います。記憶にある限りの地下壕における部屋の全てを」

「……だが、掘削が妨害され……連中はなぜか住民を襲い、それに成り代わらんとする、という手法に切り替えた。それはなぜだ、ハウル・ハーミッド」

 

 俺が答える……より前に、中将さんが零すようにつぶやく。

 

「地下に……魔晶石が無い、ということであるか」

「可能性は高いと思います。……というよりは、元帥さんは何か知っているのでは? 六十二年前の連邦地下にあったもの、という言い回しに闇の魔晶石が含まれていたことを、否定していませんでしたし」

「フン、耳聡い坊主だ。……その通り。つかな、んな危ないモンが国の地下に埋められています、なんて恐ろしいったらねえだろう。魔晶石だぞ? 黒靄(ダークミスト)だろうが軍人の踵だろうが、ちょっとの刺激でドカンと行きかねない代物だ。誰がそんなもん埋めっぱなしにするよ」

 

 ごもっともでござい。

 シュラインの時に思ったけど、魔晶石ってトンデモエネルギーを取り出せる超危険物なので、俺みたいに安全装置込みの加工ができないのなら手を出していい代物じゃない。

 だから、レインの時に施した封印をトムさんが解いて持ち出した、っていうのは割とびっくりしている。結構厳重に封印したんだけどな。教戒院の最高難度問題として扱われるくらいには俺の封印は難しいんだが……トムさんの実力じゃ、失礼ながら解けないと思うから……封印解除のプロにでも頼んだんかな?

 んでそのあとここに持ち込まれて、トムさんが封印、っていうのも多分その人がやった感じだろう。……で、それが旧ドランシア軍によって暴かれた、と。

 封印は破くためにあるものとはいえ、酷いッピよ。

 

闇の魔晶石(そんなもん)、連邦軍の過激派が知れば他国への戦争の誘因になりかねねぇし、かといって穏健派に保持が知られたらバッシングの対象だ。隠し持ってんのが一番だったのさ」

「で、そいつは今どこに? ああ、アタシらが信用できないだろうから、具体的な場所は良いよ。旧ドランシア軍の奴らが地下にそれが無いってことに気付いて、どうして街中を狙ったのか、を知りたいだけさ」

「それについては僕に考えがある。このまま続けてもいいですか、元帥さん、中将さん」

「ああ、頼む」

「おう、問題ねえよ」

 

 では、と咳払いをして、結界内の連邦地図とその地下を隅に追いやって、黒靄(ダークミスト)に切り替える。座り込んだ牛みたいな見た目をした、一般的な一つ目黒靄(ダークミスト)だ。

 

黒靄(ダークミスト)は不定形且つ非実体系の魔物と似た動き、生態をしています。ですが、エリスフィア帝国で確認されていた黒靄(ダークミスト)とV・D連邦で確認された黒靄(ダークミスト)とでは、決定的な違いがあるんです」

「……コアの存在、でしょう」

「はい、ゲーゼさん。その通りです。エリスフィア帝国に現れていた黒靄(ダークミスト)には、コアが無かったと聞いています。資料を読んだだけなので確実なことは言えませんが、この黒靄(ダークミスト)は、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』という巨大な結界の一部だった、と」

「そうね。だからコアが必要なかった。いえ、正確に言うと、コアはあったのだけど、それが黒靄(ダークミスト)の体内にある必要が無かった、って感じね」

「歳の割に物知りだな、嬢ちゃん」

「ええ、身内が事件に巻き込まれた子供の一人でね。詳しく教えてもらったわ」

 

 喋り過ぎじゃないか、と思ったけど、なるほどそういう処理にしたのか。

 じゃ、これからは俺が知っているはずのない部分についてはガンガンキアステンに振っていくか。

 

「反対に、連邦に現れた黒靄(ダークミスト)にはコアがあるんです」

「そう、でしょうか。冒険者がダンジョンの多くを探索し、黒靄(ダークミスト)を倒してきましたが、そのような報告は受けていませんよ」

「でも、ダンジョン内ではなぜか魔鉱石が入手できた。そうですよね」

「……それは。……なるほど、確かに」

 

 魔鉱石は通常魔物の体内に生成されるものである。採掘する形で採れるものも無くはないが、そういうのは魔物の死骸が堆積してできたものである場合がほとんどだ。というか自然が形成する魔鉱石は魔晶石になるからな。ツルハシなんかで叩いたらそのままドカンまである。

 そんな魔鉱石がなぜダンジョンの中に落ちているのか。

 

「非実体系の魔物、不定形の魔物も体内にコアを有します。大抵の場合、コアは非常に軽いものであり、スライムの液状組織やゴーストの念動力で持ち上げられる程度のものになるんです。しかし、黒靄(ダークミスト)には恐らくそこまでの力がない。いえ、連邦の黒靄(ダークミスト)には、と言った方が正確ですね」

「そうね。『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』の黒靄(ダークミスト)は家を圧壊させる程度の力はあったし」

「だからダンジョンの中に落ちているんです。あれらは黒靄(ダークミスト)らのコアであり、黒靄(ダークミスト)はそのコアを含んだダンジョン内に蔓延ることで自身を保っていたんです」

 

 どっちが先かはわからんがな。旧ドランシア軍が魔鉱石を用意して、それを起点に黒靄(ダークミスト)を生成、縦穴を掘っていった、という順序か、黒靄(ダークミスト)を生成して長年使っている内に魔鉱石が生成された、という順序か。そこは奴らに聞かねばわかるまい、って感じ。

 

「話を戻します。魔鉱石をコアにしている連邦の黒靄(ダークミスト)が、今回、人を襲う形で再出現しました。しかしそれらは戦闘行動をせず、ただただ憲兵に討たれ、雲散霧消した。その理由はなんだと思いますか」

「……討たせるため、か」

「はい、元帥さん。その通りだと思います。……討たせるため……正確には、雲散霧消させるために人を襲わせ、魔法や武器でこれを分散させた。街中に黒靄(ダークミスト)を散布するために。散り散りになった黒靄(ダークミスト)は、再度その形を取り戻そうとします。どこに集まるか、といえば」

「魔鉱石のある位置、ないしは……強大な魔晶石のある位置、だ。それをコアとして集まってくる可能性が高いだろうな。……パウル、連邦内で魔道具を使っている店や施設はどれくらいある?」

「ふぅむ。……そこまで数は無いですが……個人所有のものまで含めるならば、相当数には上るかと」

 

 雲散霧消した黒靄(ダークミスト)がコアを求めてどういう動きをしてくるか、というのは正直わからない。

 ……いや、できるか? シミュレート。

 

 結界内の連邦地図を拡大し、まずはドランシア領……南側の土地を表示。細部を作り込み、町などのディティールを再現する。

 

「中将さん、この地図の、どこにその施設があるか教えてほしいです。個人所有のものは今は考えないものとします」

「うむ、わかった」

 

 そうして、中将さんや他軍人さんが、思い出せる限りの「魔道具を保有している施設」を指差していく。

 その建物を緑色で強調表示。そして黒靄(ダークミスト)が魔鉱石を検知できる範囲を、光の魔鉱石の光を嫌がる距離を参考に5athl程度と仮定。ドランシア領内に仮想黒靄(ダークミスト)としての煙を配置。緑色の建物が放つ引力に5athlの距離で引き寄せられるよう設定し、煙が吐き出される場所をヒトガタ黒靄(ダークミスト)討伐位置に設定し直せば。

 

「おお……」

「この魔法、ぜひ教えていただきたいものだ。どれほど有用か……」

 

 ちょい、厳しいな。ハウル・ハーミッドのスペックをオーバーしている。

 

「計算式を寄越しな。演算、多少肩代わりしてやるよ」

「……ローズお姉さん、できるの?」

「裏技があんのよ。ちょいと特別な方法を使えば、この世の頂点の頭脳を十一個借り受けることだってできる」

 

 そうか。『王様』やキアステンと共にいる程度には、この子にもなんかあんだな。……なら、ちょいと任せよう。

 軍人さんに羊皮紙をもらい、俺がやっている流体計算の一部を描き渡す。粒子計算はヴァルカン式でできなくはないんだけど、あれはこれの数倍の計算が必要になるからな。

 ナビエ-ストークス方程式を基盤とした式の一部計算をやってもらう。

 

 そうして実現するは、黒靄(ダークミスト)がここからどう集まっていって、どこに形成されるかの計算だ。

 浮かび上がったのは……三つ。

 まず、『ディングル鍛冶工務店』という場所、そして『Studioハルトマン』、最後に『解体屋』。

 この三つがドランシア領で魔鉱石を使用した魔道具を設置している場所且つ、流体計算で他の施設に集まるはずの黒靄(ダークミスト)を引き寄せかねない場所、になる。

 同じことをヴァグス領の方でも行い、そちらは四つの場所が浮かび上がった。

 

「シュナイツファー少将、すぐに手配を」

「はい。アンシュッツ大佐、共に来てくれるか」

「わかりました」

「一度倒したとて、再度出現する可能性もあります。魔法使いを捕まえるまでは油断しないでください」

「ああ、肝に銘じよう」

 

 ……んで、だ。

 

「元帥さん、わかっていると思いますが、一番危ないのは依然として魔晶石のあるところです」

「わかっている。が、動かすにも動かせない場所にあるんでな。とりあえずは安心してくれ。街中にも置いちゃいねえよ」

「そうですか。……ふぅ」

 

 計算を打ち切り、溜息と共に背もたれへ凭れ掛かる。

 ローズさんの方も……結構キたみたいだね。リアルタイムで連続体の挙動計算するとか、人間のやることじゃないよ。機械か刻印に任せないとキツい。

 

「大丈夫? 二人とも」

「……さては本当に化け物だね、アンタ。今の規模の計算を……一人で、途中までやっていた、とか。……信じられないよ」

「はは……僕は慣れているからね……。本来は……刻印を描いて、それに計算を肩代わりさせるんだけど、今は咄嗟だったから……」

「そんなに大変なことなのか。この俯瞰地図における演習の模擬実験は色々使えそうだから、軍人に教えられるんなら教えてほしかったんだが……」

「無理だね。何百人、何千人が束になったって無理だ。この坊主の脳内演算は、たったの一ステップすら模倣の難しいそれさね」

 

 マーこの計算がこの速度でできるようになるのは地球でも2020年くらいでようやっと、だったからなぁ。

 魔法とかいう流体なんだかエネルギーなんだかわからないものが身近にある分地球より理解はしやすそうだけど、そういう領域じゃないっていうか。

 

「まぁ、お疲れ様である。民間人である二人に負担をかけるばかりで申し訳ないが、まだ事態が終息したとは言えぬ。今は静養し、備えてほしい」

「んじゃ俺もちょいと出てくるぜ。可能性は低かったとはいえ、民間所有の魔鉱石や、計算に上がらなかった魔道具の周囲に黒靄(ダークミスト)が出ないとも限らん。見回りを兼ねて運動してくらぁ」

「シュエン元帥、御身が元帥である、ということはお忘れなきよう」

「ハッハッハ、そんなんだから歳を食うんだよパウル。俺の方が年上なのに、俺の方が若々しいじゃねえか!」

 

 大声で笑いながら天幕を出ていく元帥さん。……パウル中将さん、結構お年を召した、って感じの見た目をしているのに……それよりも年上なんか。

 実は先祖返りとかない? 魔族と人族の間にも子供できるっぽいしさ。ほら、……あー、帰って書庫の読まないと流石に思い出せないけど、ローレンスの邪魔してきたやつみたいに。

 

「……中将。一つ、確認をしておきたい」

「なんであるか、バリムケラス殿」

「敵が旧ドランシア軍やもしれないとわかったわけだが、先日の報告を聞くに、その中には他国の者も混ざっている可能性が高い。旧ドランシア軍だけであれば自国内の問題として解決することもできるだろうが、もし、他国の者が中枢にまで入り込んでいたら……連邦は報復攻撃に出るのか」

「……」

 

 踏み込むねぇ。

 その辺大事なんだろうけど。

 

「すまぬが、教えられぬ。そのあたりは軍事機密である」

「……そうか」

「であるが、連邦とて決して好んで血を流したいわけではない。それだけは伝えておく」

「……ああ」

 

 それでも……まだ引っかかっている、って感じだな。

 

「もう少し開示するのなら、今は魔王国の相手で手一杯での。人族の住まう他国へ目を向けている余裕はない」

「ですな。目下の悩みは魔王国からの侵攻。内憂外患とはまさにこのこと。内部の黒靄(ダークミスト)事件など早急に解決し、魔王国との戦いに注力したいものです」

 

 んー、そのフォローは逆効果。

 ……なんでこの子が戦争を引き起こしたのか、については……俺は知らんのだけどさ。

 結局聞きそびれてはいるけど、『王様』が魔王ってことであってるよな? カズラ君が討伐しにいったのって君なんかな。こんな根無し草の風来坊してたら、討伐も何も、って感じだけど。

 ここで子供っぽく戦争の理由を聞くのは悪手が過ぎる。そのままキアステンたちが立ち去りかねないから、閉口がベスト。

 今はとりあえず魔力回復をしようかね。

 

「しかし……このタイミングで『薔薇の棘』やハーミッド殿が居合わせてくれたことには、天の配剤というほかないな」

「確かに。もし『薔薇の棘』の皆さんが来てくださっていなければ、旧ドランシア軍が掘削を恙なく終えていて、街中の至る所で魔鉱石を求める黒靄(ダークミスト)が現れていた、という可能性もあり得た。ハーミッドくんに協力要請をする、という考えも我々からは出せずに……」

「それを言うならアンシュッツ大佐さんの息子さんがキーマンよ。彼が私達に依頼をしなければ、私達もここまで深く関わることはなかったもの」

「巡り合わせ、というやつですな。奇縁の交点にいたハーゲン・アンシュッツ曹長は……次代を担うリーダーになっていくやもしれませんぞ」

 

 もう完全に雑談ムードだな。事件はまだまだ終わっちゃいないと思うんだが。

 ま、良い具合に緊張を抜いてリラックスするのも務めか。

 

「すこし頭を使い過ぎたので……外の風を浴びて、リフレッシュしてきます。遠くへは行きませんので」

「そうか。護衛の者をつけるか?」

「いえ」

「オレが行こう。軍人はできるだけ民間人の守護に割いてやれ」

 

 ……ま、いいか。

 ついてくるのを許そう。

 

 

 天幕から少し離れたところにあった、背の高い施設。その屋上。

 そこで風を浴びて涼む俺と『王様』。

 

「貴様、先の作戦時にゲーゼの魔力を食らっていただろう。あれから身体におかしなところはないか?」

「ああ、どうにも馴染んでくれないから隔離してあるよ。君達特有の魔力なのかな、僕を支配しようとしてくるからうるさくてさ」

 

 言って取り出すは、丸めた『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の魔力。

 解析するには年単位が必要そうだし、サンプルは既に取らせてもらったから、正直これは必要ない。

 

「魔力操作をそこまで上手く、且つ感覚的にできるのは才能だな……。不要ならばオレからゲーゼへ還しておこう」

「じゃあ、お願い」

 

 渡す。『王様』にも噛みつこうとしたその魔力は、その身に流れる血を理解して、大人しくなったらしかった。

 ……良い機会か。

 

「魔王、なんだよね。君」

「……そうだ。元、だがな。ヒントは散らしてあったから、貴様ほどの頭脳であれば、辿り着くのは容易か」

「そうだね。……僕は戦争の時にはまだ生まれていなかった。でも、たった十五年前……なんだよね」

「ああ。魔王国から人間の国……始まりはこの国へと戦争を仕掛け、戦いは二年続いた」

 

 やっぱりこの国が敵対国か。そこに続々と他国が参戦してった感じかな。

 

「どうして、というのは……聞いたら、怒るかな」

「怒る理由は無いだろう。だが、貴様が何を思うかまでは、推し量れん」

「僕、別に連邦に愛国心とか無いから、大丈夫だよ」

「そういう問題ではないが……まぁ、いいか。事の始まりは、紫輝歴618年。連邦と魔王国の国境付近にある村、アウノルド村にて行われた、凄惨な実験だった」

 

 アウノルド村。……書庫で地名を覚え直す時に見た覚えがあるな。確か、連邦に食い込むようにしてある魔王国の一部、だったかな?

 

「貴様なら模倣できてしまいかねないから、詳細は伏せさせてもらう。村一つに住まう魔族全員を犠牲とするその実験は、事態に気付いた複数の神による介入によって失敗に終わった。だが……命が戻ることはなく、そして、同様の実験が他の村でも行われる可能性がある、ということを知った」

「……」

「はじめ……オレに、人間の国をどうこうしようという気はなかったのだがな。世界をこの目で見る旅を終え、魔王国に帰還したオレは、旅で得た記憶や知識をもとに……魔王国にも人間の文化を取り入れ、国を豊かにしていく、程度の考えしかなかった。帰国後十年少しで流れ込んできた知識記憶……ゲーゼの恩師である人間が為した偉業も含め、短命たる人間というのにも、尊敬できる者がたくさんいるのだと。……それを争いによって踏みにじってしまうのは、あまりにも愚かだと。そう考えていた」

 

 そう、か。

 本体も影法師も、そういう考えでいてくれたんだな。

 

「だが……実験により白砂と化したアウノルド村を見て、怒りが抑えられなかった。人族には確かに尊敬できる者も居ようが、その力を間違った方向に使い、軽蔑せざるを得ない者達も数多くいるのだと……思い知った。知ってしまった」

「だから、戦争を?」

「ああ。一部が悪いからと言って全てが悪い、などという暴論を振り翳すつもりは無いが、この国……連邦だけは許し難かった。リサンフィビアの神から情報を得たオレは、V・D連邦に対し宣戦布告をし……その余波によって周辺国が武器を取り、防衛と攻撃が交わされ、人魔戦争に発展した。すべてはオレの心が弱かったゆえに起きたことだ」

 

 ……さてな。

 誰が悪かったか、について、俺は知らん。人体実験をやった連中は確かに悪かったのだろうが、連邦政府がそれを推し進めていた、って感じはしない。けど、下っ端が悪いだけで連邦政府は悪くないから許してね、が違うのもわかる。

 許せないもの、なんて子供だろうが大人だろうがある。そういう矜持があるからこそ人は胸を張って生きられるんだ。そこに人族も魔族も関係ないだろう。

 

「実験の首謀者、先導していた者達が戦死したあと、竜災が起こる。腹ペコ竜の晩餐会(サレナスズナ・クリロノミア)。オレはそれを契機と見定め、戦争の終結にした。……その後、オレのようなガキがいつまでも魔王国を導いていては……いずれ破滅を引き寄せると考え、次なる者に魔王を譲り、旅を始めた。もう一度、今度は違う視点から人族というものを見つめる旅を」

「ゲーゼさんとローズさんに出会ったのも、その頃?」

「いや、ゲーゼについてはオレが旅から戻る前から面識があった。再会したのはその頃であっているが。そこから……十年ほど、ゲーゼと共に旅をした。奴にも多少、特殊な事情があるから、一か所に定住しない旅路だった。そのあたりでローズと出会ったよ」

 

 お、ちょっと口調が柔らかくなったな。『博士の博士』には終ぞ硬い口調のままだったみたいだから、秘密を話して少し距離が縮まった感じか?

 

「ローズは子供ながらに医者を名乗る少女であったが……異端として追われる身でもあった。病や毒に侵されるのは臓物であり、適切な手段でそれを摘出してやれば、救える命もある、と……そう言いながら肉体を刃物で切り刻もうとするのだから、追われても仕方がないとは……オレですら思ったが」

「生まれてくる時代を間違えたんだね、ローズさんは」

「未来では、ローズのような医者で溢れかえっている、と? そこらじゅうから血の臭いのしそうな未来だな」

 

 これくらいの扱いだ、人体の中身をどうこうする、っていうのは。

 冗談はよせ、くらいのノリであしらわれる。俺の薬も魔法的アプローチが入ってなきゃ却下だったろうな。

 

「この国へ来た理由は? 敵国ど真ん中じゃ、嫌悪感もあったんじゃない?」

「この国がオレを毛嫌いすることはあれど、オレが、ということは無い。オレはオレの怒りの原因を殺し尽くしてしまったのだから。……この国へ行こうと言い出したのは、ゲーゼだ。奴は……『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』事件の被害者でな。黒靄(ダークミスト)が出ていると聞いて、しかめっ面をしながら事を解決したがっていたよ」

「だからあんなに詳しかったんだ」

「そういうことだ。……オレの話はこれくらいでいいだろう。貴様の話も聞かせろ」

 

 ん。はい。なんですの?

 ハウル君に過去とか無いからエチュードで作っていくよ過去は。

 

「今貴様が返還したゲーゼの魔力は、特殊な血が無ければ制御できないものだ。精神論や根性でどうにかなるものではない」

「そう……なの?」

「ああ。つまり貴様には、特殊な血が流れているのやもしれない。そしてそれは……魔族のものであると、オレは思う」

 

 マー確かに、そういう観点もあるか。『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の魔力は精霊ですら制御できずに飲み込まれたもの、なわけだし。

 先祖に誰か魔族を入れとくか。はいはい一つ過去ができましたよ。

 

「それが、なに? ご先祖様がどうであっても、僕は人間だよ」

「いや、貴様があそこまで上手く魔力を制御できている部分を含め、その肉体は半分以上が魔族である可能性が高い。そうである場合、加齢による肉体の変化は周囲の人間から遠く離れていくものになる」

「……そっか」

「──オレたちと共に来ないか、ハウル・ハーミッド。この事件を解決したのち、オレたちと……旅をしよう。貴様の視点でこの世界を見て、貴様の感じたことを、オレに伝えてほしい」

 

 ああ、そういう話か。

 勧誘ね。ハーフ魔族だと寿命問題で……特に今の時期の連邦だから危ないから、ってか。

 

 んー、「──ですよね?」が達成されたあとなら、失踪理由として最適ではある。

 ではあるけど。

 

「ごめんね。僕は自分の命の使い道を決めているから」

「……死地に赴くつもりなのか?」

「どうかな。そこまで大したものではないかもよ」

 

 ナシだ。

 コンストラクトで分身が可能になったから、置いていく、ということはできないこともない。

 けど、長命種族と共にいると、無駄に安全だからな。目的もなく生きる自立型コンストラクトが一人も二人もいる時代で「──ですよね?」ライフを模索するのは、ちと面白くない。

 カタツムリの神との会話に会った通りさ。

 俺以外の部分は偶然であってくれた方が()()()んだ。蝶が二匹もいたんじゃ、桶屋はてんてこ舞いになっちまうよ。

 

「……貴様であれば、『永遠の子供時代(エルヴァホイ)』は引き摺り込まなかったやもしれんな」

「ジジ臭い、って言ったね今」

「フッ、そういう意味ではない。……問いをかけても良いか、ハウル・ハーミッド」

「いいよ。僕はやまびこ(ハウル)だからね。しっかり返してあげるよ」

 

 ここに来た当初より、少し顔色を良くした『王様』。いや顔色は実はわかんないんだけど、霊質が明らかに好調だったから。

 

「あの時、ゲーゼに止められた問いだ。なぜ魔族と人族は争いを起こす。なぜ隣人足り得ない」

「人とは争うものだからだよ。善人でも悪人でもそこは変わらない。人というものを怪物にする理由はいつだって善なる願いのためだ。守りたいから敵を害し、繋ぎたいから断ち切らんとするものを滅する。悪人の怪物なんてたかが知れているんだよ。人とは善いものであるから、争うんだ。そこに人族も魔族もないよ」

 

 人同士でだって戦争をするし、人と魔が争うこともある。

 そこに本質的な違いなどない。種族の縄張り争いだというのなら、国同士のそれだって縄張り争いだ。

 

「ならば、人と魔は、決して手を取りあえないか」

「なら平和や幸せは、永遠を約束されたものなのかな」

「……否。すべての繁栄、すべての幸福は、いつしか途絶えるものだ」

「だったら人と魔は、いつか手を取りあえるかもしれない。今は無理だということが、このあと、ずっと無理である、ということの理由にはならない」

 

 指と指を組んで、少しだけ笑ってみせる。

 

「人族の国の戦争が終わり、友誼が結ばれ、民に幸福の笑顔が戻るように。その笑顔が曇り、絶望し、涙を流し、怒り憎み、何が平和だと吐き捨てるように。今そうであるものと、今そうでないものは、螺旋を描いて続き続けていく。……つまり、諦めるにはまだ早いってことさ。数千年に及ぶヒトというものの歴史の中で、一度も魔族と人が手を取り合ったことがない、というのは、まだ僕たちが、長い長い"一周目(サイクル)"にいるだけだから、なのかもしれないでしょ?」

 

 もっと後世、一万年後、十万年後の未来では、「人間と魔族は戦争と恒久的な平和宣言を周期的に続けるおかしな隣人」みたいに言われているかもしれない。

 まだ一周期なのさ、世界ってやつは。

 

「……」

「広い視点で世界を見続けなよ、『元魔王様』。君が自らの視野狭窄を恥じ入っているのであれば、尚更に。……じゃ、戻ろうか」

 

 ぽかんとした顔で俺を見つめる『王様』。

 流石にそろそろ戻らないと心配されるな。ってことで、ぴょんっ、と5athlくらいあるそこから飛び降り、身体強化魔力で華麗な着地を決める。ヒーロー着地は膝に悪いからやめましょう。

 

「……。……貴様、ハーミッド(隠れ住む者)は本名ではないだろう。……本当の名前は、なんという?」

「え? ああ、ハーシェルだけど。ハウル・ハーシェル。養子に入ってね、姓が変わったんだ」

「……そうか。ハーシェル(喜びを齎す者)、か。……そちらの名前も捨てるな、ハウル」

 

 何か仰られているようですが聞こえませんよ『王様』ー?

 

「おーい、降りてきて、天幕に戻ろうよ。無駄に心配されて、捜索隊が組まれるよ、僕ら。もう割と重要人物だから」

「……オレの関わって良い話ではない、か。……ああ! すぐ行く」

 

 さて……何か進展はありましたかね、っと。

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