序盤からずっと利用するような施設経営者だけど強キャラに薄目にこやかで見られながら名前を呼ばれて最後に「ですよね?」で締め括られる存在になりたい   作:ブ雨堰ド

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52.tED1 - 未来(たぐりよ)せる余韻

 迷い家の怪。

 人類が直面する至難。災厄。試練の直前に現れ、人類がそれらを乗り越えることのできるような力を授けたあと、煙のようにどこぞかへ消えていってしまう存在がいる。

 賢者トラッドが(したた)めた『異邦見聞録』という書物にその怪異の名が載っている。

 世界から席を失くした者が辿り着く、海の涯の教戒院。それまでの生を見つめ直し、新たな自分に生まれ変わるためのその場所も。

 歴史の至るところに現れ、技術や知恵を齎し、越えられずに終わるはずだった定めを覆すかのように助力しに現れるという存在も。

 

 アレクの知る、院長その人であった。

 

 それに気付いてからというもの、アレクは『自動収集年代記(クロニクル・オートコレクター)』が記録を開始したその瞬間からその近辺へ引っ越すような動きを続けている。そろそろ現れそうだな、という勘が働く相手ではないから、収集を始めてからすぐに、だ。

 迷い家の怪は大抵十年から五年の準備期間を経て現れるとも『異邦見聞録』には書き記されており、『自動収集年代記(クロニクル・オートコレクター)』はそれが正確であると示していた。

 

 紫輝歴102年に戻ったアレクがその書物に辿り着いたのが59年後。紫輝歴161年の時だ。

 恐ろしいことに本は150年近く前に書かれたものであることがわかっていて、賢者トラッドこそが院長なのではないか、とも疑いもした。

 けれど、()()()()()()()()()()()()、違うことを確信したのち……アレクはずっとずっと院長の影を追いかけてきたのだ。

 

 最愛の人、ミンヤは寿命で亡くなった。時代を考えれば凄いことだ。

 不老であるために各地を転々とした。老いないことは、そのまま魔族ではないか、という疑いの対象になりかねない。実際に彼の心臓には魔族の心臓が鼓動を打っているから、万が一がある。

 たくさんの迷い家の怪らしき痕跡を見た。風の噂を聞いた。

 移動手段は基本徒歩だ。時折魔馬を駆ることもあったけど、彼は地道に歩き続けた。間に合わないことも多々あった。

 

 戦時中で入国できない国もあった。排他的で国境をまたげない国もあった。

 アレクは不老であって不死ではないから、自衛の手段をどれほど身に付けていても、あっさりと死んでしまう可能性があった。

 院長に会うまでに彼が死んでしまっては意味がない。だから安全なルートを取り、戦闘者ではない位置に居続け、そして各地に保険を残し続けた。

 

 そして、紫輝歴532年。『自動収集年代記(クロニクル・オートコレクター)』が記録収集を始めたキロス自治領での生活が、十年に達しようとした時……ある男がアレクを訪ねてきた。

 ここ十年でうんと仲良くなった親友、『大怪盗』シンプトム。摩訶不思議な腕と……そして、確かな経験談を持って。

 

***

 

 そこにいたのは……恐らくコンストラクトであろう、半透明な二人だった。

 ルヴァン・ジノファ。そしてトムさん……確か本名はオットー・クロイツヴァルトだったか。

 

「えっと……誰? 君達」

「愛しき教え子との感動の再会なのですから、そこはとぼけずに対応してあげるべきでは?」

「と言われてもね。会ったこととかあったっけ?」

 

 ──激しい頭痛が頭を支配する。

 ん……なんだ。治癒魔法は機能しているのに……うるさいな。

 痛覚系をカット。生理現象をカット。……魔力操作機能だけを除外し身体機能をオールカット。

 

 ほぼ倒れた状態になりながら魔晶石の解体を続ける。

 

「良いだろ、院長。……おれたちがコンストラクトだってことにも気付いてる。だったら、再会を許してくれよ」

「……はぁ。まぁ、いいよ。これ以上お芝居を続ける意味は無いからね。ただ、君についている記録装置にはこの場での事を記録させないよう改変をさせてもらうよ」

「うげ、バレてた」

 

 ルヴァン……なんだ、追いかけてきていたのか。そもそも卒業できないんじゃないかと思っていたんだけど……これは誰かに知恵を借りた感じだな。

 ……それが誰か、っていうのは、その心臓を見りゃわかるか。本当に余計なことをしてくれたようで。

 

「私のことは覚えておいでですか? それともワタシのことは覚えておいでデスカと聞いた方が良いですか?」

「覚えているよ、トムさん。……ああ成程、自身の意識をコンストラクトの形にして……この魔晶石の封印に使っていたのか。道理で見覚えのある霊体化式だと思ったよ」

「さようにございます。アレクに依頼をしたのち、話をしていくうちに、どうやら私達は同じ相手を追っていると気付きまして。あなたならば必ず百年封印を直しに……追加封印をするか、なんらかの措置を取りにくるはずだと読んで、こうして待ち伏せをさせていただいた次第」

「ホントは本体のおれが会いにきたかったんだけど、今いないってことは、連邦にいなかったか、あるいは近づけなかったかのどっちかだろうな。どうも大変なことになっているっぽいし」

 

 ぐしゃ、と、投げ出されていた腕が潰れる。出血が面倒臭いので肩口から先を潰し、血管を内部だけで完結させる。

 ……間に合わないかもな、これ。

 

「んじゃ、手伝うからさ。ほら見ろよ、千本くらいしか出せねえけど、魔力マニピュレータ、おれも使えるようになったんだぜ」

「……前は三本目を動かすにも苦労していたくせに。四百年……いや、五百年の研鑽が君をそうさせた、って?」

「いずれ院長の一万五千に辿り着いてみせるさ」

「そうかい。ちなみに今使っている魔力マニピュレータは二十四万本だよ」

「……なぁ、進歩の段階すっ飛ばす癖、やめられねえの? 追いつく側の身にもなれよ」

 

 知ったことか。

 と……負担が少しだけ軽くなる。

 驚いて振り向けば、魔力マニピュレータを三万本ほど操っているトムさんの姿が。

 

「ちょ、おま、おれにできねーことサラっとやんじゃねーよ!」

「お手本が目の前にありましたからね。……生者でないことが口惜しい限りですよ。いずれ消えてしまう身体で学びを得て、なんになるのやら」

「誰しもいずれ死にゆくのに学びはするよ。先が短いことは、別に学ばない理由にはならないでしょ。……それで? 僕に会って、何がしたかったのさ。次……ルヴァンの本体とどっかで会う可能性もあるわけだけど、何をしてあげたら満足なの?」

 

 問えば、きょとんとした顔を浮かべるルヴァン。トムさんは……仮面でわかんないや。

 

「……別に、何をしてほしいってわけでもねーよ。おれはただ、院長にまた会いたかっただけだ。コンストラクトじゃねー院長によ。……まぁ折角会えたってのに、こっちがコンストラクトじゃあ世話ねーけど」

「私も特には。私の本体は生涯に亘ってヤーガーのレリックの収集を続けました。その最期は……コンストラクトの私にはわかりません。ただやはり、残り続けた後悔は、まともなお礼をすることができなかった、と。ただそれだけだったのです」

「律義が過ぎるよ。……僕の生態、知ったんでしょ。ルヴァンから知ったか、その本で知ったかは知らないけど」

 

 俺の書庫にある本とほぼ同じ機能をしているあの本も、恐らく一代魔王の作品だろうな。

 やってほしかった余計なことはそういうことじゃねーよオイ。これじゃ魔王っつか悪魔だよ馬鹿。

 

 ……なんだけど。

 まぁ……嬉しい自分もいる。キアステンのその後。『王様』のその後もそうだけど……まさかルヴァンとトムさんとも再会できるとは思っていなかった。

 なんだ。

 ……自分のやりたいことやれてるなら、良いよ別に。たとえそれが、俺を追うことだったとしても……お前はちゃんと「生きて」きたんだな、って。わかるから。

 

「知りました。迷い家の怪だとかなんとか言われてはいましたが、私の知っているレイン先生は、見返りもなく怪我人を治療してくれる、ただの良い人でしたので、特に参考にはしませんでした」

「怪我したガキを外で生きていけるほどに育ててもくれる人だ。現象だとか怪異だとか言われてたけどさ。それがなんだ、って感じ」

「後悔はお礼ができなかったことだけであると言ったでしょう。私はただ、あなたにお礼をしにきただけなのです。そして……言葉だけだと、あなたはまともに受け取ってくれそうにありませんし、私も我慢なりませんので──あなたの偉業に力添えができましたら幸いです」

 

 三万本が、六万本に増える。

 ……おお。(イン)結糸(ジェミィ)の『所持品を倍加する魔法』で増やしていたこれを見抜いて、その魔法も模倣したのか?

 すげーなトムさん。超器用だ。この魔法難しさは無いんだけど、馬鹿みたいに魔力食うアホ魔法だったから、ちょっと改良したってのに。その改良分の上澄みを掠め取るとは流石怪盗。

 

「あーやめやめ! 器用さでトムと争うとか勝てるわけねーし。おれはおれのやり方で院長の役に立つよ!」

 

 と言って、中空へ刻印を刻み始めるルヴァン。

 ……俺が面倒を見ていた頃からは考えられないほど美しい字だ。頑張ったんだなぁ、文字の練習。

 刻印一つ一つが果たす役割は、負担軽減と空間安定。なるほど、空間側にアプローチして、そこから抑え込もうって算段か。

 良い着眼点だけどまだまだ甘いな、ルヴァン。

 

 とか思っていたら。

 

「ほらよ──レプリカとはいえ、第一代魔王の心臓だ! 紫輝の魔力とは相性悪いだろ!」

 

 刻印に絡め取られた魔晶石の魔力が、ルヴァンを嫌うようにして、我先にと紫輝へ逃げ込み始めたではないか。

 ……これは面白いな。そういう挙動になるのか。

 涅月の魔力と紫輝の魔力は互いを押し合う関係性……いや、忌避し合う関係性にあると。

 ん、ということは今更だけど、一代魔王は『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』だったのか? 言われないとわかんないあたり気密性高いんだろうな『涅月の血属(ノクスルーナ・ブラッド)』の肉体って。

 

 良い具合だ。二人の協力あって……半分ほどは解体できた。

 ただ。

 

「なぁこれ、もしかしておれたち消えるまでに間に合わないとかある?」

「みたいですねぇ、アレク。封印の時あれほど魔力を込めたというのに、もうすっからかんです。この魔法、魔力を消費しすぎでは?」

「魔力効率が悪いよ、トムさん。もっと研ぎ澄ませないと」

「充分人類の上澄みである自覚があるんですがね。……どうしますか、アレク。ここから先、節約しないと、愛しの院長と最後まで居られませんよ」

「ハン!」

 

 鼻で笑って。

 ルヴァンは、魔力の吸引を強くする。伴い、トムさんもマニピュレータを増やした。

 

「誰が出し惜しみなんかするかよ! 最後まで付き合えなそうだってんなら、限界飛び越えて解体して、おれたちが消えるまでのタイムリミットにこいつ側を間に合わせてやらぁ!」

「自重しての人生など面白くない。私はあなたがやってきたすべてからそれを学びました。他者がなんと言おうと、理解されなかろうと、夢とは、突き進むもので、寄り道をしないもので、達成に甘えないものであると。今ここに至って尚、あなたの目的は見えません。あなたの意図は知りません。ですが!」

 

 コンストラクトの身体を形作る魔力。それさえも解体へと費やされて。

 

「あなたの本心など、私の夢の前には塵芥(ちりあくた)同然! 至極どうでもいいことで、心からなんだっていいことです。……とはいえ、どの道私はここまで。アレクのように本体がいる、というわけでもありませんから、大望を抱えた私のことなど忘れてくださって結構。──ですが」

 

 トムさんの義手が、煌めく。

 っていうか、この義手……コンストラクトじゃなく、これだけは、まさか本物?

 

「わが生涯の親友(とも)の名は、 その記憶に刻み付けてくださいますよう。──では、今度こそさようなら。本体の彼に出会った時は、どうぞ優しい抱擁を。今度はとぼけぬように」

 

 消える。コンストラクトが、ただの文字となる。最後の最後に仮面を取った彼が、大気に溶けて消えていく。

 残ったのは義手だけ。それだけが今なお光り輝き、残っている。

 

「ああ惜しい! 心から悔しいぜ! なーんでおれは本体じゃねえかな! なんでおれは、この大事な場面に居合わせてねえのかな!」

「……それが君の生涯だからだよ。ルヴァン(再び)ジノファ(結ばれる)。そう在れかしと在る君は、一度は強い別れを経験せねばならない。ひとたび結ばれたのなら、また離れねばならない。ここで再会をしてしまったのならば、僕と君は、もう一度離れなくてはならない」

「ハッ、なら大丈夫さ、爺さん! おれの今の名前は、アレクサンダー(誓いを守る)フォノン(待ち侘びる)・"ルベント(目を凝らして)"・ドノヴァ(結ばれる)! おれたちはまた会える! 離れずとも、バラバラにならずとも! ボケて忘れんなよ! おれの名前を魂に刻め!」

 

 ……魔王によって埋め込まれた名前か。成程これは、強烈だ。忘れられそうにない。

 にしてもあの似非おどおど女、どこまで読んでやがる。

 

「もう身体が保たねえから、行くぜぇ、見てなぁ爺さん! 爺さんが来なかった時のために、おれたちだって保険を仕込んでいたのさ!!」

 

 義手の手が開かれる。それが──魔晶石を掴み。

 直後、円形に敷かれたるは『爆発』や『火炎』、『噴射』などの意味を持つ刻印式。『最小限(シンプレクス)』の魔法陣に似ている。前代と知り合いなのか?

 

 って、待て、噴射?

 

"決意の灯火""死に際のひと噛み""旅の名を刻む旗"!! ……ああクソ、魔力が足んねえや!」

「──"羨望の眼差し""名前を呼ぶ声""その人生の休暇期間"。……ルヴァン。いや、アレク。……次に会うお主が、この状態よりも成長していることを願おう。魔法に必要な魔力の見積もりもできない刻印魔法使いなどおらぬ。これでは及第点は与えられぬぞ」

 

 意図を理解したので、マー、仕方ない。手伝ってやろう。

 俺も限界気味だったしな。丁度いいさ。

 

「おれたちの集大成なんだから、爺さんは見てろっての!」

「それが失敗したらどれほどの命が失われるかわかっておらぬだろう。物を知らぬ小僧は、ただ、与えられた安全を享受していれば良い。フ、()()()()()? お主。安全。休め。理解せよ。親心」

「だったら、わかれ! 子供心! おれ、自慢、爺さん、感動、帰る、一緒に!!」

「それはできぬ。儂もまた、まだまだ夢を追いかける夢追い人なれば」

 

 発動する。

 ──直後、鉄櫃(エイバス)宮の天井を砕き、引き裂き、球体の障壁もぶち破って……俺達は超高空にいた。

 トムさんの腕から吐き出されているのは……俺の魔力だな。ありがたく使わせてもらおう。こんだけあっても足りないから、子供一人、青年一人、腕一本で宇宙旅行へとしゃれこもう。

 まだまだ。こんなんじゃ地上を巻き込む。半分くらいのサイズになったとはいえ、まだまだ超高威力さ。さぁ、成層圏なんざぶち破っていくぞ。アゲてけよ、アレク。

 

「なら──名前を教えてくれよ、爺さん。おれが追いかける夢の名前を。あんたの名前を!」

AUIWOUAUIS(アウィヴォウアウィス)。──いつか辿り着くがいい。この名の意味にも、儂という誰かにも」

 

 中間圏、熱圏であろう場所もぶち破り、漆黒の海へと身を投げ、さらにさらにと上へ進んで……──俺達の魔力が切れる。

 

 推進力を失い、そして、封印の制御が外れ。

 魔晶石が臨界点を超える。赤熱するようにその黒を凝縮させて。

 

「だぁぁぁ、りゃぁあああ!!」

 

 そいつを、()()()()()ぶっ飛ばしたアレクが文字となって(ほど)けるのと同時。

 

 魔晶石が、その魔力の奔騰を顕現させる──。

 

「へへ──だし抜いてやったぜ! ばかめ爺さん! このコンストラクトにはなぁ、送信機能があんだよ!」

「知っていたから名を教えたに決まっているだろう。……またな、アレク」

「そ、そんなん後からどーとだって言えるだろ! ほんとは焦ってんだろ、おれ知って──」

 

 黒い光に、全てが飲み込まれて──。

 

 

 

「あれ?」

 

 気付いたら、病室にいた。

 

***

 

 初めは、見間違いかと思ったという。

 一軍人として歯痒い思いをしている間に、父と級友が決死の覚悟をしていて……待機を命じられ、祈るようにしていたら、級友が魔晶石と共に空へと舞いあがって……超高空にて大爆発した。

 とんでもない一部始終である。

 それを、呆けたままに見つめていたら……魔力の爆炎の中から、何かが弾き出されたのが見えた。見えた気がしただけだ。

 けれど、無視するという結論には至らなくて、気付けば駆け出していて。

 自身に使える身体強化のすべてを用い、その弾き出された何かを受け止められる位置にまで来て……彼は。

 

 ハーゲン・アンシュッツは、ボロボロの、半分以上人ではなくなっている……ハウル・ハーミッド少年を、風水泡の魔法によりキャッチしたのである。

 

 応急処置すら無理であると判断した彼は、真っ先に『薔薇の棘』の少女のところまで走った。

 その遺体同然の肉体を見て、それでも少女……医者ローズは「良くやった!!」と叫び、そして。

 

「……治しちゃったわけだ」

「治せてないけどね。外見を整えただけさ。アンタが自分でやった強化による脳の破損まではアタシの手の出せる領域じゃない。今喋れているのは、アンタって怪物が肉体を会話可能なように見せかけているに過ぎない。そうだろ」

「あはは、そうだね。まだ意識があるから何事かと思ったけど、どうやらそう長くはないらしい。……けど、お別れを言う時間くらいはもらえた感じかな」

 

 落とした腕の一本や二本、縫い付けて治す、と豪語しているローズであっても、完全に炭化した四肢や脳髄を元に戻す、というのはできなかった。

 今のハウル少年は、この肉体に憑りついている幽体が、まるでそれらしく喋っているだけ。

 

「……君さ、【マギスケイオス】の『解体(ツェアシュトロイト)』でしょ?」

「ああ……知ってたのか」

「【マギスケイオス】フリークが知り合いにいてね」

「有名になったもんだね、アタシらも」

「称賛するよ。闇の魔晶石の暴走に巻き込まれた僕を、人間にまで引き戻した技術は、讃えられてしかるべきだ。肉体に刃を入れることを世界の人々は忌避するだろうけど、誇っていいよ。僕が君を、この世で最も優れた医者であると認めてあげる」

「はいはい、ありがとうさん。……子供連中を呼んできてやるよ。その前に死ぬんじゃないよ?」

「頑張るけど、天命には逆らえないさ」

 

 力無くベッドに倒れかかる少年。

 もう長くはない。けれど、時間はある。

 

 だから……ローズは、皆を呼びに行く。祈るように手を組んで待つ、少年の級友たちを。

 

 病室から響く少年たちの、「治ったらどこどこへ行こう」とか、「元気になったらパーティを開いてやる」とか、そういう話を……溜息を吐いて、聞き流しながら。

 面会は、夜まで続き……。

 

「限界か」

「うん。……オーバータイムもこれで終わり。多分……あの子たちも、わかっていたね。ミアちゃんとか涙が抑えきれていなかったし」

「子供ってのは案外大人の機微に聡いもんさ」

「またジジ臭いって? 酷いなぁ」

 

 コアを持たない幽体……非実体がその場に長くとどまっていることは難しい。

 この死体は、コアにはなり得ない。

 

「彼が……お兄さんが、心に傷を負ってしまわないといいけれど」

「あの子は強い。大丈夫さ」

「強いから心配なんだよ。……ゲーゼお姉さんは……自ら大切な相手を作りに行って、それを失う経験を何度もしているようだけど、お兄さんは怖がっていたからなぁ。心配だなぁ」

「大丈夫さ。アタシがついてる」

 

 ……「でもお姉さん、そう遠くないうちに幽閉されるんでしょ?」とは聞かない少年。

 聞かないままに。言わないままに。

 

「これ、あげる」

「ん、なんだいこれは。というか今どっから出して……」

「込められていた魔力は使い切ったし、魔晶石の爆発に巻き込まれたからところどころ壊れているかもしれないけど……ヤーガーのレリック。その最後の品さ」

「知らん名前だね」

「落とした腕と、寸分違わぬ動きのできる義手。君が探している答えは、その義手と……あとは、()()()()()の知識の中にあるんだろう。──それじゃあね」

 

 どういうことかと問い返す……暇は、無かった。

 だって、もう、そこに彼は。

 

 

 紫輝歴637年。【マギスケイオス】が『解体(ツェアシュトロイト)』ことプロフェッサー・ローズが大陸中央監獄に幽閉される。

 彼女が仲間たちに遺した最後の言葉は、「誰にも邪魔されない場所で人体の不思議を解き明かしてくる」であり、この投獄が彼女の意思によるものであるとわかったために、S級冒険者パーティ『薔薇の棘』は報復攻撃を行わず、そのまま解散する運びとなる。

 

 紫輝歴642年。V・D連邦は自国内での破壊工作及びテロ行為容疑により、ガルズ王国、ロストランドの双方へ戦争を宣言。エリスフィア帝国の一部を巻き込む大戦争に発展するも、三か所の戦場で同時に竜災が起き、三国は停戦した。

 

「どう? 『王様』。結局あの国は、争いの足音を消せなかったみたいだけれど」

「そのあだ名で呼ぶな。……やはり人間は愚かしく見える。その間にもエステルト……オレの次の魔王が、一人、また一人と有能な人間を消していっていることに、一切気が付かないのだから」

「あの魔王様は覇気が無いんですもの、気付けないのも無理はないわ」

 

 小高い丘の上から、戦の傷を癒す国々を眺める二人。

 絶望に染まったような言葉の割に、ネガティブな色味を含まぬ声。

 

「だが、目を瞠るような者も生まれている。人間の世界というのが、まだまだ捨てたものではないと思わせるような命が。……これが、螺旋を描き、続き続ける世界なのだろう」

「総評は?」

「──まだ、わからん。オレのようなガキには評価しきれぬ世界だ。これから先で、奴()のように、中天の涅月を掌中に収める者が出てくる可能性だとてある」

 

 だから。

 

「もう少し、見たい。いや、もっと見て回りたい。……今度は魔王国もちゃんと見つめ直そう。この世の全てを見て、ハウルの言葉の意味を探す」

「だったら愛情のことについてもちゃんと考えないと、よね?」

「ああ。長い旅路になる。故に……オレと添い遂げてほしい、キアステン・ゲーゼ」

 

 彼は……真摯に、言葉を紡いだのである。

 

「……振ったのは私だけど、欠片も照れてくれないのはちょっと不満があったり。ヘンリックならとんでもない速度で"な"を連射してくれたのに……」

「ダメか?」

「ダメなわけないでしょ。別にこのまま関係性は変えないつもりだけど……これから、土に埋まる時まで、よろしくね、『王様』?」

「……名前で呼べ、キアステン」

「はいはい、アンキア。あ、"カルストラ"の方がいいかしら?」

「……成程な。いや、ローズに言い渡されていた言葉なのだが、キアステンは恥ずかしい時に言葉数を多くして、からかいを増やす傾向にあるらしい。つまり今の貴様は──」

「なに言ってんのよあの解体バカぁぁああ!」

 

 それは、とある二人の──。

 

***

 

 誰も知らぬどこかで、紅色の魔鉱石が瞬いた。

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